Coolier - 新生・東方創想話

紅い悪魔の館

2009/10/25 23:56:19
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《0日目》

「なんと! 文さんが紅魔館の執事!? 天狗としての立場はどうなるんです!?」
「へー、すごいなー。たまには山にも来てよねー」

 椛とにとりの反応に、文は苦笑する。

「執事って言っても一週間ほど取材がてら体験するだけですよ。大天狗様にもちゃんと断っていますってば」

 山の天狗や妖怪には、会う度に言われているのだ。
 文としては辟易しつつも、なんだか面映いものを感じてしまう。
 皆、西洋文化に馴染みがないせいか『執事』という言葉をおおげさに捉えすぎているのだ。

「それにしても、よく文に執事なんてさせる気になったねぇ」

 にとりが紅魔館への同情半分といった風に言う。

「いえいえ、これは日ごろの行いの賜物。あちらから是非にという申し出なのです」

「「それはない」」

 誇らしげに胸を張って言えば、二人でそろって答えてきた。
 もっとも、繊細な神経で記者などやっていられない。苦笑して返す。

 今回、紅魔館の主レミリアから、一週間ほど執事になってみないかと手紙が送られたのは事実だ。もっとも、手紙は読んですぐに燃えてしまった。
 レミリアらしい演出過剰に笑ったものの、仲間に自慢できないのは少しばかり悔しい。
 まあいい、と文は頷く。
 一週間後には紅魔館について、相応の情報を記事にできるのだ。
 記者たるもの、言い訳しても意味はない。記事で語ろう、と小さく肩をすくめる。

 その後はいつもの他愛ない会話。

「毎食ごはんじゃなくてパンを食べるってホントなんでしょうか」
「割と気分次第でいろいろ食べてるみたいですよ」

「あんまり西洋かぶれしちゃダメだよー」
「にとりさんが言っても説得力ないですよ」

 そんな会話をしていると。
 毎日事件を求めて幻想郷を飛び回っていた文も、自身の『日常』が確かにあることを認識する。
 明日から一週間の『非日常』に、不安と期待が高まった。




《1日目》

 約束の日の朝。
 さすがに朝の湖畔は霧がひどい。
 湖を迂回し、霧に浮かぶ紅い島の如き屋根から少し離れ。文は着地する。
 さすがに執事として呼ばれた者が、門も通らず訪ねるわけにも行くまい。
 何より、霧の中を無理に飛べば、壁に激突することがある。

 濃霧の中、半ば手探りで門にたどりつく。
 しかし、そこに紅魔館名物の門番、紅美鈴の姿はない。
 
「おや、門番さんがいませんね……サボリで有名な方ですから、寝坊でもしているのでしょうか?」

 勝手に入ってよいものかと首を傾げると。
 軋んだ音を立てて門が開いた。
 うっすらと感じた寒気は、きっと朝の霧が体を冷やすせいだろうと。
 そう己を納得させ、文は門をくぐる。

 昼日中のインタビューはもちろん、夜のパーティーでも、文は紅魔館へ来たことがある。
 勝手知ったるなんとやら、だ。
 霧に湿る花畑の間を通り、館の扉前に立てば、ノッカーに触れるより早く扉はひとりでに開く。

「……そういえば、咲夜さんも妖精メイドの方々も、自身で扉を開けている様子を見たおぼえがありませんね」

 来客が勝手に移動する時は、自力で扉を開いていたが。
 住人たちが扉を開く様子を、文は思い出せなかった。

(にとりさんが言っていた自動ドアというものでしょうか……妖獣が獣の姿でも開ける扉という以外、意味はなさそうでしたが)

 レミリアに会ったら聞いてみようと思いながら、館に入る。
 紅い絨毯、紅い壁、紅い天井……いつも妖精メイドで賑わっている場所だが。
 今日は誰もいない。
 背後で扉がひとりでに閉まる。

「そういえば、レミリアさんは吸血鬼でした。昨夜の内に訪ねるべきだったでしょうか?」

 独り言が、ガランとした館の中に寂しく響く。
 妖精メイドたちも昼夜逆転しているのだろうか。
 もっとも、この時間はレミリアの手紙で指定されていたものだ。
 レミリアはともかく、完全で瀟洒なメイド長殿が来客を待たせるとも思えない。

「すみません、どなたか――」

 呼びかけようとした時。

「失礼しました、射命丸さんですよね? 地下では時間がわかりにくいもので……」

 いつもパチュリーの傍にいる司書の娘がぱたぱたと奥から駆けて来た。

「おや、ええっと……司書の方ですね。今日は咲夜さんやメイドの方はいないんですか?」
「小悪魔です。すみません、今日は執事の方が来るということで。多くの使用人はおりません」

 ぺこりと小悪魔が礼をする。
 美鈴や咲夜にインタビューはできないようだ。本当にただ働かせるつもりかもしれない。
 少し眉をよせた文に、小悪魔は申し訳なさそうに言葉を紡ぐ。

「とりあえずお嬢様のご要望ですので。衣装の方を着がえていただけると……」
「え? あ……そうですね! レミリアさんのことだから着ることになると思っていましたよ」

 小悪魔の手には黒い執事服がある。ご丁寧に背中にはスリットまで入れてくれているようだ。
 文は一室を借りて着替えることにした。


 少女着替中……


「手伝っていただいてすみませんね、小悪魔さん」
「いえいえ、いつもの服とは違いますから着付けもたいへんでしょう。この館には鏡もありませんし」
「ははぁ、そういえばレミリアさんが映らないんでしたか。咲夜さんも苦労なさってそうですね……っと。
 どうでしょう。似合っていますか? 人前で頭巾(ときん)を外すのは久しぶりなんですが」 
「とっても凛々しいですよ。堕天使のようで悪魔の私にはすごく魅力的です」
「はぁ……」

 悪気はなさそうだが、文としては嬉しくないほめ言葉だった。
 “堕天使”と“駄天狗”では一音違いだ。格好いいとは思えない。

 軽くため息をつきながら、小悪魔に案内されるまま廊下を歩く。

「それにしても、本当に誰も居ないんですね」
「ええ。今回はお嬢様、本当の素顔を見て欲しいとのことで――ここです」

「へぇ、それは期待したいですね。おや、普通の部屋みたいですがここにレミリアさんが?」
「いえ、ここは射命丸さんのお部屋ですよ。隣が咲夜さんの部屋、その隣は美鈴さんの部屋です」

「なるほど、使用人部屋ということですか」
「私や妖精メイドの皆さんより格上ですけどね」

「おっとそれは失礼」

 二人で笑いあった。
 何もかも紅い屋敷の中、奇妙な緊張感を持っていた文だが、この談笑は空気をやわらげてくれた。

「とりあえずは屋敷に馴れてくださいとのことですので……ある程度は好きに屋敷を見て回って結構だそうです」
「ええっと、レミリアさんとは……」

 まずは肝心の主と話をしておきたいのだ。

「……そうですね、ご自身で見つけられた方が楽しいかと思いますよ?」

 わずかに思案してから。
 とても愛らしい笑顔で小悪魔はそう言った。


「やれやれ、小悪魔とはよく言ったものですね。レミリアさんも誰も、およそ見つからないじゃないですか」

 日が暮れるまで屋敷をうろうろと歩き回ったが。
 なるほど、空間をいじっていると言われるだけのことはある。
 案内されるままについてきた部屋のせいか、すっかり迷ってしまった。見知った部屋すら見かけない。窓が酷く少なくて、外を確認することすらできないのだ。
 メイド長殿のおかげか、広い屋敷はどこもかしこも綺麗に掃除されていたが……それだけに紅く、紅く。あまり精神衛生上よろしくない。
 
「まったく、どうしてこんな紅い屋敷にしたのか……屋根と外壁だけで十分でしょうに……」

 愚痴を呟きながらも、窓から飛び出さないのは記者としての矜持である。
 文の腹が鳴る。
 思えば、昼食すら取っていない。
 そろそろ外に出て何か食べてこようかと思っていると。

「ああ、射命丸さん。こんなところにいましたか」

 いつの間にか背後に、小悪魔が立っていた。

「小悪魔さん! いやはや、空間をいじっていると聞きましたが本当にすごいものですね。
 窓からの景色を目印にしているのに、ロビーに戻ることすらできませんよ」

 白旗をあげて見せる。

「ふふ、お嬢様のいたずらですね。きっと射命丸さんを歓迎しているんですよ」
「ははぁ、ということは咲夜さんもお帰りですか。手の込んだことをしてくれますね」

 あのメイド長殿が長く留守にするはずもない。
 幻想郷に帰る里があるわけでもないだろう。

「それにしても、何とも恐ろしい範囲のかくれんぼじゃないですか。見つけられる自信がありませんよ」
「ふふ、がんばってください。応援していますから」

 助けを求めても、小悪魔はさらりと流してしまう。
 彼女はたいした実力者ではないはずだが……椛よりはよほど曲者だ、と文は内心顔をしかめた。
 と。
 射命丸の腹がきゅうきゅうとどこか愛らしく鳴く。

「あっ、こ、これはすみません。食堂へすぐ案内します」

 小悪魔は実に実に申し訳なさげに頭を下げ。
 そっと文の手を取って。今の今まで気づかなかった廊下に曲がり歩き始める。
 文はその手に引かれ、何とか道を覚えようとする。

 見つけられなかった罰ゲームということだろうか?
 夕食は明らかに質より量の、手抜きの食事。

 そして、自室へは小悪魔の案内なしには戻れなかった。

 


《2日目》

「ふぁ……ぅん、うう、真っ赤な天蓋付きベッドとはまた落ち着かない目覚めですね……煎餅布団が恋しいですよ、もう……」

 昨夜は疲れていたのだろう。文は部屋に帰るなり眠ってしまった。
 もとより妖怪、己の欲求を抑えることは大の苦手である。
 起きれば既に日は高く。
 随分と惰眠を貪っていたことを思い知らされた。

 枕元には簡単な朝食と、代えの執事服。

「ううん、私としたことがまるで気づきませんでした……小悪魔さんが私に気づかれず来れるとは思えませんし。
 朝食の内容から見ても、メイド長殿がいることは間違いないようですね」

 ベーグルにヨーグルト、それにココア。
 どれも冷めても、ぬるくなっても食べられるものばかり。
 ヨーグルトは砂糖なし。甘い他二つに合わせてといったところだろう。
 なるほど、完全で瀟洒な心遣いだ。
 
 時計も窓もない部屋では時間もわからないが。おそらく遅めの朝食だろう。
 すばやく済ませようとベーグルを口にすると。
 その中にあった何かを噛んだ。

「うぇ……なんですか、これは」

 ベーグルの中からは畳まれた紙。
 アリスからクッキーにメッセージを入れたものを食べさせてもらったこと、文は思い出す。

「メッセージですか。レミリアさんらしいですね」

 広げてみる。

『私はお前を見ている。早く私を見なさい』

 どうやら、レミリアはすでにこっそり文を見ているらしい。
 こんな空間の歪んだ館の中で、館の主とかくれんぼなんて。勝ち目がないにもほどがある。
 苦笑しながら朝食をたいらげた。
 早く見つけなくては、毎朝うるさく言われることになりそうだ、と。

 着たまま眠ってしまった執事服を脱いで。
 新しいものに着替えようとし……はたと手を止めた。

「そういえば、この部屋もやっぱり……鏡はありませんよね」

 大きなクローゼットはあるのに、内側に姿見はない。
 随分と徹底した取り去りようだ。
 昨日、小悪魔に手伝ってもらって着た服である。
 一人でも着れなくはないが、背中の確認くらいはしたい。
 化粧気ある身でないけれど、寝癖の確認くらいはしたい。

「…………美鈴さんか咲夜さんの部屋になら、あるかもしれませんね」 

 隣が咲夜の部屋、さらに隣は美鈴の部屋と聞いている。
 下着姿のまま、執事服を手にそろりと部屋を出た。
 なるほど、二つの扉にはそれぞれ、洒落たネームプレート。

 “Housekeeper`s Room”
 “Gatekeeper`s Room”

 メイド長の部屋、門番の部屋、というわけだ。
 昨日、二人の部屋には入っていない。
 プライベートルームということで、さすがに気が咎めたのだ(もっとも、いずれ入ってみようと思っていたが)。

「お邪魔しますよ……っと」

 とりあえずは美鈴の部屋へ入ってみる。
 彼女ならたとえ在室していても怒られまい、と。

「…………?」

 部屋の中は廊下と違い、埃っぽかった。
 長く誰も入っていないようだ。ベッドにも埃が積もっている。
 美鈴が生活する部屋とはとても思えない。

「美鈴さんは門番ということで部屋には戻らないのでしょうか……」

 机の引き出しは古いガラクタがたくさん詰まっていたが。
 文の興味を引くものはない。
 本や書類もあったが、どれも日本語どころか中国語でもない。どうやら英語らしい。
 古い剣や鎧、盾もあるが、どれも美鈴には不似合いなものだった。

 どこにも鏡はない。

「ふむ……そういえば夜でも門番してらっしゃいますしね。咲夜さんの部屋に行ってみましょう」

 なんとも言えない違和感を感じたが。
 文はきびすを返し、隣にある咲夜の部屋を訪ねた。

 メイド長の部屋。
 部屋の主の顔を思い出し、気を引き締めてノックするものの。

 返事はなく。

 埃と刃物でまみれた部屋に。

 鏡はなかった。

 


《3日目》

 レミリアは見つからない。
 質素な食事を受け取ってばかり。
 目覚めれば変わらず、朝食と新しい服。

 美鈴と咲夜の部屋からは何もつかめず。

 目覚めた文は、己が籠に閉じ込められたような気がしてならなかった。
 それでもまた、何とか執事服を着て館の探索を始めたのは。
 彼女自身の記者としてのプライドと矜持、それにレミリアへの意地からだろう。

 レミリアも咲夜も見つからない。
 美鈴と妖精メイドたちはいないらしい。
 唯一顔を合わせられるのは小悪魔だけ。

 そういえば、この館には他にも住人がいる。
 だから。
 文は地下に行ってみようと思った。


 不思議なもので、そう思って廊下を歩いていると地下への階段も見つかった。

 己の足音だけを聞きながら。

 紅い階段をたどって。
 紅い天井を見ながら。
 紅い床の上へ下りる。

 妹様。フランドール。
 危険な人物と聞いているけれど。何度か話したこともある。
 扉越しに話を聞くらい、できるだろう。
 地下には図書館もあったはず。
 “動かない大図書館”殿が留守ということもあるまい。

 一人訪れた紅い地下は、酷く陰鬱だった。
 フランドールの部屋を、文は知らない。
 しかし、暗く陰鬱な方向をたどれば、すぐに見つかると思えた。

 この陰鬱な地下に、フランドール、パチュリー、小悪魔。
 三人も暮らしている。
 地底や冥界、彼岸などより、ここはずっと陰鬱な場所だ。
 この紅い館で、頭がおかしいのは。
 フランドールだけではないのかもしれない。


「……ありました。これがフランドールさんの部屋ですか。随分と厳重に閉じていますね」

 これ見よがしの錠と閂がその扉を塞いでいる。
 中から開かないように、か。
 それは外からは簡単に開けるもので。中にあるものの危険さを知らせていた。

 錠と閂を外せば、大きな音が地下に響く。
 扉の向こうからは何の反応もない。

 好奇心と不安で、神経をひりつかせながら。
 文は重い扉を開いていく。

 そこは丸い部屋。
 扉の正面には棺。

 そして棺を囲むように。

 壁にずらりと。

 色とりどりの派手な包装紙(?)に包まれた。
 巨大なキャンディーのような。
 何かが、十四個。
 
 鎖で天井から吊られ。
 歪んだひし形のそれは、ちょうどあの子の羽根のそれと同じ。
 けれど、黒ずんだ液体がそこかしこから漏れて。上の方からは髪がこぼれるそれは。

 明らかに屍。

 その様子は、妖怪である文にさえも恐ろしく。
 ただ呆然と見ていることしかできなかった。

 どのくらいそうしていただろう。

「あまり妹様の部屋は覗かれない方がいいですよ」
「――っ!!」

 背後から不意にかけられた声に。
 飛び上がって驚いた。

「騒いではいけません」

 小悪魔だった。
 背後から現れた彼女が、手早く扉を閉めてしまう。

「もちろん、射命丸さんが好奇心のまま真実を見てくださってかまわないのですが。
 危険に晒すことは主の本意ではありませんので」

 扉が閉まり。
 鍵と閂が下ろされて。
 やっと、射命丸は口を開くことができた。

「あ、あの死体は……!?」

 人間の里で人を襲っているというなら、それは見過ごしていいことではない。

「ご安心ください。元から館にあったものです。
 あんなに人が行方知れずになっていたら、私たちだってただでは済みませんよ」

 それはそうだ。
 小さな事故は時折あったと聞くが。未解決のものなど、ほんの数件。
 あんな数の死体があるはずはない。

「けれど、どうして外から死体なんて……」
「それは私にはわかりません。館の主に聞いてください」

 柔らかな笑顔ではあったが。有無を言わせる様子はなかった。
 小悪魔は咲夜に劣らぬ、プロの使用人なのだろう。

 射命丸文は、部屋まで送られる。
 部屋から去る小悪魔に、文は質問した。

「フランドールさんはいつもあんな部屋に?」

 答えは短かった。

「妹様が部屋を出たことはありませんよ」
 
 問いただそうと部屋から飛び出したが。
 小悪魔はもういなかった。
 外を見れば夕暮れで。
 おそろしく疲れていた。
 文は、何もしないまま空腹にも気づかず眠った。




《4日目》

 文が目覚めたのは、日も昇る前。
 最悪な目覚めの上に、酷く空腹。

 目覚めた横にはミートパイが丸ごと一つに、ワインとグラス。

 少なくともこの館に入れば、食事の心配だけはいらないな、と思いながら。
 全てたいらげ、ワインを飲み干し。

 寝癖だらけのひどい様子は承知の上で、酔った勢いのまま、着替えもせず地下へ向かった。
 パチュリーのいる地下図書館へ。


 何より先に図書館へ行けばよかった。
 そう思えるほど、すんなりと図書館にたどり着く。

 そして、一人で来て思い知る。
 この広大な図書館さえも、天井も床も本棚も。

 紅い。

 以前、騒がしくして怒られた場所。
 文は無言で図書館の魔女を探す。
 読書机はあちこちにある。

 それぞれを見て行く内に。
 本の開かれた机を見つけた。

「おや、絵本……でしょうか。パチュリーさんにしては珍しい本を読んでいますね」

 どれどれ、と本を見る。
 それは手書きの絵本。絵日記と言ってもいいかもしれない。
 本の表紙には。

 『紅い館の花嫁』

 タイトルの下には、紅い館と二人の少女。

「これは……どう見てもレミリアさんとフランドールさんですね。羽根がありませんが……」

 さして長い話ではなさそうだ。
 館に関わる本かもしれない。
 あるいはレミリア当人が書いたものかもしれない。

 やっと記事のネタを見つけられたとほくそえんで。
 文はそれを読んでみた。


  『むかしむかし、そのむかし。
   それはそれは愛らしい姉妹がおりました。
   賢い姉と元気な妹。
   誰からも愛された二人の娘。愛らしく愛らしく、美しく美しく育ってゆきました。
   そんな二人が領主様の目に止まらないはずがありません。
   領主様は恐ろしいお方。十四人の花嫁が館に行きました。誰も館から出てきません。
   十五人目はかわいい姉妹の片方です。

   賢い姉が、元気な妹に言いました。

   ――ねえねえ、領主様の花嫁になれば、毎日ケーキを食べられるのよ。

   妹の目が輝きました。
   姉が言葉を続けます。

   ――私は領主様の花嫁になって、一生食べきれないくらい、ケーキを食べてきてあげるわ。

   まだまだ幼い妹は、姉の言葉に怒りました。

   ――いやよ! 私が領主様のお嫁さんになるわ!

   お父様もお母様も泣いているけれど、妹にはわかりません。
   笑いながら、哀れな妹は領主様の花嫁に。

   それから一月先のこと。
   妹が帰ってこないまま。
   領主様が、姉を花嫁に迎えると言いました。

   姉は必死にいやがるけれど、誰も領主様には逆らえません。
   涙を流して、哀れな姉は領主様の花嫁に。

   紅い紅い領主様の館。
   ああ、その館は娘たちの血で染まっているのでしょうか。

   紅い館には紅い門番がおりました。
   紅い館には紅い魔女がおりました。
   紅い館には紅い女中がおりました。
   紅い館には紅い兵士がおりました。

   みんな、愛らしい姉を、それはそれは恐ろしい目を向けておりました。
   けれども、領主様はもっと恐ろしい目で姉を見ていたのです。

   それから姉は。

   来る日も来る日も来る日も来る日も来る日も来るひもくるひもくるひも
   領主様、門番、魔女、女中、たくさんの兵士たち。
   恐ろしい目に合わされました。

   苦ひ苦ひ苦ひ苦ひ苦ひ苦ひ苦ひ苦ひ苦ひ苦ひ苦ひ狂ひ狂ひくるひくるひ
   目の前で十五人の娘たちが吊られて揺れて。
   姉の上には、腐りかけた妹が。

   くるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくる
   哀れんだ神様が姉の頭の奥で回り始めて。
   妹のむくろからは、汁が垂れ。

   くくくくくくくくくくくくくククククククククククククククククククク
   手も足もない腹の割かれた哀れなむくろ。
   十六の吊られた娘たち。
   地獄の底から聞こえてくる笑い声。
   あまりのおそろしい行いがついに悪魔を呼び寄せました。

   ああ、けれど姉は、十六人目の娘はまだ息絶えておりません。

   悪魔がそうっと姉に問いかけました。

   ――あなたの望みをかなえてあげましょう。あなたにはその資格があるのです。

   姉はもう、ただの穴になった目で悪魔を見つめて。
   舌もない口で望みを言いました。


   悪魔が望みをかなえます。


   紅い館は消えました。
   この世からきれいさっぱり消えてしまったのです。
   門番も魔女も侍女も兵士たちも。
   あのかわいそうなかわいそうな姉妹も十四人の娘たちも。

   あとに残ったのはむごたらしい領主様のむくろだけ。

   あの紅い館は今もどこかにきっとあるはず。
   姉がつぶやいた望みは、なんだったのでしょう?
   悪魔がかなえた望みは、なんだったのでしょう?

   姉は最後に言いました。
   私をこの紅い館にして。
   中にあるもの全部、私のものにするから。 』


 途中から、震えていた。
 門番。魔女。女中。
 死んだ妹。
 現れた悪魔。
 消えた紅い館。

 ……十四人の哀れな少女。
 それはきっと、昨日見た、吊られた屍。
 フランドールの七色の翼。右に七色、左に七色。
 十四の色。

 姉の最後の望み。
 この館になる。
 この紅い館。

「ま……さか……まさか……まさか! そんな!」

「図書館で大きな声を出してはいけませんよ。
 パチュリー様がいたら怒られてしまいます」

 少し離れた本箱の影に、彼女はいた。

「いるんで、しょう? みんないるんでしょう!?」
「どうしてですか? ここには私と射命丸さんしかいませんよ?」

 くすくすと、笑う声が聞こえてきそうだった。

「……吸血鬼の二人以外は、鏡がないと不便じゃないんですか?」
「鏡なんてこの館にはありません」

 誰にも真実を見せないために。

「フランドールさんは本当にあの部屋から出たことがないんですか?」
「はい」

 出たくても出られない。

「パチュリーさんも咲夜さんも美鈴さんもフランドールさんも妖精メイドの人達も、ずっと屋敷にいましたよね?」
「いいえ。ずっといません」

 もうとっくの昔に。

「あなたが、悪魔ですか?」
「もちろんです」

 今更何を。

「…………この館が、紅魔館が、レミリアさん、ですか」
「そのとおりです」

 どこまでも、悪魔は笑顔。

「……外でもこの館の人たちに会った事があります。妖怪の山に来たことも。あれはどういうことです?」
「一度紅く染めましたから」

 紅い侵略。

「紅く……? それは、もしかして紅霧異変っ!?」
「幻想郷のどこにでも、お嬢様はいらっしゃるのです」

 あの霧全てが館の欠片だと言うのなら、幻想郷は。

「だから、幻想郷ではなく紅魔郷と呼んでもいいのですが。
 土着の方との衝突を避け、おおっぴらには口にしないことにしています」

「な…………」

「さて、紅魔館は全てを既に受け入れました。それはそれは、とても残酷なことです」

 それはレミリアより遥かに恐ろしい悪魔の表情。

「射命丸さんはどうなさいます? あの霧にまみれた山であの霧を吸った以上、同じことですよ。
 住人はいつでも歓迎です。部屋も際限なくありますから」

「あ……あああああああ……」

 あの紅い霧の日。
 おもしろがって霧の中を飛び回ったことを思い出す。

 それにこの館も。
 きっと、この館の中にいるだけでも紅く染められて。

 吐き気がするのに。
 もう吐き出せない。

「真実の味はいかがですか? 悪魔には“人の望みをかなえる程度の能力”があるんですよ」

 射命丸は、飛び立った。

 地下の図書館の遥か上。
 天窓があることを知っているから。
 窓を突き破り、破片も吹き飛ばして。

 逃げた。
 逃げる場所などないことを知りながら。
 ただ、あの日常のある場所へ戻りたくて。

「なかなか美味でしたよ、射命丸さん」

 悪魔は破片の降る中、空に手を伸ばし。
 舞い落ちてきた黒い羽根をいやらしく舐めまわした。

 紅魔館には。
 悪魔が一匹。
 館に来る者数多く。
 館から出る者なし。




《5日目》

 紅魔館には。
 悪魔が一匹。
 館に来る者数多く。
 館から出る者なし。




《6日目》

 紅魔館には。
 悪魔が一匹。
 館に来る者数多く。
 館から出る者なし。




《7日目》

 紅魔館には。
 悪魔が一匹。
 館に来る者数多く。
 館から出る者なし。

  ・
  ・
  ・
  ・

「たっだいまー!」
「やっぱり我が家が一番ねぇ」
「妹様、お嬢様、床に座り込むのは行儀が悪いですよ」
「小悪魔、留守番ごくろうさま」
「咲夜さ~ん、荷物下ろしてもいいですか~」

 フランドール、レミリア、咲夜、パチュリー、美鈴……そして、多数の妖精メイドたち。

「おかえりなさい、皆さん。いかがでしたか、地底は」

 にっこりと微笑んで小悪魔は出迎える。
 口々にねぎらいや、地底のみやげ話が溢れ、ロビーを満たす。

「地下室よりあっちの方がよかったよ、姉様~」
「そうね、フランのために旧都に別荘を作るのもいいかもしれないわ」
「ふふ、妹様はこいしさん、勇儀さん、空さんと随分仲良くなってましたね」
「温泉というのもバカにできないわ。私の喘息にも効果はあったみたい」
「今度は私が留守番しておきますから、小悪魔さんも行って来たらどうです?」

 メイドたちも、かしましい。
 そう、これが紅魔館の日常。

 明日からいつもの紅魔館だ。


 ふと静かになり。
 館を再び沈黙が包む。
 館の主が、留守中の様子を問うた。

「そうそう、小悪魔……留守中に問題はなかったかしら?」
「ええ、特に何も問題はありませんでしたよ」

 小悪魔は薄く笑って答える。

「退屈はしなかったみたいね?」

 主も薄く笑った。

「ええ。あらましはご覧の通り」
「そう。地霊殿の主のように。あなたの心が読めればいいのだけど」
「華の根なんて、醜いものですよ」
「その醜さが見たいのよ。私の勘違いの末路はどうなるのかしら?」

 小悪魔はいつもの笑顔を作って返すばかり。

「……いいわ、地底見物で疲れたし。私たちはしばらく休みましょう」

 根負けしたように主は呟き、目を閉じる。
 小悪魔が一礼する。

「おやすみなさいませ。お嬢様」

 ロビーには小悪魔だけ。
 紅い館はただ静かに在り。


 紅魔館には。
 悪魔が一匹。
 館に来る者数多く。
 館から出る者なし。

 これからもずっと。
 以前書いた「勘違いの館」から少しだけリンク(別に読んでなくても問題ないです)。

 文をなんとか執事姿にしようと四苦八苦したらこんな話になりました。
 長すぎですね。すみません。

 こぁと文が二人でマニッシュな格好してるのはとても絵になると思います。
神谷涼
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コメント



0.2270簡易評価
2.100名前が無い程度の能力削除
素直に面白いお話でした。
小悪魔じゃない小悪魔っぽさが出ててとても可愛い。
文も癖のない社会人スタイルで終止ニヤケさせて頂きました。

ぶっちゃけぶっ壊れたフランも見てみたいです。
4.100名前が無い程度の能力削除
前作の時も思いましたが、話の作りもさることながら言葉の使い方が上手だと思います。
そして最後…あの話は嘘なのか、それとも…?
15.80名前が無い程度の能力削除
受けに回る文と攻めの小悪魔が恐ろしくも妖しくエロい。
結末が前回と同じ絵面なのがちょっと残念だが、ひょっとして狙っているのか。
16.100名前が無い程度の能力削除
悪魔ですね……

文はどうなったのでしょう。気になります。
22.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです
23.無評価名前が無い程度の能力削除
これは悪魔らしい小悪魔
死体の謎も相まってなんとも不気味
36.90名前が無い程度の能力削除
ジャンルが特定しにくい話ですね
37.80名前が無い程度の能力削除
人を食べることが許されていない幻想郷では、悪魔や吸血鬼は妖怪を食べるのでしょうか。
まったく持って人を・・・・・・失礼、妖怪を食った話だw
38.70名前が無い程度の能力削除
こりゃあ面白い。
54.100名前が無い程度の能力削除
ああ、手紙自体こあが出したものか。