「こら、逃げるな橙!」
「やだー藍さまー! 嫌だ嫌だ、いやだ――!!」
私は現在、上半身裸のまま涙目で逃げる橙を追いかけている。
まあ何やらおかしな誤解を受けそうな状況だが……別におかしな事をしようとしている訳じゃない。
「ほら、いつまでもそんな格好でいると風邪ひくぞ。早く降りて来い」
「そんな事言ったって~。藍さまが脱がしたんだよー!」
……おほん。
しつこいようだが、私は別に橙に変な事をしようとしてる訳じゃないぞ。
しかし、どうしたものか。ほんの数分前の事を思い浮かべて、つい溜息がでた。
「おーい橙。いるかー?」
昼食の後、私は簡単な買出しを頼もうと思って橙の部屋の戸を軽く叩いた。……が、橙の気配はすれど返事が無い。
ん? という事は……。
音を立てないようにそっと戸を開けてみる。
「すー……すー……」
案の定というか、橙は布団の上で丸まって熟睡していた。
はぁ……食べてすぐ寝ると太るといつも私は注意しているのに……。まあ紫様がアレだから、説得力無いのは認めるけれど。
「……にゅふふ~。藍さまー、あそぼあそぼ~」
その時、寝言らしき物の後に布団の上で橙がコロンと転がった。二本の尻尾がゆらゆらと揺れる。
……相当気持ち良さそうだし、起こすのは可哀相だな……。
そっと橙の頭を軽く撫でてやると、目を閉じたままで嬉しそうに笑う橙。まあ用事の方は、別に今日の必要も無いしこのまま寝かせておいてやろう。
そう思った時だった。ん……少しにおうな。
そう思い、橙の髪をそっと嗅ぐ。……そういえば、前に橙を風呂に入れたのは一週間近く前か。いつもの事だが女の子としてはあるまじき回数だ。
「……うむ。となるとやる事は一つだな」
とりあえず方針を決めると、私は橙を起こさないように服をゆっくりと脱がす。
我ながらいきなり怪しい事をやっている気はするが……橙を風呂に入れる為に、どうしても必要な以上仕方が無い。
橙は……元が猫な以上当然といえば当然なんだが、大の水嫌いの風呂嫌いだ。放っておくと一人じゃ風呂に入ろうとしないだけでなく、私が橙を風呂にいれてやろうとすると、とにかく嫌がる。
そして逃げる。全力で。
捕まえてから服を脱がすにも骨が折れる以上、橙が寝てる間にこっそりと服を脱がせて風呂に連れて行くのが一番速いという事に気がつくのに、橙を自分の式にしてから大して時間はかからなかった。
…………ただまあ。いつもの事とはいえ、何度やっても自分がとても危ない事をしている気はするんだが。手際が良くなればなる程、つくづくとやな技術だと私も思う。
「んー」
上を脱がしたあたりで、橙が小さく声を漏らす。……ん、これは起きたか!?
一瞬そう思ったが、橙の寝息は相変わらずだった。つい苦笑しつつ橙のスカートに手をかけた時、ふと橙の胸に目がいった。
相変わらず成長してない控えめな胸だが、それも橙らしくて可愛い。
……などとバカな事を考えている内に、橙がくしゃみをした。
「くしゅんっ! ……あれ……?」
目をこしこしとこすりながら、橙が目を覚ます。
しまった、まずい!
私がそう思うのと、橙が服が無いのに気が付くのは同時だった。
「あー! また勝手に私の服脱がしてる藍さま――!」
そう叫ぶが早いか、バッと布団から飛び上がって逃げる橙。
しかし実に人聞きの悪い台詞だ。いや、事実ではあるんだが……他人が聞いたら絶対に誤解するだろう。
「仕方が無いだろう! 大人しく風呂に入れ、橙。いい加減結構臭いぞ」
「やーだー! いつも言ってるのにー! 私お風呂嫌い――っ!」
涙目で窓から飛んで逃げる橙。あーあ、やっぱりこうなったか……。
しかしな橙。逃げるにしても……前隠すぐらいは大人になってくれ……。
……今までの事を思い返してみると、つくづくと頭の痛くなる状況ではある。
「うー、お風呂やだ~!」
「我がままを言うんじゃない橙。ほら、本当に風邪引くぞ」
「お風呂入るくらいなら風邪ひいた方がマシだよー!」
そう言って橙はさらに逃げる。
冗談じゃない。こんな馬鹿な事で私の可愛い橙に風邪なんかひかせたら、主人として失格だ。しかし……言って聞く橙でもないからなぁ。
「全く……。分かった、これを抜けきったなら今日は風呂に入らなくて良いぞ」
仕方なくではあるが、私は宙に浮かんだ状態で座禅を組み目を閉じて集中すると、中心から周囲へと拡散していく弾幕の華が咲いた。
「わー! 藍さまのいじわる~!」
橙の泣き声が聞こえてくる。威力の大きすぎる攻撃は橙が大怪我する可能性さえあるが、これなら大丈夫だ。それに橙がこの弾の流れを避けられないのは私が良く知っている。だからこそ橙を捕まえる時に重宝してるんだが。
ただ、これは元々座禅の精神を表現しようと思って作った弾幕だ。橙だって慣れればそれこそ目を瞑っていたって確実に避けられる……はずなんだがなぁ。
橙が座禅修行の時に、寝てたり遊びに行ったりしていなければ、だが。
そっと小さく目を開けて橙の様子を見てみると、案の定右に左にとひたすらに動き回っている。あーあ、下手に視覚に頼って極度に動き回ったりするから、より避けられなくなるんだぞ。
「むり、ぜったいにむり――! わーん!!」
で橙は結局、いつもと同じようなタイミングで自分から弾に突っ込んでいった。落ちてくる橙をしっかりと私は受け止める。
「さて、じゃあ風呂に入るぞ橙」
「やだやだやだ――!」
相変わらずバタバタと手の中で暴れる橙を抱え、この後下を脱がすのにも一悶着あったが、それでもどうにかこうにか橙を風呂まで連れて行く。
しかし橙が逃げないように抑えながら自分の服を脱ぐのも相当に上手くなったな……全然嬉しくないが。
「ほら。女の子は常に綺麗にしてないと駄目だぞ」
耳に水が入ったりしないよう注意しながら、石鹸で優しく橙の頭を洗う。大体だな、橙の場合元が可愛いんだからちゃんと磨けば光るというのに勿体無い。
「ふわ……はぅー」
顔をほんのり赤くさせながら、返答なのかどうか良く分からない返事が橙から返って来た。
流石にここまで来ると橙の抵抗もほとんど無くなる。そして、最後に橙を抱きかかえたまま温まり出る訳だが……これで終わりかというと全然終わりじゃない。
「う゛~~」
橙が拗ねた、そりゃあもう尻尾を逆立てるくらい全力で。
「ほら。いつまでも拗ねるな橙、そろそろ寝る時間だぞ」
「う゛ーう゛ー。……やー!」
軽く頭を撫でてやろうとするが、橙はくるっと後ろを向いて逃げてしまう。
夕食の時からずっとこんな感じだ。まあ今日は普段よりも多少きついが……橙の風呂上りの機嫌はいつも大体こういう具合だからな……。
そうこうしている内に、橙は立ち上がり『今日は一人で寝るー!』とだけ言って自分の部屋に引っ込んでしまった。はぁ、やれやれ……。
こういう時は下手に構っても橙の機嫌が悪くなるだけだ。仕方が無いので、私の部屋にいつも通り二つ布団を敷いて、部屋の戸を開けておいた。
そして行灯の火を消して、とりあえず横になる。橙が戻ってくる位までなら、横になっていても寝ないでいられるだろう。そう思っていると、それから半刻を待たずに橙は枕を持ってトコトコと戻って来た。
……が、すぐに入って来ないで戸の前でうろうろしている。
「…………うー」
勢い良く飛び出して行ったから、照れくさいんだろうな……。
「ほら橙、おいで」
そうできるだけ優しく、小さく声をかけると橙はすぐにトトトッと走って来た。そして布団の中に潜りこむ。ちょっとだけ照れくさそうに、布団で少し顔を半分くらい隠しながら。
そんな橙の様子が可愛くて、そっと頭を軽く撫でてやると橙は小さく目を細めて笑った。
そうして橙を寝かしつけてから私も休む。
寝ながら、この橙の素直さが風呂に入る時も欲しい、とつい思ったのは橙には内緒だが。
こんな感じで橙と風呂に入るだけでも相当に大変ではあるが……実は我が家にはもう一名ほど困った方が……いらっしゃったりするんだ、これが。
<続くらしいぜ By 魔理沙>
この調子で突っ走ってくださいませ。
その技術ぜひとも私に伝授してくだs(テンコー)
危ないですね、藍さまかなり危ないですね。
他の人から見たら襲ってる様にしか・・・。
あ~、ラストの橙めちゃ可愛い。
萌えw
続編期待してます。
藍様が壊れてないのが良かったです。
やっぱり藍さま(私も倣って敬称を)は苦労人なのが似合いますねぇ。そんなイメージが定着しててちと可哀想な気もしますが。けどまあ、橙のためならなんとやら、ってな感じで苦労など厭わない藍さまは非常にツボですね(妄想)。
どうあれ、ムッハーな続きを期待(笑)。
音速の遅いレスなのでーす。……って、本当に遅いな自分(汗)
>FJさん
橙の元気さと可愛さは、最大限気合入れてます(笑)何せ、私の最萌はバリバリに橙ですからっ。昔の偉い人も言ってます、耳と尻尾は萌えの華とっ(絶対に違う)
感想ありがとうございますー。次の話の紫んは、大人の魅力で勝負……できなさそう(汗)
>MSCさん
巷で有名なテンコーを、可能な限り藍さまのキャラを壊さないで……と四苦八苦した結果ですー。端から見てると危なくて仕方が無いというのは、私も全くもって同感ですがw
橙に悶えてくださりありがとうございます。書いてる私も悶えてました(笑)そろそろ続編が出ると思いますので、そちらもまたご覧頂けましたら幸いです♪
>おやつさん
何故か壊されてるケースが多い藍さま。八雲一家の話を書くにあたって、藍さまのキャライメージを膨らませようと色々と読み漁ったのですが
「うおおお! どれもこれもテンコーとかで壊れてるのばっかりだし――!」
と、見事に参考にならず結局自分で考えました(泣)そのせいかどうかは分かりませんが、橙の次に好きなのに、書くのが凄く難しいという罠が。しくしくしく……。
次の話も藍さまは受難の連続です。どうぞ遠くから見守ってあげてくださいー。
>いち読者さん
どうぞ良くいらっしゃいましたー。今回は八雲一家なのです。ちなみに今回もテーマは愛ですっ!!
…………って、いや愛は愛でも『家族愛』ですが(滝汗)
もうちょっと幻惑的な狐らしさを出したかったんですが、どーしても。どーしても、書いてて自然に苦労人になってしまうのですよ。でも可愛いからいいや、とか開き直ったり(ぉ)
ところで、いち読者さんは私に何を期待してるのですかっ!
私はシリアスラブストーリーを書くのが好きなSS書きなのですよ、もう誰も信じてくれませんけれどっ!
色々とムッハーなシーンを用意してお待ちしております~(駄目じゃん!)
>苦労など厭わない藍さまは~
ええ、実に良いですねっ!! はぅ~、橙と一緒にお持ち帰り~~(仙狐思念)
やっぱりクラシックはいい。