咲夜「ご注意
この物語には、原作とは無関係なオリキャラ並びに筆者の個人的設定が多様に登場します。
上記本家に反した人物等の描写をお嫌になる方は、私が時間を止めているうちにただちに閲覧をやめて下さい。
今のうちです。
又、一部のキャラクターが妙な方向に向かう可能性も御座いますが、これは仕様ですので諦めて下さい。
本当にもう、まともなのはお嬢様と私ぐらいなんだかr──。」
レミ「咲夜ぁ、霊夢のところに行って来るぅ~」
咲夜「あぁん、お嬢様ぁ、咲夜もお供いたしますぅ~」
いいから始まれよ。
- 妹 -
部屋は厚みのある白で覆われていた。
輝きのせいだ。
いたる所が瑞々さに溢れ、それはただ白く清純で──酷く寂しかった。
澄んだ水底なのかもしれない。
主となる光の源は判別できないが、遥か頭上のシャンデリアだけではないだろう。淡い輝きは、空間を漂う粒子が自ら発光したものか、或いは、主人の品位に純粋な闇でさえ恥らった結末か。
違う。今、光を生むモノ。それは部屋だ。
空間として与えられ歪曲された次元そのものが、床に、壁に、ロココ調の家具の足元に、一滴の影を垂らすことさえ恐れているのだ。そう思えれば些細ではあるが救われる。
如何に寂しくとも、せめて支配される安堵ぐらいはそれなりに付与されるなら。
部屋は、ただ平面のように白かった。
そして見よ。その広大さを。
ただの一間でありながら 40 坪を超える空間──そもそもこれを部屋と呼んでよいものか。
世界を統べるのは、静謐な明るさだ。
同時に、冷厳と語るには余りある過剰なまでの静寂だったろう。
広さも、
首筋を舐め回す透き通る白も、
刻む程に冷たい大気の一しずくさえ、
無残に刺し貫く静寂──あぁ、何もかも。
空間は日常の中の非日常に置き去りにされた密やかさで横たわっていた。仮に、その孤独を何かしらで代弁するなら、ただ一言、
死。
清純さで溢れる暴虐と、精緻なまでの略奪の果てに与えられた証しこそ、まさにソレだった。あぁ。だからだ。中央を占める天蓋付きの豪奢なベッド。さらに中央に鎮座するは、薔薇の花を散らした重々しい棺ではないか。
寝具だ。それは部屋の主の素性に直結できたはずだ。
狂気に満ちた美しいさの全ては、彼の者へ捧げられたただの生活必需品だったのだ。
この悪夢を象った迷宮へ招かれた者がいれば、彼はこれから待つ運命を呪ったはずだ。
同時に、禁忌と期待に心を震わせ待ちわびただろう。陽が西の山間に喘ぎながら沈み世界が蒼じむ頃、音も無く棺が開かれる光景を。
支配者の黒翼に恋焦がれ。体中の血液を淫靡に沸騰させながら。ただ人形のように待つ。その首筋におぞましき牙が振り下ろされる瞬間を。
だが、「中身」は既に棺の外にいた。
鏡面の全高が 5メートルを越す三面鏡の前に、空間のサイズと比較するには不釣合いなほど小さく──それ以上に相応しい可憐な少女がいた。
静かに座る姿は一見して妙齢の女性のように落ち着いていたが、鏡に映る容姿はあどけなく、桜色の頬がとても愛くるしい娘だった。ただ、子猫を連想させる濡れた瞳が全てを台無しにした。鮮烈でエロチシズムすら漂う視線は、見た目の可憐さとは余りにもアンバランス過ぎるのだ。
背後で細いメイドが、竜の彫り物をあしらった櫛で少女の髪を梳かしていた。メイドが櫛を通すたびに、髪の毛は金糸のような輝きを弾いた。
メイドは若かった。長く伸ばした栗色の髪は自然に光を反射し、瑞々しい肌がその白さに溶け込もうとしていた。細みな顔立ちは、とても整っている。
違和感だった。
それは彫刻で出来た芸術品のような不自然さだ。
故に彼女も少女同様、部屋に相応しい存在だったのだろう。
出来すぎた美は存在する。不幸は日常の延長に体現してしまった瞬間だ。現実を真実と認識し相対し得るほど、人の意思は堅牢ではない。仮にその狂気に駆られるまま人ならざる姿、性質、属性に辿り着いたとしよう。だが、その果てに得られたものは肥大の末、やがて彼らの狂いすら超越し、陵辱の果てに穢れたものとして置き去りにされるのである。
余りにも儚く、余りにも哀れな形容矛盾だった。
故に、人は人ならざる美しさを恐れる。
憧れも、嫉妬もなく。
ただ、
怖いほどに綺麗で、恐ろしい、と。
その意味においてメイド少女はそちら側の存在だったのだろう。だが、
これほどの美に授かって尚、魂を奪われたとするならば、今彼女の瞳に映る存在に対し決してこの形容詞だけは使ってはならない。
間違っても、「美しい」などとは。
ならば、人外の美を上回る別次元の美しさを何と表現すればよいのか。
考えるまでもない。
考えなど及ぶまい。
そもそも、『そのようなものは存在してなどいない』のだから。
──夜の眷属。
対処は一つだった。
「ワタクシ、いつからでしょうか?」
顔に似合わず、落ち着いた声が聞いた。
櫛を持つ手が止まっていた。自分の瞳が、三面鏡に映る主人の瞳に吸い寄せられていた。いつからそうしていたのか、彼女にも判断がつかなかったのだ。
メイドの少女はそっと懐に手を差し込んだ。
メイド長から頂いたナイフがある。
それを横に引けばいい。
自分の瞳の上で、
そっと横に引けばいい。
そもそも見えなければ。見えさえしなければ──なら潰してしまおう。
そっと、そっと、羽毛で撫でるように、そっと。
全ては、愛しいフランドール様にお使えする為に。
「少々、失礼いたします」
躊躇いもなくナイフを抜き出した。
眼球にあてがう。一思いに引いた。鮮血がしゅっと迸る。ソレらが部屋に飛び散る瞬間、光が強さをました。
果たして、床にも壁にもメイドの血痕は残らなかった。部屋を統べる白光は、血に敏感な一族がとった一種の防御機構なのかもしれない。
「ねぇ、貴方」
フランドールが鏡越しに光りを失ったメイドを見た。
顔の下半分がぬらぬらと鮮血で輝くのも気にせず、また従者も弁明はしない。ただ、そこに居る侍女が両目を潰した。それだけのことだ。
「お姉様はどちらに?」
「レミリアお嬢様は、十六夜侍女長を従え博麗神社へ出向かわれました」
「そう」
「どちらに?」
両目がなくともこのメイドには少女の動きがわかるらしい。
顔を向けたのは背後である。フランドールはそこに居た。
「外に出るなら今のうち」
「お停めする様に仰せつかっております」
「貴方、私のメイドでしょ?」
「ご主人様のお姉様が、くれぐれもご主人様を宜しくとお申し付け下さりました。恐れながらワタクシも同じ考えで御座います。フランドールお嬢様を外に出すわけには参りません」
「じゃあ、止めて見せる?」
挑発するような少女の視線に、視力を失ったはずのメイドは頬を染めた。その部分に細い指をあて、改めて熱を感じる。
「見えなくても、やはり見えてしまうのですね」
切ないが甘い溜息だった。
それも束の間、
「フランドールお嬢様。ワタクシのお願いを聞いてはもらえませんか?」
「いいえ。貴方が私の願いを聞くのよ──あはは! やっりぃ、返り討ち」
がくん、とメイド少女が崩れた。肩を大きく震わせ、何かに耐えるように痙攣する。小さな唇からは、次々と熱のこもった吐息が溢れて止まらない。
何という主従であり戦いであろう。今この瞬間、たった一言同士の精神攻撃が交わされたと誰に想像できようか。どちらが勝利したかは言うまでも無い。
「私が戻るまで、そうしてなさい。それはそれで悪い夢ではないわ。よく尽くしてくれるご褒美よ」
歩み去るフランドールに、しかしメイド少女は食い下がった。
息も絶え絶えに床を這い、黄金をかたどった主人へ手を差し伸べる。
「お待ち、下さい……この、我ら十三王の、結界は万全、なれど……みすみす、お嬢様を……行かせるわけには……いかせるわけには……イカセ、ル、ワケ、ニハ……。」
「なら貴方が先にお行きなさい」
一瞬だけ。少女の瞳が赤光を放つ。同時にメイドの体が弓なりに仰け反った。悲鳴はあがらなかった。
今度こそ床に横たわり彼女は動かなくなった。その頬は熱をもったように紅潮していたが、何故か口元は満足げに微笑んでいた。
床の従者には既に興味をなくしたか、フランドールは振り返りもせずそのまま果てを目指した。白い部屋の果てだ。
目的地は一つ。
高さ10メートルに及ぶ扉こそが、唯一の出口である。
左に鶴、右に亀のレリーフを刻んだ扉は、少女の細腕には過重だろう。材質は巨大な一枚岩の削りだしに見えた。が、この館の住人を思えばそれも不明だ。
いつから扉が存在していたのか、フランドールにもわからなかった。少なくとも、ここに幽閉されてからの知識と記憶には無い。
では、そもそもどこからこの部屋に入ったというのか──考えるだけ無駄である。
躊躇いも無く右側──亀のレリーフに手のひらを押し当てた。
同時に、フランドールは目を細めた。
可憐な唇から零れるあくびの、何と可愛らしいことか。先の精神攻撃とはうって変わって、気だるげな声を少女は漏らしていた。
「眠いわ……。」
「では、お休みなさいませ」
右。声の方向──真横を向くと、先ほどのメイドが恭しく頭を下げていた。
どうして、という言葉が出る前に、メイドは頭を上げた。やはり顔の作りも同じである。つまり、美しい。
「先ほどは不出来な妹が粗相を致しました。お叱りは後ほどわたくし共々お受け致します」
メイド少女は双子だったのだ。
そうだったの、とフランドールは小さく納得した。彼女も始めて知った事実なのだから仕方がない。
「ですが、本日の冒険はどうかここまででお納め下さいませ」
「使用人ごときが言えた事か。咲夜に再教育の要有りと言い渡さねばならないわ」
「恐れ入ります」
と、もう一度礼をする。無視してフランドールは正面へ向き直った。
「このくらいの眠気ならちょうどいいわ。手加減を忘れても、館じゅうを破壊しなくてすむでしょう」
メイドの存在など最初から無かったように、独り呟く。
メイドの少女も、主の言葉が自分に向けられたものではないと理解したのか、頭を下げたまま応えなかった。
「でも、少し重いわ。なら──。」
一旦手のひらを離し、小さな指先で扉の表面をなぞる。上から下へ。
フランドールの指を追って、紅い線がひかれた。
「これは……。」
こうべを垂れるメイドが暗い紅色に思わず声を上げた。本人も気づかなかったろう。それだけその線は特別だったのだ。
「これは……月歌(ツキカ)の血?」
「月歌っていうの? 貴方の妹」
「はい。申し遅れました。わたくしは夜桜(ヨザクラ)。二人ともこの部屋でご奉公させて頂き 10 年になります」
「自己紹介は始めて?」
「わかりません。フランドール様がそう仰るのなら、きっとそうなのでしょう。10 年もの非礼、どうかお許しを」
「覚えておくわ。えぇと──」
と、フランドールはまだ床に横たわる少女を指差し、それから隣の少女を指差した。
「──やすし、きよし」
「どぉないしたっちゅーねんっ!! えっらい目にあったなしかし君ぃ!! あ、メガネ、メガネ」
「って、あんたの方がやすし師匠!?」(ガビン)
何だかよくわからない事態だった。
フランドールの叫び声に、ありもしない眼鏡を探していたメイド少女は正気に……いや、我に戻った。顔を真っ赤に染め咳払いなどをし、
「御見苦しいところをお見せしました。つい、我を忘れてしまったようです」
「何を忘れたらそうなるのよ?」
「乙女の秘密です」
「……別にいいけど」
釈然としない顔をすると、メイド少女は胸元で両手を合わせた。
「あぁ、フランドール様。そのように憂いを帯びた眼差しでわたくしを見られては……夜桜は、夜桜は、またも我を忘れてしまいそうです」
目がなんとなく危険だった。
「参考までに、忘れるとどうなるの?」
「最悪、命の危険にさらされます。わたくしの──あ、だめ、ほんとに忘れそうっ」
「あー、もう面倒だから勝手に忘れてなさいよ!!」
横で身悶えするメイドを無視し、フランドールは扉を押した。
力を感じさせない動作だ。なのに、ゆっくりと、音も立てずに亀──右側の扉が開いていく。高さ10メートル、幅4メートルもの一枚岩が。
「お見事で御座います」
勝手な妄想に悶えていた少女が、心から感嘆の声を上げた。ただし、お嬢様の細腕で扉を押し開けたことにではない。
「月歌の子守唄──よもや彼女の血を以って鎮められるとは」
「これ、そんな名の呪いだったのね」
フランドールを襲った眠気は、扉のレリーフに触れた瞬間に発動したのだ。
全てがデタラメだった。
主人を外に出すまいと呪いすらかける従者。それを破るため従者の生き血を手にする主人。血は、メイドが両目を潰した時に流したものだろう。だが、いつそれを指先に塗り込んだのか。いつその術を見破ったのか。
小さく笑い、フランドールは扉をくぐった。
自由への一歩は、しかしそれを礼でもって迎えたメイドの姿に砕かれてしまう。そこには、
白い光が溢れていた。
「お帰りなさいませ、フランドールお嬢様」
頭を下げるメイドは、先ほどの夜桜と名乗った少女であり、扉をくぐった先はフランドールの寝室であった。
振り向いた。
いつの間にか左側──鶴のレリーフを飾った扉が開かれていた。
「亀さんから出て鶴さんから戻ったか。誰が開けたの?」
「フランドールお嬢様が。たった今」
「そりゃ亀さんは好きよ。でも象さんはもっと──。」
「おやめ下さい、お嬢様」
「コレ、どういう意味だかわかる?」
「申し訳ありませんが、わたくしは存じ上げません」
「そう、残念ね──彼女の呪いは彼女の血で失せたわ。次は貴方かしら?」
「さて」
あからさまに惚けるメイドに、フランドールは「ふん」と鼻を鳴らして再び扉をくぐった。別に検索しているわけではない。
「恐れながら、それはぐぐったで御座います」
突っ込むなよ……。
再度、扉から現れる主人を、メイド少女は表情を変えずに頭を下げ迎えた。
しかし、フランドールは俄然やる気のある顔になり、
「やるわね、貴方達」
「十三王の名に恥じぬよう、誠心誠意を込め勤めさせて頂いてます故」
「それよそれ。さっきから聞くけど、なんなの?」
「紅魔館侍女統合本部は十五の大隊から形成されております。その中から、各大隊長とは別に紅魔館侍女元老院より十三侍女妖刀とその名を拝命した者が──。」
「あー、わかったから、もういいわ」
ジジョ、ジジョ、ジジョってうるさいわねー、とフランドールは手を振った。
「ジジョの奇妙な冒険」
「だから、うるさいっての!!」
「失礼致しました」
あまり意味はなかった。
それよりどうしたものかと、七色の羽をぱたぱたさせ扉の向こうを伺う。ここを抜けた先は写し鏡だ。やっかいなのは、どちらも現実ということ。つまり──。
「ここは出口じゃない。いいえ、そもそも出口から出るには、鍵が必要だったのね」
「何のことでしょう」
「とぼけるな!!」
キレた叫びと共に、フランドールは右腕をメイドに突き出した。
何という暴虐だろう。「じゅぶ」という、あまり聞きたくない音を伴い主人の指先がメイド少女の胸に沈んだではないか!?
岩の扉を軽々と開く片腕である。それだけで凶器であり、その振る舞いは狂気であった。
指の第一関節から第二間接までがメイド服の胸に沈む──メイド少女は唇の端から「とろみ」のある血を垂らしながら歯を喰いしばった。
五指から手のひらまで沈む──メイド少女は目じりから血の涙を零しながらも瞼を閉じ堪えた。
手のひらから手首までいこうとし──メイド少女の肩が、背中が、ガクガクと大きく痙攣した。耐え切れずに、唇と目じりから大量の血液が零れだす。
そして、
一気に手首まで沈んだ時──白い部屋に、絶叫と哄笑が響き渡った。
「ふぐぅっ、きひぃぃぃぃぃっ!! あぎぃっ! あぎぃっ! あぎぃっ! ひぎぃぃぃぃっ!!」
「きゃはははははっ!! いいわ、貴方!! 凄くいいわ!! その声!! その反応!! とても素敵よ!! あは、はは、あはは……きゃーっはっはっはっはっはっ!!」
狂気のあまり、部屋の白光ですら凍りついた。
胸に片腕をぶち込まれ、人形のように身もだえ絶叫を放つメイドの少女。
右腕を侍女の胸にねじ込み、狂ったように笑い、黄金の髪を振り乱す少女。
犯す側と犯される側。
ただの悪夢と呼ぶには、あまりにも壮絶な光景である。
「きびぃぃっ……ふ、ふらんどーる様っ!! ど、どうか、お止め下さ……いひゅぃぃっ、んぐっぐぐぐっ、きゃはぁ゛ぁ゛ぁ゛っ!!」
「あははははっ、何をいっているの!! こんなに暖かくて、柔らかくて、とてもとても愛らしいのに!! ほうら、今、私の親指と人差し指が何を摘んだかわかる? あはははっ、こんなに脈打って喜んでいるわ!! 私に直接触れられて、そんなに嬉しいの!?」
フランドールの瞳が紅く輝く。桜色の慎ましい唇が淫猥にめくれ上がり、少女のものにしては大き過ぎる乱杭歯がせり出していた。その形相はいうまでもなく悪鬼である。
あぁ、なのに、
「ひゃ、ひゃいっ……うれしゅう、ごじゃいまひゅっ、んきゅっ!! ふらんどーる様にっ、夜桜の中をかきっ、かき混ぜて頂いて……ひぎゅっ!! しあわせものれひゅっ!! 夜桜はしあわせものなんれひゅっ!!」
「きゃはははっ、いいわっ、とてもいい声で鳴くのね!! でも、ここじゃない──なら、ここね」
「ら、らめぇえええっ!! そこ、そこ、そここっ、そんなにしたらっ!! や、やめ、ふらんどーるさまっ!! それだけはご堪忍をっ!!」
どこかでカチャリと音がした。
その瞬間、メイド少女が弓なりに仰け反った。
「ひゃぎい゛ぃぃぃっ!! だめっ、とんじゃうっ!! 絶対とんじゃうっ!! いけないっ!! わたくし、侍女なのに!! 紅魔館の侍女なのにぃっ!! とんじゃらめなのにぃぎぃぃっ!! ぎぴぃぃぃっ!! あ゛ぁ゛お゛!! お願いっ、ふらんどーる様っ!! ──もっと強くしてっ!! もっとわたくしを滅茶苦茶にして、どろどろのぐちゅぐちゅって溢れさせてぇっ!!」
「お楽しみのところ申し訳ありませんが、姉さん?」
「ひぎ?」
気づくと、両目を潰した少女の顔が目の前にあった。
身もだえしたメイドは目をぱちくりさせ、オーバーヒート寸前(っていうか既に手遅れ)な脳で、現状の把握と情報評価を試みた。
卑しくも紅魔館のメイド。死の直前ですら状況解析を行う冷静さと本能を誇っているのだ。
一つの結論が導き出された。
「月歌──あなたも一緒にイキたいの?」
「召されるなら姉さん一人でお願いします」
全然ダメだった。
「そんなに照れなくてもいいのよ。ふふふ、もう、本当にいつまでたってもお姉ちゃん子なんだから、月歌は」
「………………。」
「って、見ないで!! 哀れむような目でわたくしを見ないでー!!」
「そんなことよりも姉さん?」
いつの間にか復活したもう一人のメイド、月歌は、開け放たれた扉へ顔を向けた。
「行ってしまわれましたよ。フランドールお嬢様」
全然ダメだった。
ぴちゃぴちゃと、子猫がミルクを舐めるような音が小さく響く。
発信源はすぐにわかった。
栗色髪のメイドの胸に顔を埋める、これも同じ造型のメイドがいた。世界は二人を隔離するかの様に白い。未だフランドールの寝室である。
「ん……ふぅ。わたくしとした事がなんという無様……。よもや我が内の鍵を見抜かれてしまうとは」
自分の胸に顔を埋める妹の髪をメイド少女は、しかし言葉の苛立ちとは裏腹に愛しげに撫でた。
夜桜と名乗ったメイドである。
「仕方がありませんわ。パチュリー様の講義がよほどお気に召したのでしょう。それでこそ、ご当家のお血筋です」
と顔を上げたのは無論、月歌と紹介された少女だ。
口元がヨダレで濡れ光っていた。
「応急処置ですが、今の状況では仕方がありません。多少の違和感は堪えて下さい、姉さん」
「大丈夫よ。流石はフランドールお嬢様。綺麗に貫いて下さったわ。ねぇ、月歌、もっと吸って」
「ですから、現状をわきまえて頂きたいと申しております」
「けち」
「問題無い旨を明言されたのは、どなたでしたでしょうか」
と口元をハンカチで拭こうとする妹の手を、夜桜は強引に押さえた。
「お礼に綺麗にしてあげるわ」
「なにを──」
言葉が途切れる。あらゆる影を排斥する白光に染まった空間で、二人の影が重なった。
姉が唇に吸い付いてくるのを妹は拒まなかった。
先ほどのよりも大きなぴちゃぴちゃという音が鳴り、それに加えて熱にうなされた呼吸音が、それでも慎ましく響いた。
「ん……ん、ん、ん……ふぁふ」
口内に侵入する姉の舌を妹は鼻を鳴らし受け入れ、仕返しとばかりに自分の舌を絡め迎撃する。涎がさらに唇から顎、首筋にかけて雫の道筋を作った。
どれほどの時間が経ったか。そうして互いの感触を確かめあった後、顔を離したのは意外にも姉の方だった。それをただ物欲しげな視線で見送る妹──言葉で何といおうとも、これが彼女らの力関係なのだ。
「姉さん…………何か企んでますね?」
「人聞きの悪い。わたくしはただ、今の状況はチャンスとみなせると解釈したまでよ。レミリアお嬢様の不在に、たまたまフランドールお嬢様が外に出られた。しかも、メイド長様もいらっしゃらない」
「たまたま、では済まないでしょうね」
「勿論、この罰は覚悟の上よ。でもね、既に最悪の事態は発生してしまっているの。今さら一つ二つ追加されたところで、天秤がこちらへ傾くとは思えないでしょう?」
「それは、予てからの計画を実行に移すということでしょうか? いささか早急すぎる感もありますが」
そう言いつつも、妹は結論を出していた。
経験上、姉がこのような顔をする時は、逆らうだけ無駄である。
小さく溜息を吐き、もう一度姉の顔を見る。このような顔──夢を見るような乙女の表情であった。
「今、館に残ったメイド達が応戦に向かったとして、いいえ他の十三王に、果たしてフランドール様をお止めすることができるでしょうか?」
「さて、コレばかりはね。現状で稼動できても、せいぜい三人ぐらいでしょうけど。確かに総力挙げ事にあたれば、如何にご当家直系のお方といえ容易く開放されるとも思えないわ」
「では──。」
「ふふ、恐らくはその程度よ。大した障害にもならないわね。フランドールお嬢様の恐ろしさは、身近でお世話申し上げてきたわたくし達だからこそ理解できるの。いいえ、まだ足りない。まだ無知の範囲を脱却できてないわ。しかしながら、他の方々よりは体験が実践に伴う分、対処方は確立できる──そのノウハウはわたくし達の胸の内だけで充分よ」
姉の言葉に妹は黙って頷いた。
咎める口調だったのだが、口元が嬉しそうに綻ぶ。やはり姉妹である。
「ですがもし、我々と相対すれば?」
「紅魔館のメイド同士、にわか引けを取りはしないわ。無論、先方も同じ心づもりは必定。ならば、如何に効率的に立ち振る舞えるかが肝と知りなさい」
「一人は、本日はヴワルにて執務中のはずです」
「弔香さんだったかしら。やはり星の巡りはわたくし達に時を知らせ、行動を促すのね。確かに彼女だけは厄介だけれど、それなら好都合。月が中天を横断するまで、分室からは出て来れないわよ」
妹の髪を撫でながら、姉の表情は怪しく陰った。
美しい顔に似合わない、いや美しいからこそ、それは毒々しい笑みだった。
「さて次に他の二人だけれど──これは問題外ね。今頃、フランドール様の牙の露と成り果てているかも」
「まあ、なんて羨ましい」
くすくすと妹も小さく笑う。目が瞑れているだけに、なんと壮絶な笑顔だろうか。
「となると問題なのはパチュリー様と美鈴様ですね」
「美鈴様もさしたる障害にはならないと予測できるわ」
「何故そのような事が……?」
「そもそも門番というものはね、外界から結界内へ押し入ろうとする招かざる客に対してのみ機能するシステムなのよ」
「では、パチュリー様は?」
「それには──貴方に一仕事してもらわなくてはならないわ。わかるわね? その間に、わたくしは全ての用意を整えているから」
「承知しました。では、姉さんの指示通りに」
姉に一礼し、妹は音も無く開け放たれた『出口』から出て行った。
見ようによっては、四角い暗黒が少女を飲み込んだかのようである。
その背を愛しげに見送り、残された少女は宙を仰いだ。
「フランドールお嬢様……待っておいで下さいまし。本日のおやつは、それはそれは格別な味になりましてよ……ふ、ふふ、ふはは、ふははははは……あーっはっはっはっはっ!!」
「あの、姉さん?」
「って、まだ居たの!?」
『出口』から現れた妹は、ばつの悪そうな顔で言った。
「出れないので、この結界、どうにかして下さい」
「あ」
全然ダメだった。
その区画にしては狭い部屋だった。
それでも優に1000平方mはある。四方を書棚で埋め尽くし、収まりきれない書架がそこかかしこに溢れていた。整理すればさらに広さは増すだろう。
ヴワル魔法図書館に複数点在する執務室の一つだ。
空間歪曲の恩恵により紅魔館内部にその建設を許されたヴワル魔法図書館は、蔵書の量、質もさることながら、館で一番の広大さを誇っていた。
今パチュリーが作業を進める執務室は、図書館落成の折から存在する一画だ。当時、魔法図書館本館の規模は旧区画執務室の6倍程度であったが、現在ではその30倍に膨れ上がり、今なお増築/改築を繰り返していた。もはや、図書館というより博物館に近い。
それでも収まりきれない書籍、資料、標本が、こうして108点在する各執務室、情報集積室、倉庫、司書長の寝室、図書館付属のカフェテリア、同じく付属医務室、大浴場、購買部、共同トイレ、一部は霧雨邸で溢れかえっているのだ。
蔵書は、幻想郷の歴史のみに及ばず人間界の歴史──それも紀元前1万3000年前の情報化に成功していた。さらに、未知なる知への食指は過去の採集だけに留まらず、未来の歴史的影響度の計測も行われ、悪魔の研究はある程度の実績を計上したという。つまりは、予言である。
だが、唯一で無い限り正確にはこれを予言とはいいきれなかった。少なくとも、人間界で予言といえば一つしかない。
予言の書。ヨハネ黙示録だ。
後続のノストラダムスなど所詮は黙示録の出来の悪い複製品に過ぎない。他も同じだ。所詮は予想、予報、推測程度に留まり予言たる意味と結果を見出すまでには至らなかった。
だが、血色の月光差し込む夜。ヴワル魔法図書館のスタッフはその実体化に辛くも成功した。司書長、副司書長をはじめとする魔法図書館配属の侍女──魔道メイド大隊総勢666名による偉業である。
その結果、
確かに未来は見えた。何らかの終局は得られ情報化までに至った。問題は、抽出した未来が果たしてどの世界の、どの次元のものか判別できない店である。つまり、確定した未来はわかるのだが、どうもそれが幻想郷のものではないらしいのだ。
以後も解析されることなく事態は研究記録ごと抹消された。ヴワル魔法図書館最高責任者、パチュリー・ノーレッジはこの『成果』の室外を永久に禁じると共に、永劫の結界に封じたという。水晶球には『滅び』の二文字が確かに浮かんでいたのである。
数々の闇影の標本が眠るヴワル魔法図書館。紅魔館の主人自らが不可侵領域と定めるのもわかる話だ。
その一室で、闇よりも濃く、影よりも厚い作業が人知れず行われていた。
通常時から薄暗い図書館であるが、執務室の空気はさらに暗く重圧を感じさせた。その根源は──鬼気か殺気か。
巨大な黒檀のデスクを二つ向かい合わせ、司書長とメイドの少女がせわしげにペンを走らせていた。殺意にも似た気配の集積所、というよりも発信源である。
どれほどの精神をつぎ込んだ末か。常に病的な顔色の司書長であったが、さらに酷いありさまだ。
目の下に厚いクマを作り、髪は乱れ、唇は乾き、瞳は充血し、そして──デスクのあちこちに散乱する小瓶からは、例外なく細いストローが伸びていた。ドリンクである。
対照的なのが向かい合うメイドだ。
全身が白い娘だった。
しなやかな銀髪を腰まで垂らし、左目をメディカル用の眼帯で覆っていた。肌も色素が抜けたように白く、その中で片方しかない青い瞳が水晶のように濡れ光っていた。
身を包むメイド服も白を基調にし、頭の飾りはカチューシャではなくヘッドドレスである。デスクの下に隠れてしまったが、足元も白いエナメルの靴と、極めつけは、純白に薔薇の透かしとレースをあしらったガーターだ──が、どのみちスカートで見えないので期待しないように。
「パチュリー様……珈琲のおかわり、お入れ致しましょうか?」
司書長が小さくあくびをかみ殺すのを認め、メイド少女は丸ペンを置いた。
「いただくわ。ああ、火をおこすのなら新しいペン先もあぶっておいてくれる?」
「かしこまりました」
白い少女が静かに出て行くと、パチュリーは弱々しく伸びをした。体がすっかり固まっている。
残り5枚か。どうにか期日までには間に合いそうね。いや、それにしても──。
と、メイドが消えた扉へ目をやり、苦笑ともとれる笑みを浮かべた。
「十三王、弔香。よもや医療以外の特技を持ち合わせていたとは。早く知ってさえいれば、こんな無様は晒さなかったのでしょうに」
しみじみと自分の頬を撫でる。
「魔理沙には見せられない顔。髪も。この部屋の惨状も。ああ、それからこの──。」
デスクに目を落とし言葉を閉じた。
改めて思う。この秘密は知られてはならない。この想いの行き着く先。例え百数年来の親友である紅い月であっても。
扉がノックと「失礼します」という言葉を吐いた。
入室を促すと、先ほどの白いメイド──弔香がトレイにティーカップを載せてきた。
緩やかに漂う香ばしい香りに、パチュリーは心の中で眉根をしかめた。味覚と嗅覚が慣れすぎたのだ。
「如何、なさいました?」
「モカでも調合しようかしら」
放心するようにカップを受け取る。気の抜けたセリフだったが、彼女なりに本気だった。
弔香は片目だけの青い目をしばたき、聞き慣れない薬品のデータの呼び出しに努めた。該当は……ある。以前目にした薬剤師の手記に同名の品目があった。瞬間、材料のリストアップは完了。設備、既存で不足なし。調合手順、オウケイ。イケる。
「すぐに始めましょうか?」
「気が早いわね。別にいいわ。今後の課題として言ってみただけ」
「それは結構で御座います。ところで──。」
と、パチュリーに顔を近づける。
消え入りそうな声で、
「フランドールお嬢様がお出になられました」
「ぶーーーッ!!」
カップに口をつけたパチュリーが思わず吹き出した。純白の少女が、一瞬でまだら模様になる。不幸な事故だった。
弔香は濡れた前髪を指先ですくい上げ、しばし目をぱちくりさせていたが、
「あの、パチュリー様……その、このようなプレイがお好みというのは承知しました。ですが、私はこの場合、どういった対応をすれば……。」
「プレイじゃない、プレイじゃない。っていうか、頬を染めないでよ~」
「あぁ、何ということでしょう。パチュリー様に顔にかけられてしまうだなんて」
「人聞きの悪いこと、言わないで~」
一見して冷静に見える弔香であったが、やはり彼女も紅魔館のメイドである。こうでなくては咲夜の部下は勤まるまい。
「それよりも、弔香」
「承知しております」
と、メイド少女はゆっくりとブラウスのボタンを外していった。
……。
……。
「……何、してるの?」
「大したことではありません。私に溜まり溜まった情念を思う存分ぶつけて頂こうかと。それはもう、この全身でお受けいたします。えぇ、実に大したことではありません」
頬こそ赤いが無表情で語るメイドに、パチュリーはふらふらと、貧血を起こしたような手つきで手元のハードカバーを開いた。
「え~と、目の前のバカを張り倒す方法は……。」
「そんな!? この場でご賞味頂けるなんて!?」
「ああ!? 素材がアクだらけに!?」
何だかよくわからなくなりつつあった。
「って、こんなことをしてる場合じゃない。私はフランドール様のところに行くわ。弔香、ここの事はお願いね」
「かしこまりました。ですが、恐れながら一言だけ進言させて頂きます」
「何よ?」
「本日は、勝負下着です」
「知らないわよ!!」
何故、こんな余計な頭痛ばかり……。
やはり咲夜の部下である。っていうか、こんなのばかりなのだろうか。紅魔館のメイドどもは。
しかし、
どんなに変でも、今、頼れるのは彼女しかいないのだ。精神的な負担を堪え、パチュリーは的確に指示を出した。
「いいから、こことこのページのベタお願いね。あと、こっちのトーンはこちらの仕様にまとめているから指示通りに。オウケイ?」
「お任せ下さい。では、手始めに──。」
「だからどうして服を脱ぎだすのよ~!?」
「覚悟を示したまでですが?」
「……。」
何も言う気になれなかった。
「わかったわ。貴方の気持ちはわかったから、とにかくお願いね。明日の朝一で入稿しなくちゃならないんだから」
「今年の夏は、熱くなりそうですね」
「えぇ、勿論よ」
「あ、ところで、気づいたのですがこの作品のヒーロー、とても霧雨様に似てらっしゃいますね」
「Σ( ̄□ ̄; !?」
「それでヒロインは──パチュリー様?」
「Σ( ̄□ ̄; !!」
──セリフ言えよ。
白光の一室に比例し回廊の頭上も高かった。
暗い通路だ。或いは無限に伸びるホールかもしれない。左右の闇が平衡感覚に牙を剥く広間を、奇怪な生物をかたどったブロンズ像が、手に口に燭台を備え微量な灯りを注いでいた。道があるならその灯りの筋のみだ。故に、これを通路と呼ぼう。
一本。遠く果てまで伸びる灯火の列は、不気味ではあるが同時に神聖でおごそかな葬列を思わせた。
脇の暗闇にそれれば、そこに住まう魔なる触手に捕らわれ暗黒の体内に飲み込まれる……つい、そんな錯覚を覚えてしまう。行き着く果てどころか、手近の闇でさえ質量を備えていれば仕方あるまい。事実、何かが潜んでいたかもしれなかった。
だが、
少女の歩みは軽やかだ。
紅魔館を支配する血族が常人の感慨をもつわけもなく、むしろ、夜の眷属の常軌すら逸脱せしめた──フランドール・スカーレットである。
自慢の七色の羽を嬉しげにぱたぱたさせ。口ずさむ歌は花を摘む少女のように。悪魔の回廊ともいえる広大で狭矮な道を進んだ。
どこへ通じ、どこへ行き着こうとも恐れず。
そもそも、ここが紅魔館のどこに位置するのかフランドールにもわからなかった。
遥か地底の底か、或いは空の上なのか。いいや、紅魔館の敷地なのかすら。
空間操作が当たり前の館である。
次元歪曲。時空の歪み。最悪、主人が放った野良ブラックホールなど、ひとたび遭遇すれば命を落とすどころか、幻想郷が連鎖崩壊しかねないはた迷惑な場所であった。
今さらそこに、「存在しないはず」の通路や白い部屋が加わったところで、特に騒ぎ立てる話でもない。
そう、例えば──。
歩みを止めた。もとより足音はない。それ以前に、本当に歩いていたのか。
淫靡な視線を右手の闇へ放った。
それは、ぽかんと空間に浮かんでいた。
実際は暗闇から突き出ているのだが、周囲の黒に肌色が浮きだって見えたのだ。
小さな五指を備えた──子供の腕。
躊躇うこと無く少女は闇から伸びる手を握った。まともな思考ではない行為だが、彼女を知るものが見たら「フランドール様らしい」と感嘆の声を上げただろう。
子供の手は、ぎちりとフランドールの手を握り返した。
強烈な力だ。そのまま少女を闇へ引きずりこまんとわなないた。何事も見た目で無いことは、幻想郷の常である。
その最たる具現が、あぁ、表情を歪めたではないか。
苦痛ではない。
笑ったのだ。
ぐちゅ、と嫌な音がした。少女の手は健在である。対して、子供の手は──やはりこれも健在である。では、今の音は?
可憐な唇がすぼまると、紅い物体が飛び出し暗闇に溶け込んだ。
いびつに歪んだ飛翔体の正体が、噛み砕かれた「ほおずき」の実であると看破した者はいない。
間もなくして──闇が揺れた。回廊が揺れた。道筋を支える灯火の列が呼応するように揺らぎ、小さな体を暴風が打ち付けた。これは、
断末魔だ。
低く遠くにこだまする絶叫が、黄金の髪をなびかせる。
ふん、と鼻を鳴らしてフランドールは手を離した。
乾いた音がした。足元に落ちたのは干からびた子供の腕だった。肘から上は、何故か消失している。
「つまらないわ。少しぐらい歯ごたえが欲しいわね」
「では、及ばずながら」
5メートル先に、一人の娘が佇んでいた。
一言で表現すれば『黒』だ。
黒いワンピースのメイド服に黒いカチューシャ。エナメルの靴が燭台の灯りを反射していた。そこから伸びるすらりとした足も黒いタイツに包まれている。何より、床まで垂れるウエーブがかった髪が、闇が寄り添いかたどったように黒かった。
だからだろう。
手や顔の白さが際立ち、美しさよりも病的な印象をあたえるのは。
白い顔の中心で、やはり黒い双眸が恭しくフランドールを見つめていた。
「同僚の失態を恥じ入るべきでしょうが、お出になられたものは仕方がありません。僭越ながらこのままお部屋へご案内致します」
「肩透かしはごめんだわ」
「ご期待に添えられるよう、真心籠めてご奉仕するが紅魔館侍女の喜び。私も例外では御座いません」
「期待してもいいのね?」
「我が法の業、ご覧頂くのは始めてですわ。ですが、私をあの双子と同意にはなさらないで下さいまし」
「顕密の法を習ふに、すこしき愚かなる事なし──ん、いいわ。来て」
「黒揚羽(クロアゲハ)と申します。二つ名は──」
スカートの裾をつまみ膝を折って礼をする。次の瞬間、フランドールの周囲でゾゾゾと奇妙な音がした。
左右の闇が近かった。いつのまに燭台の灯りが弱まったのか。
いいや、左右だけではない。気づいた時は、背後から、前から、そして足元からも暗黒がフランドールめがけ押し寄せていた。
何というたわけであろう。
夜の眷属、それも悪魔の妹と詠われし狂乱の令嬢に、今さら暗黒を捧げて何とするのか。その証拠に、フランドールは落胆の溜息を吐いた。
だが、
ゾゾゾ、と不気味な音は耳元で鳴った。
緩やかウエーブ。間近で見ても美しい黒の輝き。今少女に襲い掛かるのは、まさしくメイドの足元まで垂れる──いや、いまや床を這いずり、壁をまさぐり、天井にまで溢れる黒髪ではないか!?
メイドが言葉を続ける。
「──黒髪縄婦人」
と。
ザッ、と一際大きな音とともに、フランドールを包囲する黒髪が閉じた。一瞬で少女の姿は暗黒に埋もれ、目の前に巨大な髪の毛の繭が完成する。
直視に耐えがたい光景だった。
その一筋一筋が、まさか意思ある生物の如く蠢いていようとは。
「お加減はいかがでしょうか? 少々居心地が悪いかもしれませんが、お部屋にお連れするまでの間、どうかご辛抱下さりませ」
声を掛けてみるも、繭からの返事はなかった。
いじけているのかもしれない。そういう事もあるだろう、と黒揚羽は納得した。
「さて、コレを愚図姉妹のもとへ届けなくてはならいけど……もう、殺されているかしら? 本当に、誰もかれも手間ばかりかけさせてくれる……。」
巨大繭──自分の黒髪の集合体に近づき、メイドは気だるげに溜息をついた。彼女の欠点があるとすれば、時折見せる他人を軽視した発言と態度である。見下していると言ってもいい。プライドの高い娘であった。
だからこそ次の事態を知った時、屈辱に顔を紅潮させたのだ。
繭に触れた時だ。違和感が腕から股間へ走り抜けた。脳よりも先にソコが感じるのだ。
「これは……。」
人差し指を突き出した。一気に引き降ろす。
バサァ、と派手な音と共に、床に黒髪が散らばった。娘の一挙動で闇色の結界は解かれたのだ。
そこにフランドールの姿はなかった。
「夜桜め。呆れてものも言えぬわ。鍵を狩るものが逆に狩られて何とする。どこまで十三王の名に恥を塗る気か知らぬが、いずれ責任は取らせねばなるまい──いいや、事態が収集次第、この黒揚羽自ら粛清してあげるわ。例え今この瞬間、妹様に殺されていようとも」
それはフランドールが白い部屋を抜けた時だ。メイド少女の胸から奪った『鍵』とは、存在し得ない扉から決して抜けることのない出口を開くキーであった。
自分の結界のどこに出口を作り得たのか、黒いメイドにも判別できなかった。だが、それは即ち夜桜の結界が彼女の結界を上回る事実に置き換えられる。それだけは認めるわけにはいかないのだ。
いや、それよりも、まず考えるべきは、
「『鍵』の出口は一つにつき一箇所きり。見たところ二つ目は無い、とすれば、館からまだお出になってはおられまい。ならば、どこへお隠れになられても無意味。いずれはこの黒揚羽が、誰よりも早く保護して見せましょう。無論、鵺の手など借りる必要もなく」
「あらそう」
背後の闇が言った。瞬間、声の発信源めがけ四方八方から黒髪が襲い掛かる。
バサバサという音を連続で聞いた時、メイドの背筋に冷たいものが走った。
あぁ、と呻く。
あぁ、私の髪の毛たちが。
「ふふふ、術を破るのに術者ほどのお手本はいないわね。おかげで参考になったわ」
歌うようなフランドールの声だった。
「お待ち下さい、パチュリー様」
紅い通路を急いでいる時だ。振り向くと、栗色の髪を腰まで垂らしたメイドが一礼していた。
双子の妹、月歌である。
「お急ぎのところ、失礼します」
もの静かなメイドの声に、パチュリーはわずかに目をしばたいた。何か思案するように可愛らしい眉を寄せる。実際、彼女の足を止めさせたのは奇妙な違和感であった。
思い当たるところがあったのか、すぐにつまらなそうな表情になり、
「声」
「……さて」
「不思議な声だわ」
「お気づきになられましたか」
「えぇ、とても綺麗。まるで──人間のもじゃないみたい。以前はどこの所属に?」
「青二プロダクションに少々」
何の話かわからなかった。
「それで、あなた……フランドール様はどちらへ?」
「今なら他のメイドとお戯れになっておいででしょう」
「そう。御寝所からそう遠く離れてはいないようね。本当にお嬢様も妹様も面倒ばかりかけてくれるんだから。貴方もついてきなさい」
「いいえ」
メイドの声に、きびすを返したパチュリーがずっこけそうになる。
何がいいえなのだろう、と彼女の顔を覗きこむと、月歌は一歩横へ退いた。月歌の背後から黒い塊が現れる。どうやら床にうずくまっていたようだ。
「恐れながらフランドール様に関しましては、ワタクシと夜桜に御一任くださりませんでしょうか」
「貴方たちの手に余るから私が苦労すんるんじゃないのよ~」
「罰をお受けする覚悟で申し上げます。パチュリー様におかれましては、このままヴワルへお戻り頂きたくお願い申し上げます」
「へぇ」
と、今度は眠そうな瞳を輝かせた。
一介のメイド風情が、悪魔の妹を相手に何をしようというのか。如何に紅魔館全侍女大隊の代表といえど、所詮は侍女である。彼女らの能力は、むしろ掃除、料理、裁縫、ベタ、トーン処理、さらにはネーム、そして、定番の夜のお勤めで発揮されるのだ。
その娘が、幻想郷の半分の世界を統べる一族に対抗しえるという。半分の世界とは即ち、全ての夜を指していた。
「いささか興味はそそられるんだけれどね。その提案は呑めないわ」
「ただとは申しません。こちらを」
床にうずくまる黒い物体に手をかざす。パチン、と指が鳴った。
「あ、あれ!? 私、どうなったんだ!? よう、パチュリー」
「霧雨魔理沙殿、亀甲縛りverで御座います」
「亀甲って──だーっ!? 何で私、縛られてるんだ!?」
黒い物体は、紹介するまでもなく縄に縛られた霧雨魔理沙であった。丈の長いスカートにもかかわらず天晴れな縛られっぷりである。
そんなシュールな光景に、パチュリーは心底呆れたように溜息を吐いた。
「説明はしてくれるんでしょうね? つか、して」
「館上空600メートルを飛行中の霧雨殿を眠らせ、腕によりを掛けて拘束致しました」
「よりを掛けるなっ!! そうか、湖を過ぎたあたりで突然眠くなったと思ったら、あんたの仕業だったのか!! っていうか、うわ、なんだこのマニアックな縛り方は!? なんか、色んなところが微妙に喰い込んでるぜ!?」
「よくも魔理沙をここまでできたわね……。妹様が出られるに至り結界レベルの呪詛は陥落こそすれど、貴方の子守唄はライブで発揮されるとお嬢様から伺ったわ」
「それほどでも御座いません。私の歌を最後までお聞き下さったのはレミリアお嬢様だけです。皆様、すぐに眠ってしまいますから」
「しかし聴衆は常人に在らず。その妹様よ。果たしてよく抗いきれるか……いいえ、お聞かせなさい。深く濃密に、貴方の言葉と魂を」
「仰せのままに」
「ふふ、それにしても、まったく、よりにもよって、何て──倒錯的な姿なのかしら。ねぇ、魔理沙?」
「ちょ、ま、まて!! おまえ、なんか危ない目の輝かせ方をしてないか!?」
「貴方が素敵だからよ」
「嬉しくない!! ちゅーか、助けろ!! こらっ、そこのメイド!!」
「お気に召して幸いです」
「召さない!! あんたらの事情にいちいち私を巻き込むなっ!! っていうか、どんな縛り方をしたらこんなに微妙な食い込みになるんだ!? あ、ちょ、何コレ!? やば、やばいって、何でこんなに私の──。」
言いかけて、はっと気づく。
パチュリーの視線が嫌な感じに潤んでいた。
「……おまえ、何考えてるんだよ?」
「続きを言いなさい、魔理沙。いいえ、お願い。私の見ている前で、言って、言って、逝って~」
「待てコラ、妙な発音が含まれてるぜ!?」
「パチュリー様──大ハッスルで何よりです。本日はゼンソクのお加減も良好なご様子で」
「だから何であんたはそんな無表情でわけわからんこと言えるんだ!! ──んっ、あぁっ」
「無駄なあがきはお控え下さい。わたくしの全霊でもって拘束致しました。動けば動くほど、霧雨殿の敏感な部位に絶妙な圧迫感を与えます。お気をつけ下さい」
「だったら助けろ!!」
「それはできません──ところで、パチュリー様? フランドール様の件ですが」
「何のことかしら?」
「いえ、結構です」
メイドが既に潰れた目を伏せると、パチュリーは満足げに微笑んで、
「さぁ、魔理沙、行くわよ~♪」
「だーっ、コラ、引っ張るなっ、あ、だめ、だめだってパチュリー、マジやばいってソコはっ、んんっ、ああ゛っ、んぎぃいっ!!」
黒白姿をずるずると引きずっていく日陰の少女。
その姿を顔だけで見送り、
「パチュリー様、一頃よりもよほど体調を回復なされて本当に幸いです。あぁ、今ではそのお背中がとても逞しく思えます」
事実、逞しかった。
「これも、きっと霧雨殿のおかげでしょう。御いたわしや」
そう呟いたとき、廊下の奥から一際大きな魔理沙の悲鳴がこだました。合掌。
実際、少女はパチュリーたちの消えた方角に手を合わせていた。
「どうか安らかに──さて」
廊下の反対側を向く。相変らず果ては見えない。この館はどこへ行ってもこんなものだ。
「打てる手は打ちました。後は姉さん次第ですね」
小さな扉だった。
他と比べれば、である。
上部が楕円形に湾曲した木製の扉は、それでも 2 メートルはある。表面は何の変哲も無いが、淵と取っ手にだけは黄金の装飾が輝いていた。
その取っ手には触れず、黒く磨かれた木目に手のひらを押し当て、フランドールは静かに瞼を閉じた。
静寂の中、黄金色の髪が柔らかく揺れる。風が吹き込んでいた。
「いっぱい居るわ」
呆れたような声が風に乗り通路の奥へ消えた。風下は今来た回廊へ続く。そこで何が行われたのか──知る者は彼女のみである。
少女はさらに扉の向こうへ意識を傾けた。
気配が束になって押し寄せる。数は、10……20……28、いや、これは歓談に華を咲かせる者達の分だ。さらに中央のホール。ダンスに興じる紳士と淑女。軽快なワルツを奏でる楽団。給仕に勤しむメイド達──ざっと60名。
面白い、とフランドールは口元を歪めた。
とりあえずは、そうね──皆殺しかな。
手のひらに力を込める。
軋む音すら惜しむように、木製の扉は一息で開いた。中に居た者は、色鮮やかなつむじ風が押し入ったと見ただろう。さらに、その一陣の風が途方も無い殺意と狂気を孕んでいれば、ホールは騒然となったに違いない。
フランドールを迎えたのは、さらに深い静寂と暗闇であった。
やはり例外なく巨大なホールである。床と壁は磨かれた大理石で構成され、中央では真紅の絨毯が血溜まりのように広がっていた。そこから左右に別れ、純白のテーブルクロスを敷いた丸テーブルが幾重にも重なって見える。なのに、
少女は一人だった。
踊りに花咲かせるドレス姿も無ければ、品の良い談笑のざわめきも無い。彼女の訪れとともに、華やかなパーティは幕を閉じたのだろう。
ならば、と頭上を仰いだ。
高い天井に無数の紅い点が灯っていた。
「貴方達なのね……。」
誰もが背筋を凍らせただろう。その声に。その呼吸に。そして、愛しげに灯火を見つめるその眼差しに。
恐怖ではない。そこには、殺意も狂気も無かった。ただ、彼女を知る者のみに与えられる違和感だけが、静寂に勝る魔力をその呟きに付与し得たのだ。
それに耐え切れなかったか、頭上の点が淑女の声で囁いた。
──そのようなお寂しい顔をなさらないで下さいませ、フランドール様。
いたわりと慈愛に満ちた声無き声は、超音波であった。天井に逆さまにしがみ付く無数の紳士淑女たち。いわゆるコウモリの群れである。
それを見つめるフランドールの貌の、なんと寂しそうなことか。これこそが違和感の正体だったことは、天井の彼らにしかわかるまい。
フランドール様、フランドール様、と頭上の淑女達が囁いた。
フランドール様、フランドール様、と天井の紳士達が慕っていた。
幼少よりどことも知れぬ次元に幽閉されし狂気と破壊の象徴。それでも彼らには敬愛すべき姫であり、その心根は誰よりも感じ取っていたのかもしれない。
フランドールが寂しい少女であると。
だから部屋はただ白く、
故に美しく、
少し寂しかった。
「いいのよ、貴方達。だって今日は私が自由になれた特別な日ですもの。ほら、聞こえるでしょう。また、少しぐらいは楽しませてくれるかしら?」
そう言って正面へ向いた時、ホールの奥から足音が響いた。意外にも駆け足である。
「フランドール様!!」
闇を割って現れた時、彼女は荒い息と共に妹様の名を呼んだ──というより、ほとんど叫び声である。
ずっと駆けて来たのだろう。おかっぱの黒髪を弾ませるメイド娘は、フランドールのもとへ来るなり膝に手を付き呼吸困難に陥った。
「ぜー、ぜー、はー、はー……あー、気持ち悪い、死にそう」
「来て早々に死なないでよ」
思わず苦笑する。フランドールが今までに対峙し得なかったタイプらしい。
彼女の声が聞こえていないのか、メイドは背中で荒い息を繰り返した。一体、どこから走ってきたのかと考えかけ、フランドールはそれが無駄であることに気づいた。
ホールの奥は例外なく闇が落ちていた。なら、どう自分を見つけ、寸前まで音も気配も感じさせずに全力疾走を遂げたというのか。
……。
……。
いいわ、と心の中で笑う。
それだけで嬉しくなった。おかしな気分だ。
いいわ、と心の中で乱杭歯を剥き出しにして笑う。
どうやら私は、この素朴なメイドを気に入ってしまったらしい。
「ねぇ貴方、ホントに大丈夫?」
「あ、これはフランドール様。いえ、それがですね………………もう駄目です」
はふぅ、と床にへたれこんでしまった。
「何しに来たのよ?」
「は、はい、それは、もちろん、フランドール様を、お部屋に、お連れしようかと、あー、苦しぃー、胸がすっぱいー、吐きそー」
「ホントに何しに来たんだか……。」
「わ……私はもう駄目です……。どうか、私には構わず……先に行って下さい」
「いいから仕事しなさいよ」
「我々はここに健全なる労働環境を要求する」
「誰がストライキをしろと言った!!」
「だってフランドール様、酷いですよ~」
「またえらく短絡的な抗議ね。何が酷いのよ?」
「先ほどあれだけ階段の登りでフランドール様をお止めしたのに、フランドール様ったら全然お気づきになられないんですもの。それも、どんなに走っても追いつけないし、階段はどこまでも続くよ山越え、た~に越えて~♪」
「とりあえず歌うな」
「そうしたら、コウモリさんたちが教えてくれたんですよ。今、フランドール様がこのホールで、あぁ、今まさに人には決して言えないような部位をいたいけな指で、それはもう愛らしく──あ、ゲフンゲフン」
「って、貴方達、何話してたのよ!?」
キッ、と頭上の紅点を睨む。
サッ、と目を逸らす複数の影。
さっきまでの優しさはどこへやら。
「お願いしますっ、コウモリさんたちを責めないで下さい!!」
メイドの娘は顔を上げた。汗まみれの頬が桜色だった。
「コウモリさんたちのおかげで、私は……私は……。」
「貴方……。」
「なんとか間に合ったんですから。さぁ、フランドール様、続きを張り切ってどうぞ」
「何させる気よ!?」
「そのようなこと、私の口からはとてもとても……。」
「もういいわ……。立てるの?」
意外なことに、フランドールが手を差し伸べた。
一瞬きょとんとし、メイドは主人の顔と差し出された手のひらを見比べた。すぐ笑顔になり、
「フランドール様──恋をなさってますね?」
「誰が手相を見ろって言ったのよ!?」
いちいち斜め上を行くメイドである。
「せっかくでは御座いますが、ご遠慮させて頂きます。私のような新参者がご当家のお血筋に軽々しく触れるわけには参りません」
「気にしなくていいわ。たかだか4千年かそこいらの歴史よ。それに私はね、ついさっきまで死に際だった従者を労っているだけ。お姉様も見逃してくれるわ」
「死に際? どなたか命の危機に遭われたのでしょうか?」
「私が誰に向かって手を出してると思ってるの?」
「ですが、私は……。」
「階段は螺旋だった?」
「は?」
質問の意味がわからず目をぱちくりさせ、メイドは曖昧に頷いた。
「はい、多分そうだったと思います。あれ? どうして記憶が曖昧なんだろ? 今さっきのことなのに」
「頂上は見えて?」
「ですから行けども行けども追いつけなくて……あ」
「下は?」
「まさかフランドール様」
「えぇ、そうよ。よく帰ってきたわね。コウモリ達にちゃんとお礼を言いなさい。貴方、この子たちによく好かれているのね」
「そ、そんな、だって私、普通に、そこの階段を登ったんですよ? フランドール様だって一緒だったじゃないですか~」
「そことはどこ? このホールに通じる階段はないわ。それにね、私は螺旋階段なんて登っていないもの」
「では、まさか私の体験したアレは──。」
「噂の無限ループ『招きの階段』」
紅魔館のどこかに、決して登り切ることも下ることもできない螺旋階段があるという。ただし、階段への入り口が館のどこにも存在しないため、滅多に人が迷い込むことはない。そこに足を踏み入れた場合、それは運悪く階段の主に招かれた時だ。招かれし犠牲者は、どこへとも続く無限の螺旋を永劫に登り続けるだろう。時折、メイドが姿を消すのはコレのせいかもしれない。
ごく稀に、何かの拍子で瀕死の犠牲者が発見されることがある。彼女らの口伝こそが『招きの階段』の伝説の始まりだが、こうも早急に、しかも五体満足で生還した者は目の前のメイドが始めてであろう。
「そっかぁ、コウモリさんが呼び止めてくれなかったら、私、いつまでも階段を登ったり時々ビバーグしたりしてたんだ」
「もう突っ込まないからね」
「そうご遠慮なさらずとも」
屈託の無い笑顔は見ていて清々しい。案外、大物なのかもしれない。だからといって早死にしないとは言い切れなかった。少なくともこの館では。
「どうして人は招かれるのか──貴方にはわかって?」
「階段の主さんが、ですか? うーん、それにはまず行き着く先、つまりどこに招かれるかを明確にしなくてはなりません。しょせんは幻想郷どまりなのか或いは紅魔館の多重次元の狭間か」
「その言い振りだと、どちらでも無い見解ね。あなた、ええと──。」
「鵺と呼び付けて下さい」
「日出づる国?」
「ご存知ですか」
「パチュリーからお伽噺程度によ。そう、黒揚羽も貴方も、あちらの出身は綺麗な黒髪なのね。それで、さっきまで招かれてた本人の意見としては?」
「お腹が空いたからだと思います」
奇妙な沈黙が落りた。一瞬だけおかっぱメイドの言葉がわからなかった。が、すぐに理解した。その結果がこの沈黙である。
「貴方、まさか……。そう、そんな見方もあるのね」
「え? 他にも何か?」
「つか、そんな見方しかできんのかコイツは……。」
「でもでも、ご飯を食べないとお腹がすくじゃないですか」
「どっかのロボットみたいなこと言わないでよ」
「失礼な。ロボットじゃありませんよ~」
「「ア・ン・ド・ロ・イ・ド」」
「わかってるじゃないですか」
「うるさい、あんたなんかロボットよ」
何のネタか解らなくなりつつあった。
「そもそも食事のたびにかどわかしてたら、うちの人事事情なんてふた月でパンクしちゃうわ。それに、統計だてるのは難しいけど一定の、それも長期のスパンがあったとしたら? 階段の主が不定期で人を招くとはいえ何らかのサイクルが存在するはずよ」
「システム的なもの、それも紅魔館のバックグラウンドで存続する必然性のあるデーモン、ですか。でしたら時間軸的な循環過程は認められるでしょうね。いえ、ですが、その過程を踏まえてなお、このような考察もありうるのではないのでしょうか?」
「ふむ?」
「──とても腹持ちが良い」
「食べることから離れなさいよっ!!」
「でも、でも、侍女長さんがいってたんですよぉ」
「咲夜が?」
「はい。時々、無性に新人を食べたくて押さえが効かなくなると、自嘲気味に仰っていました」
「新規採用者が配属早々に辞めるのはアイツのせいだったのか……。」
「ですが、これも女のさが、とも仰っていました。ベッドの隣で朝日を浴びる侍女長さんは、普段の凛々しさが無くて、なんていうか儚げで壊れてしまいそうなほど繊細で……思わず、ぎゅってしちゃいました」
「既に食われてるし!?」
「それからは──あぁ、やぶ蛇でした。前夜まであんなに頑張ったのに、また頑張り続けなくてはならないだなんて」
「……貴方達も大変なのね」
「あ、でも次の日は有給を頂きましたよ。といっても、腰が痛くて動けなかったんですけどね。知ってますフランドール様? 下半身がフワフワして地面に足が着いてない感覚ってあるんですね~」
えへへ、と笑うメイドの話は、なんというか痛々しくて対処に困る。というより、もはや何の話をしているのやら。
ただ一つ明確になった。
綺麗な黒髪をおかっぱにしたこの新人メイドは、呆れるくらい健気なのだ。
「普通は辞表を書き出すところを──ふふ、いいわ貴方。なんだか気に入っちゃった。咲夜は優しかったかしら?」
「それはもう。あ、でも、時々なんか切れたみたいに乱暴にしたりして、でも、それがかえって良かったり……わ、嘘、嘘です! 今のは無しでっ!!」
「本当にいい子ね。ならご褒美に、そうね──私も優しくしてあげようかしら」
「本当ですか! 嬉しい!!」
胸の前で両手を合わせ瞳を輝かせる。
同時に──、
すさまじい鬼気が爆発し、溢れ、頭上のコウモリ達が慌てふためき飛びたった。二人の鼓膜を無数の羽ばたきの波が打った。
それでも足りない。
両者からこんこんと湧き出る、殺気にも似た気配を打ち消すことはできなかった。鬼気の根源は二箇所なのだ。
互いに気配だけが空中で衝突し、見えない火花を散らした。
「意外にやるわね」
「いえ、お褒め頂けるほどでも無いんです。実はですね、私、ここから先は、自分でもどうしようもなく──あぁ、ほら、溢れてきて止まらなくなっちゃう!!」
ぐぐ、と娘が前のめりに体を曲げた。
フランドールは目を細めた。メイド服の背中が蟲でも養っているかのように、ゴネゴネと膨れあがったのだ。ザラリとした妙な感覚が肌に触れた瞬間、娘はおかっぱを振り乱し仰け反った。
ゴウ、と耳元で圧力を伴った音が押し寄せた時、二人の少女は同時に動いていた。
フランドールの顔面を風が叩いた。黄金の髪が後方へたなびく。天井のどこからか差し込む光を反射し、金糸は虹色に輝いた。
その幼い手は、既に横に振りきられている。
遅れて、前方で円柱の崩れる音がした。通常弾幕だ。そこに居るはずのメイドに代わってフランドールの刃を受けたと、誰が知ろうか。
不適な笑みを浮かべ、金髪の悪魔は頭上へ視線を投げた。
「素敵な翼だわ」
声をかけられたメイドは、恥ずかしそうに体を揺らした。空中で。
彼女の背中では、巨大な猛禽類を思わせる翼がゆっくりと羽ばたいていたのだ。
「お恥ずかしい姿をお見せしております」
空から振る声は消えてしまいそうなほど細かった。任務のためとはいえ、やはり妹様の頭上を取るのは恐れ多い所業なのだろう。対してフランドールは凛然と見上げ、
「恥ずかしいものか。誇りに思うがいいわ。一時とはいえ私から貴方の命を守った翼ですもの」
「あ、あの、お願いですから、あんまり見ないで下さい」
「どうして? 綺麗な羽じゃない」
「いやん、恥ずかしいですぅ……。」
「そうジタバタすると、もっと恥ずかしいところも見えてしまうわ。あら、可愛らしい白」
「きゃっ!? だ、駄目です!! お目汚しですっ、見ないで下さいフランドール様!!」
「あはははっ!! はしたない子!! もっと見てあげるから自分で脚を開きなさい!!」
……既に羞恥プレイだった。
「そんな意地悪ですぅ。フランドール様ぁ、意地悪言わないで下さいよ~」
「なら降りて来るといいわ。可愛がってあげるから」
「ふぇ~んっ、怖いよ~」
「どうして泣き出すのよ。ああほら、今度はもっと置くまで見えたわ」
「わ、嘘!?」
「ふふふ、本当に面白いヤツね──フっ!?」
空中でスカートを押さえるメイドに笑いかけたフランドールの肺が、唐突に不自然な呼吸を吐いた。
気づいた時は彼女の体も空中にあった。両肩に痛みを伴った圧力を感じた。
繊細な少女の肢体に喰い込むのは、それこそ猛禽類の巨大な鉤爪ではないか。視線を上げるまでもない。その爪が現れた先は──メイド少女のスカートの奥だった。
「しばし失礼を。このままお部屋までお連れ致します。どうかご容赦下さい」
丁寧に非礼を詫び、黒髪のメイドはさらに頬を紅潮させた。
気が高ぶっているのが自分でもわかる。興奮しているのだ。
私は普通じゃない。そう思い知るたびに、何故か気持ちが高揚する。私は普通じゃない。その事実は、何故か快楽に連結する。
普通じゃないことは異常である。
異常であることが私のステータスだ。認識など棚上げにしてしまえ。そう思い込むことに意味があるからだ。つまりは、
ソレらは同義であり、常に真実を示していた。この快感を受け入れることによって、より保たれる正常性。同時にそれらを拒絶することでのみ私は私たり得るのだ。
そこに一片たりとも矛盾は無い。これらはすべからく、平行軸での出来事であり、私の細胞内で並列化していくロマネスクなのだから。
あぁ、ならば私の中には異常など微塵もないではないか。
なら許される。
異常でないなら許される。
私が異常であればあるほどに。異常と認識すればするほどに。股間から不可思議な快楽がとめどもなく溢れてくる悦びを。
何故なら、今の私は、開放された私は、多分、間違いなく、
気が狂ってしまうほど正常だろうから。
あぁ、ほら、御覧なさい、
翼を持ち、鉤爪を持ち、さらに今のセリフは──どこから聞こえた?
しかし、フランドールの口元には、これまでに無い笑みが深くゆっくりと刻まれていくのだ。
世界は闇でさえ息を潜める。惨状を覆い隠すように、暗黒は濃密であった。
不意に、縦長に切り抜いた白色が現れた。それも僅か、バタンとかん高い音がこだますると光は消え、再び闇が空間を支配する。
後ろ手に扉を閉めた少女は、暗闇に目を慣らそうとし、すぐに諦めた。
静かに右手を挙げる。パチンと鳴らした。
途端、通路を象るかのように灯火の列がぽつぽつと灯り出す。燭台を持つのは、例の奇妙な生物のブロンズ像である。
娘は秀麗な眉をわずかにひそめた。
所々崩れた像たちにではない。
半壊した壁や柱にでもなく、ましてや頭上のシャンデリアが、今や床の一部として埋もれていることにでもない。
ただ、
通路に散らばる、これは──。
「……なに?」
手にとって、改めて困惑する。
メイド服だった。
さらに通路の先へ視線を送る。靴らしきものを発見。
それも拾って再び顔を上げるころには──今度は黒いタイツである。
「まだ暖かい……。」
指先で軽く摘み弾力を確かめる。が、次の瞬間、何を思ったのか少女はソレに顔を埋めたではないか。
胸が微妙に膨らむ。
あぁ、吸っている。疑いようも無い。そして、夜桜は一言こう呟いた。
「黒揚羽──口ほどにもないわね」
匂いでわかるのかよ……。
「だって酸っぱいんですもの」
いやそんな弁明されても。
「突っ込み役が居て下さらないと、ボケるのも苦労しますわ。業務改善の要有りと申告せざる得ないわね」
意味の見えない言葉を吐いて、夜桜は半端に崩壊してさらに不気味さを増した回廊を進んだ。
「ちなみに、何故酸っぱいと彼女であるかと申しますと──。」
いや聞いてないし。
しかし、まもなくしてソレが現れた。
床に伸びる黒い物体。影の中で細い白色が燭台の灯りに照らされ、そこだけが別の生き物──まるで白い蛇に見えた。
悪魔の妹との戦いの結末が、そこに横たわっていたのだ。
とても言葉では語り切れない激しい戦いだったのだろう。
それは、
スクール水着姿の黒揚羽だった。
……。
……。
……語り切れないほど激しい戦いの末、勝ったのは妹様でした。
だが、油断はできない。
ただのスク水ではなかった。胸元に『すかーれっと』と書かれたゼッケンが縫い付けてあるのだ。
恐らく、お嬢様か妹様のお古だろうが、もし前者だった場合このメイドの命はあるまい。
溢れんばかりの侍女長のナイフと凍りつく時間。
仮に一命を取り留めたとしても、後に待つのは咲夜特製の調教部屋だ。よって彼女の最期は約束され、その碑にはこう刻まれるだろう。
──紅魔館侍女十三王 黒髪縄婦人 スク水に眠る。
……。
……。
随分と嫌な墓標だった。
「ならば同僚のよしみ、せめて一思いに──。」
手刀の形にした右手を大きく振り上げる。
何の感慨も示さず、それはいとも容易く、あっけなく、しかし光速で振り下ろされた。
ああ気高き蝶よ。今ここに落ちるのか。
闇の中、ただ、羽虫の飛ぶような音だけが響いた。
巨大な翼がゆっくりと、しかし力強く羽ばたく。
天井が近かった。彼女らの鬼気に怯えたモウモリの群れは既に退去済みである。
フランドールは肩に爪を食い込まさせたまま、横目で防光済みの天窓から差し込む光と空を見た。無色のフィルターは厚さ0.001ミクロンにも満たない。その程度の薄膜が太陽の呪いをろ過するに耐え得たのは、ひとえにヴワル魔法図書館司書長の偉業である。
流れる視界からは太陽の位置はわからなかったが、まだ昼間なのは確かだ。
ふと、思った。
お姉様、どうしているかしら。
どうしているも何も、今頃は博麗神社でよろしくやってるのだろう。
博麗霊夢か。
口の中だけで呟く。何か思案しようとしたが、それがよくわからない。疎外感かもしれなかった。それもよくわからない。
ま、ウザければ殺せばいいんだし、私には関係ないか。
「ねぇ、貴方」
「何でしょう」
「…………どこから声、出してんのよ?」
「お気になさらず」
「いいけどさ。今日は魔理沙のヤツ、来ているかしら?」
「本日はまだお見かけしておりませんが……ですが、私も先ほどまで階段を登っておりました。来館されてるのでしたら、今頃はパチュリー様の所でしょうか」
「いいわ」
「はい?」
「やっぱりいい──降ろして」
「ご無体を申されましても」
「いいって言ってるでしょ!!」
フランドールの右手が再び振られた。
朱の線が空中に描かれ、メイドは体を大きく揺らした。二つの影が分離する。
雨が降った。
床を紅く濡らす雫は少量だが、しかし二箇所で同時に起きていた。
両膝から鮮血を滴らせながらも、尚、空中で次の動作に備えるメイド。
そして、右肩の肉の損失部から同じく鮮血を噴出させるフランドール。通常弾幕を放つための犠牲である。
メイドの顔が蒼白になったのは、出血のためではないだろう。
「何とお詫びすればよいのでしょう。あぁ、フランドール様のお美しい肌に傷をこさえてしまうとは」
「それには及ばないわ」
左手を肩の傷口に当てた。たった一撫で。それだけで傷口は消え、滑らかな白い肌が現れたのである。彼女もまた、紛れもない紅魔館の主人であった。
「どう?」
「とてもお綺麗で御座います。瑞々しくて柔らかそう……。」
そう言うメイドの瞳は、フランドールを見てはいなかった。
焦点が合っていない、というよりも、むしろ感情はおろか生命の輝きすらない。知性を失った水晶球のようだ。
これに酷似したものをフランドールは知っていた。
確かあれは……。
「この顔がお気になります?」
「パチュリーの客で似かよった瞳に一度だけ逢ったわ」
「私と似た方でしたでしょうか?」
「全然違う。私みたいなブロンドよ。歳は魔理沙たちと同じくらいかしら」
「では──。」
「彼女の連れよ。ちょっとだけ貴方に似ているかも」
「なるほど。でしたらあの方でしょうか」
「多分ね」
「ですが、それは余りと言えば余りな喩えでは御座いませんか。私とて、一応は一個の生命体として存続しております」
「たいした生命体ね」
「例えこの身の本質が何であれ、これまではそうでした。又、これからも継続していくでしょう」
「思考し自らの言葉で語るものを生命と言い換えるのなら、アリス・マーガトロイドの人形も一応は生きていると言えるわ。あんたとどこが違うのよ」
言葉が途切れた。
メイドが質問の答えを考えているのだ。
果たしてどんな表情だっただろう。興味はあったが、何故かフランドールは彼女の顔を見る気にはなれなかった。
空中で停滞すること数秒。メイドは、「さて、どうでしょう」と短く言った。
「自分でわからないの? 人形と同じ系統、ということ?」
「違うと思います。ですが、正確には判断しかねます。いいえ、ご主人様とはいえ明らかな侮蔑のお言葉。なのに反論の余地が見えません。不思議ですね」
「なら、貴方の存在はどの基盤上で継続し、貴方自信を保っていくわけ?」
「……わかりません」
「なら、貴方の系統はどの変化を経由し、貴方として消化され成し遂げられていくわけ?」
「それはフランドール様自ら御確認下さいまし」
「ここでヤル?」
「お部屋にお戻り頂けねばなりません故」
「その脚、辛そうね」
「お気遣いなく」
「うん。手加減する気は──。」
正面へ手のひらを突き出した。
「最初から無いわ」
一気に握った。何も無い空間を。なのに、ぐしゃっ、という音を伴い数メートル離れたメイドの頭が破裂する。いや、見えない手で握りつぶされたのだ。
噴水のように湧き出る鮮血が滝となってホールを染め、濃厚な血臭が空間を満たした。
フランドールが目を細めたのは次の瞬間だ。
首を失ったメイドが突撃してくる。翼はまだ健在だ。先にそちらをヤルべきだった。悟った時にはメイド少女の胸が──自から割れだしたではないか!?
赤黒い塊が血管を引き連れせり出してきた。ぬめりは風に斬られてすぐに落ちた。低い唸りがこだまする。ノドの奥を振るわせるような声だ。そして開かれた。
それは、全てを切り裂かずにはおけない眼光だった。
胸を引き裂いて現れたのは、牙を剥き出しにした虎の頭でる。
刃の列ともいえる牙がフランドールの目の前で噛み合わさった。ガチ、という音と共に火花が散った。
なんということだろう。小さな少女の体が、まさか力を失ったように急降下しようとは。いや、これは、落下だ。
右腕からは、やはり紅い線が尾をひいていた。間髪でかわしたはずが、庇った腕の肉ごとごっそり「持っていかれた」のだ。
メイドの胸から生えた虎頭が、切なげに遠ざかる少女の体を見送くる。
あぁ、フランドール様……なんという舌触り……なんて瑞々しいの……もっと……もっと……あぁ、フランドール様……、
──貴方の全てを食べてしまいたい。
使用人が主人に、いや、人が人に抱いてはいけない感情であった。仮にここが妖怪の住まう都であってもだ。
彼女にすら制御できない自らの欲望。
この姿になることで開放され、又、紅魔館のメイドとしての勤めを果たす。しかし、それはナンセンスだ。
見よ。落下するフランドールの体は減速を知らず、もはや床に叩きつけられるばかりだ。その光景を想像したのか、虎の頭が舌なめずりをする。
鮮やかな赤色に濡れた淫猥な舌だ。
甘く芳醇な少女の血を想像し、さらにその瞳は血走った。
そして、もう一つ。
血より紅い瞳が開かれた。
瞬間、打ち落とされたようにメイドがキリモミ状に落下する。
如何なる幻獣、如何なる魔道、如何なる神通力を以ってもそれに勝る、レミリア・スカーレットのイーヴォル・アイ──邪眼は妹様にも健在であった。
背に床が迫る気配を感じ、少女は七色の翼をぱっと開いた。
一瞬にして、彼女の空間のみが重力を逆転させる。フランドールは足元から緩やかに紅い絨毯に降り立ち、
そのまま尻餅をついた。
何かが狂った。
紅魔館の主人の血族、悪魔の妹にすら読ませない因子が、何らかのズレを発生させたのである。
すぐに足元から気味の悪い感触が押し寄せた。
見るまでもない。フランドールの着地を狂わせたものの正体は、彼女の折れてしまいそうなほど細い足に巻きつく、黒色に濡れ光る二匹の大蛇であった。
「脚は封じました。すぐに両手も」
フランドールの前で顔無きメイドが立ち上がる。どうやって着地したのかはわからない。虎の顔と野獣の瞳は健在だ。なにより、大蛇の尾は彼女のスカートの奥へと消えていた。
フランドールは小さく頷いた。メイドの言葉にではない。自分の脚に絡まる二匹の蛇も、またメイド少女の体の一部と認めたのである。
そう思うと不思議と不快ではない。この蛇腹とウロコの感触でさえ愛しく思えた。
どうやら、自分は自分が思っている以上に彼女を気に入ってしまったようだ。
「素敵だわ、貴方。鷲の巨翼を持ち、野獣の頭を生やし、両足の鉤爪は鋭く、尾には二匹の蛇──何て呼べばいい?」
「人は私を、八つ裂き鵺と呼ぶようですが」
「ますます素敵。いいわ。特別にさっきの答えを教えてあげる」
「お答え、ですか?」
「えぇ。ところで、これ、解いてくれる?」
と足元を指差す。
虎の頭が申し訳なさそうに首を振ったのは、何かの冗談としか思えない。
「ご寝所までご辛抱下さりませ」
「今の内に攻撃態勢とってた方がいいのに。さっきの答えだけどね──。」
虎が大きく瞳を開いた。
自分の肩に小さな手が置かれたのだ。それも、背後から。
「寂しくなったからよ」
フランドールの言葉と同時に振り向いた。振り向いてはいけなかった。
メイドの肩に手を掛けるのもまたフランドールであったとは。
「が、がおー、食べちゃうゾー」
虎が情けない唸り声を上げる。本人にしてみれば威嚇のつもりなのだろう。二人目のフランドールを前にして、ようやくフランドールの言葉が飲み込めたのだ。
「がるるる」と猛獣の喉がホールに響いた。
フランドールは無表情で佇んでいた。
その姿をフランドールは絨毯の上から見上げていた。
そして──、
二人目のフランドールに闇色のベールが舞い降りる。実際に何かの布のようだ。材質はわからない。少女の姿がそのベールにすっぽり包まれるのだが、メイドの肩にかけた小さな手だけは陶磁器のように白いままだった。
ベールがどこから、又、誰が少女に投げかけたのかは、この場合さしたる問題ではない。
「あ、」
とメイドが短く漏らした。彼女の最期のセリフである。
闇に姿を隠したフランドールが肩にかけた手を引き寄せると、それに釣られるようにメイドの体もベールの内側へ溶け込んでしまったのだ。
静寂が降りた。
もとから何事もなかったような静けさに、残されたフランドールは複雑な表情で立ち上がる。脚の戒めはメイド少女の消失と共に解けていた。
魔道による対陽光濾過処理済みの天窓から、木漏れ日のように日差しが降り注ぐ。柔らかなホールを照らす光りの下、しかし、フランドール以外の人影はなかった。
「螺旋を離れてまで癒したいほどの人恋しさ。えぇ、寂しかったのでしょう。永遠の循環という耐え難い孤独に蝕まれ犯されていく存在自体が。でも──。」
少女は正面へ右手をかざしていた。メイドともう一人の自分が消えた場所へ小指を伸ばす。
「滅びへの引き金は己が引いたと知るがいい。フランドール・スカーレットの姿を騙る者よ。私の玩具を連れ去った報いと共に」
呪いを込めた言葉とは裏腹に、フランドールの口元は邪悪でありながら無邪気な笑みに崩れていた。
それは、まるで、
いや、明らかに、
新しい玩具を手に入れた子供のソレである。
「貸しを作ったなんて思わないで頂きたいわ。そもそも事態のもとを正せば貴方がた姉妹の責任なんですから」
手首を揉み解しながら、黒揚羽は夜桜を睨んだ。
今にもぶっ殺しそうな眼光を湛えるのも、みすみす自分の戒めで動きを封じられたところを手刀の一閃で助けられたとあれば、仕方がない。
もとよりプライドの高い娘である。床まで届かんばかりのウエーブがかった黒髪こそ、彼女の秘術のみなもとであり、黒揚羽を名乗る侍女の本質とも言えるのだ。
それが妹様相手とはいえ、逆に動きを封じ込められるとは。
さらに、同僚に無様な姿を晒した上、それを容易く破られようとは。
しかも未だにスクール水着とは。
……。
……。
「……もう、お嫁に行けない」
「何にか仰って?」
黒揚羽の感情の起伏など知らぬ存ぜぬの体で、夜桜が聞き返した。彼女にしてみれば、フランドール以外のことなどどうでもいいのだ。黒揚羽を助けたのも、所詮は後始末が楽な手段を選んだに過ぎなかった。あの回廊は、それほどの惨状だったのである。
もっともそんな態度だから、またいらぬ闘争心に火をつけるワケなのだが。
「ええ言ったわ。言いましたとも」
と目を吊り上げる。今にも牙を剥きそうな表情に黒髪を振り乱す姿が相まって、まさしく鬼女だ。それがなんとも似合っていた。持ち前の気品に対し殺気が絶妙に融和し、見るものが見れば芸術の極みとして魂を釘付けにしただろう。
無論、そんな感情を持ち合わせないのが夜桜である。
「発言の意思はわかりました。妹様が本館の正面ホールにお出になる前にコンタクトの必要があります。手短にお願いします」
「責任を取りなさい」
「お嬢様からの罰は覚悟の上。言われるまでも御座いません」
「当然ですわ。この騒ぎの原因ならば厳罰に処されても余りある。血が枯れ果てるまで存分に償うがいいわ。私が申しているのは、被害者に対する謝罪の一環としての顛末よ」
「結論から言うと?」
「私に責任を取りなさい」
「具体的には?」
「言わないとわからないの? 私は貴方のせいで誇りも秘術も破られ踏みにじられたのよ? この先、汚れてしまった体を引きずり十三王を名乗ることは許されません。お嫁にだって行けないわ。だから貴方が私をもらいなさい」
……。
……。
「はい?」
「あー、もう、何度も言わせないでよ。私が特別に嫁いでやっても良いと言ってるのですわ」
「迷惑です」
即答だ。もっともだった。
一瞬、聞き違えたのかと夜桜の顔を覗き込み、次の瞬間、黒揚羽の頭部に漫画の怒りマークが浮かぶ。幻想郷ならではの芸当である。
「ちょ、ちょっと、貴方っ!! それは本気で言ってるの!? 私なのよ? 他の誰でもないこの黒揚羽が、不本意とはいえお嫁にきてあげると言ってるのにっ!! あーっ、もうっ!! 子供は男の子がいいけど貴方が女の子が欲しいというのなら頑張るわよ!!」
「どんな脳の構造をしてらっしゃるのかしら……。そもそも、わたくしに嫁の必要性は皆無です。お引取りを」
「そんな酷いっ!! もう式の段取りまで決めているのに!!」
「その手際の良さは感服します。ですが──。」
「ええぃっ、仕方がありませんわっ!! かくなる上は、私の良さをその体に教え込んで差し上げます!!」
「さも当然の成り行きのように水着を脱がないで下さ──あ、お待ちなさいっ、ど、どこを触って、るんですか……だ、や、やめ、だめ……ん、んん……やんっ」
「あら? 何よ貴方、かなり準備万全じゃなくて?」
「そ、それは、先ほフランドール様に無理やり……。」
「妹様に? 何?」
「……あの……えと……。」
「聞こえないわよ。それとも、七鍵皇女とまで謳われておきながら、たかが一介の同僚に触れられた程度でこんなハシタナイ姿になるのかしら?」
「はしたないのはアゲハの方です」
「お黙り!!」
「ひゃぅっ──ご、ごめんなさい、失言でした。だから、そんなに強くしないで。そんなにねじ込まないで。あなたの、その──髪の毛をっ!」
「ふふふ、妹様に敗れたとはいえ、十三王黒髪縄婦人の縄業よ。とくと味わうがいいわ」
「さきほどご自分で名乗れないと仰って──んぁあ゛っ!?」
「いいのよ? 喋りたければお喋りなさい。もっとも、ここから先は知的生命体のセリフが吐けるか保障はできなくてよ」
「ひ、はひゃっ、や、やめ、強すぎ、それ強すぎますっ!!」
「そう、貴方はこれがイイのね?」
「びぅっ!?」
「なら、ほら、これなんて如何? ほうら、こんな風にもできるのよ?」
「やめ、て、お、お願い、ですから──。」
「そう。わかったわ。なら──MAX!!」
「ひぎぃっ、ら、らめ、らめ!! きちゃうから!! 一気にきちゃうから、らめ、強ひゅぎ、強ひゅぎりゅ、りゅんれひゅっ!!」
恐るべし黒揚羽の髪技!!
恐るべしみさくら時空!!
もうどうしたらいいんだか、筆者にもわからないぞ!!
儚い。
最初に感じたのがそれだった。
ねじれた円を描く階段は、歪んでいながらも微妙な均衡を保持しつつ、同時に陽炎のように揺らいでいた。その危ういバランスが、とても儚くて、果無くて、果敢無くて──思慮・分別を曖昧にしてしまう。
階段の周囲に壁はなく、そこだけが孤立していた。遠くには赤い雲と紅い空が見える。手すりは細く、薔薇の蔦のように心細い。
不確かさからくる他者との無縁を突きつけられた不安に似ていた。だから儚いのかもしれない。それは一つの死でもあったろうから。
すでにどれだけ登ったのかわからない。
時間感覚が麻痺しているのだ。もとい、延々と巡回する螺旋は全てを狂わす。平行感覚も方向感覚も、そして自我も。
もはや、登る方角が上なのか下なのかさえ判別がつかなかった。
それでも、目の前のフランドールの背を追った。
先ほどと同じく、こちらのペースに合わせフランドールとの距離は一定間隔が維持された。急ごうとも空間は縮まることもなく、故に遅れをとっても開くことがない。
「ユーザフレンドリな仕様で助かるわ」
ぽそりと呟く。娘の声と、娘の口で。
いつの間にやら首から上が復活していた。足の鉤爪も無く可愛らしい素足だ。胸の虎頭とスカートから伸びる二匹の大蛇もどこへ潜ったものか。ただ翼が消えたのは痛い。飛行することが出来ないからだ。
ぼろぼろになったメイド服を除いて、黒髪おかっぱの侍女──八つ裂き鵺はその姿を復活させていた。
しかし、他はまだしも潰された頭はどのようにして戻したものか。理論や法則は不明にしろ、紅魔館主人に次ぐ恐るべき再生能力といえよう。
ただ、破けたメイド服のあちこちから除く白い素肌が、何ともいえない淫猥さを娘に与えていた。
頭のカチューシャはなく、胸は大きくはだけ、切り裂かれたスカートは大胆なスリットとなり、ガーターは外れてただのオーバーニーサイズのハイソックとなり果て──しかも片方が無い。何より、
あどけない少女の表情が、ひたむきに前方のフランドールの背を追っていればなおのこと。
不意に、視界の端に赤い物体を見たような気がした。
ぎょっとして振り向くと、螺旋階段からわずかに距離をおいて、よく知っている人物が滞空していた。
メイドの娘は息を呑んだ。心臓が跳ね上がったのがわかる。
なのに、驚嘆と共に胸を締め付けた感情は「呆れた」であった。
「素戔嗚尊のしわざ甚だ味きなし──。」
「あら、それは知らないわ。パチュリーから教わったの?」
「故郷の言葉です。今の状況に適宜です」
「どういう意味?」
……。
……。
「日本書紀神代上訓ならヴワルで見かけました」
「そう。で、どういう意味?」
「フランドール様、貴方は素晴らしい。多分、そんなニュアンスなんですよ、きっと、おそらく、なんとなく」
今さら言うまでも無く、空中に浮いていたのはフランドールであった。七色の翼が微妙に角度を変えるのは、階段の向こう側には風があるのだろう。しかし、
「ですが、何故こちらに? いいえ、実数虚数の概念が絶妙に拡散した隔離されし閉ざされしこの空間へ、妹様とはいえ如何にして?」
「光栄に思いなさい。私たち、実は運命の糸で結ばれていたのよ」
と右手の小指を立てて見せる。
「はぁ……よくわかりませんが、糸というよりもむしろ何らかの意図を感じずにはいられません……。」
この時、鵺と名乗った少女は気づかなかった。
糸は糸でも黒い糸。
フランドールの小指に巻きつけられた糸が、まさか自分の同じ手の小指に巻かれていようとは。
フランドールはこれを辿り、無限の螺旋への境界を越え、メイド少女のもとを訪れたのだ。
距離どころか空間の相違すら越え、それでいて相手に存在を感じさせない黒い糸。驚嘆すべきは果たしてそれを操るフランドールの技か、それとも糸の材質──黒揚羽の髪の毛か。
「さて、それはいいとして──。」
顔を上げると、階段の先で別のフランドールが背を向けていた。待っていたらしい。
「無限地獄が退屈なのもわかるけど、禁忌を犯した罰は受けてもらうわよ──もう一人の私」
それでも上段の彼女は振り向かなかった。代わりに聞き返したのは鵺である。
「禁忌? フランドール様のお姿を騙ったことでしょうか?」
「そんなんじゃないわよ。あんたの目にどう映るかは知らないけどさ、この程度の仮装、魔理沙のところのバーチャル・ツェザーレが作り出した『夢』に比べたら、ただのコスチューム・プレイに過ぎないわ」
「何です、それ? あ、やっぱりいいですっ、聞きたくありません!!」
「あっちはホントに凄いわよ。『夢』とはいえ本物なんだから。まさか自分のレーヴァテインで斬られる日が来るとは思わなかったわ」
「そうですね、それはあまり思いたくありませんよね──って、いつ抜け出してたんですか!?」
「魔理沙が持ってきてたのよ。もっとも最初はパチュリーとの実験に使用するつもりだったらしいけど。彼女ほら、体が弱いでしょ? 今でも時々発作を起こすみたい」
「そりゃ、あの方はしょっちゅう意味解釈が不可能な発作を起こされてますが。えぇ、霧雨殿が絡むと特に絶好調に発作るようです」
「あそこまでくると芸よねぇ」
「人間、あーはなりたくありませんねぇ」
「ゼンソクって不思議な病気よねぇ」
うんうん、と頷き、フランドールは顔を上げた。
階段の彼女も振り向いた。同時に、二人の手が上がる。五指は両者とも開いていた。
メイド少女、鵺は突如発生した暴風に髪を押さえながらも、そこにありえない透明な長方形の壁を見た。
二つのエネルギーを双方向から受け止めたのは階段の力か、それとも紅魔館そのものの意識か。
こちらのフランドールが唇を歪める。その端から覗く小さな牙を、不謹慎にも鵺は可愛らしいと思った。
フランドール様の可愛らしい牙。あぁ、その口づけを受けるのは、一体どのようなお方なのかしら。
「さて、おまえへの罰だけれど──。」
思わず抱きしめたくなりそうな笑顔で、悪魔の妹は審判を下した。
「全部、ぶっ壊す」
床一面が絨毯の赤色に染まるいつものホール。
広大な館の中でもさらに果ての見えない正面口の延長は、時には門番長の背水の陣に使われることもあったが、今は二つの影が静かに肩を並べるだけだ。
客──招かれるか否かにかかわらず──を迎え、この魔と瘴気と鬼気と、神々しいまでに紅に染まる館を示すにもっとも相応しい場所といえよう。
妙な気配だった。
静けさとは別種の空気が、厚さを持ち、不可視の線となり双方を結んでいた。
「もうあんな乱暴はしないで下さい。お願いです」
声は、言葉に反して熱を含んでいた。答える側もまた。
「本当にしなくていいの?」
「それは、その……。」
と口を濁す。
一人はメイド服、一人はスクール水着──夜桜と黒揚羽だ。
水着でありながら両腕さえ組んで凛然と立つ姿は、色々あった末に彼女本来のプライドを取り戻したようだ。
対して夜桜は、俯きながら栗色の髪を所在無し気にもてあそび、
「……あの、どうしてもアゲハが、その……したいって、いうのなら、わたくし、わたくしは…………嫌、駄目です、恥ずかしくて死んでしまいそうです……。」
やはり色々あったらしい。
結果、ここに円滑な人間関係が構築され一応の決着とあいなった。
「ゴメンネ、月歌……。お姉ちゃん、もう汚れちゃったよ……。」
人間関係は三角関係に発展しそうだった。
「ふふふ、心配は無用よ。貴方の妹もいずれは──ね?」
さらに複雑化した。
「そ、そんなっ!! 妹は──お願いですから妹だけには手を、あいや、髪の毛を出さないで、じゃなくて入れないで下さい!!」
わけわからん。
「あらあら、お美しい姉妹愛ですこと。ですが仲間はずれはかわいそうですわ。それに貴方の妹なら可愛がり甲斐もあるというもの。それとも、まさか月歌には内緒で自分だけ堪能しようというわけじゃないでしょうね?」
「えぇ、貴方はわたくしだけのモノよ」
ひらきなおってるし。
「黒揚羽の髪技。例え実の妹であってもそうそう容易く渡せはしないわ」
「なにを生意気な事を」
「貴方こそ、色々と言いようはありながらも、先ほどはわたくしの体に夢中になっていらしたご様子」
「お黙り!! そのようなたわけた事など」
「無い、と言い切れますの? 本当に?」
「無論ですわ」
「わたくしの目を見て仰って下さい。アゲハ」
「誰が呼び捨てにして言いといいまして? 分をわきまえるのなら、ちゃんとお姉さまとお呼びなさい」
「失礼。それでは改めて──お姉さま」
「あんっ(きゅんっ)」
おまえら楽しすぎ。
「お二人とも、宴もたけなわのところを失礼します」
イチャイチャする二人の背後から、控え目な声がかかる。
同時に振り向いた。よく知ってる人物だった。
「月歌ちゃん!? いつからそこに!?」
「ちょっと貴方の目、どうしたのよ!?」
両目の潰れたメイドは、軽く一例し、
「質問は一度にお願いします」
あくまでも冷徹な双子の片割れに、夜桜と黒揚羽は顔を見合わせた。しばしアイコンタクト。
……。
……。
「月歌ちゃん!? いつからそこに!?」
「ちょっと貴方の目、どうしたのよ!?」
ダメだった。
月歌はなんとなく諦めたように短く息を吐き、とりあえず同時に答えるよう試みた(<冒険心)
「さきほど、職務遂行のため、来たばかりですけど、ご心配には及びません、そろそろ、いずれ弔香さんに見て頂こうかと、時間になります、姉さんの浮気者」
「って、最後だけ恨めし気なの!? あ、ご、誤解よ、わたくしは月歌だけのものです!! あぁん、お願いだからそんな汚いものを見るような目でお姉ちゃんを見ないでぇ!!」
「意外と会話になってるのね」
狼狽する夜桜とは反対に、変なところで関心する黒揚羽だった。が、すぐに気づく。
「お待ちなさい、貴方たち。今の言葉、聞き捨てなりませんわ。時間と仰って? この期に及んで、まだ何か企てていらっしゃるの?」
「何のことでしょう」×2
即答であり、同時である。
黒揚羽は眩暈を覚えた。要するに、まだ何か企んでいるのである。
いいや、あの後、力の入らない足腰を押して中央ホールへの移動を最優先させたのだ。──つまり、こちらが本命か。
ならば、
ホールの西側が陰る。
他の窓と等しく魔道による対陽光濾過処理済みの光招口は、大半がホールの西側を埋めていた。反対側にはあまり窓が無い。館の主の性質と太陽の昇降を考えれば当然かもしれない。
ざわり、と例の音が響く。
翳りながらも真紅の床に落ちる影は、風に揺らめく森の木々にあらず。枝葉を広げた黒揚羽の髪の毛達だ。
それは不気味な触手であり、不吉な影であった。意思持つモノ如き黒髪のその数よ。その長さよ。
西日を遮るまで成長を遂げた怪しい森は、つややかな光りを奏でる鴉羽玉だ。黒尾の海に自ら飲まれながらも、黒揚羽の眼光は爛々と輝いた。口が怪しい楕円に開かれる。逆光だけにおぞましい笑顔に見えた。
「よもや見逃すとは思われまい。事態の経過からして既に収集の目処の付くしきい値を超えたとはいえ、これ以上の暗躍を許すほど、私も他のメイドも寛大ではないわ」
対して夜桜は、栗色の長い髪を素早く掻き揚げた。
きらりと指の間で何かが光る。細い光りだった。髪の中に仕込んでいたのだろう。小指大の小さな刃物と黒揚羽は見た。
「もとより甘い期待など寄せてはおりません。ですが、十三王同士の衝突ともなれば双方に訪れる被害は、決して看過できるもではないでしょう。どうか、そこのところをよくお考え下さりませ」
その手を振った。直後、スカートと栗色の髪が巻き上がる。足元から風が吹き上げているのだ。
原因は小さな竜巻だった。彼女の足元で渦を巻き、空気を集約し、同時に拡散させる。その中心で床と垂直に浮かぶのは、今投てきした小さな刃物だ。
「第五の鍵へ。外周の風こそ永久の門とし、幻の預言者は盲目と成り果てる前に言った。鍵を海に投げ入れよ。第五の鍵。汝の沈むべき海の名は、無知と知れ──お願いです、アゲハ。わたくしに賛同して下さい。わたくしの手をとって下さい。さきほどまでわたくしを責め立てた、貴方のその指で」
「どこまでもたわけた事を。私を共犯に仕立ててまで何処を目指そうというの? いいえ、サクラ。貴方が紅魔館侍女大隊の規律から自ら排斥されようというならば答えるまでもない」
どちらの口元も綻んだ。静かに、互いを慈しむかのように、どこか冷たく。それが緊張の糸となり二人の影を結ぶ。次の一瞬で何らかの結末を迎えるはずだった。
黒髪縄婦人の髪技、縄業か。
それとも、七鍵皇女の──。
消えた。
一瞬で消えた。
窓からの日差しを遮る黒い森も。真紅の絨毯で渦巻く風も。
次の瞬間訪れたのは、二人の生死ではなかった。二人、いや月歌も入れ三人のメイドが、一列に並んび恭しく頭を下げたのだ。
その先で佇むのはフランドール・スカーレット──お嬢様の妹君。
差し込む輝きも揺らさずに。
空気の一筋すら乱さずに。
ただ、今、そこに現れた。
ただ、黄金色に彩られた霧が集積し、質量を持ち、姿を象った乙女のような可憐さで。
それを当然と受け取る侍女達もやはり常人ではない。いつ気づいたのか。いいや、どうやって?
「お待ちしておりました」
夜桜が瞼を伏せつつ言った。黒揚羽は成り行きを見守るように同僚の顔を横目で見つめ、月歌は姉に全てを任せるつもりなのか、一言も発せずに、それでも周囲の動きを警戒する。
微妙な空気を察したか、フランドールは怪訝そうに小首をかしげた。だが、それだけだった。つまり、どうでもいい事なのだ。
「待たせてわるかったわね。彼女を着替えさせてたのよ。メイド服もぼろぼろだったし」
「はわわわ……。」
と三人の注目を集めた「彼女」が狼狽する。
妹様の斜め後ろに付き従う黒髪おかっぱの鵺は、体操着に濃紺ブルマという姿だった。胸に輝く「2-B すかーれっと」というゼッケンが眩しい。
やはり、姉のお古か妹本人のそれかで、彼女の今後の運命が下されるだろう。そう思うと、同じ十字架を背負った黒揚羽としては同情を禁じえなかった。
そして思うのだ。
体操着にブルマ──私の水着といい勝負だわ。ならば、一度、手合わせの必要がありそうね。
「ひやぃっ!?」
「どう、したの?」
奇妙な叫びの鵺に、フランドールは振り向かずに聞いた。
鵺は内股になりモジモジしながら、
「申し訳ありません。今、とてつもなく不気味で粘りつくような気配を感じたもので。なんていうか、こう、上から下まで舐め回すような感じ?」
「失礼ね!!」
反射的に黒揚羽が声を上げる。が、すぐに周囲の視線に気づきバツが悪そうに俯いた。
誰にも聞こえない声で、「私はただ、可愛い後輩と組んづ解れつしようと思っただけなのに……。」と呟くが、それが不気味な気配の正体だとは夢にも思うまい。つか、思うなよ。
「さて、じゃぁどうしよっか? 今なら四対一、ひょっとしたら私を監禁できるかもしれないわ。ま、それが無理でもお姉様たちが戻るまで押し留められれば、流石にあそこへ戻らざる得ないけどね(笑)」
最後の(笑)がとてもあどけなく、愛くるしい。仮に(笑)ではなく(仮)や(株)であっても同じだったろう。(同じか?)
495歳とはいえ、黄金に輝く髪を波のように揺らして笑う童女の姿は、見る者に強烈な母性を湧き立たせ、同時に狂わせる。この少女の願いなら、全てを投げうってでも叶えてやりたいと思うだろう。そこに邪眼の魔力などと無粋な介在は一切ない。純粋なフランドールの愛らしさだけが全てなのだ。
それが、なんと言った?
自ら提案した内容の凄まじさは、居並ぶ紅魔館侍女大隊、それも十三王の四人でしか知り得ない。
四対一。
確かに、それならば或いは、と思うかもしれない。
フランドール一人に対して、七鍵皇女・夜桜、子守唄の月歌、黒髪縄婦人こと黒揚羽、そして、八つ裂き鵺。
如何に悪魔の妹君であろうと、これら妖人を一度によく御するものであろうか。いいや、確かにそれならば或いはと思っても不思議ではない。
だがその結果、如何なる事態が導き出されるのか。それがわからないメイド達ではなかった。つまりは、
総力戦。
ここに至る過程はそれぞれが個別に経過した。少なくともフランドールに関わった瞬間は、一人である。それでも誰もが誰に対しても確信できた。
フランドール・スカーレットが、一度たりともスペルカードを放っていない事実に。
理由は簡単だ。
まだ誰も死んでないからだ。
「フランドール様」
と、夜桜が言った。普段と変わらぬ美しい声で。もとより歌姫の妹に並ぶ美声ではあるが、彼女が唄を歌うことはない。自らを戒めているというのだが、清涼な煌きが音となって伝わる皇女にも欠点はあった。音感がまるでないのだ。
一同が見守るなか、彼女は後ろ手に手を回し、
「恐れながら、じき午後のお茶の時間で御座います」
「それで帰れというの? いいわよ。まとめて相手になってあげるから。確かにそうしたら少しは気も晴れるかもしれないわ。まずはそうね──貴方を縦に裂いてあげようかしら」
右の人差し指と中指を気だるげに正面へ向けると、その先端に小さくも複雑な光の模様が生まれる。光りは円を描き、縦横斜めに走り、見たことも無い文字と図形を浮かべた。立体積層型の魔方陣だ。
ささっ、と皆が夜桜から離れる。一番最初に離れたのが他ならぬ月歌というのが何とも微笑ましい。流石に黒揚羽も苦笑いを漏らさずにはいられなかった。
「フランドール様」
もう一度呼んだ。
臆すること無く正面から主を見つめる。さらに、にこりと微笑んだ時の笑顔たるや。まさにその名に恥じない桜の優しさを湛えていた。
意外なことが起きた。
一歩たじろいだのである。あのフランドール様が。まさか。
「そんな顔したってダメなんだからねっ!!」
「はい、仰せの通り」
「覚悟はしてるんでしょう?」
「そのようなもの、フランドール様に御使えした時より、とっくに」
「何がよ。私は、束縛されることなく気ままに飛び、土の香りに包まれながら眠りたいと望んでいるわ。なのに、おまえは今さらそんな顔と瞳で私を見て、この願望と心根から目を背けるの。だったら、そんな非合理で無意味な状況を示す行為を、不理解なものとして許せるはずがないでしょっ」
無茶苦茶だ。
「そもそも、私にこの館は不釣合いなんだわ。そこに住まうものたちも、そして、あんたたちも又──だから、いっそのこと消えてしまいなさい。私の目の前の現実からも、幻想郷の下にくだる実態からも」
今まさに、放たれようとした。
なのに、春の宵の桜の花びらは、静かで、白くて、とても穏やかな香りを運んだ。いいや。ただ身じろぎしただけだと、誰が気づいただろう。
「それは非常に困ります。お茶のご用意ができなくなってしまいますから」
そう言って彼女は背後に隠していた両手を正面へ移した。
次の言葉に、黒揚羽と鵺は目を剥いた。
「本日のお茶は趣向を変えまして、皆さんでピクニックと洒落込まわんことをご提案申し上げます」
いつ、どこから取り出したのか。夜桜が両手で抱えるのは、大きめだが何の変哲も無いバスケットであった。
「このようなこと、よくも企てようなどと……。」
「不満を仰るわりには、アゲハが一番満喫してるように見えてよ?」
周囲を黒々とした森に囲まれた湖のほとりだ。雲ひとつ無い空がとても高かった。深い色の水面が、日差しを細やかに反射する。時折、水棲の妖怪らしきモノのがちゃぽんと顔を見せ、何事もなかったように波紋を残して水底へ消えていった。
夜桜の提案は誰の目にもセンセーショナルであった。とはいえ館の周辺から距離をおくわけにもいかず、お茶会の会場はご近所ということで落ち着いたのだ。それでも、ここへ連れ出すのですら苦労した。何せ門番が一人で背水の陣を敷いたぐらいである。
それを無事突破できたのも、フランドールの人徳だったかもしれない。
『お願い、メイリン。お外に出させてぇ』
舌っ足らずな喋りと上目遣いだった。結果、背水の陣は崩壊を余儀なくされた。無論、これも夜桜の入れ知恵に他ならないのだが、彼女はこの現象の究明とコントロールに三年を要したという。夜桜の説明によれば、これも一種のネコミミモードによる波状効果であり、視覚聴覚のベクトルを一時的に歪曲することにより、超感覚的なエネルギーを対象物から放射させるのだ。それを無意識に認識した観測者の神経細胞は、各種脳内物質の分泌を過度に増幅させ、さらには──
姉さん日が暮れてしまいます、行きますよ(すぱん)
はい、ごめんなさい月歌ちゃん。
というワケで、わけのわからん講釈を垂れる夜桜にハリセンを打ち込んだ月歌が、今回の功労者賞に授かったのである。めでたい。
かくてフランドールの精神的緊張は仰け反るほどの超越化を遂げ、ついには無礼講の発令とあいなった。
その後の動きは速かった。
長椅子を持ち出した黒揚羽は、サングラスに白い鍔広の帽子、脇のテーブルにフルーツドリンクを常備した体制の維持に努めた。夜桜が言う『一番満喫してるように見える姿』である。ただ、惜しむらくは、その見事なプロポーションを覆うのがセクシー水着にあらず、未だ『すかーれっと』のゼッケン眩しいスクール水着であった。
尚、スクール水着はフランドールのでも、レミリアのものでもなかった。吸血鬼である限り二人が泳ぎに興じることはない。これは、フランドールが咲夜のクローゼットから発掘した一品であった。水着に限らずその他数点、彼女の思慮の及ばぬ衣装を発見したのだが、いづれもレミリアに着せるつもりだったらしい。その事実を知った時、フランドールは始めて姉に哀れんだという。
落ち着いた黒揚羽とは対照的に、鵺は激しかった。やはり野外の開放感からくる行為なのだろう。黒髪をそよ風になびかせはしゃぐ姿は、どこから見ても健康美に溢れる乙女であった。だが、何かが絶好調に達したのだろう。ついには付近を散策中のチルノを発見、これを仰け反りながら強襲しだしたのだ。しかし、しばらく四つん這い仰向けの姿勢で追い回していた彼女に、夜桜が「チルノは食べられませんよ」と言うと残念そうに戻ってきた。食うつもりだったらしい。
そしてフランドールへ日傘をさす月歌の歌声よ。自然に溶け込むような穏やかな歌は、歌詞がなくハミングのみだった。それでいて不思議なメロディだった。時には、春の息吹を惜しむかのように、時には、いいや、遠い亡国を慈しむかのように──彼女の旋律だけが日差しと、風と、日傘の影と、それから、あぁ、青空のもとゆったりと溶けていく。
時折、木々の間から火吹きトカゲや有翼の魔犬が姿を見せるのは、彼女の歌に誘われたが故だろう。場所が場所なら立派なセイレーネスになっていたはずだ。無論、魔獣どもがそれ以上近づかない理由は──。
「どうなさいまして、フランドール様?」
細かな花びらを描いたティーポットに注ぐ湯を止め、夜桜はティーセットから顔を上げた。
フランドールは、何かを思い出すように眉を寄せ、
「何だか、色々あったような日ね」
「まだ終わりませんよ。甘いの、煎れますね」
「うん。でもね、結局はここに集約されるのなら、有意義なひと時だったと認めてあげてもいいわ」
「それはそれは。館も壊され甲斐があろうというものです。わたくし個人の見解を申し上げれば、多少の破壊行動なれど、わたくしどもで阻止できなかったことは心残りで御座いますが」
「あははっ、貴方は承知の上で動いてたのかと思っていたわ」
「まぁ! 酷いですわフランドール様。修繕作業はわたくしどもの仕事になりますのよ?」
「それも過程の一つでしかない。そう思いなさい。そうね、手段の一部にしてしまえば──あ、ほら、案外楽しいかもしれないわ」
「完全に他人事ですのね、フランドール様……。」
「どのみち成るようにしかならないんだから、深く考えたって無駄なんだってさ」
「時々、いっそのこと何も考えたくなくなる瞬間はあるんですけれどね」
「らんだむうぉーく理論って知ってる?」
聞き慣れない単語に、メイドは一瞬だけ目をしばたいた。
記憶を探ると、これ以上に無いほど幻想郷とは無縁の言葉が現れた。
「さて? 少し違いますが効率的市場仮説というのでしたら聞いたことがあります。多くの投資家が参加する証券取引の場において、様々な情報が効率的に、さらに迅速に価格へ反映されるという。ですから恒常的に特定のアクタが全体を上回っての実績を獲得するのは不可能と──パチュリー様のカリキュラムですね?」
「あ、それの逆意よ」
「では千鳥足の方でしょうか?」
「酔っ払いに用はないわ。貴方の言ったフィールドはでたらめな動きをしているように見えて、その実、現存するあらゆる情報を吸収し評価しているのよ。それらが反映されるから過去の変動パターンにおいてある種の未来を特定するのは無理なの。所詮、水中に落とされた花粉はバラバラに動くものなのよ」
「ああ、それでそんな呼ばれ方を。要するに──」
「諦めなさいってこと」
と目を細める。日傘をさす月歌の歌が心地いいのだろう。子守唄ではなく、ただの、透明で優しい歌声だった。夜桜は、そんな妹様の姿に目を見開いた。
何ということだろう。まさか、あのフランドール様に慰めて頂けるとは。
ああ、ならば、長生きはしてみるものだ。
「それは結構でございます。では僭越ながら、フランドール様にお願いを申し上げます。このたびのお茶会、予てよりわたくしと月歌で計画していたのですが、一つだけ問題が」
「言って御覧なさい」
「どうか、レミリア様方には御内密にしては頂けないでしょうか」
「考えておいてあげるわ。条件付でね」
「条件、ですか」
「えぇ、私が共犯になる条件よ」
フランドールは悪戯を思いついたような邪悪で愛くるしい顔になり、
「次もまた企画なさい」
そう言うと、夜桜から華奢なティーカップとソーサーを受け取った。
ティーカップに浸された液体は、とても美しい、ルビーのような紅色だった。
おしまい
あとがき
その頃、博麗神社では──。
「霊夢~~~っ」
「って、いきなり袴の中に潜り込むんじゃない!!」
「霊夢の匂い~~~」
「嗅がないでよ!!」
「あぁ、お嬢様、そのような紅白ごときにご執心なさらずとも、及ばずながらこの咲夜が──あぁんっ」
「コラ、そこで身もだえしているメイド!! 見てないでなんとかしなさいよ!!」
「かくなる上は仕方がありません。私も混ぜて頂きます──お嬢様~~~っ」
「何でそうなるのよ!!」
「エルゴっ、フォーム!!」
超 重 合 身
「って、余計に酷くなってるじゃないのよ!!」
終わってしまえ。
死 ぬ か と 思 っ た
狂ってる人の方が多数なら、むしろ 正気 の方が狂気に見えるんだろうなとか。
蝶! サイコォーッ!! あ、二言になってしまった。
笑わせてもらいましたよ
オリキャラのメイド達の壊れ具合もいいです。
魔理沙はその後どうなったの~?(笑
素敵過ぎるぜ、メイドさんのイカレっぷりも、萌えっぷりも!!
あと、どうでもいいことだが、ジャンルが百合ってことはパチュリーは腐女子ではない。
繰り返す、パチュリーは腐女子ではない。
深く理解しようと思えば捕らえる事もできずに逃げまわられ、無限回廊に誘い込まれては永遠に業を煮やすはめになる。
そうかといってつまらぬ物と無視すれば、勝手に意識に潜り込まれ、注意をかき乱されては腹立たしいと思うことも許されずに、ただただ愉まされる事を強要される。 実に御しがたい。
それもそのはず芸術とは須らく術なり。 この作品読んだ時から既に私は作者殿の手の内に。 参ったと、その言葉も素直に出すことあたわずにただ狂わされる。 それならばいっそうの事・・・。
愉しませてもらいましょう、まだまだ、まだまだ。
この楽しい物語に、有難う御座いましたを言うには早すぎるって。
文字で綴られる物語も然り。
それを思うと、この作品を書かれたそのセンスには脱帽ものです。
読み解こうとすると深みに嵌り、狂気と正気の狭間で、異世界を闊歩するような不思議な感覚に囚われました。それがまた、心地良かったりするわけなのですが。
重厚から軽妙、ギャグからシリアス、しっとりからドタバタ、バトルからまったりと、
徹頭徹尾ベクトルの一貫しないジグザグ模様に、
空気の読めない自分めは終始狂ってマインドシェイカー。
いぃ~い狂い具合ですな、御前は(誉め言葉なんです)。
脱帽に脱帽を重ねて脱毛の域にまで辿り着いてしまいましたよ、わたしゃ。
もう残りは頭皮と頭骨しかありませんので、どうでしょう、
ここまで来たら脳味噌まで見て行かれては?
って、自分が何を言ってるのかわからなくなる、そんな脳震盪ものの御作。
何やら熟練の手腕を感じ、しなやかに平伏す今日この頃でした。ご馳走さんです。
そんな作品だと感じました。
この素ン晴らしい不思議時空に脱帽です。
兎に角シリアスから始まりながら、各所に絶妙の笑いが入れられていて良い。
(ほんの少しだけ残念なのは、中盤ぐらいから分りにくい話の流れや表現があったところ。2人のフランとか…)
ところで、このSSのジャンルを特定できる人っているんですかね?(笑
作中の螺旋階段もこんなもんなんでしょうか。
脳みそがねじれました。勿論ほめ言葉。
四コマ種ギャグとラノベ産バトルを併せ裏漉しして耽美生地で包み焼き、
ソースは妄想咲夜さんをベースにみ桜の香りを移して付け合せに狂愛の後書き。
疎密緩急の落差が凄い……休憩三回入れて読ませていただきました;
堪能堪能。
これ以外に表現の仕方が見つかりません。
もーとにかくあらゆる面が矛盾しまくっています。
カッコイイのにカッコワルイ、難しいのに単純明快、マトモなのに狂ってる。
作者様の五感は、いや六感七感まで含めて、この世界を拙が感じるそれとはまるで別のモノと感じているに違いない、そんな印象を受けました。
ああ、今日はもうだめだ力尽きた。
脳味噌が動かない。
夢中でモニターを凝視してました。
ぜひこの紅魔館のメイド達の話はまた書いて欲しいですね。
他の十三王のメイドはまともなのか知りたいです(笑
・・・そういえばこのメイド達、元ネタあるんですかね?
我が脳髄見事にぶっ壊れ、回路はショート寸前。
てか、ごめんして。赤い絨毯に~の章の前半でどっと疲労が…。この辺もシリアス気にまとめてた方が、オチが生きたと思うんす。
最後の最後で脱落した根性なしの戯言と思ってくれりゃんせ。
ぶ っ と び す ぎ (´ω`)b
こいつら+15個大隊7500名(これまた普通じゃないのばっかりなんだろうな)を纏めるさくやんは激務だ。
彼女達の活躍をもっと読みたいです。
メイド達の壊れっぷりも良し。フランの突っ込みも良し。その他諸々のキャラの感じも良し。
意味が解んないのに何故か読み入ってしまう。
こういうのを芸術って言うんでしょうね……(遠い目
どんな風な思考回路を持っていたらこんなSSが書けるのか見習いたいです。
最高でした。
しかし魔理沙は一体どうなったのだろうか……
紅魔館にかんして、というか東方自体にかんして語られる部分が非常に少ないので各人に関連した人物を考えるのは良い事だと思います(※1ドリームを除いて)。そして良く調和していたと感じました。SSの構成にについては多々今どの場面、場所にいるのか二転三転してわからなくなることがありました。テンポは良いと思います。
※1自身の分身を登場させ原作の人物とLOVELOVEさせること
気持ち悪い様な気持ち良い様なつかみ所の無い感覚
所々に覗く百合の花と萌え、シリアスとギャグ
また、オリキャラを出すと世界観が失われる感があるのですが、
それを壊すことなく、寧ろ魅せられる文章構成のセンス
御見事の一言につきます。
あまり、他に類をみないタイプの作品ゆえに
今更ながら、一つ感想をカキコさせていただきました。
また、読み返したいと思います♪
ぶっ飛んでるのに、冷静に楽しめる。面白かったです。