いつものようにレミリアの部屋でお茶を淹れていたとき、それは起こった。
「はぁ。舞踏会…ですか?」
始まりは、レミリアのいつもの突拍子もない一言。
「えぇ、そう。ほら、たしか明日は勤労感謝の日でしょ?少しはみんなを労わらないと」
名案を思いついたとばかりに上機嫌なレミリア。
「はぁ…」
それに反比例するように咲夜は曖昧に頷く。
館全体を巻き込むわがままにしては、今回はかなりメイドへの負担が少ない…いや、むしろかなり娯楽として成立する企画だった。
これはどういう風の吹き回しか。ついに主人としての自覚が芽生え…いや、それはありえないか。
「…む。なんだか咲夜に失礼なこと考えられてた気がするわ」
「気のせいですわ、お嬢様」
なんにせよ、レミリアがそれを企画したということで、メイド達が大いに喜び騒ぐだろう。
これから迎える本格的な冬に備えて忙しくなる季節。息抜きをさせるにはちょうどいいかもしれない。
子供のようにはしゃぎ、紅茶そっちのけで部屋を歩き回ってあれこれと考え込むレミリアを見て、思わず笑みが零れる。
こんな姿を見せられたら、たとえどんな企画だろうと反対できないじゃないか。
「ですが、そういえば…」
レミリアがあれこれ考えているうちに、すっかり冷めてしまった紅茶を淹れなおしながらたずねる。
「お嬢様は踊れるのですか?」
「…は?」
当然の疑問をたずねたら、「咲夜、何言ってるの?」といった顔で返されてしまった。
「………あぁ、そうか。咲夜はあの話を知らないのね」
たっぷりと間を置いたあと、ふと思い出してレミリアが言う。
「あの話…ですか?」
お代わりをどうぞ、とティーカップを差し出しながら、気になる言葉に首を傾げる。
カップをソーサーごと受け取ったレミリアは、そんなことは些細なことよとかるく話を流し、また明日の企画について考え始めてしまう。
「まぁ、いいか。それよりもお嬢様。舞踏会ということですのでプリズムリバーを招きますか?」
「そうね。せっかくだから霊夢とかも呼びたいけど…明日はいいわ。どうせ会おうと思えばいつでも会えるし」
本当に、今日は珍しいことだらけだ。
「よし、開催は明日の夜っ!咲夜はすぐにプリズムリバーのところに向かって。それで先客がいたら潰してきなさい」
そう言ってレミリアは小走りで部屋のドアへと向かう。
「お嬢様はどちらへ?」
「ん?決まってるじゃない。今からパチェのところへ行って企画を練って、ついでにメイド達を炊き付けてくるのよ。…ふふ、明日は楽しい夜になりそうね」
レミリアはその幼い容姿とは不釣合いな――まさに永遠に紅い幼き月と謳われるに相応しい――笑みを残し部屋を去る。
きっと自分が帰ってくることには、メイド達が大広間を着飾る準備におおわれているだろう。
発案レミリア、参謀パチュリーの一日がかりの大掛かりな改装。メイド達の泣いている姿が思い浮かぶ。
…まぁ、祭りは始まったあとよりも前のほうが楽しいというし、なんだかんだでメイド達のレミリアに対する忠誠は厚いので、大丈夫だろう。
自分が魅せられたように、レミリアのあんな表情を見せられてしまえば、断れる者なんてこの屋敷には一人もいないんだから。
「さて、と…」
懐中時計を取り出して時間を確認する。
ちょうどプリズムリバー達が自分達の屋敷に帰ってきていることだろう。
どうせ紅魔館に帰ってくれば強制で手伝わされるのだろうから、ゆっくり向かうとするか。
そんなことを考えながら、咲夜もレミリアの部屋から去った。
★☆★☆
プリズムリバーの屋敷の付近まで来ると、さきほどまでの妖怪の群れが嘘のように散っていく。
時刻はちょうど逢魔が時。美鈴が門を護る紅魔館でさえ一番忙しい時間帯なのに、だ。
もちろん魔理沙やアリスのように結界を張っているのなら話は別だが、プリズムリバーにそんな能力はない。
となれば理由なんて数個しか思いつかないのだが…
理由の一つ目として挙げられるのは、ここが妖怪達にとっての辺境なのかということ。
「ま、でも辺境だろうと居るときは居るものだしね」
というわけでこの案は却下。
となれば…
「この音のせいか、それともこの音を発してる暴走少女のせいかしら」
言ってみてから、それが一番有力な気がして苦笑してしまう。
屋敷の屋根の上に少女の姿を確認し、空を蹴って近づく。
「こんばんは、メルラン。その曲は魔除けかなにかかしら?」
声をかけると、目を閉じていたメルランが演奏をやめて咲夜のほうを向く。
「こんなきれいな音なのに、そんな物騒な効果はいらないわ。思考能力の低い妖怪は本能的に高音を嫌がるのよ」
手にしていた横笛を愛しそうに撫でて微笑む。
そういえば、メルランは管楽器の類だったらなんでも得意だと言っていた気がする。
そんなことを思い出しながら、少しだけ意地の悪い事を口にしてみる。
「それで、知恵のある妖怪はあなたを見て逃げ出す…ね。なるほど、よく出来てるわね」
「……まぁ、否定はしないわ」
微妙に渋い顔をするメルランについ笑みが零れてしまう。
「安心しなさい。普段と暴走したときのギャップ、私は好きよ?」
「ありがとう。そんなひねくれた性格のあなたがある程度好きよ。…それで、なにか用かしら?」
ま、私達に頼む用なんて一つしかないだろうけど、と苦笑するメルラン。
それもそうかと咲夜も頷いて、さっそく用件を告げる。
「明日の夜に紅魔館で舞踏会をやるの。演奏をお願いできるかしら」
「明日?う~ん、いきなりね。私は特に用事はないけど…三人でやるとなれば、私に決定権はないのよね。リリカや姉さんに聞いてみてくれるかしら」
二人とも屋敷にいるから探して相談してくれるかしら、と付け加える。
咲夜がわかったと告げると、メルランは再び横笛を口につけ演奏を再開させた。
目を閉じて自らが奏でる横笛の音に耳を傾けるその姿はまさに無防備。
普段の何気ない立ち振る舞いが、三姉妹中で群を抜いてお嬢様然としているメルランの、しかし嫌味にならないその雰囲気にしばし見惚れてから、咲夜は屋敷の玄関前へと移動する。
紅魔館ほどではないが、それなりに大きいドアをくぐり抜ける。
「姉さん、おかえり~!…と見せかけて第一波、て~っ!」
ドアを開けた瞬間響くリリカの声。
それと同時に玄関の左右に置かれていたのだろう楽器から弾幕が放たれる。
突然の弾幕に、反射的に前に出て弾幕を避ける。
「かかった!第二波、狙い打てっ!」
前方に置かれた十ほどの楽器から機関銃のごとく弾がばら撒かれる。
咲夜は舌打ちをしながらも、前進を止めない。否、止められない。後ろ左右に展開されている弾幕は、前方の弾の比でないほどに密度が濃いのだ。
左右から弾幕が張られた時点で予想されるべき展開。
不意を付かれたとはいえ、そしてリリカが自分をメルランだと間違えていたとしても、気付かないままに相手の策略に嵌ってしまったことにかるい憤りを覚える。
知っていてわざと引っ掛かるのと、知らないで引っ掛かるのでは意味合いがまったく異なるのだ。
これでは完璧で瀟洒なメイド長の名が廃るというもの。
それを挽回する手段は、今この時点においては一つしかない。
すなわち、前方の弾を全て相殺させ、リリカ自身を潰すこと。
「メイド秘技・殺人ドール!」
即断即決。言うがはやいが無数のナイフを自分の周囲に展開させる。
魔法と違って詠唱を必要としない、空間を操り放たれるそれは、正確に弾にあたり確実に相殺させていく。
ナイフを様々な場所から喚び出し、弾を消しながら弾幕の薄い部分を目指す。
「ちょっと、何してんの!左舷弾幕うす――っ!」
「リリカ、それはキャラが違うって言うかそれ以前にその言葉は問題発言よ」
リリカの言葉を慌てて遮り、リリカに向けて一本のナイフを投げつける。
殺人ドールとは比べ物にならないほど光速で射出されたナイフは、寸分違わずリリカの額に突き刺さり、沈黙させる。
「………いくら騒霊はこんなものじゃ死なないって言っても、これはちょっとひどいんじゃない、咲夜?」
「私が来たんだって気付いていながら気付かない振りして弾幕張った罰よ。これだけで済んでよかったわね」
「あ、ばれてた?」
悪戯がばれた子供のような笑みでリリカがおどける。
それからリリカの沈黙とともに動かなくなっていた楽器たちを自らのもとに集結させる。
額にナイフが刺さったままなので、見ていてなかなか怖い。
「…いくら美鈴で見慣れてるとはいえ、あまり気分のいいものじゃないわね」
「気分が良い悪いじゃなくてその発言というかその行為自体が問題な気がする」
咲夜の言葉でまだ刺さっていることを思い出し、苦笑しながらナイフを抜くリリカ。
「それと、演奏会のお誘いなら私じゃなくてルナサ姉さんに聞いてね。私には決定権はないのであしからず」
「あら意外。てっきりそういうのはあなたが管理してるのかと思ったわ」
咲夜が言うと、リリカはやっぱりなと肩をすくめる。
「私はあくまでも狡猾なだけ。ずるい手段や案を出すことはできるけど、やっぱり総合的な判断力はルナサ姉さんが一番高いの」
言われて、そんなものなのかと納得してしまう。
なんだかんだいってバランスが取れているのが、この三姉妹の仲のいい理由なのかもしれない。
「もう夕食時だし、ルナサは台所かしら?」
「そっ。案内しようか?」
「冗談。あなたの隣にいたらなにを悪戯されるかわかったものじゃないし」
「ちっ、残念。でもまぁいいや。今の私にはメルラン姉さんを驚かせるという使命があるし」
果たしてそれは使命なのだろうか。
そうツッコミたくなったが面倒くさいことになりそうなのでやめておく。
楽しそうにはしゃいで楽器を配置しなおしているリリカに背を向けて歩き出す。
「ちなみに、後ろからなにかしたら滅多刺しの刑よ。もちろん楽器もろとも」
「………ちっ」
最後に向けられた口惜しそうな声がやけに耳に残った。
とりあえず自らの安全のために、リリカが見えなくなる位置まで時を止めて歩く。
それからいくつかの角を曲がると、おいしそうな匂いが漂ってきた。
匂いから今日のプリズムリバー家の夕食を推測しながら台所に着く。
「…リリカ?いつものことだけど、つまみ食いは許さないからね」
ルナサの姿が見えるのと同時にそんな声がかかる。
「足音が聞こえてるなら妹の足音と他人の足音の区別くらいつけなさい」
リリカはいつもそんなことをしているのかと半ば呆れながら答える。
それでは美鈴や妹様と同レベルじゃないか。
…いや、まさに同レベルなのか。
「…………」
咲夜がくだらないことを考えている間、咲夜の声がよほど予想外だったのか料理する手をぴたりと止めたまま、ルナサはう~んと唸っていた。
「私は犬肉じゃないから料理には使えないわよ」
「違う。咲夜って名前が出てこなかっただけ」
やっと名前が出てきたのか、ようやく振り向くルナサ。
黒い服の上に白いエプロンを着けたその姿は、まさに…
「魔理沙」
「笑うな。それは気にしてるんだから」
笑われたことに少しだけむくれてしまう。
そんなルナサに笑いが止まらないまま、とりあえず言い訳をしてみる。
「ごめんごめん。なんだか自然に似合ってからつい…ね」
「褒め言葉として受け取っておこう。…で、こんな幻想郷の辺境に、紅魔館の忙しいメイド長がなんの用?」
「なんだか棘だらけの言葉ね。今は暇をもらって来ているし、料理でも手伝ってあげましょうか?」
咲夜の言葉に、むすっとしていたルナサの顔がわずかに綻ぶ。
「そうか。ちょうど品数が物足りないなと思っていたんだ。なにか一品、簡単なものを作ってくれないか」
「了解したわ」
「……あなたも、食べていく?」
ルナサの隣に並び、材料を確認していた咲夜にルナサが聞く。
さて、どうしようかと一瞬だけ悩む。
ルナサの料理の腕はこの匂いから判断しても上等なものだし、プリズムリバーとの会食がつまらないわけがない。
音楽を抜きにしても、三姉妹を見ていれば飽きないのは間違いないのだから。
「でも残念。私はお嬢様がお食事をする時までには側にいないといけないから。そうでなきゃお嬢様の白いお洋服が汚れてしまうわ」
それでも。五百年生きてなおテーブルマナーがしっかりと出来ていないレミリアとともに過ごす時間のほうが、咲夜にとっては大切だった。
咲夜のその答えを予想していたのだろう。ん、とかるく答えただけでルナサは自分が作っている料理のほうを向いてしまう。
見ればもう下準備も終わり、仕上げを待つばかりだった。
瀟洒なメイドとしてはルナサが作り終わるまでに一品仕上げておきたいが、完璧を自称するからにはルナサと同じかそれ以上の品物を作らなくてはならない。ここぞメイド長の腕の見せ所。
「はっ!」
時を止めているわけじゃないのに、時が止まったとしか思えない早業で咲夜が行動を開始する。
火は現在ルナサが使っているため、それが終わるまでに下準備を終わらせてしまう。
「…咲夜を見ていると、なんだか自信をなくすよ。自分はとろいのか、てね」
感嘆にも似たルナサの声。
「お嬢様の御付きは、いろいろと忙しいのよ」
それに咲夜はいろいろな思いを込めて返す。
「なるほど」
その苦労を理解してか、ルナサは笑う。
それは同じ経験をした者にしかわからないような感情。
ルナサも、メルランやリリカといった癖のある姉妹のおかげで忙しい毎日を送っているのだろう。
ルナサと顔を見合わせて、咲夜も笑う。
それはなんだか、紅魔館で働いているときとはまた違った充足感があった気がした。
その後、ルナサに明日の舞踏会の件を話し外に出ると、日は既に沈んでいた。
屋上でまだ横笛を吹いていたメルランに、夕食が出来上がっていることを教えて帰路につく。
さて、そろそろ急ごうか。
今頃はきっとお嬢様が腹を立てているに違いない。
そう笑みを浮かべながら、咲夜は時を止めて歩き出した。
今夜はまだまだ、終わりそうもない。
☆★☆★
「…咲夜の奴、遅いわね。飛び立ってからもう三時間。やっぱり先客がいたのかしら…」
大広間に設置された司令塔の真中で、レミリアが呟く。
「あら。レミィったららしくもない心配してるの?」
「まさか。咲夜が負けるわけないでしょ?ただ…」
言いよどむレミリアの先を読むようぬパチュリーは笑う。
「一緒に舞踏会の準備とかをしたいのよね?…というか、そのためのイベントでしょ?」
「う…そ、そんなことあるわけないじゃない。ただ明日の夜は何を着ようか相談しようと…!」
「はいはい。そういうことにしておくわよ。まったく、レミィったら本当に可愛いわね」
顔を少し赤くしながら反論しようとするレミリアを、横からぎゅっと抱きしめる。
ほのかに香るレミリアの髪の匂いをしばし堪能したあと、ゆっくりと体を離す。
「パチュリー様…鼻の下伸びまくりです」
「何を言っているの小悪魔。私はただ友人としてスキンシップをはかっただけよ」
咲夜の不在の間、二人の給仕を任された小悪魔の手痛い言葉に内心どきりとする。
鼻の下はそんなに伸ばしていたつもりはないのだが…さすが自分とともに図書室を管理する者。その目は誤魔化せないか。
小悪魔からついっと視線を外し、大広間のメイド達に指示を飛ばそうとして、ふと遠くのほうから爆音が聞こえた気がした。
あの方角は…おそらく、美鈴がフランドールにダンスを教えている場所。
何故ダンスの練習中に爆発音が聞こえるかは定かではないが、今度暇があったときにでも調べてみよう。
「うぁ…あの爆発音って、多分妹様ですよね?美鈴さん大丈夫かなぁ…」
「まぁ、美鈴だし。大丈夫よ」
「それにあいつも、最近は力加減っていうのを覚えてきたからね」
小悪魔の心配をよそに、パチュリーとレミリアはあまり心配していないようだ。
「さっき張り切ってたから、そのせいで少しだけ力が爆発しちゃったんでしょ」
「それって力加減してないっていうか暴走気味ですよっ!?」
小悪魔は叫ぶが、そんな反応はごく一部のメイド達だけのものだった。
ほとんどのメイドは美鈴がそれくらいで死ぬ玉じゃないことを知っていたし、なによりもあんな爆発音は日常茶飯事だ。
小悪魔はただ、図書室にいるためあまり遭遇することがなく、慣れていないだけなのだ。
「さて、と。みんな、楽しみにしてる妹様のためにも、あともう一頑張りしなさい」
「「「お~っ」」」
だからそんな小悪魔を無視して、作業はたんたんと進んでいく。
たんたんととは言うが、その作業の速さは並じゃない。
洗練された統率力のもと、妖怪が力を合わせればそれは驚異的な速度になるのだ。
…いつからだろう。メイド達がレミリアを心から慕い、こんなにもまとまるようになったのは。
いつからだろう。恐れ隔離していたフランドールを、こんなにも愛しく感じられるようになったのは。
パチュリーは考える。
始まりはきっと自分にあった。
レミリアが始めて認めた自分と対等な存在。それがこのパチュリー・ノーレッジなのだから。
次は…おそらく、傷付いた咲夜を連れてきたこと。
自らの羽もぼろぼろなのもかかわらず、死闘の末に忠誠を誓った咲夜を負ぶって紅魔館へ帰ってきたこと。そして、「何故ただの人間にここまでしてやるのだ」と問い掛けた自分に返ってきたあの言葉。
『私と咲夜の運命は繋がれたわ。勝手に死ぬのは良いけど、私の手によって死ぬのだけは許さないわ』
たくさんのメイド達がいる中、当然だと言い放ったレミリアの言葉。
レミリアはこの時、初めて口にしたのだ。
自分が運命を繋いだ紅魔館のメイド達に対する、自分の気持ちを。
言葉はきつかったが、確かに言ったのだ。メイド達に対する、わがままのような執着を。
それ以来、咲夜の助力もあってか、レミリアとメイド達の関係が少しずつ、恐怖による忠誠から本当の忠誠へと変わっていった気がする。
自分との出会い。咲夜の登場。そして…霊夢と魔理沙により一連の騒動。
それらがレミリアとメイド達の心情にどう影響したのか、今では知る由もないが…
「ま、いずれにせよ喜ばしいってことね」
「パチュリー様、鼻の下が伸びておりますわ」
「いや、決して最近はレミィのいろんな表情が見れて嬉しいなぁとかそんな不謹慎なこと考えてたわけじゃないのよ…て、咲夜じゃない。時を止めて人の後ろに忍び込んで話し掛けるのはやめなさいっていつも言ってるでしょ?」
おかげで驚いて本音を言いかけてしまったじゃないか。
「あ、咲夜発見」
パチュリーの後ろに咲夜が立っていることにようやく気がついて、レミリアが声をあげる。
「咲夜遅いわ。うん、私を待たせるなんて遅すぎよ。罰としてこれから私の明日の舞踏会の服を見繕いなさい。それが終わったら咲夜の服もよ。さぁ急ぎなさい。あなた以外の時間は待っちゃくれないんだから」
かすかに笑顔になったのを見せないためか、言いたいことだけ言って小走りで自室へと戻ってしまうレミリア。
「お嬢様、廊下を走るなんてはしたないですよ。せめて飛んでくださらないとスカートが汚れてしまいますわ」
帰ってきたばかりの咲夜は、そんな主人の傲慢さに文句一つ言わず――それどころか、そのわがままに付き合うのも楽しいとばかりに――微笑みながらレミリアのあとを追いかける。
その表情には一片たりとも疲労は見当たらなかった。
そんなタフな咲夜に羨望の視線を向けてから、パチュリーは小悪魔のほうを振り返る。
「それじゃあ小悪魔。私達も行きましょうか」
「…えっ?」
パチュリーの言葉が理解できなかったのか、レミリアの分のティーカップを片していた小悪魔がまぬけな声を出す。
「私の服は、あなたが仕立ててくれるんでしょう?」
パチュリーが冗談めかしにそう言うと、子悪魔は驚いたように目を見開き、そして…
「あ…は、はいっ!」
嬉しそうに笑った。
「私は先に部屋に戻っているわ。あなたもその片づけが終わったらすぐにいらっしゃい。あなたの分の服は、私が仕立てておいてあげるから」
「は~いっ」
少々浮かれすぎな気もするけど、今日と明日くらいは大目に見てあげよう。
…さて、小悪魔にはどんな服が似合うだろうか。
そんなことを考えながら、パチュリーも自室への道を行く。
『うあぅあぁううぅ…誰か、助けて~……うぁっ!?』
その途中で再び爆音を耳にして、なんとなくイメージが固まった。
よし、小悪魔には黒か赤の服を着てもらおう。
なんとなく、いつもよりも足取りがかるい気がした。
★☆★☆
「え~、なにがどう転んでこうなったのかわかりませんが、今夜の司会は小悪魔こと図書室の悪魔、小悪魔が務めさせていただきますっ!…えと、なんだかよくわかんないけど、みんな元気してる~!?」
「「「お~っ!」」」
「今夜は楽しみですか~!?」
「「「お~っ!」」」
「それでは皆さん、れっつダンシング~!!」
小悪魔がそう叫ぶのと同時に、その背後から盛大な爆炎があがる。
「「「おぉ~!!」」」
爆炎の音とメイド達の驚きの声を合図に、そこからプリズムリバー三姉妹が登場する。
それぞれが何種類もの楽器を操り、自らも楽器を持った三姉妹は、それぞれのベストポジションにすばやく立ち演奏を開始する。
さすがにこういった仕事に慣れているのか、動きには無駄がない。
ただ、名乗らなかったのは演出上の仕様なのか、それとも…
曲を楽しみ、ダンスを楽しみ、今夜を楽しむ者達には自分らの名前なんて関係なく楽しんでほしいと、そういうことなのだろうか。
おそらくは後者。
三姉妹には、そういうところがあるから。
目の前に並べられるたくさんの料理と、さっそく踊り始めるメイド達を見ながら咲夜はぼんやりと考える。
踊りのうまいメイドも下手なメイドも思うままに踊る。
いつになく急な行事で、ハイピッチで作業を終わらせたからだろうか。いつもの行事のときよりもはじけている気がする。
パチュリーがいろいろと無茶をさせていたから、楽しさもひとしおなのだろう。
…かく言う自分も、なんだかんだで無茶をさせられた一人ではあるのだが。
手にしていたグラスを傾けながら、咲夜はレミリアの姿を探す。
先ほどまではフランドールと一緒にはしゃいでいたのだが、現在フランドールは美鈴とお戯れ中だ。
くるりと視界を一周させて、ようやくレミリアの姿を見つける。
レミリアは、今日のために急ピッチで造らせた、月の光を浴びる小さなテラスの上に立っていた。
いや、立っていたというのは正確ではない。パチュリーとともに踊っているのだ。
二人で月の下で踊る光景は、見る者を魅了する不思議な何かがあった。
だがメイド達は誰もその光景に気がつかない。まるでその部分だけが別世界かのように、誰一人そちらを見てはいない。
――そう、時間と空間という一つの世界を操れる咲夜以外は。
ふと、レミリアと目が合った気がした。
いつもの不敵な笑みを見せるレミリアは、まるで獲物を誘い込むかのように踊り続ける。
パチュリーにはいつもの病弱そうな表情はなく、流れるように美しい髪をたなびかせて微笑んでいる。
それは…その光景は、幻想郷においてさえ、なお幻想的な光景で。
気が付いたときには、既にテラスへと降り立っていた。
「ようこそ、十六夜咲夜。…私の親愛なる僕」
誰かの声が聞こえて、それがレミリアの声なのだと一瞬遅れて気がつく。
それに慌てて応え、恭しく礼をする。
いつもなら様になるその行為さえ、この場においてはあまりにも滑稽に思えて笑いたくなってくる。
「…あら、もう来ちゃったのね。いらっしゃい、咲夜。この世界はどうかしら?お気に召してくれると嬉しいんだけど」
踊りを止めて、パチュリーが楽しそうに微笑む。
いつもなら10秒走れば息を切らせるパチュリーなのに、踊り終わった後なのにまったく息が乱れていない。
そんなパチュリーと二人の言葉からみても、やはりここは一つの窓を隔てて紅魔館とは世界を異とする空間なのだろう。
「お邪魔でしたでしょうか」
「そんなことないわ。…だって、ここはもとよりあなたの世界だもの」
懐かしい感じがしない?そう聞かれてようやく理解できた。
時の流れがどこよりもゆるやかで、そして歪な世界。
紅魔館とは世界を異としているはずなのに、プリズムリバーの軽快なリズムが聞こえてくる。
向こうの世界とこちらの世界の時の流れ方は同じだというのに、こちらのほうが比べ様もないほど長く時が存在している。
――幻想的。
この二人の踊りが幻想的だったんじゃない。この空間自体が幻想だったのだ。
「一応聞いておきますが、こちらで踊ってどれくらい経ちますか?」
「この世界には時間という概念はないんだけど・・・そうね、幻想郷的に数えると二時間弱ってところかしら」
まぁ、この歪みようからみてもそんなものか。
「でも、何故わざわざこんなことを?」
「…ふふ。それは、そこのわがままお嬢様にでも聞きなさい。私はそろそろ戻らないと小悪魔が心配してるしね」
窓から大広間を覗き込み、苦笑する。
それじゃあね、と言って大広間へとパチュリーが戻ってしまい、テラスには咲夜とレミリアだけが残される。
なんとなく見つめあってしまう。
状況があまりよくわからないということもあり、沈黙が気まずい。
結局沈黙から逃げるように、ついっと視線を大広間のほうへと向けてしまう。
「…賑やかね」
レミリアが隣に来るのがわかる。
その横顔を覗き込む。
レミリアの顔は、笑っていた。
いつもの勝ち気で傲慢な笑みではなく、先ほどの蟲惑な笑みでもなく、ましてや永遠に赤き幼い月のような笑みでもない。
純粋に笑っているのだ。
楽しそうに騒ぐメイド達を見て、笑ったのだ。
それを見ているうちに、気まずかったはずの沈黙は心地いいものへと変化していった。
「…あ、ほらお嬢様。あそこで妹様と美鈴が踊っていますよ」
咲夜が指差した場所を見て、レミリアの顔にわずかなあきれが含まれた。
「あれは踊りじゃなくて舞…でもなくて、ただの武道の型なんじゃない?」
「それでも、妹様が覚えた始めての踊りですよ。…でも、意外と様になってるじゃないですか」
美鈴は舞や武道の型だけでなく踊りもきちんとできるはずだが…フランドールにもっとも合ったのがあれなのだろう。二人で楽しそうに舞っている。
「あそこはパチェ。…なんだか小悪魔に何を言われているかがわかる気がするわ」
レミリアが見た方向にいたパチュリーは、必死で踊りに誘っている小悪魔を無視して食事をしていた。
…というか、たしか小悪魔は司会を担当していなかったか。
そんなことを考えたが、まぁプリズムリバーは勝手に演奏するし、メイド達も勝手に騒ぐだろうから司会はあまり意味がないか。
少しだけ小悪魔が不憫だなぁと思い始めた頃、ようやくパチュリーが重たい腰を持ち上げた。
どうやらやっと小悪魔の誘いを受ける気になったらしい。小悪魔の顔がぱぁっと明るくなったのでそれがよくわかる。
パチュリーは相変わらず渋々といった表情だったが、先導して広い場所へ向かうあたり、実は小悪魔とはやく踊りたくてうずうずしていたのかもしれない。
「パチェもなかなか損な性格よね」
「そうですね」
くすくすと二人で笑いあう。
「さて、と。そろそろ私達も踊りましょうか」
自然とレミリアの手が伸びてきて、咲夜の手を握る。
「踊れるようになると、ダンスって楽しいわよ?」
隠れていた子供を見つけたような、レミリアの笑顔。
「う…私が踊れないこと、ばれてましたか」
それになんとなく罰が悪い気がしてしまう。
「今回はいつになくやる気が見えなかったからなんとなくね」
「まったく…完全で瀟洒な従者が聞いて呆れてしまいますね」
「ふふ…あなたは十六夜。少し欠けたくらいがちょうどいいのよ」
咲夜の手を引っ張ってテラスの中央へと連れていく。
「いくらここの時の流れが歪だからって、練習にそんなに時間をかけてられないわ。手早く始めるわよ」
「お嬢様、そんなに急かさなくてもここの時間は逃げませんわ」
「そりゃ、舞踏会が終わるまでにはまだまだ時間はあるけどね…でも、私は今日中に踊れるようになった咲夜と踊りたいのよ」
「どうしてですか?」
「今日が勤労感謝の日だからよ。…だから、私は今日咲夜を敬いたいの」
悪い?と逆切れして睨んでくるレミリア。
しかし顔を赤くしているためかいまいち締まらない。
そんなレミリアを可愛いと思ってしまうが、それは仕方ないことだろうと自己弁護してみる。
「笑うなっ!…たく、はやく始めるわよ。私は美鈴とは違ってスパルタだから、覚悟しなさいねっ!」
「はいはい」
「はいは一回っ!」
「かしこまりましたわ、お嬢様」
苦笑してレミリアから手を離し、かるく一礼する。
さぁ、始めよう。
「長い夜になりそうですわね」
私とお嬢様だけの、長い長い至福の一夜を。
自分の書いたなかで・・・いつのまにか電波で変になってたパチェのイメージが、清められました。感謝。
美鈴で見慣れてる>なにげに酷い扱いですね、中国。もう読んでて違和感がないまでに定着してるのが・・・
やっぱり咲夜さんは鼻血出してるよりかこういう性格のほうが合うよね
楽しかったです。GJ(´ω`)b
レミリア大好きっ子というパチュも、なにやらいい味出してます。
と言いつつ、私的には小悪魔が、このお話の中では一番のお気に入りでした。