冬も深まる12月。
雪の降る外を窓から眺めながら、思い出したように妹紅が口を開く。
「そういえばそろそろクリスマスの季節だねぇ」
「…え?妹紅、クリスマスを知っているのか?」
お茶を飲んでいた慧音は、妹紅の口から横文字が出てきたことに驚きの声をあげる。
それを馬鹿にされたと捉えたのか、妹紅は口を尖らせる。
「私だって幻想郷に来るまでは向こうの世界にいたんだから、キリスト教くらい知ってるって」
「あぁ…そうか。いや、こっちにもクリスマスはあるにはあるぞ?ただ、その言葉をお前から聞くとは思わなかったが」
「…まぁ、本来私が生きるはずだった時代にはなかったはずの言葉だし、そんなの私の柄じゃないけどね」
肩をすくめて窓から離れる。
少し冷えたのか、体をさすりながら暖の前へとやってくる妹紅を見ながら、慧音はぼんやりと考える。
――そうか。もうそんな季節か。
今年も、そろそろ村の子供達のためのプレゼントの用意を始めないとな。
どんなプレゼントをすれば子供達が喜んでくれるかな、と目を閉じながら考える。
子供達の笑顔を思い浮かべてしまい、湯呑みを口にする口元に笑みが浮かんでしまう。
「…そういえばさ、サンタクロースって誰なんだろうね」
「ぶ――っ!?」
だがそんな穏やかな一時も、妹紅の問題発言によって一瞬で吹き飛んでしまう。
お茶を吹きだしそうになる慧音を不思議そうに眺めながら、何か閃いたのかさらに妹紅がたずねてくる。
「もしかして慧音、サンタクロースの正体を知ってるの?」
妹紅の問題発言パート2に、思わず目を見開いて妹紅を凝視してしまう。
「……?」
何も理解してなさそうな妹紅の瞳。
どうやら冗談でもなんでもなく、本気で聞いているらしかった。
「さ、さぁな。一体誰なんだろうな?」
これ以上不審がられてはいけないと、慧音は慌ててごまかす。
そんな慧音の動揺に気が付かないのか、あからさまに落胆した表情になった妹紅ははぁっとため息をついた。
「そっか。慧音にもわからないことってあるんだね」
「残念ながらな。私の知識はいわば人の歴史だからな。誰も知らないことはわたしにもわからないんだ」
「ん~、今年こそその正体がわかるかなと思ったんだけどなぁ…」
慧音にもわからないんじゃお手上げだね、と天井を見上げながら深くため息する妹紅。
そんな妹紅の様子に多少の興味を抱き、慧音がたずねる。
「サンタの正体を暴いてどうするつもりだったんだ?」
「ん?ただお礼をしたいなって思ってさ。幻想郷に来る前は住む場所を転々としてたからもらえなかったけど、ここに来てからはお世話になりっぱなしだし…」
「へぇ。それじゃあ去年はどんなものをプレゼントされたのかしら?」
「スペルカード」
「じゃあ一昨年は?」
「リボン」
「さらにその前は?」
「くまのぬいぐるみ」
「……ぷっ」
そこまできて、妹紅はようやく気がつく。
この声とこの口調。それはあきらかに慧音のものではないことに。
「…ねぇ、慧音?私は今、ドアに背を向けて座ってるわけだけど、後ろには誰がいるのかな?」
「もう気が付いてるんだろ?無駄な悪あがきはよせ」
「…………はぁ」
深く深くため息をつく妹紅。
すっと立ち上がり、後ろを振り向く。
その表情はどこか怒っている。
「輝夜。人の家に勝手にはいるなんていい趣味してるわね?」
「あら、死ぬのが趣味のあなたにそう言われるとは光栄ね」
玄関に近い壁に寄りかかっていた輝夜が微笑む。
「……そもそも、ここは私の家なのだが」
やれやれ、と慧音も立ち上がる。
「とりあえず弾幕りあうなら外に出てくれないか?立会人ぐらいにはなってやるから」
体からわずかに炎を渦巻かせる妹紅に、落ち着かせる意味で言い聞かせる。
どうやら先ほど笑われたのが相当頭に来ているらしい。
まぁ、ぬいぐるみと答えてそれを馬鹿にされれば誰でもそうなるかもしれないが。
「ふふ…ふふふ、輝夜~、表出ろやっ!」
「も、妹紅落ち着けっ!口調が変わってるぞ!?」
だがそんな慧音の言葉も気持ちも今の妹紅に通じるはずもなく、ずかずかと外に出て行ってしまう。
「あらあら。妹紅ったら相変わらずせっかちなのね」
そう言いながら輝夜も外に出る。
―― 一体輝夜は何をしにここまできたんだ?
慧音はふとそんなことを考える。
わざわざ妹紅と弾幕を交わすためだけに迷いの竹林を抜けてきたとは考えにくいのだが…。
「まぁ、彼女も幻想郷の住人だしな」
それも正真正銘永遠を生きる者だ。それならこういう日もあるだろう。
そこまで考えた至ったところで慧音も外に出る。
「……妹紅のやつ、相当殺る気だな」
一瞬季節を間違えてしまったのかと思えるほどの熱気。
すでにここら一帯に雪は存在しない。
全て妹紅が放つ炎によって溶かされていた。
「鳳翼天翔…うふふ、妹紅ったら攻撃パターンがワンパターンよ?そんなもの、もう目を瞑ってでも避けられちゃうわ」
迫り来る火の鳥をひらりと避け、輝夜は裾で口を隠しながらくすくすと笑う。
「むっか~!もう怒った!完璧に怒った!これがただの鳳翼天翔かどうか、その身をもって味わいなっ!」
輝夜に馬鹿にされることを何よりも嫌う妹紅。そんな挑発に簡単に乗ってしまう。
月のいはさかの呪いの符によって生成される無数のナイフを、でたらめに投げつける。
「ふん。たかがメイドのナイフ捌きにも劣るそんなもの、避ける価値すらないわ」
あきらかな侮蔑の眼差しを妹紅に向けながら、袖からスペルカードを取り出す輝夜。
「目には目を。歯には歯を。…炎には、炎を」
一瞬の詠唱。現れるは巨大な盾にして矛。
「喰らわれなさい。サラマンダーシールド!」
秘宝を求めし罪深き愚者を裁く炎。
地獄の業火よりもなお咎重き者を裁くために存在する炎は、妹紅の放つ火の鳥もろともナイフを溶かしきる。
「忘れた?直接的な攻撃なら、私のほうが圧倒的に有利だっていうことを…」
輝夜の声とともに、炎に隠れるように放たれる光線が妹紅を貫く。
「ぐっ…!」
冷静な判断力を欠いていた妹紅は瞬間の判断を誤り、その光線に脇腹をやられる。
集中力の乱れによりスペル発動が無効化される。
再び放たれた光線を、六芒星の描かれた護符を発動させることで弾き返す。
それを見た輝夜は若干の驚きを表す。
「ダビデの盾…ふふ、あなたがそんなものを使うなんてね。もっと攻撃的な呪符しか作れないのかと思ってたわ」
炎や光に対して強い効果をもたらすその護符にサラマンダーシールドはあまり効果がない。
いや、それどころか光の属性が主となる輝夜の攻撃はほとんどが無効化されてしまう。
ならばどうするか。
「それは簡単なこと。うふふ…どうせ慧音あたりからの入れ知恵なんでしょうけど、そんなもの私の前では意味がないわよ」
「ふん!あんたの挑発になんかもう乗らないんだからね!」
「あら残念。…でも、私もそんな見え透いた時間稼ぎに付き合う気なんかないし、お互い様ね」
輝夜はスペルキャンセルを行い、符の形に戻ったサラマンダーシールドに残る魔力の残量を確認する。
ふむ、これならば十分いけるか。
「一つだけ忠告してあげる。生兵法は大怪我のもとよ、妹紅」
底の見えない輝夜の黒い黒い瞳。
風もないのに、ふわりと輝夜の髪が舞った気がした。
「反転しなさい。――永夜返し!」
「――っ!?」
輝夜が宣言した瞬間、ダビデの盾と称された護符から妹紅に向かって光線が放たれた。
それは、先ほど返したはずの輝夜の放った光線だった。
一線、ニ線。返した数よりも多くの光線が体を貫く。
細胞が悲鳴をあげる。
熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い血が燃えるように熱い熱い熱い熱いまるで蒸発してるかのように熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い心臓が焼けるように熱い骨が溶けるように熱い熱い熱い熱い――!
「あは、あはは!やっぱりあなたは人間ね。永遠の力を得たところで所詮はその程度。その耐久力はただの妖怪にも劣るわ!」
楽しげな輝夜の声が響く。
「楽しい…楽しいわ、妹紅!さぁ、生き返りなさい!私にもっとこの快感を与えるために!」
いまだ絶え間なく妹紅に降り注ぐ光線。
「あ゛あぁぁああ゛あぁぁぁああぁぁぁ!?」
焼き貫かれては再生を始める妹紅の肉体。その再生は任意ではなく自動だ。魔力が尽きるまで止まることはない。
全身を永遠にも思えるほど焼き貫かれ、脳が痛覚を遮断する。
そうなることでようやく手を前にかざすことができた。
「あぁぁあああぁぁぁぁぁっ!」
手が焼ききれる。構わない、どうせすぐに再生する身だ。
手が再生する。なんとか六芒星が描かれた護符に触れることができた。
今持てるかぎり全ての魔力を符に注ぎ込む。
――ぱりん。
空気を振動させない音が響き、六芒星を描いていた光が消え失せる。
それと同時に勢いよく放たれていた光線がぴたりとなくなる。
「はぁ…はぁ……はぁ」
息が荒い。繰り返す呼吸は肉の焼き爛れる嫌な匂いのせいでうまく酸素を取り込めない。
立っているのがやっとという状態になりながらも、妹紅はきっと輝夜を睨みつける。
「あらあら、怖い顔。だから言ったでしょ?生兵法は大怪我のもとだって。…ふふ、まだまだ苛め足りないわ。もっと反抗してちょうだい。私を退屈させないでくれるかしら?」
そんな妹紅の状態を楽しみながら、輝夜は懐からスペルカードを取り出す。
詠唱を終え、カード名を宣言しようとして――
「そこまでだ、輝夜」
慧音によって制される。
輝夜と妹紅の間に割って入ってきた慧音を見て、輝夜は一瞬忌々しげに睨むが、すぐにいつもの微笑を取り戻す。
「慧音……邪魔を、するな……!」
納得した様子の輝夜とは反対に敵意をむき出す妹紅。
…否、輝夜だって納得したわけではないだろう。ただ、敵意を表に出さないだけで。
「この勝負はもう決した。それがわからないほど愚かでもあるまい。妹紅、今回は引くんだ」
それができないのなら…と慧音は警告するかのように魔力の放出を全開にさせる。
「私は、輝夜の側についてお前を攻撃する」
立会人の判断は絶対だ。それが認められぬなら力で証明してみせろ。
慧音がそう言っているように見えて、妹紅が怯む。
この状態で二対一はさすがにきつい。
一対一ですらこちらの分は悪いのだ。もしそうなればその確率は限りなく零に近づく。
「わかったよ。…くそ、今回こそ一泡吹かせてやれると思ったのにっ!」
どてんと寝転がり悔しがる妹紅。
悔しがるのも無理はないか、と慧音は内心で思う。
一泡吹かせてやるつもりが吹かされたのだ。無理もない。
「だから言っただろう。まだ安易に使うな、と」
やれやれ、と慧音は妹紅に近づく。
「なんでああなったのか、わかるか?」
「わかるわけないじゃん。だから悔しがってんの」
「それもそうか。…さっき輝夜がやったのは呪詛返しの応用みたいなものだ。そこにまだ使い切っていなかったサラマンダーシールドの魔力を上乗せして、発動させた。お前のダビデの盾はまだまだ構成が雑だ。よっていとも簡単に輝夜に返されてしまった。わかるか?」
「なら安易に使うな、じゃなくて絶対に使うなって忠告してよ。おかげでめっちゃ痛いんだけど」
「習うよりも慣れろ、だろ?お前は教えても聞かないからな」
妹紅の破れてしまった服の歴史を「なかった」ことにしながら解説してやると、妹紅はう~う~と唸る。
反論してこないあたり、自分でもそう思っているのだろう。
「…てちょっと慧音?妹紅に変なこと教えないでよ。妹紅は私のなんだから、そういうのは私の許可を得てから教えてあげなさい」
「こら輝夜!いつ私がお前なんかの物になったんだっ!」
「あなたが私の薬を飲んで私と出会った瞬間に、よ」
「そうか…それなら仕方がない」
「けーね!納得しないで、お願いだから!」
「はは、冗談さ」
「これくらいの冗談もわからないなんて、やっぱり妹紅はダメねぇ」
「ぐぎぎ…お前らぁ……!」
二人にからかわれて、もう立ち上がる力もろくに残っていないはずなのに妹紅が立ち上がってくる。
「きゃ~、もこたんが怒ったわ~!」
「さて、私はそろそろ年越しの準備でも始めようかな」
妹紅が走るだけの余力がないことを知っていて二人は逃げる。
「うぅ…なんでいつも私がこんな目に合わなきゃなんないのよ~!」
あとにはそんな妹紅の絶叫だけが残っていた。
☆★☆★
「…ふぅ。ここで最後か。――失礼するぞ」
ドアをノックして、最後の家を訪問する。
「あぁ…慧音か。ん?その格好は…そうか、今日はもうクリスマス・イブだったか」
暖炉の前で暖をとっていた男が慧音の姿を見て、今日が何の日かを思い出す。
「あまり見ないでくれないか?普段着慣れないせいか…見られると、照れる」
「はは、そりゃ悪いことをした。すまない」
「子供はもう眠っているな?」
「もうばっちりさ」
「そうか…おや、あれは…すまない。作業の途中だったみたいだな」
暖炉の前の小さなテーブルに置かれた破れかけた子供用の服と針を見つけて、男が服の修繕を行っていた最中だったことを知る。
「…もう、二年か。早いものだな。ルミネのいなくなった生活は辛くて大変だろうが、もう慣れたか?」
「はは、心配性なところは昔から変わらないな。…大丈夫。あいつはいなくなったんじゃなくて、いつまでも俺の隣にいてくれるようになっただけさ。ただ、見えなくなっただけでな」
そう言って笑う男の表情には、翳りがなかった。
この男が少年時代だった頃から知っている慧音は、その表情を見て安心した。
――どうやら、吹っ切れたようだな。
「偉そうなこと言って、去年なんてひどいものだったじゃないか」
安心したせいか、少しからかってやりたくなった。
去年は散々な目にあったから、これくらいは大目に見てくれるだろう。
「はは…それを言われると、少し痛いかな」
頭をぽりぽりとかきながらちらりと部屋の端っこで眠る我が子を見つめる男。
「…でも慧音のおかげで気付かされたからな。ありがとう。感謝してる」
「よせ。今更恥ずかしいじゃないか」
頭を下げる男に慌てて下げるのをやめるように言う。
「ほら、これがネルの分のプレゼントだ。ちゃんと枕元に置いといてやってくれ」
ほんのりと顔を赤くしながら男に子供の分のプレゼントを渡し、足早に家を出てしまう。
まったく…あいつは昔っからああいうらしくもない行動をたまにしては私を困らせてくれる。
本当に困ったものだ。
苦笑しながら、今出てきた家を振り返って見つめる。
「でも…楽しそうだったな」
子供を見つめるときの男の瞳を思い出して、慧音は満足そうに頷いた。
足取りも軽く里を後にする。
「さて…と。まぁ心配はないだろうが、とりあえずあいつのところにも行ってみるか」
自分の家がある方角からややずれた方角にある場所を目指して飛んでいく。
途中知り合いに会わないかと少しひやひやとしたが、考えてみれば紅魔館のお嬢様はプレゼントを貰うためにいつもよりもはやく就寝しているはずだし、霊夢や魔理沙など他の連中も夜は普通に寝ているはずだ。
――あいつらには季節感がないからな。
その考えに至って苦笑してしまう。
唯一の例外としてアリスが思い当たったが、彼女は――
「案外、霊夢や魔理沙の枕元にプレゼントを置いてたりしてな」
ぶつぶつと人形に文句を言いながらも霊夢や魔理沙の家に侵入して、その枕元にプレゼントを置いていくアリス。二人の寝顔を見ながら、アリスはやさしげに笑うだろう。そしてそれを人形達にからかわれて顔を真っ赤にしてしまうのだ。
…やばい。想像してみるとまったく違和感がないじゃないか。
苦笑していた口元がさらにつりあがる。
「彼女も、なんだかんだいって面倒見がいいからな」
何度か里で人形劇を子供達に見せてくれていたことを思い出してしまう。
彼女とは知り合ってまだ間もないが、いい友達になれそうな気がする。
そんなことを考えているうちに、目的地へと辿りつく。
「…まだ輝夜は来てないのか?」
木々の歴史を覗き見て、来てないことを確認してから、先日の出来事を振り返る。
…まさか永遠を生きる妹紅がいまだクリスマスの伝説を信じているとはな。
それを知ったときはさすがに驚いたが、同時になるほどとも納得していた自分がいたことにあらためて気がつく。
彼女は真っ直ぐで、純粋だ。
私や輝夜のよう曲がり、歪んでしまった道を生きる者を惹き付けてやまないものを持っている。
「だからと言って、きちんとした愛情表現がこんな方法しかないってのも、考えものじゃないか?」
振り返り、木の裏側に隠れているだろう輝夜に笑いかける。
「……うるさいわね。それにきちんとしたって何よ。いつものあれだってちゃんとした愛情表現じゃない」
隠れていると予想していた場所から、やや頬を膨らませて拗ねた輝夜が現れる。
「そう思ってるのはお前だけだ。妹紅はああいう性格だからな、絶対に気付いてないぞ。…毎年輝夜が妹紅のサンタクロースをやってるってことにもな。大方この前だってさり気なく妹紅の欲しがってる物を調べるつもりだったんだろ?」
「うまくいかなかったけどね」
「してその本音は?」
「もちろん、可愛いもこたんがあまりにも可愛いことを言うからからかいたくなる衝動に負けてつい…て何恥ずかしいこと言わせるのよ」
「全然のりのりだったじゃないか…」
わざとらしく恥らう輝夜を見て苦笑する。
…と、ふと輝夜の服装に目が止まる。
真っ赤な上着に、真っ赤なスカート。
それは、まさにサンタクロースの服装だった。
「な、なによ?」
慧音の視線に気が付いたのか、うっと怯む輝夜。
「わざわざ妹紅のためだけにその服を?」
「わ、私の趣味じゃないわよ?ただ、こういうのはまず雰囲気からだってのが永琳の主張でね。毎年着せられるのよ」
「…輝夜の着物以外の服というのは初めて見たが、まさかそれがこの服になろうとは……」
「う、うるさいうるさいっ!そういう慧音だってサンタの衣装じゃないっ!」
「私はれっきとしたサンタだ。…ただし、里の子供達限定のな」
「なら私は妹紅だけのサンタね」
聞いてるほうが恥ずかしくなるようなセリフを、輝夜が言う。
えっへんとない胸を張るその姿はどこか誇らしげにさえ見える。
「…なんておふざけもそろそろ終わりにしましょうか。で、なんで里の子供限定のサンタさんがこんなところにいるのかしら?」
先ほどまでの和やかだった雰囲気が、その輝夜の言葉によってがらりと一変する。
「私の楽しみを邪魔するのなら…たとえ相手があなたでも容赦しないわよ」
首筋にナイフを突き刺されるかのような感覚。
その一瞬にして変わりすぎた雰囲気に、あやうく呑み込まれそうになる。
「冗談。私はただ確認したかっただけさ。現に私の袋の中にはもう中身はない」
袋の口を開き、中身がないことを証明してみせる。
それを見て、輝夜があきらかに安堵の表情を見せた。
滅多に本心を顔に出さないあの輝夜が、だ。
「……それほど妹紅を大切に想っているというのに、何故妹紅にあんなことをするんだ?」
「……言ったでしょ。あれも私なりの愛情表現よ。今更変えるつもりはないし変わる気もしないわ」
「そうか。お前も色々と大変なんだな」
そう呟き、慧音は輝夜に背を向けて空へと飛び立つ。
もう自分の用は済んだ。これ以上輝夜と妹紅の時間を邪魔するのも野暮というものだろう。
それに、今はまだいいのだ。
今はまだこの関係でいい。
だって彼女達には本当の永遠があるのだから。
輝夜の想いが本物なら、いつかきっと適うはずだから。
今はただ、彼女のその想いだけを信じよう…。
後日談 ―― 翌日
里の子供達の様子を見てきて家に帰ると、そこには妹紅が立っていた。
「――あっ、慧音!」
嬉しそうにはしゃぐ妹紅。
慧音が家の前へと下り立つ時間さえ惜しいのか、慧音の隣まで飛んでくる。
「こらこら、少しは落ち着け。それじゃあ里の子供達と同じじゃないか」
「…へへ、ごめんごめん」
たしなめてはみるが、全然反省の色は見えない。
「それで、何をそんなに喜んでいるんだ?サンタからのプレゼントが原因か?」
「そう!それなんだよ!」
ナイス、慧音!と親指を立てる妹紅。
これほど機嫌のいい妹紅は久しぶりに見る。
そんなに嬉しいものが贈られたのかと、慧音も少し興味を持ちはじめる。
「それで、どんなものを貰ったんだ?」
「へっへっへ、これを見て驚くなよっ!」
じゃじゃーんと妹紅が取り出したものは…
「ダビデの盾?そんなものを取り出してどどうするんだ?」
「まぁ見てなって」
そう言って符を展開させる妹紅。
瞬間妹紅と慧音の間を隔てるように出現する六芒星。
それを見て、妹紅が嬉しがる理由がようやく理解できた。
「ほぅ…雑だった部分がきちんと練り直されてるな」
「でしょ、でしょ?サンタから貰った巻物の通りにやったら出来るようになったんだっ!」
「へぇ、凄いな」
「へへんっ」
たしかに、凄い。
一度立ち合っただけでもう妹紅の構成の弱点を見抜くなんて。
「これで今回こそ輝夜に一泡吹かせてやれるっ!うぅ~、今からあいつと会うのが楽しみだっ!」
「ふっふっふ。妹紅ってば相変わらず自信過剰ね。では出鼻を挫いてあげましょうか」
二人の会話に、割って入ってくる声。
「……輝夜、妹紅。頼むから私の家に被害を出すなよ…」
横を振り向けばそこには案の定輝夜の姿が。
そして案の定慧音の言葉に耳を傾けることもなく戦闘態勢にはいる妹紅を見て、深いため息をつく。
「……輝夜。多少は加減してやれよ」
こうなってしまえばあとはなるようにしかならない。
今自分にできることは家の周りに結界を張って流れ弾が来ないようにすることくらいだ。
「しかし、輝夜のやつもいい性格してるよな」
二人から離れた位置でぽつりと呟く。
笑いながらフジヤマヴォルケイノを連発する妹紅を、少しだけ哀れみの瞳で見つめる。
妹紅はまだ気付いていない。
あのダビデの盾は、実は――
「雑な部分を別の場所に移しただけなんだよな」
なるほど、「私の楽しみ」とはこういうことだったのか。
妹紅の喜ぶ顔と、そのあとに待っている壮絶に悔しがる妹紅の顔。輝夜にとってはどちらもたまらない表情だろう。
「…ま、それを知っててあえて妹紅に教えなかった私も悪なのかな」
だがそれも一興だろう。
紆余曲折した道のほうが、絆というものはより強く結ばれるのだから。
「輝夜に目をつけられたのが運の尽きと諦めるんだな」
ダビデの盾を展開させる妹紅に向かって呟く。
数瞬後に響き渡るだろう妹紅の断末魔を予測しながら、空を眺める。
冬の澄んだ青空に、子供達の穢れなき笑顔を思い出す。
今日もいい一日だな。
「あ゛あぁ゛ぁぁぁあ゛ぁぁああぁっ!!!」
何かが聞こえたような気もしたが、気にしないで家の中に入ることにした。
「はは、昔の者もうまいこと言ったものだな」
――人の恋路を邪魔するものは馬に蹴られて死んじまえ、と。
これは何やら萌える痛かわいいもこたんですね。
輝夜が愛情混じりにいぢめ倒してしまうのもちょっと分かるなぁ・・・
なんかこう、いろんなところでニヤっとさせられました。
しかしこれは……アレですね。サンタさんについて慧音に尋ねるもこたんが激しゅう萌えますね。
妹紅本人は大変なのでしょうが、こういう妹紅と輝夜の関係をみていると、なんだか安心してしまいます。
しかし、輝夜怖えぇ…。((((;゚Д゚))))
歪んだ愛情ですね。(w
慧音の立ち位置も中々珍しいパターンで楽しめました。
(他の作品だともこたんべったりが多いので)
紅魔館やアリスのクリスマスも読みたかったなぁ。
ぜひ来年のクリスマスで!(w