※『登場キャラのファンの皆さん、ごめんなさい!』
…って前書きで謝っておけば大抵の事は笑って許してもらえるってけーねが言ってた!
小野塚小町はサボっていた。特におかしくもない、いつもの事である。
今更それを指摘するのは野暮であるし、したところで無駄に終わるのがオチだろう。
もし彼女が働き蜂の如く仕事をこなしていたら、それは最早一種の異変と言ってもいい。
…もっとも、よくよく考えてみればこの幻想郷で自らの職務を真面目に行う者の方が珍しかったりもするのだが。
そしてその珍しい側に入る彼女の上司が、部下の様子を確認しに来るのもまたありふれた光景。
「……はぁ」
三途の川岸にある岩の上で仰向けになって惰眠を貪っている小町の顔を見下ろし、四季映姫・ヤマザナドゥは深く嘆息した。
この流れでいくと、次は映姫の手に握られている悔恨の棒が目の前のサボマイスタの脳天に振り下ろされ、直後に『きゃん!』とこれまた恒例の悲鳴をあげて目覚めた小町が真っ青になって必死に釈明、しかし聞き届けられずお説教タイム突入…というパターンになる。
マンネリ化していると言ってしまえばそれまでだが、小町はともかく映姫に罪は無い。むしろさっさとこんなお約束は破棄してしまいたいと願っているぐらいだ。
それが現状では叶わぬ願いであるとしても、それを望むなというのは酷な話だろう。
だがしかし。いつものように渾身の力が込められて振り下ろされた悔恨の棒は、あわや脳天直撃というところでぴたりと静止した。
「む、これは?」
瞬き一つせず凝視する映姫の視線の先にあるのは、新聞紙。
小町の耳元に放り出されているそれのとある記事が、映姫必殺のお仕置き脳天チョップ(?)を中断させたのだ。
「な……何ですかこれは……?」
震える手で新聞を手に取り、改めて書かれている記事の内容を確認する映姫。
その表情にはかつて無いほどの焦燥と動揺が満ち溢れていた。閻魔としてあるまじき状態だが、逆にいえばそれほどまでの威力があったともいえる。
しばしの間、それこそ穴が開くほど記事を見つめていた映姫だったが、やがてゆっくりと顔をあげた。笑顔だった。
「ふ、ふふ。ふふふ。ふふふふふ……」
それは途方も無い怒気と殺気をかもし出す、とても素晴らしい攻撃的な笑みであった。
こんこん、と扉を叩く音がしたので、おや誰でしょうと出てみたら。
「御機嫌よう射命丸文ラストジャッジメント」
「えっちょっまっ、あややーっ!?」
とびきりの笑顔をした閻魔様の鬼畜スペルが飛んできました。ピチューン。
危なかった…。昨日エクステンドしていなかったら即死でした。
『射命丸文、閻魔の怒りを買い地獄へ直行』…だなんて、全然笑えないしシャレになりませんよ。記事にはなりそうですが。
「あ…ありのまま、今起こったこ」
「そこに直れ、射命丸文。貴方には山ほど言いたい事があります。それこそ今日一日では足りぬ程に」
定番のネタを挟み場の空気を和ませようとしましたが失敗でした。折角顔芸の準備もしていたというのに。
お約束潰しとは感心しませんな。幻想郷の閻魔はノリが悪くて困る。
「あやや、つれないですねー。せめて今の私の心情をお約束の定型文で表現するくらいは」
「先程の言葉が聞こえなかったのですか? そこに直れと言ったはずです。三度目は言いませんよ」
「…………わ、わかりましたわかりましたから二枚目のスペルカードを取り出すのは止めてくださいお願いします」
座布団を二枚用意し、お茶菓子を出し、正座して動作終了。ここまで何とびっくり12秒! 幻想郷最速の名は伊達ではないのです。
……連続でラストジャッジメントなど使われたら、今度は私のみならず家まで吹き飛びかねません。
「さて射命丸文。何故私がここにいるのか、その理由が分かりますか?」
「いえまったく。これっぽっちも検討つきませぬ。つきませぬが、どうやら私めの行動に関連しているであろう事は推察しております。正直身に覚えはまったくありませぬが、もし映姫様に多大なる迷惑をかけていたとなれば知らぬ存ぜぬで通すわけにも参りますまい。平身低頭にて誠心誠意を込め、謝罪する旨でございます」
「その場しのぎのため行う、余計にへりくだった言動は逆に評価を下げますよ。他の者ならばいざしらず、この四季映姫・ヤマザナドゥを舌先三寸で丸め込もうなど浅薄も甚だしい。説教内容を追加します」
「ひぇぇ、ど、どうかお許しをっ! なにとぞ、なにとぞっ!」
土下座し、ひたすら地べたに額をこすりつけながらの嘆願。
如何様に言われようと、烏天狗に生まれ育ったが故のこの処世術、最早骨身に染み込んでどうにもならないのです。
あぁ、条件反射でへりくだってしまうこの身体が憎い。
「…まあ、いいでしょう。私とて長居をするつもりは毛頭ありません。まだ今日の仕事も残っていますし」
「で、でしたら、このような取るに足らぬ烏天狗の事など捨て置いて、是非仕事場へと戻られては……いえすみません冗談ですごめんなさい二枚目は出さないでくださいお願いですから」
このままでは埒が明かないと判断したのか、映姫様は一旦言葉を切り、ごほんと咳払いを一つ。
普段から長い説教ばかりしているから、上手く本題に入るのが苦手なのでしょうね。口には出しませんが。
「では、本題に入りますが……。射命丸文。これは貴方が出した新聞に間違いありませんね?」
映姫様が取り出したのは、紛れも無い私の新聞、『文々。新聞』。しかも三日前に出したばかりの号外ではありませんか。
そして同時に私は思い当たり、理解しました。
何故、幻想郷一仕事熱心な閻魔である四季映姫・ヤマザナドゥともあろうお方が、わざわざこのような場所にまで足を運んだのか。
そして⑨でも認識できるほど分かりやすい怒りの感情を全身から溢れさせているのか。
バラバラだった点がつながり、一本の線となり。それが解答を導き出した瞬間。私は心のそこから震え上がりました。
「……確かに、これは私めが先日発行した号外ですね。果たしてどの記事が悪かったのかまったく思い当たりませんが、閻魔様の気分を害してしまったとなれば話は別。この射命丸文、一生の不覚でした」
となれば、私に出来ることは一つ。ひたすら胡麻をすり、許しを請う事のみ。
なんと情けない、お前にはプライドというものは無いのかと責められようと結構。
同じ状況に置かれれば、きっと誰もがそーします。私だってそーします。
「……先刻の忠告がまったく活かされていない物言いですが、それは後のお説教に回すとしましょう。今この場に置いて優先すべきなのは、このような記事を新聞に載せた貴方の真意を確認する事」
「真意、ですか。そう問われましても、正直答えに窮するのですが」
「戯言で時間稼ぎをしても、説教が長くなるだけですよ射命丸文。もっとも、さらにこちらの心証を悪くしたいというのならば話は別ですが」
「いやいやそんな、滅相も無い! 答えに窮するというのは、まさにその言葉どおりの意味でして。と、言いますのも。閻魔様の仰る私めの真意なるものとは、この新聞の文面こそがまさしくそれなのですよ」
「…成程。つまり貴方の真意はこの記事の内容そのものであり、今更それを言葉で取り繕うつもりは毛頭無いと。そう解釈してよろしいのですね?」
「Exactly.(そのとおりでございます)」
もっともらしく畏まり、軽く一礼する。自画自賛はあまりしない主義の私ですが、今のは決まりました。非常にベネです。
ただ目の前にいる閻魔様には受けが悪かった様子。あ、悔恨の棒がみしっ…と音を立てました。もう少しで亀裂が走り砕けそうな塩梅。
もう小ネタも冗談も効かない。……詰みましたかね、これは。
「貴方の言い分は分かりました。しかし、このような短い文面のみで真意を推し量るなど、閻魔である私とて不可能に近い。よって射命丸文。貴方には説明する義務がある。貴方の言葉とこの記事の内容。この二つを照らし合わせ、真意を確かめるとします。異存はありませんね?」
と思っていたら想定外の弁解チャンス到来!
矢張りなんだかんだ言ってもこのお方は閻魔様、一方的な断罪などけして行わないのですね。ほんの少し感動しました。
無論この九死に一生を得る絶好の機会を逃すほど鈍間な射命丸文ではありません。全力で、生存フラグを掴みに行きますッ!
「異存など、初めから欠片も持ち合わせておりませぬ。どうぞ、映姫様のお望みのままに。私めはそれに従いましょう」
「……まあ、いいでしょう。ごほん。射命丸文。一体、何故、どういう目的で、このような、内容の記事を作成し、あまつさえ号外などという形で幻想郷広域に配布したのか。手短かつ丁寧に理解しやすい納得のいく説明を望みます」
悔恨の棒でビシッと記事を指した閻魔様。それってそのような使い方をするようなものでしたっけ?
あぁそれよりも。今の閻魔様の表情をカメラに収められないのがまことに悔しい。さすれば写真が完成した暁には、一部の特殊な性癖を持つ連中に高額で売りさばけるというのに!
身の危険より記事のネタに心が傾いてしまうのは、伝統のブン屋たる私の性分故か。少しだけですが、それを恨めしく思います。
ちらりと視線を下にずらせば、そこにはこの状況を作り出した元凶たる私の新聞の記事。
”文々。新聞 秋の号外 『聖白蓮、今幻想郷で一番叱られたい女性ランキング堂々の一位獲得!!』”
主文:
一月前、本紙は『幻想郷であなたが叱られたいと思う女性は誰か?』という調査を行なった。
その結果、最近話題となっている命蓮寺の聖白蓮(人間?)が他の候補を圧倒する票を獲得、見事一位に輝いた。
過去に本紙が行なった同内容の調査で常に上位を争っていた上白沢慧音(ワーハクタク)、四季映姫・ヤマザナドゥ様(閻魔)も健闘したが、今回はどちらも力及ばずという結果に。
何故このような結果になったのかについては不明瞭な点が多いが、命蓮寺が急速に信仰を集めている現状と無関係であるとはいえないだろう。
この件に関して命蓮寺の白蓮さんに話を伺ったところ
「大変驚き、そして感謝しているというのが正直なところです。これほどまでに多くの方々が、私の思想に共感してくださっているという事実が、何よりも嬉しい。これからも皆様の期待を裏切らぬよう、精進する所存です。これからも命蓮寺をどうかよろしくお願いします」
とにこやかに微笑みながら感謝され、記者冥利に尽きると感じた次第である。
なお集計した票に記載されていた投票理由の一部を以下に抜粋したので、参考になれば幸いである。
『あの全てを包み込む包容力…いや、母性に胸打たれました』 by人里の人間女性
『まさに菩薩。正直聖様さえいらっしゃれば他には何もいらないと思う』 by名も無き野良妖怪
『ババァー! 俺だー! 結婚してくれー!』 by崖下紳士(種族不明)
『性格もそうだが、何より魔法使いとしての格が半端じゃない。私が師匠(せんせい)と呼びたい二人目の女性だぜ。え、一人目は誰かって? そりゃ当然み(検閲削除)』 by普通の白黒魔法使い
『姐さんは最高です!』 byハイカラ少女
『正直、客を取られちゃってるのは悔しいけど……本当にいい人だから困るのよねぇ。……べ、別に認めてるわけじゃないのよ? どっかの隙間妖怪なんかよりずっと信頼できるなぁ…とか思ってないし! 勘違いしないでよね!』 by紅白巫女
『ちょいと話してみたが、いやー本当に素晴らしい方としかいえないね。容姿も説教も高水準だし。…四季様? うーん、うちのボスはちぃと融通が利かないし、お説教が長すぎるのがどうも、ね』 by勤勉な船頭死神
ううむ、我ながら何度見返しても素晴らしいとしかいえない内容と出来。流石は私。他の烏天狗など話になりません。
一体この記事のどこが気に入らないというのか。いやはや、まったく分かりません。
「さぁ、早く。今すぐ。迅速に。ハリーハリーハリーハリー! 閻魔は拙速を尊ぶ!」
ぺしぺしと悔恨の棒で記事を叩きながら説明を急かす閻魔様。余裕を失ったせいかキャラまで変わってきていますが、そこはこの際どうでもいいので流しましょう。余計な火種を生むのは賢くありませんし。
それにしても何という運命の悪戯か。憂さ晴らしに今度、紅魔館のカリスマブレイク決定打のスッパ抜き写真特集でも組むとしましょうかね。今更感は否めませんが、まあ需要はあるでしょう。
いやいやそれはそれとして。今はこの大ピンチを如何にして切り抜けるかが何よりも重要!
その為にはどう説明すべきか。脳を高速回転させ、結論を導き出すまでに必要とした時間は0.3秒。ふふふ、音速が遅いですね。
「ふふふ……それはですね」
「それは?」
「こいつぁイケるぞとブン屋の勘がビビビと来たからd」
自信たっぷりに本心本音を答えようとした私の言葉は、一瞬にして場に出現した大量の卒塔婆弾幕によってかき消されました。
本日二回目のピチューン。もう残機がありません。後で椛を利用しエクステンドしなければ。家に被害が及ばなかったのがせめてもの救いでしょうか。
「せ…宣言なしのスペルカード発動は、余りにも無情すぎると思います…」
「黙りなさい。真面目に説明しない貴方が悪い」
「いえ今のは割と真面目に考えた上での本心本音だったのですが」
「尚悪いッ! 矢鱈嘘を吐き、真実を取り繕うことは勿論罪ですが、歯に衣を着せぬ物言いもまた罪を生み出す場合があると知りなさい」
まったくもってそのとおりです。
そのとおりなのですが。それはあなたが言える事ではないような……と思うのは私だけでしょうか。
口には出しません。後が怖いので。
「以前にも私はあなたに告げた筈。そう、貴方は少し好奇心が旺盛すぎる。貴方の新聞には、常に新たな事件の火種となる可能性があるのです。それなのに貴方はまったくそれを気に留める様子が無い!」
「うう……」
正直、予測できた説教内容ですが、直に聞くと耳が痛い。
『記事を書けば、事実が変わる』というのが花の異変時にされたお説教の要点であり、私自身省みる点があるなと感じた事でした。
以降私は私なりにその点を留意して活動を行っていたつもりだったのですが……。
「つもりだった、では意味が無い。実際に結果として示されていないなら、それは具体的に何もしなかった事と同義。己の基準のみで己を測るなどまるで話しにならない」
どうやら思っていた事を口に出してしまっていたようです。そしてあえなくばっさり切り捨てられました。最早返す言葉も見つかりません。
さらに続く閻魔様のお説教。いっそ死ねば楽になれるのに………。そんな考えすら湧いてきました。
…あ、死んでもどうせこの方にお説教されるんだっけか。………。逃げ場は…ないのですか…っ……!
「逃げ場などあろうはずもない。罪には罰。私の説教を真摯に受け止め、ここで裁きを受ける事。それが今の貴方に出来る善行よ」
もう駄目だ。おしまいだ。
既に二回裁きを下しているじゃないかとか、裁かれたらもう善行もおしるこもないじゃないかとか色々突っ込みたいところですが、目の前の閻魔様がそれを許す筈も無く。
幻想郷に住まう文々。新聞愛読者の皆さんへ。非常に残念ではありますが、本日を持って文々。新聞は廃刊となります。
担当記者が取り返しのつかぬ罪を犯してしまったばかりに、ご迷惑をおかけしてしまった当事者の方々には谷よりも深い謝罪の意を………。
…………………。あれ? 当事者?
「あの、閻魔様」
「何ですか。この期に及んで尚時間稼ぎをしようというのなら、さらに罪を増やす事になりますよ?」
「いえ、そんなつもりはまったく。ただ一点、ふとある疑問が湧きまして。それについて確認をしたいのですが」
そう、これは一見取るに足らないちっぽけな疑問。だのに何故かおざなりにしてはいけないと感じた疑問。
もし、私の予感が当たっているとすれば。ひょっとすると―――
「…分かりました。罪人であろうと、得心のいかぬまま裁きを受けるのは善しとしないでしょう。ただしそれがわざわざ確認するまでも無いような些事であった場合は……」
言葉尻で格段に増したプレッシャーに、思わず呑まれかけましたが、何とか踏み止まりました。
既に裁きを受けると覚悟を受けたこの身と心ですが、この疑問を解決しない事には悔いが残る。
『納得』は全てに優先する、とは誰の言だったか思い出せませんが、今なら理解できそうです。
「ご配慮痛み入ります。では……閻魔様にお尋ねしたい。私めの罪は、この記事を書いた事であらぬ騒動の種を蒔いてしまった事。そうですよね?」
「そのとおりです。まさか、確認したかったのはそれだけですか? ならば――」
「いえいえ、今のは念のために確認しただけです。本題に関わる事ではありますが、そのものではありません」
「回りくどいですね。貴方は一体何が言いたいのですか」
またイライラし始めている閻魔様ですが、何故かそれほど気になりませんでした。
今の問いで、一つの確信が得られたから。そして次の問いにより、この確信はより確固たるものへと変化するだろう、と感じたから。
「ええと、つまりですね。私めが書いたこの記事で、一体誰が被害を被ったのか。それを知りたいのです」
こう尋ねた途端。一瞬の間をおいて、さっと閻魔様は顔を背けました。
どうやら事態は好転しそうです。本当に、どんでん返しが起きるかもしれません。
「……何故目を逸らすのですか?」
「そ、逸らしてません」
「動揺、してません?」
「し、してません。何故私が動揺せねばならないのです」
「冷や汗すごいですね」
「み、見間違いですっ!」
先程までの威厳たっぷりプレッシャーバリバリの様相から一転、露骨に慌てふためく閻魔様。
……何ですかこれは。凄く可愛らしくて仕方が無いのですが。これが所謂ギャップ萌えという奴なのでしょうか?
ともかく、これがチャンスである事には違いありません。一気に畳み掛けてしまいましょう。
「ならば、今一度お尋ねしましょう。私の書いた記事で誰が被害を被ったのですか?」
「そ、そんな情報を教える義務はありません! そもそも貴方が知ったところで意味が無いでしょう!」
「おやおや、これはおかしな事を仰いますな。誰が被害者であり、どのような形で被害を被ったのかを知るのは被告の権利、いや義務である筈。己の罪悪感のみでは罪を自覚したとはいえず、また贖罪も出来る道理がないと仰っていたのは他ならぬ映姫様の筈では?」
「い、一介の烏天狗に過ぎない貴方と閻魔たる私を同列に見るとは! けして許される行為ではありませんよ!」
顔を真っ赤にして必死に叫ぶ閻魔様。正直、今の姿もとても可愛らしい。
焦り苛立つ映姫様に対し、どんどん落ち着きと余裕を取り戻していく私。
頭が冴えてきたせいか、すらすらと言葉が浮かんできます。
「そもそも、最初から疑うべきだったのです。映姫様のこれまでの発言は一見筋が通っているようにみえて、実は過去の内容を流用しているに過ぎなかった。私が書いた記事の内容について断罪しにきたというならば、まずそれがおかしな点です」
「な、ななな、何を言うのですか! そそそ、そのような発言は冒涜です! 閻魔に対する侮辱罪を適用しますよ!」
「ふむ、先程までなら、はいそうですかと素直に聞いてたでしょうが、今となっては最早説得力に欠けますなぁ。何しろこの射命丸文は生まれついてのブン屋気質ゆえ、情報が曖昧なままでは絶対に納得できぬのです。それは裁判を行う映姫様とて共通している理念であると思っておりますが、違いますかな?」
「む、むむむぐぅ……っ!」
反論しようにも言葉が思い浮かばないのか、口をパクパクさせる閻魔様。その両目がだんだん潤んできているのはけして見間違いでは無いでしょう。
正直今すぐにでもカメラに収めたいくらい貴重な光景です。直接お見せできないのが口惜しい事この上ないくらいに。
…おっといけない、最後の詰めを忘れるところでした。
もう九分九厘流れはこちらの物ですが、そこで手を抜いてはならない。カウント0になるまでが発狂弾幕なのです。具体的には蓬莱の薬とか。
さぁ、とっておきのダメ押しといきましょう!
「説明できますか? できないでしょうなぁ。では何故映姫様は答えられないのか? それは私の書いた記事の被害者などいないから。故にどのような被害だったのかも説明不可能。隠したり誤魔化しているという線も普通ならありますが、今回に限ってはまずありえないと断言できます。理由は単純。閻魔である映姫様が嘘や誤魔化しをするなどありえないし、あってはならないからです。――つまり、これらの点を踏まえた上で導き出される結論は一つ」
びしぃ、と相手に向かって指を突きつけ、堂々と宣言する。この場面で取るべき決めポーズはこれしかないと直感したからです。何故かは分かりませんが。
「今回の私に科せられた罪状は全て、この記事を読み自身に都合の悪い解釈をした映姫様による私怨晴らし目的のでっち上げの冤罪だという事ですっ!」
………決まった。心の底からそう確信しました。複数の意味で。
とどめの一撃を食らった映姫様はというと、少しの間ぷるぷると小刻みに身体を震わせていましたが。
「う……うぅっ……うわあぁぁぁぁぁんっ!!」
泣き叫びながら私の家を飛び出していきました。成程、物凄い速度で走りながら泣けば、涙は横に流れるのですね。一つ勉強になりました。
それはともかくとして。
「流石に少し、やりすぎちゃいましたかね……」
閻魔様に問答で押し勝った、といえばとっておきの大金星ですが、それを記事にしたところで胡散臭がられるのがオチでしょう。
さらにそれが原因でまた閻魔様が癇癪を起こす可能性も無きにしに非ずですし。残念ながらこのネタはボツですね。
それはさておき。
「圧倒的不利な裁判状況の中、数多の証言に潜む矛盾を探し出しそれを指摘。そこから事件の真相を追究し、見事に勝訴を勝ち取る。…………イケる!」
タイトルは『逆転文屋(ぎゃくてんあやや)』。うむ、完璧なタイトルです。
次回の文々。新聞から連載してみましょう。大好評コーナーになる予感がビビビとします!
でもその前に。もう一つ号外を出すとしましょう。今後のためにも。
「はぁー…………」
一介の烏天狗風情に言い負かされるという、閻魔にとっては黒歴史以外の何者でもないあの事件から一日が過ぎた。
あの後、泣きながら彼岸に戻った映姫はサボリ&惰眠継続中だった小町を叩き起こし、普段のそれを上回る厳罰を与え僅かに溜飲を下げた。
そのおかげか、今日一日小町はまったくサボらず真面目に働き、定められているノルマ以上の魂を運んできた。
それに関しては素直に嬉しく思う映姫だったが、どうせそう長続きしないだろうという事も分かりきっているのであまり喜べなかったりする。
もっとも、今は昨日の一件が尾を引いているのでそれすらも気にならないのだが。
「私ともあろうものが、あのような醜態を晒してしまうとは何たる恥。もっと冷静に考え行動していれば、回避も不可能ではなかったのに……。はぁー……」
再び大きなため息をつき、机に突っ伏する映姫。
常日頃から胃が痛くなる程のストレスを感じている彼女は、精神的にも肉体的にも疲れきっていた。
働きすぎによる過労でこうなるならまだしも、真逆の原因のせいでこうなっているというのは非常に情けない話であるが、ひとえに映姫が生真面目すぎるが故にという点もある。
幻想郷で生真面目な性格や気質を持つ者は、ほぼ例外なく矢鱈と苦労や心労を背負わされる損な役回りになってしまうのだ。
そう考えると、某緑腋巫女の『常識に捉われてはいけない』発言も的外れとはいえない気がしてくるから不思議なものである。
「四季様ー、まだこちらにいらっしゃるんですかー?」
「………あぁ、誰かと思えば小町ですか。何の用です? 私は今説教もしたくないほど疲れ果てているので放っておいてください」
ひょっこりと顔を出した小町の方も見ようとすらせず、半ば投げやり気味な口調で呟く映姫。
いつになくへたれている上司の姿を見て、こりゃ重症だと感じる小町。
折角吉報を持ってきたというのに肝心の映姫がこれでは話にならない。
「まあまあ、そんな事は言わないでくださいよ。四季様がそんな調子だと、こちらまで気が滅入ってくるじゃないですか」
「どの口でそれを言いますか。本当に私を気遣う気持ちがあるのなら、日頃の態度で示してください。まあ、どうせ言っても無駄でしょうけど」
「あいたた、そこを突かれるとまったく反論できませんが、それはそれ、これはこれという事で。それにらしくないですよ。四季様が特定の物事に捉われ、いつまでもそれを引きずるなんて」
「…………」
小町の的確な指摘に映姫は何も答えず、ごろりと顔を横に向けた。だが小町は呆れないし怒らない。
例えどんな状態になっても、人の話をさらりと聞き流すような真似はしない。それが彼女の知っている映姫だからだ。
「四季様の事だから、大方あの記事を見て自分が軽んじられているんじゃないか、と危惧したんでしょうが、そりゃ余計な心配ってもんですよ。確かに四季様の説教は長すぎるし、正論すぎて逆にうんざりするし、融通利かないし、生真面目すぎるし、説教が長すぎるし、なるべく関わりたくないって考える奴がいるのも仕方の無い話ですけど」
さりげなく上司に対して失礼な発言をしているが、少なくとも今の小町に悪気は無い。
普段なら目ざとくそれを注意する映姫だが、幸か不幸か現在の彼女にそんな気力は無かった。
とはいえ、どこか釈然としないものを感じてはいたりするが、それは当然だろう。
「でも逆に言えば、それが出来るのは幻想郷では四季様だけって事です。そしてこれからも、それは変わらないでしょう。だからあたいは思うんですよ。四季様は四季様らしく、いつもどおり堂々と生真面目に構えていらっしゃればいいってね」
優しく、諭すような口調で語る小町。
その言葉を最後まで聞き終えると、映姫は小さくため息をつき、ゆっくりと体を起こした。
「……まったく。一体どこの彼岸に、上司たる閻魔に説教する船頭死神がいるのですか。そんな事は、わざわざ貴方に指摘されなくとも理解しています」
「でしょうね。それでこそ四季様だ。そう、あたいはあくまでも一介の船頭死神。説教なんて得意じゃないしそもそもそんなガラじゃありません。それは閻魔である四季様の領分ですからね」
「………ふむ、貴方がそこまで私のお説教を好いているとは知りませんでした。ならば折角ですし、ここで一つお説教しましょうか」
「げげ。四季様、そりゃあんまりですよー」
本気で嫌そうな顔をする小町を見て、冗談ですよと苦笑する映姫。
心労の種になるかと思えば、ひょんなところで優れた一面を覗かせたりもする困った死神。
こういう時、小町が自分の部下でよかったと思う自分がいる。そしてそれを悪くないと思っている自分がいる。
それを口に出さないのは、映姫が映姫だからなのだろう。
「さて。随分と遅くなってしまいましたね。さっさと後片付けをして帰りましょう」
「りょーかい。……っと、すっかり忘れるところでした。四季様にお伝えしときたい事があるんだった」
「? 私にですか?」
「ええ。こいつは吉報ですよ。きっと四季様も喜びます」
はて、一体何だろうと映姫は首を傾げる。別段思い当たる節が無い。
閻魔としての仕事評価はけして高くない(小町のせいで)し、昇給は元より望み薄だし(地獄が財政難なのでこれは仕方ない)……。
たゆんとした豊満な胸の谷間に手を突っ込み、しばしごそごそと探っていた小町が取り出したのは、見覚えのある新聞紙。
途端に映姫の顔色は変わり、嫌な予感が湧き上がってくる。
そんな上司の心情など蚊ほども理解していない小町は、新聞のある一面を引っ張り出し、広げて見せた。
その瞬間、映姫は絶句した。
”文々。新聞 秋の追加号外 『四季映姫・ヤマザナドゥ様、栄えある今幻想郷で一番ギャップ萌えする女性ランキング堂々の一位獲得!!』”
主文:
一月前、先の号外で発表した調査と同時に行っていた『今貴方が、幻想郷で一番ギャップ萌えする女性は誰か?』の調査結果が出たので追加号外という形にて発表する。
今回の戦いは熾烈を極めたが、紅魔館の主レミリア・スカーレット(吸血鬼)、妖怪の大賢者八雲紫(妖怪)、四季のフラワーマスター風見幽香(妖怪)などの並み居る強豪を抑え、四季映姫・ヤマザナドゥ様(閻魔)が見事一位の栄冠に輝いた。
当初は命蓮寺という新勢力が登場した事でこの争いもさらに混沌となるものと本紙は予想していたが、このような意外な結末となり驚きを隠せない。
なお今回は諸事情があり、四季映姫・ヤマザナドゥ様(閻魔)に取材する機会に恵まれなかったため感想を掲載することが出来ない。これに関しては本紙としても非常に残念である。
先の号外同様、以下に集計した票の記載内容を一部抜粋し、掲載する。
「閻魔という聖職者には辱めがよく似合う」 byペンネームAQN
「口ではキツい事を言いながら、本心はデレデレ。これを萌えと言わずしてなんという」 by地霊殿の主
「映姫ー! 俺だー! ツンデレてくれー!」 by永遠亭入院中末期患者
「普段生真面目でけして崩れない閻魔様の泣き顔を見た時に……フフ……その、下品なんですが……ぼ(検閲削除)」 by殺人嗜好持ちの男性幽霊
「平常時と錯乱時で、あそこまで落差が激しいとは思いませんでした。正直、たまりません」 by伝統の幻想ブン屋
「ね? なんだかんだ言っても、ちゃんと四季様の魅力を理解している奴がいるって事ですよ。まあ正直あたいに言わせれば、ようやく幻想郷の時代が追いついてきたって感じですね。いやーあのブン屋もたまにはいい記事を書くもんだ」
からからと笑う小町の傍で、映姫も笑っていた。ただし、それは文字通りカラカラに乾いた笑み。
一日前のそれとは次元が違う、超攻撃的な笑みである。
何の前触れもなく、いきなり映姫はぐしゃり、と新聞紙を握りつぶした。
「ありゃ。どうかしたんですか四季さ………ま………?」
まったく事態を把握していない小町の言葉は、尻すぼみになって消えた。
有無を言わせぬ絶対的威圧感。それを目の前の上司が全身に纏っていたからだ。
「…………………あ」
「あ?」
「あの世で私に詫び続けろ、射命丸文―――ッ!!!」
その叫びは、彼岸を超え山を越え谷を超え。
幻想郷全域に響き渡ったという噂だが、真相は不明である。
どっとはらい。
四季様可愛いなあ
白蓮のいいところをそんなに見つけられるとは
四季様カワイイよ四季様ww
>ワレモノ中尉様
嫌な予感をさせるためのタグですから。
でも流石にアレだったので、少し修正してみました。四季様は可愛いですよね~。
>4様
幻想郷には二人閻魔様がいて交代で裁判しているとの事ですが、表立って苦労しているのは映姫様のイメージが矢張り強いです。
聖白蓮様を始めて知った時の感想は『これなんて調整ミスキャラ?』だったr(ry
ジョインジョインナムサァン
>5様
あああああやっちまったぁぁぁっ!!
まったく気づいていませんでした。いやはや、テンションで書き上げるとミスしても気づけませんね(苦笑)
そのままにしておいてもよかったのですが、やっぱり気になるので修正しました。
報告ありがとうございます。
四季様が可愛いのは当然です。何せギャップ萌えランキング一位のお方なのですかr(卒塔婆弾幕被弾
四季様のかわいさが光るこのSSでもかような存在感。流石聖母。
直接出てないのに白蓮姉さんすげぇ!
次回は直接対決を希望。
そして、ババアじゃないよ! 若返っただけだよ!
ちょっと封印されてたせいで無知なだけなんだ
正直『前回の点数ぐらい入ったら御の字だなぁ』と思っていたので、嬉しい事この上ないです。深く感謝感謝。
では第二回目のレス返しです。
>15様
最初は四季様と聖さんのトークものを書こうと思っていたのに、出来た作品は何故か四季様メインだった。な、何を言って(ry
実際には登場していないのに存在感が半端じゃないのは、やっぱり聖様だからとしかいえませんね。
>16様
タイトルは、この作品の本質を表現して……いないですね。どうみても(苦笑)
もっといいタイトルのつけようがあったかもと、今更ながらに後悔したりしなかったり。
直接対決は確かに面白くなりそうですね。
既に色々とシチュエーションは構想していたりしますが、形になるまでが大変なので完成するかどうかは一応未定ということで。
そうですね、ババァじゃなくてお姉さんですよね!
>22様
⑨という一文字に込められた意味合いは、ネタから真理へと昇華されつつあるのです。
まあ、チルノはさいきょーだから仕方ない。
>26様
これはまだ走り書きに過ぎません。
聖様の凄さは108式まで(ry
>27様
確かに無知とバカはまったく別物ですね。属性的な意味で。
仮にも大魔法使いですし、そっち方面の知識もきっと豊富な筈。
……あれ、つまり聖様は知識人パチュリーよりも上j(ry
二回目になりますが、拙作に目を通して頂き本当にありがとうございました。
これからも思いつくまま気の向くまま、気紛れに思いついたネタで書いた作品を投稿していきたいと思います。
次回こそは、天子の話……だったらいいなぁ(オイ)
聖白蓮っていろいろと凄いのかもしれない
文章もタイトルがあれなのにしっかりしてて
読みやすかったです
それにしても、小町が説教が長いと2回言ったのにはワロタ
後・・・
ババアと言うなおばあちゃんと呼べ!
面白かったです!