Coolier - 新生・東方創想話

二人ぼっちの紅魔館戦争

2009/10/24 15:09:50
最終更新
サイズ
25.14KB
ページ数
1
閲覧数
2267
評価数
9/38
POINT
2140
Rate
11.10

分類タグ


 「はあ、はあ、流石だった。これほどの強敵だとは……ですが仇は討ちましたよ……」

 ついに私は倒したのだ。災厄の元を。偽物の咲夜様を……だが、次の瞬間に高笑いが聞こえた。謎の人影が見えた。黒いローブを着た何者かが。
 
 「はっはっは。偽咲夜退治おめでとう! 美鈴!」
 「何奴!」
 「名乗るほどの者ではない。ただの太歳星君様の影の一人。もっとも」

 そしてその影は偽咲夜に一瞥をくれると、その亡骸を天高く蹴り飛ばした。

 「偽咲夜など太歳星君様の影の中でも一番の小物に過ぎん。私を偽咲夜程度と一緒にしてもらっては困るがな」
 「貴様ああああ! 仲間に何を!」
 「仲間? 馬鹿なことを、こんな負け犬が仲間のわけがなかろう! 太歳星君様の影の恥さらしなどな!」

 私は思わず義憤に駆られた。先ほどまで偽咲夜と死闘を繰り広げていたのに関わらず。それほどの非道。まさに災厄そのものだ。この命にかえても倒さねば!
 
 「貴様! 揺るさんぞ!」
 「威勢だけはいいな! まあいい、せっかくだ! 冥土の土産に見せてやろう。私の姿を!」
 
  その影はロープを脱ぎ捨てる。そこには信じがたい光景が浮かんでいた。

 「永琳!?」
 「ふん、あれは仮の姿に過ぎんがな!」

 「めい…ん」
 
 その時、急に咲夜様の声が聞こえてきた。どういうことだ!? さっき倒したはずなのに!?

 「お……うさ…た…のむし……おしに…え……ん…くる……」

 だけどはっきりとしない言葉だ。一体何を言っている?

 「ちょっと! 聞いてるの? 美鈴!」
 「え!? いや、その、あの、はい、聞いてます」

 いや、次の瞬間に気づいた。大声を出す咲夜様の声で。あの影は消え去っていた。私の前には長閑な紅魔館と、怒った顔の咲夜様しかいなかった。……夢か。

 「まあいいわ、今忙しくてそれどころじゃないの」
 「はい」
 「今言ったとおり永琳が来るから通してあげてね」」
 
 それを言い残すと、咲夜様は忙しそうに消え去った。
 わざわざ永琳が紅魔館に来るとは何事だろう? 妖精であるメイド達に医者はいらないし、咲夜様も見た感じ健康そうだった。
 ならお嬢様かフラン様? 昔永琳が来たときは、お嬢様とフラン様が酷い熱を出してたっけ……吸血鬼インフルエンザにかかって。二人を最後に見たのは昨日の夜だ。二人でお茶を飲んでいた。浮かない顔だった気はするけど、でも特に体調を崩されているようには……ああ、そういえばケーキに手を付けていなかった。珍しいこともあると感じたのを覚えている。ただ、往診するほどとは思えない。

 「こんばんは」

 そう考えていると、咲夜様の言ったとおり永琳が訪れた。

 「そちらのメイド長に呼ばれたのだけど」
 「はい。お話は聞いております。どうぞ」

 まあいい。紅魔館内の事は私の考える事ではない。私は門番としての職務を果たすだけ。怪しい者さえ通さなければいい。
 そう考えた時、急に雨が降り出した。何故か嫌な予感がした。先ほどの夢を思い出した。

 この頃何故か太歳星君の夢を見る。何度も、何度も。太歳星君は災厄をもたらす者。
 確かに夢にしか過ぎないのかもしれない。だが、私の祖国では夢が現実の暗示という考えは常識だ。例えばこんな話がある。
 かつて、魏延と言う名の英雄が居た。彼はある時頭に二本の角が生える夢を見た。そして、彼はその夢の通りに首を切られて死んだ。「角」という字は「刀」を「用いる」と書く。頭に刀を用いる、それはつまり首を切ると言うことだ。
 私の祖国では、かつては夢を見るための官僚もいた。今ではそれもすっかり迷信扱いされているが、夢が歴史に影響を与えた史実も無数にある。
 
 偽物の咲夜様に、永琳。あるいはあの夢は……その時だ。紅魔館から悲鳴が聞こえた。フラン様の声だ。

 「どうなされました!」
 
 私はその声の元に大急ぎで駆けつける。声の元の部屋には鍵がかけられていて、部屋の中からは恐ろしい言葉が聞こえてきた。

 「助けて……お姉様……」
 「咲夜! 離しなさい! 永琳! フランに手を出したら許さないわよ!」

 どういうことだ!?

 「大丈夫ですよ、フランちゃん。すぐ終わりますからね」
 「嫌だよ……怖いよ……助けて……」
  
 永琳があやすようにフラン様に語りかける。声色は優しいのに、何故かおぞましく聞こえた。

 「咲夜! 言ったでしょう! 姉妹のことには口を挟むなって!」
 「もう限界ですよ。ご自身でおわかりになられないのですか?」

 咲夜様が叛乱!? それだけじゃない。パチュリー様も!

 「ねえレミィ。咲夜も永琳もあなたたちのためにやってくれてるのよ?」

 くそ! 開けないと。必死にドアに体当たりをする。

 「お姉様……お姉様……」 
 「フラン! ああ! 力が出ない! どうして……」
 
 永琳が満足げな声を出している。それよりどういう事だ? フラン様に何をする気だ? 最近は狂気も消えて大人しくなっていたのに!

 「薬の効き目は確かね」
 「はい、お茶に混ぜておいたのですが、ちゃんと能力を使えなくなっているようですね」

 咲夜が同意する。薬だと!? 混ぜただと!? 早く助けないと!

 「よし、それじゃ始めるわね、ああ、みんな出て行ってくれる? 埃が立つし。特に暴れるレミリアは」

 そしてドアが開く。お嬢様を押さえながら咲夜が出てきた。そしてドアの隙間から見えた光景は目を覆いたくなる物だった。

 「それにしてもさっきから外で騒いでるのは誰?」
 
 咲夜様は何故か落ち着いて話していた。お嬢様の両手を押さえながら。
 
 「あら。美鈴じゃない。なんでここに居るのよ。門番は?」
 
 咲夜様が問いかける。無論お嬢様の両手を押さえたままで。

 「お嬢様たちに何をする気だああああ!」

 そうやって大声を出した瞬間、メイドだちが押さえつけてきた。

 「騒がないでよ。何って、さっき言ったじゃない。もしかして寝てて聞いてないなんて事は無いでしょうね?」
 「いや、その、それは……いや、聞いてましたよ!」
 
 永琳が来る。その通りだ、確かに聞いている。
 
 「まあここまで騒ぐとは思わないでしょうね……」
 
 そんなことはどうでもいい。部屋の中に見えた震えるような光景に比べれば! フラン様が椅子に縛られている。永琳は注射器を持っていた。そして、机の上にはドリルが見えた。
 頭の中でパズルのピースが音を立ててはまっていくような気がした。
 そうだ、聞いたことが有る。頭に穴を開けて、脳を切り取って従順にさせるという手術があると。……あの夢の通りか。敵は中に……この咲夜様は偽物の咲夜様で……あるいは洗脳か……ともかく、もう"様"づけなんていらない! こいつは敵だ!

 おそらくはこういう事だろう。太歳星君はやはり実在した。あの夢は予知夢だった。だが、この私が門番をしている限り、紅魔館に敵は入ることは出来ない。しかし、中の人間なら別だ。咲夜の姿のこいつは、中から紅魔館を切り崩す気だ。

 「とにかく、言ったとおりよ。だから門番の仕事に戻ってくれる?」

 すると、私はいつの間にか門に立っていた。時を止められたらしい。
 ということは本物の……いや、相手は太歳星君。能力のコピーすら容易いのかもしれない。
 今はそんなことを悠長に考えている場合では無い。私は大急ぎで戻る。だが、今度は見つかるわけにはいかない。角に身を潜め、先ほどの部屋を伺う。フラン様以外は皆外に居るままだ。部屋の中からはフラン様の泣き声が聞こえてくる。

 「お嬢様も静かに待っていて下さい、すぐ終わりますから」
 「嫌よ! 私には治療なんて必要ないわ!」
 「駄目です。紅魔館の主として、ご自身の体にも気を遣っていただきませんと」
 「吸血鬼をなめないでよ! こんなの治すまでもないの!」

 お嬢様までもその毒牙にかける気か! この悪魔は!

 「ねえレミィ。吸血鬼にも限界はあるのよ。わかるでしょ?」
 「パチェまで裏切るの! 親友だと思ってたのに!」
 「友人だから心配してるのよ」

 なんというお為ごかしの言葉だろう。飲み物に薬を混ぜておいてお嬢様のため? ふざけてる! それにパチュリー様、いやパチュリーもグルか! なるほど。筋書きは見えた!。
 スカーレット姉妹を操り人形にすれば、紅魔館はメイド長の咲夜の物。こいつが本物の咲夜かはともかく。それに、居候のパチュリーも、条件次第では付くかも知れない。パチュリーには図書館さえあればいいのだから。
 ……あるいは、このパチュリーも偽物かもしれない。だが今は、それは置いておこう。今は二人を救い出すことが先決だ。しかし私はどうすればいい? 皆が敵な今!

 「麻酔をしますからね」
 「嫌だーーーーーーーーー」
 
 ……フラン様の悲痛な叫び声が聞こえてきた。そして少しして何も声が聞こえなくなった。麻酔が効いたのだろうか。
 
 キュイーーーン

 そして耳障りな音がした。ああ、これは……ドリルの音だ。
 全身から力が抜ける。だが、力が抜けたこと、それが私に冷静な判断力を与えてくれた。フラン様はもう助けられない。しかし命まで取られはしないだろう。私の読み通りなら。
 流石にフラン様がお亡くなりになれば異変に気づく者は出てくるだろう。だが、スカーレット姉妹を傀儡にすれば? 表面は何時もの紅魔館。しかし裏では幻想郷に魔の手を忍ばせる……
 流石は太歳星君。頭も切れるようだ。国を乗っ取るには、まずは権力を握り、傀儡の皇帝を立て、ゆっくりと奪う。これが確実な方法な事は私の祖国の歴史も証明している。
 
 だが太歳星君よ! 幻想郷一の門番。紅魔館の防波堤。この紅美鈴が健在だったことが運の尽きだ! お嬢様を見る。真っ青な顔をしていた。おいたわしや……だがこの紅美鈴。お嬢様だけは守り抜きます!

 お嬢様さえいれば紅魔館は安泰だ。お嬢様の能力さえあればフラン様も治せるかもしれない。運命を操る能力を持ったお嬢様なら。今は力を封印されているようだ。力が発揮できていない。それでも吸血鬼の再生能力なら、きっとすぐに元に戻るはず。ならばどうすればいい? そう、私が盾になって時間を稼げばいいのだ。
 
 隙をうかがう。咲夜が、パチュリーが気を抜く隙を。
 見えた。メイド達はやはり統制が取れていない。バラバラの方向を向いている。それに咲夜とパチュリーがお嬢様を何やら説得しようとして、こちらを見ていない。そして気を溜める。そして……今だ! 一瞬で力と気を爆発させる! メイド達に飛びかかり、皆一撃で気絶させる。
 メイド達は消えた。そのまま咲夜に向かって飛ぶ。気づいた! だけど遅い! 壁を蹴り、咲夜を狙う。クリーンヒット! 蹴りを頭にたたき込んだ!

 「う~ん」

 咲夜は倒れ込む。気を失ったようだ。所詮は人間、私に敵うものか! そのまま返す刀でパチュリーを狙う。一撃で倒れた。あんな喘息魔法使いなど私に敵うものか!

 「お嬢様! 大丈夫ですか!」
 「美鈴……あなただけは味方してくれるのね……」
 「はい! この命尽きるまで、お嬢様に尽くすのが従者の役目です!」

 力の無い表情のお嬢様を抱きかかえる。軽い。片手で大木を持上げる力があるとは思えない。能力を使えないお嬢様は非力な存在にしか過ぎないのだろうか。

 「ああ……フラン……可哀想なフラン……」
 「お嬢様! お気を確かに!」
 「もう手遅れなフラン……どれだけの苦しみを味わっているのかしら……」

 お嬢様は茫然自失の体だ。気力を回復されるまで私がどうにかしないと……

 バタン

 その時だ。ドアが開いた。そして、見たくないものが見えた。

 「はい、終わりましたよ」
 「なんだ、こんなにスッキリするならもっと早くやればよかったわ、ありがとう! 永琳先生!」

 あの悲鳴と恐怖は何処に消えたのか……晴れやかな顔のフラン様が……洗脳された。その言葉しか出てこなかった。フラン様はメイドに連れられ消えた。そして、永琳が残る。
 
 手術に夢中だったのか、こちらに気づいてはいないようだ。好機!

 「さあレミリア、次はあなたのば――」

 隙だらけの永琳の頭に蹴りを食らわせる! 崩れ落ちる永琳。蓬莱人とはいえ接近戦で私に敵うわけがない!

 「お嬢様! 逃げましょう!」
 「ああ……フラン……」

 私はお嬢様を抱え、飛ぶ。呆然としたお嬢様を抱えて。とにかく今は距離を取らないと! 距離さえ取れば咲夜やパチュリーもそう簡単には手出しできない。メイド達を吹き飛ばし、ただ飛んでいく! その内にメイド達も見えなくなった。よし。このあたりでお嬢様を落ち着けよう。
 私たちは来客用の部屋の一つに入った。お嬢様を椅子に座らせる。外はまだ雨が降り続いていた。私たちはまだこの紅魔館の中に留まらなければならない。思わず気が重くなる。

 「ねえ美鈴、あなただけは味方よね? そう言ってくれたわよね?」
 
 それに反応したかのように、お嬢様が気弱な言葉を口にする。いけない。完全に失態だ。

 「勿論です、お嬢様、私はあの恩知らずどもとは違います!」

 ……そうはいったが、恩知らずなのかどうか。私たちの知る咲夜は、もういないのかもしれないから……でも、今はそれを告げない方がいいだろう。それは落ち着いてからだ。それに私も考えたくはない。あの咲夜達はきっと洗脳されただけだ。太歳星君さえ倒せば元に戻るはず。そう思おう。少なくとも今は。

 「咲夜も……パチェも……酷いわよ……」

 その時、お嬢様の目が滲んだのが見えた。孤独な涙だった。
 そうだろう。長年仕えてきた従者に、そして親友に、毒を飲まされ、怪しげな手術を強要されるなど。

 「なんだか疲れたわ……」
 「お嬢様……」

 私はお嬢様を優しく抱いて、包んだ。この私の体温を感じて欲しかった。そして自分が孤独では無いと思って欲しかった。

 「……ありがとう。美鈴」

 私もお嬢様の体温を感じた。とても冷たく思えた。それは吸血鬼だから? 違う。これは王の孤独の冷たさなんだ……
 お嬢様には今までどんな過去が有ったのだろう? 私は知らない。だけど、人の上に立つ物は常に叛乱に怯えなければ行けないのが世の習い。私の祖国の歴史は二十四の史書にまとめられている。その中では何百もの王朝が生まれては消えていった。そして、その何十倍もの権力者が猜疑に捕らわれて一生を終えた。
 きっとお嬢様の祖国でも同じだろう。諸行無常が世の運命なのか? ならばお嬢様もそうなるのが当然なのか? それが運命なのか?
 違う! お嬢様は運命を操るお方。今その能力が無いならば、そのための盾となり、捨て石となろう。お嬢様の千年王国のための。それが出来ないとしても……紅魔館最後の従者となろうとも……私を捧げよう。

 お嬢様は少しづつ気を取り直しているようだ。私の腕もとから落ち着いた息を感じる。少し弱い。無理もないだろう。毒を飲まされた身では。

 ……少し考えて、私はお嬢様を離し、頭を下げ、その首をお嬢様の顔に近づけた。

 「お嬢様」
 「何? 美鈴」
 
 やはり力なくお嬢様が返した。

 「私の血をお吸い下さい」
 
 妖怪の血が吸血鬼にどれだけの意味があるのだろう? わからない。だけど私は血の全てまでもお嬢様に捧げて、尽くしたい。そう思った。

 「ごめんなさい美鈴、遠慮しておくわ。……血を吸うのは痛いから」

 痛いか。妖怪と言えども吸血鬼に噛まれ、血を吸われれば痛みを感じる。だけど私の体の痛みなど何になろう?

 「いえ、お嬢様。私の痛みなど気にしないでください!」
 「いや、違うわ、痛いのは私よ……もうあの痛みを味わいたくないのよ……」

 痛み。
 私はお嬢様の力をほんの上辺しかしらない。だが、噂に聞くには吸血鬼に血を吸った者を物は操り人形にできるという。もしかしたらお嬢様はそうやって僕を作ってきたのかもしれない。
 あるいは咲夜もそうだったのかも知れない。人間の身にも関わらず、彼女はお嬢様がその名を与えたほどの存在だった。そして常に従順なメイドとして尽くしてきた。そして裏切った。
 ……もしかしたら、私も血を吸われれば操り人形になるのかもしれない。
 ……もしかしたら、お嬢様はもう僕を持つことが怖いのかもしれない。
 ……僕をもてば、また裏切りに怯えなければならないのだから。
 ……僕を持てば、また裏切りの痛みを感じることになるかもしれないのだから。

 「お嬢様」

 私はお嬢様の手の前に、己の手を差し出した。

 「この紅美鈴だけは信じて下さい。地獄の果てまでもお供します」

 私は目を滲ませていた。お嬢様の孤独を感じていた。
 駄目だ。
 私は強くないと。それが守るものの勤め。

 お嬢様が手を握ってくれた。小さな手で。低い体温のままで。だけどそれはとても暖かいように思えた。私の体温が伝わったがごとく。
 その時だ、外から音が聞こえた。ドアを叩く音が。

 「失礼」
 
 そこにはメイドの一人がいた。

 「いた! お嬢様。いい加減諦めて下さい、それに美鈴様も、仕事に戻って下さいよ」
 「嫌よ! こんな事でわざわざ永琳を呼ぶなんて馬鹿げてるわ!」

 こいつも裏切り者か? 最後の希望を持って問いかける。

 「おい! お前もお嬢様に刃向かうのか?」
 「私たちは咲夜様の言いつけに従うまでで――」

 無駄話を聞いている時間はない。メイドに裏拳をたたき込んで黙らせる。一瞬で気を失った。駄目だ。もうメイドも皆咲夜の手下か。

 「ちょっとやり過ぎじゃない? 誰だって痛いのは嫌だし、もう少し優しくしてあげればいいのに」

 ……なんという慈悲の心だろう。あるいはこの甘さが咲夜の叛乱を招いたのかも知れない。だが。私はこんなお嬢様が好きだ。守り抜きたい。こんなお嬢様だからこそ。
 しかし、太歳星君はそんな一瞬の感傷すら許してくれないようだ。早くもメイドの群れが襲ってきた。外からはメイド達の騒ぎ声が聞こえる。

 「ここは危険です。行きましょう、お嬢様」
 「もう諦めた方がいいのかしら……」
 「いけません! 諦めたらそこで終了ですよ!」

 私はお嬢様の手を掴んだまま、引きずるように部屋の外へ向かう。
 目の前にはメイド達の群れ。軽い弾幕で優しく吹き飛ばす。お嬢様の言いつけ通りに。眼前のメイドが吹き飛ぶ。だが意識は残っており、足止めにしかならない。
 そして前から、後ろからのメイドの群れ。
 逃げ道が狭まる。それでもお嬢様の言いつけ通りに優しく吹き飛ばす。
 そうだ、昔はみんな同僚で……楽しい思い出が一杯あって……どうして私たちは争わなければならないのか?
 また涙が出そうになる。
 だけど、繋いだ手から伝わるお嬢様の体温が忘れさせてくれた。この温度を守ることが全てだ。それが従者の勤め。例え最後の一人だとしても、私は最後まで尽くそう。

 私たちは逃げた。ただ逃げた。いつの間にか地下に追い詰められていた。そこで見えた。図書館が。
 一瞬逡巡したが、私は覚悟を決めた。籠城だ。
 図書館の中に入る。

 「お嬢様、もう安心です、ここなら追っ手も防げます」

 そう。図書館には心強い味方が居るのだ。
 私は本棚に向かい、何冊かの本を持ってきた。それを開く。本が浮かび上がった。
 パチュリーの作ったマジックアイテム。本の形をした、侵入者を狙う砲台だ。私も実戦で使ったことはないが、受け取ったことはある。門番としても迎撃兵器は役に立つ。おかげで魔法を使えない物にも使えるようになっている。
 最後に使ったのはフラン様だったろうか。紅霧異変の少し後だ。久々の使用なので不安だったが、無事作動しているようだった。メイド程度ならこれでも十分だろう。その内の幾つかを外に出す。メイド達の慌てふためく声が聞こえた。

 当たったところで致命傷にはならないが、この程度のダメージならお嬢様の言いつけにも背かないですむだろう。これで逃げてくれればいいのだが。
 消えたようだ。外から音がしなくなった。これで少しは時間が稼げるだろう。もっともメイドが消えたということは、本命を呼びに行ったと言うことでもあるのだろうが……

 「お嬢様、少々お待ち下さい、バリケードさえあれば安心です」

 私は本と本棚でバリケードを作る。その時に、また弱気な声が聞こえてきた。

 「ねえ美鈴。やっぱり、もう無理な気がしてきたわ……無理に耐えても苦しいだけなのかもね……」
 
 逃げ道のない地下、力を使えないお嬢様が弱気になるのは当然だ。私は大急ぎでバリケードを作り、お嬢様の元へと戻る。

 「お嬢様! お気を確かに!」
 「駄目だわ……痛いの……苦しいの……この突き刺さるような痛みから解放してくれるのならいっそ……」

 毒が回ってきているのだろうか? あるいは裏切られた苦しみか? それでもお嬢様に諦めてもらいたくはない。私はお嬢様の両手をしっかりと握りしめ、そして叫んだ。

 「お嬢様! お嬢様の能力をお忘れですか!」
 「え、ああ、運命を操る程度の能力よね」
 「そうです! ならば何故運命に抗わないのですか!」

 お嬢様の体温が上がるのが掌から伝わってくる。

 「そうよね」
 
 お嬢様の声にも力が戻ってくる。

 「明日にも全てが簡単に元に戻る魔法が出来るかも知れない。魔法の力で痛みも、嫌なことも消えるかも知れない! 諦めるにはまだ早いわ!」
 「そうです! お嬢様!」

 あの紅魔館が戻ってくることを私は信じたい。いや、信じている。お嬢様の力さえあれば太歳星君など!

 「お嬢様! お嬢様!」

 咲夜の声が聞こえた。真打ち登場か。相変わらず太歳星君は私たちに感傷に浸る時間を与えてくれないらしい。だがそれがいい。今の闘志に燃えた私たちに余計な時間はもういらない。敵を目の前にして、私たちの闘志は一層盛り上がる。この勢いのまま、どこまでも耐え抜くまでだ。

 「ねえレミィ! いい加減出てきなさいよ! 子供じゃないんだから!」

 パチュリーの声も。だが、それならこっちにも手はある。このパチュリーが本物であってくれれば、きっと効くはずだ。

 「もしお嬢様に刃向かうようならこっちにも手はある! この図書館に火を付けるぞ!」
 
 ドアの向こうからどよめいた声が聞こえる。

 「ね、ねえ、美鈴。落ち着きなさいよ。レミィにそこまで義理立てすること無いのよ?」
 「我々はお嬢様の事を思って……」
 
 裏切り者が何を言うか。ただ、時間は稼げるはずだ。少なくとも、パチュリーは確実に困惑しているだろう。

 「ねえお姉様?」

 ……北風では無理だと思えば、今度は太陽か。フラン様の声だ。

 「フ、フラン……」

 お嬢様も困惑している。

 「みんなお姉様のことを思って言ってくれてるんだよ?」
 「……」
 「大丈夫だよ、痛いのは最初だけ。すぐにすっきりするから、そして痛みも悩みも全部消えるの」
 
 フラン様……すっかり洗脳されてしまわれて……太歳星君め!

 「お嬢様も治してもらおうよ、そして二人で美味しいケーキを食べるの! 咲夜がケーキを作って待ってるよ」
 「本当に……痛くないの……」
 「最初は少し痛いけどそれだけだよ!」

 お嬢様が負けそうになってる。いけない!

 「お嬢様、お気を確かに! 敵の奸計にはまってはいけません!」
 「そ、そうよね、みんな痛くないとか言うけどあんなの嘘に決まってるわよね!?」
 「もちろんです!」

 ドリルを使う手術が痛くないなどあるものか!

 ……それからどれだけの時間が経ったろうか、時計も無く、日の光も差さないここではわからない。
 数分にも、数時間にも思えた。外では何か相談しているようだが、小康状態が続いていた。

 「そろそろ帰らないと姫様が……」

 焦った永琳の声が聞こえる。敵も焦れているようだ。

 「しょうがないわね、これを使いましょう」
 「大丈夫ですか?」
 「体に害はないわよ。ちょっと高いし……レミリア相手じゃ少しの間眠らせるくらいの効き目しかないでしょうけど……仕方ないわね」

 何の相談なのだろう。嫌な予感はするが……

 キュイーン

 その考えを甲高い音が邪魔する。ドリルの音が。壁からだ。壁に穴が開けられている!?

 「よし、じゃあみんな離れてね。そうしないと気を失うわよ」

 永琳の声がして……白い煙が入ってきた。

 「美鈴……」

 しまった……これは催涙ガスだろうか……

 「ちょっと眠いの……少し休ませて……」
 「お嬢様……お気を確かに……」

 そう言った私の声にももはや力は無かった。

 「…もう……ゴールしても……いい…よ…ね?」

 お嬢様が消え入りそうな声で話す。部屋は白に満たされていた。
 
 「お……じょ…うさ…ま」

 私の声もお嬢様に聞こえたかどうか……

 「……」

 もうお嬢様から返事は無かった。

 (せめて地獄までもお供致します)

 もう私も声が出ない。だからせめて心の中で、繋いだ手を通してそう伝えようとした。

 「……」

 当然返事は無い。だが、私は確かに感じた。お嬢様が私の手を強く握りしめたことを。私も最後に残った意識の欠片を使って強く握り返す。 
 そして、白の煙の中で、私の意識は闇に落ちていった……

 



 「はっはっは! 見事だ! 偽永琳!」
 「ありがたいお言葉です。太歳星君様」
 「これで幻想郷征服は目の前だな!」
 「はい、紅魔館さえなければ幻想郷など恐るるに足りません」

 (やめろ! やめろおおおおお)

 言葉は聞こえても声が出ない。これは……死? 私は死んだの?

 「次の目標はどこにするか」
 「そうですね……人里はどうでしょう」
 「あそこは雑魚しか居なくて張り合いがないが……まあそれも一興か。力を見せつけるのもな」

 (くそ! 人々を傷つけるな!)
  
 そもそも私はそこにいたのだろうか? 意識だけはあった。だけど何も見えない。私も見えない。声も出ない。白に包まれた世界だけがあった。そこを意識だけが漂っていた。
 何もかもがぼんやりとしていた。今までの全ても夢であったかのように思えた。

 (そうだ……夢だよね? みんながお嬢様に叛乱を起こすなんてあるわけない)

 夢なら目を開けば全てが元通り。そうだ、目を開けよう。

 目を開いた。
 私の目の前には椅子に縛られたお嬢様。私は駆けつけようとする。体が動かない。自分を見てみる。私もまた縛られていた。
 ……現実? なの?

 「助けてえええええええ」
 「お嬢様!」

 お嬢様の悲鳴。何も出来ない私。咲夜がお嬢様を押さえている。

 「くそ! 離せ! お嬢様を離せ!」
 「ねえ美鈴? あなた、ちゃんと話聞いてたの? 言ったでしょ?」
 「裏切り者に貸す耳など持つ物か!」

 それよりお嬢様!

 「はい、口を開けて下さいね」
 「嫌だああああ」
 「ああ! もう、咲夜! 口を無理矢理開けちゃって!」
 「はい」

 お嬢様の口がこじ開けられていく……永琳の手には注射器が光り……

 「お嬢様! お嬢様!」
 「もう! 美鈴も外に出して! 埃がたつわ」

 私はメイドに引きずられて外に出る。そこにはパチュリーの姿があった。

 「ああ、美鈴。待ってたわよ」
 「この裏切り者め! お嬢様に何をする気だ!? お嬢様に何を飲ませた!?」
 「何って、虫歯の治療よ、咲夜が伝えたはずだけど?」

 "お……うさ…た…のむし……おしに…え……ん…くる"

 あの時聞こえた言葉。

"おじょうさまたちのむしばをなおしにえいりんがくる"

 言われればそう言っていたような気も……まて。落ち着け私。クールになれ紅美鈴。これは太歳星君の罠だ!

 「嘘を付くな! なら何故毒を飲ませる! 何故縛り付ける!」
 「……ちょっとこっちに来てくれる?」

 パチュリーが私を物置へと引きずった。そこには焼け焦げた本や、粉々になった道具が散乱していた。

 「前にあの二人がインフルエンザになって永琳が来たでしょ? その時に注射をしたんだけどね」
 「え、ああ、はい」
 「その時の犠牲者達よ。本は勿論私の本」
 「はあ」
 「あのね、40°近い熱でこれよ? ついでに壁に穴を開けるわ、永琳の道具も壊すわ」

 やりかねないだろうなあ……あの二人なら。

 「歯が痛い程度ならどうなると思う? 紅魔館ごと吹き飛ばしかねないわよ」
 「でしょうね……」
 「まあ自分の目で見てみなさいよ、その代わり暴れないでね。」
 「承知しております」

 私は先ほどの部屋に戻された。

 「どうしてここまで放っておくのかしら! これじゃもう神経を抜かないと無理ね……」

 永琳がドリルで……涙で顔を濡らしたお嬢様の歯を直していた。

 「お嬢様! お気を確かに! 放っておけば入れ歯の吸血鬼になってしまいますよ! 紅魔館と吸血鬼の威厳のため! ここは耐えて下さい!」

 咲夜がお嬢様の手を握り、必死に励ましていた。その姿はまさに従者の鑑だった。

 「歯は大事にしないといけませんね……」
 「あれで私の五倍生きてるのよね……」

 疲れ果てた声の私に、パチュリー様の溜息混じりの声が聞こえてきた。

 「心中お察しします、では私は仕事がありますのでこれで」

 疲れた……星を見ながら夜の睡眠を楽しもう。そして部屋を後にしようとした時、パチュリー様に腕を押さえられ、引き留められ、咲夜様がこちらを向いて話しかけてきた。

 「ああ、美鈴。仕事はいいわよ。あなたには再研修が必要みたい」
 「いやいや、紅魔館のために日々尽くしてるじゃないですか」
 「もうメイド達がお待ちかねよ? 私も楽しみだわ。教育的指導が」

 咲夜様の目を表現すれば、殺気に満ちた以外の表現は出てこなかった。
 
 「そのあたりは後で……今はお嬢様も大変ですし……」
 「ええ、だから私は後で参加することになるけど」
 「それにですね! 確かに話を聞いていなかったのは私が悪かったですよ! ですけど、虫歯くらいであそこまで騒ぐと思いますか!」

 もはや居直った反応しか出来ない。それを聞いた咲夜様は乾いた笑いを浮かべて言った。

 「そうね、確かに私たちが悪かったわ、頭に跳び蹴りを食らっても仕方ないくらいにね」
 「で、ですよね……」
 「紅魔館がどんな場所か、お嬢様達がどんな人物か、教え切れてなかったと思うの」
 「は、はあ……」
 「だから今日、しっかり教えてあげるわ、ではパチュリー様。美鈴をよろしくお願いします」

 そして私はパチュリー様に引きずられ、お嬢様が地獄を味わっている光景を後にした。

 「着いたわよ。美鈴。ちゃんと教育に必要な設備も整ってるわ。私も楽しみよ。研修がね」

 ……眼前に広がった光景に比べればお嬢様の地獄など生ぬるいにもほどがあるだろうが。
咲夜の手を逃れた美鈴を待っていたのは、また地獄だった。
破壊の後に住み着いた欲望と暴力。
紅霧異変が生み出したソドムの街。
悪徳と野心、頽廃と混沌とをコンクリートミキサーにかけてブチまけた、ここは幻想郷のゴモラ。

装甲門番美鈴 次回「博麗神社」
来週も美鈴と地獄に付き合ってもらう。
Pumpkin
[email protected]
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.1280簡易評価
1.80妖怪に食べられる係削除
笑いが止まらないwww
ミスリードを誘うような言い回しとかがまた笑いをさそいますねw
2.100名前が無い程度の能力削除
途中から嫌な予感はしていたけどwww
美鈴非想天則騒ぎで懲りたと思ったのに。
7.100名前が無い程度の能力削除
まぁ虫歯だとは思ったけどさwww
しかし吸血鬼の再生能力すら凌駕する虫歯菌最強だな…
8.100名前が無い程度の能力削除
オチは読めてましたが、非常に堪能出来ましたw

さって…今日から一時間かけて歯を磨きますかね…
10.90名前が無い程度の能力削除
駄目だこの美鈴。早く何とかしないとw
13.100名前が無い程度の能力削除
忠道、大儀である。(笑)
よくある勘違いものだけど、どこまでも真剣な美鈴がここまでタチが悪いとは。迷惑極まりないwwwww

>>装甲門番美鈴 次回「博麗神社」
おいやめろそこはマジでシャレにならんっ
16.90名前が無い程度の能力削除
吸血鬼なのに神経まで達する虫歯って、何年放って置いたんだw
下手すると百年単位?
19.100vars削除
そうだと信じれば何でも出来る。
しかし、信じる方向を359°間違ってると思うんだ、美鈴・・・・・・。誇り高き門番に、敬礼ッ!
23.100名前が無い程度の能力削除
ちくしょう、また太歳星君のしわざか。

めいりんのぼうけんはこれからだ!!