「行ってきます」
玄関の扉を開けると、何一つ変わらない見慣れたアスファルトで出来た道。
朝の心地よい陽射しが辺りを照らす。
良い天気だ。
私はまだ眩しさに戸惑っている目を瞬かせ、高校へと続く道を歩き始めた。
時折、自転車に乗った中学生や、まだ時間も早いと言うのに急いで歩む背広をきた人とすれ違う。
それがN県S市の朝である。
本当に気持ちが良い朝だ。
通学路の途中にある守矢神社の前で立ち止まる。
守矢神社は相当に昔からある神社だが支持者達の協力の甲斐もあり、平成の今でも美麗で壮言な姿を失ってはいない。
私は大きな朱色の鳥居の前に立つ。
毎朝この場所に寄る。
決して熱心な守矢神社の信者という訳ではない。
親友と待ち合わせをしているのだ。
「おはよう」
私が振り返ると東風谷早苗がはにかみながら立っていた。
彼女は守矢神社の唯一の子供にして巫女、いや風祝。
風祝というのがどういうものかよくわからなかったが、巫女というと彼女に風祝がどういうものかという講釈を聞かされるので私は日頃から注意している。
「ごめんね、遅れちゃって」
早苗のセーラー服にかかった長い髪が風に揺れる。
私が寝坊でもしたのかとからかってみせると早苗は笑った。
少し変な所もあるが早苗は真面目な普通の女の子である。
「それじゃ、行こうか」
私達はあれこれと他愛のない話をしながら歩く。
今朝の主な話題は早苗の恋愛話である。
彼女は高校で一番かっこいいと女生徒達に品評されている男に愛を告げられたのだが、こともあろうに一蹴したのである。
それなりに容姿が良い為、それなりに早苗に恋敗れた男も多かった。
私はもったいない、もったいないと僻み半分に口を尖らせた。
「でも私はそんなことに興味ないよ」
とのんびりと笑うのである。
やっぱりこの子は生真面目というか変わっている。
だけど、そんな親友が私は好きであった。
もう、私達も高校3年生である。
親友と一緒にいられる時間もあとわずかと思うと少し寂しくなった。
その日の数学の時間。
私は黒板に書き散らされた呪文のような数式にうんざりとしていた。
その数式を前髪が後退し始めた教師が解説しているが、何がなんだかわからない。
私は気を散らし目線を泳がせ始める。
ふと早苗が目に入った。
彼女はぼんやりと窓の外を見ていた。
頭の良い早苗のこと、授業で理解できないということは無いはずだが授業に身が入っていないようだった。
最近、早苗にはそういうことが多い。
ことあるごとに、なにか考え事をしているかのように呆然としているのである。
普段から彼女は若干抜けている所があったが私はなんとも言いがたい違和感を覚えていた。
違和感というよりも危機感と称した方が正しいのかもしれない。
根拠は無かったが、早苗の身に何か起こる、不謹慎ながらも私は胸に引っかかるものを抱えていた。
「東風谷、集中しなさい」
先生がぼんやりとしていた早苗に注意する。
「は、はいすいません」
鳩が豆鉄砲を受けたかのように驚き立ち上がる。
「いいから、とりあえず座りなさい」
早苗は恥ずかしそうに肩を小さくしながら座る。
周りから笑いが漏れる。
私は心配しながら彼女をみた。
やはり彼女は少し変わっている。
私はため息をついた。
「お前も、集中せんか」
私にも警告が飛んできた。
授業も終わり、早苗と一緒に校門をくぐる。
以前は帰りまで一緒ではなかったが、受験ということで部活も終わり二人で下校するようになっていた。
夕暮れに染まる道を二人で帰る。
田舎なので特に寄り道をしていくことも無く、いつも真っ直ぐ家に帰るのだ。
普段のごとく、他愛の無い話をしながら帰る。
彼女はいつものように笑っている。
しかし今日の早苗の顔には時折、なんとも言えない情が浮かんでいるように見えた。
私が進路についての話題を振った。
彼女が具体的な将来の話をしたことは無かった。
聞いてもはぐらかされてしまうのである。
そのとき、彼女はあのなんとも言えない表情を浮かべた。
早苗は口を噤み、目線を逸らす。
私の中で違和感が大きくなっていく。
早苗は必死に普段通りに装っているつもりらしいが、私達は長年の付き合いである。
私がそれを見逃すはずは無かった。
「ねえ、早苗」
私は思い切って口を開く。
「どうしたの、そんなに改まって」
彼女はそのいつも通りの表情で微笑む。
「なにか、悩んでるの? 言ってよ……友達でしょ」
私は彼女の目を見る。
一瞬、早苗は無表情になる。
「大丈夫だよ」
必死に笑顔を繕っているようだった。
私は何も言えなくなる。
二人、無言で歩きなれた道を歩む。
なにか有るのならば言って欲しかった。
どうしようもなく悩んでいるのなら相談して欲しかった。
気を遣って欲しくなかった。
私と早苗は青臭いかも知れないが唯一無二の親友だと思っている。
だから、彼女が何かを隠しているようで少し悲しかった。
「私が遠くに行っても心配しないでね」
突然に彼女が口を開く。
遠くに行くってどういうことだろうかと私は考えた。
早苗は何か達観したかのような表情になっていた。
「うん」
私は頷くことしかできなかった。
遠くの大学に行くということなのか。
確かに田舎を脱出して都会の大学に行きたいという人は多い。
本当にそうなのか。
違和感で私は息苦しくなる。
いつの間にか神社の前についてしまった。
彼女は立ち止まる。
「それじゃあ」
彼女は笑って手を振った。
私はその笑顔に不安を感じる。
何だろう、この不安は、違和感は。
私は必死にそれらを振り払う。
私の考えすぎなのだ。
きっと明日も、明後日も私と早苗は一緒に学校に行って、授業を受けて、一緒に帰るんだ。
考えすぎだ、絶対に。
「うん、また明日」
私も笑顔を作った。
早苗が少し俯く。
不安が大きくなっていく。
私が立ち止まっていると、
「また明日ね」
早苗は微笑んだ。
その夜、私はベッドに寝転がり考え事をしていた。
寝ようと思っても早苗のことが浮かび上がってきてしまう。
彼女は何を思っていたのだろう。
考えても、考えても判らない。
私が思慮に詰まり、目を擦ったとき、強い風が窓を叩く。
台風のような突風であったが、すぐに消えてしまった。
「行ってきます」
玄関の扉を開けると、何一つ変わらない見慣れたアスファルトで出来た道。
朝の心地よい陽射しが辺りを照らす。
良い天気だ。
私はまだ眩しさに戸惑っている目を瞬かせ、高校へと続く道を歩き始めた。
時折、自転車に乗った中学生や、まだ時間も早いというのに急いで歩む背広をきた人とすれ違う。
それがN県S市の朝である。
本当に気持ちが良い朝だ。
通学路の途中にある守矢神社の前で前で立ち止まる。
守矢神社は相当に昔からある神社だが跡取りも途絶え、平成の今となっては崩れ落ちた残骸を晒すのみであった。
私は大きな赤茶けたボロボロの鳥居の前に立つ。
あれ、なんでこんなところに居るのだろう。
こんな所に用なんて無いのに。
私は首を傾げると、いつも通り一人で学校へと続く道を歩き始めた。
玄関の扉を開けると、何一つ変わらない見慣れたアスファルトで出来た道。
朝の心地よい陽射しが辺りを照らす。
良い天気だ。
私はまだ眩しさに戸惑っている目を瞬かせ、高校へと続く道を歩き始めた。
時折、自転車に乗った中学生や、まだ時間も早いと言うのに急いで歩む背広をきた人とすれ違う。
それがN県S市の朝である。
本当に気持ちが良い朝だ。
通学路の途中にある守矢神社の前で立ち止まる。
守矢神社は相当に昔からある神社だが支持者達の協力の甲斐もあり、平成の今でも美麗で壮言な姿を失ってはいない。
私は大きな朱色の鳥居の前に立つ。
毎朝この場所に寄る。
決して熱心な守矢神社の信者という訳ではない。
親友と待ち合わせをしているのだ。
「おはよう」
私が振り返ると東風谷早苗がはにかみながら立っていた。
彼女は守矢神社の唯一の子供にして巫女、いや風祝。
風祝というのがどういうものかよくわからなかったが、巫女というと彼女に風祝がどういうものかという講釈を聞かされるので私は日頃から注意している。
「ごめんね、遅れちゃって」
早苗のセーラー服にかかった長い髪が風に揺れる。
私が寝坊でもしたのかとからかってみせると早苗は笑った。
少し変な所もあるが早苗は真面目な普通の女の子である。
「それじゃ、行こうか」
私達はあれこれと他愛のない話をしながら歩く。
今朝の主な話題は早苗の恋愛話である。
彼女は高校で一番かっこいいと女生徒達に品評されている男に愛を告げられたのだが、こともあろうに一蹴したのである。
それなりに容姿が良い為、それなりに早苗に恋敗れた男も多かった。
私はもったいない、もったいないと僻み半分に口を尖らせた。
「でも私はそんなことに興味ないよ」
とのんびりと笑うのである。
やっぱりこの子は生真面目というか変わっている。
だけど、そんな親友が私は好きであった。
もう、私達も高校3年生である。
親友と一緒にいられる時間もあとわずかと思うと少し寂しくなった。
その日の数学の時間。
私は黒板に書き散らされた呪文のような数式にうんざりとしていた。
その数式を前髪が後退し始めた教師が解説しているが、何がなんだかわからない。
私は気を散らし目線を泳がせ始める。
ふと早苗が目に入った。
彼女はぼんやりと窓の外を見ていた。
頭の良い早苗のこと、授業で理解できないということは無いはずだが授業に身が入っていないようだった。
最近、早苗にはそういうことが多い。
ことあるごとに、なにか考え事をしているかのように呆然としているのである。
普段から彼女は若干抜けている所があったが私はなんとも言いがたい違和感を覚えていた。
違和感というよりも危機感と称した方が正しいのかもしれない。
根拠は無かったが、早苗の身に何か起こる、不謹慎ながらも私は胸に引っかかるものを抱えていた。
「東風谷、集中しなさい」
先生がぼんやりとしていた早苗に注意する。
「は、はいすいません」
鳩が豆鉄砲を受けたかのように驚き立ち上がる。
「いいから、とりあえず座りなさい」
早苗は恥ずかしそうに肩を小さくしながら座る。
周りから笑いが漏れる。
私は心配しながら彼女をみた。
やはり彼女は少し変わっている。
私はため息をついた。
「お前も、集中せんか」
私にも警告が飛んできた。
授業も終わり、早苗と一緒に校門をくぐる。
以前は帰りまで一緒ではなかったが、受験ということで部活も終わり二人で下校するようになっていた。
夕暮れに染まる道を二人で帰る。
田舎なので特に寄り道をしていくことも無く、いつも真っ直ぐ家に帰るのだ。
普段のごとく、他愛の無い話をしながら帰る。
彼女はいつものように笑っている。
しかし今日の早苗の顔には時折、なんとも言えない情が浮かんでいるように見えた。
私が進路についての話題を振った。
彼女が具体的な将来の話をしたことは無かった。
聞いてもはぐらかされてしまうのである。
そのとき、彼女はあのなんとも言えない表情を浮かべた。
早苗は口を噤み、目線を逸らす。
私の中で違和感が大きくなっていく。
早苗は必死に普段通りに装っているつもりらしいが、私達は長年の付き合いである。
私がそれを見逃すはずは無かった。
「ねえ、早苗」
私は思い切って口を開く。
「どうしたの、そんなに改まって」
彼女はそのいつも通りの表情で微笑む。
「なにか、悩んでるの? 言ってよ……友達でしょ」
私は彼女の目を見る。
一瞬、早苗は無表情になる。
「大丈夫だよ」
必死に笑顔を繕っているようだった。
私は何も言えなくなる。
二人、無言で歩きなれた道を歩む。
なにか有るのならば言って欲しかった。
どうしようもなく悩んでいるのなら相談して欲しかった。
気を遣って欲しくなかった。
私と早苗は青臭いかも知れないが唯一無二の親友だと思っている。
だから、彼女が何かを隠しているようで少し悲しかった。
「私が遠くに行っても心配しないでね」
突然に彼女が口を開く。
遠くに行くってどういうことだろうかと私は考えた。
早苗は何か達観したかのような表情になっていた。
「うん」
私は頷くことしかできなかった。
遠くの大学に行くということなのか。
確かに田舎を脱出して都会の大学に行きたいという人は多い。
本当にそうなのか。
違和感で私は息苦しくなる。
いつの間にか神社の前についてしまった。
彼女は立ち止まる。
「それじゃあ」
彼女は笑って手を振った。
私はその笑顔に不安を感じる。
何だろう、この不安は、違和感は。
私は必死にそれらを振り払う。
私の考えすぎなのだ。
きっと明日も、明後日も私と早苗は一緒に学校に行って、授業を受けて、一緒に帰るんだ。
考えすぎだ、絶対に。
「うん、また明日」
私も笑顔を作った。
早苗が少し俯く。
不安が大きくなっていく。
私が立ち止まっていると、
「また明日ね」
早苗は微笑んだ。
その夜、私はベッドに寝転がり考え事をしていた。
寝ようと思っても早苗のことが浮かび上がってきてしまう。
彼女は何を思っていたのだろう。
考えても、考えても判らない。
私が思慮に詰まり、目を擦ったとき、強い風が窓を叩く。
台風のような突風であったが、すぐに消えてしまった。
「行ってきます」
玄関の扉を開けると、何一つ変わらない見慣れたアスファルトで出来た道。
朝の心地よい陽射しが辺りを照らす。
良い天気だ。
私はまだ眩しさに戸惑っている目を瞬かせ、高校へと続く道を歩き始めた。
時折、自転車に乗った中学生や、まだ時間も早いというのに急いで歩む背広をきた人とすれ違う。
それがN県S市の朝である。
本当に気持ちが良い朝だ。
通学路の途中にある守矢神社の前で前で立ち止まる。
守矢神社は相当に昔からある神社だが跡取りも途絶え、平成の今となっては崩れ落ちた残骸を晒すのみであった。
私は大きな赤茶けたボロボロの鳥居の前に立つ。
あれ、なんでこんなところに居るのだろう。
こんな所に用なんて無いのに。
私は首を傾げると、いつも通り一人で学校へと続く道を歩き始めた。
喫茶店のやつも書いてましたかね?
違っていたらすいません
名前とか作品の感じとか見る限り好きだった作家の人っぽいので期待してます。
早苗さんはどんな気持ちでどんなものを外の世界に残してきたのだろう……。