何時ごろからだろう?
私を見に来る者達が、
私の元で眠りに就き始めたのは。
一番最初の記憶・・・
「美しい・・・
心奪われるようだ・・・」
そう、誰かに、褒められた気がした。
私は多分、嬉しかったのだろう。
私は、頑張って咲いた。
張り切って満開した。
褒めてくれたその人は、私の姿を嬉しそうに見てくれた。
その人は、句に願いを込めて詠んだ。
願はくは
花のしたにて
春死なん
そのきさらぎの
望月の頃
微笑んでくれたその人は、その願い通り、眠りについた。
願い通り、満開に咲いた、私が見守る中。
念仏を唱えながら。
咲いている間、その人をとても身近に感じたが、
花が散ったとき、私の中からその人が居無くなったのを感じた。
それでも、私の中には残ったものが、あった
確かに、あった。
あの人の 願い が。
私は思った。
私が咲けばみんな見に来てくれる。
私が咲いたのを喜んでくれる。
それは、開花と満開の充実感。
私は、一層咲き誇った。
多くの人々が私の元を訪れ、心奪われていった。
ただ、あの人が願った後、少しだけ、変わった。
花を咲かせるとみんな、私の元で眠りたがるのだ。
私には止める手立てが無い。
それに、眠りたいのを無理にやめさせる理由も無い。
眠った者達は、決まって、一言呟いてから色々な方法で眠りに就く。
眠る者が現れる度に、私の中に眠った彼らが集う。
集う度に何ともいえない充実を感じた。
そして、花が散るときに集った彼らが力なく、一斉に抜けてゆく。
その一瞬は、何ともいえない心地よさだ。
私は春が訪れるたびに、一層咲き誇った。
そして、一層美しく花を散らせた。
何時しか私は、あの人の名にちなんで、
西行大桜と名前を付けられた。
名前だ。
名前とは、その存在を現す言葉。
大きく美しい。それが、私。
私を訪れる者達が一層増えた。
それと同じだけ、眠るも者も増えた。
あの人がいなくなって、200回以上も花を咲かせたある日
あの人と同じ匂いのする一族がやってきた。
私の前で、家臣の者となにやら会話している。
花が咲くのはもっと後なのに・・・
なんだろう?
「西行寺の名と幽の一字と共に、この妖怪桜の管理の任を命じられた・・・
それが、朝廷の出した我が家の再興の条件らしい。」
妖怪桜・・・
そんな、何で私が?
私は咲いていただけなのに・・・
見に来た人の喜ぶ顔が見たかったのに・・・
更に話は続く。
「この桜は生者を死に誘う。
しかし、この桜は枯らすなとの命も受けている。
そこで、この桜の手入れを汝ら一族に命じる。」
「はッ、」
「そして、汝ら一族には魂魄の名を与えよう。
名はその者を現す。
死に誘うというのは、肉体から魂魄を切り離すように仕向ける事。
魂魄の名を肉体に持てば、死に誘われても大丈夫だろう。」
「しかし、御館様は死に誘われてしまうのではないでしょうか?」
「案ずるな。
我が一族が貰った幽の字は、既に死んだ者として扱われる為に死に誘われないそうだ。」
私が死に誘う・・・?
みんな勝手に見に来て、
勝手に眠るだけじゃない!
私は、
悪くない!
西行寺家が管理する事になったが、それでも毎年春になれば見に来る者たちは現れ、
見た者は眠りに就く。
桜の元に行かなくても、誘えてしまうほどになっていたのだ。
例外なのは、ここの庭師と家の主人だ。
名前のおかげか知らないが、私を見て眠りに就く者は現れなかった。
何時しか私は西行妖と呼ばれた。
ただし、主家一族と庭師は、死に誘われないだけで、影響は受けていた。
少しずつ、少しずつ。
だが、確実に。
100年も経てば、手入れされる事を当たり前の様に思ってしまう。
そう、私は庭師による手入れに満足していた。
その庭師の家に子が生まれた。
繁栄するのは良い事だ。
末永く私の手入れをしてもらえる。
しかし、その子が10になった時、高熱を発して三日三晩寝込んだ。
何とか回復したようで、数年後には、庭師の見習いとしてたびたび顔を見かけるようになった。
だが、その表情は常に悪い。
妙に青白く、彼の傍らにはおかしな物が漂っていた。
そして、毎日私の元に来て恨み言を呟いてゆく。
どうして、私が恨まれなければいけないのだろう?
彼もあの声を聞いたという事だろうか?
あれは、私の声じゃない。
私は、伝えることが出来ないのだから。
回復したというのに、傍らに浮かぶ物体――幽霊のおかげで、彼は呪われた子といわれるようになる。
さらには、成長が著しく遅い事が判って、何年経っても容姿が変わらなかった。
彼は、魂魄家で鬼子とされ、忌み嫌われた。
そして私の周囲にも、異変が起きた。
彼が回復してから、人外、異形の物が私を見に来るようになり、
人と同じように一言呟いてから、私の元で眠るようになった。
どうやらあの声が聞こえるらしい。
年が経つにつれ、その数は増えていった。
10年経った。
魂魄家の鬼子、魂魄高毅は20歳になっていた、
はずだが、12歳程度の容姿をしていた。
私は、今でも恨み言を言われる。
多分、私に当たらなければ、自分が潰れてしまうのだろう。
そう解釈し、私は恨み事を聞き続けてきた。
その年の春、4匹の妖怪が現れた。
「これだけの桜を人間が管理するのはもったいない。
我々が管理するから、お前たち人間はより美しい桜にする為にその血を注げ!」
妖怪たちはそう言うと一斉に襲い掛かった。
私は見ている事しかできなかった。
当然といえば、当然だ。
私は桜なのだから。
当時の魂魄家当主を含む、殆どの家人が殺された中、
鬼子と呼ばれた彼だけは妖怪を退治し、西行寺家当主を守り抜いた。
彼は自分の周囲に漂う幽霊が、自分の一部だと気がついていたようだ。
その半身をうまく使い、妖怪たちの隙を衝いて一匹ずつ、確実に仕留めていった。
西行寺当主はこの功績を讃えて魂魄家に妖の字を与えた。
妖怪桜にこれ以上誘われて、人外――妖怪に近づかないようにとの配慮だ。
さらに、魂魄高毅から、魂魄高妖と名を改めた彼に、西行寺当主専属の護衛役を命じた。
その日の夜、彼――魂魄高妖は私の元に来た。
また、いつもの恨み言かな?
そう思っていたら、
「今までごめんな・・・・
この特異な力のおかげで、御館様を護れた。
ありがとう。」
そう、小さく呟くと屋敷に戻っていった。
私は嬉しかった。
こんなに嬉しいのは、あの人が褒めてくれた時以来だった。
その後彼は当主の願いにより、妖怪退治の為の剣術と、
私の力を削ぐ方法を模索する事になる。
削がれるのも、いいかな・・・
そう思ってしまった。
ただ咲いて、散る。
それだけで私は満足なのだから。
妖怪襲撃の事件から、
私は120回程花を咲かせ、散らせた。
西行寺の家には娘が、
長寿の魂魄家にも、息子が生まれていた。
クスン、クスン、
部屋の中から嗚咽が聞こえる。
クスン、クスン、
灯りもつけずに、暗い部屋の中で
少女が泣きじゃくっている。
そんな部屋の周りを、幽霊達が無数に漂っている。
そんな、薄気味の悪い部屋に歩み寄る異国の服を着た少女。
「まったく、可哀そうね・・・あなた達」
漂っていた幽霊達が、少女の為に道を空ける様に退散してゆく。
襖を開けることなく、隙間を開けて部屋に入る。
「幽々子、また泣いていたの?」
「ッく、ぅく、ゆ、かり?」
泣きじゃくっていた西行寺の一人娘、幽々子は赤い目で部屋に侵入した少女を見る。
「えぇ、周りが心配していたわよ?」
「知らない、それに私が部屋に入るなっていったんだもん、」
「もう・・・ほら、泣かないで・・・」
紫は西行寺の娘を優しく抱いて、泣き止ませる。
「・・今日はどうしたの?」
「飼っていた猫が、死んでしまったの・・・」
その膝の上には、冷たくなった猫が一匹横たわっていた。
(・・・あの頃の笑顔は、もう戻らないのかしら・・・)
彼女は、私を見にきた妖怪の一人だ。
危害を加えなければここの庭師は動かない。
だから彼女も危害は加えない。
元々花見が目的なので彼女は毎年私を見に来て、唯一無事に帰っていった。
しかし、ある年、庭の一角で死霊が群れを成していた。
「群れてるなんて珍しいわね・・・何かしら?」
興味を持った彼女が、その群れを覗き込む。
すると、その中心に少女はいた。
7つくらいだろうか?
幼い少女は覗き込んだ彼女に対し微笑んで、こう言った。
「ねぇ、あなたにはこの子達、見える?」
それが彼女――八雲 紫と笑顔の少女、幽々子との出会いだった。
幽々子は、幼い頃から死んだ霊を見ることが出来た。
成長するにつれ、死霊を操れるようになり、
最近は、死霊を作り出す――つまり、生者を死に誘うことが出来るようになった。
そして、その力はどんどん強くなっている。
月日が経つにつれ、周囲から人が減っていった。
腰に刀を佩いた少年が西行妖を見上げる。
「・・・・・」
願はくは
花のしたにて
春死なん
そんな句が、頭の中を過ぎる。
腰に佩いた刀で目の前を一閃し、その句を、振り払う。
「妖忌、行くぞ。」
少年の父、高妖が呼ぶ。
「はい、父上。」
少年は、魂魄家の跡取りだった。
妖怪が忌み恐れる程の人物になるようにと、妖忌と名を付けられた。
彼も、父と同じく半人半霊だった。
そのため、紫と同じく幽々子が見ているものが見えた。
少女が私の周囲を指差す。
「よーきー、あそこに居る人は何をしてるのかしら?」
「あそこ、ですか?」
普通の人間には見えないが、妖忌には、見える。
目を凝らすと、そこには枝に縄を引っ掛けてぶら下がる死霊がこちらを見て、手招きしていた。
「お嬢さま、あれは危険です。」
「どうして?おいでおいでをしているわ。」
「だからです。
お嬢様や私に自分と同じ事をさせようとしているのです。」
そう彼が説明すると、死霊が悔しそうに舌打ちし、その場から掻き消えた。
「あらら・・・」
彼は危なっかしい幽々子をいつも心配していた。
その光景は微笑ましいものだった。
一人、また一人と、居なくなる。
春が来る頃には、その屋敷の住人は
西行寺当主とその妻、娘の幽々子と庭師の魂魄高妖とその息子で見習いの妖忌
の僅か5人だけとなっていた。
少女は、見るからにやつれていた。
涙は、もう、枯れるほど流していた。
そして、少女はその日、決意する。
「こんばんわ、西行妖。」
狭間の色を名に持つ少女が私に語りかける。
まだ満開には早いのに・・・
「あなたは生を吸いすぎた。」
・・・花見じゃないのね。
私は・・・
「魂は天昇しても、吸った生はあなたの中に溜まり、力を強くしていった。」
私は・・・咲いただけ。
「そうね、あなたはただ見た者の心を奪う程度の能力しか無いわ。」
喜んでもらえたから、もっと喜んでもらえるように咲いただけ・・・
「でも、あなたの中に残ってしまった願いが奪われた心の空白に埋まってしまうの。」
私の中に残った・・・願い・・・
「そして、強くなりすぎた力は、あの一族の少女に影響を与えた。」
私の元で眠りに就く事。
「・・・・どうしてあなたは桜だったのかしら・・・
桜だから溜め込んでしまった・・・
槐なら、送れたものを・・・」
彼女は最後に小さく呟くと、挟間に身を隠し去っていった。
次の日の朝、まだ薄暗い中、少女は歩いていた。
前日、少女はいつもどおりに父母と会話をしていただけだった。
少女の周りの人が死んでいった。
少女には特別な力がある。
つまり、少女が、原因なのだ。
そして決意。
「父さま、母さま、私を一人にしてください。」
と。
彼女なりに考えた末の言葉だった。
自分が死に誘うのならば、隔離されれば誰も影響を受けないだろうと。
父母も娘のその考えを汲み取った。
「わかった。」「明日の朝にでも部屋を用意しましょう。」
幽々子は、これで被害が止まる。そう、信じていた。
だが、誰も気がついていなかった。
誘うというのは、相手に願う行為。
幽々子の力は、死に関係の無い言葉でも願う行為ならば、
相手を死に誘ってしまう程強くなっていた事を。
朝になるまで、誰も・・・
妖忌は、眠る前に西行寺当主に呼び出された。
なんと、幽々子の護衛を正式に任せるとの事だった。
それと同時に、幽々子の決意を伝えられた。
つまり、護衛ではなく、近寄ろうとする者を阻む役目。
そして、妖忌自身も近づく事は許されなかった。
・・・何が護衛か!
握り締めた拳からは、赤い雫が滴り落ちた。
起床した妖忌は一通の書置きを見つける。
そこには、震えた短い文が書かれていた。
書置きを握りつぶすと彼はすぐさま走った。
西行妖の元に。
「こんばんわ、西行妖」
まだ薄暗い早朝、少女は私の元に来た。
目は赤い。
「最後に、あなたを見たかったの。」
私を、見に来てくれたの?
「んー・・まだ、開ききってないのね・・・残念・・・」
私の満開を待っているのね?
少女は私の根元に腰を下ろすと、幹に持たれて仰ぎ見る。
「はぁ・・・、どうして、こんなことになったのかな・・・」
それは・・・私の、責任・・・
「私は、普通に生きたかっただけなのに・・・
あなたも、そうなんでしょ?」
え・・・
「あぁ、最後に、見たかったな・・・」
寂しそうに、呟く。
私は、咲いた。
「あッ―――」
彼女の願いを叶える為に、
「ありがとう、」
枯れ果てた筈の涙が、
少女の頬を伝った。
「私の生が誘う事なら、
私は己を誘いましょう。
あの満開の花の下で」
私の元にたどり着いた彼は、心奪われた。
「・・・満開・・・だと・・・」
私は、今までに無いほど美しく、優雅に咲き誇っていた。
私の根元で、眠るような安らかな顔で横たわる少女の姿・・・
「お嬢さま・・たった15年で・・・」
がくりと膝を着き、少女の頬に手を添える。
自分と5つしか違わない。
こんなに悲しい事があって良いのだろうか?
流れる涙は止まらない。
そんな涙をぬぐう事もせず、彼女を抱き起こすと、
師であり、父である高妖の元に走っていった。
「父上ッ!」
「妖忌か?
・・・そうか、遂に、絶えたか・・・」
父はすでに西行寺家の生存者が居ない事を知っていたようだ。
「これじゃあ・・・あまりにも悲しすぎる。」
そっと幽々子の体を床に寝かせる。
「・・・妖忌、魂魄家は西行寺に尽くす事こそが存在意義だ。」
「・・・つまり、」
「主家が全て黄泉路を辿ったと言う事は、
その従者も追わねばなるまい。」
つまり、後を追え――死ねという事だ。
「あら、死んでしまってはあの子に会えないでしょ?」
少女の声と共に、
不意に空間に亀裂が入る。
亀裂から、少女が姿を現す。
「お前は・・・」
「おぉ、紫どの」
どうやら父はこの妖怪の娘の事を知っているようだ。
「お願いできますか?」
「そうね、幽々子の為だから、請け負ってあげるわ。」
そう言うと、新たに亀裂を作り出し、俺を引きずり込む。
「父上、父上は、どうなさるのですか!?」
「西行妖を、封印する。
この身に変えて、な。」
そして、それが父の最期の言葉だった。
意識が途切れる。
「すまんな、」
男が桜にあやまる。
今、桜はその根の下に、少女の体を包んでいる。
先ほど彼が埋めたのだ。
「書置きも残した・・・息子ならば気がついてくれるだろう。」
空間が割れて、先ほどの少女が顔を出す。
「さ、藍、彼を手伝いなさい。」
「はい、紫さま。」
空間のスキマから狐の尻尾をいくつか生やした少女が現れる。
300年程前に砕かれそうな所を救った狐の妖怪に式を憑けた物だ。
「ありがとう、それでは、封印を始める。」
力を削ぐ方法を模索した結果、開花しなければ、死に誘うことは無いと結論に至った。
それは桜として、花の役割を殺す事になる。
しかし、これだけ力を蓄えた存在を力で封印するのは無理だ。
西行妖と同等か、それ以上の「死」でもって花の役割を殺す。
そして、その力をもった存在が幽々子だった。
彼女は、桜を封印するために生まれてきた存在だった。
「西行寺 幽々子の肉体を、この封印の要といたす。
少女の魂が還るその時まで、
二度と、咲く事の、無き、よ・・・う、」
ドサリと、高妖が倒れる。
一枚の紙が懐から落ちる。
「あッ」
藍が急いで駆け寄るが、既に事切れていた。
「この封印、一つ矛盾が生じたわ。」
「矛盾・・・ですか?」
「開花で死に誘い、散る事で魂を還す。
それを封じておきながら、封印の期間が魂が還るまで、となっているわ。
この矛盾の為に、彼は封印を完成させながら、反動で死んでしまったのね・・・」
そう言って、落ちた紙を拾い上げる。
しかし、封印は完成した。
あたり一面、桜の花びらが舞っている。
開花を無くされたので、今まで咲いていた、全ての花びらが散っているのだ。
「・・・・任された仕事は、最後までやってあげるわ」
拾い上げた紙を読んで、そう呟く。
「藍、西行妖を冥界に反転させるわよ。」
「は、はい。」
封印をより強固にする為に、幽々子に近い場所に移動させる。
これが最後に任された仕事だった。
境界を操れる彼女にしかできない仕事だった。
「富士見の娘、西行妖満開の時、幽明境を分かつ、
その魂、白玉楼中で安らむ様、西行妖の花を封印しこれを持って結界とする。
願うなら、二度と苦しみを味わうことの無い様、永久に転生することを忘れ・・・」
「・・ぉき、・・・」
呼びかける声。
「う・・・・うぅ、」
「やっと起きたのね、妖忌。」
「ッ・・・ここは・・・?」
声に呼び起こされて、目を開ける。
見慣れた場所だ。
「何言ってるの妖忌、
ここは白玉楼よ?」
「ゆ、幽々子お嬢さま!?
それに、白玉楼という事は・・・・ここは、冥界?」
「何言ってるのよ、あたりまえじゃない。」
ケラケラと笑い転げる。
何か違和感を感じる。
あの幽々子お嬢さまが笑っている。
お腹を抱えて。
それに、冥界に居るという事に違和感を持っていない・・・
空間に亀裂が入る。
「ふ~、ただいま~」
「お帰りなさい、ゆかり~」
「あら、まだ寝てれば良かったのに、・・・フフフ」
この少女・・・そうだ、変な場所に引きずりこまれて意識を失ったんだ。
「煩い、お嬢さまにちょっかい出す妖怪を見張るのが俺の仕事なんでな。」
そう言うと、紫と幽々子が顔を見合わせて笑う。
「あははははッ、あなた腰の物を見てから言いなさいよ。」
「そうよ、妖忌。なんで此処でそんな刀が役に立つはず無いじゃない。」
そうだ・・・冥界の幽霊は実体が無い。
普通の刀では、なんの役にも立たない。
「そんな妖忌には後で刀をプレゼントしてあげるわ。
幽霊が鍛えた名刀よ。
それより、あの咲かない桜でも見に行きましょ。」
「そうね、言ってくるといいわ。・・・ビックリするとおもうから。」
「あら、紫は行かないの?」
「えぇ、書架に用事があるの。」
「そう、じゃあいきましょ、妖忌。」
「あ、幽々子お嬢さま、咲かない桜とは?」
「もう、忘れちゃったの?
西行妖よ。」
そう言うと、スタスタと先に行ってしまう。
あぁ、そうか。
幽々子さまは、以前の記憶が改ざんされているのか・・・
最初から、亡霊であると、
昔から、桜は咲かないと、
そして、違和感を消すために先ほどの少女が西行妖をどうにかして、持ってきたのだろう。
ようやく状態を理解した俺は、幽々子様の後を追いかけた。
妖忌はその後、結婚し、子供を授かった。
女の子だった。
名を華妖と付けた。
体が弱かった為に、庭師と護衛は任せられなかった。
その娘は、孫娘を自らの命と引き換えに産み落とした。
その孫娘の名を、
妖夢
と付けた。
そして、
妖夢が20歳の時妖忌は、全てを伝えたつもりで、
冥界に来て300年たったある日、妖夢と幽々子の前から姿を消した。
そして、さらに10年が経った。
この間、冥界の雰囲気は180度変わっていた。
今の庭師兼護衛が先代ほど、威圧感が――威厳がないのだ。
そんな妖夢も半人半霊だから、肉体の成長が遅い。
30の年を生きたが、外見は主人である幽々子と同年代か、少ししたの、
14、5歳程度だった。
「よーむー、よーむー、」
彼女の主人が名前を呼ぶ。
「なんですか、幽々子様。」
「来るのが遅いわよ、妖夢。」
「・・・庭の掃除してたんですよ?」
「まぁいいわ、それより、して欲しい事があるの。」
「なんですか?」
「春を集めてきなさい。」
そう、命を下した幽々子の左手には、古い紙切れが握られていたのだった。
私を見に来る者達が、
私の元で眠りに就き始めたのは。
一番最初の記憶・・・
「美しい・・・
心奪われるようだ・・・」
そう、誰かに、褒められた気がした。
私は多分、嬉しかったのだろう。
私は、頑張って咲いた。
張り切って満開した。
褒めてくれたその人は、私の姿を嬉しそうに見てくれた。
その人は、句に願いを込めて詠んだ。
願はくは
花のしたにて
春死なん
そのきさらぎの
望月の頃
微笑んでくれたその人は、その願い通り、眠りについた。
願い通り、満開に咲いた、私が見守る中。
念仏を唱えながら。
咲いている間、その人をとても身近に感じたが、
花が散ったとき、私の中からその人が居無くなったのを感じた。
それでも、私の中には残ったものが、あった
確かに、あった。
あの人の 願い が。
私は思った。
私が咲けばみんな見に来てくれる。
私が咲いたのを喜んでくれる。
それは、開花と満開の充実感。
私は、一層咲き誇った。
多くの人々が私の元を訪れ、心奪われていった。
ただ、あの人が願った後、少しだけ、変わった。
花を咲かせるとみんな、私の元で眠りたがるのだ。
私には止める手立てが無い。
それに、眠りたいのを無理にやめさせる理由も無い。
眠った者達は、決まって、一言呟いてから色々な方法で眠りに就く。
眠る者が現れる度に、私の中に眠った彼らが集う。
集う度に何ともいえない充実を感じた。
そして、花が散るときに集った彼らが力なく、一斉に抜けてゆく。
その一瞬は、何ともいえない心地よさだ。
私は春が訪れるたびに、一層咲き誇った。
そして、一層美しく花を散らせた。
何時しか私は、あの人の名にちなんで、
西行大桜と名前を付けられた。
名前だ。
名前とは、その存在を現す言葉。
大きく美しい。それが、私。
私を訪れる者達が一層増えた。
それと同じだけ、眠るも者も増えた。
あの人がいなくなって、200回以上も花を咲かせたある日
あの人と同じ匂いのする一族がやってきた。
私の前で、家臣の者となにやら会話している。
花が咲くのはもっと後なのに・・・
なんだろう?
「西行寺の名と幽の一字と共に、この妖怪桜の管理の任を命じられた・・・
それが、朝廷の出した我が家の再興の条件らしい。」
妖怪桜・・・
そんな、何で私が?
私は咲いていただけなのに・・・
見に来た人の喜ぶ顔が見たかったのに・・・
更に話は続く。
「この桜は生者を死に誘う。
しかし、この桜は枯らすなとの命も受けている。
そこで、この桜の手入れを汝ら一族に命じる。」
「はッ、」
「そして、汝ら一族には魂魄の名を与えよう。
名はその者を現す。
死に誘うというのは、肉体から魂魄を切り離すように仕向ける事。
魂魄の名を肉体に持てば、死に誘われても大丈夫だろう。」
「しかし、御館様は死に誘われてしまうのではないでしょうか?」
「案ずるな。
我が一族が貰った幽の字は、既に死んだ者として扱われる為に死に誘われないそうだ。」
私が死に誘う・・・?
みんな勝手に見に来て、
勝手に眠るだけじゃない!
私は、
悪くない!
西行寺家が管理する事になったが、それでも毎年春になれば見に来る者たちは現れ、
見た者は眠りに就く。
桜の元に行かなくても、誘えてしまうほどになっていたのだ。
例外なのは、ここの庭師と家の主人だ。
名前のおかげか知らないが、私を見て眠りに就く者は現れなかった。
何時しか私は西行妖と呼ばれた。
ただし、主家一族と庭師は、死に誘われないだけで、影響は受けていた。
少しずつ、少しずつ。
だが、確実に。
100年も経てば、手入れされる事を当たり前の様に思ってしまう。
そう、私は庭師による手入れに満足していた。
その庭師の家に子が生まれた。
繁栄するのは良い事だ。
末永く私の手入れをしてもらえる。
しかし、その子が10になった時、高熱を発して三日三晩寝込んだ。
何とか回復したようで、数年後には、庭師の見習いとしてたびたび顔を見かけるようになった。
だが、その表情は常に悪い。
妙に青白く、彼の傍らにはおかしな物が漂っていた。
そして、毎日私の元に来て恨み言を呟いてゆく。
どうして、私が恨まれなければいけないのだろう?
彼もあの声を聞いたという事だろうか?
あれは、私の声じゃない。
私は、伝えることが出来ないのだから。
回復したというのに、傍らに浮かぶ物体――幽霊のおかげで、彼は呪われた子といわれるようになる。
さらには、成長が著しく遅い事が判って、何年経っても容姿が変わらなかった。
彼は、魂魄家で鬼子とされ、忌み嫌われた。
そして私の周囲にも、異変が起きた。
彼が回復してから、人外、異形の物が私を見に来るようになり、
人と同じように一言呟いてから、私の元で眠るようになった。
どうやらあの声が聞こえるらしい。
年が経つにつれ、その数は増えていった。
10年経った。
魂魄家の鬼子、魂魄高毅は20歳になっていた、
はずだが、12歳程度の容姿をしていた。
私は、今でも恨み言を言われる。
多分、私に当たらなければ、自分が潰れてしまうのだろう。
そう解釈し、私は恨み事を聞き続けてきた。
その年の春、4匹の妖怪が現れた。
「これだけの桜を人間が管理するのはもったいない。
我々が管理するから、お前たち人間はより美しい桜にする為にその血を注げ!」
妖怪たちはそう言うと一斉に襲い掛かった。
私は見ている事しかできなかった。
当然といえば、当然だ。
私は桜なのだから。
当時の魂魄家当主を含む、殆どの家人が殺された中、
鬼子と呼ばれた彼だけは妖怪を退治し、西行寺家当主を守り抜いた。
彼は自分の周囲に漂う幽霊が、自分の一部だと気がついていたようだ。
その半身をうまく使い、妖怪たちの隙を衝いて一匹ずつ、確実に仕留めていった。
西行寺当主はこの功績を讃えて魂魄家に妖の字を与えた。
妖怪桜にこれ以上誘われて、人外――妖怪に近づかないようにとの配慮だ。
さらに、魂魄高毅から、魂魄高妖と名を改めた彼に、西行寺当主専属の護衛役を命じた。
その日の夜、彼――魂魄高妖は私の元に来た。
また、いつもの恨み言かな?
そう思っていたら、
「今までごめんな・・・・
この特異な力のおかげで、御館様を護れた。
ありがとう。」
そう、小さく呟くと屋敷に戻っていった。
私は嬉しかった。
こんなに嬉しいのは、あの人が褒めてくれた時以来だった。
その後彼は当主の願いにより、妖怪退治の為の剣術と、
私の力を削ぐ方法を模索する事になる。
削がれるのも、いいかな・・・
そう思ってしまった。
ただ咲いて、散る。
それだけで私は満足なのだから。
妖怪襲撃の事件から、
私は120回程花を咲かせ、散らせた。
西行寺の家には娘が、
長寿の魂魄家にも、息子が生まれていた。
クスン、クスン、
部屋の中から嗚咽が聞こえる。
クスン、クスン、
灯りもつけずに、暗い部屋の中で
少女が泣きじゃくっている。
そんな部屋の周りを、幽霊達が無数に漂っている。
そんな、薄気味の悪い部屋に歩み寄る異国の服を着た少女。
「まったく、可哀そうね・・・あなた達」
漂っていた幽霊達が、少女の為に道を空ける様に退散してゆく。
襖を開けることなく、隙間を開けて部屋に入る。
「幽々子、また泣いていたの?」
「ッく、ぅく、ゆ、かり?」
泣きじゃくっていた西行寺の一人娘、幽々子は赤い目で部屋に侵入した少女を見る。
「えぇ、周りが心配していたわよ?」
「知らない、それに私が部屋に入るなっていったんだもん、」
「もう・・・ほら、泣かないで・・・」
紫は西行寺の娘を優しく抱いて、泣き止ませる。
「・・今日はどうしたの?」
「飼っていた猫が、死んでしまったの・・・」
その膝の上には、冷たくなった猫が一匹横たわっていた。
(・・・あの頃の笑顔は、もう戻らないのかしら・・・)
彼女は、私を見にきた妖怪の一人だ。
危害を加えなければここの庭師は動かない。
だから彼女も危害は加えない。
元々花見が目的なので彼女は毎年私を見に来て、唯一無事に帰っていった。
しかし、ある年、庭の一角で死霊が群れを成していた。
「群れてるなんて珍しいわね・・・何かしら?」
興味を持った彼女が、その群れを覗き込む。
すると、その中心に少女はいた。
7つくらいだろうか?
幼い少女は覗き込んだ彼女に対し微笑んで、こう言った。
「ねぇ、あなたにはこの子達、見える?」
それが彼女――八雲 紫と笑顔の少女、幽々子との出会いだった。
幽々子は、幼い頃から死んだ霊を見ることが出来た。
成長するにつれ、死霊を操れるようになり、
最近は、死霊を作り出す――つまり、生者を死に誘うことが出来るようになった。
そして、その力はどんどん強くなっている。
月日が経つにつれ、周囲から人が減っていった。
腰に刀を佩いた少年が西行妖を見上げる。
「・・・・・」
願はくは
花のしたにて
春死なん
そんな句が、頭の中を過ぎる。
腰に佩いた刀で目の前を一閃し、その句を、振り払う。
「妖忌、行くぞ。」
少年の父、高妖が呼ぶ。
「はい、父上。」
少年は、魂魄家の跡取りだった。
妖怪が忌み恐れる程の人物になるようにと、妖忌と名を付けられた。
彼も、父と同じく半人半霊だった。
そのため、紫と同じく幽々子が見ているものが見えた。
少女が私の周囲を指差す。
「よーきー、あそこに居る人は何をしてるのかしら?」
「あそこ、ですか?」
普通の人間には見えないが、妖忌には、見える。
目を凝らすと、そこには枝に縄を引っ掛けてぶら下がる死霊がこちらを見て、手招きしていた。
「お嬢さま、あれは危険です。」
「どうして?おいでおいでをしているわ。」
「だからです。
お嬢様や私に自分と同じ事をさせようとしているのです。」
そう彼が説明すると、死霊が悔しそうに舌打ちし、その場から掻き消えた。
「あらら・・・」
彼は危なっかしい幽々子をいつも心配していた。
その光景は微笑ましいものだった。
一人、また一人と、居なくなる。
春が来る頃には、その屋敷の住人は
西行寺当主とその妻、娘の幽々子と庭師の魂魄高妖とその息子で見習いの妖忌
の僅か5人だけとなっていた。
少女は、見るからにやつれていた。
涙は、もう、枯れるほど流していた。
そして、少女はその日、決意する。
「こんばんわ、西行妖。」
狭間の色を名に持つ少女が私に語りかける。
まだ満開には早いのに・・・
「あなたは生を吸いすぎた。」
・・・花見じゃないのね。
私は・・・
「魂は天昇しても、吸った生はあなたの中に溜まり、力を強くしていった。」
私は・・・咲いただけ。
「そうね、あなたはただ見た者の心を奪う程度の能力しか無いわ。」
喜んでもらえたから、もっと喜んでもらえるように咲いただけ・・・
「でも、あなたの中に残ってしまった願いが奪われた心の空白に埋まってしまうの。」
私の中に残った・・・願い・・・
「そして、強くなりすぎた力は、あの一族の少女に影響を与えた。」
私の元で眠りに就く事。
「・・・・どうしてあなたは桜だったのかしら・・・
桜だから溜め込んでしまった・・・
槐なら、送れたものを・・・」
彼女は最後に小さく呟くと、挟間に身を隠し去っていった。
次の日の朝、まだ薄暗い中、少女は歩いていた。
前日、少女はいつもどおりに父母と会話をしていただけだった。
少女の周りの人が死んでいった。
少女には特別な力がある。
つまり、少女が、原因なのだ。
そして決意。
「父さま、母さま、私を一人にしてください。」
と。
彼女なりに考えた末の言葉だった。
自分が死に誘うのならば、隔離されれば誰も影響を受けないだろうと。
父母も娘のその考えを汲み取った。
「わかった。」「明日の朝にでも部屋を用意しましょう。」
幽々子は、これで被害が止まる。そう、信じていた。
だが、誰も気がついていなかった。
誘うというのは、相手に願う行為。
幽々子の力は、死に関係の無い言葉でも願う行為ならば、
相手を死に誘ってしまう程強くなっていた事を。
朝になるまで、誰も・・・
妖忌は、眠る前に西行寺当主に呼び出された。
なんと、幽々子の護衛を正式に任せるとの事だった。
それと同時に、幽々子の決意を伝えられた。
つまり、護衛ではなく、近寄ろうとする者を阻む役目。
そして、妖忌自身も近づく事は許されなかった。
・・・何が護衛か!
握り締めた拳からは、赤い雫が滴り落ちた。
起床した妖忌は一通の書置きを見つける。
そこには、震えた短い文が書かれていた。
書置きを握りつぶすと彼はすぐさま走った。
西行妖の元に。
「こんばんわ、西行妖」
まだ薄暗い早朝、少女は私の元に来た。
目は赤い。
「最後に、あなたを見たかったの。」
私を、見に来てくれたの?
「んー・・まだ、開ききってないのね・・・残念・・・」
私の満開を待っているのね?
少女は私の根元に腰を下ろすと、幹に持たれて仰ぎ見る。
「はぁ・・・、どうして、こんなことになったのかな・・・」
それは・・・私の、責任・・・
「私は、普通に生きたかっただけなのに・・・
あなたも、そうなんでしょ?」
え・・・
「あぁ、最後に、見たかったな・・・」
寂しそうに、呟く。
私は、咲いた。
「あッ―――」
彼女の願いを叶える為に、
「ありがとう、」
枯れ果てた筈の涙が、
少女の頬を伝った。
「私の生が誘う事なら、
私は己を誘いましょう。
あの満開の花の下で」
私の元にたどり着いた彼は、心奪われた。
「・・・満開・・・だと・・・」
私は、今までに無いほど美しく、優雅に咲き誇っていた。
私の根元で、眠るような安らかな顔で横たわる少女の姿・・・
「お嬢さま・・たった15年で・・・」
がくりと膝を着き、少女の頬に手を添える。
自分と5つしか違わない。
こんなに悲しい事があって良いのだろうか?
流れる涙は止まらない。
そんな涙をぬぐう事もせず、彼女を抱き起こすと、
師であり、父である高妖の元に走っていった。
「父上ッ!」
「妖忌か?
・・・そうか、遂に、絶えたか・・・」
父はすでに西行寺家の生存者が居ない事を知っていたようだ。
「これじゃあ・・・あまりにも悲しすぎる。」
そっと幽々子の体を床に寝かせる。
「・・・妖忌、魂魄家は西行寺に尽くす事こそが存在意義だ。」
「・・・つまり、」
「主家が全て黄泉路を辿ったと言う事は、
その従者も追わねばなるまい。」
つまり、後を追え――死ねという事だ。
「あら、死んでしまってはあの子に会えないでしょ?」
少女の声と共に、
不意に空間に亀裂が入る。
亀裂から、少女が姿を現す。
「お前は・・・」
「おぉ、紫どの」
どうやら父はこの妖怪の娘の事を知っているようだ。
「お願いできますか?」
「そうね、幽々子の為だから、請け負ってあげるわ。」
そう言うと、新たに亀裂を作り出し、俺を引きずり込む。
「父上、父上は、どうなさるのですか!?」
「西行妖を、封印する。
この身に変えて、な。」
そして、それが父の最期の言葉だった。
意識が途切れる。
「すまんな、」
男が桜にあやまる。
今、桜はその根の下に、少女の体を包んでいる。
先ほど彼が埋めたのだ。
「書置きも残した・・・息子ならば気がついてくれるだろう。」
空間が割れて、先ほどの少女が顔を出す。
「さ、藍、彼を手伝いなさい。」
「はい、紫さま。」
空間のスキマから狐の尻尾をいくつか生やした少女が現れる。
300年程前に砕かれそうな所を救った狐の妖怪に式を憑けた物だ。
「ありがとう、それでは、封印を始める。」
力を削ぐ方法を模索した結果、開花しなければ、死に誘うことは無いと結論に至った。
それは桜として、花の役割を殺す事になる。
しかし、これだけ力を蓄えた存在を力で封印するのは無理だ。
西行妖と同等か、それ以上の「死」でもって花の役割を殺す。
そして、その力をもった存在が幽々子だった。
彼女は、桜を封印するために生まれてきた存在だった。
「西行寺 幽々子の肉体を、この封印の要といたす。
少女の魂が還るその時まで、
二度と、咲く事の、無き、よ・・・う、」
ドサリと、高妖が倒れる。
一枚の紙が懐から落ちる。
「あッ」
藍が急いで駆け寄るが、既に事切れていた。
「この封印、一つ矛盾が生じたわ。」
「矛盾・・・ですか?」
「開花で死に誘い、散る事で魂を還す。
それを封じておきながら、封印の期間が魂が還るまで、となっているわ。
この矛盾の為に、彼は封印を完成させながら、反動で死んでしまったのね・・・」
そう言って、落ちた紙を拾い上げる。
しかし、封印は完成した。
あたり一面、桜の花びらが舞っている。
開花を無くされたので、今まで咲いていた、全ての花びらが散っているのだ。
「・・・・任された仕事は、最後までやってあげるわ」
拾い上げた紙を読んで、そう呟く。
「藍、西行妖を冥界に反転させるわよ。」
「は、はい。」
封印をより強固にする為に、幽々子に近い場所に移動させる。
これが最後に任された仕事だった。
境界を操れる彼女にしかできない仕事だった。
「富士見の娘、西行妖満開の時、幽明境を分かつ、
その魂、白玉楼中で安らむ様、西行妖の花を封印しこれを持って結界とする。
願うなら、二度と苦しみを味わうことの無い様、永久に転生することを忘れ・・・」
「・・ぉき、・・・」
呼びかける声。
「う・・・・うぅ、」
「やっと起きたのね、妖忌。」
「ッ・・・ここは・・・?」
声に呼び起こされて、目を開ける。
見慣れた場所だ。
「何言ってるの妖忌、
ここは白玉楼よ?」
「ゆ、幽々子お嬢さま!?
それに、白玉楼という事は・・・・ここは、冥界?」
「何言ってるのよ、あたりまえじゃない。」
ケラケラと笑い転げる。
何か違和感を感じる。
あの幽々子お嬢さまが笑っている。
お腹を抱えて。
それに、冥界に居るという事に違和感を持っていない・・・
空間に亀裂が入る。
「ふ~、ただいま~」
「お帰りなさい、ゆかり~」
「あら、まだ寝てれば良かったのに、・・・フフフ」
この少女・・・そうだ、変な場所に引きずりこまれて意識を失ったんだ。
「煩い、お嬢さまにちょっかい出す妖怪を見張るのが俺の仕事なんでな。」
そう言うと、紫と幽々子が顔を見合わせて笑う。
「あははははッ、あなた腰の物を見てから言いなさいよ。」
「そうよ、妖忌。なんで此処でそんな刀が役に立つはず無いじゃない。」
そうだ・・・冥界の幽霊は実体が無い。
普通の刀では、なんの役にも立たない。
「そんな妖忌には後で刀をプレゼントしてあげるわ。
幽霊が鍛えた名刀よ。
それより、あの咲かない桜でも見に行きましょ。」
「そうね、言ってくるといいわ。・・・ビックリするとおもうから。」
「あら、紫は行かないの?」
「えぇ、書架に用事があるの。」
「そう、じゃあいきましょ、妖忌。」
「あ、幽々子お嬢さま、咲かない桜とは?」
「もう、忘れちゃったの?
西行妖よ。」
そう言うと、スタスタと先に行ってしまう。
あぁ、そうか。
幽々子さまは、以前の記憶が改ざんされているのか・・・
最初から、亡霊であると、
昔から、桜は咲かないと、
そして、違和感を消すために先ほどの少女が西行妖をどうにかして、持ってきたのだろう。
ようやく状態を理解した俺は、幽々子様の後を追いかけた。
妖忌はその後、結婚し、子供を授かった。
女の子だった。
名を華妖と付けた。
体が弱かった為に、庭師と護衛は任せられなかった。
その娘は、孫娘を自らの命と引き換えに産み落とした。
その孫娘の名を、
妖夢
と付けた。
そして、
妖夢が20歳の時妖忌は、全てを伝えたつもりで、
冥界に来て300年たったある日、妖夢と幽々子の前から姿を消した。
そして、さらに10年が経った。
この間、冥界の雰囲気は180度変わっていた。
今の庭師兼護衛が先代ほど、威圧感が――威厳がないのだ。
そんな妖夢も半人半霊だから、肉体の成長が遅い。
30の年を生きたが、外見は主人である幽々子と同年代か、少ししたの、
14、5歳程度だった。
「よーむー、よーむー、」
彼女の主人が名前を呼ぶ。
「なんですか、幽々子様。」
「来るのが遅いわよ、妖夢。」
「・・・庭の掃除してたんですよ?」
「まぁいいわ、それより、して欲しい事があるの。」
「なんですか?」
「春を集めてきなさい。」
そう、命を下した幽々子の左手には、古い紙切れが握られていたのだった。
それで今物語りを書いたり(号泣)
物語、面白くてためになりました。