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■前書き
※この物語には霊夢や魔理沙と言ったZUN氏の創り上げた人物は一切登場しません。
※幻想郷世界を題材としたシェアドストーリーに挑戦してみました。
※ZUN氏の創り上げた素晴らしい世界観を霊夢達を使わずに表現できるかがテーマです。
※許容できる方だけ、読み進めていただければ幸いです。
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幻想郷外伝 涼古
第二話 「魔女」
「ええー?売りきれぇ?」
私は里の道具屋へ、呪符を買いに来ていた。
この道具屋は、文字通りなんでも屋で、身の回りの雑貨から農具、はたまた呪符や魔香炉といった怪しげな物までおいてある。
強いて無い物をあげるとするなら食料品。尤も食べ物はほとんどの人が自給自足なのであまり需要は無いのかも知れない。
まだ続くであろう余波を想定して呪符の仕入れに来たんだけど・・・。
「ごめんなあ、涼古ちゃん。ほら、こないだの竜騒ぎでさ、皆簡単に使えて身が守れるものを買いあさっていっちまったんだよ」
なるほど。確かに呪符は村人たちの自己防衛手段には最適かもしれない。
特別な力や、難しい呪文も必要ない。ただ投げればボカーンだ。
それでいて1枚あれば餓鬼程度なら簡単に追い払える火力。
村人たちが買いに走るのもわからないでもない。
「そんなぁ・・・。まいったなあ」
別に、「矢が無くても弓が撃てる程度の能力」だけでも十分に妖怪退治はできる。
でも呪符は、あると無いでは安心感が違う。
安心感があるだけで、戦闘精度はやっぱり変わってくるもんだ。
戦闘に対しては常に準備を怠らないのが私のポリシーだった。
だって、下らないミスで命を落としたら、それこそ死ぬに死ねないじゃない。
「まぁ、こっちとしては竜特需で儲かったけどねえ。わっはっは!」
「笑い事じゃないよ。いったいその竜を退けたのは誰かと思ってるのかしら、まったく」
「仕方ないなあ。じゃあ、涼古ちゃんにだけ、特別に仕入れ先教えるからさ。直接買ってきたらいいよ」
仕入れ先?呪符の仕入れ先のことだろうか。
そういえば、日用雑貨や、農具とかはまぁわかるとして、ここの店においてある怪しげなマジックアイテムや呪符とかはどこから仕入れているんだろう。
興味が沸いた反面、なんだか嫌な予感がする。
私の嫌な予感は、大体的中してしまうから始末が悪い。
「仕入れ先?いったいどこなの?」
「ああ。誰にも言わないでくれよ。里からちょっと行ったところに湖あるの、知ってるだろう」
「うん、知ってる」
里から、私の住む家のある山とは逆の方向に行ったところに小さな湖がある。
なんだか非常に中途半端なサイズの湖で、私は常々湖と呼ぶことに違和感を感じている湖だ。
かといって池というには大きすぎるし、やっぱり湖で妥協するべきなんだろう。
「その湖の湖畔に、小さな家があるんだ。そこにいる魔法使いが、いつも呪符や魔香炉とかを卸してくれてるんだよ」
「げ、魔法・・・」
嫌な予感、的中。
「ん?どうした、涼古ちゃん。不味い物でも食べたような顔して」
「ふっふっふ。なにを隠そう、涼古は魔法が弱点なのだ」
と、したり顔でふわふわ浮いてる使い魔のイルイルが余計な口を叩く。
そう。私は魔法が苦手だった。
使うのも見るのも嫌いだし、ましてや食らうなんてもってのほかだ。
「へえ?意外だなあ。いつも呪符を買っていくのに」
「あのなんだかよくわからない理解できない力が気持ち悪いのよ・・・」
「自分のことは棚上げね」
「うっさい!」
ビシッ。
とりあえず主人の弱点をベラベラと口外する使い魔にデコピン制裁を加えておく。
涙目になりながら「なにするのよー」なんて言ってるのは黙殺だ。自業自得。
うーん、しかし・・・。
「はぁ、仕方ない・・・。その魔法使いとやらの家に行くしかないかあ・・・」
やっぱり呪符はどうしても必要なものだし、この際好き嫌いなんていってる場合じゃない。
入手先がそれしかないというのなら、そこに行くしかないだろう。
これならまだ昨日の竜を相手にしてるほうがマシだわ・・・。
「じゃ、涼古ちゃん。これ持っていきな」
と言って、うなだれる私に店主は何かを渡してきた。
鈴だった。
銀杏の実くらいの大きさの銀色の鈴で、紫色の装飾紐が付けられている。
紐をつまんで鈴を揺らすと、ちりんちりんという小気味いい音が店内に響く。
「鈴?なに、これ」
「呼び鈴だよ。ま、行けばわかるさ」
「ふぅん・・・?とりあえず貰っておくね、わざわざありがと」
「どういたしまして。じゃ、今度はちゃんとうちの店から買ってくれよー」
「魔法使いなんてところじゃなくて、あんたのところから私だって買いたいわよ、まったく・・・」
なんだか釈然としないまま鈴を受け取り、私は店を後にした。
店を一歩でた私は、もう一度鈴を鳴らしてみる。
ちりん、ちりん。
夏も終わり、秋に差し掛かっている幻想郷の空の下に、鈴の音がよく響いた。
うん、良い音。
「しゃーない、気合入れていきますか」
****
「んで・・・」
私は一度家に戻り、また再び里を歩いていた。
「なんでわざわざ湖とは反対側の家まで戻る必要があったのかしら・・・?」
「は?魔法使いの家に行くのよ、丸腰でいけるわけ無いでしょ」
これから自分の天敵である魔法使いに合いに行くというのに、弓も持たずに行けるわけが無い。
そんな訳でわざわざ正反対の家まで弓を取りに帰ったのだ。
イルイルはそれが非常に不服らしく、さっきからブツブツ言っている。
まったく、自分は歩かないでフワフワ浮いてるだけなのに、なんでものぐさな妖精なんだろう。
ちりん、ちりん。
私が歩くたびに、弓の先にくくり付けた鈴が小気味良い音を立てる。
うん。この鈴は良い。
なにに使うのかわからないけど、用が終わった後も、このまま貰ってしまおう。決めた。
「よっぽどその鈴気に入ったみたいね」
「え?おかしい?とってもいい音だわ」
「良い音だとは思うけど、弓に付けるのはどうなのよ・・・。戦闘中ちりんちりん鳴ってたら緊張感が無いわ」
「馬鹿ねえ、それが逆に心を落ち着かせて精神統一ができるってもんよ」
ちりん、ちりん。
里から私の家までとほぼ同じくらいの距離を歩くと、湖が見えてきた。
やっぱり、この大きさの湖を湖と呼ぶのは違和感があるなあ・・・。
だって、湖の周りを一周するのに30分とかからないんだもの。
それでも池や沼というには大きすぎるし、まったく、魔法使いが住んでるだけあって相当ひねくれてるわ、この湖。
湖のほとりまでたどりついた私は、あたりを見回す。
湖の周りは、木が生い茂っていてうっそうとした森になっている。
ほとりまで来たのは初めてだったけど、なるほど魔法使いが好みそうな光景だった。
魔法使いが住む、と思うだけでなんだか霧がかかって見えるのは私の目の錯覚なんだろうか。
「って、これ錯覚じゃないわよね」
気がつけば辺り一面、濃い霧がその全てを飲み込んでいた。
数メートル先すらも見えないほどの霧のせいで、今自分がどこにいるのかもわからない。
まだ真昼間だと言うのに、なんだか夜中に明かりの無い山へ迷い込んだときのような錯覚を覚える。
「涼古、なによこれ!」
「決まってんでしょ・・・。魔法使いの魔法だわ」
こんなことをするのは十中八九、いや確実にその魔法使いとやらに違いない。
どうして魔法使いって人種はこんなにひねくれ者ばかりなんだろう。
「涼古~、なんとかしてよ~。このままじゃ落ちるわ私・・・。どこ飛んでるのかわからない~~」
イルイルはイルイルで地味に大ピンチらしい。
ほおっておくのも、それはそれで楽しいけど、魔法の真っ只中にいるのは気持ちが悪いなんてもんじゃない。
自分の精神衛生上のためにも、早急にこの状況を打破しなければ。
「あ、そうか」
だから呼び鈴なんだ。
私は道具屋の店主の言葉を思い出していた。
弓を肩からさげて、その先についている鈴を鳴らす。
ちりん、ちりん。ちりん、ちりん。
鈴の音に呼応するように、徐々に霧がその姿を消していく。
まるで湖が霧を飲み込むかのように、視界があっという間に晴れやかになった。
やっと元通りになった視界の先に、一軒の小さなレンガ造りの家があった。
****
コンコン。
私は無遠慮にレンガ造りの家のドアをノックする。
「開けなさーい!いるのはわかってんのよー!」
「あんだけ嫌がってたのにずいぶんと強気ね」
「当たり前じゃない。突然あんな魔法使われて黙っていられるわけないわ」
魔法は苦手だけど、今はその苦手な魔法を問答無用でかけられた怒りのほうが勝っていた。
一言言ってやらないと気がすまないわ、まったく。
ゴンゴンゴン。
なかなか出てこないのでさらに強くノックをする。
ひょっとしたら本当に留守なんだろうか。
と、思った矢先に、カチャリと鍵が上がる音がした。
そこに立っていたのは、1人の少女だった。
「・・・・・・誰」
ぶっきらぼうにそう言う少女は、前髪を几帳面に眉毛のあたりで一直線に整えた、腰まで伸びているロングストレートの黒髪。
さらに、いかにも魔女といった黒いワンピースのシンプルなドレスローブを着込んでいた。
もうどこからどう見ても、紛れもなく魔法使いだ。しかも黒いほうの。
整った凛々しい顔つきの、鋭い目で見据えられると、先ほどまでの怒りが不思議と消えていく。
やはり私は魔法使いが苦手なようだ。
「・・・・・その鈴・・・」
私の弓の先にくくり付けてある鈴を見つけると、すらりと細い腕を伸ばして、その鈴を丁寧に摘む。
前かがみになった反動で、サラサラの黒い髪が、ぱらぱらと耳から滑り少女の顔にかかる。
何故だか私は、そのしぐさに見惚れていた。
「・・・道具屋の・・・殺したの?」
「なわけないでしょ」
「・・・・・・」
少女は鈴から離れると、くるりと踵を返し。また家の中へ戻っていく。
「ちょっと、待ちなさいよ!」
はぁ・・・。やはりこいつも魔法使いの例外に漏れずに相当の変わり者のようだ。
私とイルイルも、後を追ってレンガの家に上がりこんだ。
少女の風貌も、魔法使いそのものだが、この家の中も魔法使いのそれだった。
所狭しと用途不明の怪しげなマジックアイテムが並び、古ぼけたガラス戸にはこれまた怪しげな素材がビン詰めされて並んでいた。
まだ幻想郷はそこまで寒くないというのに暖炉に火がついている。
少女は突然の訪問者が無断で家に上がりこんできてるのに、まったく意に介さずに、これまたごちゃごちゃと怪しげな本やフラスコが置いてあるテーブルに納まった。
壁という壁に置いてある棚は全て素材やマジックアイテムが入っていて、本は床に縦積みにされている。
・・・私へのあてつけではないかと思うほどの、魔法使いの家だ、ここは・・・。
少女はランプにかけてあったフラスコを木バサミで掴み、その中身をティーカップにこぽこぽと注いだ。
どうやら紅茶のようだ。ポットくらい使えと言いたい。
「・・・・・・・・・それで?」
ここに来てようやく私の存在を認めたのか、少女から話しかけてきた。
・・・無口な人は、大きく分けて2種類に分かれる。
まず、本当に無口な人。良い言葉で言うと寡黙な人、悪い言葉で言うと根暗な人だ。
そして、もう1種類は、卓越した思考が故に、しゃべるのが面倒くさくなって、必要最低限のことしか伝えないタイプの無口。
紛れもなくこの魔法使いは後者、私の苦手なタイプだ・・・。
「あ、ああ。道具屋の主人の紹介で来たんだけど、呪符を造ってもらいたいんだ」
苦手なタイプとわかった以上、長居は無用だ。
さっさと事務的に用件を済ませて、一刻も早くこの魔法の館から脱出しよう。
「・・・いいわ」
そう言って少女は私に手を差し出してきた。
意外だ。こんな変わり者の魔法使いも握手という習慣があるのだろか。
恐る恐る少女の手を握った。
「んじゃ、よろしくね」
「・・・そうじゃなくて」
少女はすっと手を引っ込めると、親指と人差し指で輪を作って私に見せる。
「・・・お金」
「あ、ああ・・・。お金は、無いわ・・・」
これは本当だ。
私は、里からの妖怪退治の依頼の報酬は全てお米で貰っている。
お金なんて、必要性を感じたことないし、お米さえあれば幸せだ。
何か必要なものを里に買いに行くときも、お米で支払っているし、それで今までなに不自由なく生活してきたのだ。
よって、一銭もお金は無い。
「・・・・・・」
魔法使いの少女は一瞬私の目をじっと見つめると、机に向かい、読みかけの本に向かった。
そして黙々と読書を始める。
これは多分、さっさと帰れ、という意味だろう・・・。
しかし、わざわざこんなところまでやってきたのだ。手ぶらじゃ、帰れない。
まさかこの魔法使いが、お米払いに応じるとも思えないし、どうしたものか。
「・・・イカ・・・」
「へ?」
少女は何かを思い出したように顔を上げてそう言った。
「湖に最近、大きなイカが住み着いちゃって、困っているの。それを退治してくれたら呪符、作ってあげる」
と、突然饒舌になって私にそう言った。
恐らく、必要なことを伝えるときは、一回で伝わるようにはっきりと言うようにしているのだろう。
無口というより究極のものぐさかもしれない。
そんなことよりも、その条件は願ったり叶ったりだ。
もとより妖怪退治は、本職。
それに多分、その最近住み着いたという大イカも、恐らく余波だろう。
「わかったわ。そのイカだかタコだか知らないけど、倒してきてあげる。呪符、造ってまってなさいね」
少女はすでに、読書に戻っていた。
「・・・ま、いいけどね・・・」
****
「う~~~~~ん」
イカ退治のために、いったん魔法使いの館から出た私は、大きく伸びをする。
まったく、あの家は居心地が悪いなんてもんじゃない。
「さすがの涼古も、苦手な魔法使いの前ではペース乱されまくりね」
「本当よ、あのなに考えてるのかわからないしゃべり方も魔法の一種なのかしら」
肩にかけていた弓を下ろす。
「しかし、イカなんて、どうやって戦ったらいいのよ」
「水中戦」
イルイルが泳ぐモーションをしてふざけた提案をする。
「却下」
夏が終わったばかりとは言え、湖の水温はすでに泳げる水温ではないだろう。
尤も、今日が真夏だったとしても服が濡れるのはごめんだ。
下手をすると魔法使いがここら一帯の天候を夏にしかねない。
「それより、呪符まだあるの?」
「炎はこないだ使ったのがラストだったけど、イカ退治するくらいの分はまだあるわ」
私とイルイルは、水辺まで歩いてきていた。
湖の水は、透き通るように綺麗だ。これなら、水着を着れば泳げるかもしれない。
ま、そんなものは、持ってないけれど。
そのまましばらく、水面を眺めていると、ふと大きな影が、波を立てるように動いたような気がした。
「・・・あれか・・・」
ゴボゴボと水泡をあげながら、影が浮上してくる。
私はその姿が水面に出るところを逃さぬよう、弓を構える。
徐々に現れる白い姿。
弦を引き、念矢を形成する。
「うわっ!!」
私が矢を放つのと、イカの足が私を襲うのはほぼ同時だった。
間一髪、足をかわして大きく後方へ下がる。
どうやら見えていた白い部分は、その巨体の足だったようだ。
私の矢は外れたのか、ゆらゆらと挑発するように揺れる白い影。
イカの足の射程外まで下がり、再度弓を引いた。
「まさか、あの距離から足が届くとはね・・・。いったいどんだけでかいのよ」
幻想郷には、私の知らない不思議な生物がまだまだいるようだ。
今度ははずさぬよう、しっかりと狙いをつけ、その姿が出るのを待つ。
「涼古、出るわよ」
「うん・・・」
再び、影がゴボゴボと水泡を上げて浮上してくる。
私は4本の指で弦を引く。確実に仕留めるための三連装。
「うわっ、気持ちわる~~~」
獲物が足の射程外に逃げられたと悟ったのか、今度は足ではなく、本体そのものだった。
昨日の竜の2倍はあろうその白い巨体に、3本の矢を射る。
鈴の音が湖畔に響く。
あれだけの巨体だ、はずすことは無いだろう。
3本の矢が、三重に風切り音を立ててその白い巨躯へ翔けて行く。
しかし、矢が刺さることは無く、全てその弾力性のある体に弾かれてしまった。
「そんなんありぃ!?」
イカがゆっくりと矢の発射された方向、つまり私の方へ振り返る。
といっても、あまりにでかすぎてどっちが前なんだかわからない。
ちりん、ちりん。
さらに3発、6発と弓を射るが全て表面で弾かれてしまう。
どうしたものかと悩んでいると、イカがその巨体を揺らして動き始めた。
身体を傾けている・・・?
「まさか・・・」
イカがその身体をほぼ水平まで傾けると、次はその巨大な足を上げる。
次の瞬間、物凄い量のイカ墨が発射された。
「やっぱりーーーーーー!?」
その勢いたるや凄まじく、私の身体を真っ黒にしてもなお止まらないイカ墨。
イルイルにいたっては、その水流に飲まれてどこか遠くへすっ飛んでいってしまった。
次第に収まる、黒い水流。
何とか目を拭い、顔を上げると、そこには我が物顔で悠々と水面を泳ぐ1匹のイカの姿が見えた。
「・・・・・・もう怒ったわ・・・・・・」
再び、イカに狙いを定めて弓を構える。
その右手は、いつものように空手ではなく、1枚の氷を閉じ込めた呪符『氷符』。
氷符を握りしめたまま弦を引き、矢を形成する。
そうして放つ。念矢に絡まるように氷符が追随し発射される。
符の力を矢に乗せて目標へ送り出す技。符弓術「氷結」。
念矢がイカに当たる瞬間に弾ける氷符。
瞬間、封じ込められた冷気が当たり一面を氷点下の世界へ変えていく。
忽ちのうちにイカは凍りつき、それでいて尚も氷符の力は衰えず、湖一面を凍らし尽くしていた。
湖は、今日を以って氷湖とその名称を変えた。
****
「もう、最低だわ・・・」
全身真っ黒になりながら、レンガの家のドアをノックする。
イルイルも例外なく真っ黒になっていて、羽が濡れたせいか空を飛べずに足元をちょろちょろと歩いていた。
ガチャリ、とドアが開く。
そこには、一枚のタオルを持った魔法使いがいた。
「あ、ありがと」
意外だ。まさかタオルを用意するほどの心遣いが魔法使いにもあるなんて。
私はそのタオルを受け取り、顔を拭こうとする。
だがそれは、少女の細い手によって防がれる。
「・・・・・・そうじゃなくて」
「・・・え?」
少女は、自らを抱くように腕を組むと、くるりと踵を返し、
「・・・お風呂、沸いてるから」
と、ぼそりと言った。
その後ろを向く動作が、私には照れ隠しにしか見えなくて。
「ありがとう。あなた、そういえば名前、聞いてなかったわね」
なんて、苦手だったはずの魔法使いに、名前を聞いていた。
名前を尋ねるという行為は、少なからずそれだけの意味に留まらない。
敵意や、好意、そういった感情が付随するものだ。
そして私が今抱いている感情は、紛れも無く好意だった。
「・・・ラヴェンダー。・・・・・・ラヴェンダー・ティートリィ」
魔女はそう言って、足を止めて黒い髪を躍らせ、再び振り返った。
その顔は、私を見つめていた。
恐らくは、私の名前を聞いているんだろう。
「私、涼古。よろしくね」
その時のラヴェンダーの瞳は、確かに笑っているような気がした。
夏も終わり、紅葉が始まる秋の幻想郷。
なぜか私は、大嫌いだったはずの魔法使いの家のお風呂に入り、その心はとても穏やかだった。
暖炉のある部屋から、暖かい紅茶の匂いが漂ってきていた。
■前書き
※この物語には霊夢や魔理沙と言ったZUN氏の創り上げた人物は一切登場しません。
※幻想郷世界を題材としたシェアドストーリーに挑戦してみました。
※ZUN氏の創り上げた素晴らしい世界観を霊夢達を使わずに表現できるかがテーマです。
※許容できる方だけ、読み進めていただければ幸いです。
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幻想郷外伝 涼古
第二話 「魔女」
「ええー?売りきれぇ?」
私は里の道具屋へ、呪符を買いに来ていた。
この道具屋は、文字通りなんでも屋で、身の回りの雑貨から農具、はたまた呪符や魔香炉といった怪しげな物までおいてある。
強いて無い物をあげるとするなら食料品。尤も食べ物はほとんどの人が自給自足なのであまり需要は無いのかも知れない。
まだ続くであろう余波を想定して呪符の仕入れに来たんだけど・・・。
「ごめんなあ、涼古ちゃん。ほら、こないだの竜騒ぎでさ、皆簡単に使えて身が守れるものを買いあさっていっちまったんだよ」
なるほど。確かに呪符は村人たちの自己防衛手段には最適かもしれない。
特別な力や、難しい呪文も必要ない。ただ投げればボカーンだ。
それでいて1枚あれば餓鬼程度なら簡単に追い払える火力。
村人たちが買いに走るのもわからないでもない。
「そんなぁ・・・。まいったなあ」
別に、「矢が無くても弓が撃てる程度の能力」だけでも十分に妖怪退治はできる。
でも呪符は、あると無いでは安心感が違う。
安心感があるだけで、戦闘精度はやっぱり変わってくるもんだ。
戦闘に対しては常に準備を怠らないのが私のポリシーだった。
だって、下らないミスで命を落としたら、それこそ死ぬに死ねないじゃない。
「まぁ、こっちとしては竜特需で儲かったけどねえ。わっはっは!」
「笑い事じゃないよ。いったいその竜を退けたのは誰かと思ってるのかしら、まったく」
「仕方ないなあ。じゃあ、涼古ちゃんにだけ、特別に仕入れ先教えるからさ。直接買ってきたらいいよ」
仕入れ先?呪符の仕入れ先のことだろうか。
そういえば、日用雑貨や、農具とかはまぁわかるとして、ここの店においてある怪しげなマジックアイテムや呪符とかはどこから仕入れているんだろう。
興味が沸いた反面、なんだか嫌な予感がする。
私の嫌な予感は、大体的中してしまうから始末が悪い。
「仕入れ先?いったいどこなの?」
「ああ。誰にも言わないでくれよ。里からちょっと行ったところに湖あるの、知ってるだろう」
「うん、知ってる」
里から、私の住む家のある山とは逆の方向に行ったところに小さな湖がある。
なんだか非常に中途半端なサイズの湖で、私は常々湖と呼ぶことに違和感を感じている湖だ。
かといって池というには大きすぎるし、やっぱり湖で妥協するべきなんだろう。
「その湖の湖畔に、小さな家があるんだ。そこにいる魔法使いが、いつも呪符や魔香炉とかを卸してくれてるんだよ」
「げ、魔法・・・」
嫌な予感、的中。
「ん?どうした、涼古ちゃん。不味い物でも食べたような顔して」
「ふっふっふ。なにを隠そう、涼古は魔法が弱点なのだ」
と、したり顔でふわふわ浮いてる使い魔のイルイルが余計な口を叩く。
そう。私は魔法が苦手だった。
使うのも見るのも嫌いだし、ましてや食らうなんてもってのほかだ。
「へえ?意外だなあ。いつも呪符を買っていくのに」
「あのなんだかよくわからない理解できない力が気持ち悪いのよ・・・」
「自分のことは棚上げね」
「うっさい!」
ビシッ。
とりあえず主人の弱点をベラベラと口外する使い魔にデコピン制裁を加えておく。
涙目になりながら「なにするのよー」なんて言ってるのは黙殺だ。自業自得。
うーん、しかし・・・。
「はぁ、仕方ない・・・。その魔法使いとやらの家に行くしかないかあ・・・」
やっぱり呪符はどうしても必要なものだし、この際好き嫌いなんていってる場合じゃない。
入手先がそれしかないというのなら、そこに行くしかないだろう。
これならまだ昨日の竜を相手にしてるほうがマシだわ・・・。
「じゃ、涼古ちゃん。これ持っていきな」
と言って、うなだれる私に店主は何かを渡してきた。
鈴だった。
銀杏の実くらいの大きさの銀色の鈴で、紫色の装飾紐が付けられている。
紐をつまんで鈴を揺らすと、ちりんちりんという小気味いい音が店内に響く。
「鈴?なに、これ」
「呼び鈴だよ。ま、行けばわかるさ」
「ふぅん・・・?とりあえず貰っておくね、わざわざありがと」
「どういたしまして。じゃ、今度はちゃんとうちの店から買ってくれよー」
「魔法使いなんてところじゃなくて、あんたのところから私だって買いたいわよ、まったく・・・」
なんだか釈然としないまま鈴を受け取り、私は店を後にした。
店を一歩でた私は、もう一度鈴を鳴らしてみる。
ちりん、ちりん。
夏も終わり、秋に差し掛かっている幻想郷の空の下に、鈴の音がよく響いた。
うん、良い音。
「しゃーない、気合入れていきますか」
****
「んで・・・」
私は一度家に戻り、また再び里を歩いていた。
「なんでわざわざ湖とは反対側の家まで戻る必要があったのかしら・・・?」
「は?魔法使いの家に行くのよ、丸腰でいけるわけ無いでしょ」
これから自分の天敵である魔法使いに合いに行くというのに、弓も持たずに行けるわけが無い。
そんな訳でわざわざ正反対の家まで弓を取りに帰ったのだ。
イルイルはそれが非常に不服らしく、さっきからブツブツ言っている。
まったく、自分は歩かないでフワフワ浮いてるだけなのに、なんでものぐさな妖精なんだろう。
ちりん、ちりん。
私が歩くたびに、弓の先にくくり付けた鈴が小気味良い音を立てる。
うん。この鈴は良い。
なにに使うのかわからないけど、用が終わった後も、このまま貰ってしまおう。決めた。
「よっぽどその鈴気に入ったみたいね」
「え?おかしい?とってもいい音だわ」
「良い音だとは思うけど、弓に付けるのはどうなのよ・・・。戦闘中ちりんちりん鳴ってたら緊張感が無いわ」
「馬鹿ねえ、それが逆に心を落ち着かせて精神統一ができるってもんよ」
ちりん、ちりん。
里から私の家までとほぼ同じくらいの距離を歩くと、湖が見えてきた。
やっぱり、この大きさの湖を湖と呼ぶのは違和感があるなあ・・・。
だって、湖の周りを一周するのに30分とかからないんだもの。
それでも池や沼というには大きすぎるし、まったく、魔法使いが住んでるだけあって相当ひねくれてるわ、この湖。
湖のほとりまでたどりついた私は、あたりを見回す。
湖の周りは、木が生い茂っていてうっそうとした森になっている。
ほとりまで来たのは初めてだったけど、なるほど魔法使いが好みそうな光景だった。
魔法使いが住む、と思うだけでなんだか霧がかかって見えるのは私の目の錯覚なんだろうか。
「って、これ錯覚じゃないわよね」
気がつけば辺り一面、濃い霧がその全てを飲み込んでいた。
数メートル先すらも見えないほどの霧のせいで、今自分がどこにいるのかもわからない。
まだ真昼間だと言うのに、なんだか夜中に明かりの無い山へ迷い込んだときのような錯覚を覚える。
「涼古、なによこれ!」
「決まってんでしょ・・・。魔法使いの魔法だわ」
こんなことをするのは十中八九、いや確実にその魔法使いとやらに違いない。
どうして魔法使いって人種はこんなにひねくれ者ばかりなんだろう。
「涼古~、なんとかしてよ~。このままじゃ落ちるわ私・・・。どこ飛んでるのかわからない~~」
イルイルはイルイルで地味に大ピンチらしい。
ほおっておくのも、それはそれで楽しいけど、魔法の真っ只中にいるのは気持ちが悪いなんてもんじゃない。
自分の精神衛生上のためにも、早急にこの状況を打破しなければ。
「あ、そうか」
だから呼び鈴なんだ。
私は道具屋の店主の言葉を思い出していた。
弓を肩からさげて、その先についている鈴を鳴らす。
ちりん、ちりん。ちりん、ちりん。
鈴の音に呼応するように、徐々に霧がその姿を消していく。
まるで湖が霧を飲み込むかのように、視界があっという間に晴れやかになった。
やっと元通りになった視界の先に、一軒の小さなレンガ造りの家があった。
****
コンコン。
私は無遠慮にレンガ造りの家のドアをノックする。
「開けなさーい!いるのはわかってんのよー!」
「あんだけ嫌がってたのにずいぶんと強気ね」
「当たり前じゃない。突然あんな魔法使われて黙っていられるわけないわ」
魔法は苦手だけど、今はその苦手な魔法を問答無用でかけられた怒りのほうが勝っていた。
一言言ってやらないと気がすまないわ、まったく。
ゴンゴンゴン。
なかなか出てこないのでさらに強くノックをする。
ひょっとしたら本当に留守なんだろうか。
と、思った矢先に、カチャリと鍵が上がる音がした。
そこに立っていたのは、1人の少女だった。
「・・・・・・誰」
ぶっきらぼうにそう言う少女は、前髪を几帳面に眉毛のあたりで一直線に整えた、腰まで伸びているロングストレートの黒髪。
さらに、いかにも魔女といった黒いワンピースのシンプルなドレスローブを着込んでいた。
もうどこからどう見ても、紛れもなく魔法使いだ。しかも黒いほうの。
整った凛々しい顔つきの、鋭い目で見据えられると、先ほどまでの怒りが不思議と消えていく。
やはり私は魔法使いが苦手なようだ。
「・・・・・その鈴・・・」
私の弓の先にくくり付けてある鈴を見つけると、すらりと細い腕を伸ばして、その鈴を丁寧に摘む。
前かがみになった反動で、サラサラの黒い髪が、ぱらぱらと耳から滑り少女の顔にかかる。
何故だか私は、そのしぐさに見惚れていた。
「・・・道具屋の・・・殺したの?」
「なわけないでしょ」
「・・・・・・」
少女は鈴から離れると、くるりと踵を返し。また家の中へ戻っていく。
「ちょっと、待ちなさいよ!」
はぁ・・・。やはりこいつも魔法使いの例外に漏れずに相当の変わり者のようだ。
私とイルイルも、後を追ってレンガの家に上がりこんだ。
少女の風貌も、魔法使いそのものだが、この家の中も魔法使いのそれだった。
所狭しと用途不明の怪しげなマジックアイテムが並び、古ぼけたガラス戸にはこれまた怪しげな素材がビン詰めされて並んでいた。
まだ幻想郷はそこまで寒くないというのに暖炉に火がついている。
少女は突然の訪問者が無断で家に上がりこんできてるのに、まったく意に介さずに、これまたごちゃごちゃと怪しげな本やフラスコが置いてあるテーブルに納まった。
壁という壁に置いてある棚は全て素材やマジックアイテムが入っていて、本は床に縦積みにされている。
・・・私へのあてつけではないかと思うほどの、魔法使いの家だ、ここは・・・。
少女はランプにかけてあったフラスコを木バサミで掴み、その中身をティーカップにこぽこぽと注いだ。
どうやら紅茶のようだ。ポットくらい使えと言いたい。
「・・・・・・・・・それで?」
ここに来てようやく私の存在を認めたのか、少女から話しかけてきた。
・・・無口な人は、大きく分けて2種類に分かれる。
まず、本当に無口な人。良い言葉で言うと寡黙な人、悪い言葉で言うと根暗な人だ。
そして、もう1種類は、卓越した思考が故に、しゃべるのが面倒くさくなって、必要最低限のことしか伝えないタイプの無口。
紛れもなくこの魔法使いは後者、私の苦手なタイプだ・・・。
「あ、ああ。道具屋の主人の紹介で来たんだけど、呪符を造ってもらいたいんだ」
苦手なタイプとわかった以上、長居は無用だ。
さっさと事務的に用件を済ませて、一刻も早くこの魔法の館から脱出しよう。
「・・・いいわ」
そう言って少女は私に手を差し出してきた。
意外だ。こんな変わり者の魔法使いも握手という習慣があるのだろか。
恐る恐る少女の手を握った。
「んじゃ、よろしくね」
「・・・そうじゃなくて」
少女はすっと手を引っ込めると、親指と人差し指で輪を作って私に見せる。
「・・・お金」
「あ、ああ・・・。お金は、無いわ・・・」
これは本当だ。
私は、里からの妖怪退治の依頼の報酬は全てお米で貰っている。
お金なんて、必要性を感じたことないし、お米さえあれば幸せだ。
何か必要なものを里に買いに行くときも、お米で支払っているし、それで今までなに不自由なく生活してきたのだ。
よって、一銭もお金は無い。
「・・・・・・」
魔法使いの少女は一瞬私の目をじっと見つめると、机に向かい、読みかけの本に向かった。
そして黙々と読書を始める。
これは多分、さっさと帰れ、という意味だろう・・・。
しかし、わざわざこんなところまでやってきたのだ。手ぶらじゃ、帰れない。
まさかこの魔法使いが、お米払いに応じるとも思えないし、どうしたものか。
「・・・イカ・・・」
「へ?」
少女は何かを思い出したように顔を上げてそう言った。
「湖に最近、大きなイカが住み着いちゃって、困っているの。それを退治してくれたら呪符、作ってあげる」
と、突然饒舌になって私にそう言った。
恐らく、必要なことを伝えるときは、一回で伝わるようにはっきりと言うようにしているのだろう。
無口というより究極のものぐさかもしれない。
そんなことよりも、その条件は願ったり叶ったりだ。
もとより妖怪退治は、本職。
それに多分、その最近住み着いたという大イカも、恐らく余波だろう。
「わかったわ。そのイカだかタコだか知らないけど、倒してきてあげる。呪符、造ってまってなさいね」
少女はすでに、読書に戻っていた。
「・・・ま、いいけどね・・・」
****
「う~~~~~ん」
イカ退治のために、いったん魔法使いの館から出た私は、大きく伸びをする。
まったく、あの家は居心地が悪いなんてもんじゃない。
「さすがの涼古も、苦手な魔法使いの前ではペース乱されまくりね」
「本当よ、あのなに考えてるのかわからないしゃべり方も魔法の一種なのかしら」
肩にかけていた弓を下ろす。
「しかし、イカなんて、どうやって戦ったらいいのよ」
「水中戦」
イルイルが泳ぐモーションをしてふざけた提案をする。
「却下」
夏が終わったばかりとは言え、湖の水温はすでに泳げる水温ではないだろう。
尤も、今日が真夏だったとしても服が濡れるのはごめんだ。
下手をすると魔法使いがここら一帯の天候を夏にしかねない。
「それより、呪符まだあるの?」
「炎はこないだ使ったのがラストだったけど、イカ退治するくらいの分はまだあるわ」
私とイルイルは、水辺まで歩いてきていた。
湖の水は、透き通るように綺麗だ。これなら、水着を着れば泳げるかもしれない。
ま、そんなものは、持ってないけれど。
そのまましばらく、水面を眺めていると、ふと大きな影が、波を立てるように動いたような気がした。
「・・・あれか・・・」
ゴボゴボと水泡をあげながら、影が浮上してくる。
私はその姿が水面に出るところを逃さぬよう、弓を構える。
徐々に現れる白い姿。
弦を引き、念矢を形成する。
「うわっ!!」
私が矢を放つのと、イカの足が私を襲うのはほぼ同時だった。
間一髪、足をかわして大きく後方へ下がる。
どうやら見えていた白い部分は、その巨体の足だったようだ。
私の矢は外れたのか、ゆらゆらと挑発するように揺れる白い影。
イカの足の射程外まで下がり、再度弓を引いた。
「まさか、あの距離から足が届くとはね・・・。いったいどんだけでかいのよ」
幻想郷には、私の知らない不思議な生物がまだまだいるようだ。
今度ははずさぬよう、しっかりと狙いをつけ、その姿が出るのを待つ。
「涼古、出るわよ」
「うん・・・」
再び、影がゴボゴボと水泡を上げて浮上してくる。
私は4本の指で弦を引く。確実に仕留めるための三連装。
「うわっ、気持ちわる~~~」
獲物が足の射程外に逃げられたと悟ったのか、今度は足ではなく、本体そのものだった。
昨日の竜の2倍はあろうその白い巨体に、3本の矢を射る。
鈴の音が湖畔に響く。
あれだけの巨体だ、はずすことは無いだろう。
3本の矢が、三重に風切り音を立ててその白い巨躯へ翔けて行く。
しかし、矢が刺さることは無く、全てその弾力性のある体に弾かれてしまった。
「そんなんありぃ!?」
イカがゆっくりと矢の発射された方向、つまり私の方へ振り返る。
といっても、あまりにでかすぎてどっちが前なんだかわからない。
ちりん、ちりん。
さらに3発、6発と弓を射るが全て表面で弾かれてしまう。
どうしたものかと悩んでいると、イカがその巨体を揺らして動き始めた。
身体を傾けている・・・?
「まさか・・・」
イカがその身体をほぼ水平まで傾けると、次はその巨大な足を上げる。
次の瞬間、物凄い量のイカ墨が発射された。
「やっぱりーーーーーー!?」
その勢いたるや凄まじく、私の身体を真っ黒にしてもなお止まらないイカ墨。
イルイルにいたっては、その水流に飲まれてどこか遠くへすっ飛んでいってしまった。
次第に収まる、黒い水流。
何とか目を拭い、顔を上げると、そこには我が物顔で悠々と水面を泳ぐ1匹のイカの姿が見えた。
「・・・・・・もう怒ったわ・・・・・・」
再び、イカに狙いを定めて弓を構える。
その右手は、いつものように空手ではなく、1枚の氷を閉じ込めた呪符『氷符』。
氷符を握りしめたまま弦を引き、矢を形成する。
そうして放つ。念矢に絡まるように氷符が追随し発射される。
符の力を矢に乗せて目標へ送り出す技。符弓術「氷結」。
念矢がイカに当たる瞬間に弾ける氷符。
瞬間、封じ込められた冷気が当たり一面を氷点下の世界へ変えていく。
忽ちのうちにイカは凍りつき、それでいて尚も氷符の力は衰えず、湖一面を凍らし尽くしていた。
湖は、今日を以って氷湖とその名称を変えた。
****
「もう、最低だわ・・・」
全身真っ黒になりながら、レンガの家のドアをノックする。
イルイルも例外なく真っ黒になっていて、羽が濡れたせいか空を飛べずに足元をちょろちょろと歩いていた。
ガチャリ、とドアが開く。
そこには、一枚のタオルを持った魔法使いがいた。
「あ、ありがと」
意外だ。まさかタオルを用意するほどの心遣いが魔法使いにもあるなんて。
私はそのタオルを受け取り、顔を拭こうとする。
だがそれは、少女の細い手によって防がれる。
「・・・・・・そうじゃなくて」
「・・・え?」
少女は、自らを抱くように腕を組むと、くるりと踵を返し、
「・・・お風呂、沸いてるから」
と、ぼそりと言った。
その後ろを向く動作が、私には照れ隠しにしか見えなくて。
「ありがとう。あなた、そういえば名前、聞いてなかったわね」
なんて、苦手だったはずの魔法使いに、名前を聞いていた。
名前を尋ねるという行為は、少なからずそれだけの意味に留まらない。
敵意や、好意、そういった感情が付随するものだ。
そして私が今抱いている感情は、紛れも無く好意だった。
「・・・ラヴェンダー。・・・・・・ラヴェンダー・ティートリィ」
魔女はそう言って、足を止めて黒い髪を躍らせ、再び振り返った。
その顔は、私を見つめていた。
恐らくは、私の名前を聞いているんだろう。
「私、涼古。よろしくね」
その時のラヴェンダーの瞳は、確かに笑っているような気がした。
夏も終わり、紅葉が始まる秋の幻想郷。
なぜか私は、大嫌いだったはずの魔法使いの家のお風呂に入り、その心はとても穏やかだった。
暖炉のある部屋から、暖かい紅茶の匂いが漂ってきていた。
伝奇性が非常に薄く、また主人公が世界の在り様に無関心すぎる事もあって、
ありがちな世界のどこにでもあるファンタジー小説のように見えます。
そもそも、原作のエピソードを排除して幻想郷が成り立つとも思えません。
原作の世界は各々の在り方を体現して怪異をもたらす妖怪達の神話であり、
その世界観は彼女らが弾幕と共に踊り狂った後に残る副産物に過ぎません。
幻想郷の世界を語る事は、即ち少女の我侭と弾幕と経歴を描写する事です。
スカーレットデビルが人々に畏怖されている理由とか、
例年の2倍永く続いた冬によって大飢饉に見舞われた農村とか、
終わらない夜に恐れ慄いて跪き神仏に慈悲を請う人々とか、
決して埋められない力の差に鬱々とする下級妖怪の姿とか、
幻想郷を描写するなら当然そういう『名物』が必要だと思うのです。
主人公達が直接そのような世界の中心に赴く必要はありませんし、
幻想郷の恐るべき真実を正しく理解している必要も全くありませんが、
世界がシェアードされている事を折に触れて示唆する事は必要なはずです。
個人的に、ラヴェンダーとパチュリーの繋がりに期待してみたりとか。
この「涼古」を書くときに、一番気をつけているのは幻想郷世界(東方世界)の主人公はあくまで霊夢たちである、という事です
霊夢たちより大きな事は絶対にやらせない
涼古たちは、いつまでも外伝であり、幻想郷世界を生きるただの一人物を描きたいと思っています
ですから幻想郷世界のコアな部分に迫るお話は今後も書かないつもりでいます
とはいえ、幻想郷を描くと銘打っている以上、幻想郷をである必要性、また幻想郷であるとすんなりイメージできるような事は必要です
そこが最大のテーマであり、最大の難関だと考えます
なるべく、幻想郷世界のコアな部分を描かずに、一人物たちの日常だけで幻想郷世界を描けたら、というのがコンセプトです
今後も精進して行きたいと思っていますので、これからも参考になるご意見、よろしくお願いします