「・・・どうしたんですか?四季様」
珍しく、サボりもせずに死者の魂を映姫の元へと運んできた小町は、その姿に唖然としていた。
彼女が驚くのも無理はない。何しろ敬愛する上司の頬に、左右3つずつ、合計6個もの洗濯ばさみが挟まっていたのだから。
これは、小町だけでなく、誰が見たって異常な光景と言えるだろう。ピアスのようなファッションだとかいうわけでもないし、好きでこんな事をする輩は、まずいないといって良い。
「何がですか?」
「それですよ、洗濯ばさみ」
「ああ、これですか。何でもないですよ」
「いや、何でもないわけはないでしょう」
そう言いながら、苦笑する小町。しかし、その点を指摘されても尚、映姫は何故か、至って普通に振舞っていた。
「たまにいるでしょう。こんな人」
「たまにどころか、今まで生きて来て一人も見たこと無いですよ」
「あらそう。小町は見聞が狭いのね」
「そんなことも無いと思いますがねえ」
「とにかく、何でもないのです!」
当然の指摘をしたのに怒られた小町。納得のいかない彼女は、思わず「えぇー?」という表情を浮かべてしまう。
「もしかして、おまじないか何かですか?」
「いえ、そういう気分なのですよ」
「まだおまじないの方が良かったです」
映姫の言葉を聞いた小町は、彼女の正気を疑った。
頬に洗濯ばさみを挟みたい気分ってどんなだ。ひょっとして、四季様は、常に何かに虐められていたいドMだったのか。
ネタになるとか言って天狗が喜びそうだ。私は悲しむけど。
どうでもいいけど洗濯ばさみが猫のひげみたいになってて可愛いなあ。これはこれでアリかも。
そんな事を思いながら、彼女は痛々しげな映姫の頬を見つめるのだった。
「まあいいですけどね・・・。私は次の魂を連れてきますので。では」
そう言うと、小町は部屋を出て行った。
どうやら、今日の彼女は本当にやる気満々らしい。どういう風の吹き回しか。
小町を見送りつつ、結構失礼なことを考えていた映姫。しかし、ふいにその目がトロンとなり、彼女は、普段の仕事中であれば絶対に見せないような表情を浮かべた。
「ふう。あんまり寝てないの、バレませんでしたかねえ・・・ふああ」
そう。映姫の顔に洗濯ばさみが付いていた原因は、寝不足からの居眠り防止だった。
普段から体調管理を欠かさない彼女だったが、とある事情から、昨日は殆ど眠れなかったのだ。
(全く、小町ったら。つくづく、あんな本、見るんじゃなかったです)
そうなのだ。今日の寝不足の原因は、偏に小町にある。(と、映姫は考えている)
前回の休日、小町は紅魔館まで出向き、暇つぶしに様々な本を借りてきた。
そして、その内の何冊かを「1度には読みきれないので」と言いながら、映姫の元へと置いていったのだ。
映姫だって本が嫌いな方ではないから、それ自体は別段構わなかった。むしろ、自身の教養のために読むのも良いと思ったほどだ。
だが、しかし。そのときの映姫は気付かなかった。その中には、1つの地雷が混じっていたことに。
(あの「身の毛もよだつ怖い話」という本。あれに、興味本位で手を出してしまったばかりに、ろくろく眠れなくなっちゃったんです)
それは、人里で起こる怪奇現象や、心霊に関する考察について書かれた本だった。現象の中身自体は、なんてことは無い。映姫もよく知る妖たちが、悪戯心から起こしたに過ぎない、取るに足らぬものだ。しかし、例えば、お化け屋敷が作り物と分かっていても怖いように―。その本のおどろおどろしい語り口は、映姫を恐怖させるのに、十分すぎる代物だったのだ。
映姫だって、閻魔である前に、一人の少女である。そして、少女はお化けやら何やらの類が苦手であると、昔から相場が決まっている。
普段から「そういう」存在と当たり前のように接していても、それとこれとでは話が違うのだ。
(小町のバカ。あれは絶対狙って置いていったに決まってます。黒です、クロ)
おかげで、ちょっとした物音が一々気になって、昨夜は眠れたものではなかった。そんな彼女は、今になってから、強烈な睡魔に襲われていたのだった。
再びトロトロとしかけてきた意識を覚ますため、自らの頬をピシピシと叩く映姫。
(やっぱり、部下に言って、ちょっと休んできましょうか。このままでは仕事に支障が・・・いえいえ!何を甘えた考えを持っているのですか、私は)
洗濯ばさみを更に2個頬に追加し、気合を入れる映姫。彼女は、すっかりいつもの調子に戻って、死者への裁きを始めるのだった。
―――――――――――――
「四季様、起きてください。仕事中ですよ」
小町のそんな声を聞き、映姫は目を覚ました。
はて、自分は何故机に突っ伏していたのだろうか。
寝起き特有のぼんやりとした頭で、今日の行動を振り返る映姫。
(そっか、寝不足で・・・それで、裁判が1つ終わって、小町が次の魂を運んでくるまでの間に、つい・・・)
ようやく全てを思い出した瞬間、彼女は、サーっと顔を青ざめさせた。
「え、ええ!?わ、私寝ちゃってたんですか・・・?仕事中に!?」
「ええ、それはもうぐっすりと」
小町の言葉を聞き、尚のこと映姫は焦る。彼女にとって、こんな失態は初めてのことなのだ。
「わ、私は何てことを!」
「本当ですよ。全く。しっかりして下さい、四季様」
「仕事中に居眠りした」という事実に慌てふためく映姫。しかし、そんな中で彼女はふと気付いた。先程から、小町の言葉が異常に冷たい。
試しに彼女の表情を伺うと、彼女は軽蔑の眼差しを隠そうともせずに、じっと映姫を見つめていた。
「こ、小町?」
「どうしたんです?四季様」
呼びかければ、一応返事は返ってくるものの。
その声に、陽気で優しいあの小町の姿は見られない。
「私はどれくらい寝ちゃってたんですか?」
「さあ。私が魂を運んだ時間から見て、半刻以上は間違いないと思いますけど」
「そんなに・・・」
「ええ。地獄の閻魔ともあろう人が、居眠りなんてみっともないですよね」
「こ、小町!確かに今回は私が悪かったですが、流石に口を慎みなさい!」
あまりにも失礼な小町の態度に、映姫は思わず声を荒げる。
しかし、どういう訳か、今日に限って小町の言葉は止まらない。
彼女は、その冷たい瞳を映姫へと向けると、再び刺々しい口調で語りだす。
「四季様。失礼ですが『仕事中に寝るなんて言語道断』と常に仰っているのは貴女ですよ?」
あまりに冷静な小町の態度に驚くも、小町の言うことは全くの正論なので、映姫は「はい」と返すしかない。
「実際、私もそれで何度怒られたか分かりません。なのに、貴女自身が寝てしまって良いものなんですか?」
「・・・良いわけないわ」
「人に何か言うなら、まず自分で実践する。これは当然ですよねえ?」
「その通りです・・・」
「おや、本当にお分かりですか?今日の貴女を見ていると、とても理解しているとは思えないんですが」
普段とは全く逆転した立場の2人。
部下である小町からのあんまりな言葉に、映姫の目には徐々に涙が溜まってゆく。
「ぐす、ごめんなさい・・・」
「泣いて謝れば許されるとでも?」
「うう・・・」
その言葉に、何も言い返せない映姫。無理もない。彼女自身、泣いて許しを請う罪人に、何度この言葉を言ったか数え切れないのだ。
「全く・・・今までこんな人について行ってたのかと思うと、情けなくなりますよ」
そう言うと、彼女は部屋を出て行こうとする。
「小町!?どこへ行くのですか!?」
「今まで、お世話になりました。私はもう、死神なんて辞めさせてもらいます」
「え・・・!?こ、小町!?」
小町の言葉を理解した瞬間、映姫の頭は真っ白になり、何も考えられなくなった。
そして、去り行く彼女を止めることも出来ずに、彼女の意識はプツンと音をたてて途切れたのだった―。
―――――――――――――
ふと気付けば、誰かに体をガクガクと揺さぶられる感覚があった。
「・・・き様!四季様!起きてください!」
―小町の声がする。
何故だろう。彼女は私に愛想を尽かして出て行ったはずなのに。
そう思いながら映姫が目を開けると、そこには、不安そうな声で自身の名を呼び続ける小町の姿があった。
「四季様!大丈夫ですか!?」
「小町・・・?貴女、どうしてここに・・・?」
「どうしてって、死者の魂を運びにですよ!そしたら四季様、苦しそうにうんうん唸りながら寝てて・・・。本当に大丈夫ですか?体の調子は悪くないですか?何ならすぐ医者へ・・・」
心底心配そうな顔で、映姫の手を握ってくる小町。その声は、聞き慣れたいつも通りのものだった。あの冷たい態度の小町などとは、比べるべくもない。
(全くもう。あんなに怖い思いをしたのは、生まれて初めてでしたよ)
先程までのことが全て夢だったと分かり、映姫はほっとした表情を浮かべる。
その様子を見て、小町も、ようやく落ち着きを取り戻したようだった。
「四季様、何事もなくて良かったです・・・」
「ええ、御心配をかけてすみません」
おそらく、夢に出てきたあの小町は、映姫自身の罪悪感から産まれた存在だったのだろう。
彼女の「仕事中に居眠りをした」という「罪」から成り立っているものなのだから、いつもと違う、あんな不躾な態度を取っていたのだ。あれが、実際の小町の訳が無いではないか。
それが証拠に「本物」の小町は―こんなにも温かくて、柔らかい。
ぎゅっと握られた手の感覚が何だか少しこそばゆく、映姫の顔に思わず笑みが浮かんだ。
「もう大丈夫です。ちょっと怖い夢を見てしまって」
「夢ですか?・・・もしかして、私が面白半分で怖い本渡したから?」
顔を曇らせて、そんなことを言う小町。やっぱり確信犯だったかと思いつつも、映姫は、咎める気分にはなれなかった。
「いえ。それもまあ、全く無関係とは言えませんが・・・。ですが、もっと怖い夢です」
「映姫様でも、そんな夢見るんですか」
「微妙に失礼ですよ、それ」
流石に、ちょっとムッとした表情を浮かべる映姫。人のことを一体何だと思っているのか。
思わず説教しそうになるが、ため息を一つ吐いて我慢すると、映姫は小町に向かって語りかける。
「ねえ、小町」
「はい、何ですか?」
「さっき見た夢で、私は貴女に怒られてたんです」
「私が四季様を怒ってたんですか?」
目を丸くし、信じられないといった面持ちの小町。
「ええ。貴女はとても怒っていたわ。そして、最後には私を見限って、どこかへ行ってしまったの。とても怖かったし、悲しかった」
「四季様・・・すみませんでした」
「何で貴女が謝るのよ」
私が勝手に見た夢なんだから、と思わず映姫は苦笑する。
「今まで、あんなに怖かったことってないわ・・・。確かに、貴女に渡されたあの本も、とても怖かったけど。おかげで私は昨日殆ど眠れなかったのですから」
そこまで言うと、映姫は一度、息を吐いた。そして、続ける。
「でも、一番、本当に一番怖いのは・・・。ねえ、小町」
「はい」
「貴女は、本当に私を信用してくれている?」
「あ、当たり前じゃないですか!!」
焦ったように答える小町の表情が面白くて、つい、映姫は微笑んでしまう。
「私も、貴女のことを心から頼りにしているわ。信じてもらえないかもしれないけど、普段から貴女にお説教してるのも、信用してるからなのよ?」
小町の表情を見つめながら、映姫は更に続けて言う。
「ねえ、小町。私も、まだまだ未熟な上司で申し訳ないのだけれど。貴女に『仕事中寝るな』って散々言っておいて、自分が寝てしまうような、そんな上司だけど・・・それでも小町は、私についてきてくれるかしら?」
―いつになく優しい表情を浮かべて、そう問いかけてくる映姫。当然、そんなことを聞かれれば、小町の返す答えは一つだけだ。
彼女は涙を浮かべながらも、その問いに笑顔で「勿論です!」と答えたのだった―。
これで勝つる
小町はそんな無粋なこと言う莫迦じゃないと信じています。
えーき様だと居眠りだけで本当に切腹しそうだから困るw
(そもそもの原因はこまっちなんだけども・・・)
鬼を従え、地獄の全てを知る閻魔に対し恐怖を与えた一冊の本。著者は一体…
顔の筋肉が引きつりすぎて死に掛けました 最高です
一旦崩れると,メンタルな面でヤバイパターンに陥りそうな予感。
でも失敗をした時にこまっちゃんとちゃんと会話ができてよかった。
それにしても洗濯バサミって...見てみたいな(笑)
痛感は段々麻痺するから,長丁場なら5分でもいいから仮眠をね。
可愛い映姫さまをありがとう!