私は今、名前も聞いたことの無かった神社に居る。しかも天気は雨。
全くなんでこんな日に…。
それもこれも全部相棒のせいだ。
いつも「じゃあ、今度の目的地は此処ね」なんて言いながら日にちと目的地までの道のりを書いた紙を渡すだけ。
現地集合で雨天決行(これに突っ込んだら「そのほうが雰囲気が出る」の一言で返された)。
おまけに待ち合わせの時間どおりに現れたことは一度もない。
「やれやれ。」
このまま突っ立ていても仕方がない。
適当な所に腰を下ろす。この神社、見た目はボロボロだったが意外にも手入れはされているようだ。
雨は当分止みそうもない。天気さえ良ければ辺りを見物でもして暇を潰せばよいがこれではそうもいかない。
仕方なく鞄から本を取り出しそれを読み始めた。
私の読む本には決まって此処ではない何処かの話が出てくる。
桃源郷...冥界...天国...地獄...宇宙...。
この手の本を読む度に相棒にからかわれる。「そんなモノならいつも見てるじゃない。」なんて言って。
確かに私は色々な境界の境目が見える。そしてそこからは『あちら側』も見える。
でもただ『見える』だけ。
どんなに頑張っても私の能力では『あちら側』に行くことは出来ない。
……どれ位時間が経ったのだろうか。
ページをめくる手を止め、顔を上げる。
何処からだろう? 人の声がする。
『人気の無い神社から人の声が』なんてどちらかといえば相棒の好きそうな話だ。
何となく興味を持ったので声の主を探しに神社の奥へと行ってみることにした。
声の聞こえる方へ向かうにつれて声はどんどん賑やかになっていく。
まさか神社の奥で宴会でもやっているとでも言うのだろうか?
おかしい、と思った。
確かに声はここから聞こえている。
でも何処にも声の主達の姿は見当たらない。
試しに周りを『見て』みたのだがどこにも境目は見当たらない。
…どうやら相当厚い結界が張られているようだ。
残念だ。今日ならちょっとした奇跡が起きたっていいのに。
そう思った瞬間、突然何処かに引っ張り込まれた。
ここは何処だろう。暗い。
それに体の感覚が変だ。まるで自分が空気になってしまったかのような気分がする。
相変わら声は聞こえてきている。
試しに深呼吸をしてみた。…澄んだ空気が胸いっぱいに入ってくる。
少なくとも神社のなかで吸えるような空気ではない。
深呼吸して落ち着いたのか、私はやっと一つの事に気が付いた。
周りが暗いのではない……私が目を閉じているだけだ。
行きたくて行きたくてしょうがなかった世界。せめて一目だけでも。
そう思った私は目を開けてみることにした。が、酷くまぶたが重い。
不安を抑えまぶたを上げる。目に光が差し込むにつれて体の感覚も元に戻り始めた。
なんとか半開きにして、ぼんやりとだが周りが見えはじめた時、あれほど騒がしかった声がぱたりと止んだ。
そして代わりに別の声が聞こえてくる。
「どうやら外の世界から迷い込んだようね。…もっとも素質はあるようだけど。」
その声はこう続けた。
「目を開けてしまえばあなたも此方の住人。二度と元居た世界には戻れない。
それでも良いというのなら目を開けなさい。それが嫌だというのなら目を閉じなさい。」
少し悩み、結局……右目だけ開き、左目は固く閉じるた。
憧れの世界が半分だけ見える。そして少し困った顔をした少女も。
満足だ。自分が見ているものは確かに『在った』のだ。
そして右目も閉じる。
目の前の少女が溜め息をつく。ほっとしたのだろうか、それとも呆れたのだろうか。
「それでいいのね?」
首を縦に振る。
此処に来たときと同じように何処かへ引っ張り込まれた。
帰る途中、彼女は私に何かを手渡しこう言った。
「これをあげるわ。本当の能力はあなたには扱えないでしょうけど、まぁお守りぐらいにはなるでしょう。」
カードのような物だろうか。私はそれをポケットの中に仕舞う。
「楽園へ来た記念よ。時々それを見て自分の半分を置いてきた場所を思い出すといいわ。」
気が付くと腰を下ろしていた場所に戻ってきていた。
開いた本のページはあの時のまま。
夢だったのかと思ったが最後に貰ったお守りは確かにポケットの中にある。
私はそれを開かれたままのページに挿み、本を閉じた。
見慣れた笑顔と聞き慣れた声が近づいてくる。
「きっかり二時間遅刻よ。」
「ごめんごめん。まさか日にバスが四本しか通ってないとは思ってなかったの。…で、『入り口』は見つかった?」
「……何にも見つからなかったわ。」
嘘を吐いたつもりは無い。実際見つけられなかったし、今の自分では何度やっても見つけられない気がした。
「おかしいなぁ。『楽園へ通じる神の居ない神社』…確かに此処だと思ったんだけど。」
「それよりこれからどうするの?此処には探し物は無かったし、次のバスが来るまでまだまだ時間があるけど。」
「そうね、折角だから喫茶店にケーキでも食べに行かない?」
「当然奢りよね?」
「わかったわかった、休日を潰しちゃったお詫びよ。」
「最高の休日だわ。」
「それは良かった。」
私に笑い掛けた相棒に笑顔で応える。
いつの間にか雨は雪に変わっていた。
最後に神社の方を振り返り、左目を閉じる。
あの少女がこっちを見て笑っている姿を見た気がしたが、きっと気のせいだろう。
あるかどうか、分からないけど。
メリーには控えめな少女という印象しかなかったんですけど、読み終えた今はちょっと違った彼女が。
言葉に上手く表せないのがアレなんですけども…。
やり取りがいい感じだと思いました。