今日はとっても寒い朝です。
森の中を女の子が手をこすり合わせながら歩いています。
吐く息が真っ白です。
「うー。さーむーいーーー」
地面には霜が降りていて、踏むとサクサク気持ちのいい音がします。
それがなんだか嬉しくて、あちらこちらと見つけてはとてとて踏んでまわりました。
きれいにたたまれた日傘を持った少女が、それを見守りながら歩いています。
「ねー。何でこんなにさむいのーーー」
「今日は良く晴れていますから」
「なんでー? 晴れてたらあったかいんじゃないの」
「冬の朝は晴れている方が寒いんですよ。お昼になれば少しは暖かくなります」
「なんでーーー」
「放射冷却という現象ですが、わかります?」
「わっかんなーい」
「ですよねぇ」
「あー。咲夜、馬鹿にしてるぅ」
「いえいえ、滅相もない。さあ、そろそろ日傘にお入りください。お嬢様もいいですか」
咲夜の背中にぴったり寄り添った女の子がこっくりうなずきます
森の中に、淡いピンクの花が咲きました。
女の子が二人と少女が一人。日傘は一度に三人も入っていっぱいです。
森の出口が見えてきました。
そしてその先に、一軒の建物があります。
自分たちの住む館と比べると、ずいぶんと小さな建物です。
建物と二人の女の子をかわるがわる見つめながら、咲夜は小さくつぶやきます。
「ああ、本当に…本当に大丈夫かしら……」
□■□■□■
「さむい~」
「そう?もっと寒くてもいいんだけど」
「チルノちゃん。それ絶っ対変だよ…」
「えー」
部屋の中に入ってきたのは順にルーミア、チルノ、橙です。
手に息をはきかけたり、半袖で両手をくるくる回したり、手を袖の中に引っ込めて小さくなったり、
寒がりかたは三者三様。
…む?
部屋の中には火鉢が一つあって、寒さに震える子供たちにささやかな暖を提供します。
赤く燃えている炭に手をかざすと、悴んだ手にほっとする暖かさが伝わってきました。
「あったか~い」
「あったかいね」
「そんなの、別になくたっていいのに」
「やーだ」
ルーミアと橙は火鉢のそばにぴたりとくっついて離れません。
二人の期待に応えるかのように、炭は赤々と燃えています。
部屋全部を暖めるにはもっともっと頑張ってもらわないといけませんけどね。
「うーん。まあいいけどさー」
体が温まるにつれて顔に赤みが差してきた二人をみながら、チルノはなんだか不満そう。
氷精のチルノはちょっとやそっとの寒さは平気です。
むしろそっちの方が気持ちいいくらい。
でも今はそこにちょっぴり疎外感を感じます。
三人がわいわいやっていると、霊夢がやってきました。
まだ冬服を出しそびれていたらしく、今までどおりの…何と言うか、チルノと同じくらい寒そうな格好です。
そんな霊夢に橙が質問しました。
「先生、こたつ出さないの」
「こったつ、こったつ」
ルーミアも唱和します。
こたつ。
なんと甘美な響きでしょう。
こたつでぬくまり、みかんを頬張る至福のひと時。
真冬の四角い恋人…こたつ。
ちなみに、橙の家では早速こたつが復活しています。
寒がりな橙のために、藍が朝早く物置から引っ張り出したのです。
でも、藍が一番苦労したのは、こたつから出ようとしない橙を引っ張り出す事だったとか…
「あったら出してるわよ。ってか、あるけどこんな急に寒くなられちゃね」
残念ながら、帰るまでこたつはお預けのようです。
橙はしゅ~んと尻尾をたれます。
「いつまで待たせるつもり。お嬢様たちがお風邪を召したらどうするのよ」
開けっ放しの入り口から、少女が入ってきました。
言葉にわずかに怒気が感じられます。
が、霊夢は気にするそぶりも見せません。
「ああごめん。忘れてた」
「忘れてた…って」
まぁまぁとなだめながら、子供たちのほうに向き直ります。
「紹介するわ。みんなの新しいお友達、十六夜咲夜ちゃん…」
「違います!!!」
「…冗談よ?」
「あ…」
胡乱な眼差しを向ける霊夢。
ついまともに反応してしまい、顔を赤らめて俯きます。
けど、それを見ている子供たちはきょとんとするばかり。
なになにどうしたの…ってなもんです。
咲夜は気恥ずかしさをごまかすように、こほんと一つ咳払いをしました。
「ま、まあ、冗談はそれくらいにしてくださる」
「はいはい。じゃ、あらためて。入ってらっしゃい」
霊夢がそういうと、女の子が入ってきました。
今朝、森で見かけた女の子の一人です。
「ええと、フランドール・スカーレットだったかしら。フランでいいわね」
「ちょっとあなた、勝手に略さない」
と、これは咲夜の言。
が、当のフランはこくんと頷きました。
「フランドール様ぁ」
肩を落とす咲夜と満足気にうなずく霊夢。
「さてと、私は咲夜と話があるからあんた達フランと遊んでなさい」
そう言って、どことなく哀愁漂う咲夜の肩を叩きました。
咲夜はキッと霊夢をにらみます。
「なによ、あなたに同情されるいわれは…」
「してない。つーか人の話し聞け。それと霊夢でいいわ」
「あっ、ちょっ…ふ、フランドール様頑張ってくださいぃ」
霊夢は一言ずつで概ね言いたいことを言うと、
どうにも調子の戻らない咲夜の襟首をつかんでズルズル引き摺っていきました。
取り残されたのはポカンとしている子供たち。
しかしまぁ、すぐに好奇心が頭をもたげてきます。
わっとフランを取り囲むと質問の雨あられ。
「どこに住ん何して遊寒いほうがさっきのお姉さ先生のおやお家に行ってうるさーーーい!!」
全部まとめてさえぎると、フランが壁をバンと思いっきりたたきました。
埃がぱらぱら降ってきます。
三人は驚いて口をつぐみました。
でもまぁ耳元でこんなに騒がれたら、怒鳴りたい気持ちもわかります。
「えっと、ごめんね。驚いちゃった?」
ちょっとおっかなびっくりルーミアがフランの顔を覗き込みます。
ぺし
何? と、一瞬の困惑。その後
「あぅ~。いたい~」
と、おでこを押さえます。
さっきの音は、フランの手刀がルーミアのおでこにクリティカルヒットした音です。
「ルーミアちゃん大丈夫」
そう言って駆け寄った橙にも、同じく手刀が繰り出されました。
これまたぺしっとクリティカルヒット。
「いたっ」
そういってやっぱりおでこを押さえます。
それを見て、今度はチルノがフランに詰め寄ります。
「ちょっとあんた、いきなり何すんのよっ」
フランが顔を上げました。
口の端をちょっとだけ上げて、ニヤリと不敵な笑みを浮かべ、どこからともなく炎を纏った杖を取り出しました。
「すご~い。どこから出したの」
早くも立ち直って興味津々のルーミア。
周りをくるくる回って「ね~ね~」と付きまとうルーミアを、フランは鬱陶しそうに押し退けます。
そして、再びチルノにニヤリと笑みを向けました。
じんわりと汗が流れるのを感じて、チルノは一歩下がります。
そこへ…
「てりゃっ」
パコン
「痛っ」
掛け声とともに杖が振り下ろされて、チルノの頭にヒットしました。
チルノはちょっと涙目。これはほんとに痛かったみたいです。
頭を押えながら、フランを睨み付けます。
それを余裕たっぷりに受け止めて、見下ろすようにフランは言いました。
「あんた生意気だから一番下っ端の部下三号決定。そっちは一号と二号ね」
絶句する部下三号及び一号二号。
「部下ってゆーなっ」
もとい、絶句するチルノとルーミア、橙。
それを尻目に高らかと宣言するフラン。
「私が王様っ。一番偉い人っ。だからみんな私の言うこと聞くことっ。いいわねっ」
あややや…なんか雲行きがめっちゃめちゃ怪しいです……。
□■□■□■
そのころ別の部屋では、咲夜と霊夢が向かい合って座っています。
おもてなしと寒さしのぎを兼ねて、二人の前には湯飲みと急須。それとお煎餅(しょうゆ味)
「さ、ありがたく飲みなさい」
「…普通粗茶ですが、とか」
そう言いながら、煎餅を一枚手に取ります。
「言わない」
「そ。まぁ紅茶だったらそんなこと言わないんだけど」
そう言いながらもお茶を一口、煎餅をもう一枚。
「文句言わない。あったら飲むな。食うな。」
「それとこれとは別」
待たされて、からかわれて、裏切られた挙句引き摺られて、今日はいいところがありません。
らしくもなく、行動が微妙に自棄っぱちです。
「で、どう…してここに。ずいぶん急な話だったけど」
「え、ええ。それは…」
一転真顔に戻ると、ところどころ言いよどみながら咲夜は事情を説明します。
彼女たちは湖の近くにある紅魔館に住んでいるそうです。
まずまず有名な館なので、霊夢も噂はちらほら聞いていました。
曰く、悪魔の住む館だとか、そこに入って無事に帰ってきた者はいないとか。
「見てのとおり私はそこのメイドで、お嬢様とフランドール様のお世話をしているわ」
「二人とも館から出ることはほとんどなかったのだけど、最近フランドール様が外の世界に興味を持ったみたいなの」
「いいことじゃない」
咲夜はため息をついて頷くと、先を続けます。
「わかってはいるの。でも、まだフランドール様は外に出るには小さすぎる。危険すぎるわ」
「そう? 危険って言っても、遊んで怪我するのは普通でしょ」
霊夢は首を傾げます。
「そんなに悩むこ…とかしら」
「当たり前よ。何かあったらどうするの。本当だったらできる限り外に出さないで、私がお世話しようと…
しかしそれではご友人も作れないし、それではいずれフランドール様が引き篭もりになってしまうかもしれないし……」
ずぶずぶと自分の世界にはまっていく咲夜。
心配の種は掃いて捨ててもいくらでも出てくるようです。霊夢はあきれて何も言えません。
「――とも思うし…そうでなければこんな貧相なところに連れてきたりは…うう」
「こら咲夜」
どうせ聞こえないんだろうなと思いつつ、一応突っ込む霊夢。
「それに最近はフランドール様もやんちゃの盛りで、カーテンは破る窓ガラスは割る食事は残す食器は壊す廊下に落書きお片付けはしてくださらないお昼寝もしてくださらない…」
「ちょっとちょっとちょっとちょっとっ」
咲夜ははっと顔を上げ、内緒話を立ち聞きされたときのようにあたふた取り乱します。
霊夢の頬に絵に描いたような大粒の汗が浮かびました。
「わた、私としたことが何という事を。あの、今の話は…」
「まぁ、聞か…なかった事にしてもいいけど…あんたも大変ね」
「いえ、お嬢様たちの成長は私の喜び。これしきの事、苦にはなりませんわ」
「言ってる…事がさっきと違う……って、そんな厄介…なの押し付けるなっ」
「押し付けるだなんてっ。それに厄介者とは何ですかっ」
「言葉のあやよ。ちょっとだけ本音入っ…てるけどっ」
「どこにあやがあって本音って何よ。謝罪と訂正を要求するわっ」
ありゃ、こちらはこちらで口喧嘩を始めてしまいました。
言い合いは長々と続き、二人とも疲れ果ててしまったところでようやく収まりました。
霊夢にしても咲夜にしても、実はこれだけ大騒ぎするのは久しぶり…。
よっぽど相性が悪いのか、それとも逆にウマが合うのか。
「はぁ、はぁ、ところで…」
「何よ」
「コレ何」
霊夢がコレと指差したのは、さっきからずっと霊夢に抱きついている女の子でした。
どっちかといえば、抱きついていると言うよりぶらさがっていると言った方がよさそう。
大きな帽子と、紅い翼が特徴的です。
「レミリアお嬢様をコレ呼ばわりとは、いい度胸ね」
「お嬢様? コレが」
相変わらずコレ呼ばわりする霊夢に口元を引きつらせながらも、胸を張って咲夜が答えます。
「そうよ。通称『紅い悪魔』『永遠に紅い幼き月』。紅魔館の主。今日はフランドール様の付き添いですわ」
「へぇ、コレがねえ」
「へぇ…って、それ…だけ?」
糸の切れた人形のように、ストンと肩を落とす咲夜。
さすがに空回りしっぱなしで、ちょっと可哀想になってきました。
「まぁ、ね。だからどうってわけでも…って、こらあんたやめなさい」
咲夜が顔を上げると、レミリアが霊夢の首筋をくわえています。
「ちょっとちょっと咲夜。こいつら大丈夫なの」
「今度はこいつ呼ばわり…」
「いくらなんでも、いきなり血を吸うような連中はおいとけないわよ」
「大丈夫。お嬢様もフランドール様も、まだ子供の歯だから」
投げ遣りに言っておいて、自分の答えにますますしょげる咲夜。
しかし、いくら悲しくてもそれが現実。威厳もへったくれもありません。
そんな咲夜を知ってか知らずか、レミリアの攻勢は続きます。
「そんなもんなの…うわ、くすぐったい。やめやめやめなさいこらぁ」
レミリアはあっちこっちついばむように口を当てていきます。
親に甘える子供のようで、見ている分にはほほえましいのですが、霊夢にとってはそれどころではありません。
なぜかレミリアの口撃は、霊夢がそこはやめてと思うところに的確に照準されるのです。
「お嬢様が私以外の人に懐くなんて…」
咲夜は驚き半分妬ましさ半分といった様子です。
「そ、そんなことはいいから、コレ取って取ってあひゃやめてやめてあひゃひゃひゃ」
じゃれあう二人を見ているうちに、咲夜の表情に活力が戻ってきました。
どうやら葛藤には決着が付いたらしく、とてもすっきりした微笑みを浮かべます。
男性はもちろん、女性だって虜にしてしまいそうな極上の笑みです。
しかし、霊夢にはそれが悪戯っ子の笑みに見えました。
でもって、その直感は間違っていませんでした。
「お嬢様やっちゃってください。もう、気が済むまでお好きなように」
「こら咲夜ーっ」
「お嬢様直々の天罰よ。光栄じゃない」
静止するどころか煽り立てます。
レミリアはついばむのが面倒になったのか、そのちっちゃい舌でぺろぺろなめまわしています。
「こらぁあひゃひゃごめひゃごめん悪かっひゃから許ひて」
あまりのくすぐったさに身をくねらせて悶える霊夢。笑いを押し殺す咲夜。
「あ、あんひゃ、おびょひょ覚えひぇひゃひゃいひょ」
「聞こえないわね…ふ、ふふふ、あははははっ」
と、結局堪えきれずに笑い出す咲夜。
口元を手で隠しているのはメイドとして、少女としてのせめてものたしなみ。
目には涙まで浮かんでいます。
人によっては卒倒しかねない真昼の惨劇は、レミリアが飽きるまで延々と続きました。
やっと開放されたとき、霊夢は精も根も尽き果ててばったり。
咲夜は笑いすぎてぐったり。
レミリアは遊び疲れてぐっすり。
子供たちの方も大騒ぎになっている事に、誰も気付きませんでした。
□■□■□■
頭の痛みから立ち直ったチルノが猛然と抗議します。
「誰が部下よ馬鹿にしてんのっ」
「何よ、文句あるの部下三号」
「あるに決まってるでしょーがっ」
「そーお。こっちの二人はなさそうだけどぉ」
見ると、ルーミアと橙はいつの間にかフランよりに陣取っていました。
特に橙はフランにぴったりと寄り添うようにしています。
そして勝ち誇ったニヤニヤ笑いのフラン。
チルノは目の前の光景が信じられません。
「んなっ、あんた達なにやってんのよっ」
「あったか~い」
「ほかほか~出たくない~」
どうもフランの周りが暖かいので集まっているだけのようですね。
橙にいたってはフランをこたつ扱いです。
夏場だったら立場が逆転しそうですね。
しかし理由はともあれ、二人がフランの側にいると言う状況が悔しくてなりません。
「ふんだ、それくらいで勝ったつもり? そんなことで私は騙されないわよっ」
「やーい、負け惜しみぃ」
「う、うるさーい」
チルノは大きなつらら-チルノ主観では氷の剣-を取り出しました。
そして大きく振りかぶって振り下ろします。
ぱこん
「いったぁ…何すんのよっ」
不意をつかれたフランの頭にクリーンヒットしました。
フランの目にも涙が浮かびます。
「ふん、おかえしだよっ」
「むっかぁ。ぜーったい許さないんだからっ」
ガキーン・・・
猛然と振り下ろされる炎の杖を、チルノは頭上で受け止めました。
お互いの腕にぐぐぐぐっと力が入ります。
二人とも相手を睨みつけて、一瞬たりとも目を離しません。
まるで先に目をそらしたほうが負けだとでもいうように。
力ではちょっとだけフランに分があるみたいで、少しずつチルノは押し込まれていきます。
「生意気なのは…口だけねっ」
そのまま勝てるとみたフランが一気に力を込めた瞬間、チルノがスッと一歩下がりました。
「力だけで勝てると思ってんのっ」
「え…っとっとと」
力をすかされてつんのめった所に、チルノが氷剣を払います。
フランは慌てて杖を立て、横薙ぎの一閃をかろうじて受け止めました。
けれど、そこでチルノの攻撃は終わりません。
上から、下から、多彩なコンビネーションで攻め立てます。
ガキン ガキン ガキン
フランはチルノの連続攻撃を後退しつつ受け止め、あるいは流し、反撃のチャンスをうかがいます。
しかし、ドンと背中が壁にぶつかりました。いつの間にか壁際に追い詰められていたのです。
チルノは氷剣を大上段に構え、勢いをつけて振り下ろします。
「くらえーっ」
「ひゃぁ」
ガッ パキン…
フランは転がって危機を逃れました。悲鳴を上げたのは多分初めての経験です。
目標を失った氷剣は、壁に突き刺さって砕け散りました。
フランは立ち上がると、荒い息を整えながら言います。
「ふ、ふんだ。これで私の勝ちね」
しかしチルノは余裕の表情を崩しません。
「は、なに言ってんだか」
そう言って手をかざすと、そこに新たな氷剣が現れました。
たった今砕け散ったものと寸分の違いもありません。
「うわ何それずるいっ」
「ずるくないっ」
ずる呼ばわりされたチルノのテンションはますます上がっていきます。
そのうち頭から湯気でも噴出しそうな勢いです。
「私が勝ったらいうこと聞いてもらうからねっ」
チルノの攻撃が再開されました。
「むりむり。ぜーったい無理」
今度はフランにも余裕があります。ひらりひらりと攻撃をかわし、反撃に転じました。
ガキン ガキン ガキン ペキ
「えっ!?」
それを全て受け止めるチルノ。
しかし、連続する衝撃に氷剣の方が耐えきれず、真っ二つに折れてしまいました。
フランの杖が右手に当たります。
受け止めたときに大分勢いが殺がれていましたが、それでも右手がびりびり痺れました。
「っつぅ」
わずかに顔をゆがめて距離をとり、また氷剣を取り出します。
「そんなの、もう怖くないからねっ」
そう言って攻撃を繰り返すフラン。
まともに力をぶつけあったら勝てないと思ったチルノは、よけと受け流しに専念します。
先ほどのフランのように壁際に追い込まれるようなことはなく、うまく部屋の中を回りながら、チャンスを待ちます。
ヒュン ヒュン ズバァ
炎の杖が間近で風を切る音が聞こえます。
掠めていく風は、もはや暑いを通り越して熱いくらいでしたが、
チルノの心にはひんやり冷たいものが流れます。
当たったらとてもとっても痛そうです。
どうにか当たらずに凌いでいると、不意にフランがバランスを崩しました。
願ってもないチャンス。これを逃すわけにはいきません。
チルノはフランめがけて氷剣を一閃します。
バシッ
「!!ったた……痛くないもんっ」
目を見開くチルノ。
なんとフランは片手で直接氷剣を受け止めたのです。どうやらこれが狙いだったようです。
目じりに涙が浮かんでいます。手が痺れるのをやせ我慢して、つかんだ氷剣を引っ張ります。
「わっと…た」
「てりゃあっ」
よろめくチルノに、今度こそ、という勢いで杖が振り下ろされます。
「「チルノちゃん!!」」
ずっと手が出せなくて様子を見ていたルーミアと橙が、思わず目を背けます。
ガキッ
鈍い音がしました。
「チルノ…ちゃん?」
ルーミアと橙が恐る恐る顔を上げました。
しかしそこには一番恐れていた光景はありませんでした。
チルノはまだ倒れておらず、フランはそんなばかなという表情です。
チルノはとっさに片方の手を氷剣から離すと、もう一つ氷剣を取り出して、フランの杖を受け止めていたのです。
新たな氷剣は短剣位の大きさで、もう一本と比べるとちょっと頼りないのですが、見事に役目を果たしています。
そして、まだフランに握られたままの氷剣を手放すと、さらに新たな氷剣を取り出します。
シャッ
新たな氷剣が硬直しているフランに向けて振るわれました。
一瞬呆然としてしまったフランも必死に身をくねらせ、すんでのところで回避に成功します。
そのまま床を転がって距離をとります。
胸がバクバクなっていて、なかなか落ち着いてくれません。
一方のチルノもフランの攻撃を防ぐのに必死だったせいか、一度に何本も氷剣を取り出したせいか、
肩でゼイゼイ息をしています。
その間、二人とも片時も相手から目を離しません。
息苦しい睨み合い。
フランはすっくと立ち上がり、まだ手に残る氷剣を投げ捨てました。
チルノも短剣を投げ捨てます。フランの杖を受け止めた短剣は床に落ちると同時に、済んだ音を残して砕けました。
そして、二人とも手の中の武器を両手で握り締めました。
決着のときが近づいている気がします。
ルーミアと橙が固唾を呑んで見守ります。
フランは胸のバクバクが止まりません。こんなにしぶとい相手だとは思っても見ませんでした。
思い通りにならないのは、はっきり言って不愉快です。
でも、こんなに思い切り何かをやりあったのは初めてで、それをとても楽しく思っていることに気付きます。
でも…だとしても、絶対負けるわけにはいきません。
チルノは正直驚いていました。喧嘩だったら誰にも負けない自信があったからです。
けど、目の前の相手にはそんな自信が揺らぎます。
初めて負けるかもしれない、という不安が襲い掛かってきます。
けれど、初めてのぎりぎりの勝負…絶対に負けられません。
「絶対っ!!」
「負けないっ!!」
叫びとともに、二人を中心にしてオーラのようなものが立ち昇ります。
双方、気合とプライドのぶつけ合いです。
冷気と熱気がつむじ風を巻き起こします。
荒れ狂う風に、ルーミアたちは立っていられません。
全員の服が激しくあおられて、バサバサと音を立てます。
限界ぎりぎりまで膨れ上がったオーラが今にも破裂しそうになった瞬間、二人は同時に動きました。
もはや小細工は無用。ただ全力をもって打ち負かすのみ。
「「―――――――――っ!!」」
激しい風に掻き消され、二人の叫び声すら聞こえません。
轟然と振り下ろされる灼熱の杖。
神速で薙ぎ払われる絶対零度の刃。
ドォオオオォォォン
二人の意地がぶつかり合った瞬間、激しい衝撃とこの世のものとは思えない巨大な爆発音。
全員の視界が真っ白に染まりました。
何がどうなったのか、もう誰にもわかりません。
・
・
・
真っ白になった視界が徐々に晴れてきました。
どうやら、猛烈な冷気と熱気のぶつかり合いで、水蒸気爆発を起こしたみたいです。
部屋にあったものはすべてなぎ倒されていました。
子供たちもご多聞に漏れず、チルノとフランはそれぞれ部屋の両端に吹き飛ばされていました。
ルーミアと橙は転がって目を回しています。
ぴとん…ぴとん…
天井の至る所からぽたぽたと落ちてくる水滴が、チルノの鼻の頭に当たりました。
「う…ん……」
気が付いたチルノがのろのろと立ち上がりました。
それを感じ取ったかのように、フランも立ち上がります。
どちらからともなく、にやりと笑みを浮かべました。
そして二人とも疲れた体に鞭打って、剣と杖を構えます。
「決着、つけるわよ…」
「……当然」
二人の武器が力なく一合二合と重なり、鈍い音を立てます
お互いに残っているのは、負けたくないという気持ちだけです。
最後の攻防。
チルノが振り下ろす氷剣を受けようと、フランが杖を構えます。
それらがぶつかろうとした瞬間、不意に剣が消失しました。
「へ?」
ポカンと立ち尽くしたフランに、倒れこむチルノの体がぶつかりました。
絡まりながらごろごろ転げ回る二人。
チルノは何とか上になろうと力を振り絞り、フランも杖を放り出して抵抗します。
しかし、最後の最後で不意をつかれたフラン。
ついにチルノに上から乗られて、完全に押さえつけられてしまいました。
フランを見下ろして、勝ち誇るチルノ。
「ふっふっふ、今降参するなら助けてあげる」
「だれがっ。降参なんかしないもんっ」
あくまで抵抗するフラン。
チルノは一つため息をつくと、最後通告をします。
「じゃ、仕方ないね。いくよ」
目をつぶるフラン。
どんなに頑張っても、もう何もできません。
そして、どんなに強がってみても…やっぱり怖いのです。
しかし、いつまで待っても何も起きません。
もちろん起きないにこした事はないのですけれども。
恐る恐る、片目をうすーく開けた時。
「ひゃ…」
わき腹がツンと突っかれました。
「ひゃ…」
続いて反対側にもツン。それからツツツツっと移動しておへそのあたり。
「ひゃひゃひゃ…」
その間にも、反対の手は間断なくわき腹をツンツンと刺激します。
「ひゃ、やめ…」
片手は体の中心をなぞるように、上に上にと上っていきます。
おへそからみぞおちを通って胸の真ん中。そのまま首の付け根まで進むと、もと来た道を戻ります。
しかも、触っているのかいないのか、実に微妙な指加減です。
「やめ、やめあは、あはは、あはははははお願いやめてやめてーっ」
しかし、チルノの指は一瞬たりとも止まりません。
それどころか、わき腹をつっつく指を増やしてみたり、移動に強弱をつけてみたり。
「直伝 超必殺くすぐり地獄っ。誰の直伝かは秘密っ。さぁ参ったと言えーっ」
「やだっ。やだっけどっ、おねがあはいやめあはははてあははははやめてーーーっ」
チルノの攻撃はさらに激しく時に優しく、実に的確にフランのツボを刺激していきます。
「言えーーーーーっ」
「やだーーーーーっ」
しかし、いくらそう言ってみても体のほうはどうしようもありません。
抵抗の甲斐なくすっかり出来上がってしまったフランは、おでこだろうと腕だろうと、
ただ触られるだけで笑いのスイッチが入ります。
チルノがわき腹とほっぺたをプニプニしていると、息も絶え絶えのフランが
「わ、わかっ…たから、もう、やめ、やめて」
「おーし、早く言って楽になっちゃえ」
「うう…」
躊躇したフランに容赦なくチルノの指が飛びました。
「ひゃうっ」
フランから、ほとんど悲鳴に近い声があがります。
わずかに空いた間が、新たな刺激の強烈なアクセントになったのです。
既に過敏状態だったフランには、これに耐えられるだけの力は残っていませんでした。
「やめ、あはははまははははまいっ…た。まいった、からやめ…て……」
そして、そのまま気を失うフラン。
「か、勝っ…た……あ、れ…」
チルノはチルノでガッツポーズをしようとした姿勢のまま、ぱったりと倒れこみました。
こちらもとっくに限界だったのです。
寄り添うようにして転がっている二人は、仲のいい姉妹のようにも見えました。
□■□■□■
「いたいー。まだお尻がひりひりするぅ」
「あんたの…せいじゃない……いたたた」
時は流れて夕暮れ時。お見送りの時間です。
実はあれからも一悶着二悶着ありました。
例えば
ボロボロの壁。ズタズタの障子。崩れそうな天井に水浸しの畳。
片付け…というか、再建できるのかどうかすら怪しい部屋に呆然とする霊夢。
いろいろと危ないフランの惨状に卒倒する咲夜。
目覚めたチルノとフランには、閻魔様も裸足で逃げ出す霊夢先生のお仕置きが待っていました。
罪状はいっぱいの一言で片付け、判決は有罪。猶予なしのお尻ペンペンの刑。控訴、上告は棄却。
特赦を願い出た咲夜をも、一睨みのもとに黙らせ即時執行。
そして冒頭の会話へとつながります。
「私が勝ったんだから、いうこと聞いてもらうからね」
「ふんだ。今日は運が悪かっただけなんだからっ」
「そんなの関係ないもんね」
「うー」
なんだかんだともめたすえ、一回勝つごとに命令権一回。
という協定が結ばれたようです。
…っていうか、またやる気ですか。
二人の様子を眺めながら、霊夢と咲夜はため息をつきます。
壊れた部屋の修理とかは、明日からみんなでやることになりました。
しばらくは咲夜も手伝うとのこと。
ものすごく大変そうですけど、みんなでやれば大丈夫。
…だよね?
「では、お食事の準備もありますので」
「ええ」
「フランドール様、帰りましょう」
咲夜はまだお休み中のレミリアを背負い、フランに呼びかけます。
「あ、はーい」
子供たちの輪の中からフランが抜けて、彼女を待つ咲夜のところへ。
その途中、
「今度は絶対負けないんだからねっ」
仏頂面でそれだけ宣言すると、咲夜のところに駆けていきました。
けれど、そのときの顔は真っ赤に染まっているように見えました。
フランが聞いたら、夕焼けのせいにするかもしれませんけどね。
「…フランっ」
チルノの声にフランがもう一度振り返ります。
「フラン、また明日っ」
そう言って大きく手を振るチルノ。
同じように橙も。ルーミアは胸の前で小さく両手を振ります。
三人とも、とびっきりの笑顔です。
ちょっとだけ間が空いちゃいましたけど、もちろんフランも返しましたよ。
とびっきりの笑顔で
「みんな、また明日っ」
ってね。
・・・そしてレミリアの「はむはむ」に激萌え(ぁ)
たまには喧嘩というのもいいものです。こうやって子ども達はより仲を深めていって欲しいですね(妄想)。
けどフランよ、レーヴァテイン振り回すのはさすがにオイタが過ぎるぜ(笑)。
ちなみに、
>「紹介するわ。みんなの新しいお友達、十六夜咲夜ちゃん…」
>「違います!!!」
ここのところが私的にドツボです(爆)。
そういえば深い氏がアイスソードチルノを描いてたなぁと思い出したり。
思い出がいっぱい詰まった作品ですね(違