お姉ちゃんがヤクザになっていた。
平たく言えば、サングラスを掛けていた。
背もたれにもたれかかり肘掛に両手を置いて、口には煙草なんか加えている。
あ、よく見るとあれシガレットチョコだ。
「何か用かしら、こいし?」
「……ただいま、お姉ちゃん」
唖然としながら返事をする。
よく見ると本人だけでなく、部屋全体も微妙に雰囲気が変わっている。
部屋の壁には『鎖斗離』と書いた紙が貼ってある。
自分で書いたんだろうか。無駄に達筆なのが悲しい。
座っている椅子も、いつもとは違いかなり大仰なものだ。
全体は黒光りする革で覆われており、地面を支点として回転するようになっている。
背もたれの高さも相当なものだ(お姉ちゃんの背だと後ろを向いた際に頭が隠れてしまう)。
座る位置も高いなんてもんじゃない(足が地面に全く届いてない)。
……ふと、どうやって降りるんだろうと思った。
苦労しながらも一生懸命によじ登ってあの豪華な椅子に座ったはいいけど、
降りれなくなってしまって途方に暮れるお姉ちゃんの姿を幻視した。
何かが込み上げそうになり、思わず鼻を抑える。
くっ、なんて破壊力……!
幻視した光景だけでも御飯三杯はいけそうだ。後で実際にやってもらおう。
「で、どうして急にサングラスなんか?」
「Cool and Cool!」
「いや、意味が分からないから」
やけにテンションが高いなぁ。
「そうですね……話すと長くなりますが、宜しいですか?」
「うん」
□
「最近、私の地霊殿当主としての威厳が失われつつあると感じました」
「元々そんなのあったっけ?」
「はうっ!」
グサッという音が聞こえた気がする。
あ、ちょっと涙ぐみそうになってる。可愛い。
何とか持ち直して、お姉ちゃんは言葉を続ける。
「た、確かに以前の私にそれほど威厳がなかったことは否定しません。
ですが、最近特にそれが顕著になっている気がするのです!」
まあそれはなんとなく分かる気もする。
「最近では地霊殿を歩いていても、すれ違ったペットに次々にひっつかれます」
「いいじゃん、好かれてる証拠じゃない」
前に明け方に帰って来た時、お姉ちゃんのベッドに大量のペットがうず高く積み上がっていて、
窒息死しそうになっていた姿は記憶に新しい。
むー、お姉ちゃん、ペットにはやたらともてるからなぁ。
今度私も、お姉ちゃんが寝てる時に侵入しよう。襲おう。
「確かにペットに懐かれるのは喜ばしいことです。ですが、度を過ぎるといけません。
あくまで私は地霊殿の現当主なのですから、それ相応の威厳を持って接する必要があります。
そうでないと、私個人のみならず地霊殿全体の心象が悪くなってしまいます」
「なるほど」
地霊殿の心象なんて元々悪いんじゃない?とは言わないでおく。
なんかやる気になってるお姉ちゃんは見ていて楽しい。
お姉ちゃんはふう、と一つ息をつく。
そして先ほどよりも重い声で、憂鬱そうに言う。
「ですが、私の位置づけは確実に望まぬ方向へと向かっています……」
まあお姉ちゃんのキャラって家庭的なお母さんか、もしくはヘタリンである程度確定してきてるからねぇ。
今更それを変えようってのは中々しんどいと思うよ。
「貴方、今失礼なことを考えてません?」
「いえいえ、滅相もない」
ふるふると首を振る。
ふう、危ない。最近のお姉ちゃんはやたら勘が鋭くて困る。
その内私の心まで読まれちゃいそうな気がするよ。
「まあ、良いです。そこで私は失われた威厳を取り戻す方法を模索することにしました。
しかし、中々良い案が思い浮かばず、とある方に相談してみたのです」
「相談?誰にしたの?」
「カリスマと言えば彼女、レミリア・スカーレットです」
それは相談する相手が間違っているような気もする。
「途方に暮れていた私は、藁にもすがる思いで彼女に事情を話しました……」
□
「ふむ、なるほど。それで私の所に来たと言う訳ね」
手にしたワインを弄びながら、レミリアが言う。
「そうです。貴方は私と同じく大きな館の当主であり、力の強い妹を持つ。
そして地霊殿には大量のペットがいるように、紅魔館には大量の妖精がいる。
私と似たような境遇の貴方なら、答えを知っているのではないかと思いました」
「愚問ね。そんなことは考えるまでもないことよ。さとり、と言ったかしら?
貴方には主として決定的に欠けているものがあるわ」
「そ、それは一体!?」
「それは……貴方に対する恐れ」
何を馬鹿な、とさとりは思う。
「私には心を読む能力があります。忌わしいことですが、
この能力によって私達『さとり』は常に恐れられ、忌み嫌われてきました」
レミリアはその言葉に対してくすっと小さく笑い、グラスに口につける。
空になったそれをすっと前に出すと、次の瞬間には適量が注がれていた。
言うまでもなく、傍に控える完全で瀟洒な従者によるものである。
「確かに貴方の能力は恐れられるに値するかもしれない。だけどそれはあくまで外部の者に対してなのよ」
「外部の者?」
「そう。外部の者だけでなく、内部の者、つまり自分の部下からも恐れられなくてはいけない。
無論、それだけでもいけない。恐れられながらもついていこうと思わせることが肝要。
恐れと尊敬、その二つを両立させることこそが主にとって必要なこと」
私のようにね、と視線をこちらに向ける。
的確な言葉にさとりは思わず後ずさりをしそうになる。
さとりは確かに地霊殿の中では恐れられていない。
お燐とお空も今では平然と接してくる。
それ自体は喜ばしいことではあるのだが……。
「わー、お姉さま格好良いー!」
後ろでちょこんと座って大人しくしていたフランドールが、レミリアの首に後ろから抱きついて、頬ずりをする。
レミリアは微塵も動揺する素振りを見せず、小さく微笑んでその頭を撫でてやる。
(す、すごい……。あれが真のカリスマと言うものなのですね……)
オーラさえ感じるその優雅な佇まいに、さとりは思わず息を呑む。
それと同時に、その立ち居振る舞いを逃さずに観察しようとしていた。
「……」
しかし、さとりは徐々にレミリアのフランを撫でる手の速度が上がってきていることに気付いた。
鼻息も少しずつ荒くなっていき、よく見ると背中の羽もぴくぴく動いている。
「……っぁああ!もう我慢出来ん!出来る訳あるかぁ!」
「ふ、ふぇ?」
「フラン愛してるー!私と一つになりましょう!」
「わ、わぁああああ!」
抱きついているフランをそのまま押し倒すレミリア。
その後の様子はもう語ることが出来ないとさとりは後に証言している。
ちなみに瀟洒な従者は瀟洒な佇まいでカメラのシャッターを切っていた(16連打)。
□
「以上です」
「いや、駄目じゃん!途中まではそれっぽかったけど、自分の言葉を実践出来てないじゃん!」
さすがはレミリア・ヘターレット。
そのカリスマ、天よりも高いところから地獄に直滑降シーリングフィア。
あとお姉ちゃん!最後の省略したシーンは後で詳しく、細かく、事細かに聞かせてもらうからね!
「私は彼女の言葉を反芻し、考えました。どうすれば彼女のようになれるのか。
どうすれば、威厳を取り戻すことが出来るのか」
あ、スルーされた。
「結論として、クールでニヒルなキャラを目指してみることにしました!」
何処をどうしてそういう結論になったのかは分からないけど、まあ現状に納得は出来た。
「なるほど、それでサングラスなんだ」
「ええ、陳腐ではありますが、まずは外観から攻めてみようかと思いまして。
それでどうでしょう?似合ってますか?」
右手の人差し指で真ん中のブリッジをくいっと上にやる。
気のせいか、黒縁のレンズがキラリと光った気がした。
いかにも悪役がやりそうなポーズである。
でもちょっとおそるおそるな感じなのが微笑ましい。
私はグッと親指を立ててお姉ちゃんに向ける。
「最高だよ、お姉ちゃん!すっごく似合ってる!」
「ほ、本当ですか!?」
私の言葉にお姉ちゃんは歓喜の表情を浮かべる。
「うん、もうなんて言うんだろう、いつもとのギャップが良いって言うのかな。
普段大人しい人がイメチェンの為に頑張ってみましたー、って感じがする!
ぶっちゃけちゃえば、可愛い!」
私の言葉にお姉ちゃんはあからさまに落ち込んだ様子を見せる。
あれ、褒めたつもりなのにどうしてだろう。
お姉ちゃんは泣きそうな表情で「違うの、そうじゃないの……」と嘆いている。
「うう、やっぱり私ではクールキャラは無理なのでしょうか……」
うーん、このままじゃ立ち直れそうにないなあ。
泣いてるお姉ちゃんもそれはそれで可愛いけど、やっぱり笑っていて欲しい。
よし、ここは私が一肌脱ごう。お姉ちゃんも脱ごう。
「ねえお姉ちゃん」
「……何ですか?」
「お姉ちゃんさ、私のこと好き?」
「何を言ってるんですか、もちろん好きですよ」
「じゃあさ、お燐とかお空とか、他のペット達は?」
「……大切な家族です。嫌いなはずがありません」
うん、その言葉が聞きたかったんだ。
「私もお姉ちゃんのこと、好きだよ」
「こ、こいし……?」
「いつも私のことを優しく迎えてくれるお姉ちゃんが好き。
いつも私の髪を梳いてくれるお姉ちゃんが好き。
いつもおいしい料理を作ってくれるお姉ちゃんが好き。
例え地霊殿の主じゃなくたって、皆お姉ちゃんのことが大好きなんだよ」
お姉ちゃんは私の言葉に真っ赤になって慌てふためく。
うう、流石に今のは私もちょっと恥ずかしかった。
でも、嘘は一つも言っていない。
そう。外の風評なんて、そもそも関係ないのだ。
お姉ちゃんは私もペットも皆を好きでいてくれる。
私もペットも、皆お姉ちゃんが好きでいる。
それだけでいいと私は思うのだ。
お燐とお空、ペットの皆だって、きっとおんなじ気持ちだと思う。
「……ありがとう、こいし。恥ずかしいけど、すごく嬉しいわ」
「いえいえ、どういたしまして」
ふふっとお互いに笑い合う。
うん、やっぱりお姉ちゃんはお姉ちゃんだ。
威厳なんかなくたって、サングラスなんかしなくたって、それは変わらない。
私の大好きなお姉ちゃん。
「お姉ちゃん、私お腹空いちゃった。何か作ってくれない?」
「はいはい、分かりました」
お姉ちゃんはサングラスを外して脇に置く。
そういえば、今日初めてお姉ちゃんの眼を見れた気がする。
サングラスをしてるお姉ちゃんも良いけど、やっぱりお姉ちゃんの綺麗な眼を見れないのは勿体ない。
「で、その、こいし?ちょっとお願いしても良いでしょうか?」
「何?」
お姉ちゃんはもじもじと恥ずかしそうにする。
はて、何だろう。
「……降りるの手伝ってください」
「やっぱ降りられないんかい!」
まあ、結論はというとだ。
お姉ちゃんは何をやったって可愛いってことだね!
終わり
<おまけ>
「おーい、お燐ー!」
「ん?どうしたの、お……空……?」
「へへへー、さとり様から借りちゃった。どうかな、似合う?」
くいっとサングラスを押し上げるお空。
「……」
「あ、あの、似合わないかな?」
お燐はしばらく傾いてぷるぷるしていたが、突然顔を上げたかと思うとお空の手をがしっと掴む。
「へ?」
「お空!」
「な、何……?」
気迫の籠ったお燐の瞳にタジタジのお空。
「あたいと一緒のお墓に入って!」
「死体旅行!?」
さとりにサングラス・・・ありだ!
+
最初の一行に吹いた。
美鈴にその格好は嗜好品
>>お姉ちゃんも脱ごう
こいしさーん!?
飛べば・・・無粋ですねw
あかん、それチャイナマフィアや。
金髪だからね。アリスは典型的なヨーロッパ人の見た目だし
雀の涙ほど残っていた、さとり様のカリスマが瞬時に瓦解ってレベルじゃねーぞ!
笑わせて貰いました。ありがとうございました。
…意外とアリスも似合うかも。
…のではなく、ただ単に吸えないんですねわかります。
所々に笑いのツボを挿入してあって、テンポも良くて読みやすかったです。
作中のキャラにこれほど同意したくなったのは初めてかもしれねぇ
レミフラ こいさと おりんくう ここまで作者と趣味が合うのは初めてだ。GJ!
もう可愛い=カリスマで良くね?
なぜかオレにはレミリアがフランにドカーンされる
スプラッタな映像が浮かんでしまった!!そっち!?
いや最高でしたw