Coolier - 新生・東方創想話

さとりとみすちー

2009/10/25 11:52:06
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※若干オリジナル設定があります。気になるほどではないと思いますが、注意してお読みください。

























桃の花が馥郁と香っている。
桜とはまた違う、ピンクに染まった光景。
嬉しくなって、私は歌い始めた。
私の髪の色と似た桃の花は、私の好きな花だ。
静かに旋律を紡ぐ。桃の花も一緒になって揺れてくれているような気がする。
聴いてくれるのは、桃と、空と、野原にいる様々な生き物だけ。
彼らが耳を傾けているかはわからないけど、そんなの関係なしに、気持ちよく歌った。
それは世界を私の歌が包んでいるような感覚。

と。

一曲歌い終わると、パチパチと小さな拍手が聞こえた。
「良い、歌でした」
振り返ると、いつの間にいたのだろう。菫色の髪の、眠そうな目をした、胸に変な目玉の飾りをつけた妖怪が、静かに手を打っていた。
誰だろう。見たことも無い妖怪だ。
「…………」
私は無視することにした。
また別の歌を歌い始める。後ろにいる奴のことは忘れて、再び世界に一人きりになる。
歌い終えると、再び拍手が聞こえた。
「綺麗な歌声ですね。本当に良かったです」
私は今度は体ごと向き直る。
「まだ、いたんだ」
「ええ、まあ」
その妖怪は紫色の瞳をした目を細めて、訊いた。
「迷惑でしたか?」
「ううん、歌を聴かれるのは嫌いじゃないよ」
首を振って、今度は私が尋ねる。
「あなたはだあれ?」
「さとりといいます、古明地さとり。はじめまして」
「久しぶりに地上に出てきたのだけどあまり綺麗な歌声が聞こえたので、つい聞き惚れてしまいました」
さとりさんは穏やかな笑顔で言った。いい妖怪そうだ。
「そうだったんだ。ま、聴くのはただだから、じゃんじゃん聴いちゃってよ」
「ええ、ありがとう。そうさせてもらいます」
そう言って、さとりさんは少し緊張したような顔になった。
「すみません、もう一つ」
何かをためらうように口ごもって、それから、先程より弱々しい声で言う。
「本当は最初に尋ねておくべきだったのですが、私には相手の心を読む能力があります。 ……それでも聴いていていいですか?」
一陣の風が吹いた。桃の花が少し揺れた。
私はさとりさんの言葉を考えた。心が読める……頭で考えてることがわかるってことかな。
「うん、別にいいよ」
私はすぐに結論を出した。
「というか、それってわざわざ断ること?」
さとりさんは、少し意外そうに目をしばたたかせた。
おかしいな、心を読めるなら、私の考えも読めるはずだけど。
「いえ、確かにそれはそうなのですが……。本当に良いのですか?」
「そんなの隙間妖怪とかけーねだって似たような能力持ってるじゃん。珍しくもなんともないよ」
私は翼を広げた。
「それより、今度は空の上で歌うからさ、聴いててよ」
「え……」
私は返事を聞かずに、上空へ飛び上がる。
そして、肺いっぱいに春の空気を吸い込んだ。
「――――」
地上ではさとりさんが、微かに笑って、私の歌を聞いてくれた。


それが私と、さとりさんとの出会い。
歌い終わって地上に降りてきたとき、さとりさんは言ったのだった。
――ねえ、あなた、私のペットになってみませんか? と。



初めての地底にわくわくしながら、私は風穴の中を歩いていた。
「自己紹介が遅れてごめんなさい。私はミスティア。ミスティア・ローレライ」
「さっきもいいましたけど、古明地さとりです。よろしく」
穏やかに笑って、さとりさんは言った。
それから、私の背中を指差して尋ねる。
「ところで、それ、本当に持っていくんですか?」
「当然、商売道具だし」
私は後ろに屋台を屋台を引っ張りながら歩いていた。
時折車輪が小石の上に乗って、ゴトゴトと音を立てている。
「私、屋台を経営してるの。経営って言ってもまだまだママゴトに毛がはえたみたいなもんだけど……。
 でも、私にとっては大事な大事なお仕事だから」
「やめるわけにはいかない、と」
「うん」
私はちょっと背中の屋台のことを思い出した。
色々大変なこともあったけど、今が充実しているのはこの屋台のおかげだと思う。
私が物思いからさめると、同時にさとりさんが静かに頷いてくれた。
「素敵ですね」
続けて、言う。
「あなたの温かい思いが伝わってきました。よい思い出をお持ちで」
「あはは、ぜんぜん、大したことないけどね」
私は、照れて頭をかいた。
「まあ、動機が焼き鳥撲滅というのはなかなかおもしろいですが」
「わお、本当に心読まれた」
能力の説明は受けてたけど、実際にされるとやっぱりびっくりする。
「ごめんなさいね。癖でして……会話しにくかったら聞かないふりもできますけど」
「べつにいよ。むしろ会話楽だし。ねえ、それより、地底ってどんなところ? 楽しい?」
「そうですね……」
さとりさんは私の質問にちょっと考えた。
「暗くて、じめじめして、住人は陰気で…………楽しいところですよ」
「今の説明だと楽しそうに聞こえないんだけど」
「まあ、くればわかります」
さとりさんはそれ以上説明する気はないらしかった。
「うん、べつにいいけど、一つ質問。地底で一番たくさん妖怪や人が集まっている場所ってどこかなあ?」
「それなら、旧都でしょうね」
「へえ、地底にも街があるんだ」
「ええ、なかなか賑わっていますよ」
「ならそこに屋台だすのがいいかなあ。地底の中心て何があるの? 広場とかあるかなあ?」
「地霊殿があります」
「地霊殿?」
私は首をかしげる。
さとりさんは自慢するでもなく言った。
「私の屋敷ですよ」




「おーー、おっっきいいー」
まだ地霊殿の門も見えないうちから、その丸屋根は地底の闇の中にぽっかりと浮かんでいた。
遠くから見てもこれだから、きっと本当に大きいのだろう。
「あれがさとりさんの家?」
「兼、仕事場ですね。地底の怨霊の管理をしているんです」
「なにそれ」
「暇な仕事ですよ」
「あれだけ大きければペットもいくらでも飼えるね」
遠くに佇む地霊殿を見ながら話す。
「ところでペットって何するの?」
「何も。うちでは私の仕事を手伝ってくれる子もいるけど、大体は勝手気ままにのんびりしてます」
なるほど、それなら屋台に問題は無いか、と私は考えた。
「地底で商売をする気ですか」
「うん。お客さん、増えるといいな」
私はさとりさんを見た。
「ねえ、地霊殿の前で私の屋台出してもいい?」
さとりさんは、ちょっと、すごく微妙な顔をした。
「まずい?」
「いえ、構いません。構いません……が、あなたがまずいかもしれない」
「どういうこと」
「私は嫌われ者なんですよ」
さとりさんは自嘲するように笑う。
「こんな能力ですから、この地底でも周囲から嫌われているんです。ですから、そんな地霊殿の前で客商売は難しいかもしれません」
わたしはちょっと考えた。
「そうなんだ、じゃあ、やっぱり地霊殿の前が一番だね」
さとりさんは目をぱちくりさせた。
「……もう三歩歩きましたっけ?」
「今すごく失礼なこと言ったね」
「すみません。しかし、私の話を聞いていましたか?」
「うん、さとりさん仲悪い人が多いって話でしょ。それなら私がお客さんたくさん呼べば、仲良くなれるかもしれないじゃない」
「私は能力のせいで嫌われているのですが」
「さとりさん、悪い妖怪じゃないよ。ちょっと話しただけだけど、わかる」
私は、性格がとてもいいとは言えないのに、なぜか好かれる人間たちを思い出した。
「能力だけで嫌う人ばかりじゃないはずだよ。さとりさんの性格なら、友達できるって」

さとりさんはまだなにか言いたそうだったが、結局何も言わなかった。
そのうちに地霊殿の門が見えてきた。



「ここがエントランス。一階には食堂や図書室があります。ベッドルームは主に二階です」
さとりさんは私に屋敷の中を説明して回った。彼女の声はこんなとき、実に耳に心地よく響いた。
思ったとおり地霊殿は広かった。しかも、うるさかった。
「すみませんね、ペットだらけで」
「なんか、動物園みたいになっているね」
猫やら烏やらで広間は埋まっている。泣き声や羽ばたく音が屋敷中に響いている。
ペットたちは興味深そうに私のことを見ている。
こういう光景を見ると、さとりさんが嫌われものだなんて思えないんだけどなあ。
「人間化できるペットは居ないの?」
「いますが、生憎二人とも仕事に出てまして。夕方になれば戻ってくるでしょう。
 それからもう一人私の妹が居ますが、彼女は余りここに帰ってこないので気にしないでよいです。
 もし会う機会があれば紹介します」
「妹さんなのに、帰ってこないの?」
「ええ」
なにか特殊な事情があるのだろうか。けど、深くは聞かなかった。


「大体こんなところですか。後であなたの部屋を用意しますね」
「ありがとう、でも、本当に何もしないのにここに泊めてもらっていいの?」
「あなたが何かしたくなったら、そのときにしてください」
さとりさんは穏やかに微笑んだ。
「何か質問はありますか?」
「うん、そうだなあ……」
説明はわかりやすかった。私は顎に指を乗せて考える。
「……あ、ひとついい?」
「どうぞ」
「晩御飯何が食べたい?」
さとりさんはきょとんとする。私は笑って言った。
「せっかくペットになったんだし、私が作るよ」
「普通、逆の気がしますが」
「いいじゃない、私がしたくなったんだよ」
私はちょっと体を前に傾けた。
「わたしが、ご主人様に、作ってあげたくなったの、だめかな?」
私の返答に、さとりさんは照れたように顔を伏せた。
やがて、柔らかい声で答える。
「では……あなたの屋台でいただきましょうか」
「いいの? 私八目鰻以外も作れるよ」
さとりさんは静かに首を振って私に笑いかけてくれた。
「ぜひ、ご馳走してください」




「……事情は、わかったわ」
あれから所移って、旧都にほど近い橋の上。
さとりさんはここの橋姫さんと話をしている。
「さすがパルスィ、理解が早くて助かります」
「いや、これっぽっちも納得してないからね。さあ、次は、なんであんたたちが私の橋の上から気色悪い魚を下の川にばら撒いているのか
教えてもらいましょうかああああ!!」
「他に水のある場所がないんですよ」
私たちは八目鰻を橋の下へどぽどぽ落としていた。
鰻の落ちていく先には川の一部をせき止めて、簡単な生け簀が作られている。
「納得できるかああああ!」
「調理には新鮮なうなぎが必要らしいんですよ。仕方ないじゃないですか」
「あんたのとこでプールでも何でも作ればいいじゃない。何で川でやるのよ!」
「なるべく、自然のままにしたいので」
私は最後の魚籠から八目鰻を落とした。よし、これで終わり。
しかし、最初から心配だったけど、やっぱり許可取ってなかったんだ。「いいからいいから、知り合いですので」って言われてそのまま川を借りちゃったけど、
まずかったみたい。
さとりさんは時々意味不明に意地悪をすることがある。


『キャー、なにこれー』
『やん! ……ぬるぬるするー』


「ヤマメ! キスメ!」
「おやおや、ヤツメがヤマメを食べてしまいましたか」
「言っておくけど何もうまくないからね」
橋姫さんは言うが早いか川に飛び込んでいった。
私も慌てて追いかける。
どうやら間違えて生簀に近づいてしまったらしい。

「うひゃあっ! なにこれ、ひっついて……」
「ああ、今取るから落ち着いて……って私にも!」
「わわ、ごめんなさい」

結局、鰻を取り終わってまた生け簀に戻して、謝るころには夕方になってしまった。













パルスィさんにヤマメさん、キスメさんには私の屋台で一日食べ放題権を渡してどうにか許してもらった。
私は悪さをした鰻たちを懲らしめる意味で、今日の仕込みに使うことにした。地霊殿に戻って、屋台の準備をする。
地霊殿のキッチンを借りて(私が持っている道具よりはるかに多い種類がそろっている)鰻を捌いていたら呼び鈴が鳴った。
「はい」
興味深そうに私の手元を見ていたさとりさんが、玄関に向かう。

玄関とキッチンは近かったので、聞くとはなしに話し声が聞こえてきた。


「はい、どちらさ……あら、映姫」
「どうも、突然失礼」
「どうしました、何か管理に問題でもありましたか? ……………って、またあなた!」
「……はい、用件はこれです」

一体どんな用件なんだろう。
さとりさんのため息が聞こえた。

「あなた、これで何匹目だと思っているんですか? 地霊殿はそこらへんの野良猫を管理する施設じゃありません。保健所じゃないんですから」
「な! し、仕方ないじゃないですか! 私が帰ろうと思ったら道端にダンボールにいれられて捨てられていたんですよ。
 『誰か拾ってください』って……。私が拾うしかないじゃないですか!」
「無視しなさい。あなたのせいで足の踏み場もないんですよ」
「ぐ……、い、いまさら一匹増えたところで変わらないでしょう! まだ子猫なんですよ!」
「なら自分で飼いなさい」
「それができたらとっくにそうしてます! ペット禁止だと何度も言ったでしょう!」
さとりさんの気だるげな声と、閻魔様の悲痛な叫び。
なんだろう。
あの異変のときに、私に説教した人物とは思えない。


「はあ、しかたないですね。今回だけですよ。これで最後ですからね」
「ありがとうございます。大好きです」
「キャラ崩壊早すぎですよ」
「子猫のためならプライドなんて」
それはだめでしょう。
しかし、さとりさんは四季様の前ではいつもより自然に話している気がする。
四季様といえばみんなが恐れる幻想郷の裁判官なのに……不思議。








四季様はその後、仕事帰りということもあって、そのまま私の屋台のお客さん一号になった。
さとりさんといっしょにカウンターに座って、酒とつまみを注文する。この人がこんなに楽しそうに飲むのを初めて見たかもしれない。
地底にも宵闇の忍び寄る頃。
私の屋台はひっそりと開店した。
「はい、サービスです」
「なんですか、これ?」
「八目鰻の薬酒」
「ほう」
さとりさんは興味深そうに琥珀色の液体を眺めて、口をつけた。
「うん……強いけど、飲みやすいですね。おいしいですよ」
「よかった」
私は嬉しくて、思わず顔がほころぶ。
「ミスティア、私にも同じものをいただけますか?」
「はい、喜んで」
四季様の注文を受けて、私は屋台に戻った。
薬酒をグラスに注ぎ、ちょうど焼きあがった八目鰻と一緒に持っていく。
「お待たせしました」
「ありがとう」
「これが……」
「さとりは食べるの初めてですか?」
「はい」
「八目鰻は美味しいし、目に良いのですよ」
「そうなんですか。確かに最近デスクワークが多かったですからね」
では、とさとりさんが手を合わせて、一本目を頬張る。
「うん、おいしいです」
「やった!」
私はガッツポーズする。
「鰻とは随分違う食感ですね」
「歯ごたえがあるでしょ」
「ええ、とても美味しい」
さとりさんはそういって、二本、三本と続けざまに食べてくれた。
女将冥利に尽きる。
追加の蒲焼を持っていって、熱燗も追加した。
「しかし、いつのまにか屋台も地底に来ていたのですね、気付かなかった」
「私が誘ったのですよ」
「なんて」
「私のペットになりませんかと」
四季様が杯のお酒をふき出した。もったいない
「な、なな、な、なんと言う誘い文句で言っているんですかあなたは」
「変ですか? ……ああ、なるほど。映姫はいやらしいですね」
「ちがいます、私はいやらしくありません!」
「昔はあんなに純粋だったのに……もうこんなに汚れて」
「あなたが私の何を知っているというんですか。私は清廉潔白です」
「おや、いいんですか? トラウマ読みますよ」
「なんで私にはそんな強気なんですか!」

涙目になってうなる四季様と、楽しそうなさとりさん。
二人はどうやらとても仲がいいようだ。

「よ、邪魔するよ」
「あ、いらっしゃい。……て、あ」
「河岸を移したんだってね。聞いたよ。しかし何でまたこんなところに」
「小町さん、今日はやめたほうが……」
「うん? どうしたい」
「おや、小町」
「うん? げえええええええっっ!? 四季様!?」

小町さんが勢いよく振り返ると、そこにはにっこり笑った四季様が。
ああ、よりにもよって機嫌の悪いところに……。
「これは小町。仕事上がりですか?」
「あ、あははは、これは四季様ご機嫌麗しゅう」
「ええ、実は友人に会ってとても気分がいいところなの、あなたもこっちに来て呑みなさいな」
「あ、いや、あたいはその……」
「小町?」
「はいいっ!」
マッハで四季様の隣に座る小町さん。
哀れな。
「小町、あなたもここにはよく来るの?」
「え、あ、はい。結構常連だと思いますよ」
小町さんは四季様に酌をしながら答えた。四季様は軽く目線で礼を言って、盃を干す。
「そう。ミスティアとは顔馴染みになのね」
「はい」
「美味しそうに食べてくれるし、酔ってもからまないし、いいお客さんですよー」
私からもフォローを入れておく。
「へえ」
四季様の表情が和らぐ。
小町さんは照れくさそうに笑った。
「これでツケも払ってくれたら完璧なんだけど」
「ちょっとミスティア!」
「あ」
しまった、余計なことまで。
「こまち?」
四季様が先程よりいい笑顔で、小町さんにせまった。
「屋台相手に、ツケ、で飲んでいるのですかあなたは」
「いや、その」
「ミスティア、それはどのくらいたまっているのです?」
「え、それは……」
とっさにごまかそうとしたが、四季様の鋭い視線が貫いてくる。
嘘をついたら舌を抜くといわんばかりだ。
正直、恐い。
「……一ヶ月くらいです」
「おやおや」
「ミスティア~~」
「静かになさい小町」
「はいいぃ!」
即座に直立不動を取る小町さん。
訓練されているなあ。
「あなたは少し、金銭面についてだらしなさ過ぎます。少しお話をしてあげましょう」
「え、でもでも、四季様ご友人と一緒だったんじゃ……」
「さとり」
「どうぞ、お構いなく」
さとりさんはグラスを掲げて言った。
「もうすぐお燐たちも帰ってきますし。それまではミスティアとでも話してますよ」
「すみませんね」
「四季様~~~」
「正座」
「はい……」


それから、小町さんはかわいそうに、めくるめく説教タイムに突入した。













「で、あたいたちが来るまでずっとあの状態?」
「うん」

私の前のカウンターには、お客さんが二人増えていた。
一人はここでのペットの先輩格に当たる、火焔猫 燐、通称お燐。
もう一人は霊烏路 空、通称おくう。
二人とも人間化してから長いらしく、私みたいな中途半端な妖怪よりずっと板についている。
お燐なんかは自在に変化していて驚いた。

お燐は後ろの説教モードの二人を親指でさしている。
「やれやれ。なんというかすごい体力だね」
「見習いたくないけど」
私は水を飲みながら話した。
喉が枯れてしまった。
四季様の説教がこちらまで届かないように、ずっと歌っていたのだ。
「おりんおりん! この魚すごい美味しいよ!」
「はいはい、ゆっくり食べなよ」
「うん! おいしいよミスティア!」
「あは、ありがとう」
お空はさっきからすごい勢いで食べてくれていた。正直嬉しい。
お燐もゆっくりと、味わって食べてくれている。
「――うー、やっと終わった……」
「お、お疲れさま」
「ミスティア、お酒頂戴……なんでもいいから」
小町さんは席につくなりつっぷした。
私はすぐに熱燗を出してあげる。
「ありがとう……あー、胃にしみる」
小町さんは実においしそうにお酒を飲んだ。
「ミスティア」
「はい。あ、四季様」
「今日はご馳走様でした。おいしかったですよ」
「いえ、お粗末さまでした」
正直、後半はお茶しか出していなかったけど。
「明日があるので私はもう帰りますが、また来ますよ」
「はい、ご贔屓ありがとうございます」
「あなたもがんばって。小町をよろしくね」
「はい」
四季様は簡単に言うと、代金を支払って去って行った。
「そういえばさとりさん、あんまり四季様と話せませんでしたね」
初めは二人で飲んでいたのに、四季様が始めたこととはいえ、ちょっとかわいそうだ。
しかし、さとりさんは、目を上げただけで、
「ああ、いいんですよ。気にしないで」
と言っただけだった。



四季様と入れ替わるように、地底のお客さんたちがやってきた。
「おーい、夜雀ー」
「きたわよ」
「いらっしゃい、パルスィさん、ヤマメさん、キスメさん」
私は早速新しい串を用意した。
「あれ、おくうやお燐達もいたんだ」
「ああ、空ちょうどいい。最近あなたの火力強すぎよ、もう少し緩めて」
「うにゅ?」
「まだ夏前なんだから、抑えて」
「わかったー」
「お待たせしましたー」
「へえ、八目鰻っておいしいんだね」
「うん、初めて食べた」
「えへへ、ありがとう」
「ねえミスティア、死体もこの味付けにして出せない?」
「無理」
屋台もだんだん繁盛してきた。
地底の妖怪たちが面白がって、ふらりと寄って、酔ってくれる。
地霊殿の前でも、商売できるじゃないか、と私は思った。




気付けば屋台の前は地底の妖怪でいっぱいになっていた。
「ミスティア~、もう一杯」
「小町さん、飲みすぎだよ」
「うるさいなあ、いいんだよ。もう一杯」
小町さんが珍しく、どんよりと飲んでいた。
机にぐでんと倒れて、管を巻いている。
「まったくもう、四季様だってあんなに言うことないじゃないか~。ましてや仕事外のことなのに」
「はいはい、わかったから、今日はもう帰りな」
「なんだよう、ミスティアまで~」
小町さんがとろんとした目を向けてくる。
「そんなこと言っていると。またツケ払わないぞ~~」
「なんで私が脅される立場なのかなあ」
ツケって、店側に権力がなかったっけ。
「まあ、今夜はそれでもいいよ」
「そういうわけにはいかないよ~」
「なんで」
「なんでって、これで払わなかったらまた四季様に叩かれちゃう」
「あら? 聞いてなかったんだ」
「?」
小町さんが顔を上げる。
「さっき、四季様が自分の分も含めて払っていってくれたよ。一か月分のツケ全部」
小町さんが固まった。
長い沈黙の後、
「……本当?」
「本当」
小町さんの顔が、酔いとは違う意味で赤くなる。
「ミスティア」
「うん」
「お冷もらえるかな」
私は冷たい水をコップに注いで渡した。
「ありがとう」
小町さんは受け取ると、一気に飲み干す。
「ミスティア、ごめん、これお勘定」
そう言って飲んだ分よりだいぶ多めのお金を机に置いた。
「ちょっと行くとこができたから」
「いってらっしゃい。四季様によろしくね」
いつになく真剣な表情で去っていく小町さんを、私は笑顔で見送った。
「かわいいですねえ」
さとりさんがポツリと呟いた。






夜半過ぎ。
ぽつぽつお客さんも減ってきた。
「それじゃあミスティア。ごちそうさま」
「ありがとう。気をつけて帰ってね」
酔いつぶれてしまったヤマメをおぶりながら、パルスィさんは帰っていった。
面倒見いいなあ、と、その後姿を眺めながら思う。
いまカウンターにはさとりさんとお燐、おくうだけがいる。
「こういうお店で飲むのって、いつも地霊殿で飲むのと違っていいですね」
「そうね。屋台で食べるという機会は少ないから」
「あたいも屋台やってみたいなあ」
「何売るの?」
「死体」
「だからやめなって」
他愛もない話に三人は興じている。
私は静かな曲を選んで歌った。




「どうでした、ペット一日目は」
お客さんもいなくなり、そろそろ店じまいかというころ。
さとりさんは尋ねてきた。
「うん、楽しかったよ」
「それはよかった」
「その、これからもペットになっていていい?」
「好きなだけどうぞ」
「やった」
「それではお燐、あとでどこか部屋に案内してください」
「アイアイサー」
お燐が敬礼すると、隣のお空が話しかけてきた。
「八目鰻おいしかったよ。料理ができるペットが増えて嬉しいな」
「ありがとう」
お燐が口を挟む。
「お空のは焼くだけだもんね」
「失礼な、煮ることもできるよ」
「まず切ることを覚えようよ」
「ミスティア」
さとりさんが私を呼ぶ。
「もう店じまいでしょう。あなたもこちら側に来て飲んだらどうです?」
「でも……」
「いいじゃないですか」
私はちょっと考えた。
「……うん。じゃあ、お邪魔します」
「ええ、こちらへ」
それから四人でしばらく飲んだ。
ペットも悪くないなあ、と私は思った。










(おわり)
後日、ある二人の会話。

「ところで映姫、あの猫の名前、何か希望はありますか?
「クロで」
「いい加減白黒で名前つけるのやめましょうよ。これでその名前五十二匹目ですよ」




ちょっと珍しい組み合わせかもしれません。さとりとミスティアを。
こうしてさとり様はペットを増やしていくのだと思います。
少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
今回もここまで読んでいただき、ありがとうございました。
ちゃいな
[email protected]
簡易評価

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コメント



0.4390簡易評価
13.90名前が無い程度の能力削除
ほのぼのしました。
なんでもない話だと思いますが、とても気持ちのいいなんでもなさだと思います。
ひとつだけ。地上と地下の行き来はいくつかの理由で容易ではない筈なのに(映姫様がその事に関して
完全にスルーなのも少し気になりますし)、みすちーが居を移す気になった理由付けが成されていない点が
最後まで少しモヤっとしました。
ですが、この温かい雰囲気を堪能するのがこの話の主旨であるとすれば、無視してしまってもいいでしょう。
そのくらい、いい気分に浸らせてくれるやさしい作品でした。
25.無評価名前が無い程度の能力削除
続編を希望する!
28.100名前が無い程度の能力削除
あまりのほのぼのさに全俺が歓喜した!
これはシリーズ化できる!!
お願いします。是非してください!!
34.100名前が無い程度の能力削除
続編希望!!
この一話だけで終わらせるのは、あまりにも惜しいです!!
36.100名前が無い程度の能力削除
確かに他の人がいうように
一話で終わらすのはもったいないです。
というわけで続編希望です。
38.100名前が無い程度の能力削除
おもしろかったです。
さとりと映姫様の関係も新鮮で
よかったですねw
是非とも続編に期待です!
43.100名前が無い程度の能力削除
クロ多すぎだろwww
シロも50匹くらい居そうだw
地底面子とミスティアが馴染んでて楽しかったです。
48.100名前が無い程度の能力削除
みすちーはやっぱり癒されりなー
是非とも続いてほしい作品です。
50.100名前が無い程度の能力削除
こんな妖怪関係素敵…っ!
映姫様かわいすぎ
53.100名前が無い程度の能力削除
ミスティア、地底編。

次は姐さんを出してくれ!
54.無評価ちゃいな削除
ありえない高評価をいただいてしまいました。皆さん本当にありがとうございます。
以下、コメ返。
 
 
 
>13.名前が無い程度の能力さん
ああ、すみません……。つい内容重視でそこらへんをごまかしてしまいました。
設定はやはり練りこまないとですね。
地底組はどうしても、内向きに固まる話が多いので、たまには違ったSSをと思いました。
読んでいただきありがとうございます。
>25.名前が無い程度の能力さん
了解です!
次は点を入れていただけるようがんばります。
>28. 名前が無い程度の能力さん
なんと嬉しいお言葉。がんばります。
>34.名前が無い程度の能力さん
ありがとうございます。
続編まで望んでいただけて嬉しいです。
>36.名前が無い程度の能力さん
本当にありがとうございます。
続編がんばります
>38.名前が無い程度の能力さん
ありがとうございます。続編、これは本当に真剣にやらないと……。
>43.名前が無い程度の能力さん
たぶんシロクロ合わせて百匹以上います。他の毛色のもたくさんいます。
それでも映姫様は懲りず、またかわいそうな子を今日も見つけてしまうのです。
>48.名前が無い程度の能力さん
ミスティアの屋台SSが大好きで、自分なんかが書いていいのかと思うところです。
続編希望ありがとうございます。これは、後に引けない感じに……
>50.名前が無い程度の能力さん
映姫さまのかわいさを追求し続ける所存です。
そして、いつかさとえいをこまえい並みのメジャーカプに……
>53.名前が無い程度の能力さん
ありがとうございます。姉さんは出すとあっさり話を全部持っていくので
今回はお休みしてもらいました。続きでぜひ……。
 
 
みなさん、本当にありがとうございました。
続編希望が多くて涙が……。

さとえい、流行って欲しいものです。さとえいを愛する会とか作ったら、二人くらい入ってくれないかなあ。
63.90喉飴削除
いやはや、これは面白いですね。
珍しい組み合わせは、やっぱり読んでいて面白いです。そして、このほのぼの空間。キャラがみんなとっても良い味出してますし、可愛いですし。
ああ、面白かったです。
ところで、さとえいを愛する会にはどうやったら入れますか?
68.無評価ちゃいな削除
>喉飴さん
わわわ、ありがとうございます。さとえいを愛する会は入会自由です。会費はSSでお支払いください。
72.100名前が無い程度の能力削除
続編希望です!
とっても心温まったです♪
76.100カギ削除
まったり最高!(何
珍しい組み合わせをありがとう。部下に優しい映姫様かわいいよ
82.100名前が無い程度の能力削除
これはいいほのぼの地霊殿! 和やかで楽しそうな情景が目に浮かびます。

しかし映姫さま、トラ猫や三毛猫を拾ったらどうするんだろう……ww
はっ、まさか無理矢理黒に染めて……!