※※ はじめに。
※※ この作品中において、妖夢は妹キャラです。
※※ ( ゚Д゚)ハァ?何いってんの? と言う方は速やかにBackSpace、あるいはAlt+←を押すことをお薦めします。
勢いよく障子を開き、伸びをしながら新鮮な朝の光と空気を胸一杯まで吸い込む。
今日もよく冷える。きりっとした冬の匂いのする冷たい空気がまだ眠気の残っていた頭をすっきりさせてくれる。
最近朝晩がめっきり冷え込んでいる。一度妖夢に注意するよう言っておこう、西行寺で風邪でもひいたら大変だ。
妖夢はまだ寝ているらしい。
三和土に下りて簡単に朝の用意をしてから、まだ寝ている妖夢を起こしに行く。
「おーい妖夢、入るぞ~」
板張りから一つ声をかけて、障子を開ける。
「 ーーーすぅ ーーーくぅ」
布団にくるまって、この世はかくも極楽浄土であるとでも言うかのように実に気持ちよさそうに寝ているのが俺の妹、魂魄妖夢。まだ幼いのに名家西行寺家に仕える、俺の自慢の妹だ。
西行寺家の先代庭師兼お嬢様の警護役だったじいちゃんの妖忌が、突如ふらりといなくなってからはずっと妖夢がじいちゃんの代わりに仕えている。どうしてじいちゃんの代わりとして選ばれたのが俺でなく妖夢であるのかはよく知らない。あまり俺に庭師としての才能がなかったからだとか、西行寺のお嬢様が同性を望んだからだなどと聞くが、正直興味もない。
それに、数年に一度不定期的に暇――幽々子様が友人の結界師だかの家にお泊まりに行くらしい一日の間――をもらってこの家に帰ってきたときにはいつも、実に楽しそうに、これ以上ない笑顔で西行寺の出来事を語って聞かせてくれるので兄としてもこれ以上望むべくはない。
今日はそんな貴重な、兄妹水入らずで過ごすことのできる日だ。
さて、それはそれは幸せそうな寝顔を見せられて、少々起こすのに気が引けてくる。 そもそも家に帰ってきたのも昨日の晩、疲れてもいるだろうしゆっくり寝かせておいてあげたい気もする。
がしかしっ。さっきも言ったが今日は貴重な日だ。
心の中で咳払い一つ、心を鬼にして。
「お~い、妖夢。朝だぞ。起きろ~」
言いながら枕元にかがんでふにふにと、まだ幼い丸みの残る愛らしい頬を引っ張ってみる。
う~ん。炊きたてのご飯のようにつやつやと白く輝く肌が、つきたてのお餅のようにあたたかくやわらかくよくのびる。
「むにゃ・・・ぅ-」
よし、起きたな。
ぱさ、と上半身だけおこして、
「兄さん、朝ですよ。もぅ、寝惚けてないで早く起きてください~~」
って全然起きてないし!
「寝惚けてんのは妖夢の方だぞ…。おい、起きろ~」
そもそも、この格好はなんなのか。年頃の女の子がYシャツ一枚で寝ていて良いものだろうか。
なおもしばらくの間焦点の合っていない目でしばらく うにゃ? とか ふぇぇ~~ とか言う妖夢をつついていると、やっと目が覚めてきたか軽く目を擦って伸びをした後、
「あ、兄さん。おはようございます」
にぱぁーっ、と部屋全体が明るくなるような笑顔で挨拶をする。
「おはよう、妖夢。あー、その……どうでもいいことなんだが……どうしてそんな格好で寝てるんだ? 大きくてだぼだぼのYシャツ一枚では…えーとそうだな、流石にこの季節、寒そうに見えるんだが」
「えぇ~、兄さんこれはYシャツじゃなくてブラウスです」
「…なんだって?」
だったら俺が今まで裸Yシャツだと思ってたものは裸ブラウスだったのか騙された…とは思ったものの俺には違いがわからないし、そもそも大した違いはないように思うがどうでもいいかというか、ちょっと、その姿はそそrいやいや今何も考えてなかったぞ俺。
あー、なんだか思考が混乱してきたな…
「ってー。それ、よく見たら俺のYシャツじゃない?」
「あ、ばれちゃいました?」
ちらりと舌を出していたずらっぽい表情になる。
…ってやっぱりYシャツなのかよどっちなんだよ!
「ええと、実は西行寺から寝間着を持って帰り忘れてですね……勝手に兄さんのを借りてしまいました。ごめんなさい」
「いつの間に…ああ、ま、いいけどさ」
まったく。兄をからかうもんじゃない。
しかし結局Yシャツとブラウスの違いはどこにあるんだろうか。
これは男の夢と浪漫とが一つ失われるかどうかの重要な問題じゃなかろうか!
…などととりとめもなく考えていたら、そんなことより身体が食事をほしがっているのに気づく。
「あー、それより、朝ご飯出来てるぞ。早く食おうぜ、俺腹減ったよ」
「はい、そうですね。って、あ。作ってくれたんですね。ごめんなさい、せっかく帰ってるのに。夜は私が作りますね」
「あー、良い良い。気にするなぃそんなこと。まぁ、妖夢が作るより味は落ちるかな?」
「そ、そんなことないですよ! 兄さんの作るご飯はいつも楽しみにしています!」
わざわざ、ぐ、と両手を握りしめて力説してくれる。
「そんなにたいした腕は持ってないはずだけど…そう言ってくれると嬉しいよ」
「はい!!!」
あんまり気合いを入れるものだから、ついおかしくてクスクス笑ってしまう。
するとつられて妖夢もあはは、と笑みが零れる。
「よし、今日はゆっくりして帰れよ」
「はいっ! めいいっぱいゆっくりしていきます!」
めいいっぱいゆっくりってなんだ。
でも、はは、うん。妖夢らしい、真っ直ぐな良い返事だ。
「「いただきます」」
手と声を合わせて、朝を食べ始める。
しばし、静寂が場を支配する。
今朝の献立は、エノキのみそ汁、鮭の粕漬け、野菜の煮物、そしてもちろんあったかほかほかご飯。ごく簡単な普通の和食だ。
――うん。悪くないかな。粕漬けちょっと焼きすぎて焦げたけど。
「ん、やっぱり美味しいです、兄さん」
にっこりと微笑んでくれる。――よかったよかった。
微笑んで、そのまま――
「はい、あ~ん♪」
「 へ?」
妖夢が煮物を箸でつまんで差し出してきている。
これは、それは、つまり、すなわち、え~~~と。よくある、あ~ん?
ってそんなことよくあってたまるか! 悪くないけど! ってそうじゃなくて! これってどういうつもりなんd ぱくっ。
もぐもぐ。
ごくん。美味しい。
……はっ! いつの間にか食べてるっ!?
「あ~ん♪」
う~~ん。まさか真面目一辺倒だった妖夢が ぱくっ。
こんな事をする日も来ようとはなぁ もぐもぐ。
……はっっ! また気が付いたら食べてるっ!?
「あ~ん♪」
こんな事一体どこで覚えたのか ぱくっ。
まったく。じいちゃんが見たら泣くぞ… もぐもぐ。
……あ、あれえぇぇぇぇぇ!? またまた気が付いたら食べてるっ!?
あ~ん恐るべしっ!
「はい、もう一つあ~「ちょ、ちょちょちょっっっと待った妖夢っ!」
「もう、何ですか兄さん?」
とりあえず妖夢を止めた、止める、止めます止めたら止めるとき止まれ時ザワールドッ! よし、止まったな止まったよな?
「妖夢。気の所為か、さっきから人参しか差し出してない気がするんだが」
「気、、気のしぇいですよっっ?」
あからさまにぎくりと身をこわばらせ、脂汗を流し、声が裏返る。
人が冷静になるには、自分より慌てている者を見るか、この上なく冷静な者を見ればよいらしい。誰が言った言葉か知らないが、よく言ったものだ。一つ頭を切り換えて、妖夢を見て、冷静になる。
思えば、妖夢は人参が嫌いだったっけなぁ……つまり。
―――すぱん
「あいた」
軽くチョップを入れる。
「兄さん、痛いです」
「ちゃんと人参も食べなきゃ駄目」
少し目を潤ませ、上目遣いでこっちを見やる。
「ぅ…。どうしても?」
「……そ、そんな目してもダメッ。ほら、ちゃんと食べないともったいないお化けが出るぞ~」
危なく一瞬流されそうになったが、踏みとどまって言う。
妖夢はお化けなんていませんよ――だったら俺達は一体何なんだろうか――、などと呟きつつもやっと諦めたか、はぁぁぁと深いため息一つついてしぶしぶ食べ始めた。
とりあえずニンジン嫌いは食べられるくらいには克服してくれたらしい。
妹と言えども、しばらく会わなければ色々変わるものだとしみじみさせられる。そういえば怖いもの嫌いの妖夢は、昔はもったいないお化けが~などと言うとニンジンの前でガクガク震えながらお化け怖さにブルブル泣きそうになっていた。あれはなかなか微笑ましかったな、うん。
「兄さん。今なにか失礼なことを考えてませんでしたか?」
「いやなに。ちょっと思い出に浸ってただけだよ。で? どっからこんな恥ずかしい事思いついたんだ?」
「う……やっぱり恥ずかしいですよね……」
自分でもちょっと、いやだいぶ恥ずかしかったのか、頬を赤らめさせながら話し始めた妖夢によると。
「ええとですね。幽々子様が、嫌いなものを出されたときに私にすることを真似てみたんですよ。やっぱり、この上なく恥ずかしかったです」
「…………西行寺のお嬢様ともあろうお人が? 本当に? そんなことを?」
「う、疑ってますね!? そうなんですよ! するんですよ! そんなことを!
恥ずかしいと思いますよね兄さんも!? はしたないですしやめてくださいよ~、って何度言ってもやめてくださらないんですよ、うぅぅ~」
何とも情けない表情で泣き出す我が妹を見ていると、なんだかこっちまで情けなってくる。頑張れめげるな妖夢。
「あぁそれより、ニンジン食べられるようになったじゃないか」
「うぅ…そりゃ、食べられますけどね。こんなのおいしくないですよぉ~。もぅ、人参を食べさせる兄さんなんて大嫌いです……大好きですけど」
しかし西行寺のお嬢様の影響か、真面目一辺倒だった妖夢の性格が丸くなった気がするし、今のようなお遊びもするようになったように思う。
じいちゃんがいた頃はもっと、子供の俺から見てもお堅いヤツだった記憶がある。
きっと幽々子様のもとにいることが良い方向に働いているんだろう。
朝を食べて少し休憩。しばらく修練をしたあと、天気も良いので二人で街へ出かけることにした。
二人で並んで歩く。空は晴れ渡り、少し寒いが逆にそれが清々しい。
妖夢の瞳のように曇り一つ無く、見ていると吸い込まれそうになる蒼い空。
しかし俺はそんな空はじっくり眺めることもせず…
ちらっ ちらちらっ 、としきりに隣を気にしていた。
「さっきからどうかしましたか兄さん」
「おう…。…ん。あー、いや。いや、なんでもないぞ」
「なんなんですかもう。なにか変ですか?」
変…ではない。変ではない。が。
えらく堅苦しい服なんだよなぁ、これが。
白い長袖のYシャツ…いや、あれもやっぱりブラウスなのかな…に、深緑色のベストとスカート、真っ直ぐ決まっているのを見たことがない蝶ネクタイ、黒いリボンの――昔キクラゲに似てると言うとしばらく凹んでいた――カチューシャ。コレはつまり、
「その服、勤務服じゃあ…?」
「え? ええ、勤務服というか…そうですね、西行寺で着ている服です。似合ってませんか?」
そりゃ似合っちゃいる。似合っちゃいるが……。うーむ。
俺の妹はいろいろ欠けているらしい。
というか、それ以前に寒そうだ。
昼時になり、適当な食堂に入って考える。
よくよく考えてみれば幼い頃から西行寺につとめ、年の合いそうな友人はいないだろうし、そもそもいたとしても西行寺に来るなんて言うのはまず間違いなく既に死んでいたりするわけで。そう思うと、お役目とは言え少々不憫だ。
パキンと割箸を割って運ばれてきた山かけ蕎麦をすすりはじめる。
妖夢は割箸がきちんと真ん中できれいに割れずに切なそうにしていた。
それはともかく、蕎麦をずるずるとやりながら考えていたことを口にする。
「うん、服を買おう」
「はい?」
「だから、服を買いに行こう」
「はぁ」
月見うどんの月を割り刺した妖夢の箸の動きが止まり、同時に首をかしげる。
「何か不自由してるんですか兄さん。なんなら繕いましょうか?」
「いや、俺の服じゃなくて。妖夢の服」
……どこがとはうまく言えないが根本的に何かを間違ってる気がするぞ妖夢。
「もしかして、変でしたか。服。それともネクタイが真っ直ぐじゃないのがいけませんか」
「いや、そういうパリッとした服も似合うと思うし――ま、タイとかが真っ直ぐにならないのは昔っからだしもう諦めてるけどさ。そうじゃなくて、もうちょっと、こう、年頃の女の子っぽい可愛い服とかも似合うんじゃないかと思ってさ」
「う~ん? そうでしょうか?」
「うん、だから、食べ終わったら服見に行こう」
「それはもちろん構いませんが」
一昔前とは違い、最近は向こうの世界の衣服もかわってきたのか、多種多様な布地が流れてきているらしい。店先でも新しく目にするものが増えてきたように思う。
話を切り出したときにはあまり反応がかんばしくなかった妖夢だが、色々見て回りだすとすぐ目を輝かせながら色々試し始めた。こういうところはまぁ、腐っても女の子と言うことなんだろうな。……うちの妹は腐っちゃいないが。
「兄さん兄さん、ぼーっとしてないでー。ほらほら、なんか面白いのがありますよー。きゃみそーるとか言うらしいですよ」
「確かに可愛いけど。うーん、肩の部分が全部出ててちょっと寒そうだな。 あーほら、それならこっちのワンピースとかどうだ。ヒマワリみたいで可愛くないか?」
「ほんとだ、これも良いですね。 あ~、あれはウェディングドレス! 一度で良いから着てみたいですっ」
「一度で良いからって…二回以上着るつもりか…? お、これなんかどうだ」
「え。この蝶っぽい仮面と黒タイツは……なぜでしょう幽々子さまにすごく似合いそうな気が…」
「蝶! サイコー!」
「???」
午後の時間は、おおむねずっとこんな風に流れていった。
西の空が柘榴色に煌めくころ、家路についた俺の隣には喜色満面で歩く妖夢がいた。
結局選んだのは、白のセーターにピンクのマフラー、それと同色で選んだピンクのプリーツスカートに白のニーソックス、そしてシンプルな空色のカチューシャ。
うんうん。うんうんうんうん。
素材が良いだけにシンプルな色合いがよく似合う。
普段、我ながらちょっと兄バカだと思っているが、それを抜きにしてもなかなかに可愛いと思う。
「似合ってるぞ妖夢」
「はい、とっても可愛い服です! ありがとうございます」
「これだけ似合うのもやっぱり俺のこーでぃねぇとセンスのおかげかな、これもっ」
「それは……あるとは思いますけど……でもチャイナ服とか、ネコミミだとか、変なモノばっかり優先的に選んでたような気がするのですが」
「いやいや、あれも間違いなく似合ってたぞ」
「え~、変ですってば、絶対」
たわいもない会話。懐かしくも日常の会話を、しかし有難く感じながら歩く。
―う。――へっ・・・へっ・・・へっくしょん、へっくしょん!
「おや、大丈夫ですか兄さん」
「うー。誰かに噂でもされたかな」
「日頃私がいないからって、夜更しばっかりしてるからですよ。兄さんはもっと生活態度をしっかりしてほしいです」
まったくもう、とちょっと呆れたように笑ってくれる。
「兄さん」
「ん?」
す、と腕に手を回して抱きついてくる。
「えへへへへ、これであったかいですよね♪」
「―――、まったく しょうがないなぁ」
「暖かくないですか?」
「いや、暖かい。温かいよ、妖夢」
「えへへ~」
起きたての大きな月が赤い太陽に子守歌を歌う下、二つの影が仲良く寄り添って長々と道に伸びる。
それは、今日という日の温かさと、明日からの生活の穏やかさを約束しているように思えた――
※※ この作品中において、妖夢は妹キャラです。
※※ ( ゚Д゚)ハァ?何いってんの? と言う方は速やかにBackSpace、あるいはAlt+←を押すことをお薦めします。
勢いよく障子を開き、伸びをしながら新鮮な朝の光と空気を胸一杯まで吸い込む。
今日もよく冷える。きりっとした冬の匂いのする冷たい空気がまだ眠気の残っていた頭をすっきりさせてくれる。
最近朝晩がめっきり冷え込んでいる。一度妖夢に注意するよう言っておこう、西行寺で風邪でもひいたら大変だ。
妖夢はまだ寝ているらしい。
三和土に下りて簡単に朝の用意をしてから、まだ寝ている妖夢を起こしに行く。
「おーい妖夢、入るぞ~」
板張りから一つ声をかけて、障子を開ける。
「 ーーーすぅ ーーーくぅ」
布団にくるまって、この世はかくも極楽浄土であるとでも言うかのように実に気持ちよさそうに寝ているのが俺の妹、魂魄妖夢。まだ幼いのに名家西行寺家に仕える、俺の自慢の妹だ。
西行寺家の先代庭師兼お嬢様の警護役だったじいちゃんの妖忌が、突如ふらりといなくなってからはずっと妖夢がじいちゃんの代わりに仕えている。どうしてじいちゃんの代わりとして選ばれたのが俺でなく妖夢であるのかはよく知らない。あまり俺に庭師としての才能がなかったからだとか、西行寺のお嬢様が同性を望んだからだなどと聞くが、正直興味もない。
それに、数年に一度不定期的に暇――幽々子様が友人の結界師だかの家にお泊まりに行くらしい一日の間――をもらってこの家に帰ってきたときにはいつも、実に楽しそうに、これ以上ない笑顔で西行寺の出来事を語って聞かせてくれるので兄としてもこれ以上望むべくはない。
今日はそんな貴重な、兄妹水入らずで過ごすことのできる日だ。
さて、それはそれは幸せそうな寝顔を見せられて、少々起こすのに気が引けてくる。 そもそも家に帰ってきたのも昨日の晩、疲れてもいるだろうしゆっくり寝かせておいてあげたい気もする。
がしかしっ。さっきも言ったが今日は貴重な日だ。
心の中で咳払い一つ、心を鬼にして。
「お~い、妖夢。朝だぞ。起きろ~」
言いながら枕元にかがんでふにふにと、まだ幼い丸みの残る愛らしい頬を引っ張ってみる。
う~ん。炊きたてのご飯のようにつやつやと白く輝く肌が、つきたてのお餅のようにあたたかくやわらかくよくのびる。
「むにゃ・・・ぅ-」
よし、起きたな。
ぱさ、と上半身だけおこして、
「兄さん、朝ですよ。もぅ、寝惚けてないで早く起きてください~~」
って全然起きてないし!
「寝惚けてんのは妖夢の方だぞ…。おい、起きろ~」
そもそも、この格好はなんなのか。年頃の女の子がYシャツ一枚で寝ていて良いものだろうか。
なおもしばらくの間焦点の合っていない目でしばらく うにゃ? とか ふぇぇ~~ とか言う妖夢をつついていると、やっと目が覚めてきたか軽く目を擦って伸びをした後、
「あ、兄さん。おはようございます」
にぱぁーっ、と部屋全体が明るくなるような笑顔で挨拶をする。
「おはよう、妖夢。あー、その……どうでもいいことなんだが……どうしてそんな格好で寝てるんだ? 大きくてだぼだぼのYシャツ一枚では…えーとそうだな、流石にこの季節、寒そうに見えるんだが」
「えぇ~、兄さんこれはYシャツじゃなくてブラウスです」
「…なんだって?」
だったら俺が今まで裸Yシャツだと思ってたものは裸ブラウスだったのか騙された…とは思ったものの俺には違いがわからないし、そもそも大した違いはないように思うがどうでもいいかというか、ちょっと、その姿はそそrいやいや今何も考えてなかったぞ俺。
あー、なんだか思考が混乱してきたな…
「ってー。それ、よく見たら俺のYシャツじゃない?」
「あ、ばれちゃいました?」
ちらりと舌を出していたずらっぽい表情になる。
…ってやっぱりYシャツなのかよどっちなんだよ!
「ええと、実は西行寺から寝間着を持って帰り忘れてですね……勝手に兄さんのを借りてしまいました。ごめんなさい」
「いつの間に…ああ、ま、いいけどさ」
まったく。兄をからかうもんじゃない。
しかし結局Yシャツとブラウスの違いはどこにあるんだろうか。
これは男の夢と浪漫とが一つ失われるかどうかの重要な問題じゃなかろうか!
…などととりとめもなく考えていたら、そんなことより身体が食事をほしがっているのに気づく。
「あー、それより、朝ご飯出来てるぞ。早く食おうぜ、俺腹減ったよ」
「はい、そうですね。って、あ。作ってくれたんですね。ごめんなさい、せっかく帰ってるのに。夜は私が作りますね」
「あー、良い良い。気にするなぃそんなこと。まぁ、妖夢が作るより味は落ちるかな?」
「そ、そんなことないですよ! 兄さんの作るご飯はいつも楽しみにしています!」
わざわざ、ぐ、と両手を握りしめて力説してくれる。
「そんなにたいした腕は持ってないはずだけど…そう言ってくれると嬉しいよ」
「はい!!!」
あんまり気合いを入れるものだから、ついおかしくてクスクス笑ってしまう。
するとつられて妖夢もあはは、と笑みが零れる。
「よし、今日はゆっくりして帰れよ」
「はいっ! めいいっぱいゆっくりしていきます!」
めいいっぱいゆっくりってなんだ。
でも、はは、うん。妖夢らしい、真っ直ぐな良い返事だ。
「「いただきます」」
手と声を合わせて、朝を食べ始める。
しばし、静寂が場を支配する。
今朝の献立は、エノキのみそ汁、鮭の粕漬け、野菜の煮物、そしてもちろんあったかほかほかご飯。ごく簡単な普通の和食だ。
――うん。悪くないかな。粕漬けちょっと焼きすぎて焦げたけど。
「ん、やっぱり美味しいです、兄さん」
にっこりと微笑んでくれる。――よかったよかった。
微笑んで、そのまま――
「はい、あ~ん♪」
「 へ?」
妖夢が煮物を箸でつまんで差し出してきている。
これは、それは、つまり、すなわち、え~~~と。よくある、あ~ん?
ってそんなことよくあってたまるか! 悪くないけど! ってそうじゃなくて! これってどういうつもりなんd ぱくっ。
もぐもぐ。
ごくん。美味しい。
……はっ! いつの間にか食べてるっ!?
「あ~ん♪」
う~~ん。まさか真面目一辺倒だった妖夢が ぱくっ。
こんな事をする日も来ようとはなぁ もぐもぐ。
……はっっ! また気が付いたら食べてるっ!?
「あ~ん♪」
こんな事一体どこで覚えたのか ぱくっ。
まったく。じいちゃんが見たら泣くぞ… もぐもぐ。
……あ、あれえぇぇぇぇぇ!? またまた気が付いたら食べてるっ!?
あ~ん恐るべしっ!
「はい、もう一つあ~「ちょ、ちょちょちょっっっと待った妖夢っ!」
「もう、何ですか兄さん?」
とりあえず妖夢を止めた、止める、止めます止めたら止めるとき止まれ時ザワールドッ! よし、止まったな止まったよな?
「妖夢。気の所為か、さっきから人参しか差し出してない気がするんだが」
「気、、気のしぇいですよっっ?」
あからさまにぎくりと身をこわばらせ、脂汗を流し、声が裏返る。
人が冷静になるには、自分より慌てている者を見るか、この上なく冷静な者を見ればよいらしい。誰が言った言葉か知らないが、よく言ったものだ。一つ頭を切り換えて、妖夢を見て、冷静になる。
思えば、妖夢は人参が嫌いだったっけなぁ……つまり。
―――すぱん
「あいた」
軽くチョップを入れる。
「兄さん、痛いです」
「ちゃんと人参も食べなきゃ駄目」
少し目を潤ませ、上目遣いでこっちを見やる。
「ぅ…。どうしても?」
「……そ、そんな目してもダメッ。ほら、ちゃんと食べないともったいないお化けが出るぞ~」
危なく一瞬流されそうになったが、踏みとどまって言う。
妖夢はお化けなんていませんよ――だったら俺達は一体何なんだろうか――、などと呟きつつもやっと諦めたか、はぁぁぁと深いため息一つついてしぶしぶ食べ始めた。
とりあえずニンジン嫌いは食べられるくらいには克服してくれたらしい。
妹と言えども、しばらく会わなければ色々変わるものだとしみじみさせられる。そういえば怖いもの嫌いの妖夢は、昔はもったいないお化けが~などと言うとニンジンの前でガクガク震えながらお化け怖さにブルブル泣きそうになっていた。あれはなかなか微笑ましかったな、うん。
「兄さん。今なにか失礼なことを考えてませんでしたか?」
「いやなに。ちょっと思い出に浸ってただけだよ。で? どっからこんな恥ずかしい事思いついたんだ?」
「う……やっぱり恥ずかしいですよね……」
自分でもちょっと、いやだいぶ恥ずかしかったのか、頬を赤らめさせながら話し始めた妖夢によると。
「ええとですね。幽々子様が、嫌いなものを出されたときに私にすることを真似てみたんですよ。やっぱり、この上なく恥ずかしかったです」
「…………西行寺のお嬢様ともあろうお人が? 本当に? そんなことを?」
「う、疑ってますね!? そうなんですよ! するんですよ! そんなことを!
恥ずかしいと思いますよね兄さんも!? はしたないですしやめてくださいよ~、って何度言ってもやめてくださらないんですよ、うぅぅ~」
何とも情けない表情で泣き出す我が妹を見ていると、なんだかこっちまで情けなってくる。頑張れめげるな妖夢。
「あぁそれより、ニンジン食べられるようになったじゃないか」
「うぅ…そりゃ、食べられますけどね。こんなのおいしくないですよぉ~。もぅ、人参を食べさせる兄さんなんて大嫌いです……大好きですけど」
しかし西行寺のお嬢様の影響か、真面目一辺倒だった妖夢の性格が丸くなった気がするし、今のようなお遊びもするようになったように思う。
じいちゃんがいた頃はもっと、子供の俺から見てもお堅いヤツだった記憶がある。
きっと幽々子様のもとにいることが良い方向に働いているんだろう。
朝を食べて少し休憩。しばらく修練をしたあと、天気も良いので二人で街へ出かけることにした。
二人で並んで歩く。空は晴れ渡り、少し寒いが逆にそれが清々しい。
妖夢の瞳のように曇り一つ無く、見ていると吸い込まれそうになる蒼い空。
しかし俺はそんな空はじっくり眺めることもせず…
ちらっ ちらちらっ 、としきりに隣を気にしていた。
「さっきからどうかしましたか兄さん」
「おう…。…ん。あー、いや。いや、なんでもないぞ」
「なんなんですかもう。なにか変ですか?」
変…ではない。変ではない。が。
えらく堅苦しい服なんだよなぁ、これが。
白い長袖のYシャツ…いや、あれもやっぱりブラウスなのかな…に、深緑色のベストとスカート、真っ直ぐ決まっているのを見たことがない蝶ネクタイ、黒いリボンの――昔キクラゲに似てると言うとしばらく凹んでいた――カチューシャ。コレはつまり、
「その服、勤務服じゃあ…?」
「え? ええ、勤務服というか…そうですね、西行寺で着ている服です。似合ってませんか?」
そりゃ似合っちゃいる。似合っちゃいるが……。うーむ。
俺の妹はいろいろ欠けているらしい。
というか、それ以前に寒そうだ。
昼時になり、適当な食堂に入って考える。
よくよく考えてみれば幼い頃から西行寺につとめ、年の合いそうな友人はいないだろうし、そもそもいたとしても西行寺に来るなんて言うのはまず間違いなく既に死んでいたりするわけで。そう思うと、お役目とは言え少々不憫だ。
パキンと割箸を割って運ばれてきた山かけ蕎麦をすすりはじめる。
妖夢は割箸がきちんと真ん中できれいに割れずに切なそうにしていた。
それはともかく、蕎麦をずるずるとやりながら考えていたことを口にする。
「うん、服を買おう」
「はい?」
「だから、服を買いに行こう」
「はぁ」
月見うどんの月を割り刺した妖夢の箸の動きが止まり、同時に首をかしげる。
「何か不自由してるんですか兄さん。なんなら繕いましょうか?」
「いや、俺の服じゃなくて。妖夢の服」
……どこがとはうまく言えないが根本的に何かを間違ってる気がするぞ妖夢。
「もしかして、変でしたか。服。それともネクタイが真っ直ぐじゃないのがいけませんか」
「いや、そういうパリッとした服も似合うと思うし――ま、タイとかが真っ直ぐにならないのは昔っからだしもう諦めてるけどさ。そうじゃなくて、もうちょっと、こう、年頃の女の子っぽい可愛い服とかも似合うんじゃないかと思ってさ」
「う~ん? そうでしょうか?」
「うん、だから、食べ終わったら服見に行こう」
「それはもちろん構いませんが」
一昔前とは違い、最近は向こうの世界の衣服もかわってきたのか、多種多様な布地が流れてきているらしい。店先でも新しく目にするものが増えてきたように思う。
話を切り出したときにはあまり反応がかんばしくなかった妖夢だが、色々見て回りだすとすぐ目を輝かせながら色々試し始めた。こういうところはまぁ、腐っても女の子と言うことなんだろうな。……うちの妹は腐っちゃいないが。
「兄さん兄さん、ぼーっとしてないでー。ほらほら、なんか面白いのがありますよー。きゃみそーるとか言うらしいですよ」
「確かに可愛いけど。うーん、肩の部分が全部出ててちょっと寒そうだな。 あーほら、それならこっちのワンピースとかどうだ。ヒマワリみたいで可愛くないか?」
「ほんとだ、これも良いですね。 あ~、あれはウェディングドレス! 一度で良いから着てみたいですっ」
「一度で良いからって…二回以上着るつもりか…? お、これなんかどうだ」
「え。この蝶っぽい仮面と黒タイツは……なぜでしょう幽々子さまにすごく似合いそうな気が…」
「蝶! サイコー!」
「???」
午後の時間は、おおむねずっとこんな風に流れていった。
西の空が柘榴色に煌めくころ、家路についた俺の隣には喜色満面で歩く妖夢がいた。
結局選んだのは、白のセーターにピンクのマフラー、それと同色で選んだピンクのプリーツスカートに白のニーソックス、そしてシンプルな空色のカチューシャ。
うんうん。うんうんうんうん。
素材が良いだけにシンプルな色合いがよく似合う。
普段、我ながらちょっと兄バカだと思っているが、それを抜きにしてもなかなかに可愛いと思う。
「似合ってるぞ妖夢」
「はい、とっても可愛い服です! ありがとうございます」
「これだけ似合うのもやっぱり俺のこーでぃねぇとセンスのおかげかな、これもっ」
「それは……あるとは思いますけど……でもチャイナ服とか、ネコミミだとか、変なモノばっかり優先的に選んでたような気がするのですが」
「いやいや、あれも間違いなく似合ってたぞ」
「え~、変ですってば、絶対」
たわいもない会話。懐かしくも日常の会話を、しかし有難く感じながら歩く。
―う。――へっ・・・へっ・・・へっくしょん、へっくしょん!
「おや、大丈夫ですか兄さん」
「うー。誰かに噂でもされたかな」
「日頃私がいないからって、夜更しばっかりしてるからですよ。兄さんはもっと生活態度をしっかりしてほしいです」
まったくもう、とちょっと呆れたように笑ってくれる。
「兄さん」
「ん?」
す、と腕に手を回して抱きついてくる。
「えへへへへ、これであったかいですよね♪」
「―――、まったく しょうがないなぁ」
「暖かくないですか?」
「いや、暖かい。温かいよ、妖夢」
「えへへ~」
起きたての大きな月が赤い太陽に子守歌を歌う下、二つの影が仲良く寄り添って長々と道に伸びる。
それは、今日という日の温かさと、明日からの生活の穏やかさを約束しているように思えた――
妖夢の形をした妖夢という名前の妹にしか見えません。
白氏の絵に萌えて書いたとありますが、
まさに外見だけに萌えて中はスッカラカンな印象を受けました。
挿絵は無論、件の画風で補完を……
キャラクターは……、
何せ人格破壊系三次創作(でいいのかな)、人参くらいは許容範囲w
多分赤瞳になると好物なんです、ええ……可愛いじゃない。じゃない。
と言うわけで評点は一次資料重視派に配慮して抑え目に。
Yシャツとブラウスの違い……ふむ、そういやどうなんだろう……
妖忌が生きていた頃の話も見てみたいです。
…俺なんてYシャツとブラウスどころかキャミソールとワンピースの違いだってわからないぜ?