「おーい、妖夢ー。いないのかー?」
先ほどより、若干大きく聞こえる声。おそらく門前で待つことをせず、勝手に上がってきたのでしょう。相変わらず、あの魔女は遠慮というものを知らないらしい。でも、それが彼女の彼女らしさの所以なのかもしれない。正直、しおらしく門の前で律儀に待っている彼女の姿を、私は想像できそうもない。
待っていてもおそらく、そのうちここにたどり着くとは思う。でも、蒐集家である彼女を、ふらふらと一人自由に動き回らせておくと、楼閣内の物品が消失するという事件に発展しかねない。私は、声の主がおかしな行動をとる前に、呼びかけることにした。
「魔理沙さーん。こっちですよー」
私の声に反応して、気配がこちらへと向かってくる。それはもう、どたばたと。別に鬼ごっことかしてるわけじゃないんだから、そんなに慌てなくてもいいのに…
「おお、妖夢。悪いがかくまってくれないか?」
「は?」
あって早々、わけのわからないことを言われる。かくまってくれといわれても、そもそも今日は普通に招待しているので、かくまうも何もないのですが。
「招待しているこちらが、追い出したりするわけないじゃないですか。いったいどうしたんです?」
「いや、それはそれは話せば大変長くなる上に、涙なしでは聞けないお話だから、またの機会にということで。とりあえず、どこか身を隠せそうな場所はないか?」
焦っているのか、そうでないのか、いまいち判断がつきにくい調子で彼女は言う
。
「…西行妖の枝の上とか」
「あんな幽霊桜は死んでもごめんだぜ。それに、そもそも枯れ木の中なんて外から丸見えだろ」
「まあ、他に隠れる場所がないことはないのですけど…」
いまいち使い道がない宝物庫とか、外から鍵をかけてしまえば安全といえるのだけど、この魔女は泥棒と蒐集家の境界の狭間にいる人間だ。おいそれとそんなところに押し込めるのも気が引ける。
さて、どうしようかなと、思案しようとした時、表から新たに二つの声。
「こーんばーんわー」
「魔理沙ー、いるんでしょー、出てきなさいよー」
片方は誘った紅白の巫女の声。もう片方はというと。
「あちゃー、思ったより早かったな」
声をかけられたほうは、ほんの少しだけ苦渋に顔をゆがめながら、頭をかいている。
「結局、処置できなかったんですか?」
魔法の森の中、霧雨邸での出来事をふと思い出しながら話しかける。
「処置はしたぜ。もう命の危険はこれっぽっちもない」
「じゃあ、何から逃げてるんです?」
「元、命の危険からだぜ」
やれやれといった感じで軽く肩をすくめながら言われる。さっぱりわけがわからない。
「命の危険がないのでしたら、別にかくまうも何もないと思うのですが。仲直りできたのであればいいことですし、別に一人くらい増えても当方としては問題ありませんし」
私は、新たな来客を迎え入れるために、入り口のほうに足を向けた。
「こらこらこら、勝手に一人で話を進めるな」
「あらあら、お困りのようね。なんなら、私がかくまってあげましょうか?」
障子戸がすーっと開かれ、中から姿を現したのは、幽々子様の数少なく、かけがえのない友人。たおやかな雰囲気と神秘的な美しさを持つ結界師。その実力は、あの紅白の巫女をも凌駕するのではないかとも思われるほどの実力者…なのですが、いかんせん、出不精、怠惰、やる気なしと、その真の実力をお目にかかれるのはほんの一握りの、運がよい…もしくは悪い者だけだそうです。
「おお、ゆかりんじゃないか」
「その呼び方、頭が弱そうに聞こえるからやめてくれない?」
「そうだ、たかが人間が紫様に馴れ馴れしい」
「そうだ、そうだー」
その隣にいるのが、永遠の中間管理職にして不遇の式、八雲藍で、その後ろから耳だけのぞかせているのが八雲藍が式、橙。藍の方は、心底不機嫌っぽそうだったが、橙の方はただ単に主に何も考えず賛同してるらしい。
「八雲一家もお呼ばれされてたのか。いったい、幽々子はなにをしようってんだ? こんな物騒な面子をそろえて」
「私たちは、食事にお呼ばれされただけよ。それよりいいの? 早くしないと隠れられないわよ」
「そうだった。それじゃすまないが紫、よろしく頼むぜ」
「呼び捨てにされてるのが気になるけど、頼まれたわ。さて、それじゃこの隙間の中に入って頂戴」
そういって、紫様の手が空間をなぞると、その空間に裂け目が生じ、やがて、それは人一人分の大きさになり、その場に安定した。
一方、表から呼びかけていた二名は、いつまでたっても門戸が閉ざされたままなのに業を煮やしたのだろうか、結局、私が戸を開けに行く前に入ってきたのだろう、こちらに向かってくる足音が聞こえる。
別に、入られて困るわけではないですけど、どうしてこう幻想郷の生者達は無遠慮というか厚かましいというかというものばかりなのでしょう。
「激しく不安だが、背に腹は変えられないな。それじゃ妖夢、後は任せた」
「いや、任されましても。そもそも何を…」
私が抗議しようとしたその時には、すでに彼女はその隙間へと身を躍らせていた。本当に傍若無人そのものとしか言いようがない。
「厄介ごとを押し付けられる身にもなってほしいものです」
「そうね。まあ、きっと私の結界の中で反省するでしょ」
そういって、艶やかな笑みをこぼす紫様。さっきの空間の狭間で今いったい何が起こっているのでしょうか…そういえば、出るときも自力で出れそうにないですよね。まあ、厄介ごとを押し付けてきた相手の心配をそこまでする義理もないのですが。
ややあって、声の主二名が姿を現す。
「客人を門前にずっと待たせておくのは、あまり感心しないわよ」
「あれ、さっきまで魔理沙の匂いがしたのに、魔理沙がいない」
「匂い…ですか?」
いつものいでたちで、ややくたびれた感じの巫女さんと、どことなく気落ちした雰囲気を滲み出しながら、妙なことを言っている七色魔法使い。
「あー、この子は放っといていいわよ。まあ、魔理沙がいないのは私もちょっと困るんだけど」
「魔理沙さんは、所用で少し席をはずしていますよ」
「ふふふ。きっと、そのうち音を上げるでしょうけどね」
顔をにやつかせながら言う紫様。微妙に妙な言い回しが意図的に組み込まれているような気がするのは、きっと気のせいでしょう。
「うー魔理沙ぁ…」
そして、心底不満そうな魔法使い。いったい何があったのか。確かに殺意というものは感じられませんが、この残念がりようも普通ではありません。
「ま、まあ、おそらくすぐに戻ってきますから。紫様達と一緒にもう少し待っていていただけますか? あと、もう一組がいらしたらすぐに始めますから」
そういって、私は二人を奥の間に案内するべく踵を返す。ここで立ち話もなんですし、そもそも今宵は宴。時間はいくらでもあるのですから。
「ところで、霊夢。大結界の方はいいの? 最近、管理がおざなりみたいだけど」
「まあ、普通の人間には感知すら出来ないしね。正直、たいして管理する必要もないんじゃない?」
「そんな事いってると、そのうち小さな隙間が出来てたりするかも」
「…お願いだから、私の仕事を増やさないでよね。でも、そういえば紫の結界術って…」
後ろのほうでは、霊夢さんと紫様が結界談義…
「…残留思念は間違いなくあるのに…もっと術式を拡大して、走査し直そうかしら…でも、触媒が足りないわね…」
ぶつぶつと呟きながらもついて来るアリスさん。
「ねー藍さまぁ。今日はどんなご馳走が出るのかなぁ? 楽しみだよね」
「こら、橙。あまりはしたない事を言うな。まるでご馳走目当てみたいに聞こえるぞ」
「え~。だって、そうだもん…美味しいもの食べる機会なんて、ほとんどないし」
「…そりゃまあ、そうだが」
…ちょこっとだけ不憫そうな会話をしている紫様の式の二匹。それぞれがそれぞれ、思い思いの話に花を咲かせて(一人を除く)賑やかに渡り廊下を進んでいく。そして、今回の宴の会場である大広間の前に到着。
「それでは、ここでもうしばらくお待ちください。幽々子様が腕によりをかけて馳走を振る回らせていただきますので」
私は客人たちに振り返り、そう伝えてから障子を静々と引き開ける。
「…まちくたびれたわよ」
「お邪魔していますわ」
不遜な声と表面上丁寧な物腰な言葉が開け放たれた部屋の中からこちらに向けられる。上座に用意された席に腰を下ろしている、紅魔の主レミリア・スカーレットとその側に立っている従者十六夜咲夜さん。今まで気配を微塵も感じなかったのに、今は強烈な存在感に圧倒させられずにいられない。
「…いつのまに、こちらへ?」
表面上は平静を保ちつつ、私はその二人に声をかける。
「声が震えてるわよ…全く、玄関先で和気藹々と。くだらない話には興味がないからね。先に上がらせてもらった、ただそれだけよ」
「まあ、悪気はありませんから気になさらないでください」
無表情な主と、対照的に柔和な笑みを浮かべ従者が答える。軽い寒気を覚え私はその場に立ち尽くしてしまう。そんな中霊夢さんが訝しげに部屋を覗き込む。
「ちょっと、どうしたのよ。ってレミリアじゃない。あなたもお呼ばれされたくち?」
「ごきげんよう、霊夢。ええ、ちょっとした暇つぶしにね。こんな暗くてじめじめしたところ、本当は遠慮したかったんだけど」
軽く肩をすくめながら多少表情を柔らかくしてレミリアが答える。
「やれやれ…地上の魔を統べし者がこんなお餓鬼様だとはね」
あきれ果てたような声。それは霊夢さんの側から聞こえてきた。
「あら、おばさま。それはどういう意味かしら?」
見るものを凍えつかせるような笑みを浮かべ、やんわりとレミリアがその真意を問いただす。そして、問いただされた相手は、盛大なため息と共にその声に応える。
「それがわからないのなら救いようがないわね。あなたはうちの橙以下のお子様って所かしら」
後ろでえっへんと胸を張る橙。
「いや、別に誉められてないぞ橙」
ちょっとだけ落胆した表情の藍様。
「最低限の礼儀も知らず、自己の思うが侭な不遜な行動。家というものは人が作った安息な地の上、他者とのくびきを打つ境界線。その境界線を我が物顔で踏みにじってるっていうのは誉められる行動ではないわ」
境界を司る者。それが紫様。そして、その境界を愚かにもないがしろにすることは、紫様自体をないがしろにしているのと大差はない。
「…でも、あんたもうちの境内とかにずかずかと上がりこんでるわよね、勝手に」
「神社は公共物なので除外よ」
「それに、私たちも今勝手に上がりこんだんだけど?」
「悪意がないからいいのよ」
「あの…紫様自身うちにも勝手に上がりこんでますけど?」
「幽々子に許可とってあるから、それも除外…って、あんたたちいったいどっちの味方なのよ?」
「いや、いきなり敵味方に分けられても…」
そりゃ、内心は紫様にすごく寄ってますけど。
「まあ、とにかくそういうことよ。最低限の礼儀も知らないお子様にお子様といった。ただ、それだけ。ああ、できれば上座に座るのもよしたほうがいいわね。主賓はあなたじゃないわ」
それだけを言うと、適当に紫様は席に腰を下ろす。その後に従って式二人。すこし居心地の悪そうな顔をした霊夢さん。この騒ぎの中あいも変わらずぶつぶつ呟いているアリスさんが席につく
。
「咲夜」
「はい、なんでしょうか、お嬢様?」
心持ち顔を赤くしたレミリアが、従者に声をかける。
「面白くないわ」
「そうですわね」
そういって、席を立つレミリア。生まれてこの方頭ごなしに罵倒されたことはないのだろう。
「お帰りですか?」
正直、このまま帰ってくれたほうが、私としては助かる。咲夜さんには申し訳ないけど、また別の機会がある。どうも、このレミリアって子は危険すぎる。
だが、事はそう上手く運んでくれなかった。
「冗談。春泥棒の黒幕もまだ見てないのに帰ってたまるものですか。ここは年長者の顔を立ててあげるまでよ。私は礼儀知らずではないわ。ただ、礼をもって迎える相手と、そうでない相手、その区別をつけているまで」
そういって、席をかえて腰をおろすレミリア。その横には相変わらず起立したままの咲夜さん。
多少重い空気が漂っている中で、各人とも居心地が悪そうにそれきり沈黙が空間を支配する。
そして、その沈黙を破ったのは…
「ようむ~、料理はこぶの手伝ってぇ~」
「あ、はい、ただいま」
わが主ながら、なんとも気の抜けた声だった。
いよいよ、料理の完成。そして、宴の開幕の時間が近づいてくる。
願わくば、何もおきずに終わってほしい…そう願う。
私は、急ぎ幽々子様のもとへと向かった。
先ほどより、若干大きく聞こえる声。おそらく門前で待つことをせず、勝手に上がってきたのでしょう。相変わらず、あの魔女は遠慮というものを知らないらしい。でも、それが彼女の彼女らしさの所以なのかもしれない。正直、しおらしく門の前で律儀に待っている彼女の姿を、私は想像できそうもない。
待っていてもおそらく、そのうちここにたどり着くとは思う。でも、蒐集家である彼女を、ふらふらと一人自由に動き回らせておくと、楼閣内の物品が消失するという事件に発展しかねない。私は、声の主がおかしな行動をとる前に、呼びかけることにした。
「魔理沙さーん。こっちですよー」
私の声に反応して、気配がこちらへと向かってくる。それはもう、どたばたと。別に鬼ごっことかしてるわけじゃないんだから、そんなに慌てなくてもいいのに…
「おお、妖夢。悪いがかくまってくれないか?」
「は?」
あって早々、わけのわからないことを言われる。かくまってくれといわれても、そもそも今日は普通に招待しているので、かくまうも何もないのですが。
「招待しているこちらが、追い出したりするわけないじゃないですか。いったいどうしたんです?」
「いや、それはそれは話せば大変長くなる上に、涙なしでは聞けないお話だから、またの機会にということで。とりあえず、どこか身を隠せそうな場所はないか?」
焦っているのか、そうでないのか、いまいち判断がつきにくい調子で彼女は言う
。
「…西行妖の枝の上とか」
「あんな幽霊桜は死んでもごめんだぜ。それに、そもそも枯れ木の中なんて外から丸見えだろ」
「まあ、他に隠れる場所がないことはないのですけど…」
いまいち使い道がない宝物庫とか、外から鍵をかけてしまえば安全といえるのだけど、この魔女は泥棒と蒐集家の境界の狭間にいる人間だ。おいそれとそんなところに押し込めるのも気が引ける。
さて、どうしようかなと、思案しようとした時、表から新たに二つの声。
「こーんばーんわー」
「魔理沙ー、いるんでしょー、出てきなさいよー」
片方は誘った紅白の巫女の声。もう片方はというと。
「あちゃー、思ったより早かったな」
声をかけられたほうは、ほんの少しだけ苦渋に顔をゆがめながら、頭をかいている。
「結局、処置できなかったんですか?」
魔法の森の中、霧雨邸での出来事をふと思い出しながら話しかける。
「処置はしたぜ。もう命の危険はこれっぽっちもない」
「じゃあ、何から逃げてるんです?」
「元、命の危険からだぜ」
やれやれといった感じで軽く肩をすくめながら言われる。さっぱりわけがわからない。
「命の危険がないのでしたら、別にかくまうも何もないと思うのですが。仲直りできたのであればいいことですし、別に一人くらい増えても当方としては問題ありませんし」
私は、新たな来客を迎え入れるために、入り口のほうに足を向けた。
「こらこらこら、勝手に一人で話を進めるな」
「あらあら、お困りのようね。なんなら、私がかくまってあげましょうか?」
障子戸がすーっと開かれ、中から姿を現したのは、幽々子様の数少なく、かけがえのない友人。たおやかな雰囲気と神秘的な美しさを持つ結界師。その実力は、あの紅白の巫女をも凌駕するのではないかとも思われるほどの実力者…なのですが、いかんせん、出不精、怠惰、やる気なしと、その真の実力をお目にかかれるのはほんの一握りの、運がよい…もしくは悪い者だけだそうです。
「おお、ゆかりんじゃないか」
「その呼び方、頭が弱そうに聞こえるからやめてくれない?」
「そうだ、たかが人間が紫様に馴れ馴れしい」
「そうだ、そうだー」
その隣にいるのが、永遠の中間管理職にして不遇の式、八雲藍で、その後ろから耳だけのぞかせているのが八雲藍が式、橙。藍の方は、心底不機嫌っぽそうだったが、橙の方はただ単に主に何も考えず賛同してるらしい。
「八雲一家もお呼ばれされてたのか。いったい、幽々子はなにをしようってんだ? こんな物騒な面子をそろえて」
「私たちは、食事にお呼ばれされただけよ。それよりいいの? 早くしないと隠れられないわよ」
「そうだった。それじゃすまないが紫、よろしく頼むぜ」
「呼び捨てにされてるのが気になるけど、頼まれたわ。さて、それじゃこの隙間の中に入って頂戴」
そういって、紫様の手が空間をなぞると、その空間に裂け目が生じ、やがて、それは人一人分の大きさになり、その場に安定した。
一方、表から呼びかけていた二名は、いつまでたっても門戸が閉ざされたままなのに業を煮やしたのだろうか、結局、私が戸を開けに行く前に入ってきたのだろう、こちらに向かってくる足音が聞こえる。
別に、入られて困るわけではないですけど、どうしてこう幻想郷の生者達は無遠慮というか厚かましいというかというものばかりなのでしょう。
「激しく不安だが、背に腹は変えられないな。それじゃ妖夢、後は任せた」
「いや、任されましても。そもそも何を…」
私が抗議しようとしたその時には、すでに彼女はその隙間へと身を躍らせていた。本当に傍若無人そのものとしか言いようがない。
「厄介ごとを押し付けられる身にもなってほしいものです」
「そうね。まあ、きっと私の結界の中で反省するでしょ」
そういって、艶やかな笑みをこぼす紫様。さっきの空間の狭間で今いったい何が起こっているのでしょうか…そういえば、出るときも自力で出れそうにないですよね。まあ、厄介ごとを押し付けてきた相手の心配をそこまでする義理もないのですが。
ややあって、声の主二名が姿を現す。
「客人を門前にずっと待たせておくのは、あまり感心しないわよ」
「あれ、さっきまで魔理沙の匂いがしたのに、魔理沙がいない」
「匂い…ですか?」
いつものいでたちで、ややくたびれた感じの巫女さんと、どことなく気落ちした雰囲気を滲み出しながら、妙なことを言っている七色魔法使い。
「あー、この子は放っといていいわよ。まあ、魔理沙がいないのは私もちょっと困るんだけど」
「魔理沙さんは、所用で少し席をはずしていますよ」
「ふふふ。きっと、そのうち音を上げるでしょうけどね」
顔をにやつかせながら言う紫様。微妙に妙な言い回しが意図的に組み込まれているような気がするのは、きっと気のせいでしょう。
「うー魔理沙ぁ…」
そして、心底不満そうな魔法使い。いったい何があったのか。確かに殺意というものは感じられませんが、この残念がりようも普通ではありません。
「ま、まあ、おそらくすぐに戻ってきますから。紫様達と一緒にもう少し待っていていただけますか? あと、もう一組がいらしたらすぐに始めますから」
そういって、私は二人を奥の間に案内するべく踵を返す。ここで立ち話もなんですし、そもそも今宵は宴。時間はいくらでもあるのですから。
「ところで、霊夢。大結界の方はいいの? 最近、管理がおざなりみたいだけど」
「まあ、普通の人間には感知すら出来ないしね。正直、たいして管理する必要もないんじゃない?」
「そんな事いってると、そのうち小さな隙間が出来てたりするかも」
「…お願いだから、私の仕事を増やさないでよね。でも、そういえば紫の結界術って…」
後ろのほうでは、霊夢さんと紫様が結界談義…
「…残留思念は間違いなくあるのに…もっと術式を拡大して、走査し直そうかしら…でも、触媒が足りないわね…」
ぶつぶつと呟きながらもついて来るアリスさん。
「ねー藍さまぁ。今日はどんなご馳走が出るのかなぁ? 楽しみだよね」
「こら、橙。あまりはしたない事を言うな。まるでご馳走目当てみたいに聞こえるぞ」
「え~。だって、そうだもん…美味しいもの食べる機会なんて、ほとんどないし」
「…そりゃまあ、そうだが」
…ちょこっとだけ不憫そうな会話をしている紫様の式の二匹。それぞれがそれぞれ、思い思いの話に花を咲かせて(一人を除く)賑やかに渡り廊下を進んでいく。そして、今回の宴の会場である大広間の前に到着。
「それでは、ここでもうしばらくお待ちください。幽々子様が腕によりをかけて馳走を振る回らせていただきますので」
私は客人たちに振り返り、そう伝えてから障子を静々と引き開ける。
「…まちくたびれたわよ」
「お邪魔していますわ」
不遜な声と表面上丁寧な物腰な言葉が開け放たれた部屋の中からこちらに向けられる。上座に用意された席に腰を下ろしている、紅魔の主レミリア・スカーレットとその側に立っている従者十六夜咲夜さん。今まで気配を微塵も感じなかったのに、今は強烈な存在感に圧倒させられずにいられない。
「…いつのまに、こちらへ?」
表面上は平静を保ちつつ、私はその二人に声をかける。
「声が震えてるわよ…全く、玄関先で和気藹々と。くだらない話には興味がないからね。先に上がらせてもらった、ただそれだけよ」
「まあ、悪気はありませんから気になさらないでください」
無表情な主と、対照的に柔和な笑みを浮かべ従者が答える。軽い寒気を覚え私はその場に立ち尽くしてしまう。そんな中霊夢さんが訝しげに部屋を覗き込む。
「ちょっと、どうしたのよ。ってレミリアじゃない。あなたもお呼ばれされたくち?」
「ごきげんよう、霊夢。ええ、ちょっとした暇つぶしにね。こんな暗くてじめじめしたところ、本当は遠慮したかったんだけど」
軽く肩をすくめながら多少表情を柔らかくしてレミリアが答える。
「やれやれ…地上の魔を統べし者がこんなお餓鬼様だとはね」
あきれ果てたような声。それは霊夢さんの側から聞こえてきた。
「あら、おばさま。それはどういう意味かしら?」
見るものを凍えつかせるような笑みを浮かべ、やんわりとレミリアがその真意を問いただす。そして、問いただされた相手は、盛大なため息と共にその声に応える。
「それがわからないのなら救いようがないわね。あなたはうちの橙以下のお子様って所かしら」
後ろでえっへんと胸を張る橙。
「いや、別に誉められてないぞ橙」
ちょっとだけ落胆した表情の藍様。
「最低限の礼儀も知らず、自己の思うが侭な不遜な行動。家というものは人が作った安息な地の上、他者とのくびきを打つ境界線。その境界線を我が物顔で踏みにじってるっていうのは誉められる行動ではないわ」
境界を司る者。それが紫様。そして、その境界を愚かにもないがしろにすることは、紫様自体をないがしろにしているのと大差はない。
「…でも、あんたもうちの境内とかにずかずかと上がりこんでるわよね、勝手に」
「神社は公共物なので除外よ」
「それに、私たちも今勝手に上がりこんだんだけど?」
「悪意がないからいいのよ」
「あの…紫様自身うちにも勝手に上がりこんでますけど?」
「幽々子に許可とってあるから、それも除外…って、あんたたちいったいどっちの味方なのよ?」
「いや、いきなり敵味方に分けられても…」
そりゃ、内心は紫様にすごく寄ってますけど。
「まあ、とにかくそういうことよ。最低限の礼儀も知らないお子様にお子様といった。ただ、それだけ。ああ、できれば上座に座るのもよしたほうがいいわね。主賓はあなたじゃないわ」
それだけを言うと、適当に紫様は席に腰を下ろす。その後に従って式二人。すこし居心地の悪そうな顔をした霊夢さん。この騒ぎの中あいも変わらずぶつぶつ呟いているアリスさんが席につく
。
「咲夜」
「はい、なんでしょうか、お嬢様?」
心持ち顔を赤くしたレミリアが、従者に声をかける。
「面白くないわ」
「そうですわね」
そういって、席を立つレミリア。生まれてこの方頭ごなしに罵倒されたことはないのだろう。
「お帰りですか?」
正直、このまま帰ってくれたほうが、私としては助かる。咲夜さんには申し訳ないけど、また別の機会がある。どうも、このレミリアって子は危険すぎる。
だが、事はそう上手く運んでくれなかった。
「冗談。春泥棒の黒幕もまだ見てないのに帰ってたまるものですか。ここは年長者の顔を立ててあげるまでよ。私は礼儀知らずではないわ。ただ、礼をもって迎える相手と、そうでない相手、その区別をつけているまで」
そういって、席をかえて腰をおろすレミリア。その横には相変わらず起立したままの咲夜さん。
多少重い空気が漂っている中で、各人とも居心地が悪そうにそれきり沈黙が空間を支配する。
そして、その沈黙を破ったのは…
「ようむ~、料理はこぶの手伝ってぇ~」
「あ、はい、ただいま」
わが主ながら、なんとも気の抜けた声だった。
いよいよ、料理の完成。そして、宴の開幕の時間が近づいてくる。
願わくば、何もおきずに終わってほしい…そう願う。
私は、急ぎ幽々子様のもとへと向かった。
>この残念がりようも普通ではありません
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