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■前書き
※この物語には霊夢や魔理沙と言ったZUN氏の創り上げた人物は一切登場しません。
※幻想郷世界を題材としたシェアドストーリーに挑戦してみました。
※ZUN氏の創り上げた素晴らしい世界観を霊夢達を使わずに表現できるかがテーマです。
※許容できる方だけ、読み進めていただければ幸いです。
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幻想郷外伝 涼古
第一話 「弓」
「おかしいわ・・・」
私は小さな窓から月を見上げる。
そこにはいつもの禍々しい力は無く、まるで張子のような月だ。
どうも、どこかの暇人が月をそっくりそのまま取り替えたらしい。
「しかも、今何時よ」
私は基本的に規則正しい生活をしている。
具体的に言うと朝起きて夜寝る生活だ。
今は、まだ起きて1時間も経っていないのだ。
それだというのに、なぜか空は暗く、月が我が物顔で浮いている。
これはちょっとおかしい。いや、かなりおかしい。
「まだ朝の8時よ。涼古」
私の名前は涼古(りょうこ)。苗字は忘れた。
ここ幻想郷で細々と妖怪退治なんぞをやって生計を立てている。
幻想郷は退治しても退治してもちょぼちょぼと妖怪が沸いてくるので食いっぱぐれなくていい。
もう物心ついたころから、これを生業としてきた。
「それで、どうするの?調べに行くの?」
んで、このパタパタ宙を浮いてるちっこいのは使い魔のイルイル。
使い魔の癖に主人に対して無遠慮で口が悪い。
ちなみにこいつの能力は「空を飛べる程度の能力」。
ていうか羽があるから当たり前だ。
ひょっとしたら無能なのかもしれない。
「まさか。こんな大きな異変は管轄外よ。ほっとけばどこぞの暇人が何とかするわよ。それよりイルイル、お茶淹れてよ」
「まったく、使い魔と小間使いの区別くらいつけたらどうなの?」
「え、なにが違うのよ。どっちも同じでしょ」
「なんですってー!」
イルイルはキーキー言いながらもお茶を淹れてくれている。
うむ。こういうところは素直で可愛げがあるなあ。
私は居間兼応接間兼寝室のテーブルに座って、イルイルのお茶を待つ。
まぁ早い話ワンルームって奴だ。
狭いながらも住めば都。
人里からほんの少しだけ離れた山の麓にあるこの家は静かでいい。
人間の喧騒も嫌いじゃないけど、やっぱり生活するなら静かに越したことは無い。
尤も、どこぞの浮遊妖精のおかげで、もはや静けさはこの家には無いけど。
「おもーい!取りにきてよー!」
「はいはい・・・。まったく非力なんだから」
「か弱い乙女なんだってば」
「乙女は普通素っ裸でいないわよ・・・」
イルイルは浮遊妖精としての妙なこだわりがあるのか、絶対に服を着ようとしない。
その上で乙女乙女と騒ぎ立てるもんだからこっちとしても、もうどう反応していいか困る。
淡い緑のふんわりとした巻き毛に、中性的な顔立ち、男女の区別のしようが無い平坦な体。
イルイルには悪いがとてもじゃないけど乙女には見えない。せいぜいボーイッシュな少女くらいだ。
ちなみに自然増殖で増える浮遊妖精に性別はない。
「うん。朝は緑茶に限る。夜だけど」
イルイルの淹れてくれた緑茶を飲みながら、再度窓を見つめる。
相変わらずとっぷりと夜だ。
夜になっても日が暮れない白夜というものがあるが、それの逆とも言うべきか。
慣れてしまえば、これはこれで結構おつかもしれない。
「しかし、誰がこんな大それたことやってるのかしら」
「さあ。ま、滅多に無い事だし、朝の月光浴でもして楽しんだほうがよさそうね」
恐らく、後1日もすればこの大異変はいつものように元通りになるだろう。
過去、いや過去というのも憚れるくらいつい最近の出来事だけど、似たような異変が連続して起きたことがある。
その時も1日くらいで元に戻ったのだ。幻想郷は暇人が多い。
それよりも、私がやるべきことはその後だ。
こういった異変が起こった後は、必ず「余波」がある。
幻想郷のバランスが、異変によって崩れ、それが元に戻るときに生じる歪み。
その歪みが原因で、本来幻想郷にいないはずの妖怪が発生することがある。
私はそれを余波と呼んで、毎回その余波を退治して回っている。
恐らく今回も、それなりの余波があるだろう。
「しかし、過去最大規模の余波がきそうだわ」
月は相変わらず、張子のように弱弱しい。
夜が終わらなくても、この偽者の月じゃあ、夜行性の妖怪も大人しくしているだろう。
今日1日はゆっくりと、この終わらない夜を楽しむことにしよう。
****
次の日。
私は目覚めると、顔を洗うより歯を磨くより、まず空を見上げた。
まだ白んではいるが、空は青く、朝日が昇っていた。
まごうことなき、正常な夜明け。
ほら、やっぱり1日で元に戻った。どこぞの暇人さん、ありがとう。
「イルイル、お茶ー」
「うっさいわね。たまには自分で淹れたらどうなの?今淹れるわよ」
悪態をつくくせに、きちんとお茶を淹れてくれるあたりわからない。
始めから素直に入れたほうが気分がいいものじゃないんだろうか。
妖精の思考は理解しがたい。
ただ単にひねくれものなだけかもしれないけど。
「あれ、涼古、もう着替えるの?」
私は寝巻き代わりの着物から、いつもの普段着に着替えをする。
ぱりっとした、落ち着いた色合いの赤いタイトなシャツに、しっかりと折り目のついた黒いロングフレアスカート。
イルイルはこの格好を、毒々しい、なんて言うけれど、私のこの長い金色の髪にはこのくらいの服じゃないと栄えないのだ。
姿見に立って、自分の姿を確認する。
うん、我ながら完璧。
「多分、来客があるし」
「ああ、そっか。そろそろ余波がでても―――」
コンコン。
イルイルの言を遮るように、早速ドアをノックする音が家に響いた。
まったく、着替えてたからいいようなものの、こんな朝っぱらから来なくてもいいのに。
まあ、多分、朝っぱらから来なきゃいけないような、緊急事態なんだろうけれど。
「はいはい、っと。ああ、新坊か」
玄関先にいたのは村長の家の小倅(こせがれ)の新坊だった。
里から妖怪退治の依頼を私にしに来るのは、いつも新坊の役割だった。
「どうした?なんか出たか」
「そうなんだよ、涼古ちゃん。竜が里に現れて、もうむちゃくちゃだ」
「はぁ?竜ぅ?」
おいおい。そんな神格級の余波なんて私の手には負えないぞ・・・。
イルイルはイルイルで、「エー!」なんて素っ頓狂な声だして半分墜落しかかってるし。
「とにかく、涼古ちゃん、里の連中じゃあもうどうしようもないから、力を貸してよ」
「う、うーん。まあ、やれるだけはやってみるけど・・・」
「いつもすまないね。じゃ、一足先に戻ってるから、準備ができたら来てよ。なるべく急いでね。報酬ははずむからさ」
新坊はそれだけ言うと、踵を返して急ぎ足で里へ戻っていった。
恐らく、いろいろとやるべきことがあるんだろう。
「しかし、竜なんて。本物かな?」
「そんなの知らないわよ。涼古、勝てるの?」
「戦ったこと無いもの、わからないわ」
私は様々な属性を込めた呪符と、3尺ほどの長弓を武器とする。
刀も使えない訳じゃあ無いけれど、返り血を浴びるのが嫌いなので滅多に使わない。
それに、私の能力は「矢が無くても弓が撃てる程度の能力」だ。
弓さえあれば、どんな敵とでも戦える。
「まあ、やれるだけやりましょう。イルイル、行くわよ」
私は長弓を肩にかけ、竜の待つ里へ向かう。
****
里は無人だった。
皆、どこかへ避難したようで、悲鳴どころかいつもの喧騒すらなかった。
不自然なほどの静寂が、かえって焦燥感を煽る。
私は肩にかけていた長弓を左手に持ち、いつでも弦を引けるようにした。
私なりの、臨戦態勢だ。
「イルイル、ちょっと飛んで偵察」
「わかったわ」
普段は反抗的なイルイルも、戦闘になるときちんと使い魔としての働きをしてくれるので助かる。
というかしてくれなきゃ困る。
周囲のほんの僅かな気も漏らさぬよう、神経を最大限まで研ぎ澄まし、1歩1歩慎重に足を進める。
ところどころ家屋が倒壊していた。
ここは空気がおかしい。必ず、敵はいる。
ふと、人の気配を感じてそちらへ向かう。
視線の先には、まだ避難していなかったのか、それとも律儀なことに私が来るのを待っていたのか、新坊がいた。
「涼古、新坊のところッ!」
イルイルが叫ぶのと、私が竜を発見するのはほぼ同時だった。
新坊の真横に突如竜が現れ、今にも新坊に飛び掛ろうとしていた。
新坊は間抜けにも私に手を振っている。まさに、たった今、自分を襲っている存在に気がついていないようだ。
私は弓を構え、竜に狙いを定めて弦を引く。
張り詰めた弦に、空気が収縮し、矢が形を成して現れる。
これが「矢が無くても弓が撃てる程度の能力」。
弦を引けば自然と矢が番えられるが故に、その発射速度は実矢の比ではない。
現れた念矢を即座に射る。
矢は一筋の風になり、竜に翔けていく。
「うわっ!」
矢は新坊の真横に突き刺さる。その先には竜。
「なにやってるんだ!こっちにこい!」
新坊は腰を抜かしそうになりながらも、私のところへなんとか逃げてきた。
とりあえず最初の窮地は脱した。
私の創り上げた矢の刺さっている竜を改めて見据える。
「しかし、あれ・・・」
「竜ってより、トカゲよね。大トカゲ」
イルイルの言うとおりだった。
胴はずんぐりとしてて、その四肢は短く、翼は無い。
全長はおおよそ6尺くらいだろうか、かなり大きい。
表面は見るからに硬そうな鱗で覆われており、私の矢も半分も刺さっていない。
しかし竜と言われれば、まあ竜かもしれないが・・・。
ちょっと想像と違うというか、若干間抜けというか。
「新坊は下がっていろ。・・・・来る!」
不意打ちの矢に驚いて動かなかった竜が、私を発見し、そのずんぐりとした肉体を躍らせながら突進してくる。
その愚鈍そうな外見とは裏腹に、速い―――!
「やば、速い」
「涼古、危ないっ!」
「わーってるわよ!『炎符』!」
弓を引くには間に合わないと判断した私は、炎符を突進してくる竜に、そのまま投げつける。
炎符は炎を閉じ込めた呪符で、早い話、爆弾のようなものだ。
豪、という爆発音と共に、封じられていた炎が一気に外界へ飛び出す。
あまりダメージは無いようだが、竜の動きが僅かに止まる。
私はその隙を見逃さずに、逃げることはせずに弓を引く。
弦を引き、現れた矢を即時に発射する。
発射速度も実矢の比ではないが、それ以上にこの「矢が無くても弓が撃てる程度の能力」の真骨頂はその”連射性能”にある。
矢は番えなくていい。ただ狙いを定めたまま、弦を引き、放つ。
弦がうなり声を上げるたびに、竜へ矢が奔る。
ヒュンヒュンと止まること無く矢が翔け、竜のありとあらゆる部位に突き刺さる。
「やったの!?」
イルイルが叫ぶ。
竜は大地を揺るがすような低く重い雄たけびを上げている。
―――まだだ。
1本で小鬼程度なら致死量に至る矢が数十本も刺さり、なおも前に出ようとする姿は、なるほど確かに竜だった。
私はその神格性に敬意を表し、
奥義をもってこれの止めにあたる。
「これで終わりよ・・・!」
四指の間に矢が現れるイメージ。
そのまま弦を引く、そこに現れるは3本の念矢。
3本の矢を射る。目標の三点を同時に「殺す」三連装。
それだけでは終わらない。さらにそれを”連射”する。
3本・6本・9本・12本・15本・18本・21本――――・・・
これが奥義「念矢弾幕」。
おおよそ200本の矢が刺さり、竜は絶命した。
****
「ふぅ~~。怪我は無い?新坊」
「あ、ああ・・・。助かったよ、ありがとう」
私は弓を肩にかけ、後方に下がっていた新坊のところへ歩み寄る。
遠くから人の群集が見える。
いつの間にやら、村人たちが里へ戻ってきていた。
村人たちは、私たちを発見するやいないや、駆けつけてくる。
「おぉ~~~い!涼古ちゃん、長老~~!大丈夫か~~~」
と、なんだか場違いな言葉が聞こえた。
長老?
いったい誰のことだろう。
「へ?長老って?」
「なに言ってんだ、涼古ちゃん。長老ったら新之助さんにきまっとろうが」
村人はさも不思議そうな顔をして私にそう言った。
言われて新坊を見据える。
「え、新之助、って新坊、よね。あんた、今年でいくつになるの?」
「70から先は覚えてないのう」
「ええーー!?そう言われてみれば、めっきり老けてるわね・・・」
「涼古ちゃんは昔から何一つ変わらないなあ。相変わらず綺麗だ」
どうやら村長の所の小倅は、いつの間にやら長老と呼ばれるまでに成長していたらしい。
村人たちは、笑いながら「涼古ちゃんから見れば長老はいつまで経っても新坊なんだなあ」なんて言っている。
私は、年を取らない。
ひょっとしたら私は人間じゃないのかもしれない。
「なにはともあれ、本当に助かったよ。涼古ちゃん、よかったらうちでご飯でも食べていかんか。ご馳走するよ」
「う、うーん。せっかくだけど、遠慮しておく・・・。イルイル、帰るわよ」
「え?あ、うん」
イルイルは一瞬ちょっと意外そうな顔を見せたが何も言わずに私の後をついてきた。
いつもなら、食事に呼ばれたときは必ず行くのだけれど、どうもそんな気分にはなれなかった。
「涼古ちゃーん!報酬、あとで家に持っていくからー!」
と、背後から威勢のいい声が聞こえてくる。
私は手を上げて、それに答えた。
里からほんの少しの帰路を、私とイルイルは無言で歩いていた。
****
家に戻ってからも、何もやる気が起きずにただベッドに座っていた。
ふと窓の外を見上げると、日が落ちようとしている。
とても綺麗な、幻想郷の夕暮れ。
耳を澄ませば、カラスの鳴き声も聞こえてきた。
ああ、夕食の準備、しなくっちゃ。
「涼古、元気ないわね。人間じゃないかもしれないって、気にしてるの?」
家に帰ってからも私とイルイルは無言だった。
イルイルなりに気を使っていてくれたみたいだ。
それでもさすがに心配になってきたのか、そう私に声をかけた。
「・・・ううん。別にそんなことはいいんだ。肉体なんて、しょせん精神の器でしょう?大事なのは心の在り方よ」
「じゃあ、どうしたの?涼古らしくないわ」
「新坊、老けてたね」
「まあ、それが普通の人間だから」
私はベッドから立ち上がり、窓辺へ移動する。
相変わらず幻想郷の夕焼けは綺麗で、私の心までも紅く染めようとする。
しかしそれも、あと半刻もしないうちに夜に飲み込まれるだろう。
夕焼けは、ほんの一瞬だから、こんなにも綺麗。
「・・・また、自分より後に産まれてきた人が、先に死ぬんだわ」
私は新坊を産まれたときから知っている。
新坊の父親も、またその父親も。
人の死は、何度味わっても、慣れる事はない。
「馬鹿ね、涼古。まだ生きてるんだから、今からそんなブルーになってどうすんのよ。今を一生懸命に生きなきゃ、意味がないでしょ?」
「イルイル・・・」
「自分で大事なのは心の在り方なんて言っておきながら、そんなことくらいで落ち込んでたら世話ないわ。まったく、どうしてこんなのが私の主人なのかしら」
まったく、イルイルの言うとおりだ。
勝手に落ち込んで、使い魔に説教される主人なんて、主人失格かもしれない。
自分がとても滑稽に思えて、笑いがこみ上げてくる。
「ありがと、イルイル。元気でた」
「そう?じゃあ、そろそろ夕食の準備してよね。あんた、忘れてるかもしれないけど、朝から何も食べてないんだから」
言われて思い出す。そう言えば朝一番から竜退治に駆り出されて何も食べていないんだった。
思い出してしまえば身体は素直だ。一気に空腹の波が押し寄せる。
イルイルは、今までずっと我慢していてくれたらしい。
その心遣いが、今はとても嬉しかった。
「よし、じゃあ今夜はご馳走にしよう」
「・・・どうせ、おにぎりでしょ」
「え?何でわかったの?」
「あんたのご馳走はイコールおにぎりだからね、わからないほうがおかしいわ」
「ええー?おにぎり、おいしいじゃない」
「涼古くらいよ。茶碗に入った白いご飯を握ってまでおにぎりにして食べる変人は・・・」
「主人に対して変人とは、どの口が言うかー!」
夕焼けはその姿を闇に溶かし、もう外は本物の月が支配する夜。
人里からほんの少しだけ離れた家に、いつもの騒々しさが戻っていた。
幻想郷に住む、妖怪退治の少女の平凡な1日は、こうして穏やかに終わりを告げる。
まだ余波が続くかもしれない。
明日は呪符の補充をしにいこう。
そんなことを考えながら、私は眠りについた。
■前書き
※この物語には霊夢や魔理沙と言ったZUN氏の創り上げた人物は一切登場しません。
※幻想郷世界を題材としたシェアドストーリーに挑戦してみました。
※ZUN氏の創り上げた素晴らしい世界観を霊夢達を使わずに表現できるかがテーマです。
※許容できる方だけ、読み進めていただければ幸いです。
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幻想郷外伝 涼古
第一話 「弓」
「おかしいわ・・・」
私は小さな窓から月を見上げる。
そこにはいつもの禍々しい力は無く、まるで張子のような月だ。
どうも、どこかの暇人が月をそっくりそのまま取り替えたらしい。
「しかも、今何時よ」
私は基本的に規則正しい生活をしている。
具体的に言うと朝起きて夜寝る生活だ。
今は、まだ起きて1時間も経っていないのだ。
それだというのに、なぜか空は暗く、月が我が物顔で浮いている。
これはちょっとおかしい。いや、かなりおかしい。
「まだ朝の8時よ。涼古」
私の名前は涼古(りょうこ)。苗字は忘れた。
ここ幻想郷で細々と妖怪退治なんぞをやって生計を立てている。
幻想郷は退治しても退治してもちょぼちょぼと妖怪が沸いてくるので食いっぱぐれなくていい。
もう物心ついたころから、これを生業としてきた。
「それで、どうするの?調べに行くの?」
んで、このパタパタ宙を浮いてるちっこいのは使い魔のイルイル。
使い魔の癖に主人に対して無遠慮で口が悪い。
ちなみにこいつの能力は「空を飛べる程度の能力」。
ていうか羽があるから当たり前だ。
ひょっとしたら無能なのかもしれない。
「まさか。こんな大きな異変は管轄外よ。ほっとけばどこぞの暇人が何とかするわよ。それよりイルイル、お茶淹れてよ」
「まったく、使い魔と小間使いの区別くらいつけたらどうなの?」
「え、なにが違うのよ。どっちも同じでしょ」
「なんですってー!」
イルイルはキーキー言いながらもお茶を淹れてくれている。
うむ。こういうところは素直で可愛げがあるなあ。
私は居間兼応接間兼寝室のテーブルに座って、イルイルのお茶を待つ。
まぁ早い話ワンルームって奴だ。
狭いながらも住めば都。
人里からほんの少しだけ離れた山の麓にあるこの家は静かでいい。
人間の喧騒も嫌いじゃないけど、やっぱり生活するなら静かに越したことは無い。
尤も、どこぞの浮遊妖精のおかげで、もはや静けさはこの家には無いけど。
「おもーい!取りにきてよー!」
「はいはい・・・。まったく非力なんだから」
「か弱い乙女なんだってば」
「乙女は普通素っ裸でいないわよ・・・」
イルイルは浮遊妖精としての妙なこだわりがあるのか、絶対に服を着ようとしない。
その上で乙女乙女と騒ぎ立てるもんだからこっちとしても、もうどう反応していいか困る。
淡い緑のふんわりとした巻き毛に、中性的な顔立ち、男女の区別のしようが無い平坦な体。
イルイルには悪いがとてもじゃないけど乙女には見えない。せいぜいボーイッシュな少女くらいだ。
ちなみに自然増殖で増える浮遊妖精に性別はない。
「うん。朝は緑茶に限る。夜だけど」
イルイルの淹れてくれた緑茶を飲みながら、再度窓を見つめる。
相変わらずとっぷりと夜だ。
夜になっても日が暮れない白夜というものがあるが、それの逆とも言うべきか。
慣れてしまえば、これはこれで結構おつかもしれない。
「しかし、誰がこんな大それたことやってるのかしら」
「さあ。ま、滅多に無い事だし、朝の月光浴でもして楽しんだほうがよさそうね」
恐らく、後1日もすればこの大異変はいつものように元通りになるだろう。
過去、いや過去というのも憚れるくらいつい最近の出来事だけど、似たような異変が連続して起きたことがある。
その時も1日くらいで元に戻ったのだ。幻想郷は暇人が多い。
それよりも、私がやるべきことはその後だ。
こういった異変が起こった後は、必ず「余波」がある。
幻想郷のバランスが、異変によって崩れ、それが元に戻るときに生じる歪み。
その歪みが原因で、本来幻想郷にいないはずの妖怪が発生することがある。
私はそれを余波と呼んで、毎回その余波を退治して回っている。
恐らく今回も、それなりの余波があるだろう。
「しかし、過去最大規模の余波がきそうだわ」
月は相変わらず、張子のように弱弱しい。
夜が終わらなくても、この偽者の月じゃあ、夜行性の妖怪も大人しくしているだろう。
今日1日はゆっくりと、この終わらない夜を楽しむことにしよう。
****
次の日。
私は目覚めると、顔を洗うより歯を磨くより、まず空を見上げた。
まだ白んではいるが、空は青く、朝日が昇っていた。
まごうことなき、正常な夜明け。
ほら、やっぱり1日で元に戻った。どこぞの暇人さん、ありがとう。
「イルイル、お茶ー」
「うっさいわね。たまには自分で淹れたらどうなの?今淹れるわよ」
悪態をつくくせに、きちんとお茶を淹れてくれるあたりわからない。
始めから素直に入れたほうが気分がいいものじゃないんだろうか。
妖精の思考は理解しがたい。
ただ単にひねくれものなだけかもしれないけど。
「あれ、涼古、もう着替えるの?」
私は寝巻き代わりの着物から、いつもの普段着に着替えをする。
ぱりっとした、落ち着いた色合いの赤いタイトなシャツに、しっかりと折り目のついた黒いロングフレアスカート。
イルイルはこの格好を、毒々しい、なんて言うけれど、私のこの長い金色の髪にはこのくらいの服じゃないと栄えないのだ。
姿見に立って、自分の姿を確認する。
うん、我ながら完璧。
「多分、来客があるし」
「ああ、そっか。そろそろ余波がでても―――」
コンコン。
イルイルの言を遮るように、早速ドアをノックする音が家に響いた。
まったく、着替えてたからいいようなものの、こんな朝っぱらから来なくてもいいのに。
まあ、多分、朝っぱらから来なきゃいけないような、緊急事態なんだろうけれど。
「はいはい、っと。ああ、新坊か」
玄関先にいたのは村長の家の小倅(こせがれ)の新坊だった。
里から妖怪退治の依頼を私にしに来るのは、いつも新坊の役割だった。
「どうした?なんか出たか」
「そうなんだよ、涼古ちゃん。竜が里に現れて、もうむちゃくちゃだ」
「はぁ?竜ぅ?」
おいおい。そんな神格級の余波なんて私の手には負えないぞ・・・。
イルイルはイルイルで、「エー!」なんて素っ頓狂な声だして半分墜落しかかってるし。
「とにかく、涼古ちゃん、里の連中じゃあもうどうしようもないから、力を貸してよ」
「う、うーん。まあ、やれるだけはやってみるけど・・・」
「いつもすまないね。じゃ、一足先に戻ってるから、準備ができたら来てよ。なるべく急いでね。報酬ははずむからさ」
新坊はそれだけ言うと、踵を返して急ぎ足で里へ戻っていった。
恐らく、いろいろとやるべきことがあるんだろう。
「しかし、竜なんて。本物かな?」
「そんなの知らないわよ。涼古、勝てるの?」
「戦ったこと無いもの、わからないわ」
私は様々な属性を込めた呪符と、3尺ほどの長弓を武器とする。
刀も使えない訳じゃあ無いけれど、返り血を浴びるのが嫌いなので滅多に使わない。
それに、私の能力は「矢が無くても弓が撃てる程度の能力」だ。
弓さえあれば、どんな敵とでも戦える。
「まあ、やれるだけやりましょう。イルイル、行くわよ」
私は長弓を肩にかけ、竜の待つ里へ向かう。
****
里は無人だった。
皆、どこかへ避難したようで、悲鳴どころかいつもの喧騒すらなかった。
不自然なほどの静寂が、かえって焦燥感を煽る。
私は肩にかけていた長弓を左手に持ち、いつでも弦を引けるようにした。
私なりの、臨戦態勢だ。
「イルイル、ちょっと飛んで偵察」
「わかったわ」
普段は反抗的なイルイルも、戦闘になるときちんと使い魔としての働きをしてくれるので助かる。
というかしてくれなきゃ困る。
周囲のほんの僅かな気も漏らさぬよう、神経を最大限まで研ぎ澄まし、1歩1歩慎重に足を進める。
ところどころ家屋が倒壊していた。
ここは空気がおかしい。必ず、敵はいる。
ふと、人の気配を感じてそちらへ向かう。
視線の先には、まだ避難していなかったのか、それとも律儀なことに私が来るのを待っていたのか、新坊がいた。
「涼古、新坊のところッ!」
イルイルが叫ぶのと、私が竜を発見するのはほぼ同時だった。
新坊の真横に突如竜が現れ、今にも新坊に飛び掛ろうとしていた。
新坊は間抜けにも私に手を振っている。まさに、たった今、自分を襲っている存在に気がついていないようだ。
私は弓を構え、竜に狙いを定めて弦を引く。
張り詰めた弦に、空気が収縮し、矢が形を成して現れる。
これが「矢が無くても弓が撃てる程度の能力」。
弦を引けば自然と矢が番えられるが故に、その発射速度は実矢の比ではない。
現れた念矢を即座に射る。
矢は一筋の風になり、竜に翔けていく。
「うわっ!」
矢は新坊の真横に突き刺さる。その先には竜。
「なにやってるんだ!こっちにこい!」
新坊は腰を抜かしそうになりながらも、私のところへなんとか逃げてきた。
とりあえず最初の窮地は脱した。
私の創り上げた矢の刺さっている竜を改めて見据える。
「しかし、あれ・・・」
「竜ってより、トカゲよね。大トカゲ」
イルイルの言うとおりだった。
胴はずんぐりとしてて、その四肢は短く、翼は無い。
全長はおおよそ6尺くらいだろうか、かなり大きい。
表面は見るからに硬そうな鱗で覆われており、私の矢も半分も刺さっていない。
しかし竜と言われれば、まあ竜かもしれないが・・・。
ちょっと想像と違うというか、若干間抜けというか。
「新坊は下がっていろ。・・・・来る!」
不意打ちの矢に驚いて動かなかった竜が、私を発見し、そのずんぐりとした肉体を躍らせながら突進してくる。
その愚鈍そうな外見とは裏腹に、速い―――!
「やば、速い」
「涼古、危ないっ!」
「わーってるわよ!『炎符』!」
弓を引くには間に合わないと判断した私は、炎符を突進してくる竜に、そのまま投げつける。
炎符は炎を閉じ込めた呪符で、早い話、爆弾のようなものだ。
豪、という爆発音と共に、封じられていた炎が一気に外界へ飛び出す。
あまりダメージは無いようだが、竜の動きが僅かに止まる。
私はその隙を見逃さずに、逃げることはせずに弓を引く。
弦を引き、現れた矢を即時に発射する。
発射速度も実矢の比ではないが、それ以上にこの「矢が無くても弓が撃てる程度の能力」の真骨頂はその”連射性能”にある。
矢は番えなくていい。ただ狙いを定めたまま、弦を引き、放つ。
弦がうなり声を上げるたびに、竜へ矢が奔る。
ヒュンヒュンと止まること無く矢が翔け、竜のありとあらゆる部位に突き刺さる。
「やったの!?」
イルイルが叫ぶ。
竜は大地を揺るがすような低く重い雄たけびを上げている。
―――まだだ。
1本で小鬼程度なら致死量に至る矢が数十本も刺さり、なおも前に出ようとする姿は、なるほど確かに竜だった。
私はその神格性に敬意を表し、
奥義をもってこれの止めにあたる。
「これで終わりよ・・・!」
四指の間に矢が現れるイメージ。
そのまま弦を引く、そこに現れるは3本の念矢。
3本の矢を射る。目標の三点を同時に「殺す」三連装。
それだけでは終わらない。さらにそれを”連射”する。
3本・6本・9本・12本・15本・18本・21本――――・・・
これが奥義「念矢弾幕」。
おおよそ200本の矢が刺さり、竜は絶命した。
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「ふぅ~~。怪我は無い?新坊」
「あ、ああ・・・。助かったよ、ありがとう」
私は弓を肩にかけ、後方に下がっていた新坊のところへ歩み寄る。
遠くから人の群集が見える。
いつの間にやら、村人たちが里へ戻ってきていた。
村人たちは、私たちを発見するやいないや、駆けつけてくる。
「おぉ~~~い!涼古ちゃん、長老~~!大丈夫か~~~」
と、なんだか場違いな言葉が聞こえた。
長老?
いったい誰のことだろう。
「へ?長老って?」
「なに言ってんだ、涼古ちゃん。長老ったら新之助さんにきまっとろうが」
村人はさも不思議そうな顔をして私にそう言った。
言われて新坊を見据える。
「え、新之助、って新坊、よね。あんた、今年でいくつになるの?」
「70から先は覚えてないのう」
「ええーー!?そう言われてみれば、めっきり老けてるわね・・・」
「涼古ちゃんは昔から何一つ変わらないなあ。相変わらず綺麗だ」
どうやら村長の所の小倅は、いつの間にやら長老と呼ばれるまでに成長していたらしい。
村人たちは、笑いながら「涼古ちゃんから見れば長老はいつまで経っても新坊なんだなあ」なんて言っている。
私は、年を取らない。
ひょっとしたら私は人間じゃないのかもしれない。
「なにはともあれ、本当に助かったよ。涼古ちゃん、よかったらうちでご飯でも食べていかんか。ご馳走するよ」
「う、うーん。せっかくだけど、遠慮しておく・・・。イルイル、帰るわよ」
「え?あ、うん」
イルイルは一瞬ちょっと意外そうな顔を見せたが何も言わずに私の後をついてきた。
いつもなら、食事に呼ばれたときは必ず行くのだけれど、どうもそんな気分にはなれなかった。
「涼古ちゃーん!報酬、あとで家に持っていくからー!」
と、背後から威勢のいい声が聞こえてくる。
私は手を上げて、それに答えた。
里からほんの少しの帰路を、私とイルイルは無言で歩いていた。
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家に戻ってからも、何もやる気が起きずにただベッドに座っていた。
ふと窓の外を見上げると、日が落ちようとしている。
とても綺麗な、幻想郷の夕暮れ。
耳を澄ませば、カラスの鳴き声も聞こえてきた。
ああ、夕食の準備、しなくっちゃ。
「涼古、元気ないわね。人間じゃないかもしれないって、気にしてるの?」
家に帰ってからも私とイルイルは無言だった。
イルイルなりに気を使っていてくれたみたいだ。
それでもさすがに心配になってきたのか、そう私に声をかけた。
「・・・ううん。別にそんなことはいいんだ。肉体なんて、しょせん精神の器でしょう?大事なのは心の在り方よ」
「じゃあ、どうしたの?涼古らしくないわ」
「新坊、老けてたね」
「まあ、それが普通の人間だから」
私はベッドから立ち上がり、窓辺へ移動する。
相変わらず幻想郷の夕焼けは綺麗で、私の心までも紅く染めようとする。
しかしそれも、あと半刻もしないうちに夜に飲み込まれるだろう。
夕焼けは、ほんの一瞬だから、こんなにも綺麗。
「・・・また、自分より後に産まれてきた人が、先に死ぬんだわ」
私は新坊を産まれたときから知っている。
新坊の父親も、またその父親も。
人の死は、何度味わっても、慣れる事はない。
「馬鹿ね、涼古。まだ生きてるんだから、今からそんなブルーになってどうすんのよ。今を一生懸命に生きなきゃ、意味がないでしょ?」
「イルイル・・・」
「自分で大事なのは心の在り方なんて言っておきながら、そんなことくらいで落ち込んでたら世話ないわ。まったく、どうしてこんなのが私の主人なのかしら」
まったく、イルイルの言うとおりだ。
勝手に落ち込んで、使い魔に説教される主人なんて、主人失格かもしれない。
自分がとても滑稽に思えて、笑いがこみ上げてくる。
「ありがと、イルイル。元気でた」
「そう?じゃあ、そろそろ夕食の準備してよね。あんた、忘れてるかもしれないけど、朝から何も食べてないんだから」
言われて思い出す。そう言えば朝一番から竜退治に駆り出されて何も食べていないんだった。
思い出してしまえば身体は素直だ。一気に空腹の波が押し寄せる。
イルイルは、今までずっと我慢していてくれたらしい。
その心遣いが、今はとても嬉しかった。
「よし、じゃあ今夜はご馳走にしよう」
「・・・どうせ、おにぎりでしょ」
「え?何でわかったの?」
「あんたのご馳走はイコールおにぎりだからね、わからないほうがおかしいわ」
「ええー?おにぎり、おいしいじゃない」
「涼古くらいよ。茶碗に入った白いご飯を握ってまでおにぎりにして食べる変人は・・・」
「主人に対して変人とは、どの口が言うかー!」
夕焼けはその姿を闇に溶かし、もう外は本物の月が支配する夜。
人里からほんの少しだけ離れた家に、いつもの騒々しさが戻っていた。
幻想郷に住む、妖怪退治の少女の平凡な1日は、こうして穏やかに終わりを告げる。
まだ余波が続くかもしれない。
明日は呪符の補充をしにいこう。
そんなことを考えながら、私は眠りについた。
なるほど、HPL以外のクトゥルーを二次創作的な位置付けと捉えるのだな…と。
クトゥルーの2番目に大きな「ピース」であるダーレスは、高弟と囃される反面、改悪者と誹られますが…。MIZ様には、その後者では呼ばわられぬ事を期待します。
ごちそうさまでした。
とても読みやすく、オリキャラを使用したことの違和感を全く感じさせませんでした。
場違いなんてとんでもない、これは立派な、なんとも平凡な幻想郷の1コマですよ。
堪能させていただきました。
それにしても、霊夢や魔理沙達の騒動の露払いなんて仕事にしてたら
心休まる日があまり無いんじゃないかな、と思ったり(笑