「静葉姉さーん!! 大変大変大変よーっ!!」
その日の朝は、穣子のけたたましい叫び声から始まった。彼女は叫びながら、どたどたと駆けて家の中へ入ってくる。
ちょうど家の奥で、物置き場の片付けをしていた静葉は、妹の騒ぎように何事かと思わず顔を出す。
「もう、朝っぱらからどうしたの。 あまり走ると、また床が抜けるわよ? 今まで何枚抜いてると思ってるの」
「それどこじゃないの! 外! 外! 早く外来てよ! 大変なの! とにかく大変なのよー!!」
穣子は、言うや否や無理やり姉の腕を掴み家の外へと引っ張ろうとする。
「ちょっと引っ張らないでったら……」
静葉は仕方なく妹に引っ張られながら外へと出た。外はまだぼんやりと薄暗かった。
ふと、彼女の目の前に白いものが落ちてくる。よく見るとそれは空からたくさん落ちてきていた。
「なにこれ……」
静葉は目を疑った。
「雪よ! 姉さん!」
穣子の言葉に、静葉は手のひらを差し出してその白いものを受け止める。するとそれは、はらりと溶けてしまった。
それは間違いなく雪そのもだった、思わず静葉はため息をついてつぶやいた。
「……そうみたいね……」
二人は呆然とした状態で、空から落ちてくるものを見つめている。
「……ねえ、穣子。これはどういうことなの?」
「そんなのわからないわよっ! なんか寒いなーって、外に出たらこの有様だったのよ! 本当なんでなのよぉーー!! なぜなのよー!! 私達の秋はまだ終わらないわよぉおおっ!!」
「……穣子、落ち着きなさい。とりあえず家の中に入るわよ……寒いし」
取り乱してる穣子を静葉は制し、二人は家の中へと戻った。
「……どうしよう姉さん……まだ里の収穫祭も終わってないのよ?」
穣子はパニックのあまりに目に涙すら浮かべていた。一方の静葉は腕を組んで目を閉じたまま黙っている。
「ねえ、姉さん……今年の秋もう終わりなの? もう終わりなの? 終わりなの? だって、まだ霜月までは半月以上あるじゃないのよぉ……私、嫌だよぉお……」
穣子が思わず泣き出しそうになると、すかさず静葉が言う。
「穣子。落ち着きなさい。こういうときこそ気をしっかりしなくてはいけないわ」
そのときだ。
「おはようございまーす。文々。新聞でーす!」
「あら、この声は……。穣子、出迎えてあげて」
姉の言葉に、穣子は涙を拭いて、入り口の方へ行き、新聞屋こと文を迎え入れた。彼女は家の中に入ると、手をこすりながら白い息を吐いた。
「毎度、ありがとうございます。これが今日の新聞です」
「ご苦労様」
静葉は新聞を受け取るなり、その場で広げて読み始める。
「いやー。参りましたよ。朝になって急に寒くなったと思ったらこの有様です」
そう言う彼女の頭にはうっすらと雪が積もっている。いくら彼女が天狗と言えど確かにこれはこたえそうだ。
「新聞屋さんて寒いのに大変よね……。あ、そうだ。良かったらお茶でも飲んでいく?」
「あー。すいません。じゃ、一杯だけ頂いてもいいですか?」
「はーい。ちょっと待っててね」
文が申し訳なさそうにそう言うと、穣子はお茶の用意を始める。
そして、彼女が持ってきた緑茶を一口飲むと、文は、ふうと息をついた。
「はあ、助かりました。こうも寒いと流石にきついものがありますね」
「本当よね。本当ならまだ秋なのに……」
穣子はそう言って恨めしそうに宙を見上げる。徐々に明るくなってきた外は、今も雪がちらついているようだ。
「……それにしてもおかしい天気ですよね。昨日の夜はあんなに晴れていたのに……いくら山とは言え、ここまで劇的に変わるものでしょうか?」
「さあねー。少なくとも私の記憶にはないわ。こんなのは……」
「私も記憶にないですね……」
などと二人が話してると、不意に静葉がつぶやいた。
「……最近は河童達が、ずいぶんと賑やかなようね」
「え?」
思わず二人は彼女のほうを振り向く。
「あら、御免なさい。新聞の記事の話よ。ここのとこ河童達の話題が多いから……ふーん。河童の住処に温泉施設が出来たのね。今度行ってみようかしら」
のん気そうな姉の言葉を聞いて、穣子は怒鳴りながら、起き上がって地団駄を踏む。
「もう、姉さんったら!! それどこじゃないでしょ! そんなのより今は外の天気の方が大事なのよっ! わかる!? 天気!」
そんな妹の様子に静葉は思わず顔をしかめた。
「もう、穣子ったら、はしたないわよ。それに床が抜けるって言ってるでしょ。……はいはい、天気ね……ええと、今日の文々。新聞の文ちゃん天気予報は……『晴れ よい秋晴れの日和となるでしょう』……見事にハズレね」
「あやや……すいません」
静葉の言葉に、文は思わず苦笑いを浮かべた。
「ま、いいのよ。新聞の天気予報なんて所詮は、駄菓子のおまけみたいなものだもの」
そう言って静葉は新聞をたたむと、穣子が先ほど淹れてくれたお茶を飲み始める。
そのとき姉の言葉を聞いた穣子が、ふと口を開く。
「……あれ? でもそう言えば、文さんの新聞の予報は結構当たる方だったよね?」
穣子の問いに、文はお茶を飲みながら答えた。
「ええ、まぁ……親友の河童に協力してもらってますからね。どうせ載せるなら信憑性高い方がいいと思いましたので」
「ふーん、協力って……どうやって?」
「私も詳しい事は分からないんですが、何でもレーダーだか何だかを使って雨が降るか降らないかを調べたり、気温の低さで雪になるかどうかを調べたりしてるそうですよ。一度その機械を見せてもらった事あるんですが、私には何が何だかさっぱりでしたけどね……」
「ふーん。なんだか難しそうな事してんのね。やっぱ河童の考えてる事なんて、私にはわからないわー」
そう言うと穣子はごろっと退屈そうに寝っ転がる。
そこに二人の会話を聞いてた静葉が口を挟んできた。
「……そう、となると天狗さん。尚更この天気はおかしいわね。それだけ信憑性が高い予報が外れるって事になるもの」
「……ええ。まぁ、そうなりますね。雨ならまだしも、雪が降るなんて私も驚きましたよ」
「ねえ。あの雲、普通の雲に比べて何かおかしいとか思わなかった?」
「え? ……うーん。そうですね。なんか突如現れたって感じでしょうか」
「突如現れた……ね」
文の言葉を聞いた静葉は顎に手を当てて、なにやら考え事をするようなそぶりを見せてそれっきり黙り込んでしまう。
一方の穣子は、気だるそうに床に転がったまま何やらぶつぶつとつぶやいている。
「……あっと、こんなことしてる場合じゃありませんでした! これから新聞配達に行かなくては!」
不意に文がそう言って立ち上がると、静葉も我に返ったように一緒に立ち上がった。
「あらあら、ごめんなさいね。なんか呼び止めてしまったみたいで」
「いえいえ、とんでもない。お茶ご馳走様です。おかげで暖まりました」
「外まで送るわよ」
「あやや……わざわざすいません」
そう言いながら二人は外の方へと姿を消す。
穣子は二人が外の方へ出て行ったのをぼんやりと見つめていた。
やがて静葉は戻ってくると、妹の腑抜けた有様を見かねたのか、大きくため息をつく。
「もう、穣子ったら起きなさい。こういう時に神様がしっかりしてなくてどうするの?」
「しっかりったってさぁ……外は雪なのよ? どうすればいいのよぉ……」
そう言って穣子は気だるそうに寝返りを打つ。
「そうね。とりあえずあなたが今できる事は、まず起き上がることよ。さ、起きて」
「はぁ~い……」
姉の言葉に穣子は間延びした返事とともにしぶしぶ起き上がる。
「さあ、次にあなたができる事は、私の話をよく聞く事よ」
「何よ話って」
穣子はあからさまに不機嫌そうな態度をとるが、構わず静葉は話を始めた。
「私が思うに、この天気は怪しい気がするのよ」
「……怪しいって? どういうことよ……?」
「……穣子。昨日までの天気覚えてる? 夜になっても雲ひとつない快晴だったわよね」
「あー……そうだね。一緒に外で月見したもんね。明け方近くまで……」
「そう、月見を終えて、私達が家に戻った頃は、星が見えていたし、まだこんなに寒くなかったはずよ」
「うーん、言われてみればそうね。……それに確か、私が寒さ感じて外に出たのは……家に戻って一刻も経ってなかったわね」
「普通、そんな短い間に急に温度が下がるなんて有り得ない話だと思わない?」
「言われてみれば確かに……」
静葉は更に続ける。
「そしてあの新聞屋さんの言葉を覚えてるかしら? あの雲は突如現れた感じだったって。もし、彼女の言葉が本当だとすれば、あの雲は自然に発生したものじゃないって事になるわ。つまり……」
「つまり……?」
「……この雪は、誰かが人為的に降らせてるってことよ」
「なんですって!?」
姉の言葉に穣子は思わず大声を上げる。すかさず静葉は付け加えた。
「……穣子。間違いなくこれは『異変』よ。そして、これは、秋の神様として黙って見過ごすわけにはいかないわ」
「見過ごすわけにはいかないって……姉さん、まさか……」
「ええ。そうよ。この異変は私達で解決させるのよ!」
姉の思いもよらない言葉に穣子は唖然としてしまった。
「あら穣子どうしたの?」
「……どうしたのじゃないわよ。だって異変の解決なんて、それこそ巫女にでもやらせておけばいいじゃない。私達がわざわざ動く必要があるの?」
「分かってないわね。別に異変は巫女だけが解決するものなんて決まりはないわよ。それに秋度で満ちている今の私達なら異変の解決も不可能じゃないわ」
「それはそうだけど……私達なんかに出来るのかな? 私達は山の神社の神様みたいな神霊とかとは違って、ただの八百万の神なのよ?」
「私達は曲がりなりにもれっきとした神様には違いなのよ。神様が異変解決の一つくらい出来ないわけないわ」
「大体、どうしてそこまでこの異変の解決にこだわるのよ?」
「……どうしてって? そんなの決まってるわ」
静葉は一息を付くと吐き捨てるように穣子へ言う。
「悔しいからよ! 当たり前でしょ? だって私達は、寒い冬を越え、麗らかな春をやり過ごし、つらい夏を耐えてようやく秋を迎える事が出来たのよ! それなのに、ただでさえ短い秋を誰かの仕業で強制的に終わりにさせられるなんて、私には到底納得できないわ! 同じ秋を司る神として穣子は悔しくないの!?」
珍しく語気を強める静葉の圧力に穣子は黙り込んでしまう。
その様子を見て静葉は、一転して優しく諭すような口調で彼女に言う。
「……でもね、穣子。初めてやる事に不安を持つ気持ちはよく分かるわ。だからもし、あなたがどうしても乗り気じゃないって言うのなら、姉さんは、無理にとまでは言わない。その代わり私一人でいくから……」
そう言って静葉は外へ出ようと歩き出す。
すかさず穣子が呼び止めた。
「待って! 姉さん一人じゃ危険よ! だって姉さん戦闘とか苦手でしょ? ……それに私だって悔しいのは同じだわ。……そうね……躊躇する必要なんかなかったわよね。……やってやるわよ。 絶対犯人見つけ出してボコボコにして私達の秋を取り戻してやるわ……!」
穣子は握りこぶしを作ると高々と掲げる。
彼女の力強い言葉を聞いた静葉は、計画通りといった具合にニヤリと笑みを浮かべる。
そのときだ。
「あのーお取り込み中すいません……」
二人が声に驚き振り返ると、そこにはきまり悪そうにしてる文の姿があった。
思わず穣子がたずねる。
「あれ? 文さん何でここに……新聞配達に行ったんじゃなかったの?」
「それが、静葉さんから帰りにここに寄ってほしいってさっき頼まれまして……」
「帰りって……新聞配達は?」
「はい、だからそれを終えて戻ってきたんですよ」
「えぇ!? もう!?」
「さすが早いわね。で、里の方の様子はどうだったかしら?」
「ええ、静葉さんの睨んだ通りでしたよ。まだあの雲は里の方には達してなかったです」
「そう。で、里に雪が降るのは、このままだといつ頃になりそうなの?」
「ええ、私の予想では夕方ごろになるんじゃないかと」
「ふーん。夕方ね……」
「ただし、それは無風状態での話です。風の吹き方によっては前後する可能性もありますので」
「ま、どっちにしろ急ぐに越した事はないわね。というわけでさあ、穣子。あなたの出番よ!」
そう言って静葉は穣子の肩をぽんっと叩く。
肩を叩かれた穣子はきょとんとして姉に言った。
「え? 私?」
「そうよ。里の人気者、実りの神様の出番よ」
「ええと、……何すればいいの?」
「今、分かった通り、あの雪を降らしている雲は、まだ里までには達してないわ。だから、今のうちに里の人たちに、まだ残ってる作物を全部収穫するように呼びかけてくるのよ。ついでにあなたも収穫手伝ってらっしゃい。これは私よりあなたの方がむいてる仕事だから」
「いいけど、……姉さんは?」
「私は心当たりある人を片っ端からあたってみるわ。大丈夫よ。天狗さんも一緒だし」
「え、文さんも?」
「そう、今回は彼女にも協力してもらうつもりよ。彼女の情報網は絶対に役に立つわ」
静葉の言葉を聞いた文は、うちわを広げてぱたぱたとあおぎながら言う。
「と言っても、あくまでも私は、記者としてこの事件の顛末を見守りたいだけですけどね。ま、情報収集程度ならお力添えできると思いますよ」
穣子はそれを聞いて安心したように、にこりと笑う。
「そっか。わかったわ。文さんが一緒なら安心ね。じゃ気をつけてね」
「ええ、穣子もね」
「うん。じゃあ、いっちょ行って来るわ!」
そう力強く返事をすると、穣子は里の方へと向かっていった。
「さてと……私達も行きましょうか。それじゃ天狗さんは引き続き情報収集の方、お願いね」
「あやや? ちょっと待ってください。さっきの話だと、私もあなたに同行するような話じゃなかったですか?」
「いえ。情報の収集は手分けした方が効率いいわ」
「確かにそうですけど……」
「それに私は、ちょっと行く当てがあるのよ。だからあなたは里周辺で情報集めてきてくれないかしら」
「なるほど。わかりました」
静葉の言葉に文はあっさりと引き下がる。そして「それでは……!」と言い残し彼女は、風のようにその場から姿を消した。
ほどなくして静葉も雪が降りしきる空へと舞い上がる。
こうして彼女達の異変解決が始まったのだった。
その日の朝は、穣子のけたたましい叫び声から始まった。彼女は叫びながら、どたどたと駆けて家の中へ入ってくる。
ちょうど家の奥で、物置き場の片付けをしていた静葉は、妹の騒ぎように何事かと思わず顔を出す。
「もう、朝っぱらからどうしたの。 あまり走ると、また床が抜けるわよ? 今まで何枚抜いてると思ってるの」
「それどこじゃないの! 外! 外! 早く外来てよ! 大変なの! とにかく大変なのよー!!」
穣子は、言うや否や無理やり姉の腕を掴み家の外へと引っ張ろうとする。
「ちょっと引っ張らないでったら……」
静葉は仕方なく妹に引っ張られながら外へと出た。外はまだぼんやりと薄暗かった。
ふと、彼女の目の前に白いものが落ちてくる。よく見るとそれは空からたくさん落ちてきていた。
「なにこれ……」
静葉は目を疑った。
「雪よ! 姉さん!」
穣子の言葉に、静葉は手のひらを差し出してその白いものを受け止める。するとそれは、はらりと溶けてしまった。
それは間違いなく雪そのもだった、思わず静葉はため息をついてつぶやいた。
「……そうみたいね……」
二人は呆然とした状態で、空から落ちてくるものを見つめている。
「……ねえ、穣子。これはどういうことなの?」
「そんなのわからないわよっ! なんか寒いなーって、外に出たらこの有様だったのよ! 本当なんでなのよぉーー!! なぜなのよー!! 私達の秋はまだ終わらないわよぉおおっ!!」
「……穣子、落ち着きなさい。とりあえず家の中に入るわよ……寒いし」
取り乱してる穣子を静葉は制し、二人は家の中へと戻った。
「……どうしよう姉さん……まだ里の収穫祭も終わってないのよ?」
穣子はパニックのあまりに目に涙すら浮かべていた。一方の静葉は腕を組んで目を閉じたまま黙っている。
「ねえ、姉さん……今年の秋もう終わりなの? もう終わりなの? 終わりなの? だって、まだ霜月までは半月以上あるじゃないのよぉ……私、嫌だよぉお……」
穣子が思わず泣き出しそうになると、すかさず静葉が言う。
「穣子。落ち着きなさい。こういうときこそ気をしっかりしなくてはいけないわ」
そのときだ。
「おはようございまーす。文々。新聞でーす!」
「あら、この声は……。穣子、出迎えてあげて」
姉の言葉に、穣子は涙を拭いて、入り口の方へ行き、新聞屋こと文を迎え入れた。彼女は家の中に入ると、手をこすりながら白い息を吐いた。
「毎度、ありがとうございます。これが今日の新聞です」
「ご苦労様」
静葉は新聞を受け取るなり、その場で広げて読み始める。
「いやー。参りましたよ。朝になって急に寒くなったと思ったらこの有様です」
そう言う彼女の頭にはうっすらと雪が積もっている。いくら彼女が天狗と言えど確かにこれはこたえそうだ。
「新聞屋さんて寒いのに大変よね……。あ、そうだ。良かったらお茶でも飲んでいく?」
「あー。すいません。じゃ、一杯だけ頂いてもいいですか?」
「はーい。ちょっと待っててね」
文が申し訳なさそうにそう言うと、穣子はお茶の用意を始める。
そして、彼女が持ってきた緑茶を一口飲むと、文は、ふうと息をついた。
「はあ、助かりました。こうも寒いと流石にきついものがありますね」
「本当よね。本当ならまだ秋なのに……」
穣子はそう言って恨めしそうに宙を見上げる。徐々に明るくなってきた外は、今も雪がちらついているようだ。
「……それにしてもおかしい天気ですよね。昨日の夜はあんなに晴れていたのに……いくら山とは言え、ここまで劇的に変わるものでしょうか?」
「さあねー。少なくとも私の記憶にはないわ。こんなのは……」
「私も記憶にないですね……」
などと二人が話してると、不意に静葉がつぶやいた。
「……最近は河童達が、ずいぶんと賑やかなようね」
「え?」
思わず二人は彼女のほうを振り向く。
「あら、御免なさい。新聞の記事の話よ。ここのとこ河童達の話題が多いから……ふーん。河童の住処に温泉施設が出来たのね。今度行ってみようかしら」
のん気そうな姉の言葉を聞いて、穣子は怒鳴りながら、起き上がって地団駄を踏む。
「もう、姉さんったら!! それどこじゃないでしょ! そんなのより今は外の天気の方が大事なのよっ! わかる!? 天気!」
そんな妹の様子に静葉は思わず顔をしかめた。
「もう、穣子ったら、はしたないわよ。それに床が抜けるって言ってるでしょ。……はいはい、天気ね……ええと、今日の文々。新聞の文ちゃん天気予報は……『晴れ よい秋晴れの日和となるでしょう』……見事にハズレね」
「あやや……すいません」
静葉の言葉に、文は思わず苦笑いを浮かべた。
「ま、いいのよ。新聞の天気予報なんて所詮は、駄菓子のおまけみたいなものだもの」
そう言って静葉は新聞をたたむと、穣子が先ほど淹れてくれたお茶を飲み始める。
そのとき姉の言葉を聞いた穣子が、ふと口を開く。
「……あれ? でもそう言えば、文さんの新聞の予報は結構当たる方だったよね?」
穣子の問いに、文はお茶を飲みながら答えた。
「ええ、まぁ……親友の河童に協力してもらってますからね。どうせ載せるなら信憑性高い方がいいと思いましたので」
「ふーん、協力って……どうやって?」
「私も詳しい事は分からないんですが、何でもレーダーだか何だかを使って雨が降るか降らないかを調べたり、気温の低さで雪になるかどうかを調べたりしてるそうですよ。一度その機械を見せてもらった事あるんですが、私には何が何だかさっぱりでしたけどね……」
「ふーん。なんだか難しそうな事してんのね。やっぱ河童の考えてる事なんて、私にはわからないわー」
そう言うと穣子はごろっと退屈そうに寝っ転がる。
そこに二人の会話を聞いてた静葉が口を挟んできた。
「……そう、となると天狗さん。尚更この天気はおかしいわね。それだけ信憑性が高い予報が外れるって事になるもの」
「……ええ。まぁ、そうなりますね。雨ならまだしも、雪が降るなんて私も驚きましたよ」
「ねえ。あの雲、普通の雲に比べて何かおかしいとか思わなかった?」
「え? ……うーん。そうですね。なんか突如現れたって感じでしょうか」
「突如現れた……ね」
文の言葉を聞いた静葉は顎に手を当てて、なにやら考え事をするようなそぶりを見せてそれっきり黙り込んでしまう。
一方の穣子は、気だるそうに床に転がったまま何やらぶつぶつとつぶやいている。
「……あっと、こんなことしてる場合じゃありませんでした! これから新聞配達に行かなくては!」
不意に文がそう言って立ち上がると、静葉も我に返ったように一緒に立ち上がった。
「あらあら、ごめんなさいね。なんか呼び止めてしまったみたいで」
「いえいえ、とんでもない。お茶ご馳走様です。おかげで暖まりました」
「外まで送るわよ」
「あやや……わざわざすいません」
そう言いながら二人は外の方へと姿を消す。
穣子は二人が外の方へ出て行ったのをぼんやりと見つめていた。
やがて静葉は戻ってくると、妹の腑抜けた有様を見かねたのか、大きくため息をつく。
「もう、穣子ったら起きなさい。こういう時に神様がしっかりしてなくてどうするの?」
「しっかりったってさぁ……外は雪なのよ? どうすればいいのよぉ……」
そう言って穣子は気だるそうに寝返りを打つ。
「そうね。とりあえずあなたが今できる事は、まず起き上がることよ。さ、起きて」
「はぁ~い……」
姉の言葉に穣子は間延びした返事とともにしぶしぶ起き上がる。
「さあ、次にあなたができる事は、私の話をよく聞く事よ」
「何よ話って」
穣子はあからさまに不機嫌そうな態度をとるが、構わず静葉は話を始めた。
「私が思うに、この天気は怪しい気がするのよ」
「……怪しいって? どういうことよ……?」
「……穣子。昨日までの天気覚えてる? 夜になっても雲ひとつない快晴だったわよね」
「あー……そうだね。一緒に外で月見したもんね。明け方近くまで……」
「そう、月見を終えて、私達が家に戻った頃は、星が見えていたし、まだこんなに寒くなかったはずよ」
「うーん、言われてみればそうね。……それに確か、私が寒さ感じて外に出たのは……家に戻って一刻も経ってなかったわね」
「普通、そんな短い間に急に温度が下がるなんて有り得ない話だと思わない?」
「言われてみれば確かに……」
静葉は更に続ける。
「そしてあの新聞屋さんの言葉を覚えてるかしら? あの雲は突如現れた感じだったって。もし、彼女の言葉が本当だとすれば、あの雲は自然に発生したものじゃないって事になるわ。つまり……」
「つまり……?」
「……この雪は、誰かが人為的に降らせてるってことよ」
「なんですって!?」
姉の言葉に穣子は思わず大声を上げる。すかさず静葉は付け加えた。
「……穣子。間違いなくこれは『異変』よ。そして、これは、秋の神様として黙って見過ごすわけにはいかないわ」
「見過ごすわけにはいかないって……姉さん、まさか……」
「ええ。そうよ。この異変は私達で解決させるのよ!」
姉の思いもよらない言葉に穣子は唖然としてしまった。
「あら穣子どうしたの?」
「……どうしたのじゃないわよ。だって異変の解決なんて、それこそ巫女にでもやらせておけばいいじゃない。私達がわざわざ動く必要があるの?」
「分かってないわね。別に異変は巫女だけが解決するものなんて決まりはないわよ。それに秋度で満ちている今の私達なら異変の解決も不可能じゃないわ」
「それはそうだけど……私達なんかに出来るのかな? 私達は山の神社の神様みたいな神霊とかとは違って、ただの八百万の神なのよ?」
「私達は曲がりなりにもれっきとした神様には違いなのよ。神様が異変解決の一つくらい出来ないわけないわ」
「大体、どうしてそこまでこの異変の解決にこだわるのよ?」
「……どうしてって? そんなの決まってるわ」
静葉は一息を付くと吐き捨てるように穣子へ言う。
「悔しいからよ! 当たり前でしょ? だって私達は、寒い冬を越え、麗らかな春をやり過ごし、つらい夏を耐えてようやく秋を迎える事が出来たのよ! それなのに、ただでさえ短い秋を誰かの仕業で強制的に終わりにさせられるなんて、私には到底納得できないわ! 同じ秋を司る神として穣子は悔しくないの!?」
珍しく語気を強める静葉の圧力に穣子は黙り込んでしまう。
その様子を見て静葉は、一転して優しく諭すような口調で彼女に言う。
「……でもね、穣子。初めてやる事に不安を持つ気持ちはよく分かるわ。だからもし、あなたがどうしても乗り気じゃないって言うのなら、姉さんは、無理にとまでは言わない。その代わり私一人でいくから……」
そう言って静葉は外へ出ようと歩き出す。
すかさず穣子が呼び止めた。
「待って! 姉さん一人じゃ危険よ! だって姉さん戦闘とか苦手でしょ? ……それに私だって悔しいのは同じだわ。……そうね……躊躇する必要なんかなかったわよね。……やってやるわよ。 絶対犯人見つけ出してボコボコにして私達の秋を取り戻してやるわ……!」
穣子は握りこぶしを作ると高々と掲げる。
彼女の力強い言葉を聞いた静葉は、計画通りといった具合にニヤリと笑みを浮かべる。
そのときだ。
「あのーお取り込み中すいません……」
二人が声に驚き振り返ると、そこにはきまり悪そうにしてる文の姿があった。
思わず穣子がたずねる。
「あれ? 文さん何でここに……新聞配達に行ったんじゃなかったの?」
「それが、静葉さんから帰りにここに寄ってほしいってさっき頼まれまして……」
「帰りって……新聞配達は?」
「はい、だからそれを終えて戻ってきたんですよ」
「えぇ!? もう!?」
「さすが早いわね。で、里の方の様子はどうだったかしら?」
「ええ、静葉さんの睨んだ通りでしたよ。まだあの雲は里の方には達してなかったです」
「そう。で、里に雪が降るのは、このままだといつ頃になりそうなの?」
「ええ、私の予想では夕方ごろになるんじゃないかと」
「ふーん。夕方ね……」
「ただし、それは無風状態での話です。風の吹き方によっては前後する可能性もありますので」
「ま、どっちにしろ急ぐに越した事はないわね。というわけでさあ、穣子。あなたの出番よ!」
そう言って静葉は穣子の肩をぽんっと叩く。
肩を叩かれた穣子はきょとんとして姉に言った。
「え? 私?」
「そうよ。里の人気者、実りの神様の出番よ」
「ええと、……何すればいいの?」
「今、分かった通り、あの雪を降らしている雲は、まだ里までには達してないわ。だから、今のうちに里の人たちに、まだ残ってる作物を全部収穫するように呼びかけてくるのよ。ついでにあなたも収穫手伝ってらっしゃい。これは私よりあなたの方がむいてる仕事だから」
「いいけど、……姉さんは?」
「私は心当たりある人を片っ端からあたってみるわ。大丈夫よ。天狗さんも一緒だし」
「え、文さんも?」
「そう、今回は彼女にも協力してもらうつもりよ。彼女の情報網は絶対に役に立つわ」
静葉の言葉を聞いた文は、うちわを広げてぱたぱたとあおぎながら言う。
「と言っても、あくまでも私は、記者としてこの事件の顛末を見守りたいだけですけどね。ま、情報収集程度ならお力添えできると思いますよ」
穣子はそれを聞いて安心したように、にこりと笑う。
「そっか。わかったわ。文さんが一緒なら安心ね。じゃ気をつけてね」
「ええ、穣子もね」
「うん。じゃあ、いっちょ行って来るわ!」
そう力強く返事をすると、穣子は里の方へと向かっていった。
「さてと……私達も行きましょうか。それじゃ天狗さんは引き続き情報収集の方、お願いね」
「あやや? ちょっと待ってください。さっきの話だと、私もあなたに同行するような話じゃなかったですか?」
「いえ。情報の収集は手分けした方が効率いいわ」
「確かにそうですけど……」
「それに私は、ちょっと行く当てがあるのよ。だからあなたは里周辺で情報集めてきてくれないかしら」
「なるほど。わかりました」
静葉の言葉に文はあっさりと引き下がる。そして「それでは……!」と言い残し彼女は、風のようにその場から姿を消した。
ほどなくして静葉も雪が降りしきる空へと舞い上がる。
こうして彼女達の異変解決が始まったのだった。
秋の神様だから秋を脅かす異変は見過ごすことはできないと動き出すのがいいですね。
河童は温泉施設を作ったけど天気予報を外してるから白かな。
冬が来ると喜びそうなチルノあたりが邪魔しにきそうだ。
続き期待
A.幻想郷が北海道にあれば秋をすっ飛ばして冬が訪れても、それは然るべきことなので理不尽ではありません。
すみません、忘れてください。続きを愉しみにしています。