私は体の特性ゆえに朝が非常におそいものとなっています。
日の出をむかえ、あるいは鶏の鳴き声に駆られて起床するなどの経験が一つとしてなく、一度は、山から頭を覗かせるお日様を拝見してみたいなと思っています。
私が、おそらく誰よりゆるやかな目覚めをむかえる時には、咲夜はちょうどよく私の部屋のドアを叩き、入ってよろしいですかと慇懃に尋ねてきます。
主従というよりも友達めいた関係である私と咲夜なのですが、いつも決まってそうします。
咲夜の几帳面と私へのたしかな忠誠が、そうやって自然と礼儀正しく行動させているのでしょう。この一事だけでも、私は咲夜にあきれもし、感嘆をおぼえたりもします。よくできた娘です。
いつもならば、かるく朝の挨拶を交えるのですが、今日の私は具合がよくありませんでした。
何が、と聞かれると口ごもってしまいます。
あまり、言葉にしたくはありませんが、私はおねしょをやらかしたのです。五百年も慣らした身であるにも関わらず、これだけは満足な操作ができずにいます。前々から治したいと悩んではいますが、心と体はうまく結びついてはくれず、毎朝目覚めのたびにシーツを裏返し確認する無様をやっています。
咲夜は私の反応の加減を読みとると、今日もですかと冷ややかに言ってきました。
そんな誤解を招く文句でなくてもよいではないですか。まるで私が、昨日もおとといも漏らしてしまっているという印象を、言葉を耳にした者へあたえかねません。断じて昨日もおとといもこのような醜態はさらしていません。もう一つ前にはやってしまっていますが。
私には立場があります。
紅魔館の主人というその立場は高々とそびえており、どうしても見おろす形になってしまうため尊大にならざるおえません。
きっと一言でも謝るべきなのでしょう。しかし私は咲夜の調子をまねて「洗えばすむ話でしょう」と投げつけてしまうのです。
高飛車に振舞うなかで嫌われやしないかと不安を抱いています。
あいにく、咲夜も己が立場をわきまえているので、私の態度について正面きって意見することはありませんが、やはり私の夜尿ぐせと、さっきのようなやり取りには不快を示しているように感じられます。
そうしていると、部屋に妖精メイドが入ってきました。朝食を運んできてくれたようですが、部屋の沈みこんだ空気を感じとると、すごすごと引き下がっていきました。彼女らは普段、自分の服の洗濯だけでも手一杯な状態ですが、最近彼女たちの間で「まじめに働いてみる」という気概が流行っているようなのです。私はいらぬお世話だと思っています。
ベッドを下りてからは、
私が呑気に紅茶の香りを吸いこんだり、図書館で暇を持て余すままにしていたりする間に、咲夜は何も言わず純白のシーツを仕立ててくれていることでしょう。
いつかいつか感謝をするべきだと決意しながらも、決意はどことなく浮遊しいたずらに私の尊大は引き出されます。私は永久、謝る行為ができないのではとさえ思えてきます。
夕刻、私にとっての昼食を片づけているところでした。
私は黙々とお肉を頬張っていました。
すると頑固な繊維が現れて、噛みちぎれずに奮闘するはめになりました。結局ワインで流しこんでしまおうと決着しましたが、ぼんやりしていたのか、ワインの注がれたグラスをかたむけた時、こぼしてしまいました。
スカートのあたりへ、ぼたぼたと。面倒なためナプキンを利用していない私は、それで服を汚してしまいました。
私がため息をついていると咲夜が近づいてきてナプキンをあててくれました。
そこで咲夜は、まさかおもむろに「おねしょのようですね」と言ったのです。私は硬直しました。呟いてくるのならまだしも、きわめて明瞭な声でそれは放たれました。まわりのメイドが怪訝な顔をしています。
咲夜は平然としています。しかしその表情の裏にあきらかな悪質を潜ませていることは事実です。私と咲夜の間でできあがっていた秘密を、いともたやすく公言されたのです。私はぞっとしたあとに、瞬間的に憤慨がこみ上げられ、咲夜を怒鳴り散らしました。
「なにをッ……そんな、ことを言って。……じ、自重しなさいッ、食事中よ」
私は狼狽を隠すことができず、呂律がまわっていませんでした。また、私の様子が尋常でなかったこともあり咲夜の発言を強調してしまいました。
はっと我にかえった私は眼だけを動かして周囲を見渡しました。この部屋のすべて視線が私へ向けられていました。今すぐ席を立って逃げ出したくなりましたが、それでは主張してしまうだけだと、思い留まりました。
私は落ち着いた振りをして「咲夜、下がりなさい」と言いました。咲夜は丁寧なお辞儀をしたあと部屋をでていきました。
メイドの一人が心配して声をかけてくれましたが、そんな彼女に対して私は鋭く睨み返すのです。
私は自分の不機嫌を全員へ見せつけるような態度でもって放出していました。表現といえば、まだ聞こえはよいかもしれません。
さいわい彼女たちは、私と咲夜の険悪な空気に注目して、咲夜の発言自体は重要視しませんでした。ただ、いつ話題にのぼるか気が知れません。
妖精のうわさ好きなところは底がありません、また風のように伝播がはやいのでこの話はすぐさま紅魔館中にひろまりました。私はこれを警戒しました。咲夜は妖精の情報伝達のすみやかさを利用して、私を再び陥れようとするのではないかと想像しました。あの発言の本質をはっきりさせることにより、喧嘩の理由が私の夜尿ぐせだったとばれてしまう。
またこれ、もし紅魔館外にまでもれようものなら、私は羞恥から、ベッドで掛け布団に包まりきりとなるかもしれません。癪な天狗の癪な新聞に載ったりしたならば、自ら首をくくりかねません。そしてそんな程度では死ねないのだからタチが悪いことこの上ありません。
事が大きくなる前に咲夜へ謝るべきだと、私の良心は訴えてきました。しかし心の大半を埋める尊大がそれを否として、私はふんぞり返る以外ができずにいました。
気だるい朝でした。
どうやらいつもよりはやく眼が覚めてしまったようです。窓を覆うカーテンのわずかなすき間から日射しがはいっていましたが、その日射しの具合から、いつもよりはやい時間だなと感じました。陽光は大敵ゆえに、敏感に感じとれます。
窓の位置は、日射しが私へ直射されることのない位置につくられています。また、私自らがカーテンを動かすことはありません。部屋は常に薄暗いのです。
私は上半身を起こしたままでぼうっとしていました。
と、下腹部に冷たさを覚えたので慌てて掛け布団をめくりあげました。案の定、独特の模様がシーツに染みこんでいました。もう何度目かわかりませんが、これに出会うたび情けなくなります。
私は寝転がってドロワーズを脱ぎました。いつまでも穿いていられません。お尻をずらすとシーツの侵食されていない部分に横になります。
咲夜を待ちました。天井を見つめながら今日謝ってみようかなと思案していると、扉が叩かれました。
そのときの、こんこんと小気味よく打たれた音に、私は奇妙な感覚を引きだされました。いつもとは音の調子が違って聞こえたからです。それは、毎日決まって均等な調子を繰りだすのはいくら咲夜でもかないませんでしょう。そうではなくて、力加減や「こん」から「こん」への間の取り方などが、まったく咲夜を想起させてくれませんでした。
咲夜以外の誰かがきた。
そう理解したとたん、あいまいだった意識を覚醒させられました。
もう一度扉が叩かれましたが、私は無視して掛け布団へ潜りこみました。この時間に私が起きていることは滅多にありませんから、ここで私が沈黙に伏していれば、向こうはそう判断して引き下がってくれるだろうと信じました。
ところが「失礼します」の恐る恐るな声とともに、複数人の足音が部屋にあがってきます。きっと三人です。私はいよいよ、いも虫さながらに丸まり、狸寝入りに徹しようと息をひそめます。
ここにおいて私の失態は、奉公にきた者が咲夜ではなく、メイドだったというところに集中します。普段、ろくに私に付き添っていない彼女たちが、私の生活習慣を、ましていつ頃目を覚ますかなんて知る由もないことだったのです。この危険を見誤ったわけでした。
三人は私の様子を伺う会話をしており、それは「起こそうか」という方向へ収束しているようでした。
悪気も何もなくて、ただ彼女たちは、寝坊ぎみの主人を起こしてあげようとする一心に違いありません。しかしその健気は、私に恐怖の二文字を運んできます。
ベッドに接近されるとおねしょを感づかれる可能性が増すため、断じて彼女たちに起こしてもらうわけにはいきません。なにより下半身には下着を身につけていないため、おねしょ以上の誤解を生むことも考えられます。
実際のところ、濡れたシーツは掛け布団で隠蔽されているので、それを引きはがされない限り私は安全です。ただ万が一を恐れていた私は敏感にならざるおえません。
私は、彼女たちが来訪したことによって今目覚めさせられた、という風な演技でこの場をしのごうとしました。
見てみるとたしかに三人でした。
すでに冴え冴えとなった眼をさも眠たそうにこすりあげ、重たい口調で彼女たちに挨拶をします。彼女たちは緊張しているようでした。私のほうがよっぽど緊張しています。
「あ、朝の奉公をしにきましたっ」
「ふうん。咲夜はどうしたの」
「ええと、パチュリー様に呼ばれていました。それに、前に喧嘩をなさっていたようですし、ここは私たちが代わりにと思って」
「そう。……嬉しいけど遠慮しておくわ、もう少し寝たいの。下がってもいいわよ」
「どこか、調子のよくないところでも」
「朝は誰だってそんなものでしょう」
私はそう言いながら彼女たちに微笑むと、彼女たちは笑い返してきてくれました。
彼女たちは部屋を出ていこうと背中を見せてきます。私は危険を回避した達成感からひそかに満足の心地でした。
すると、彼女たちのうち一人が振り向いてためらいがちに「そのドロワーズはなんでしょうか」と言ってきたのです。
単純で滑稽な事態です。笑ってください。
私はさきほど脱ぎ捨てたドロワーズをベッドの上に放置していたままだったのです。
私は寒気とも言いがたい、とにかく体から一滴残らずの血を抜き取られたような絶望的な感覚でメイドからの指摘を受けました。一瞬たりとは言え、顔がこわばり眼が見開かれたことでしょう。その決して表にでてはいけない表情をメイドに察知されることはありませんでしたが、扉をくぐろうとしていた他の二人までもがこちらに向き直ってきました。
私は冷静を求め、切迫した心をとにかく偽装し「何でもない」とぶっきらぼうに言うのです。しかし何でもないという言葉は、この場を取り繕うにはあんまり不自然で、まずく感じた私はすぐ「昨日はきかえたまま忘れちゃっただけよ」と加えました。
その言葉は、私をなお悪い方向へ引きずりました。
ここまで私を追い詰めた張本人は、あくまで職務をおこたるまいとし「じゃあ、お洗濯してしまいますね」と、ベッドに近づきドロワーズに手を伸ばすのです。
若干湿っているであろうドロワーズに触れられるとそれに関しての追及をされる、されなくとも何らかの疑った眼差しを向けられることは、避けきれません。
ただ、私にはもう一挙手一投足の抵抗も無意味でした。
一歩と言わず何歩として私の行動はおくれていて、半ば無常の感でドロワーズが拾われるのを眺めるしかできず、思えば、ここに至るまでの原因を築いたのは私自身です。ドロワーズを脱ぐことから、さっき言葉選びを誤ったことまで、私は自分の首を締め上げ、チェスや将棋で言う「詰み」にはまりました。ああ、なんという悲劇でしょうか。いえ、第三者から見れば、実に三流な喜劇でしかないのかもしれません。私は紅魔館の主人である癖に、紅魔館の従者たちからおねしょたらしと軽蔑されるのです。今からそうなります。嗤われるにきまっています。血を飲もうとすればこぼして、尿もこぼして、私はどうやらこぼすのが好きなようです。
そういえば自分をいじめるときもひどい濡れ方をします。私は水気が多いのですッ!
ドロワーズが拾われていきます。
私は眼で追いかけていって、思わずあっと声がでました。
ドロワーズはメイドの手元にはなく、咲夜の手元にぶら下がっていました。いつ間に現れたのでしょうか、彼女たちも眼を丸くしています。
「ごくろうさま。あなたたちはもう行っていいわよ」
彼女たちは私と咲夜を交互に見つめたあと、やっと部屋を出ていきました。
少し間をおいてから咲夜が話しはじめました。
「どうやら、私のあの発言を気にかけさせてしまったようで。冗談ということにしてください。ちょっぴりからかってみたくなっただけですよ。しかし、このような目に会わすとは配慮が足りなかった。すみませんでした。私はね、お嬢様。お嬢様の夜尿ぐせを別段汚いとは思っていませんよ。ともすれば、聖水だろうと黄金だろうと、お嬢様のものならば喜んで受け取りましょう。お嬢様のつっけんどんな態度だって、たいそうご褒美です」
咲夜の端正な顔立ちがわずかな陽光にうるおい際立って見えます。
聖水や黄金や、意味がいまいち理解できませんでしたが、咲夜が妙に頼もしく思えました。
あとは、私が謝るだけのようです。
日の出をむかえ、あるいは鶏の鳴き声に駆られて起床するなどの経験が一つとしてなく、一度は、山から頭を覗かせるお日様を拝見してみたいなと思っています。
私が、おそらく誰よりゆるやかな目覚めをむかえる時には、咲夜はちょうどよく私の部屋のドアを叩き、入ってよろしいですかと慇懃に尋ねてきます。
主従というよりも友達めいた関係である私と咲夜なのですが、いつも決まってそうします。
咲夜の几帳面と私へのたしかな忠誠が、そうやって自然と礼儀正しく行動させているのでしょう。この一事だけでも、私は咲夜にあきれもし、感嘆をおぼえたりもします。よくできた娘です。
いつもならば、かるく朝の挨拶を交えるのですが、今日の私は具合がよくありませんでした。
何が、と聞かれると口ごもってしまいます。
あまり、言葉にしたくはありませんが、私はおねしょをやらかしたのです。五百年も慣らした身であるにも関わらず、これだけは満足な操作ができずにいます。前々から治したいと悩んではいますが、心と体はうまく結びついてはくれず、毎朝目覚めのたびにシーツを裏返し確認する無様をやっています。
咲夜は私の反応の加減を読みとると、今日もですかと冷ややかに言ってきました。
そんな誤解を招く文句でなくてもよいではないですか。まるで私が、昨日もおとといも漏らしてしまっているという印象を、言葉を耳にした者へあたえかねません。断じて昨日もおとといもこのような醜態はさらしていません。もう一つ前にはやってしまっていますが。
私には立場があります。
紅魔館の主人というその立場は高々とそびえており、どうしても見おろす形になってしまうため尊大にならざるおえません。
きっと一言でも謝るべきなのでしょう。しかし私は咲夜の調子をまねて「洗えばすむ話でしょう」と投げつけてしまうのです。
高飛車に振舞うなかで嫌われやしないかと不安を抱いています。
あいにく、咲夜も己が立場をわきまえているので、私の態度について正面きって意見することはありませんが、やはり私の夜尿ぐせと、さっきのようなやり取りには不快を示しているように感じられます。
そうしていると、部屋に妖精メイドが入ってきました。朝食を運んできてくれたようですが、部屋の沈みこんだ空気を感じとると、すごすごと引き下がっていきました。彼女らは普段、自分の服の洗濯だけでも手一杯な状態ですが、最近彼女たちの間で「まじめに働いてみる」という気概が流行っているようなのです。私はいらぬお世話だと思っています。
ベッドを下りてからは、
私が呑気に紅茶の香りを吸いこんだり、図書館で暇を持て余すままにしていたりする間に、咲夜は何も言わず純白のシーツを仕立ててくれていることでしょう。
いつかいつか感謝をするべきだと決意しながらも、決意はどことなく浮遊しいたずらに私の尊大は引き出されます。私は永久、謝る行為ができないのではとさえ思えてきます。
夕刻、私にとっての昼食を片づけているところでした。
私は黙々とお肉を頬張っていました。
すると頑固な繊維が現れて、噛みちぎれずに奮闘するはめになりました。結局ワインで流しこんでしまおうと決着しましたが、ぼんやりしていたのか、ワインの注がれたグラスをかたむけた時、こぼしてしまいました。
スカートのあたりへ、ぼたぼたと。面倒なためナプキンを利用していない私は、それで服を汚してしまいました。
私がため息をついていると咲夜が近づいてきてナプキンをあててくれました。
そこで咲夜は、まさかおもむろに「おねしょのようですね」と言ったのです。私は硬直しました。呟いてくるのならまだしも、きわめて明瞭な声でそれは放たれました。まわりのメイドが怪訝な顔をしています。
咲夜は平然としています。しかしその表情の裏にあきらかな悪質を潜ませていることは事実です。私と咲夜の間でできあがっていた秘密を、いともたやすく公言されたのです。私はぞっとしたあとに、瞬間的に憤慨がこみ上げられ、咲夜を怒鳴り散らしました。
「なにをッ……そんな、ことを言って。……じ、自重しなさいッ、食事中よ」
私は狼狽を隠すことができず、呂律がまわっていませんでした。また、私の様子が尋常でなかったこともあり咲夜の発言を強調してしまいました。
はっと我にかえった私は眼だけを動かして周囲を見渡しました。この部屋のすべて視線が私へ向けられていました。今すぐ席を立って逃げ出したくなりましたが、それでは主張してしまうだけだと、思い留まりました。
私は落ち着いた振りをして「咲夜、下がりなさい」と言いました。咲夜は丁寧なお辞儀をしたあと部屋をでていきました。
メイドの一人が心配して声をかけてくれましたが、そんな彼女に対して私は鋭く睨み返すのです。
私は自分の不機嫌を全員へ見せつけるような態度でもって放出していました。表現といえば、まだ聞こえはよいかもしれません。
さいわい彼女たちは、私と咲夜の険悪な空気に注目して、咲夜の発言自体は重要視しませんでした。ただ、いつ話題にのぼるか気が知れません。
妖精のうわさ好きなところは底がありません、また風のように伝播がはやいのでこの話はすぐさま紅魔館中にひろまりました。私はこれを警戒しました。咲夜は妖精の情報伝達のすみやかさを利用して、私を再び陥れようとするのではないかと想像しました。あの発言の本質をはっきりさせることにより、喧嘩の理由が私の夜尿ぐせだったとばれてしまう。
またこれ、もし紅魔館外にまでもれようものなら、私は羞恥から、ベッドで掛け布団に包まりきりとなるかもしれません。癪な天狗の癪な新聞に載ったりしたならば、自ら首をくくりかねません。そしてそんな程度では死ねないのだからタチが悪いことこの上ありません。
事が大きくなる前に咲夜へ謝るべきだと、私の良心は訴えてきました。しかし心の大半を埋める尊大がそれを否として、私はふんぞり返る以外ができずにいました。
気だるい朝でした。
どうやらいつもよりはやく眼が覚めてしまったようです。窓を覆うカーテンのわずかなすき間から日射しがはいっていましたが、その日射しの具合から、いつもよりはやい時間だなと感じました。陽光は大敵ゆえに、敏感に感じとれます。
窓の位置は、日射しが私へ直射されることのない位置につくられています。また、私自らがカーテンを動かすことはありません。部屋は常に薄暗いのです。
私は上半身を起こしたままでぼうっとしていました。
と、下腹部に冷たさを覚えたので慌てて掛け布団をめくりあげました。案の定、独特の模様がシーツに染みこんでいました。もう何度目かわかりませんが、これに出会うたび情けなくなります。
私は寝転がってドロワーズを脱ぎました。いつまでも穿いていられません。お尻をずらすとシーツの侵食されていない部分に横になります。
咲夜を待ちました。天井を見つめながら今日謝ってみようかなと思案していると、扉が叩かれました。
そのときの、こんこんと小気味よく打たれた音に、私は奇妙な感覚を引きだされました。いつもとは音の調子が違って聞こえたからです。それは、毎日決まって均等な調子を繰りだすのはいくら咲夜でもかないませんでしょう。そうではなくて、力加減や「こん」から「こん」への間の取り方などが、まったく咲夜を想起させてくれませんでした。
咲夜以外の誰かがきた。
そう理解したとたん、あいまいだった意識を覚醒させられました。
もう一度扉が叩かれましたが、私は無視して掛け布団へ潜りこみました。この時間に私が起きていることは滅多にありませんから、ここで私が沈黙に伏していれば、向こうはそう判断して引き下がってくれるだろうと信じました。
ところが「失礼します」の恐る恐るな声とともに、複数人の足音が部屋にあがってきます。きっと三人です。私はいよいよ、いも虫さながらに丸まり、狸寝入りに徹しようと息をひそめます。
ここにおいて私の失態は、奉公にきた者が咲夜ではなく、メイドだったというところに集中します。普段、ろくに私に付き添っていない彼女たちが、私の生活習慣を、ましていつ頃目を覚ますかなんて知る由もないことだったのです。この危険を見誤ったわけでした。
三人は私の様子を伺う会話をしており、それは「起こそうか」という方向へ収束しているようでした。
悪気も何もなくて、ただ彼女たちは、寝坊ぎみの主人を起こしてあげようとする一心に違いありません。しかしその健気は、私に恐怖の二文字を運んできます。
ベッドに接近されるとおねしょを感づかれる可能性が増すため、断じて彼女たちに起こしてもらうわけにはいきません。なにより下半身には下着を身につけていないため、おねしょ以上の誤解を生むことも考えられます。
実際のところ、濡れたシーツは掛け布団で隠蔽されているので、それを引きはがされない限り私は安全です。ただ万が一を恐れていた私は敏感にならざるおえません。
私は、彼女たちが来訪したことによって今目覚めさせられた、という風な演技でこの場をしのごうとしました。
見てみるとたしかに三人でした。
すでに冴え冴えとなった眼をさも眠たそうにこすりあげ、重たい口調で彼女たちに挨拶をします。彼女たちは緊張しているようでした。私のほうがよっぽど緊張しています。
「あ、朝の奉公をしにきましたっ」
「ふうん。咲夜はどうしたの」
「ええと、パチュリー様に呼ばれていました。それに、前に喧嘩をなさっていたようですし、ここは私たちが代わりにと思って」
「そう。……嬉しいけど遠慮しておくわ、もう少し寝たいの。下がってもいいわよ」
「どこか、調子のよくないところでも」
「朝は誰だってそんなものでしょう」
私はそう言いながら彼女たちに微笑むと、彼女たちは笑い返してきてくれました。
彼女たちは部屋を出ていこうと背中を見せてきます。私は危険を回避した達成感からひそかに満足の心地でした。
すると、彼女たちのうち一人が振り向いてためらいがちに「そのドロワーズはなんでしょうか」と言ってきたのです。
単純で滑稽な事態です。笑ってください。
私はさきほど脱ぎ捨てたドロワーズをベッドの上に放置していたままだったのです。
私は寒気とも言いがたい、とにかく体から一滴残らずの血を抜き取られたような絶望的な感覚でメイドからの指摘を受けました。一瞬たりとは言え、顔がこわばり眼が見開かれたことでしょう。その決して表にでてはいけない表情をメイドに察知されることはありませんでしたが、扉をくぐろうとしていた他の二人までもがこちらに向き直ってきました。
私は冷静を求め、切迫した心をとにかく偽装し「何でもない」とぶっきらぼうに言うのです。しかし何でもないという言葉は、この場を取り繕うにはあんまり不自然で、まずく感じた私はすぐ「昨日はきかえたまま忘れちゃっただけよ」と加えました。
その言葉は、私をなお悪い方向へ引きずりました。
ここまで私を追い詰めた張本人は、あくまで職務をおこたるまいとし「じゃあ、お洗濯してしまいますね」と、ベッドに近づきドロワーズに手を伸ばすのです。
若干湿っているであろうドロワーズに触れられるとそれに関しての追及をされる、されなくとも何らかの疑った眼差しを向けられることは、避けきれません。
ただ、私にはもう一挙手一投足の抵抗も無意味でした。
一歩と言わず何歩として私の行動はおくれていて、半ば無常の感でドロワーズが拾われるのを眺めるしかできず、思えば、ここに至るまでの原因を築いたのは私自身です。ドロワーズを脱ぐことから、さっき言葉選びを誤ったことまで、私は自分の首を締め上げ、チェスや将棋で言う「詰み」にはまりました。ああ、なんという悲劇でしょうか。いえ、第三者から見れば、実に三流な喜劇でしかないのかもしれません。私は紅魔館の主人である癖に、紅魔館の従者たちからおねしょたらしと軽蔑されるのです。今からそうなります。嗤われるにきまっています。血を飲もうとすればこぼして、尿もこぼして、私はどうやらこぼすのが好きなようです。
そういえば自分をいじめるときもひどい濡れ方をします。私は水気が多いのですッ!
ドロワーズが拾われていきます。
私は眼で追いかけていって、思わずあっと声がでました。
ドロワーズはメイドの手元にはなく、咲夜の手元にぶら下がっていました。いつ間に現れたのでしょうか、彼女たちも眼を丸くしています。
「ごくろうさま。あなたたちはもう行っていいわよ」
彼女たちは私と咲夜を交互に見つめたあと、やっと部屋を出ていきました。
少し間をおいてから咲夜が話しはじめました。
「どうやら、私のあの発言を気にかけさせてしまったようで。冗談ということにしてください。ちょっぴりからかってみたくなっただけですよ。しかし、このような目に会わすとは配慮が足りなかった。すみませんでした。私はね、お嬢様。お嬢様の夜尿ぐせを別段汚いとは思っていませんよ。ともすれば、聖水だろうと黄金だろうと、お嬢様のものならば喜んで受け取りましょう。お嬢様のつっけんどんな態度だって、たいそうご褒美です」
咲夜の端正な顔立ちがわずかな陽光にうるおい際立って見えます。
聖水や黄金や、意味がいまいち理解できませんでしたが、咲夜が妙に頼もしく思えました。
あとは、私が謝るだけのようです。
咲夜さんは本当によく訓練されてるな。色々な意味で。
でも結局はお嬢様のおねしょの話。
なぜか笑えてくるのはなぜだろう。
いつか僕も長編を書いてみたいです
おぜうさま、俺にも黄金水付きのドロワを投げつけてくれ!!
そこのところ詳しく
レミリアの空回り気味な煩悶に笑いを誘われる
そんな不思議な作品。ごちそうさまです。
ですます口調レミリアというのは新鮮でした。