Coolier - 新生・東方創想話

無題「帽子の龍の星 ―挫けぬこころ―」

2004/12/26 21:21:48
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―――ビョオォォォ……





―――ガタガタガタ。




―――ミシ、ミシ……




……くしゅっ!








『…………。』
 寒い夜だった。そう、あらゆる意味で……。






 湖のほとりに建つ、真紅の館。その威容は近隣全ての景色を震わせ―――空、森林、大地、湖などは……絶大なカリスマを誇る紅魔を畏れるかのように、顔色を蒼白に染める。
 ―――紅魔館。
 永遠に紅い幼き月、レミリア・スカーレットの支配する禁断の地。
 そこに迷い込んだ者は、館の主の処に辿り着くまでもなく……死の運命に囚われる。

 
 動かない大図書館―――七曜の魔女、パチュリー・ノーレッジ。その多彩な弾幕は、あらゆる属性の侵入者を絡め取る。


 完全で瀟洒な従者―――夜霧の幻影殺人鬼、十六夜 咲夜。凍った時が動き出すとき、その者は既に死んでいる。


 そして、悪魔の妹―――狂気と破壊の具現、フランドール・スカーレット。彼女に出会ったことは、大いなる過ち。



 その他にも、小悪魔、メイド、諸々の小妖などが名を連ね、不遜なる侵入者どもを撃退する。
 まさに、難攻不落、鉄壁の城館、悪夢の如き……紅魔の館。
 今宵…この場所で、主の主催する盛大なパーティが開かれることになっている。
 続々と入館する招待客たち、常に侵入者を阻む門扉は開け放たれ、無防備な姿を晒していた。
 
 
 ―――悪意ある侵入者にとっては、またとない好機。


 事態を憂慮したメイド長は、この警備の空隙を埋めるべく……いてもいなくても変わらない『切り札』の投入を決意した。


 そう、彼女の名は―――






  ㊥  ㊥  ㊥





 時刻は既に夜。暦は満月を指し示しているが、厚く空を覆った灰色のカーテンに遮られ、その姿を見ることは出来ない。
 立ち込めた灰色からは、白い雪が静かに降り注ぐ。まるで……月光の代わりを果たすかのように。

『……。』

 緑色の帽子に積もる白。天地の逆になった季節外れのカキ氷。味は勿論、中国緑茶味。
 帽子に光るは龍の星、夜目にも鮮やかな紅髪。大陸風の衣装に身を包む綺麗な少女。
 此処は、メイド長―――十六夜咲夜が何処からともなく持ち込み、配置した……戦術的監視拠点。
 その内に身を潜め、その緑の人影はぶるぶると震えながら…重要? な任務に従事する。

『………。』

 先程から一言も発しない人影。虚ろな目で、歯をがたがたさせながら……彼女は忠実に任務を続行する。
 しんしんと降り積もる雪。拠点に身を潜めているにも関わらず、容赦なく体に降り積もる雪。そう、彼女はこのような目に合ってもまだ……こころの何処かで、鬼のような上司のことを信じようと努力していた。でも……
『ちょっと、様子を見に行こうかな……。』
 拠点から身を乗り出し、館を目指そうとする彼女の脳裏をふと、過ぎる疑問。



 ―――そういえば……

 随分前に拠点の前を通りかかった、あの店主……名を森近、と言ったか。こちらを哀れみのこもった目で見て、妙なことを言っていた。たしか……







  ㊥  ㊥  ㊥





 幻想郷でも、少女ばかりが集うこの場所で、その男は明らかに浮いていた。白く不健康そうな髪と肌をした、捉え所のない人物。奇妙な衣服を瀟洒? に着こなし、眼鏡をかけたその目は……私を哀れむように嫌な温もりを放っている。
 香林堂店主、森近霖之助。黒白などは香霖と呼称するその男は、私の拠点を指して尋ねる。
「あー、……君。たしか此処の門番のひとだよね? ……ちょっと、訊いていいかな? 趣味だったら失礼かも知れないが…そんな”土管”に入って、なにやってるんだい…? しかも、縦にした状態で。う~ん、たしか紫から仕入れた情報で、外の世界には土管に入るのが趣味のおじさんがいる、とは聞いていたが……流行ってるのかい? 幻想郷でも。」
 ―――土管? 何のことだろう。……でも、なんか、嫌な気分になった。
「まぁ、趣味なんて人それぞれだからね。別に僕は、君が赤い親父とタッグを組んでいかがわしいことをしようが軽蔑しないよ? で、これは純粋な好奇心から訊いてるんだけど……実際の所は、どうなのかな?」
 ―――赤い親父? ……わからない。わからないけど……
 興味深げに土管の周りをうろつく店主。ぺたぺたと緑色の外壁を触って、ほほぅとかへぇーとか呟いている。
 相変わらず、雪は降り続ける。拠点―――土管の中で縮こまる私を、歴史の闇に埋め尽くさん、と欲するかのように。
「ふんふん、材質は……まさか、オリハルコン!? いや、メッキ部分にはヒヒイロカネを使用している可能性も……」
 時折奇妙な歓声をあげ、店主は熱心に土管の検分を続ける。もはや、中に居る私のことなど……どうでもいい、といわんばかりに。コンコンと外壁を叩く店主。……バサバサ。反響した音で、帽子に積もった雪が目の前を通過する。
「ふむ……一見ただの土管だが、この装甲値ならば、火炎弾の一斉掃射を受けても傷ひとつ入るまい。なにげに凄いな…」
 ―――…………。
「最初見たときは、なんて地味なアイテムだと思ったが……こ、これはなかなか。……この肌触り、質感、滑らかな曲線が、嗚呼……僕を狂わせる……。―――そうか! これは日頃から誠実な取引を心がけている僕に対する……天からの贈り物だったんだよ!! 見れば、土管の中のひとは……魔理沙よりも騙され易そうな顔をしているし、適当に上手いこと言って巻き上げるのも―――充分可能、いや! 僕にかかればチルノの手をひねるようなもの!! ふふ……いっちょやってみるか。」
 ―――あの、全部聞こえてるんだけど……それに、これは咲夜さんのものであって、私の私物じゃないし……
 興奮に息を荒げ、目をきらきらと―――純粋な幼子のように輝かせ、店主は土管のなかにいる私にうきうきと交渉を持ちかける。
「コホン、あー土管の中のひと、実は折り入って頼みたいことがあるのだが。見ればこの土管は古くなりすぎて、もう…いつ崩壊してもおかしくない危険な状態にある。このまま放置しておくことは、僕の正義感が許しておけないんだ。どうだろう? ここは一つ、僕にこの土管を預け、新品同様に改修させてくれないだろうか? いやいや、けっして後から別のものにすり替えたりなんてしないから―――安心してまかせてはくれな



  虹符「彩虹の風鈴」


 皆まで言い終わる前に土管からしゅぽん! と音をたてて垂直に飛翔し、スペルを発動させる。
 虹色の花火が綺麗な渦を描き、眼下にいる愚か者へと差し迫る。
「……うわぁっ! とと、危ないじゃないか! いきなりなにをするんだい!!」
 流れる弾幕を奇妙な―――人間ではありえない動作でひょろり、にゅりん、とすり抜ける店主。あっというまに効果範囲から逃れると、こちらに顔を向け…捨て台詞を吐きながら館の外に逃走する。
「せっかく人が紳士的に交渉しようとしてるのに、乱暴なことをするんだな! 土管のひと!! ……まぁいい、今はこれで退くが……次こそはきっとその土管、手に入れてみせる! きっとだ!!」
 見る間に人影は遠ざかっていく。もはや、追撃は不可能な距離だ。私はスペルを解除すると再び土管の中に引きこもる。
『はぁ……なんだったのかしら。……アレは。』
 どっと疲れが押し寄せる。
 膝を抱え土管の中でうずくまり、彼女は館の中に思いを馳せる。
 ―――今頃みんな、楽しんでるんだろうなぁ……。
 


……雪はしんしんと降り続ける






  ㊥  ㊥  ㊥







「「「「メリークリスマス!!」」」


 ぱん!  ぱん!


 クラッカー代わりの破裂弾が掛け声にあわせて飛び交う。無論威力は極限にまで抑えられている。思い思いに放つ、色とりどりの弾幕。レーザー、ワインダー、追尾、大玉、くない、ナイフ……さすがにマスタースパークやレーヴァティン、反魂蝶は使用を禁止されている。 
 豪華なパーティホール。天井近くでは騒霊三姉妹が賑々しく陽気な音を奏で、夜雀の歌姫が清らかな歌声を披露する。立ち並ぶ丸テーブルに処狭しと置かれた料理からは、熱々とした湯気が立ち昇る。宵闇の妖怪、地上の流星、氷上の妖精などは先を争うが如く料理の皿へとがぶり付く。冬の忘れ物が、氷精のほっぺに付いたケーキの食べかすを摘まんでぱくり、と口に入れた。宵闇は漫画に出てくるような巨大な肉を「そーなのかー」と言いながら次々と平らげていく。流星は地味に、確実に料理を味わって喰らう。
 壁際のソファーには、神隠しの主犯、幽冥楼閣の亡霊少女が優雅に腰かけ、目前でみょんみょん言っている半人半霊の庭師になにやら声を掛け、真っ赤になった様子を二人でからかい、愛でていた。
 広間の隅には、何故かコタツ。紅白の巫女と黒白の魔女、向かいには金毛九尾の妖弧。彼女はふかふかの尻尾にくるまるように眠る凶兆の黒猫を…少々危ない目で優しく見守りながら、乱れた髪を手で梳いてやる。その様子を気にも留めず、紅白と黒白はなにやらこそこそと密談を続ける。時折零れる単語に「アリスが……」とか「秘密で……」などが混じる。
 床の上では悪魔の妹が小悪魔にまたがり、ごろごろと甘えている。……小悪魔の目には、涙。
 くんずほぐれつ、床を転げまわる彼女たちに注意をしようなどと無粋なことを考えるものは、この紅魔館には……居ない。



「ぷッ……。パ、パチュリー様………………………く、くくっ………よ、よくお似合いですよ。」
 片手で口元を押さえ…必死に笑いを堪える完全で瀟洒なメイド、十六夜咲夜。その目前には―――


 頭には紅白のとんがり帽子    ―――これは、まだ普通であろう。
 右手に七曜のグリモワール    ―――いつもの、ことだ。
 左手にはカラフルな長靴下    ―――ま、まぁ…そういうことも、ある。
 薄い紫色の寝巻きと長い髪    ―――ほっ……どこも変わりない。


 そして……


 美しく、清楚な顔を飾るのは―――





    ” ひげめがね ”




 ―――あまりにもアンバランスな、美。いったい、神は……なにを考えてこのような発想を得たのか。
 常人にはうかがい知れぬ、禁断の領域。楽園の果実のような、その物体。勧める蛇は―――


「あははっ。ねぇパチェ。次はこれこれー。」

 幻想郷に、その名を轟かせる……真紅の悪魔。立ちはだかる者には血の制裁を。5百年の永きに渡り、この館を支配する夜の女帝。―――其は、レミリア・スカーレット。……今、嬉しそうに魔女を着飾らせる少女の、名だ。


「…………。」

 無言でされるがままになっている魔女。何処と無く楽しそうに見えるのは……清き夜が見せた幻影か。
 レミリアは立ち尽くすパチェに向かい、両手にぶらさげた……”白いひげ”を見せびらかす。
 ―――まるで、知識を司る女神に供物を捧げるように。


「…………。」

 無言でソレを見やる女神。口元が緩んだのは……気のせいだろう。








 繰り広げられるは、聖夜の宴。
 特別ではあるが、特別ではない夜。
 楽しげな笑い声と共に、年に一度の祭りは過ぎていく。
 





 ―――きよし、このよる




 


  ㊥  ㊥  ㊥







 ―――ほしは、ひかり



『……。』
 紅魔館の外壁。楽しげな光の漏れる窓には、泣きたくなるほどに明るい光を反射させる、龍の星。
 
 ―――きらり。

 だが、館のなかに満ちる暖かな光に掻き消され…………誰もその存在に気づくことは無かった。


 ……窓にべったりと張り付く、土管から来たりし穏行の影。
 その存在に気づく者など、        誰も無く。
 その役割を憶えている者も       誰も無く。
 その者の存在した記憶も        誰も無く。
 その者の名を呼べる者も        誰も無い。


『……………。』
 吹きすさぶ、氷雪。
 勢いを増してきた吹雪は、彼女の背中を容赦なく凍てつかせる。
 気を巡らせて体の凍結を防ぐも、…………こころの寒さは、防げない。



『…………寒い。』
 ぽつり、と零れる偽らざる本音。
 だが、それさえも聞き届けてくれるものは……居ない。



 

―――ビョオォォォ……





―――ガタガタガタ。




―――ミシ、ミシ……




……くしゅっ!








『…………。』







『…………。』







『…………。』








『…………。』







『…………。』





『…………。』





 聞こえるのは、吹雪の音と……館のなか、別世界の福音のみ。
 心臓の鼓動、生命の賛歌すらも、今の彼女には……なんの、慰めにもならない。


 ―――ああ、私……このまま、凍えて死んじゃうのかな……。




 無言。


 

 ―――ふふっ。思えばこの館で門番を続けて……色々、あったなぁ……。




 無言。



 ―――あれ? 咲夜さん…どうしたんですか? そんな包みを持って。



 無言。



 ―――え!? 私に……クリスマスプレゼント!!?? い、いいんですか!?



 無言。


 ―――なんですか? これ……え? カイロ? 身も心も温まる魔法の道具!?



 ……無言。


 ―――うう……嬉しいですっ!! ありがとう! 咲夜さん!!!



 …………。



 ―――しかも、いま……名前で呼んでくれましたよね!? めいりん……って。




 ……………………………。




 ―――はいっ!!!! 頑張ります!! この館の門番は、この私……紅 美鈴に任せちゃってください!







 ―――必ずや、期待にお答えしますよ!!!!!!!!









 いつのまにやら、吹雪は止み
 夜空を覆っていた暗雲は、一片残らず消え失せていた。









 ―――空には、満月。









 まあるい まあるい  おおきな月









 降り注ぐ―――冷たく、柔らかな月光に導かれるように


 紅魔の館を守りし


 紅き戦士は


 その役目を終える。


 額の星より立ち昇り……天を目指す、その気高き龍の牙は


 高く  高く


 夜を切り裂き










 ―――月へと至る。











 









  ㊥  ㊥  ㊥



 翌朝、紅魔館の外で発見された少女は……
「……美鈴。こんな所で、何をしてるのかしら?」
『……ひぃっつ!!!! ごめんなさい ごめんなさい ごめんなさい……』
「……まぁ、いいわ。それと……昨日はすまなかったわね。すっかり忘れてたわ。貴女のこと。」
『ごめんなさい ごめんな……え? いえ! そんなこと……あれ? 今、名前……呼んでくれましたよね!? ね!?』
「き、気のせいよ! 無駄口叩いてないで、さっさと仕事に戻りなさい!!」
『は、はいぃ~~~~~っ!』
 慌てて詰め所に駆け戻る美鈴。その背中を見ながら咲夜はぽつり、と呟いた。



「一日遅れだけど……メリークリスマス。美鈴。」





 朝日の中、駆けていく少女に贈られた―――かけがえの無いプレゼント。





 華人小娘、紅美鈴。
 額に輝く龍の星。
 幾たび傷つき、倒れようとも
 次の日には―――元通り。
 過去の悪夢に挫けぬこころ。
 明日の現実に立ち向かう勇気。

 


 ―――そう、彼女の名前は






     紅 美鈴













間に合わなかった_| ̄|○

天馬さんのSSと某氏のクリスマス絵に触発され、25日に上げたかったんですが……休日でもないのに、物理的に無理でした。
折角なので色々見直し、手を加え……一日遅れの『めーりんくりすます』です。
悲しいお話だったので、しあわせな結末を用意したかったんですが……幸せ?


 
しん
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コメント



0.1550簡易評価
11.50名前が無い程度の能力削除
名前を呼ばれただけで幸せになれる美鈴が
かわいそうなようなそうでないような・・・。

でもやっぱりかわいそう。怯えてるし。
29.40名無し削除
美鈴可哀相・・・。