Coolier - 新生・東方創想話

私と私

2004/12/25 09:31:43
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その小屋の扉の開く音は、とても静かなのを知っていた。






魔法の森。
そこは木々に覆われ、風通しはお世辞にもいいとはいえず、昼でもほの暗い。
夏なら夏でじめじめと腹が立つほどの湿気があるのだが、だからといって冬は快適なのかといわれるとそうでもなかったりする。
手を伸ばすと身を切るような寒さが襲ってくる。
商売柄なるべく手は大事にしたいのだが、かといってこの程度を躊躇していたらなにも出来やしなかった。
観念してその氷のように冷たいドアノブを引く。それはとても静かな音だった。

「入るわよ」

一応断ってはみるものの、返事はない。
中に入ると同時に感じられた外との温度差に少し安心した。
テッテッテッテ、と一体の人形が出迎える。
このごちゃごちゃとした部屋の中で何にも引っ掛けずに動き回ることが出来るのは、その体躯の小ささか、それとも慣れか。
抱き寄せてその髪を撫でてやる。ブロンドの髪が指に引っかかることなく滑る。
きちんと働いていたご褒美も兼ねているのだが、その真意は人形に蓄えられた記憶を読み取るものであった。

「───ん、そう・・・今回は異常なしね」

そうそうここには寄らないので異常がないというのはありがたい。
もっともこの人形がいわゆる安全装置の一種であるために、どこにいても異常が起これば一応伝わるようになっているのだが。
前回来たときは本当に大変だった。
地下に沸いている温泉が爆発寸前だったり、その振動で棚にあるマジックアイテム同士が共鳴しだしたり・・・小屋ごと吹き飛ばしてやろうかと思ったくらいだった。
ピョン、と人形が胸から離れ、手をつたって降りてくる。

「─────?」
「ああ、この鞄に入ってるものは何だって?」

小屋に入る前からずっと持っていた鞄。
もう室内にいるのだから置けばよかったのだ。大して重くはなかったのでそんなこと考えもしなかった。
一応床になにも置かれていないかを確認して鞄を置く。
どうしても気になるのか、そいつはくるくると鞄の周りで廻ったり、頑張ってよじ登ろうとしている。
その一挙一動は見ていて微笑ましいのだが、そこにいられては鞄が開けられない。

「ちょっと待ってね」

腰を落としてくるくる遊ぶそいつを掴む。
邪魔にならないよう自分の肩に乗っけてからジジジとファスナーを引き、中身を探る。
手に掴まれたのは服。しかしそれは人が着られるようなサイズではなかった。
黒と白の布で仕立てられたシンプルな色合い。胸のリボンが風によってはためく。

「これはあなたの分よ」

そう言いつつパチンと指を弾く。
するとその瞬間、人形が着ていた服が早変わり、赤と黄の色彩から黒と白へと変わる。
今まで着せられていた服は何時の間にかその手の中に。

「あとこれはおまけ」

もう一度パチンと弾くと、どこから現れたのか今度は黒い帽子がふわっとその頭に乗っかった。
ブロンドの髪に黒と白の服装に黒い帽子、まるでどこかで見たことがあるような容姿になってしまったが、一応狙ってやったことだ。
自嘲気味な笑みを浮かべつつ、そいつを見る。
おおよそ嬉しいだとか楽しいだとかいう感情はわからないのだが、新しく着せられた服をじっと見たり帽子をふかふかさせている様子を見ると気に入ってはくれたようだ。
安心してもう一度鞄の中に手を突っ込む。
まだ何か出てくるのかと肩の上のそいつも覗き込んだ。

ギュッ・・・

それに触れた瞬間思わず力が入る。
自分で作ってきたのだからそれが何なのかはわかっている。
ため息なのか深呼吸なのかわからないような息を一つ。
何かをごまかすかのように勢いよくそれを取り出した。

ふわ──────り

軽い・・・まるで風を掴んでいるようなその感覚に、取り出した本人ですら一瞬目を疑った。
しかし次の瞬間には重みを取り戻し、手に確かな現実感を加える。
それは黒いドレス。先ほど人形に着せたものよりも一段とシンプルなデザイン。
無駄な装飾など一切なく、本当に、本当に真っ黒な服。
自分の身の丈より大きいそれは手を高く上げて持っていないと引きずってしまう。
そういえば自分は何時の間にか抜かれてしまっていたのだと・・・感傷が侵入ってきた。
薄くぼやけるような幻想の光が服越しに透き通る。隙間隙間から漏れるそれは見事なまでの黒光。
あまりの美しさに寒気すらするほどだ。

カタン・・・カタン・・・

足音が、彼女が近づいてくる。なんて乾いた音なのだろう。
慌ててドレスを身体に包み込んでそちらを見やる。奥の扉が古臭い木の音と共に開いた。
まずそこから覗いたのは白い手。次に覗いたのは白い顔だった。
それは何にも喋らない。ただそこにいて、こちらを覗いているだけだった。
何分、いや、何秒そうしていたのだろうか。まるで時が止まったかのような静かで空虚な時間。
しばらくすると扉は閉められ、彼女はまたカタン・・・カタン・・・と乾いた音を響かせて戻っていく。

「こ、こら、待ちなさいよ!」

カタン・・・

その音が止まる。
私は知っている。彼女は本当に待つだけだ。
だから私は言わなければならない。言わなければ彼女は動くことなくそのまま待ち続けるだろう。

「こっちに・・・来て頂戴」

一瞬悩むような間を空けて、その扉がまた開かれる。覗いたのはやはり白い手だった。
しかしそこからなかなか進まない。
少しイラッとしてその手を掴んで引張った。

「──────!」
「ほら、いいから座りなさい」

引張った勢いでそのまま椅子に座らせる。
自分より大きい相手を力で押さえ込むのはなかなかに骨が折れる。
それが気に入らなかったのか、ぷいっと拗ねたように横を向く。

「あーもうわかったわかった、ごめん、ごめんってば」

何で私がこんなに下手にならないといけないのだろうと一瞬過ぎるが、それを口に出してしまったらまた喧嘩になる。
それに唇噛むほどそれに腹が立ったわけではない。彼女の拗ねるという行為自体が私にとっては嬉しいことだからだ。
パチン、と指を弾いて彼女の正面に鏡を呼び出す。
彼女の体に合わせて服を絡めると、まるでその黒いドレスを来ているかのようなもう一人の彼女を映し出す。
黒一色のそれから零れ落ちるような白。それは目を見張るほどにはっきりとその存在をお互いに育む。
やはりドレスは黒にしておいて正解だと思った。

「ほら、すごく綺麗───」
「───・・・」

返事を待たずに服を引き裂き、その体を指でなぞる。
程よく返ってくる弾力と、緩やかに描かれたカーブがジワリとした感触で残る。
鏡のせいで今自分がどんな顔をしているのかが嫌でも目に入る。
恍惚とした表情で泣いているもう一人の自分から逃げるように、自分の肩に目をやる。クリッとした小さな青い眼がまじまじとその行為を見ていた。
ふりふりと揺れていた黒い帽子が少しずり落ちる。前が見えなくなったのか、慌ててその帽子を直そうと奮闘している。
一旦回していた腕を解き、肩の上のそいつを後ろの机に置いて、ずれた帽子を直してやってからピンと額を弾く。

「ここからは先を見るのは私だけよ」

その一弾きで糸が切れたように倒れこむ。もう誰も見ているものはいなかった。
振り向き彼女を見ると、何を考えているのか・・・じっと鏡を見つめている。
膝の上に載せられた黒いドレスが、だらりと床を引きずっている。それを拾い上げて彼女を立たせた。
彼女が今まで座っていた椅子を台にし、彼女との丈の差を埋める。
一糸すら纏わぬその体をもう一度だけなぞってから、頭からドレスを着せてやる。
魔法で着せれば速いのだが、どうしてか彼女にそれをしようとは思わなかった。
頭を通し、足首までストンと落ちた黒。細くしなやかな腕が最後に通される。
鏡に映った彼女と私。今それはどういう風に映っているのだろう。
狂ったように透き通った彼女の手と、狂ったように紅がかった私の唇とが触れた。


・・・


・・・・・・


・・・・・・・・・


どれくらいの間寝てしまっていたのだろう。
眠い・・・わけではないのだが、ここのベッドはいつまで経っても慣れない。身体が少し痛かった。
伸びをして解す。横を見ると彼女はまだ眠っていた。
起こさないようにそっとベッドから出て上着を羽織る。そのまま彼女には一言も告げずにその部屋を出た。
キシ・・キシ・・・と古い音を立てる床。開いたままだったドアを静かに閉める。
持ってきた鞄を手にとって机の前に立つ。時が止まった人形の額をもう一度弾いた。
パチンと、スウィッチが入ったかのように目をぱちくりさせる。
いつの間に帽子の位置が直っていたのか不思議そうだったが、その表情が動くことはない。
いつも通り頭、今は帽子の上から撫でてやり足を外に向ける。
地下温泉床暖房のお陰で冷たくないドアノブを押す。それはとても静かな音だった。
眩しい光・・・と言ってもここは森の中だからさほど光らしい光が入ってくるわけではない。
ただ小屋に比べれば明るいそれは、少し濁った空気と共に差し込んでくる。
私を見送る黒白の人形に振り返りもせず、その扉が閉まる音だけを聞いていた。










しん・・・と静まり返る森の中。



私は躯という名の人形で遊んでいるだけのただの妖怪。



音のしない扉。自分で直した蝶番を見て、もう何度確認したことだろうか。



私は知っているのだ。その扉はもう静かにしか閉められないのだと。



乱暴にこの扉を開け閉めしていたであろう人間はもう、いないのだと・・・。




ホネ骨ロック鷲雁です。

程よく返ってくる弾力と、緩やかに描かれたカーブ。
なんてえっちな肋骨なんだ。
そんなみょんなお話し。
経つべくして経ってしまった月日の流れを肌で、いや、骨で感じてくださると幸いです。

書き終わってから気付いたけれど、某氏の○とあいつと微妙にかぶったタイトル。
これに乗じてあ○つと私ってタイトルで、このキャラとあのキャラで誰かが書けば見事な三角関係が出来るなとか思ってみたり(笑)
鷲雁
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コメント



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20.無評価いち読者削除
 ある種の代償行為をし続ける『私』、と言ったところでしょうか……。
 人の形を操る――あえて言ってしまえば、弄ぶ――ことが出来るこの『私』なら、『彼女』の喪失に対する一つの代償行動として、こういう「人形遊び」に埋没してしまうのかも知れませんね。
22.60七死削除
・・・これは少し難しい味わいの狂気ですね。

まっくらで底の見えない、古ぼけた小さな小箱を覗いてしまった・・・そんな感じ。 
その底には何があるのか、何が入っているのか、解ってしまったらもう二度と今この時には戻ってこれない・・・そんな感じ。

本当は解ってる。 でもその異常なまでの狂気を暗闇の中に押し込め、そのなんだかよく解らない暗闇を日常にしている私と『私』・・・。

そんな感じ。