植えられた木々が深緑から紅葉へと変わり行く冥界の白玉楼。ここの主は年がら年中幽霊達と宴会を繰り広げる大食漢―――性は女だが―――であり、そしてその従者は年がら年中主の世話に東奔西走する働き者であった。
そんな主と従者の住まう白玉楼に霊夢、魔理沙、レミリアの3人はやって来ていたのだが。どういう訳か、途中でとある約束をされたのであった。
――――――――――――
「あら?あんた達は?」
「騒霊三姉妹じゃないか」
「お久しぶりね」
「肉ー肉ー」
「メルラン姉さん静かにして」
霊夢達がやって来たとき、あの騒霊の姉妹達が珍しく―――もないか、彼女達も霊体なのだからここにいてもおかしくない―――この白玉楼にいたのだ。相変わらずメルランは何処か壊れているようであったが。
「幽々子様に何か用?」
「ああ、ちょっと聞きたいことがあってな」
「ふーん。それだったら、言っておいたほうがいいわね」
『?』
霊夢達3人は首を傾げるとルナサは少し口元を綻ばせながら
「妖夢の顔を見て笑ってもいいけど、理由を聞かれたら……くくっ……絶対に、何も言わないことよ……ぷっ」
途中で思い出し笑いをするが、必死に堪えて言う。優等生然としているルナサですら必死に笑いを堪えさせるようなこととは一体何なんだろうか。
「よく分からないけど……言わないで置くわ」
「あはははーーー肉ーー肉ーー」
「やかましい」
霊夢は陰陽玉を操作してメルランの頭にクリーンヒットさせる。「グエッ」と呻いて倒れるが無視。
「じゃ、私達はそろそろ帰るわ」
そう言って騒霊’Sは霊夢達の向かってきた方向へ飛んでいった。因みにメルランは完全に無視されていた。リリカは今に始まった事ではない気がするが、ルナサも意外と外道である。
「一体何なのかしら?」
「さあ?わからないわ」
「まあ、あの亡霊嬢が庭師に何か悪戯したんだと思うぜ」
――――――――――――
そんな約束事ともいえないものである。まあ、3人とも一応破るつもりは無い……恐らく多分きっと。
「あら?あなた達は」
と、そこへ先程騒霊三姉妹たちに言われた幽玄の庭師こと半人半霊の魂魄妖夢が現れた……のだが。
『ぷっ……』
3人、彼女の姿を見て全く同じタイミングで吹き出した。もしも3人の誰かが口の中にお茶などを含んでいたら確実に勢いよく噴出したであろう。
「どうしたの?」
「い、いえ……なんでも……無いわ」
問いかけた妖夢に霊夢は口を押さえて極力妖夢を見ないように必死に笑いを堪えながら言った……のだが限界が近そうだ。魔理沙も笑いを堪えてはいるものの顔は紅潮しており、レミリアは後ろを振り向いてはいるが既に肩が震えていた。
「ゆ、幽々子は……いる?……くくっ」
「幽々子様なら部屋にいるわよ」
「あ、ありがとう……ぷぷぷ……」
そこへレミリアが霊夢の肩に手を置いた。振り向くとただひたすらに笑いを堪えるかのように頬を膨らませ、全速力で首を横に振っている。手で口を塞いでいるが、言おうとしていることは何となく分かる。即ち「もう駄目限界堪えられない」
「?何か私の顔についてる」
「くっ……くくっ、べ、別に何もついて……ないぜ」
「……そう。じゃ、私は木の剪定があるから」
「え、ええ……」
妖夢が背中を見せて空を飛び、姿が見えなくなったのを霊夢達が確認した瞬間。
白玉楼に大爆笑する3人の声が響いた。
――――――――――――
今日になって何かがおかしい。半人半霊の庭師である魂魄妖夢は疑問に思った。何故か今朝から道行く霊体皆が妖夢の顔を見るなり必死に笑いを堪えたり、指を差して笑ったりしているのだ。
理由を問おうにも皆教えてくれず、ただただ笑うばかりであった。さきに出合ったプリズムリバー姉妹も博麗霊夢や霧雨魔理沙、そしてレミリア・スカーレットですらも彼女の顔を見るなり必死に笑いを堪えていたのだ。
何か自分の体に異常でもあるのだろうか……いや、今朝から体のほうは別になんとも無かった。もしかしたら髪型がとんでもないことになっているのかと思い頭を触るが、特に異常は無い。二百由旬の一閃や現世斬でも乱れることの無い自慢の髪形だ。そう簡単に変なことは起きないと思っていて鏡を見ることは無かったが、今回ばかりは自分の顔がどうにかなっているのか確かめたくなった。
剪定を少しだけやりすぐに白玉楼の自分の部屋に戻る。その都度道行く霊達が笑ったり笑ったりしていたため、自然と空を飛ぶ速度は速くなっていた。
「一体何なのかしら?」
襖を開けて綺麗に片付いている部屋に入る。そして余り使うことの無い箪笥の引き出しを1つ開けてその中にある手鏡を取り出して自分の顔を見た瞬間!!
妖夢の視界がホワイトアウトした。
先ず髪型。光の具合によって白銀にも変わるその白髪はちゃんと切り揃えられておりこれは特に異常は無い。そして顔。少々幼さを残すが他人から見ても十分可愛いと思える整った顔立ちも変化なし。だが問題があったのはその顔、額のちょうどど真ん中にあった。
何ら変わることの無い顔。そしてその額の部分に黒い何かで、今にも消えそうだがはっきりとした流麗なる字で……
「肉」と書かれていた。
有無を言わずに妖夢は神速の速さで部屋を出た。手鏡はその場に置いている。いつもならちゃんと元あった場所に戻すのだが、今回ばかりはそんな思考を彼女に求めるのは酷であった。
向かうは、この悪戯の張本人である可能性の最も高い、自らの主である西行寺幽々子の部屋。妖夢は白玉楼の廊下をそれこそ二百由旬の一閃やら現世斬やらの神速をあっさりと超えかねない速度で走った。走った。走った。飛ぶことも忘れて走った。恐らく他人から見れば何が通り過ぎたのか判断すら不可能なくらいの速度で走った。
そして……その先に待ち受けられた更なる罠に気付くことも無く西行寺幽々子の部屋が近付いていき……襖を開けて
「幽々子さm」
そっから先はゴワァンと言うなにやら金属のような音と頭にくる衝撃により遮られた。そしてそのまま意識はブラックアウト……するギリギリのところで意地と根性で踏ん張るが、何故か耐え難い意識の沈殿に襲われ……妖夢の意識はそこで途切れた。
――――――――――――
話は少し戻ってここは白玉楼の主である西行寺幽々子の部屋。そこにはまあ、先の霊夢達3人と西行寺幽々子がいた。
「あー腹痛いぜ……ぷぷっ」
「あ、あんなに笑ったの初めて……」
「それはどうも」
魔理沙とレミリアがそれぞれの感想を述べると幽々子が嬉しそうに言った。まあ言わずもがな、先の妖夢の額の「あれ」である。当然のごとく、犯人は西行寺幽々子である。犯行の動機は妖夢がいつ気付き、そしてどんな反応をするか、という単純な理由であった。
「今度美鈴にでもしてみようかしら……」
「だったらあいつは肉じゃなくて『中』だな」
「それはいいわね♪」
いきなりレミリアと魔理沙は今度の悪戯の打ち合わせを開始する。しかも彼女達のターゲットはやはりというべきか、紅美鈴であった。
「それで、一体何の用なの?」
「おおっと、妖夢の肉の件で危うく忘れる所だったぜ」
「そういえばそうだったわね」
幽々子に問われてやっとここに来た本来の目的を思い出し、魔理沙とレミリアは打ち合わせを一旦中止する。
(あんたら今まで忘れてたんか……)
霊夢は口に出さず内心でそんな事を思う。まあ、彼女も実際あれのせいで一時期完全に頭から離れていたのだから仕方ない。
と、そこへなにやら地響きのような音と振動が響き、段々と近付いてきた。4人全員、すぐにその音の相手が誰か思い立つ。
「幽々子さm」
勢いよく襖を開ける妖夢であったが、幽々子によって仕掛けられていた更なる罠に気付くことはなかった。妖夢の真上からいきなり金ダライが落下してきてゴワァンという威勢のいい音を響かせ、頭にクリーンヒットする。
いつもの彼女ならここで意地と根性で持ち直すはずだと思うのだが、何故か今回はそのまま地に沈んだ。
その一瞬後、白玉楼に再び大爆笑する3人の声が響いた。
――――――――――――
「あー……笑ったぜ」
「ま、まさか金ダライまで仕掛けてるなんて……」
「は、初めて笑いでお腹痛くなったわ」
魔理沙、霊夢、レミリア。3者3様の感想を述べつつ再び幻想郷の空を飛行していた。未だに尾を引いているのか、レミリアはほぼ涙目である。
話を元に戻して魔理沙の言った話の事では、結局白玉楼の幽々子と妖夢は白であった。幽々子の話によると
「その頃はまだ妖忌がいたからね。妖夢も修行ばっかりしててそれ以外のことに手が回らなかったし、私は私で妖忌に外出を禁じられていたから」
だそうだ。
「さてと、今度はあの半獣の家だな」
「その後に永遠亭、魔界ね……本当に今日一日で回りきれるのかしら……」
魔理沙の言葉に霊夢は疑問の声を上げる。
「魔界ね……一度でいいから行ってみたかったのよね」
「あそこの神は凄いぜ」
「どんな風に凄いの?」
「まあ、それは見てからのお楽しみだぜ」
「無視された……」
レミリアと魔理沙が会話を始めるが、無視された霊夢は少し落ち込みながら先に進む。
彼女らの向かうは、知識と歴史の半獣と蓬莱の人の形の守護する人間達の集落……
――――――――――――
人間達の集落の外れ付近に存在する上白沢慧音の家。日本家屋の趣を置いたその家の客間には、ここの主の友人である藤原妹紅、そして前記の霊夢、魔理沙、レミリアの4人がいた。
「はぁ?14,5年前に人間界へ行かなかったかですって?」
「そうだぜ」
「行くも何も、その頃の私は輝夜のアホが引っ切り無しに使わせてくる刺客連中を蹴散らすので手一杯だったわよ」
魔理沙の問いに彼女達の向かいに胡坐をかいて座っている妹紅は言った。言っては何かもしれないが、行儀が悪い。
「それに博麗大結界だっけ、あれを越えてまで人間界に行く理由も無いしね」
さらに付け足した。それを聞いて魔理沙達はうなる。と、そこへ
「妹紅、行儀が悪いぞ」
「あらけーね」
「お邪魔してるわよ」
「だぜ」
この家の主である上白沢慧音が襖を開けて入ってきた。手には霊夢達の人数分の湯飲み、そして煎餅が入った笊を乗せたお盆を持っている。
「で、一体ここに来たのには如何なる理由があるんだ?」
「ああ、それはな……」
魔理沙は本日五度目になるアリスから聞いた物語を話し始めた。
――――――――――――
「そういうことか……」
「ふーん」
慧音と妹紅は話を聞いて適当に返答した。妹紅は殆ど関係ないと言った表情であったが。
「で、だ。14,5年前に人間界に行った事が無かったかって聞いて回ってるんだ」
「……お前達それがどれだけ不毛で無意味な作業か分かってやってるのか?」
「最近暇だったから偶にはと思って」
「霊夢に同じく」
ずっぱりきっぱり言った霊夢とレミリアに、慧音は頭痛でもしたのか頭を抱えて溜め息を1つ吐いた。
「私は無理だ。その頃も里を守る事と妹紅の事で手一杯だったからな」
「ふむ……そうか」
煎餅を頬張る魔理沙。話を聞き終えて立ち上がろうとするが、ちょっとどうでもいい事を思いついて聞いてみることにした。
「ちょっと今の話題とは外れるが」
『?』
「お前達って……胸、どれくらいあるんだ?」
いきなり自分の胸の話になって妹紅は怪訝な顔をし、慧音は一気に紅潮する。
「何でいきなり胸の話になるのよ?」
「結構あるじゃないかお前達。だからどれくらいあるか気になった」
「そうね、一体何を食ったらそんなに大きくなるのか聞きたいわね」
珍しく霊夢が殺気を飛ばしつつ言ってきた。さらにはレミリアも顔はいつも通りだが殺気を多分に放っている。やはり彼女らも胸は気になってた模様だ。
暫くの沈黙の後、観念したのか
「3尺だけど」
「……2尺9寸だ」
妹紅は平然と、慧音は恥ずかしいのかぽつぽつとかろうじて聞き取れるくらいの小声で言った。
「……案外輝夜がお前に刺客を送りつけるのは、胸のでかさに嫉妬してだったりしてな」
「まさか、幾らなんでもそれは無いでしょ」
笑いながら手をパタパタと振り、魔理沙の言葉を否定する妹紅。
「いやいや、案外ありえなくも無いぜ。嫉妬っていうのは時として突拍子も無い行動に出ることもあるからな」
「まあ確かに。輝夜も見た感じ平面だったからねぇ」
横から霊夢が援護射撃をしてきた。顔はいつもどおりだが何故か妙に怖い雰囲気を曝け出しているのは気のせいであるから大丈夫だと思いたい。
「でもさぁ、流石にそれだけで人を殺すような理由にはならないわよ」
それでもその可能性を否定する妹紅であった。
「それもそうだな。んじゃ、そろそろ私達は行くぜ」
「ご馳走様」
「ちょっと待った」
「ん?」
魔理沙とレミリアは部屋を出ようとしたが、唐突に霊夢がそれを止めた。
「どうかしたの?」
「あのさ、慧音」
「ん?」
数秒程度の沈黙。そして霊夢は口を開いた。
「このお茶の葉何を使ってるの?」
『はぁ?』
慧音、妹紅、魔理沙、レミリアは霊夢の突拍子も無い言葉に全く同じ疑問の声を上げた。
――――――――――――
「まったく……あんなこといつだって聞きに行けるだろうに」
「いいじゃないのあれくらい……」
慧音の入れたお茶の葉を聞き出して各々、感想を述べつつまた幻想郷の空を飛んでいた。3人になってからの3度目の飛翔である。今度向かう先はこの前の月の異常の張本人であり、新たな幻想郷の住人となった月の姫蓬莱山輝夜達の住まう永遠亭であった。
「流石にそろそろ飽きてきたかも……」
「おいおい、この他に魔界もあるんだぜ、ここでへばってどうするんだよ」
「あのさあ、こう何人も外ればっかだと流石に嫌気がさしてくるわよ普通」
「甘いぜ。そんなんじゃあいつまで経っても成長できないぜ」
「どの辺が」
「胸……っておい冗談だって分かった私が悪かったから夢想天生のスペカ出さないでくれ!」
「……」
いきなり霊夢は必殺の気迫を曝け出して夢想天生のスペルカードを懐から取り出したため、慌てて謝る魔理沙であった。
そんな中レミリアはと言うと
「魔界……魔界……一度行って見たかったのよね……どんな所かな」
頭の中で色々な妄想を膨らませていた。
――――――――――――
「はぁ……そんな事してたのね」
竹林の奥深くにひっそりと佇む永遠亭。そこには先の月の異常の主犯格である蓬莱山輝夜達が住まう場所であった。
霊夢と魔理沙とレミリアはそこの四季の間に通されて、今まで多くの人妖達に話してきた内容を蓬莱山輝夜の友人兼使用人(?)である八意永琳に話す。ついでにこの間には鈴仙・優曇華院・イナバと因幡てゐもいた。まあ、てゐの方は話に興味を持っておらず、一心不乱に人参にかじりついていたが。
「で、だ。14,5年前にお前達の中で人間界に行った事ある奴は……居そうにないな」
「まあね。私達はやって来る筈の無い月人から逃れるためにこうやってひっそりと住んでたからね」
「てゐはどうなの?」
霊夢がてゐを見て言うが鈴仙がそれを遮り
「彼女も一緒。20年ぐらい前からここに住み始めてずっと一緒にいたから」
そこへ援護射撃のように永琳が続けた。
「それに、あの博麗大結界だっけ?あんな私が本気でも創れない―――ってことは無いけど、まあ長期の維持は不可能なくらい強力な結界を超える手段なんて持ち合わせて無いわよ」
『えっ?』
魔理沙、レミリア、そして霊夢や鈴仙までもが永琳の言葉に絶句する。
「この前の一件以降に博麗大結界を少し調べたのよ。そりゃあもう凄いの何の。存在気迫は当たり前、さらには空間の完全遮断に外から中へ、または中から外への総ての力の移行を断絶。あんな大規模な結界を千年単位で維持してるのが私には驚きだったわね」
永琳の説明に一同驚きの色を隠せない模様。
「冗談だろ……おい」
「師匠にすら無理といわせるなんて……」
「まさか私もそんな力があるとは思って無かったわよ……」
「よく分からないけど……凄いってのは認めるわ」
「あのスキマ妖怪ってとんでもないものを見てるんだなぁ」
「まあ、そんな所よ。それにしても……」
と、ここで永琳は言葉を区切って3人を見回し
「貴女達ってよくこんな不毛なことをする気になったわね」
「いやぁ……まあ」
「最近暇だったし、こういうのも偶にはいいかなって」
「霊夢に同じく」
魔理沙は口を濁し、霊夢とレミリアは真面目に答えた。
「というか慧音にも同じ事を言われたわね」
「だなぁ……」
「慧音って、あの半獣よね……」
「そうだぜ」
永琳はそのまま手を顎に当てて黙る。何か考え事でもしているのだろうか……
「そういえば……姫ってどうしてあの妹紅って子に刺客を送り続けてるのかしら?」
「そういえばそうですね」
「お前ら今まで気がつかなかったのか?」
「ええ。姫にいくら問い質しても理由を教えてくれなかったのよ」
「うーん……同属嫌悪とか?」
魔理沙の案にしかし永琳は首を横に振り
「そんな感じじゃなかったわね。刺客を送るときにいつも出してた感情は、あえて言うなら……嫉妬かしら?そんな感じだったわ」
「嫉妬だけで相手を殺そうとするか……つくづく宇宙人って怖いな」
肩を竦ませながら言う。そこへ鈴仙があの狂気の眼を発動させながら言ってくる。
「それは私達に喧嘩売ってるの?」
「気のせいだぜ」
それを適当に流す魔理沙であった。
「はぁ……ここも外れね」
「まあ、こういう日もあるさ」
じゃ、行くぜと魔理沙が言おうとした次の瞬間。
「うふ、うふ、うふふふふふふふふ」
怪しげな笑い声に一同、特に霊夢はビクリと肩を震わせ、霊夢以外はその声のした方向―――開いていた廊下への襖の方―――を向き、霊夢は魔理沙の方を見る。
「何で私を見る?」
「前科有りだからよ」
「今のは私じゃないぜ」
内心で舌打ちしつつも霊夢は廊下の方を見る。そこにはこの永遠亭の主である蓬莱山輝夜の姿があった。但し、額に青筋を立てつつ端から見たら目茶苦茶怖い笑みを浮かべている……
「ふふ……ふふふ……今日こそ、妹紅を殺してやるわ……」
「……そう、こんな感じよ」
「成る程……」
永琳が小声で魔理沙達に告げ口する。輝夜はそのまま廊下を奥へ歩いて行った。
「ありゃあ嫉妬の域を超えつつあるな……もう殺意と言ってもおかしくないぜ」
「確かにね……」
一同部屋から顔を出しつつ輝夜を見る。当の彼女はもうとてつもない殺意を曝け出している。擬音で表現すれば恐らくドドドドやらゴゴゴゴというものが最も当てはまるであろう……
「でも何であんな風に妹紅を執拗に狙うのか分からないのよね」
「案外妹紅って子の胸に嫉妬してだったりして」
レミリアは、先の慧音の家で魔理沙が言ったことと同じことを言う。「まさか、それは無いでしょ」と永琳が否定しようとしたが、それは輝夜の次の叫び声でかき消された。
「ムッキーーーーーーーー!でかけりゃいいって物じゃないわよーーーーーーーー!!」
――――――――――――
鈴仙や永琳を含み、てゐを除く一同、唖然。そして魔理沙とレミリアは本日3度目になる笑いのポイントを突かれて今にも噴出しそうな感情を必死に堪えていた。
「……一番ありえない可能性が当たる時って、こんな何も思いつかなくなるような感覚なのかしら」
「多分そうだと思うわ……」
「姫って……一体」
永琳は部屋から出て輝夜のところへ行く。もしも彼女がそのまま無視していればまた別の結末が訪れていたであろうが、この後何が起こるのかはここにいる全員が予想することは無かった。
「あの……姫?」
「何……」
ゆっくりと輝夜は顔を永琳のほうに向ける。ただそれだけの動作なのに……どうしてこうも殺意が出てくるのか、謎である。
その前代未聞級の殺意を一心に受けて2,3歩後ろに下がる永琳であったが、覚悟を決めて口を開いた。
「今の叫び声、聞こえてたんですけど……もしかして」
「……」
たった1歩、輝夜は永琳に向かって歩いただけだというのに、永琳にとっては輝夜が何倍も大きくなったような錯覚を感じた。八意永琳、こんな感覚は人生始まって以来のことであるから何をすればいいのか判断に迷う。
1歩輝夜が永琳に近付くたびに永琳は1歩後ずさり……やがて霊夢達のいる四季の間の前でその距離はほぼ零になった。
輝夜はそのまま永琳の胸を見る。大きさは妹紅や慧音、そして美鈴とまでは行かないにしろそれなりに大きく、形もよい胸があった。
輝夜はその胸を見て諦めたかのように首を横に振り、言った。
「無理よ。貴女に私の気持ちなんて分からないわ」
「えっ……」
「それはどういう意味ですか」と言おうとしたが、言うより早く輝夜はいきなり両手で永琳の胸を鷲掴みにする!!
「何ですかこの乳はぁ!!でかけりゃいいって物じゃないわよ!!」
「えっ!あっ、ち、ちょっと姫!!」
何故自分がこんな目に合うのか戸惑う永琳。彼女が混乱している時も輝夜の攻撃は続く。
「むかつくむかつくむかつくーーーー!!これは皆平等にあっていい物なのに何でこんなに差があるのよ!!卑怯だわ!ずるいわ!反則だわ!不公平だわ!不条理だわ!!」
「あ、や、やめてください姫!!い、痛いですって!!」
「ムッキーーーーーー!!反対反対断固反対!!巨艦巨砲主義絶対断固反対ーーーーーー!!」
「あ、ち、ちょっと!乳首つねらないで下さい!!痛いです痛いですって!ああもう無理駄目誰か助けて!!」
永琳は自分の手に負えないとして四季の間の連中に助けを請うが
「あら、このお茶中々いい味ね」
「そう?師匠お手製のお茶の葉使ってるから」
「へぇ、あの人ってこういうことも出来るんだ……うん、美味しいわ」
「うーん……私としては霊夢か咲夜の炒れたお茶の方が好きね」
「そうか?私はこの味も嫌いじゃないぜ」
「……」
一同、廊下で行われている修羅場を完全無視してまったりほのぼのムードに入っていた。
「無視しないでよ!って、あ、あんっ!ちょ、いいかげんやめてくだ……ひあっ!!やめてください!!」
何やら目どころか色々当てられない状況になってきている輝夜と永琳の2人。それを無視して霊夢達は永遠亭を出ることにした。
後日鈴仙から聞いた話によると、あの輝夜の八つ当たり攻撃は1時間近く続いた模様である。
――――――――――――
「で、最後の魔界はどうするの?」
「ああ、それか」
永遠亭の目どころか色々当てられない修羅場を無視して霊夢達は最後の目標である魔界を目指す所であったが……
問題はその魔界への入り口である。以前魔界神と戦いに行った時に使った入り口は、こことはもうあさっての方向である。
「大体魔界への入り口ってこの辺じゃなかったじゃないの」
「大丈夫だぜ。ま、付いて来たら分かる」
結局何度聞いてもそうとしか答えなかったため2人は魔理沙に付いて行った。霊夢はもうどうでもいいや的な表情であったが。
「この先だぜ」
「……確かにここから普通とは違う空気の感覚がするけど……本当にここが魔界の穴なの?」
「疑り深い奴だな。私が大丈夫だって言ってるんだから大丈夫だぜ」
魔理沙が降り立った場所は永遠亭の周りを囲む竹林のさらに奥、もう日の光すら余り届かないくらいに深い場所であった。確かに、この辺は空気が普通とは明らかに違うのだが、位置的にあの永遠亭の住人達が気付かない訳が無い筈である……
何が大丈夫なのか分からないが、魔理沙の言葉をもってしても半信半疑な霊夢であった。
「ふふ……どんな所かなー」
反面、物凄く楽しそうな顔をしているのがレミリアであった。日光が殆ど来てないため、既に日傘は開いておらずに手に持っているだけであった。
「さてと……この辺か」
暫くして魔理沙は霊夢やレミリアに辛うじて聞こえるくらいの声で何やら唱え始めた。
「開放」
詠唱を幾度か繰り返し、その言葉を引き金にして、表れたのは人1人が入れるくらいの空間の歪み。
「へぇ……よくこんな魔法知ってるわね」
「まあな」
「どんな所かな……わくわく」
「じゃ、霊夢。先行ってくれ」
「何で私が!?」
「私はこの歪みの制御があるからな。最後に行くぜ」
「はいはい……まったく」
ぶつぶつ愚痴を言いつつも歪みに飛び込む霊夢、そしてレミリアが続き、魔理沙は歪みを少しずつ小さくさせつつ入っていった。
彼女達3人が居なくなって暫くの間、その魔界への入り口(らしきもの)は開いていたが……やがて小さくなっていき……何事も無かったかのように無くなっていった。
――――――――――――
「あ……」
「あれ……」
「何で……」
「誰?」
確かに穴は魔界へと続いていたようで、歪みを抜けるとそこは既に幻想郷ではなかった。無かったのだが……
抜けた先の数メートルほど先の空間に1人の少女が浮いていた。巡回でもしてたのか、はたまた単なる散歩なのかは少女本人のみぞ知るところだが。
霊夢と魔理沙は必死に過去の記憶を呼び起こす……確か魔界へ行くときに一番最初に表れてあっさりやられた魔界への門を守護する相手で、名前は……
「えっと……サラ……だっけ?魔界の門を守ってて一番雑魚だった」
「あ、あんたはあの時の!」
記憶照合完了。確かに彼女は魔界への門を守っていた門番のサラであった。向こうの方も誰が来たのか分かったようだ。
「で、こっちはあの時の魔法使い……一体何しに来たのよ!?」
「いや……ちょっとあのヘタレ魔界神の様子を見に……」
魔理沙が頭を掻きながら言うがサラの方は何ら聞く耳持たず
「最近は人間界への出入りは程々にしてるってのに……一体何が目的よ!」
「いや、さっきも言っただろ……」
「確かにそうかもしれないけど……って、通さないわよ!私はここを守るように言われたんだから!」
「場所は変わっても門番の職は変わらないんだな」
「というか門番って倒される為だけに在るようなものじゃないの?」
全幻想郷の門番に喧嘩を売りそうな台詞をレミリアは平然と吐いた。
「名前も知らない貴女に言われたくない気が……まあいいわ!」
そう言ってサラが右手を振るった瞬間、彼女の後方より現れる幾つもの気配。
「どおしても通してくれないわけ?」
「当たり前よ!」
「守りは堅い……か」
レミリアが静かに言い放ち、少しだけ後ろに飛ぶように後退し
「肩慣らしに調度いい。霊夢、魔理沙、行くわよ!」
「了解!」
「とっとと片付けるぜ!」
つい一瞬前まで頭の中にあった目的も既に忘れ、久しぶりとも思える弾幕ごっこに3人は胸を高鳴らせた。
そして、ここでも幻想郷名物の弾幕ごっこがいつものごとく開始される……
――――――――――――
「し、ししししししし神綺様ーーーーーーー!!」
「どうしたのよ夢子ちゃん?そんなに慌てて」
「あ、ああああああのあのあのででですね……ええっと何って言ったらいいのかええとええとええと」
「落ち着いてよ。言いたいことが分からないって」
「あうあうあうあうあう!」
「……深呼吸。はい吸ってー」
「すぅーーーーー」
「吐くーーー」
「はぁーーーーー」
「落ち着いたわね。で、何があったの?」
「ええっとですね!あの巫女と魔法使いが『また』やって来ました!!!」
自分の使用人である夢子の言葉に魔界神・神綺の視界は、ビシッという本来聞こえない筈の空間が軋む音と共に反転した。
――――――――――――
魔界は今や大量の弾幕と共に霊夢、魔理沙、レミリアの3人の独壇場と化しつつあった。
ここより放たれる弾丸の大半が彼女達の迎撃のために使わているが、それらは全て意味を成すことなく、逆に霊夢達の放つ弾幕は確実に魔界の防衛戦力を削っていった。
「魔符「スターダストレヴァリエ」!!」
先陣を切る魔理沙がスペルカードを展開して弾幕を張り、後ろの霊夢とレミリアが魔理沙の撃ち漏らした敵を倒していく。
3者3様の弾幕と共にどんどん撃墜されていく魔界の住人達。そしてそれらの必死の防御を切り抜けつつ神綺の居る場所……パンデモニウムへと向かう霊夢達。
「歯応えが無いわね……行け!」
「あんたは妹としょっちゅう弾幕(や)ってるからなんじゃないの?疑似陰陽玉展開!起動!」
レミリアはナイトダンスで自分の左にいた敵を打ち落とし、霊夢は最近習得した疑似陰陽玉―――陰陽玉の形をした使い魔みたいなものである―――を2つ召喚して任意攻撃命令を送った。
そして3人はそのままパンデモニウムへ……
――――――――――――
「いょうヘタレ魔界神」
「また来たの貴女達……今日は祟り神と緑髪の妖怪は居ないみたいだけど?」
「いやまあその、ちょいっと用事があったんだがなぁ」
「ねぇ……」
神綺は霊夢と魔理沙を交互に見回し……そして以前はいなかった1人の少女―――背中に蝙蝠の翼があるから人間ではないことは確かだ―――を見る。
少女は何やらこの世のものではない様な物体を見ているような表情で此方を見ていた。霊夢も魔理沙もどうやら何を言っていいのか悩んでいる模様で神綺は黙って次の彼女達の言葉を待つことにした。
そして少しの沈黙の後。行動を起こしたのは少女の方だった。
「霊夢、何なのあの威厳の欠片も存在し得ないような馬鹿は?」
「ば、馬鹿ですってぇ!!」
「あーレミリア。一応言っておくけどあれが……まあここの神様の神綺って奴よ……あのアホ毛のせいで信じられないでしょうけど」
霊夢の言葉を聞いてレミリアと言う少女―――否、吸血鬼か。口の中に異常に長い八重歯を見かけたから―――はハンッと鼻で笑い
「あんなのが魔界神ですって!?片腹痛いわね。よくもまあ恥というものを知ってか知らずか、そんなアホ毛を堂々と付けていられるわねぇ!」
「まあ、信じられないよなぁ。誰がどっから見ても低カリスマを地で行ってる奴だから」
「普通はねぇ」
魔理沙は知ってか知らずか、先のレミリアの言葉ですら怒りをあらわにしている神綺へ火に油を注ぐ発言をする。そして霊夢もまた援護射撃を発動させた。
「貴女達……もしかして死にたいの……」
かく言う神綺の表情は最早先の蓬莱山輝夜に勝るとも劣らない位の殺意を含ませ、感情の感じられない声で静かに言った。のだがやはり、頭のアホ毛の所為でそれらは全て台無しとなっていた。
「アホ毛を平然とつけてるヘタレ神様に言われても、恐怖の欠片も感じられないわ」
「言ってくれるわね。自尊心の塊の癖に弱点だらけでお天道様の下も歩けない雑魚吸血鬼の分際で」
最早売り言葉に買い言葉。この2人のたった数言だけの言葉で途轍もないほどの険悪な雰囲気が周囲に漂っていた。一方の魔理沙たちは。
「こりゃあどうするよ霊夢?」
「私に振らないでよ」
「しょうがないか……」
あっさり躱された魔理沙は溜め息を1つ吐き、両手を上げて……力強く、両手をクロスさせると同時に言った。
「ファイト!!」
――――――――――――
「はぁ……そんな事をしてたのね」
「ええまあ」
「で、ここへ聞きに行こうとしてたらな、魔界に入って直ぐに以前真っ先にやられた門番の……確かサラって奴が勝手にこっちが攻め込んできたって勘違いしてな、まあ面倒だから切り抜けつつ向かってきたんだが」
神綺の使用人である夢子に事の顛末を話す霊夢と魔理沙。因みにレミリアと神綺といえば。
「このおっ!吸血鬼の分際でさっさとやられなさい!大罪「-アモン- 強欲ナリシ魔王」!!」
「甘い、甘いわ!そんな弾幕じゃあ私どころか蝿の一匹も落せないわよ!神罰「幼きデーモンロード」!!」
最近開発でもしたのか、神綺は七つの大罪を司る魔王を冠したスペルカードを発動してレミリアを落そうとするが、レミリアの方も負けじとスペルカードを発動して応戦する。
激戦も激戦。大量の弾幕やレーザーがレミリアと神綺のいる空間の大半を埋め尽くしているが、予め発動していた結界に阻まれ、流れ弾が霊夢達の所へやって来るということは無かった。
「あんたらの中に14,5年前に人間界に行った事のある奴っていないのか?」
「分からないわね。魔界人って言っても私やアリスちゃんだけじゃないし……それに最近は人間界に行く理由も余り無いから」
「外れみたいね……」
「のようだなぁ……」
ハァと溜め息を吐く魔理沙。
「結局全部外れか……」
「一体全体そもそも何でこんな事を聞きに行こうと思ったのよ?」
「いやまあその、どうやって博麗大結界を超えて人間界へ行けたのか方法を聞こうと思ってな」
「ふぅん……」
こうも外ればっかりだったので、とうとう観念したのか魔理沙は今回の行動の動機を言ったが、霊夢は別にそれに興味を示すことは無かった。
「……貴女達の話しからするともう他の場所にも行ったみたいね」
「ええ。結果は今言った通りよ」
「よくこんな無駄なことをやったわねってのが第一印象だけど、他人のやることに一々口出しはしないで置くわね」
「その時点で既に口出ししてるじゃないか……」
ジト目で夢子を睨む魔理沙、それに彼女は「気のせいよ」と言って肩をすくめた。
「それにしても……結構いい勝負してるなぁ……レミリアと神綺の奴……」
「そうねぇ……」
「神綺様って以前貴女達に負けてから新しい弾幕とか考えてたからねぇ」
最早目的自体に興味を失った魔理沙は話を結界の外の弾幕ごっこに向ける。意外にも弾幕を放ってはいるが、それが全く意味を成さない……双方決め手に欠けた状態が続いていた。いわゆる膠着状態である。
「いい加減、ヘタレはヘタレらしく地べたに這い蹲りなさい!紅魔「スカーレットデビル」!!」
「貴女こそ!私の5分の1も生きてなさそうなガキの癖に偉そうにしてるんじゃないわ!!大罪「-サタン- 憤怒セシ悪魔王」!!」
「……レミリアのスペカと神綺の大罪の内容からして、そろそろ打ち止めで引き分けにコイン1個」
「……レミリア贔屓じゃないけど、僅差で彼女が勝つにコイン1個」
「神綺様が勝つにコイン1個」
いつの間にか2人の弾幕勝負は魔理沙達の賭けの内容に使われていた。しかもちゃっかり夢子まで参加している。
そのまま3人は永遠に紅い幼き月と魔界神による弾幕勝負の結末を待つことにした。
――――――――――――
「ふっ……所詮ヘタレはヘタレ。私の敵じゃないわ」
「その割にはラストスペル発動するくらいまで追い込まれてたじゃないの」
「た、たかが吸血鬼に負けた……」
勝ち誇るレミリア―――霊夢の鋭い突っ込みに一筋の汗が流れたのを霊夢達3人は見逃すことは無かった―――と、がっくりと項垂れる神綺。まー結果は言わずもがな、レミリアの辛勝であった。
「それよりも魔理沙」
「わかってるよ……ったく」
霊夢は賭けの報酬を魔理沙から頂く。既に夢子からは頂いている。
「し、神綺様……大丈夫ですか?」
夢子が近付いていくと神綺はなにやら地面に「の」の字を書き始めた。
そして遂に
「しくしくしく……どうせ私はヘタレなのね……吸血鬼如きに負けるなんて……」
もう自分が神である事すら忘れて泣き出した……どうやらレミリアに負けたのが相当ショックだったようだ。
そんな事を知ってか知らずか、レミリアは自分の事を棚の5段ぐらい上にあげてさらに捲し立てた。
「そうよ!貴女はどうせヘタレなのよ!いいヘタレ!ヘタレは何時まで経ってもヘタレなんだからヘタレはヘタレらしくアホ毛の手入れでもしてなさい!何故なら貴女がヘタレだからよ!分かったわねヘタレ!!」
「言い過ぎよ」
其処へ間髪入れず霊夢がグーでレミリアの頭を叩く。ガンッという中々にいい音が響いた。
「いたたたた……何するのよー」
「自分の事を棚に上げてそういう言い方は無しよ。あいつなら『ヘタレ魔界神は逝って良し!』ぐらい言わないと」
「あ、それいいわね♪」
2人で神綺への暴言を吐いてる最中、魔理沙は「50歩100歩だな」と言おうとしたが、何をされるか分かったもんじゃないので喉もとのあたりでその言葉を飲み込んだ。
「……」
「え、えーっと……神綺様?」
「ウツダシノウ……」
「ってち、ちょっと待って下さい!だ、大丈夫ですよ。神綺様は例えそそり立つアホ毛で弾幕が私より弱くて低カリスマと呼ばれててもれっきとした魔界神なんですからね、ね……って、ぐ、ぐるじいでず……ぐびじめな゛い゛でぐだざい……」
「貴女は私を励ましたいの?それとも喧嘩を売りたいの?」
途轍もないほどの余計な台詞を夢子は平然と吐き、それが意外と言うか当然と言うか、逆鱗にクリーンヒットして神綺は夢子の首を引き抜きかねない勢いでしめる。鬱になったり怒ったり……中々に忙しい魔界神である。
「さて……ここも外れ、全部外れ。これからどうするの?」
「そうだなぁ……」
「私はさっさと帰りたいわね。一応魔界神とやらを拝むことが出来たんだし」
「だ……だずげで……ぐぇ……」
霊夢達3人がこれからの事を相談していた矢先、何か凄い訛り声が聞こえたような気がしたが無視しておく。きっと気のせいだ。そうだ幻聴だ。幻聴以外に無いと心の奥底で決定した。
「んじゃ、私達はそろそろ帰るわ」
「ああそう……」
「せいぜいヘタレ度を磨いておく事ね。ヘタレ魔界神さん♪」
「五月蝿いっ!」
「ぎ……ギブギブ……ぎゅう゛」
「……そろそろ離してやれよ」
魔理沙の指摘に「ああそうね」と答えて神綺は夢子の首を絞める手を離した。
そのまま3人は自分達の住まう幻想郷へ……
「ところでどうやって戻るの?」
「………………あ」
――――――――――――
再び場所は幻想郷。但し、日は既に落ち、辺りは闇夜が支配しており、段々と妖怪たちの跋扈する時間へと変化しつつあった。
そんな中霊夢、魔理沙、レミリアの3人は紅魔館付近の湖の上空を飛行―――否、浮遊といった方がいいかもしれない―――していた。
「ようやっと戻ってこれたわね」
「魔界での『あ』はシャレにならなかったわよ……」
「いやぁ悪い悪い。単なる冗談だと思っててくれ」
「あの場所あの状況で軽い冗談で済ませられるとでも思うの!」
珍しく怒っている霊夢であった。
「そういえばあんたが考えてた候補連中はこれで終わりなの?」
「ああ、そうだが?」
「ルーミアやチルノ、レティ」
「ふむ」
さらに霊夢は続けた。
「リリーホワイト、リグル、ミスティアとかはどうなるのよ?」
「……今言った6人の頭にそういう事を考える能力があると思うか?」
ジト目でさりげなく当人達に酷いことを言う魔理沙に、霊夢とレミリアは同じポーズ―――右手を顎に当てて―――で唸り、すぐに同じタイミングで首を横に振った。
「ないわね……言った私が悪かったわ」
「だろ」
「ふぅ……私もう帰るわ。咲夜が心配してるでしょうし」
「さよけ」
「じゃあね」
紅魔館の方に向かいつつ右手を振ってレミリアは霊夢達と別れた。
「で、これからどうするのあんたは?」
「……ま、この件は諦めることにするぜ」
「それが一番ね」
「じゃ、私も帰るとするかね」
「偶にはこういう日も良かったわね……それじゃ」
「おう」
そのまま霊夢と魔理沙も別れ、自分達の寝床へと帰って行った。
――――――――――――
数日後……
「はぁ。そんな事をしてたんですね」
「そうみたいね」
門番達の詰め所にて紅魔館門番の紅美鈴とメイド長の十六夜咲夜が紅茶を飲みつつ、レミリアから聞いた先日の霊夢達の件を話していた。
ふと、咲夜は少し気になることがあったので聞いてみる事にした。
「そういえば、貴女も14,5年前はこの紅魔館にいなかったって話よね」
「ええ、そうですよ」
「その頃って貴女はどうしてたの?」
「あー、その頃ですか」
咲夜が炒れた紅茶を一口飲んで、カップを置きつつ美鈴は少し考え
「人間界に居ましたよ」
「え?」
意外なことに驚く咲夜。それを見ながら美鈴は続ける。
「まあ、いつまでも1箇所にいれませんから放浪しつつ、時々空を飛んだり、人を食べたりしてましたけど……」
「じゃあ、あの白黒の話の人影ってのは……」
「低いですけど、私が空を飛んでる時に偶然見られたって可能性もあるって事ですね。その話の子供の目の錯覚って言ったらそれまでですけど」
「ふぅん」
適当に相槌を打ちつつ咲夜は再び紅茶を口に入れる。そして思った。
(意外な所にあるものなのね……こういう話の事実って)
灯台下暗しとはよく言ったものである……少し違うかもしれないが。
この話をお嬢様に言おうか悩んだが、どうせもう興味を失っていることだろう。レミリア・スカーレット―――いや、博麗霊夢や霧雨魔理沙もだろう―――とはそういう人(?)だというのは、咲夜自身がよく知っているから……
ただ話の中の人影の正体を知るというどうでもいい事の為に幻想郷中を駆け回った3人の結末は、その正体(と思われる)が意外な所にいたということで結末を迎えた。
まあ、そんなどーでもいい一件があった幻想郷だが、今日も相変わらず平和である……紅魔館付近の湖の上空で、いっぱいいっぱいな氷精と1匹見つけたら30匹疑惑のある蛍の妖怪が、白黒魔法使いの魔砲で景気よく吹っ飛ばされたこと以外は。
終わり
そんな主と従者の住まう白玉楼に霊夢、魔理沙、レミリアの3人はやって来ていたのだが。どういう訳か、途中でとある約束をされたのであった。
――――――――――――
「あら?あんた達は?」
「騒霊三姉妹じゃないか」
「お久しぶりね」
「肉ー肉ー」
「メルラン姉さん静かにして」
霊夢達がやって来たとき、あの騒霊の姉妹達が珍しく―――もないか、彼女達も霊体なのだからここにいてもおかしくない―――この白玉楼にいたのだ。相変わらずメルランは何処か壊れているようであったが。
「幽々子様に何か用?」
「ああ、ちょっと聞きたいことがあってな」
「ふーん。それだったら、言っておいたほうがいいわね」
『?』
霊夢達3人は首を傾げるとルナサは少し口元を綻ばせながら
「妖夢の顔を見て笑ってもいいけど、理由を聞かれたら……くくっ……絶対に、何も言わないことよ……ぷっ」
途中で思い出し笑いをするが、必死に堪えて言う。優等生然としているルナサですら必死に笑いを堪えさせるようなこととは一体何なんだろうか。
「よく分からないけど……言わないで置くわ」
「あはははーーー肉ーー肉ーー」
「やかましい」
霊夢は陰陽玉を操作してメルランの頭にクリーンヒットさせる。「グエッ」と呻いて倒れるが無視。
「じゃ、私達はそろそろ帰るわ」
そう言って騒霊’Sは霊夢達の向かってきた方向へ飛んでいった。因みにメルランは完全に無視されていた。リリカは今に始まった事ではない気がするが、ルナサも意外と外道である。
「一体何なのかしら?」
「さあ?わからないわ」
「まあ、あの亡霊嬢が庭師に何か悪戯したんだと思うぜ」
――――――――――――
そんな約束事ともいえないものである。まあ、3人とも一応破るつもりは無い……恐らく多分きっと。
「あら?あなた達は」
と、そこへ先程騒霊三姉妹たちに言われた幽玄の庭師こと半人半霊の魂魄妖夢が現れた……のだが。
『ぷっ……』
3人、彼女の姿を見て全く同じタイミングで吹き出した。もしも3人の誰かが口の中にお茶などを含んでいたら確実に勢いよく噴出したであろう。
「どうしたの?」
「い、いえ……なんでも……無いわ」
問いかけた妖夢に霊夢は口を押さえて極力妖夢を見ないように必死に笑いを堪えながら言った……のだが限界が近そうだ。魔理沙も笑いを堪えてはいるものの顔は紅潮しており、レミリアは後ろを振り向いてはいるが既に肩が震えていた。
「ゆ、幽々子は……いる?……くくっ」
「幽々子様なら部屋にいるわよ」
「あ、ありがとう……ぷぷぷ……」
そこへレミリアが霊夢の肩に手を置いた。振り向くとただひたすらに笑いを堪えるかのように頬を膨らませ、全速力で首を横に振っている。手で口を塞いでいるが、言おうとしていることは何となく分かる。即ち「もう駄目限界堪えられない」
「?何か私の顔についてる」
「くっ……くくっ、べ、別に何もついて……ないぜ」
「……そう。じゃ、私は木の剪定があるから」
「え、ええ……」
妖夢が背中を見せて空を飛び、姿が見えなくなったのを霊夢達が確認した瞬間。
白玉楼に大爆笑する3人の声が響いた。
――――――――――――
今日になって何かがおかしい。半人半霊の庭師である魂魄妖夢は疑問に思った。何故か今朝から道行く霊体皆が妖夢の顔を見るなり必死に笑いを堪えたり、指を差して笑ったりしているのだ。
理由を問おうにも皆教えてくれず、ただただ笑うばかりであった。さきに出合ったプリズムリバー姉妹も博麗霊夢や霧雨魔理沙、そしてレミリア・スカーレットですらも彼女の顔を見るなり必死に笑いを堪えていたのだ。
何か自分の体に異常でもあるのだろうか……いや、今朝から体のほうは別になんとも無かった。もしかしたら髪型がとんでもないことになっているのかと思い頭を触るが、特に異常は無い。二百由旬の一閃や現世斬でも乱れることの無い自慢の髪形だ。そう簡単に変なことは起きないと思っていて鏡を見ることは無かったが、今回ばかりは自分の顔がどうにかなっているのか確かめたくなった。
剪定を少しだけやりすぐに白玉楼の自分の部屋に戻る。その都度道行く霊達が笑ったり笑ったりしていたため、自然と空を飛ぶ速度は速くなっていた。
「一体何なのかしら?」
襖を開けて綺麗に片付いている部屋に入る。そして余り使うことの無い箪笥の引き出しを1つ開けてその中にある手鏡を取り出して自分の顔を見た瞬間!!
妖夢の視界がホワイトアウトした。
先ず髪型。光の具合によって白銀にも変わるその白髪はちゃんと切り揃えられておりこれは特に異常は無い。そして顔。少々幼さを残すが他人から見ても十分可愛いと思える整った顔立ちも変化なし。だが問題があったのはその顔、額のちょうどど真ん中にあった。
何ら変わることの無い顔。そしてその額の部分に黒い何かで、今にも消えそうだがはっきりとした流麗なる字で……
「肉」と書かれていた。
有無を言わずに妖夢は神速の速さで部屋を出た。手鏡はその場に置いている。いつもならちゃんと元あった場所に戻すのだが、今回ばかりはそんな思考を彼女に求めるのは酷であった。
向かうは、この悪戯の張本人である可能性の最も高い、自らの主である西行寺幽々子の部屋。妖夢は白玉楼の廊下をそれこそ二百由旬の一閃やら現世斬やらの神速をあっさりと超えかねない速度で走った。走った。走った。飛ぶことも忘れて走った。恐らく他人から見れば何が通り過ぎたのか判断すら不可能なくらいの速度で走った。
そして……その先に待ち受けられた更なる罠に気付くことも無く西行寺幽々子の部屋が近付いていき……襖を開けて
「幽々子さm」
そっから先はゴワァンと言うなにやら金属のような音と頭にくる衝撃により遮られた。そしてそのまま意識はブラックアウト……するギリギリのところで意地と根性で踏ん張るが、何故か耐え難い意識の沈殿に襲われ……妖夢の意識はそこで途切れた。
――――――――――――
話は少し戻ってここは白玉楼の主である西行寺幽々子の部屋。そこにはまあ、先の霊夢達3人と西行寺幽々子がいた。
「あー腹痛いぜ……ぷぷっ」
「あ、あんなに笑ったの初めて……」
「それはどうも」
魔理沙とレミリアがそれぞれの感想を述べると幽々子が嬉しそうに言った。まあ言わずもがな、先の妖夢の額の「あれ」である。当然のごとく、犯人は西行寺幽々子である。犯行の動機は妖夢がいつ気付き、そしてどんな反応をするか、という単純な理由であった。
「今度美鈴にでもしてみようかしら……」
「だったらあいつは肉じゃなくて『中』だな」
「それはいいわね♪」
いきなりレミリアと魔理沙は今度の悪戯の打ち合わせを開始する。しかも彼女達のターゲットはやはりというべきか、紅美鈴であった。
「それで、一体何の用なの?」
「おおっと、妖夢の肉の件で危うく忘れる所だったぜ」
「そういえばそうだったわね」
幽々子に問われてやっとここに来た本来の目的を思い出し、魔理沙とレミリアは打ち合わせを一旦中止する。
(あんたら今まで忘れてたんか……)
霊夢は口に出さず内心でそんな事を思う。まあ、彼女も実際あれのせいで一時期完全に頭から離れていたのだから仕方ない。
と、そこへなにやら地響きのような音と振動が響き、段々と近付いてきた。4人全員、すぐにその音の相手が誰か思い立つ。
「幽々子さm」
勢いよく襖を開ける妖夢であったが、幽々子によって仕掛けられていた更なる罠に気付くことはなかった。妖夢の真上からいきなり金ダライが落下してきてゴワァンという威勢のいい音を響かせ、頭にクリーンヒットする。
いつもの彼女ならここで意地と根性で持ち直すはずだと思うのだが、何故か今回はそのまま地に沈んだ。
その一瞬後、白玉楼に再び大爆笑する3人の声が響いた。
――――――――――――
「あー……笑ったぜ」
「ま、まさか金ダライまで仕掛けてるなんて……」
「は、初めて笑いでお腹痛くなったわ」
魔理沙、霊夢、レミリア。3者3様の感想を述べつつ再び幻想郷の空を飛行していた。未だに尾を引いているのか、レミリアはほぼ涙目である。
話を元に戻して魔理沙の言った話の事では、結局白玉楼の幽々子と妖夢は白であった。幽々子の話によると
「その頃はまだ妖忌がいたからね。妖夢も修行ばっかりしててそれ以外のことに手が回らなかったし、私は私で妖忌に外出を禁じられていたから」
だそうだ。
「さてと、今度はあの半獣の家だな」
「その後に永遠亭、魔界ね……本当に今日一日で回りきれるのかしら……」
魔理沙の言葉に霊夢は疑問の声を上げる。
「魔界ね……一度でいいから行ってみたかったのよね」
「あそこの神は凄いぜ」
「どんな風に凄いの?」
「まあ、それは見てからのお楽しみだぜ」
「無視された……」
レミリアと魔理沙が会話を始めるが、無視された霊夢は少し落ち込みながら先に進む。
彼女らの向かうは、知識と歴史の半獣と蓬莱の人の形の守護する人間達の集落……
――――――――――――
人間達の集落の外れ付近に存在する上白沢慧音の家。日本家屋の趣を置いたその家の客間には、ここの主の友人である藤原妹紅、そして前記の霊夢、魔理沙、レミリアの4人がいた。
「はぁ?14,5年前に人間界へ行かなかったかですって?」
「そうだぜ」
「行くも何も、その頃の私は輝夜のアホが引っ切り無しに使わせてくる刺客連中を蹴散らすので手一杯だったわよ」
魔理沙の問いに彼女達の向かいに胡坐をかいて座っている妹紅は言った。言っては何かもしれないが、行儀が悪い。
「それに博麗大結界だっけ、あれを越えてまで人間界に行く理由も無いしね」
さらに付け足した。それを聞いて魔理沙達はうなる。と、そこへ
「妹紅、行儀が悪いぞ」
「あらけーね」
「お邪魔してるわよ」
「だぜ」
この家の主である上白沢慧音が襖を開けて入ってきた。手には霊夢達の人数分の湯飲み、そして煎餅が入った笊を乗せたお盆を持っている。
「で、一体ここに来たのには如何なる理由があるんだ?」
「ああ、それはな……」
魔理沙は本日五度目になるアリスから聞いた物語を話し始めた。
――――――――――――
「そういうことか……」
「ふーん」
慧音と妹紅は話を聞いて適当に返答した。妹紅は殆ど関係ないと言った表情であったが。
「で、だ。14,5年前に人間界に行った事が無かったかって聞いて回ってるんだ」
「……お前達それがどれだけ不毛で無意味な作業か分かってやってるのか?」
「最近暇だったから偶にはと思って」
「霊夢に同じく」
ずっぱりきっぱり言った霊夢とレミリアに、慧音は頭痛でもしたのか頭を抱えて溜め息を1つ吐いた。
「私は無理だ。その頃も里を守る事と妹紅の事で手一杯だったからな」
「ふむ……そうか」
煎餅を頬張る魔理沙。話を聞き終えて立ち上がろうとするが、ちょっとどうでもいい事を思いついて聞いてみることにした。
「ちょっと今の話題とは外れるが」
『?』
「お前達って……胸、どれくらいあるんだ?」
いきなり自分の胸の話になって妹紅は怪訝な顔をし、慧音は一気に紅潮する。
「何でいきなり胸の話になるのよ?」
「結構あるじゃないかお前達。だからどれくらいあるか気になった」
「そうね、一体何を食ったらそんなに大きくなるのか聞きたいわね」
珍しく霊夢が殺気を飛ばしつつ言ってきた。さらにはレミリアも顔はいつも通りだが殺気を多分に放っている。やはり彼女らも胸は気になってた模様だ。
暫くの沈黙の後、観念したのか
「3尺だけど」
「……2尺9寸だ」
妹紅は平然と、慧音は恥ずかしいのかぽつぽつとかろうじて聞き取れるくらいの小声で言った。
「……案外輝夜がお前に刺客を送りつけるのは、胸のでかさに嫉妬してだったりしてな」
「まさか、幾らなんでもそれは無いでしょ」
笑いながら手をパタパタと振り、魔理沙の言葉を否定する妹紅。
「いやいや、案外ありえなくも無いぜ。嫉妬っていうのは時として突拍子も無い行動に出ることもあるからな」
「まあ確かに。輝夜も見た感じ平面だったからねぇ」
横から霊夢が援護射撃をしてきた。顔はいつもどおりだが何故か妙に怖い雰囲気を曝け出しているのは気のせいであるから大丈夫だと思いたい。
「でもさぁ、流石にそれだけで人を殺すような理由にはならないわよ」
それでもその可能性を否定する妹紅であった。
「それもそうだな。んじゃ、そろそろ私達は行くぜ」
「ご馳走様」
「ちょっと待った」
「ん?」
魔理沙とレミリアは部屋を出ようとしたが、唐突に霊夢がそれを止めた。
「どうかしたの?」
「あのさ、慧音」
「ん?」
数秒程度の沈黙。そして霊夢は口を開いた。
「このお茶の葉何を使ってるの?」
『はぁ?』
慧音、妹紅、魔理沙、レミリアは霊夢の突拍子も無い言葉に全く同じ疑問の声を上げた。
――――――――――――
「まったく……あんなこといつだって聞きに行けるだろうに」
「いいじゃないのあれくらい……」
慧音の入れたお茶の葉を聞き出して各々、感想を述べつつまた幻想郷の空を飛んでいた。3人になってからの3度目の飛翔である。今度向かう先はこの前の月の異常の張本人であり、新たな幻想郷の住人となった月の姫蓬莱山輝夜達の住まう永遠亭であった。
「流石にそろそろ飽きてきたかも……」
「おいおい、この他に魔界もあるんだぜ、ここでへばってどうするんだよ」
「あのさあ、こう何人も外ればっかだと流石に嫌気がさしてくるわよ普通」
「甘いぜ。そんなんじゃあいつまで経っても成長できないぜ」
「どの辺が」
「胸……っておい冗談だって分かった私が悪かったから夢想天生のスペカ出さないでくれ!」
「……」
いきなり霊夢は必殺の気迫を曝け出して夢想天生のスペルカードを懐から取り出したため、慌てて謝る魔理沙であった。
そんな中レミリアはと言うと
「魔界……魔界……一度行って見たかったのよね……どんな所かな」
頭の中で色々な妄想を膨らませていた。
――――――――――――
「はぁ……そんな事してたのね」
竹林の奥深くにひっそりと佇む永遠亭。そこには先の月の異常の主犯格である蓬莱山輝夜達が住まう場所であった。
霊夢と魔理沙とレミリアはそこの四季の間に通されて、今まで多くの人妖達に話してきた内容を蓬莱山輝夜の友人兼使用人(?)である八意永琳に話す。ついでにこの間には鈴仙・優曇華院・イナバと因幡てゐもいた。まあ、てゐの方は話に興味を持っておらず、一心不乱に人参にかじりついていたが。
「で、だ。14,5年前にお前達の中で人間界に行った事ある奴は……居そうにないな」
「まあね。私達はやって来る筈の無い月人から逃れるためにこうやってひっそりと住んでたからね」
「てゐはどうなの?」
霊夢がてゐを見て言うが鈴仙がそれを遮り
「彼女も一緒。20年ぐらい前からここに住み始めてずっと一緒にいたから」
そこへ援護射撃のように永琳が続けた。
「それに、あの博麗大結界だっけ?あんな私が本気でも創れない―――ってことは無いけど、まあ長期の維持は不可能なくらい強力な結界を超える手段なんて持ち合わせて無いわよ」
『えっ?』
魔理沙、レミリア、そして霊夢や鈴仙までもが永琳の言葉に絶句する。
「この前の一件以降に博麗大結界を少し調べたのよ。そりゃあもう凄いの何の。存在気迫は当たり前、さらには空間の完全遮断に外から中へ、または中から外への総ての力の移行を断絶。あんな大規模な結界を千年単位で維持してるのが私には驚きだったわね」
永琳の説明に一同驚きの色を隠せない模様。
「冗談だろ……おい」
「師匠にすら無理といわせるなんて……」
「まさか私もそんな力があるとは思って無かったわよ……」
「よく分からないけど……凄いってのは認めるわ」
「あのスキマ妖怪ってとんでもないものを見てるんだなぁ」
「まあ、そんな所よ。それにしても……」
と、ここで永琳は言葉を区切って3人を見回し
「貴女達ってよくこんな不毛なことをする気になったわね」
「いやぁ……まあ」
「最近暇だったし、こういうのも偶にはいいかなって」
「霊夢に同じく」
魔理沙は口を濁し、霊夢とレミリアは真面目に答えた。
「というか慧音にも同じ事を言われたわね」
「だなぁ……」
「慧音って、あの半獣よね……」
「そうだぜ」
永琳はそのまま手を顎に当てて黙る。何か考え事でもしているのだろうか……
「そういえば……姫ってどうしてあの妹紅って子に刺客を送り続けてるのかしら?」
「そういえばそうですね」
「お前ら今まで気がつかなかったのか?」
「ええ。姫にいくら問い質しても理由を教えてくれなかったのよ」
「うーん……同属嫌悪とか?」
魔理沙の案にしかし永琳は首を横に振り
「そんな感じじゃなかったわね。刺客を送るときにいつも出してた感情は、あえて言うなら……嫉妬かしら?そんな感じだったわ」
「嫉妬だけで相手を殺そうとするか……つくづく宇宙人って怖いな」
肩を竦ませながら言う。そこへ鈴仙があの狂気の眼を発動させながら言ってくる。
「それは私達に喧嘩売ってるの?」
「気のせいだぜ」
それを適当に流す魔理沙であった。
「はぁ……ここも外れね」
「まあ、こういう日もあるさ」
じゃ、行くぜと魔理沙が言おうとした次の瞬間。
「うふ、うふ、うふふふふふふふふ」
怪しげな笑い声に一同、特に霊夢はビクリと肩を震わせ、霊夢以外はその声のした方向―――開いていた廊下への襖の方―――を向き、霊夢は魔理沙の方を見る。
「何で私を見る?」
「前科有りだからよ」
「今のは私じゃないぜ」
内心で舌打ちしつつも霊夢は廊下の方を見る。そこにはこの永遠亭の主である蓬莱山輝夜の姿があった。但し、額に青筋を立てつつ端から見たら目茶苦茶怖い笑みを浮かべている……
「ふふ……ふふふ……今日こそ、妹紅を殺してやるわ……」
「……そう、こんな感じよ」
「成る程……」
永琳が小声で魔理沙達に告げ口する。輝夜はそのまま廊下を奥へ歩いて行った。
「ありゃあ嫉妬の域を超えつつあるな……もう殺意と言ってもおかしくないぜ」
「確かにね……」
一同部屋から顔を出しつつ輝夜を見る。当の彼女はもうとてつもない殺意を曝け出している。擬音で表現すれば恐らくドドドドやらゴゴゴゴというものが最も当てはまるであろう……
「でも何であんな風に妹紅を執拗に狙うのか分からないのよね」
「案外妹紅って子の胸に嫉妬してだったりして」
レミリアは、先の慧音の家で魔理沙が言ったことと同じことを言う。「まさか、それは無いでしょ」と永琳が否定しようとしたが、それは輝夜の次の叫び声でかき消された。
「ムッキーーーーーーーー!でかけりゃいいって物じゃないわよーーーーーーーー!!」
――――――――――――
鈴仙や永琳を含み、てゐを除く一同、唖然。そして魔理沙とレミリアは本日3度目になる笑いのポイントを突かれて今にも噴出しそうな感情を必死に堪えていた。
「……一番ありえない可能性が当たる時って、こんな何も思いつかなくなるような感覚なのかしら」
「多分そうだと思うわ……」
「姫って……一体」
永琳は部屋から出て輝夜のところへ行く。もしも彼女がそのまま無視していればまた別の結末が訪れていたであろうが、この後何が起こるのかはここにいる全員が予想することは無かった。
「あの……姫?」
「何……」
ゆっくりと輝夜は顔を永琳のほうに向ける。ただそれだけの動作なのに……どうしてこうも殺意が出てくるのか、謎である。
その前代未聞級の殺意を一心に受けて2,3歩後ろに下がる永琳であったが、覚悟を決めて口を開いた。
「今の叫び声、聞こえてたんですけど……もしかして」
「……」
たった1歩、輝夜は永琳に向かって歩いただけだというのに、永琳にとっては輝夜が何倍も大きくなったような錯覚を感じた。八意永琳、こんな感覚は人生始まって以来のことであるから何をすればいいのか判断に迷う。
1歩輝夜が永琳に近付くたびに永琳は1歩後ずさり……やがて霊夢達のいる四季の間の前でその距離はほぼ零になった。
輝夜はそのまま永琳の胸を見る。大きさは妹紅や慧音、そして美鈴とまでは行かないにしろそれなりに大きく、形もよい胸があった。
輝夜はその胸を見て諦めたかのように首を横に振り、言った。
「無理よ。貴女に私の気持ちなんて分からないわ」
「えっ……」
「それはどういう意味ですか」と言おうとしたが、言うより早く輝夜はいきなり両手で永琳の胸を鷲掴みにする!!
「何ですかこの乳はぁ!!でかけりゃいいって物じゃないわよ!!」
「えっ!あっ、ち、ちょっと姫!!」
何故自分がこんな目に合うのか戸惑う永琳。彼女が混乱している時も輝夜の攻撃は続く。
「むかつくむかつくむかつくーーーー!!これは皆平等にあっていい物なのに何でこんなに差があるのよ!!卑怯だわ!ずるいわ!反則だわ!不公平だわ!不条理だわ!!」
「あ、や、やめてください姫!!い、痛いですって!!」
「ムッキーーーーーー!!反対反対断固反対!!巨艦巨砲主義絶対断固反対ーーーーーー!!」
「あ、ち、ちょっと!乳首つねらないで下さい!!痛いです痛いですって!ああもう無理駄目誰か助けて!!」
永琳は自分の手に負えないとして四季の間の連中に助けを請うが
「あら、このお茶中々いい味ね」
「そう?師匠お手製のお茶の葉使ってるから」
「へぇ、あの人ってこういうことも出来るんだ……うん、美味しいわ」
「うーん……私としては霊夢か咲夜の炒れたお茶の方が好きね」
「そうか?私はこの味も嫌いじゃないぜ」
「……」
一同、廊下で行われている修羅場を完全無視してまったりほのぼのムードに入っていた。
「無視しないでよ!って、あ、あんっ!ちょ、いいかげんやめてくだ……ひあっ!!やめてください!!」
何やら目どころか色々当てられない状況になってきている輝夜と永琳の2人。それを無視して霊夢達は永遠亭を出ることにした。
後日鈴仙から聞いた話によると、あの輝夜の八つ当たり攻撃は1時間近く続いた模様である。
――――――――――――
「で、最後の魔界はどうするの?」
「ああ、それか」
永遠亭の目どころか色々当てられない修羅場を無視して霊夢達は最後の目標である魔界を目指す所であったが……
問題はその魔界への入り口である。以前魔界神と戦いに行った時に使った入り口は、こことはもうあさっての方向である。
「大体魔界への入り口ってこの辺じゃなかったじゃないの」
「大丈夫だぜ。ま、付いて来たら分かる」
結局何度聞いてもそうとしか答えなかったため2人は魔理沙に付いて行った。霊夢はもうどうでもいいや的な表情であったが。
「この先だぜ」
「……確かにここから普通とは違う空気の感覚がするけど……本当にここが魔界の穴なの?」
「疑り深い奴だな。私が大丈夫だって言ってるんだから大丈夫だぜ」
魔理沙が降り立った場所は永遠亭の周りを囲む竹林のさらに奥、もう日の光すら余り届かないくらいに深い場所であった。確かに、この辺は空気が普通とは明らかに違うのだが、位置的にあの永遠亭の住人達が気付かない訳が無い筈である……
何が大丈夫なのか分からないが、魔理沙の言葉をもってしても半信半疑な霊夢であった。
「ふふ……どんな所かなー」
反面、物凄く楽しそうな顔をしているのがレミリアであった。日光が殆ど来てないため、既に日傘は開いておらずに手に持っているだけであった。
「さてと……この辺か」
暫くして魔理沙は霊夢やレミリアに辛うじて聞こえるくらいの声で何やら唱え始めた。
「開放」
詠唱を幾度か繰り返し、その言葉を引き金にして、表れたのは人1人が入れるくらいの空間の歪み。
「へぇ……よくこんな魔法知ってるわね」
「まあな」
「どんな所かな……わくわく」
「じゃ、霊夢。先行ってくれ」
「何で私が!?」
「私はこの歪みの制御があるからな。最後に行くぜ」
「はいはい……まったく」
ぶつぶつ愚痴を言いつつも歪みに飛び込む霊夢、そしてレミリアが続き、魔理沙は歪みを少しずつ小さくさせつつ入っていった。
彼女達3人が居なくなって暫くの間、その魔界への入り口(らしきもの)は開いていたが……やがて小さくなっていき……何事も無かったかのように無くなっていった。
――――――――――――
「あ……」
「あれ……」
「何で……」
「誰?」
確かに穴は魔界へと続いていたようで、歪みを抜けるとそこは既に幻想郷ではなかった。無かったのだが……
抜けた先の数メートルほど先の空間に1人の少女が浮いていた。巡回でもしてたのか、はたまた単なる散歩なのかは少女本人のみぞ知るところだが。
霊夢と魔理沙は必死に過去の記憶を呼び起こす……確か魔界へ行くときに一番最初に表れてあっさりやられた魔界への門を守護する相手で、名前は……
「えっと……サラ……だっけ?魔界の門を守ってて一番雑魚だった」
「あ、あんたはあの時の!」
記憶照合完了。確かに彼女は魔界への門を守っていた門番のサラであった。向こうの方も誰が来たのか分かったようだ。
「で、こっちはあの時の魔法使い……一体何しに来たのよ!?」
「いや……ちょっとあのヘタレ魔界神の様子を見に……」
魔理沙が頭を掻きながら言うがサラの方は何ら聞く耳持たず
「最近は人間界への出入りは程々にしてるってのに……一体何が目的よ!」
「いや、さっきも言っただろ……」
「確かにそうかもしれないけど……って、通さないわよ!私はここを守るように言われたんだから!」
「場所は変わっても門番の職は変わらないんだな」
「というか門番って倒される為だけに在るようなものじゃないの?」
全幻想郷の門番に喧嘩を売りそうな台詞をレミリアは平然と吐いた。
「名前も知らない貴女に言われたくない気が……まあいいわ!」
そう言ってサラが右手を振るった瞬間、彼女の後方より現れる幾つもの気配。
「どおしても通してくれないわけ?」
「当たり前よ!」
「守りは堅い……か」
レミリアが静かに言い放ち、少しだけ後ろに飛ぶように後退し
「肩慣らしに調度いい。霊夢、魔理沙、行くわよ!」
「了解!」
「とっとと片付けるぜ!」
つい一瞬前まで頭の中にあった目的も既に忘れ、久しぶりとも思える弾幕ごっこに3人は胸を高鳴らせた。
そして、ここでも幻想郷名物の弾幕ごっこがいつものごとく開始される……
――――――――――――
「し、ししししししし神綺様ーーーーーーー!!」
「どうしたのよ夢子ちゃん?そんなに慌てて」
「あ、ああああああのあのあのででですね……ええっと何って言ったらいいのかええとええとええと」
「落ち着いてよ。言いたいことが分からないって」
「あうあうあうあうあう!」
「……深呼吸。はい吸ってー」
「すぅーーーーー」
「吐くーーー」
「はぁーーーーー」
「落ち着いたわね。で、何があったの?」
「ええっとですね!あの巫女と魔法使いが『また』やって来ました!!!」
自分の使用人である夢子の言葉に魔界神・神綺の視界は、ビシッという本来聞こえない筈の空間が軋む音と共に反転した。
――――――――――――
魔界は今や大量の弾幕と共に霊夢、魔理沙、レミリアの3人の独壇場と化しつつあった。
ここより放たれる弾丸の大半が彼女達の迎撃のために使わているが、それらは全て意味を成すことなく、逆に霊夢達の放つ弾幕は確実に魔界の防衛戦力を削っていった。
「魔符「スターダストレヴァリエ」!!」
先陣を切る魔理沙がスペルカードを展開して弾幕を張り、後ろの霊夢とレミリアが魔理沙の撃ち漏らした敵を倒していく。
3者3様の弾幕と共にどんどん撃墜されていく魔界の住人達。そしてそれらの必死の防御を切り抜けつつ神綺の居る場所……パンデモニウムへと向かう霊夢達。
「歯応えが無いわね……行け!」
「あんたは妹としょっちゅう弾幕(や)ってるからなんじゃないの?疑似陰陽玉展開!起動!」
レミリアはナイトダンスで自分の左にいた敵を打ち落とし、霊夢は最近習得した疑似陰陽玉―――陰陽玉の形をした使い魔みたいなものである―――を2つ召喚して任意攻撃命令を送った。
そして3人はそのままパンデモニウムへ……
――――――――――――
「いょうヘタレ魔界神」
「また来たの貴女達……今日は祟り神と緑髪の妖怪は居ないみたいだけど?」
「いやまあその、ちょいっと用事があったんだがなぁ」
「ねぇ……」
神綺は霊夢と魔理沙を交互に見回し……そして以前はいなかった1人の少女―――背中に蝙蝠の翼があるから人間ではないことは確かだ―――を見る。
少女は何やらこの世のものではない様な物体を見ているような表情で此方を見ていた。霊夢も魔理沙もどうやら何を言っていいのか悩んでいる模様で神綺は黙って次の彼女達の言葉を待つことにした。
そして少しの沈黙の後。行動を起こしたのは少女の方だった。
「霊夢、何なのあの威厳の欠片も存在し得ないような馬鹿は?」
「ば、馬鹿ですってぇ!!」
「あーレミリア。一応言っておくけどあれが……まあここの神様の神綺って奴よ……あのアホ毛のせいで信じられないでしょうけど」
霊夢の言葉を聞いてレミリアと言う少女―――否、吸血鬼か。口の中に異常に長い八重歯を見かけたから―――はハンッと鼻で笑い
「あんなのが魔界神ですって!?片腹痛いわね。よくもまあ恥というものを知ってか知らずか、そんなアホ毛を堂々と付けていられるわねぇ!」
「まあ、信じられないよなぁ。誰がどっから見ても低カリスマを地で行ってる奴だから」
「普通はねぇ」
魔理沙は知ってか知らずか、先のレミリアの言葉ですら怒りをあらわにしている神綺へ火に油を注ぐ発言をする。そして霊夢もまた援護射撃を発動させた。
「貴女達……もしかして死にたいの……」
かく言う神綺の表情は最早先の蓬莱山輝夜に勝るとも劣らない位の殺意を含ませ、感情の感じられない声で静かに言った。のだがやはり、頭のアホ毛の所為でそれらは全て台無しとなっていた。
「アホ毛を平然とつけてるヘタレ神様に言われても、恐怖の欠片も感じられないわ」
「言ってくれるわね。自尊心の塊の癖に弱点だらけでお天道様の下も歩けない雑魚吸血鬼の分際で」
最早売り言葉に買い言葉。この2人のたった数言だけの言葉で途轍もないほどの険悪な雰囲気が周囲に漂っていた。一方の魔理沙たちは。
「こりゃあどうするよ霊夢?」
「私に振らないでよ」
「しょうがないか……」
あっさり躱された魔理沙は溜め息を1つ吐き、両手を上げて……力強く、両手をクロスさせると同時に言った。
「ファイト!!」
――――――――――――
「はぁ……そんな事をしてたのね」
「ええまあ」
「で、ここへ聞きに行こうとしてたらな、魔界に入って直ぐに以前真っ先にやられた門番の……確かサラって奴が勝手にこっちが攻め込んできたって勘違いしてな、まあ面倒だから切り抜けつつ向かってきたんだが」
神綺の使用人である夢子に事の顛末を話す霊夢と魔理沙。因みにレミリアと神綺といえば。
「このおっ!吸血鬼の分際でさっさとやられなさい!大罪「-アモン- 強欲ナリシ魔王」!!」
「甘い、甘いわ!そんな弾幕じゃあ私どころか蝿の一匹も落せないわよ!神罰「幼きデーモンロード」!!」
最近開発でもしたのか、神綺は七つの大罪を司る魔王を冠したスペルカードを発動してレミリアを落そうとするが、レミリアの方も負けじとスペルカードを発動して応戦する。
激戦も激戦。大量の弾幕やレーザーがレミリアと神綺のいる空間の大半を埋め尽くしているが、予め発動していた結界に阻まれ、流れ弾が霊夢達の所へやって来るということは無かった。
「あんたらの中に14,5年前に人間界に行った事のある奴っていないのか?」
「分からないわね。魔界人って言っても私やアリスちゃんだけじゃないし……それに最近は人間界に行く理由も余り無いから」
「外れみたいね……」
「のようだなぁ……」
ハァと溜め息を吐く魔理沙。
「結局全部外れか……」
「一体全体そもそも何でこんな事を聞きに行こうと思ったのよ?」
「いやまあその、どうやって博麗大結界を超えて人間界へ行けたのか方法を聞こうと思ってな」
「ふぅん……」
こうも外ればっかりだったので、とうとう観念したのか魔理沙は今回の行動の動機を言ったが、霊夢は別にそれに興味を示すことは無かった。
「……貴女達の話しからするともう他の場所にも行ったみたいね」
「ええ。結果は今言った通りよ」
「よくこんな無駄なことをやったわねってのが第一印象だけど、他人のやることに一々口出しはしないで置くわね」
「その時点で既に口出ししてるじゃないか……」
ジト目で夢子を睨む魔理沙、それに彼女は「気のせいよ」と言って肩をすくめた。
「それにしても……結構いい勝負してるなぁ……レミリアと神綺の奴……」
「そうねぇ……」
「神綺様って以前貴女達に負けてから新しい弾幕とか考えてたからねぇ」
最早目的自体に興味を失った魔理沙は話を結界の外の弾幕ごっこに向ける。意外にも弾幕を放ってはいるが、それが全く意味を成さない……双方決め手に欠けた状態が続いていた。いわゆる膠着状態である。
「いい加減、ヘタレはヘタレらしく地べたに這い蹲りなさい!紅魔「スカーレットデビル」!!」
「貴女こそ!私の5分の1も生きてなさそうなガキの癖に偉そうにしてるんじゃないわ!!大罪「-サタン- 憤怒セシ悪魔王」!!」
「……レミリアのスペカと神綺の大罪の内容からして、そろそろ打ち止めで引き分けにコイン1個」
「……レミリア贔屓じゃないけど、僅差で彼女が勝つにコイン1個」
「神綺様が勝つにコイン1個」
いつの間にか2人の弾幕勝負は魔理沙達の賭けの内容に使われていた。しかもちゃっかり夢子まで参加している。
そのまま3人は永遠に紅い幼き月と魔界神による弾幕勝負の結末を待つことにした。
――――――――――――
「ふっ……所詮ヘタレはヘタレ。私の敵じゃないわ」
「その割にはラストスペル発動するくらいまで追い込まれてたじゃないの」
「た、たかが吸血鬼に負けた……」
勝ち誇るレミリア―――霊夢の鋭い突っ込みに一筋の汗が流れたのを霊夢達3人は見逃すことは無かった―――と、がっくりと項垂れる神綺。まー結果は言わずもがな、レミリアの辛勝であった。
「それよりも魔理沙」
「わかってるよ……ったく」
霊夢は賭けの報酬を魔理沙から頂く。既に夢子からは頂いている。
「し、神綺様……大丈夫ですか?」
夢子が近付いていくと神綺はなにやら地面に「の」の字を書き始めた。
そして遂に
「しくしくしく……どうせ私はヘタレなのね……吸血鬼如きに負けるなんて……」
もう自分が神である事すら忘れて泣き出した……どうやらレミリアに負けたのが相当ショックだったようだ。
そんな事を知ってか知らずか、レミリアは自分の事を棚の5段ぐらい上にあげてさらに捲し立てた。
「そうよ!貴女はどうせヘタレなのよ!いいヘタレ!ヘタレは何時まで経ってもヘタレなんだからヘタレはヘタレらしくアホ毛の手入れでもしてなさい!何故なら貴女がヘタレだからよ!分かったわねヘタレ!!」
「言い過ぎよ」
其処へ間髪入れず霊夢がグーでレミリアの頭を叩く。ガンッという中々にいい音が響いた。
「いたたたた……何するのよー」
「自分の事を棚に上げてそういう言い方は無しよ。あいつなら『ヘタレ魔界神は逝って良し!』ぐらい言わないと」
「あ、それいいわね♪」
2人で神綺への暴言を吐いてる最中、魔理沙は「50歩100歩だな」と言おうとしたが、何をされるか分かったもんじゃないので喉もとのあたりでその言葉を飲み込んだ。
「……」
「え、えーっと……神綺様?」
「ウツダシノウ……」
「ってち、ちょっと待って下さい!だ、大丈夫ですよ。神綺様は例えそそり立つアホ毛で弾幕が私より弱くて低カリスマと呼ばれててもれっきとした魔界神なんですからね、ね……って、ぐ、ぐるじいでず……ぐびじめな゛い゛でぐだざい……」
「貴女は私を励ましたいの?それとも喧嘩を売りたいの?」
途轍もないほどの余計な台詞を夢子は平然と吐き、それが意外と言うか当然と言うか、逆鱗にクリーンヒットして神綺は夢子の首を引き抜きかねない勢いでしめる。鬱になったり怒ったり……中々に忙しい魔界神である。
「さて……ここも外れ、全部外れ。これからどうするの?」
「そうだなぁ……」
「私はさっさと帰りたいわね。一応魔界神とやらを拝むことが出来たんだし」
「だ……だずげで……ぐぇ……」
霊夢達3人がこれからの事を相談していた矢先、何か凄い訛り声が聞こえたような気がしたが無視しておく。きっと気のせいだ。そうだ幻聴だ。幻聴以外に無いと心の奥底で決定した。
「んじゃ、私達はそろそろ帰るわ」
「ああそう……」
「せいぜいヘタレ度を磨いておく事ね。ヘタレ魔界神さん♪」
「五月蝿いっ!」
「ぎ……ギブギブ……ぎゅう゛」
「……そろそろ離してやれよ」
魔理沙の指摘に「ああそうね」と答えて神綺は夢子の首を絞める手を離した。
そのまま3人は自分達の住まう幻想郷へ……
「ところでどうやって戻るの?」
「………………あ」
――――――――――――
再び場所は幻想郷。但し、日は既に落ち、辺りは闇夜が支配しており、段々と妖怪たちの跋扈する時間へと変化しつつあった。
そんな中霊夢、魔理沙、レミリアの3人は紅魔館付近の湖の上空を飛行―――否、浮遊といった方がいいかもしれない―――していた。
「ようやっと戻ってこれたわね」
「魔界での『あ』はシャレにならなかったわよ……」
「いやぁ悪い悪い。単なる冗談だと思っててくれ」
「あの場所あの状況で軽い冗談で済ませられるとでも思うの!」
珍しく怒っている霊夢であった。
「そういえばあんたが考えてた候補連中はこれで終わりなの?」
「ああ、そうだが?」
「ルーミアやチルノ、レティ」
「ふむ」
さらに霊夢は続けた。
「リリーホワイト、リグル、ミスティアとかはどうなるのよ?」
「……今言った6人の頭にそういう事を考える能力があると思うか?」
ジト目でさりげなく当人達に酷いことを言う魔理沙に、霊夢とレミリアは同じポーズ―――右手を顎に当てて―――で唸り、すぐに同じタイミングで首を横に振った。
「ないわね……言った私が悪かったわ」
「だろ」
「ふぅ……私もう帰るわ。咲夜が心配してるでしょうし」
「さよけ」
「じゃあね」
紅魔館の方に向かいつつ右手を振ってレミリアは霊夢達と別れた。
「で、これからどうするのあんたは?」
「……ま、この件は諦めることにするぜ」
「それが一番ね」
「じゃ、私も帰るとするかね」
「偶にはこういう日も良かったわね……それじゃ」
「おう」
そのまま霊夢と魔理沙も別れ、自分達の寝床へと帰って行った。
――――――――――――
数日後……
「はぁ。そんな事をしてたんですね」
「そうみたいね」
門番達の詰め所にて紅魔館門番の紅美鈴とメイド長の十六夜咲夜が紅茶を飲みつつ、レミリアから聞いた先日の霊夢達の件を話していた。
ふと、咲夜は少し気になることがあったので聞いてみる事にした。
「そういえば、貴女も14,5年前はこの紅魔館にいなかったって話よね」
「ええ、そうですよ」
「その頃って貴女はどうしてたの?」
「あー、その頃ですか」
咲夜が炒れた紅茶を一口飲んで、カップを置きつつ美鈴は少し考え
「人間界に居ましたよ」
「え?」
意外なことに驚く咲夜。それを見ながら美鈴は続ける。
「まあ、いつまでも1箇所にいれませんから放浪しつつ、時々空を飛んだり、人を食べたりしてましたけど……」
「じゃあ、あの白黒の話の人影ってのは……」
「低いですけど、私が空を飛んでる時に偶然見られたって可能性もあるって事ですね。その話の子供の目の錯覚って言ったらそれまでですけど」
「ふぅん」
適当に相槌を打ちつつ咲夜は再び紅茶を口に入れる。そして思った。
(意外な所にあるものなのね……こういう話の事実って)
灯台下暗しとはよく言ったものである……少し違うかもしれないが。
この話をお嬢様に言おうか悩んだが、どうせもう興味を失っていることだろう。レミリア・スカーレット―――いや、博麗霊夢や霧雨魔理沙もだろう―――とはそういう人(?)だというのは、咲夜自身がよく知っているから……
ただ話の中の人影の正体を知るというどうでもいい事の為に幻想郷中を駆け回った3人の結末は、その正体(と思われる)が意外な所にいたということで結末を迎えた。
まあ、そんなどーでもいい一件があった幻想郷だが、今日も相変わらず平和である……紅魔館付近の湖の上空で、いっぱいいっぱいな氷精と1匹見つけたら30匹疑惑のある蛍の妖怪が、白黒魔法使いの魔砲で景気よく吹っ飛ばされたこと以外は。
終わり
そしてこれはどうしても突っ込みたい。
>「3尺だけど」
>「……2尺9寸だ」
デカッッ!
誤字かなと思った点を。
『ルナサも以外と外道である。』→意外と (同様の誤変換が他に2箇所)
『……のだが幻界が近そうだ。』→限界
『指を刺して笑ったりしているのだ』→指を差して (「指を指して」では語呂が悪そうなので)
『歪みを少しずつ小さくさせつ入っていった。』→させつつ
『頭のアホ毛の性でそれらは』→所為で or せいで (けど、生まれつきという意味なら合ってるかも(コラ))
『綺の使用人である夢子に事の端末を』→顛末を
『人間界に行った事ののある』(「の」の重複)
>「というか門番って倒される為だけに在るようなものじゃないの?」
あなたは何のために中国雇ってるんですか(;´Д`)
>力強く、両手をクロス~
つまり、愛を語る際に椅子に縛り付けるとか、そういうことですか?
・・・そして慧音と妹紅、やはり恐るべし(ぉ)
>あなたは何のために中国雇ってるんですか(;´Д`)
そこはもちろんネタのために(何)
>永琳の胸に八つ当たりする輝夜
・・・リアルで鼻血噴きそうになりました・・・(駄目人間)
こんな誤字をかますなんて……orz
>無為さん
勿論紫音さんの言うとおりネタのたm(セラギネラ9
>紫音さん
鼻血噴きそうになり光栄でs(バレッタ
それだけで十分。