Coolier - 新生・東方創想話

東方黎明譚(F)

2004/12/27 09:58:38
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 風が、桜をまとって吹き抜ける。
 長く感じた冬は去り、あとは耐えに耐えた生命が一斉にその力を解放する季節。
 花はまさに百花繚乱、その中心を占めるのが山桜で、迷い家でも白玉楼でも、
我こそがバラ科の王であるといわんばかりに咲き誇っていた。
 それは、相変わらず閑静な(悪く言えばさびれた)博麗神社においても同じで、
その静けさの中に舞う桜は極少数の人しか知らない名物になっている。
 ただ、今年は少々毛色が違うようだった。




-Finale-




 昼にはまだ早い時刻。
 風の冷たさもややぬるみ、少しは外出したくなる気分の頃。
 境内は――静かな喧騒に包まれていた。
 見れば、立ち並ぶ桜の樹、その麓に花見客が陣取っている。
 その数は百人を越えて、彼らの小さな騒ぎ声が喧騒として織られているのだ。
 そこから少し離れて、本殿のそば。
 石段に腰掛けて、霊夢は桜を眺めていた。傍らには、一瓶の酒と二つの盃。
 軽く頬に手を当てて花を眺める姿は、誰かを待っているようにも見える。
 いや、事実、霊夢はある一人を待っていた。そのために、他からの誘いを丁寧に断っているのだ。
 その様子に、紫は苦笑して、アリスは残念そうな顔をして、レミリアは騒ぎ立てたので咲夜が苦笑しつつ連れて帰った。幽々子は――もとよりつれてきた幽霊たちと妖夢といっしょに(妖夢の方はどう見ても巻き込まれているようにしか見えないが)騒いでいるのでこちらに来る気配はないし、ごく最近の知り合いである輝夜と妹紅は――怖い笑顔で対峙して酒を飲んでいる。それを察知してか、他の兎たちと恐らく妹紅の付き添いで来たのであろう慧音は三歩ほど引いてどこか怯えつつ見守っている。落ち着いているのは永琳だけだ。
 ちなみに、霊夢自身はまだ酒を口にしていない。素面でないと騒ぎがあったときに火力鎮圧――もとい、騒ぎを収めるのが大変だからだ。足元がふらついていては弾幕ごっこもおぼつかない。もう一つの理由は、
「あ、きた」
 かすかな風きりの音に空を見上げると、そこには鮮やかな雲を引いて下りて来る黒い姿があった。
 彼女を待っていたのだ。
 相変わらず見事な宙返りで減速して、霊夢の真正面に降り立つ。
 くるりと箒を回して肩に担ぎ、
「よ、霊夢。待たせたな」
 そう言って笑った。
「遅かったわね。みんな始めちゃってるわ」
「そんなの空から見たってわかるぜ。それにしてもずいぶんと集まったな」
「そうね。気まぐれで誘ってみたんだけど、結構来るものね」
 人と妖怪で賑わう境内を見て、霊夢が感慨深げに呟く。
 その横に、賽銭箱に箒を立てかけた魔理沙が座った。
「まあ、お前がこんなふうに宴会開くのは珍しい、いやむしろ初めてだからな。今までは勝手に始まってただけに」
「そうね。みんなことあるごとに勝手に騒ぎ出すから、神社壊したやつのお仕置きと掃除が大変だったのよ。今回は音頭をとったときに無礼講だけど神社壊したら死ぬほどぶっとばす、って釘刺したから大丈夫よね、多分」
 いいながら、盃を一つ魔理沙に渡す。
「さて、じゃあ私たちもそろそろ飲まないと乗り遅れちゃうわ」
「それもそうだな。じゃ、御相伴にあずかる……前に、一仕事か」
「え?」
 魔理沙が、ある場所をじっと見つめている。
 霊夢がその視線の先に目を向けると、なにやら爆音が聞こえて爆炎が上がった。
「あー、やっぱり始めたぜ。あのメンツじゃいずれ発火すると思ったが」
「……ああもう、少しは私にも飲ませてから騒ぎなさいっての!!」




 無礼講というだけあって、一度火がついたらもう止まらない。
「ええいまどろっこしい、たいがい酒に毒でも盛る気だったんでしょう!?」
「あら失礼ね、盛ってなんかいないわ。まだ」
「やっぱり一服たてまつる気でしょうがっ!!」
「駄目じゃないですか姫、せっかく何杯目で毒が入るかルーレット形式にしてたのに」
「あんたも共犯かー!! ええい、どっちもこの場で富士の煙にしてあげるわー!!」
「馬鹿、こんな所で不死鳥呼んだら桜が燃え……うわもう手遅れか!?」
「師匠、せめてもう少し回りに気を使ってくださ……っていきなりアポロですか!? 巻き添えはもういやー!!」
「あんたたちせっかく直した神社をまた壊す気かー!!」
 西に行っては発狂弾幕ごっこを始めた永遠亭の連中をしばき倒し、

「よーし、今日は無礼講だから私はりきっちゃうわよー、クロスアウっ!!」
「こんなところで脱ぎださないで下さい幽々子様っ!!」
『いいぞーもっとやれー!!』
「あおるなー!! ……ええい、かくなる上は幽々子様の妙なる柔肌を公衆の面前にさらさせないためにも……あんたたち、ちょっと吹っ飛んでなさい!!
 獄界剣『二百由旬の――」」
「桜を全部散らす気かーっ!!」
 東に行ってはなにか間違っている解決手段をとろうとしている庭師(へべれけ)をぶっとばし、

「……うーん、ちょっと物足りないわね」
「持ってきた血と紅茶では足りませんでしたか?」
「そうね。ちょっとお酒が呑みたくなったわ。咲夜、手ごろな酔っ払いを捕まえてきて」
「……ちょっと、何する気?」
「あら霊夢。私も久しぶりに酔いたくなったから、アルコールたっぷりの血をと」
「……やめなさいって。一応無礼講だけど、さすがに他の花見客から血を取るのは」
「じゃあ、霊夢の頂戴」
「断る」
「えー。いいじゃない少しくらい。霊夢の血って甘くて美味しいのにー。それに吸った時の反応も面白いし。初めて吸った時なんて――」
「ええいその話はするなっ!!」
 なにやら色々とアレな紅い悪魔が襲ってきたのをはたき倒し、

 気がつけば、すでに昼を回っていた。
 相変わらず桜の花びらは尽きることなく舞っているが、さすがにこの時間になると酔いつぶれている方が多いのか、ずいぶんと静かになっている。
「あー、疲れた……」
 少々崩れた格好で、霊夢はやっと戻ってきた。服の乱れ具合からして、相当暴れまわってきたらしい。
「お疲れさん。ずいぶん頑張ったな」
「……わかってるんだったらあんたも手伝いなさいよ」
 気楽そうに声をかけてくる魔理沙に答えのわかっている不平を投げると、魔理沙の隣に腰掛けて盃をとった。
 酒瓶の蓋を開けて、傾ける。それを二人分。
 それを、互いに片手に乗せて、
『――乾杯』
 こつんと盃を合わせて、一気にあおる。
「あれ、これいつものと違うな」
「ああ、わかる? 倉庫に隠してあったのよ、それ」
「……ほう。そりゃ御神酒かなにかか?」
「当たり。瓶詰めした日付見たら、ちょうど博麗神社ができた頃だったのよ」
「うわ、酒じゃなかったら風化してるな。……というか、百年単位で寝かせた酒なんて初めて飲むぜ」
「私だって出すのは初めてよ。まあ、特に祀ってる神様もいないし、せっかくだから皆に振舞おうかと思って」
 悪びれもせずに、二杯目を注ぐ。またも二人分。
「さよか……にしても早いもんだぜ。こないだ大暴れしたと思ったら、もう桜が咲いてるんだからな」
「ちょ、その話は恥ずかしいから止めてよ」
 魔理沙が何を言わんとするか悟って、霊夢がかすかに顔を紅くした。
 明らかにわざとだ、というのが読み取れる笑みで、魔理沙が続ける。
「何をいまさら。全部ぶちまけたんだからそんな顔することないだろ」
「まあ、そうなんだけどね」
 そういって、二杯目を空ける。魔理沙もそれに習った。
「……なあ」
「ん?」
「見つかったか?」
「おかげさまでね」
 柔らかく微笑む霊夢。魔理沙もまた、同じ笑みで応じる。
 いつもと同じ、だけど少しだけ違う関係が、そこにあった。
「魔理沙の言う通り、ちょっとこだわり過ぎてたのかもね。義務というか、なんというか。
 ――持って生まれた才との兼ね合いもあるけれど、別に生き方までそれにあわせる必要なんてないのよね」
 まるで、自分に対して聞かせているかのように語る。
 自省、あるいは指針のように。
「大正解だぜ。ま、私もまだまだ遠いけどな。そこまでには」
 魔理沙が最大限の肯定で迎えた。
 霊夢が天を仰いで、感じ入るように溜息をついた。
「不思議ね。前よりも身体や気持ちが軽いわ」
 笑顔で、呟いた。小さく、隣にだけ聞こえるように。

 一寸見た限りでは、彼女は以前とそう変わっていない。
 踏み込まず、踏み込ませずの位置も相変わらず。
 でも、その境界ははるかに緩くて、ちょっとした来客程度なら、もてなしてくれる程度には暖かい。
 これが、彼女の本来。
 そう、彼女はみんなが大好きで、だからそれを壊したくなくて、一歩引いたような生き方をしていたのかもしれない。
 魔理沙は、霊夢の表情と、小さく届いた声を感じて、そんな風に思った。

「……お?」
 瓶を手に取ると、ずいぶんと軽かった。中をのぞくと完璧にからっぽ。
 どうやらこまごまと話しているうちに呑みきってしまったらしい。
「あ、取ってくるわ。待ってて」
 霊夢が立ち上がる。そのまま魔理沙の前を通って行く……途中で振り向いた。
「あ、そうだ。言い忘れてたことがあったのよね」
「ん? なんだ?」
 唐突な言葉。全く心当たりがない魔理沙は首を傾げている。
 それを気にする様子もなく、霊夢は深呼吸を一回。

 そう、言い忘れていたこと。言いたかったこと。
 本当は照れくさいのだけど、今だったらいえる、たった一言。

「……ありがとう」
 ぽつりと風に乗って、小さく、だけどはっきり、魔理沙には聞こえた。
「え?」
 それは、思いっきり不意打ちだった。目が点になる、とはこの状態のことか。
 伝わったかどうか確認する間もなく走っていく霊夢。
 ようやくその意味を理解する頃には、霊夢の姿は見えなくなってしまっていた。
「……まったく、不意打ちなんてずるいぜ」
 口を尖らせながらも、その頬には笑い。
 それを特に押さえようともせず、魔理沙は背伸びするように仰向けに寝転んだ。
 空には、青と白と桜色。そして金色の光が満ちている。
 それが、まるでこれから始まる一年をあらわしているようで、魔理沙は嬉しくなった。




 夏を過ぎ、秋を過ぎ、冬を過ぎ、また春は来る。少しずついでたちを変えながら。
 人もまた、少しずついでたちを変えながら、ゆっくりと時を巡っていく。
 そして、今もまた――幻想郷は少しずつ変わっていく。
 それがいいのか悪いのかを考えるのは全くの無意味だ。
 ただ楽しめば、
 誰もが素敵に生きていければ、それでいいのだから。




 君子の交わりは淡きこと水の如し、という言葉が在る。
 意味としては、あまりべたべたとくっついたりしないで、どこか一歩引いた付き合いをすることで、
友人や恋人と長く付き合っていける、ということ。
 つまりは、付かず離れずが一番理想的な友情、あるいは愛情ということになる。
 霊夢も、皆が好きだからこそあんな風にふわふわしてるのかも知れない。

 ふと、霊夢の設定資料を見ていてそんなことを思ったり。世界爺です。
 やっと完結しました。させていただきました。
 色々と書きたいこともあるのですが、最後なのであえて何も。悪い所はほとんど見えちゃってますし。
 あと、些末ではありますが、先を越されたかどうかというよりは、
どう言う風に書くのかが寛容ではないかと。
 別にネタが被っても人によって書き方が変わってくるわけで、
そこにもまた楽しみが生まれてくると思うのですよ。
 つまり、私を踏み台にしていけー! ということで(笑

 最後に、EX霊夢こと通称(?)黒霊夢の創造主で在られる毬藻氏、
そしてシリアスな黒霊夢を描いていらっしゃった天馬流星氏、
スペルカード名を出していらっしゃった名無し氏、
そして応援してくださった皆様に、厚く御礼申し上げます。
 本当にありがとうございました。


追記:とんでもない間違いを発見したので修正しましたorz
世界爺
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コメント



0.1730簡易評価
13.50名前が無い程度の能力削除
ところで、「魔が差した」の妖怪さんはどうなってしまったのでしょう。
18.無評価世界爺削除
あ、それについては年明けにでも。