あたいわかるよ。サイキョーだから知ってる。
友達のみすちーは最初の頃、あまり乗り気じゃなかったような気がする。何がって?
屋台のことだよ。八目鰻の屋台。
八目鰻は目が多いから目にいいんだって。八つも目があるんだから当然だよね。
普通、やきとり屋では鳥とかを焼いたものを出すんだけど、みすちーは鳥を焼くのは残酷だって言ってる。
だから人間に対抗して八目鰻を焼くことを思いついたんだって。
じゃあ鰻を焼くのは残酷じゃないの?
鉄板で焼かれたらすごく熱いと思うんだけどなぁ。
みすちーは人それぞれだよねと笑ってた。
屋台を始めたのはどうしてって聞いたこともある。
人間にあたいサイキョーって見せつけるため?
そしたらそれだけじゃないって、歌を聴いてもらうためだって。
みすちーは歌もうまいんだよ。でも、ずっと聞いてるとなんだか眠くなってくるんだけど、それでもいいんだって。
歌うのが本当に好きなんだね。
しばらくすると人間のお客さんもぼちぼち捕まるようになっていったよ。
鳥目になって道が見えなくて危ないから、みすちーの屋台の光に誘われてくるんだ。
暖簾をあげるとそこには鳥のお化けがいるから、始めのほうはびっくりするんだけど、襲われる様子もないからとりあえず注文でもしてみようかということになるみたい。
注文してみたら八目鰻しかメニューになくて、ガッカリするんだけど、みすちーの焼く鰻はおいしいから満足して帰っていくんだって。
みすちーは、それが嬉しかったみたい。
もっと喜んでもらおうと思って、おいしく焼く方法をいっぱい考えて、たくさん努力していたよ。
そしたらだんだん口コミでみすちーの屋台の噂が広がっていって人気がでてきたんだ。
すごくすごくたくさんの人間が暖簾が垂れ下がらないぐらいのペースで押しかけてきて八目鰻を食べていったよ。
みすちーはちょっと疲れてたみたいだけど、やっぱり嬉しそうだった。
鳥の羽をぱたぱたさせて、夜空に歌を歌って、よっしゃ明日もがんばるぞって言ってたんだ。
事件っていうほどの事件がおきたわけでもないけど、ちょっとマイナスな出来事があったのはその少しあとぐらいかな。
その日も人間がたくさんおしかけていたんだけど、みすちーの鰻の量にも限りがあるから、全員分には足りないって気づいたんだ。そこに新しいお客さんがふたりやってきた。すごく感じの悪い人たちだったよ。コワモテっていうのかな。べつに人間なんてたいした存在じゃないはずなんだけど、それにあたいサイキョーなんだけど、ちょっとそいつらは怖いって思ったかな。
みすちーはあまり怖がってないように見えたんだけど、隣であたいサイキョーだったんだけど、鳥の羽がちょっと震えていたよ。
それで、みすちーは新しく入ってきたお客さん二人に、今日のぶんは終わりですって言ったんだけど、その人間たちはチラって下のほうを向いて、他にも食べてるやつらがいるじゃないかとよくわからないことを言って怒り出したんだ。俺達は遠くからやってきたのに客に食べさせないのはどういうことだ。ぶっこわしてやるぞこんな店とかも言ってたかな。
あたいサイキョーだから、氷の石をぶつけて撃退したよ。
みすちーは「ありがとうね、チルノちゃん」って言ってくれて、あたいサイキョーだってそこにいた人はみんなわかってくれて、あたいもすごく嬉しかったんだ。
でも、あたいは馬鹿だったかもしれないって思うんだ。あのときそんなことしてなかったらと思うんだ。だって、みすちーは本当に最初の頃とはちがって、ずっとがんばってて、努力してて、鰻もおいしいのがいいって思って、ゲンセンしてて、焼き方も工夫するために、よくわからないけどサイキョーの炭とか選んでて、それなのに……。
人肉混ぜてるなんてサイアクな噂、どういう人間が流すんだろう。
噂はあっという間に広まって、人間の客はほとんど来なくなっちゃった。
あたいわかるもん。あいつらが絶対噂を流したに決まってるんだ。あたいがあいつら見つけだして、氷づけにして、嘘でしたごめんなさいって皆の前でシンジツをあきらかにして、みすちーのお店を前みたいに賑やかにしたかった。
だけど、みすちーは怒ってないようだった。哀しそうな顔だったけど、そんなの無駄だって言うんだ。
だって、噂っていうのは目に見えないし、噂を信じてる人たちの心を変えることはできないし。
あたい氷の妖精だけど、胸の奥のうらがわに近いあたりがなんだか熱くなるのを感じて、どうして噂なんかを簡単に信じるんだろうと思った。誰もみすちーが本気でセイコンこめてるのを知らないし、知ろうともしないのが悔しくて、あたいサイキョーだけど泣いちゃった。
そしたら、みすちーはあたいの頭をなでてくれた。人間が噂を信じるのはその人たちの勝手だって、だからしょうがないんだって。
グチャグチャとした気持ちやドロドロした気持ちで噂を広めた人間は、陰でヘラヘラ笑ってるのに。
みすちーにはそれでいいのって聞いたけど、それもしょうがないって言うんだ。
いやだよ。
あたいは、みすちーの鰻が好きだし、みすちーの歌が好きなんだ。
暗い気持ちのまま、人間が少なくなった屋台の横であたいはずっとみすちーのがんばりを見ていた。みすちーは変わらないまま、ずっと屋台を続けていた。まるで誰かが来るのを待ってるみたいだった。
噂は無くならない。
ずっと、ずっと悪口を言い続けてる人がいるみたいなんだ。蟲取りテープみたいにネバネバした気持ちで続けてる。なにが楽しいのかあたいにはわからないけど、たぶんそれでセイセイしているんだろうと思う。けど、あたいはみすちーに何もしないでって言われたから黙って屋台に通って見てるだけだった。あいつらのことも嫌いだけど、あいつらの言葉を簡単に信じてしまう人間も嫌いだ。どうして自分の目で見てくれないんだろう。どうして自分の舌で感じようとしないんだろう。
冬が来て、春が来て、夏が来て、また秋が来る。
一年ぐらいの時間が経ったような気がする。
そのうち、ぽつぽつと人が戻り始めた。
最初に戻ってきたのは、あたいがあいつらを撃退したときに、そこにいたお客さん。
それから、前みたいには決して戻らなかったけど、ちょっとは回復してきた。そのまま元みたいに戻るのかなと、みすちーに言ってみたんだけど、みすちーは頭を振って違うって言う。たぶんこの人たちが、等身大の私を認めてくれる人たちなんだって。今の私ができる精一杯の形をあるがままに受け入れてもらってるんだって。
あたいわかるよ。
本当においしいものは食べられないし、本当にいい歌は聴かれない。本当に綺麗なものは踏みにじられる。そんなこともあるんだって。
でも、時々はわかってもらえることもあるんだって。
秋の落ち葉や冬のふわりとした雪も、多くの人間は見ることもしないで踏みしだいていく。
けれど時々は、手のひらでそっと包んでくれる人もいる。
みすちーは最初から知ってたみたい。みすちーもわりとツワモノね。
ほどなくして冬がまたやってくる。
レティに会いに行った帰りに、湖のほうにむかって飛んでいると、寒そうにしている木の幹から、紅い葉っぱがひらりと落ちるのが見えた。
風のせいかもしれない。拾い上げて薄い冬の太陽に透かしてみた。
紅い葉っぱはお日さまの光を浴びてキラキラと輝きだす。絵空ごととは違う確かな感触に胸のあたりがあったかくなる。
元気を出して。おまえは綺麗だよ。
あたいは知ってるから。
みすちーも凄いが、危険な夜の森に何度も通う常連も実は凄い奴。
でも人肉よりは蛇肉とかの方が信憑性が高かったかも?(人肉串焼きは流石にバレるw
あと、「夜目」ではなく「鳥目」なのでは。
たまにはこういう話もいいですね。
何と言うかすごく温かくなりました。
次回作も期待してます。
確かな「本当に綺麗なもの」、どれだけ見つけて守っていけるかなあ。
あたいじゃないとだめだった
素晴らしい