ずるずる。
「あ゙ー……」
何とかこれだけは発掘していたちり紙で鼻をかむ。
ちーん。
黒髪のめでたい紅白巫女、博麗 霊夢。
「どうしたもんかしらね……」
ちり紙を丸め、目の前の、見事に倒壊した神社を見ながら呟いた。
「よくもまあ、見事に壊れてくれたもんだわ」
相変わらず呆然と神社を見つめながら、誰に聞かせるでもなく呟く。
「それにしても、あの地震……」
思い返すは、今朝方起こった大地震。
気持ちよく寝てたら、ものすごい轟音がして飛び起きた。
何だ何だと思っている間に、がたがたと床が揺れ出して。
やれ、これはいかんと、とりあえず着替えだけを引っ掴んで庭へ飛び出して、しばらくへたり込んで揺れる家屋を見つめるその目の前で。
「これだもんなぁ……」
巨人がうっかり潰してでもいったかのように、ぺしゃんこの神社である。
ずるずる。
「おっと」
独り言と、鼻水がまた出てきた。今一度ちり紙を使用する。
「ま、とりあえずは……」
ちり紙を、これまた発掘した屑籠へと投げ入れながら、身体にぴしゃんと気合いを入れる。
「無事な家財道具を引っ張り出さなきゃね」
「あっちぃ……!」
思わず文句がこぼれおちる。
なんせ現在、やれ折れた柱やら、破れた天井やらの木材色々をどかしていく霊夢の背に、容赦なくかんかん照りの陽射しが襲いかかっているのだ。
「ここ数日ずっとこうってさぁ……」
数日続きの大快晴。
洗濯物が早く乾いてありがたいとは思っていたが、今となっては憎らしい限りであった。
「こんな時に限って、労働力はやって来ないし」
汗を拭って、腰をとんとんと叩き、いつもならそろそろ飛んで来るはずの黒白女を思う。
……まあ、こんな地震がここ以外でもあったんなら。
「あいつも忙しいのかしらね……」
仕方ない、と、あきらめ、また作業に戻る。
戻り、黙々と動きながら。
「……」
少しだけ、思い返してしまう。
「さ、今日からここがお前の家だよ」
繋いだ手の先、長い白髪の老女が言う。
「おっきい……」
見上げる先は、子供の視線からはとてつもない迫力を持った神の社。大きくて、そして。
「きれい……」
「そうかねぇ? どう見ても、古くて汚い神社だと思うが……」
うーん、と、不思議がる老女にもう一度視線を移す。
「でも、ここって神様の家なんじゃ……」
白い息を吐きだしながら問いかけると、老女も視線を下ろしてこっちを見ると、にかっと笑い。
「なぁに、ここの神様は大したことないからね……ちょいと情けない話だけど。だから、私らがいてやらないとダメなのさ」
そして、腰を下ろして目の高さを合わせると、まっすぐと見つめて笑いながら。
「そんなわけで、泣きつかれて、ここが私の家になった。お前も一緒だよ」
真っ黒な頭をがしがしと、皺だらけの手が撫でる。
「気兼ねすることなんて一つもないさ、自分の家にしちまいな」
「はぁ!」
気の抜けた声と共に、霊夢はびくっと体を震わせる。
「いかんいかん、暑さのせいで意識が飛んでたわ」
手に持った、折れて壊れて、もうどこの部分だったかもわからない木材を見る。
「ま、暑さのせいだけ……でもないか」
それでも、何となく懐かしさのような、親しみのような、そんなものを感じてしまうこの壊れた木片も。
「変なこと思い出しちゃったなぁ……」
ずるずる。
また鼻水が出てきた。
「おっとっと……春先だっつのに」
ちーん、と、かんで。
見渡すは、神の家、私の家、そして、あの人の家。
今はもう、見事にぶっ壊れて、どこにもない。
「……仕方、ないわよ」
小さく呟く。
……少し、私の家にしすぎたのかな。
変な考え。
ずるずる。
「ああもう!」
頭を振って鼻をかみ、やけくそ気味の気持ちで作業に戻る。
魔理沙と背比べした傷のついた柱だって。
小さい頃から買い替えたことのない火鉢だって。
真夏のあっつい時に寝そべると、ひんやりして気持ちよかった本殿の床だって。
一緒に寝てもらうくらい、家鳴りが怖かった天井だって。
いつかはみんな壊れる筈だったものだ。
遅いか、早いか、そんなくらいの違いだ。
「そんなことを、うじうじ気にするわけないっつの」
汗を流して、いろんなものを必死に掘り出しながら、霊夢はぶつくさと呟き続ける。
ずるずる。
鼻も出る。
近くに置いてあるちり紙で拭くと、もう一々囚われないことにした。
何にだって、囚われないのが巫女なのだ。
じゃあ、囚われないはずなのに、もやもやし続けているのは何なのだ。
そんなこと思ってない。
思ってるじゃないか。
ずるずる。
また鼻をかむ。
私の家だ、私の家なんだ。
「どうなったって、気になるはずないのに」
古い古い箪笥を、頑張って引っ張り出した、傷だらけだけど、どうにか無事だった。
布団もあった、随分汚れてしまったけど。買ってもらった布団。
料理道具もあった。ちゃぶ台も。鏡は割れていた、不幸が来なきゃいいが。
「って、これ以上何が来るってのよ」
はは。力なく笑って呟く。
どうにか色々救出できた家の中の物は、ほとんど古くて、古くて、カビの生えたようなのばっかりで。
「お下がりばっか……」
自分で買ったものなんか、数えるほどしかなかった。
ずるずる。
無言でちり紙を取る。
そうだ、気になる理由なんて、もやもやし続けている理由なんて、本当はわかっている。
だってここは私の家。
私の家で、そして、あの人の家でもあった。
あの人の前は他の人、その前も他の人、ずっとずっと誰かの家で。
そして、何より。
「大事な大事な、神様の家……」
だって、私だけの家なら。私の思い出しかないのなら。私以外の、誰も住んでいないのなら。
こんなに、こんなに。
ずるずる。
ずるずる。
日は傾き始めていた。燃えるような逢魔が時の空が、壊れた神社を染めていく。
そして、一人ぽつんと立ったまま、霊夢はそれをぼーっと見つめていた。
物は、あらかた運び出せたと思う。少なくとも、一晩くらいは外でも越せるだろう。
「……」
霊夢は動かない。動かないで、夕日に染まる神社がないのを見て、そして、痛いほどわかっていた。
「私が、みんなの家、壊しちゃったのよね……」
不幸な事故にしたって、もっと、何かやりようはなかっただろうか。
少し考えてみても、結局何も思いつかないので、やっぱり霊夢は、ぼーっとそれを見ながら。
ずるずる。
ずるずる。
「鼻かまなきゃ……」
ふらふらとちり紙を掴んで、ちーん、と、かんだところで。
「あらあらあら」
ふっと、どこでもないとこからその声が聞こえた。
「こりゃまた、派手にいったわね……」
はっと、霊夢が振り向く先、空間が割れてぬるりと開いて、そう思ったらもう、金髪のその女が立っていた。
「紫……」
その名前を呟くその先、気づいた紫が霊夢を見て、一瞬おどろいたような表情になるが
「鼻、真っ赤よ」
すぐににこっと笑って、自分の鼻をちょんちょんと指でさす。
まったくたそがれた今の雰囲気に似つかわしくないその態度に、霊夢はふっと笑いながら、それが今日初めて会った誰かであったことを思った。
「紫……」
同じように隣へ立って、何を言うでもなく神社だったそれを眺める紫へ霊夢は顔を向けずに話しかける。
「神社、壊れちゃったわ」
「そうみたいね」
紫は、少し苦笑しながら返事をしたが。
「……私が、私の代が、みんなの家、壊しちゃった」
霊夢はそれに何も反応せずに、ただぽつりとそう呟いた。
「霊夢?」
その言葉に、紫は不思議そうな顔で横を向いて霊夢を見る。
「神様の家、みんながずっと住んできた家、壊しちゃったの……」
紫の視線には向き合わずに、細く細く、子供みたいな声で霊夢は呟く。
ずるずる。
また鼻がかみたくなったが、もうどうでもいい。
「あー、そうか……」
そんな霊夢の様子を見て、何か合点がいったように紫は一人頷くと。
「だいぶ勘違いしてるみたいね、あなた」
ふふっと、笑って。
「……?」
ぽん、と、霊夢の頭を優しく一つ叩く。
「ちょっと待ってなさいな」
不思議そうな顔でようやく紫を見上げる霊夢に、ひらひらと手を振って倒壊した神社の破片の海へと歩いて行く。
「どこらへんかしらね……」
そして、長衣の袖をまくって、その破片の山をがさごそとひっくり返して何かを捜索し始めた。
しばらくして。
「あー、あったあった!」
嬉しそうな声が、破片の山から響いた。
ぼーっと、何をするでもなく不思議そうな顔でそれを眺めていた霊夢が視線を向ける先、汗と土で少し汚れた紫が、何かを上に掲げる。
「あったわよ、霊夢! ほらほら!」
テンション高くおいでおいでと手招きするその姿に。
「おばさんくさ」
聞こえないように呟いて、霊夢はしぶしぶと紫のもとへ向かう。
「何があったのよ、もう」
「ほら、これよ」
めんどくさそうにやって来た霊夢に、紫は笑いながら、それを手渡す。
「箱……?」
それはまさしく、古びた小さな箱であった。随分長いこと住んでたけど、一回もこんなものは見たことがないような。
「そ。あら? そんな顔するってことは、随分念入りに隠してたみたいね……まあ、こんなことになって初めて出てくるものではあるんだけど」
不思議そうにそれを見る霊夢に、紫はぽつりと一人ごちて。
「ま、開けてみなさいな。 壊れないように結界が張ってあるけど、解けるでしょ?」
「あ、ほんとだ。どれどれ」
促されるままに、随分と昔に張られたであろう結界を解除しながら、霊夢は軽くぱかっと箱を開く。そこには。
「……」
古びて、色褪せた紙。まだそうでもない、比較的新しい紙。色んな紙が綴じられた、古い古い帳面があった。
霊夢は無言で、それを開いて中身を読んでみる。
「えーと、……年、第一回博麗神社相撲大会にて……」
第一回博麗神社相撲大会にて、奮戦しすぎた吸血鬼との決勝戦により神社全倒壊。先代、申し訳ない。
まず開いたページにはそう書いてあった。見憶えのある字だった。
「……!?」
慌てて次を捲る。
……年、大雪異変により、屋根に積もった雪の重みに耐えきれなくなった屋台骨が崩れ、神社全倒壊。まさかのかまくら生活突入。
……年、大宴会中、酔った妖怪と喧嘩になり、とばっちりで神社全倒壊。情けなし……。
次を、次を捲っても、知らない字で、誰かの字で、そんな風な内容が続いていた。
「紫……これって……」
震える声で、目の前の妖怪を見上げる。これは、これは、まさか。
そんな、巫女の言わんとすることを読んだように、紫はにっこりと笑う。
「ええ、実はこの神社、壊れたのはこれが初めてじゃありませんわ」
あんぐりと、見事に口を開けて、霊夢は呆けた顔になった。
「結構頻繁に……っていうか、巫女一代につき一回は壊れてたかしらねぇ」
懐かしむように、紫はうんうんと頷く。
そんな紫を呆然と見ながら、霊夢はまだ衝撃から立ち直れない。
「ま、神社一回壊して、ようやく博麗の巫女としては一人前ってとこかしら」
だから、ね。紫は、少し声を優しくして。
「壊れる度にこの帳面に、原因と何か一言書いて、反省帳ってやつねこれは。そして、もう一個必ず書くのが、もしまた神社が壊れた時に、次の巫女へ伝えたい言葉」
霊夢の持つ手に、自分の手を重ねて、最初に読んだ部分の裏を見せる。
つられて目を向ける先には、まったく見憶えのあるあの字で。
『次の巫女へ――まあ、気にするな! 次はもっと頑丈な、自分の神社を建てなさい』
顔を伏せるように、その言葉を見ながら、霊夢は無言。
ずるずる。
ずるずる。
「馬鹿みたいでしょ?」
紫が苦笑しながら。
本当に、本当に。
「ばっかみたい……」
笑いながら呟いた声は、震えて。
「ふぇ……」
ずるずる。
本当は、鼻が止まらない原因なんて、わかってた。
「ひっく……うぇぇ……」
意地でも他のは止めてたのに、鼻だけは無理だったんだ。
「うえええぇぇ……えぐっ、えぇぇぇん……」
ぽたぽたと、帳面に、止められなくなった涙が落ちていく。
鼻水だって、もう子供みたいに止まらない。
顔を伏せて、泣きじゃくる霊夢の頭の上に、ぽんと、静かに手の平がのる。
「よかったわね、霊夢」
優しく笑って、紫はそんな霊夢の頭を撫でた。
しばらくそうして、ぐじぐじと泣き続ける霊夢の頭をよしよしと撫で続けている内に、紫の中にある欲望が首をもたげた。
(……もしや、ちょっと弱って素直な霊夢とイチャイチャするチャンス……!)
少し、きょろきょろと周囲を見渡して、誰もいないことを確認する。
大丈夫のようだ。一旦なでなでをストップして、こほんと軽く咳をすると。
「れ、霊夢……泣きたい時には、たくさん、涙が枯れるくらいに泣いてしまうのが一番よ……さあ、私の胸の中で!」
優しい声色を意識しながら呼びかけ、ばっと腕を広げて迎え入れる準備を整える。
さあ、カモン! と、見つめる先の霊夢は、顔を伏せたままひっくひっくと鼻を小さく鳴らしながら、片腕を振りかぶると。
「――ッ!?」
振り下ろした、と同時に、どこからか飛び出した陰陽玉が真っ直ぐ吸い込まれるように紫の顔面へ激突した。
めきょっといった感じで顔面に陰陽玉をめり込ませたまま、ふらっと紫は後ろ向きに倒れると。
「……」
ぐったりと、気絶していた。倒れた衝撃で、ようやく陰陽玉がぼこんと外れて、コロコロとどこかへ転がっていく。現れたその顔は鼻血を流しながら、そのままにやにやと妄想の世界へ飛び立ったのか、爽やかなほどに笑顔であった。
「あ゙ー……」
当の霊夢は顔を伏せたまま、鼻の詰まったような唸り声を出しながら、ちり紙を二、三枚豪華に引っ掴むと。
「ふーん!!」
それで顔を拭くと同時に、豪快に鼻をかむ。
「あーっ! すっきりしたぁ――!!」
ちり紙をくしゃくしゃと丸めて、紫の倒れている方へぽいっと放り投げると、これでもかと言わんばかりの大声で叫んだ。
すっきりした。言葉通りに心は快晴、今にも飛び出しそうなくらいに晴れ上がっている。
「ふぅ……さて、よくよく考えてみたら、どうもやっぱりこの地震おかしいわよね……」
頭もすっきり冴えわたって、出遅れた思考をぐるぐると回していく。
「調べてみる必要がありそうだわね。そんで、もし、異変だったら……」
拳を握ると、パキパキと骨を鳴らす。ふふふふ。
「上等じゃないの……犯人がいるんだったらねぇ」
そして、鳥居、石段の方角へ駆け出すと。
「首洗って、待ってなさいよー!!」
大声で笑いながらそう叫んで、巫女は黄昏の空へと、ふわりと飛び上がった。
――2008年、緋想異変時の馬鹿天人の起こした地震により、神社全倒壊。犯人の馬鹿天人には博麗バックドロップにて昇天してもらった。
次の巫女へ――こんなことで泣くほど、情けなくて、恥ずかしいこともないわよ
天人の頭上には死兆星が輝いたぜw
鬱展開にする事無く、上手くまとめましたね
面白かったです
俺も北斗ネタだと思ってました
紫様と霊夢の会話なども面白かったですよ。
北斗ネタと思っていただけにいい意味で裏切られました。
つーか歴代の巫女たちもはっちゃけすぎww
実際長年住んでた我が家なわけだし、こういう思いもあったのかもしれませんね
このあともう一度倒壊する(しかも紫に責任アリ)なのはおいといてw
素敵なお話有難うございました
そりゃ、紫さんてんこちゃんにブチ切れるわ。
短編で上手くまとまってて読みやすかったし内容もグーでした。
お見事でした
まぁ、紫編でもう一度壊れるわけですが…。
面白かったです。
最後の最後で何だか爽やかな気分になりました。
哀しみの向こうへと辿り着きながら、もう一度評価させて頂きます。
良いお話をありがとうございました。
そしてゆかりん乙
しかし昔から妖怪と仲良かったのかwww
確認したら断末魔までそのままかよwww
感服しました!
・・・・・・ゆかりん・・・w
伝言付きというのがいいですね、受け継がれる想い。
非常にあれなあとがきは……ばわっ!!
式年遷宮ですねわかります。
オチも非常にさわやかで良かったです。
霊夢の落ち込みようを、心情描写より鼻水で表現する作者様の技量には感服致しました。
面白かった。
居場所を思い出を一時に失おうともたくましく生きてきた
歴代の巫女たちに霊夢も連なり、そしてこの後も新たな巫女が
ぶっ壊していくのですねぇ
鼻水がずるずるとするのは、ああきっと(心が)泣いているんだなと気付いた時、泣かないように耐えながらも泣きたいと心が訴えて悲しんでいる霊夢の様子が浮かんで、なんとも切なくなりました。
しかしそれをスカッと吹っ飛ばすオチで一気に爽やかな気分に。
他の巫女の方が遥かに情けない理由で神社壊してるというw
愛着があったものが無くなると辛いですよね
じ~んときました。
霊夢が年相応で紫がお母さんに見えたのが特に良い
今まで考えたことも無かったです。てんこ許されざる。
ただちゃんとオチを付けているので、あまり重くはなりませんでしたね。