「……と、今日の授業はこんなところだ。さて、質問のある者はいるか?」
五十分間の授業も終了間際、ぐるりと教室を見渡すと一斉に振り上げられた生徒達の手。こんなに上がるのは珍しいな。
熱心に聞いてくれているようで、教師としては嬉しいものだ。乱立する肌色の木々の中から私は一本を選び指差した。
「それじゃ一番元気のよかった太一。どんと聞いてみろ。なんでも答えてやるぞ」
「慧音先生、今の話なんですけどアリス先生の場合はどうなるんですか?」
アリス先生、とは森の人形遣いとして知られるあのアリスのことである。
この寺子屋の人手が足りなくなった時、真っ先に助けを頼んだ彼女は二つ返事で快諾してくれた。
人柄はいいし知識も申し分無い。何より子供に好かれている。教師にはうってつけの人材だ。里で人形劇を開いたりするあたり、彼女の方も子供好きな面があったりするのだろうし。
まぁ、そんなことを面と向かって言えば、あくまで自己の研鑽のため、などと言って彼女はそっぽを向いてしまうだろうが。
そんな生徒からも評判のいいアリス先生だが、その人気の一つの要因として彼女の美しい金髪がある。
この幻想郷には金髪女性は何人かいる。アリス先生以外にも霧雨魔理沙や八雲紫にその式。直接見たことは無いが、悪魔の妹に鈴蘭畑の人形なんかもそうらしい。
だが、そんな美しい金髪を誇る彼女達の姿を里で見かけることは殆ど無い。八雲藍が稀に油揚げを買いに来たりする程度、と言ったところか。
そのためか、里では普段見かけないブロンドの髪に憧れる者が男女を問わず数多く存在する。そんなブロンドの髪が象徴するアリス先生は、先程の授業の例に当てはめると―――
「そうだな、アリス先生は身近にいるコーカソイドのいい例だな」
コーカソイド、所謂白色人種のことである。
アリス先生の肌は透き通るように白い。白魚のような手、とはまさにこのことだろう。
真っ白なその両腕と、十本の指が滑らかに動き人形を操るその様には、女である私すらある種の艶かしさを覚えるというものだ。
「先程も授業で言った通り、コーカソイドの全員が金髪碧眼に白い肌、というわけではないがな。まぁ典型的な特徴ではある」
先程まで教えていたのは社会の授業。その中でも人種について―――すなわち、コーカソイド、ネグロイド、モンゴロイドの差異について。
日差しの強い赤道付近を離れ、ヨーロッパ周辺で暮らしたために不必要なメラニン色素を排除した白色人種、コーカソイド。
人類発祥の地アフリカで暮らし続け、体格・身体能力に大きく秀でた黒色人種、ネグロイド。
この教室にいる皆が属する、かつて長い時をかけて極東へ進出してきた黄色人種、モンゴロイド。
この中で先程述べた特徴を持つアリス先生が属するものと言ったら、コーカソイドに他ならない。
だが、そう答えた私を待っていたのは周囲の子供達の困惑だった。
「そういうことじゃなくて、えーと」
「ん?どうした太一。言ってみろ」
「世の中にはコーカソイドと、ネグロイドと、モンゴロイドがいるんですよね?」
その通りだ、と私は答えた。そしてアリス先生が属するのは―――
「マーガトロイドは何色人種なんですか?」
―――何人種なんだろうか。
コーカソイド、ネグロイド、モンゴロイド、アリス・マーガトロイド。
第四の人種誕生……ってそんなわけがあるか。
「それは名字―――いやちょっと待て」
子供の考えと一笑に付すところだったが、考えてみれば変だ。あれは本当に名字なのだろうか。
以前魔理沙から魔界へ行った話を聞いた時に、アリスの母親の話を少しばかり聞いたことがある。
神綺、という名だったか。その母親の名にマーガトロイドという名字は冠されていなかったはずだ。
とは言っても流石に人種ではない……と思う。自分の名前の後ろに人種を付けるなど聞いたことが無いし。私だったら慧音・モンゴロイドになってしまう。
マーガトロイドは何人種なのか。そもそもマーガトロイドとは何なのか。うん。これはあれだな。そう―――まったくわからん。
「い、いい質問だな太一」
だが教師としてそんな情けない姿を見せるわけにもいかない。ここはハクタク生誕の地、中国に伝わる伝統的必殺技を使うしかあるまい。
「……実はアリス先生の得意技、人形劇の起源は古代中国の宋の時代にまでさかのぼる。糸を用いて人形を自由自在に操るその姿に、世の拳法家達が注目しないわけがなかった!」
そう、いわゆる困った時の民明書房アタックである。
「人形で戦ったんですか?アリス先生みたいに」
「その通りだ。人形ゆえの気配の無さを利用し暗殺を主としたこの殺人拳は、創始者である麻賀(マガ)の名をとって麻賀闘(マガトウ)と呼ばれた!そして西洋に伝わった麻賀闘はマーガトと呼ばれ、その時代最強のマーガトの使い手はマーガトロイドと呼ばれるようになったのだ!」
民明書房刊『世界の怪拳奇拳』より、と。これさえつけておけばセーフ。誰がなんと言おうとセーフ。文句は大河内民明丸先生に言ってくれ。
変な噂が立つかもしれないし、アリス先生には一応後で説明しておこう。
ついでにアリス先生にマーガトロイドの真相を聞いて、生徒達には今回の答えは冗談でした、ということにしておけばいい。
完璧すぎる。まさにパーフェクト超人。今ならマグネットパワーだって照射できる。
「と、いうわけだ。わかったかな太一。もう座っていいぞ」
「ありがとうございました」
「他に質問はないかな?無ければ今日は土曜だ、このまま半ドンで―――」
と、そのまま締めてしまおうとした時、最後列の席で静かに手が上げられた。
「はーい先生ー」
「うん、そこの一番後ろの子……誰だったかな。すまないがど忘れしてしまったようだ。質問はなんだったかな?」
まっすぐ伸ばされた白い手の持ち主の顔は、前の席の生徒に隠れてこちらからは見えない。
完全にど忘れだ。あそこの席に座ってたのは……うん?いや、ちょっと待て。あそこの席はそもそも誰か座っていたか?確か、いや間違いなく最後列は全部空き席で―――
「そんな暗殺拳の使い手に、先生はこの後どこでご馳走してくれるんでしょう?」
立ち上がった彼女の美しいブロンドの髪に、私は財布から飛び立つ夏目さんを幻視した。
「……と、いうわけでだな」
「はぁ」
「アリス先生のマーガトロイドの秘密を探りに行こう、いや行くぞ。今日は日曜だし寺子屋もない」
「はぁ」
目の前で気乗りのしない返事をしているのは、これまた寺子屋で教師のバイトをしてもらっている美鈴。
まぁ気乗りがしないのも仕方ない。なんせ彼女は。
「仕事中なんですけど……」
ですよねー。どう見ても門前に立つ彼女は仕事中だ。
「それに、今月ポイントが足りないんで頑張らなきゃいけないんですよ」
「ポイント?」
「門番はポイント制で、打ち落とした敵に応じて給料が変わるんです」
あぁなるほど。
美鈴の場合弱くてポイントが貯まらないわけでなく、強すぎて敵が来ないから貯まらないのだろう。
「慧音さんその辺りでキャッチしてきてくださいよ。一発500円ポッキリ、いい娘いますよーって言って。まぁパンチ一発なんですけど」
「金払って殴られて撃退されて、とんだボッタクリバーだな」
「昔はそれなりに需要があったんですけどね」
あったのかよ。
ソフトタッチな一発ならその筋の人にはいいかもしれないが、美鈴のパンチ力を考えたら一発で昇天してしまいそうだ。本来の意味で。
「まぁ、そんなわけでちょっと今日は難しいですね」
「それは困る」
「というか一人で行けばいいじゃないですか」
「それじゃ気配が消せないだろう!」
「探りに行くって嗅ぎまわる気だったんですか!別にいいじゃないですかマーガトロイドが何だって」
私は美鈴のその一言に大きな衝撃を受けた。
何てことを言うんだこいつは。
「美鈴、三大欲求というものを知っているか?」
「はぁ。食欲、性欲、睡眠欲ですか?」
「その通りだ。私はそれをNeedの三大欲求と名付けた」
「Need……必要、ですか」
人間の生存にとって絶対に必要となる欲求、それがNeedの三大欲求。
「そして、絶対に必要ではないが欲しい―――つまり、Wantの三大欲求と私が名付けた物がある」
「金銭欲、権勢欲、うーん、あとは……物欲?」
「ん、惜しいな。金銭欲は物欲の一部ということで」
「じゃあ……あぁ、なるほど。知識欲、ですか」
その通りだ。人は物質的に満たされた時、他者から立場的に認められた時、そして知らなかったことを知った時満足する。
ずっと解けなかった数学の問題が解けた時の、頭の中で何かが弾けるような快感はきっと誰しもが味わったことがあるだろう。
「つまり、だ。ここで最初に戻るわけだ」
「はぁ」
「知識欲を満たすためアリス先生の秘密を探りに行こう!」
「アリス先生に直接聞けばいいじゃないですか」
「それは駄目だ」
それは解答用紙を覗き見るようなものだ。カンニング。
その点美鈴は私と一緒で答案用紙は白紙のまま。テスト前に一緒に勉強するようなもの。
一緒に勉強すればお互いイーブンだ。『勉強した?俺全然してねーやwww』と言う奴に限って一人で勉強している。許せん。
「仕方ないな。こうなったらやることは一つだ」
「腕まくりしてどうするつもりですか。まさか腕ずくで?」
ふん、そのまさかだ。
「この紅魔館を灰にして、美鈴を連れて行ってやる!」
「ちょっ、慧音さん!?何を―――」
「がおーー!」
両腕を上げて美鈴に襲い掛かる。
いやいやをするように突き出された美鈴の両腕と交差した瞬間―――
「ぐ、ぐわあああああああああ!」
私は吹っ飛んだ。
「……はぁ?」
「クッ、この上白沢慧音を破るとはー!だがしかし、光ある限り闇もまた消えーん!いつか再び貴様の前に現れようぞー!」
見たかこの迫真の演技。
これなら八百長とは誰も思うまい。
「今のは何ポイントだ?」
「……!!慧音さんは里を取り仕切る管理者クラスなので、5000ポイントほどです!これだけで十万円レベルですね」
よし、それじゃ改めて言うぞ。
「アリス先生の秘密を探りに行こう!」
「あと二回くらいループお願いします」
「今度飯奢りだぞ」
「おk」
「がおーー!!」
「あんなに殴らなくてもいいのに……」
「まぁいいじゃないか、給与折半で見逃してもらえたんだし。また今度付き合ってやるから」
結局あの後二人揃ってメイド長にしこま怒られた。流石はメイド長というか、この私の演技を見抜くとは中々の手腕だ。
「それでどうするんですか?このまままっすぐアリスさんのところへ?」
「そうだな。日も暮れてきたし、身を隠すには持って来いだ。近くについたら気を操って気配を消しておいてくれ」
「わかりました。それじゃ行きましょうか」
トンッ、と地を一踏みして美鈴は宙に躍り出た。相変わらず絵になるな。
負けじとこちらも思い切り飛び上がり、一気に地上数十メートルへと舞い上がった。
美鈴に追いつくにつれ、上空へと向かうベクトルをグッと押し留めて、代わりに前方への力を大きくしていく。
「それで、慧音さんはどう考えているんですか?」
「ん?」
「マーガトロイドについて、ですけど。やっぱり自分で付けたんでしょうか?」
以前の魔理沙の話によると、向こうではほとんどの者が名字を持たなかったようだ。そういう文化だったんだろう。
それがこっちに来てみたら、何やら名前の後ろに名字というものが付くらしい、そう気付いたアリス先生は自分で名字を考えて名乗った、と言う辺りが現実的なところだろう。
「まぁ、そうだろうな。ただ重要なのは、何故『マーガトロイド』なのか、だな」
「由来はなんなのか、ということですか?」
「そういうことだな。花咲く山に住んでたから花山さん。猪を狩ってたから猪狩さん。範馬の血族だからハンマーさん。解説が好きだから本部さんだ。じゃあマーガトロイドは何から付けたのか?何となく思いついた、というわけじゃないだろう」
「さりげなくネタバレしないでくださいよ!まだ最後まで読んでないのに!」
なんだって!それはすまないことをした。
「そうだったのかー。いやーまさかリザーバーのアナコンダさんがあのまま優勝するなんてなー、憧れちゃうなー。決勝でのバランスのいい山本稔選手戦は最高だったなー」
「優勝するわけないでしょう!くそぅ殴りたい、その得意気な顔!」
フフ、わかったか普段の私の気持ちが。
いつも図書館に入った本を先に読んでは語ってくれるからな、いつかは意趣返ししてやろうと思っていたんだ。
「これに懲りたら次からは漫画の感想は発売日以降にするように、少年跳躍は月曜、少年雑誌と少年日曜は水曜、少年王者は木曜以降だ」
「むー……しかたありません。慧音さんに自慢できることなんてあまりなくて貴重だったのになー」
コイツわかってやってたのかよ。
美鈴だからいいがそれ以外だったらマジパンチだったぞ。
「まぁ、とにかくお互いネタバレは無しということで」
「そうしよう。……あぁそうそう、安心してくれ。アナコンダさんとバランスのいい山本稔選手は決勝には出てないからな。さっきのは嘘だ」
「わかってますよそんなこと!」
「ははは、すまんすまん。ま、冗談はこれくらいにしておくか。それじゃよろしく頼んだぞ」
適当にじゃれ合っているうちに気付けば私達は魔法の森上空にいた。
森に降りる前にまずは美鈴に気を探ってもらう。アリス先生が家にいなければそもそも意味が無いしな。
「んー……あぁ、家には居るみたいですね。ところでそういえば」
「ん?何かあったか?」
「お酒はどこに隠してるんです?」
……これは驚いた。割と巧妙に隠してるつもりだったんだがな。まさかバレバレだったのか?
「いつから気付いてたんだ?」
「最初からですよ。アリスさんの名字の秘密なんて、本人に隠れて嗅ぎ回っても絶対わからないじゃないですか。適当なところで見つかった振りをして宴会に持ち込む予定だったんでしょう?」
「参った。降参だ降参」
「大方、アリスさんと二人きりで飲むと地雷踏んだ時に困るから連れてきた、と言うところですかね」
そこまで読まれてるか。やはりまだまだ敵わないな。
マーガトロイドについて知りたくなったのは本音。と言うより知識を糧とするハクタクにとっては本能のようなものだ。
だからと言って好奇心のままにアリス先生に直接問いただして、彼女の過去に無闇に触れることは避けたい。人の過去は余人からは伺い知れないもの。何が原因で仲をこじらせてしまうかわからない。
こうして隣に居る美鈴だって、出会ったばかりの頃に「甘寧とかマジ裸族だよねー」とか言ってたら首から上が吹っ飛んでいたかもしれない。
人の過去に触れる時は、相手の気持ちと空気をしっかりと読めることが重要だ。
だが、非常に残念なことに私は鈍感らしい。妹紅曰く、金属のようなものだそうだ。私は硬い、折れない、曲がらないから。『だけど私の炎なら慧音の心を溶かすことだって……』だとか物騒なことを言っていたのでその続きは聞かなかったが。蓬莱人でもあるまいし妹紅に溶かされたら死んでしまう。
とにかく、そんな鈍感な私だからこそ二人きりで飲むのは避けたかった。では誰か連れて行くとして、誰が適任か?
「そこで美鈴かなー、と」
「そこは妹紅さん連れてってあげて!きっと決め台詞外して泣いてるから!」
「うーん、妹紅もあれで細かいことは気にしないタイプだからな。あいつも鈍感タイプだ」
「それ絶対慧音さんが言っていい台詞じゃないですからね」
ん、そうなのか。ということはやはり私は妹紅より鈍感なんだろうな。
美鈴が言うからには間違いない。
「それに、妹紅じゃ駄目なんだ。アリス先生はあれだ、うちの寺子屋では唯一タイプが違うだろう?」
ここにいる美鈴もそうだし、他にも科学のにとり先生に体育の勇儀先生も。この辺りはだいたい体育会系というか、ノリで突っ込んで行ってしまうタイプだ。
それに対してアリス先生は理性派というか、他人から一歩身を引いた立ち位置をキープしている感がある。
「まぁ、ここらでミニ親睦会でもして仲を深められれば、とな。むしろこっちのほうがメインの目的だったりするわけだ」
「……なんだかんだ言って結構考えてるんですね、色々と」
「いやいや、案外適当なこと言って酒が呑みたいだけかもしれないぞ?」
「それはそれでいいでしょう。私も今日は、結構楽しみたい気分になりましたから」
そうか、それはよかった。無理矢理気味に連れてきてしまったからどうしようかと思っていたくらいだ。
さて。美鈴にもバレバレだったようだし、堂々と正面から飲みに行くとするか。
ついでにマーガトロイドについても聞ければいい。それくらいで充分だ。ま、大方の予想は着いているんだが。
マーガトロイドとは人種なわけではなく、おそらく魔界出身であることを示す記号のようなものなのだろう。マーガは魔界、ロイドは人、か?合わせてマーガトロイド、魔界人。名字を適当に付けるわけにもいかず、自身の出身を示す語を入れたというところだ。北から来た北野さんのように、魔界から来たマーガトロイドさん。そんなところだろう。
まぁ、こっちの方は言ってしまえば今日の親睦会の大義名分に過ぎないし、特に気にすることはない。
「それじゃ降りましょうか」
「あぁ、そうだな」
浮力を断ち切り、二人はそのまま重力に任せて自由落下。
タッ、と地面に着く音が二つ響き、私達はアリス先生宅の脇にいた。
既に辺りは夕闇に包まれ、半メートルほど開いたカーテンの隙間から挿す明かりだけが辺りを照らしている。
そんな窓の奥に立っているのはアリス先生だ。その真っ白な肌を惜しげもなく空気に晒して―――晒して?
「見たわね」
バン、と大きな音と共に窓が開かれ、咄嗟に茂みに隠れた私と美鈴は息を殺して固まった。まるで金属のように。
そうだ。私は金属だ。硬い、折れない、曲がらない、息をしない、何も見ていない。そう、私は何も見ていない。アリス先生のマーガトロイドの秘密など見ていない。だって私は金属だから。
そう見ていないから、見ていないから―――なんとか見逃してはもらえないものだろうか?
「だめー」
いつも見るアリス先生の白い体。二つに割れたその抜け殻の中から現れた、二周りも小さな少女、いや幼女の姿―――魔理沙に以前聞いた通りの、魔界にいた魔法使いアリスの姿をした彼女は、にっこりと笑ってそう言った。
あぁ、マーガトロイド。魔界のトロイの木馬、故にマーガトロイド。
中身まで魅力的とは、魔界はなんて恐ろし
目が覚めた時、私は寺子屋の休憩室にいた。職員が休憩用に使うそれだ。
ふと見渡せば美鈴もいる。今日は―――あぁそうだ。月曜だ。時刻は八時。これから授業に行くところだ。うん。
「美鈴、起きろ。もう授業の時間だぞ」
「ん……ふぁ?慧音さん。……ってスミマセン!思い切り寝ちゃってました」
慌てて立ち上がって頭を下げる美鈴だが、もちろん同様に寝ていた私が彼女にとやかく言えるわけがない。
「気にするな。私も寝てしまっていたようだ。昨日はどうしたんだったかな」
「うーん、ほとんど記憶が無いですね……ここで飲んだんでしょうかね?かなり酒臭いですね」
確かにこれは匂うな。生徒達には謝って一旦シャワーでも浴びて来た方がいいかもしれない。
しかし記憶が無くなるなんて久しぶりだ。しかも二人で飲んで二人とも、とはなぁ。まるで誰かに飲み負けたかのようだ。とは言ってもそんな訳は無いがな。私達二人より飲む奴なんぞ鬼くらいだろう。
にしても、記憶を無くすほど飲んだ割りには酒瓶やらが転がっていない。うーん、ベロンベロンになりながらも掃除したんだろうか。
昨日、昨日。昨日か……ダメだな、霞がかかったように思い出せない。
「まぁ追々思い出すだろう。それより授業にかからないとな。私もせっかく村の実務から離れてこっちの方に顔を出せるようになったわけだし」
「そうですね。二日酔いも無いですし。それじゃ今日も一日、よろしくお願いします」
「部屋から出たら割と臭いは大丈夫なようだな。それじゃこちらこそよろしく頼むぞ」
ガラリ、と引き戸を開けて教室へと入る。生徒達は既に準備ができているようだった。
最前列から最後列まできっちり埋まって全員出席だ。
「よーし今日も皆集まってるな。じゃあ授業を開始するぞー」
……あれ、ちょっと待て。最後列の席は確か空き席で―――?ってこれは先週も確かやったような。そして今何か思い出しかけたような……
「先生ー、ちょっと聞きたいことがあるんですけど」
そんな私の様子を知らずして、手を上げたのは先週に引き続き太一。
「……あ、あぁ。今度は何だ?何でも聞いてみろ」
嫌な予感を隠しながらも私は太一に問う。彼の質問は、と。
「ミセスロイドは何人種―――
「思い出してはいけないことを思い出したので今日の授業は終了でーす」
全部思い出したよ畜生。昨日私がアリス亭で撃沈した時の台詞まで。
『下戸遺伝子のモンゴロイド乙wwww』
幼女に飲み負けるなんて……酒飲みのコーカソイドめ、いつかきっとリベンジしてくれる。
そう誓う私に対し、ここから見えない最後列のブロンドの髪の彼女はきっとニヤリと笑っていたことだろう。
五十分間の授業も終了間際、ぐるりと教室を見渡すと一斉に振り上げられた生徒達の手。こんなに上がるのは珍しいな。
熱心に聞いてくれているようで、教師としては嬉しいものだ。乱立する肌色の木々の中から私は一本を選び指差した。
「それじゃ一番元気のよかった太一。どんと聞いてみろ。なんでも答えてやるぞ」
「慧音先生、今の話なんですけどアリス先生の場合はどうなるんですか?」
アリス先生、とは森の人形遣いとして知られるあのアリスのことである。
この寺子屋の人手が足りなくなった時、真っ先に助けを頼んだ彼女は二つ返事で快諾してくれた。
人柄はいいし知識も申し分無い。何より子供に好かれている。教師にはうってつけの人材だ。里で人形劇を開いたりするあたり、彼女の方も子供好きな面があったりするのだろうし。
まぁ、そんなことを面と向かって言えば、あくまで自己の研鑽のため、などと言って彼女はそっぽを向いてしまうだろうが。
そんな生徒からも評判のいいアリス先生だが、その人気の一つの要因として彼女の美しい金髪がある。
この幻想郷には金髪女性は何人かいる。アリス先生以外にも霧雨魔理沙や八雲紫にその式。直接見たことは無いが、悪魔の妹に鈴蘭畑の人形なんかもそうらしい。
だが、そんな美しい金髪を誇る彼女達の姿を里で見かけることは殆ど無い。八雲藍が稀に油揚げを買いに来たりする程度、と言ったところか。
そのためか、里では普段見かけないブロンドの髪に憧れる者が男女を問わず数多く存在する。そんなブロンドの髪が象徴するアリス先生は、先程の授業の例に当てはめると―――
「そうだな、アリス先生は身近にいるコーカソイドのいい例だな」
コーカソイド、所謂白色人種のことである。
アリス先生の肌は透き通るように白い。白魚のような手、とはまさにこのことだろう。
真っ白なその両腕と、十本の指が滑らかに動き人形を操るその様には、女である私すらある種の艶かしさを覚えるというものだ。
「先程も授業で言った通り、コーカソイドの全員が金髪碧眼に白い肌、というわけではないがな。まぁ典型的な特徴ではある」
先程まで教えていたのは社会の授業。その中でも人種について―――すなわち、コーカソイド、ネグロイド、モンゴロイドの差異について。
日差しの強い赤道付近を離れ、ヨーロッパ周辺で暮らしたために不必要なメラニン色素を排除した白色人種、コーカソイド。
人類発祥の地アフリカで暮らし続け、体格・身体能力に大きく秀でた黒色人種、ネグロイド。
この教室にいる皆が属する、かつて長い時をかけて極東へ進出してきた黄色人種、モンゴロイド。
この中で先程述べた特徴を持つアリス先生が属するものと言ったら、コーカソイドに他ならない。
だが、そう答えた私を待っていたのは周囲の子供達の困惑だった。
「そういうことじゃなくて、えーと」
「ん?どうした太一。言ってみろ」
「世の中にはコーカソイドと、ネグロイドと、モンゴロイドがいるんですよね?」
その通りだ、と私は答えた。そしてアリス先生が属するのは―――
「マーガトロイドは何色人種なんですか?」
―――何人種なんだろうか。
コーカソイド、ネグロイド、モンゴロイド、アリス・マーガトロイド。
第四の人種誕生……ってそんなわけがあるか。
「それは名字―――いやちょっと待て」
子供の考えと一笑に付すところだったが、考えてみれば変だ。あれは本当に名字なのだろうか。
以前魔理沙から魔界へ行った話を聞いた時に、アリスの母親の話を少しばかり聞いたことがある。
神綺、という名だったか。その母親の名にマーガトロイドという名字は冠されていなかったはずだ。
とは言っても流石に人種ではない……と思う。自分の名前の後ろに人種を付けるなど聞いたことが無いし。私だったら慧音・モンゴロイドになってしまう。
マーガトロイドは何人種なのか。そもそもマーガトロイドとは何なのか。うん。これはあれだな。そう―――まったくわからん。
「い、いい質問だな太一」
だが教師としてそんな情けない姿を見せるわけにもいかない。ここはハクタク生誕の地、中国に伝わる伝統的必殺技を使うしかあるまい。
「……実はアリス先生の得意技、人形劇の起源は古代中国の宋の時代にまでさかのぼる。糸を用いて人形を自由自在に操るその姿に、世の拳法家達が注目しないわけがなかった!」
そう、いわゆる困った時の民明書房アタックである。
「人形で戦ったんですか?アリス先生みたいに」
「その通りだ。人形ゆえの気配の無さを利用し暗殺を主としたこの殺人拳は、創始者である麻賀(マガ)の名をとって麻賀闘(マガトウ)と呼ばれた!そして西洋に伝わった麻賀闘はマーガトと呼ばれ、その時代最強のマーガトの使い手はマーガトロイドと呼ばれるようになったのだ!」
民明書房刊『世界の怪拳奇拳』より、と。これさえつけておけばセーフ。誰がなんと言おうとセーフ。文句は大河内民明丸先生に言ってくれ。
変な噂が立つかもしれないし、アリス先生には一応後で説明しておこう。
ついでにアリス先生にマーガトロイドの真相を聞いて、生徒達には今回の答えは冗談でした、ということにしておけばいい。
完璧すぎる。まさにパーフェクト超人。今ならマグネットパワーだって照射できる。
「と、いうわけだ。わかったかな太一。もう座っていいぞ」
「ありがとうございました」
「他に質問はないかな?無ければ今日は土曜だ、このまま半ドンで―――」
と、そのまま締めてしまおうとした時、最後列の席で静かに手が上げられた。
「はーい先生ー」
「うん、そこの一番後ろの子……誰だったかな。すまないがど忘れしてしまったようだ。質問はなんだったかな?」
まっすぐ伸ばされた白い手の持ち主の顔は、前の席の生徒に隠れてこちらからは見えない。
完全にど忘れだ。あそこの席に座ってたのは……うん?いや、ちょっと待て。あそこの席はそもそも誰か座っていたか?確か、いや間違いなく最後列は全部空き席で―――
「そんな暗殺拳の使い手に、先生はこの後どこでご馳走してくれるんでしょう?」
立ち上がった彼女の美しいブロンドの髪に、私は財布から飛び立つ夏目さんを幻視した。
「……と、いうわけでだな」
「はぁ」
「アリス先生のマーガトロイドの秘密を探りに行こう、いや行くぞ。今日は日曜だし寺子屋もない」
「はぁ」
目の前で気乗りのしない返事をしているのは、これまた寺子屋で教師のバイトをしてもらっている美鈴。
まぁ気乗りがしないのも仕方ない。なんせ彼女は。
「仕事中なんですけど……」
ですよねー。どう見ても門前に立つ彼女は仕事中だ。
「それに、今月ポイントが足りないんで頑張らなきゃいけないんですよ」
「ポイント?」
「門番はポイント制で、打ち落とした敵に応じて給料が変わるんです」
あぁなるほど。
美鈴の場合弱くてポイントが貯まらないわけでなく、強すぎて敵が来ないから貯まらないのだろう。
「慧音さんその辺りでキャッチしてきてくださいよ。一発500円ポッキリ、いい娘いますよーって言って。まぁパンチ一発なんですけど」
「金払って殴られて撃退されて、とんだボッタクリバーだな」
「昔はそれなりに需要があったんですけどね」
あったのかよ。
ソフトタッチな一発ならその筋の人にはいいかもしれないが、美鈴のパンチ力を考えたら一発で昇天してしまいそうだ。本来の意味で。
「まぁ、そんなわけでちょっと今日は難しいですね」
「それは困る」
「というか一人で行けばいいじゃないですか」
「それじゃ気配が消せないだろう!」
「探りに行くって嗅ぎまわる気だったんですか!別にいいじゃないですかマーガトロイドが何だって」
私は美鈴のその一言に大きな衝撃を受けた。
何てことを言うんだこいつは。
「美鈴、三大欲求というものを知っているか?」
「はぁ。食欲、性欲、睡眠欲ですか?」
「その通りだ。私はそれをNeedの三大欲求と名付けた」
「Need……必要、ですか」
人間の生存にとって絶対に必要となる欲求、それがNeedの三大欲求。
「そして、絶対に必要ではないが欲しい―――つまり、Wantの三大欲求と私が名付けた物がある」
「金銭欲、権勢欲、うーん、あとは……物欲?」
「ん、惜しいな。金銭欲は物欲の一部ということで」
「じゃあ……あぁ、なるほど。知識欲、ですか」
その通りだ。人は物質的に満たされた時、他者から立場的に認められた時、そして知らなかったことを知った時満足する。
ずっと解けなかった数学の問題が解けた時の、頭の中で何かが弾けるような快感はきっと誰しもが味わったことがあるだろう。
「つまり、だ。ここで最初に戻るわけだ」
「はぁ」
「知識欲を満たすためアリス先生の秘密を探りに行こう!」
「アリス先生に直接聞けばいいじゃないですか」
「それは駄目だ」
それは解答用紙を覗き見るようなものだ。カンニング。
その点美鈴は私と一緒で答案用紙は白紙のまま。テスト前に一緒に勉強するようなもの。
一緒に勉強すればお互いイーブンだ。『勉強した?俺全然してねーやwww』と言う奴に限って一人で勉強している。許せん。
「仕方ないな。こうなったらやることは一つだ」
「腕まくりしてどうするつもりですか。まさか腕ずくで?」
ふん、そのまさかだ。
「この紅魔館を灰にして、美鈴を連れて行ってやる!」
「ちょっ、慧音さん!?何を―――」
「がおーー!」
両腕を上げて美鈴に襲い掛かる。
いやいやをするように突き出された美鈴の両腕と交差した瞬間―――
「ぐ、ぐわあああああああああ!」
私は吹っ飛んだ。
「……はぁ?」
「クッ、この上白沢慧音を破るとはー!だがしかし、光ある限り闇もまた消えーん!いつか再び貴様の前に現れようぞー!」
見たかこの迫真の演技。
これなら八百長とは誰も思うまい。
「今のは何ポイントだ?」
「……!!慧音さんは里を取り仕切る管理者クラスなので、5000ポイントほどです!これだけで十万円レベルですね」
よし、それじゃ改めて言うぞ。
「アリス先生の秘密を探りに行こう!」
「あと二回くらいループお願いします」
「今度飯奢りだぞ」
「おk」
「がおーー!!」
「あんなに殴らなくてもいいのに……」
「まぁいいじゃないか、給与折半で見逃してもらえたんだし。また今度付き合ってやるから」
結局あの後二人揃ってメイド長にしこま怒られた。流石はメイド長というか、この私の演技を見抜くとは中々の手腕だ。
「それでどうするんですか?このまままっすぐアリスさんのところへ?」
「そうだな。日も暮れてきたし、身を隠すには持って来いだ。近くについたら気を操って気配を消しておいてくれ」
「わかりました。それじゃ行きましょうか」
トンッ、と地を一踏みして美鈴は宙に躍り出た。相変わらず絵になるな。
負けじとこちらも思い切り飛び上がり、一気に地上数十メートルへと舞い上がった。
美鈴に追いつくにつれ、上空へと向かうベクトルをグッと押し留めて、代わりに前方への力を大きくしていく。
「それで、慧音さんはどう考えているんですか?」
「ん?」
「マーガトロイドについて、ですけど。やっぱり自分で付けたんでしょうか?」
以前の魔理沙の話によると、向こうではほとんどの者が名字を持たなかったようだ。そういう文化だったんだろう。
それがこっちに来てみたら、何やら名前の後ろに名字というものが付くらしい、そう気付いたアリス先生は自分で名字を考えて名乗った、と言う辺りが現実的なところだろう。
「まぁ、そうだろうな。ただ重要なのは、何故『マーガトロイド』なのか、だな」
「由来はなんなのか、ということですか?」
「そういうことだな。花咲く山に住んでたから花山さん。猪を狩ってたから猪狩さん。範馬の血族だからハンマーさん。解説が好きだから本部さんだ。じゃあマーガトロイドは何から付けたのか?何となく思いついた、というわけじゃないだろう」
「さりげなくネタバレしないでくださいよ!まだ最後まで読んでないのに!」
なんだって!それはすまないことをした。
「そうだったのかー。いやーまさかリザーバーのアナコンダさんがあのまま優勝するなんてなー、憧れちゃうなー。決勝でのバランスのいい山本稔選手戦は最高だったなー」
「優勝するわけないでしょう!くそぅ殴りたい、その得意気な顔!」
フフ、わかったか普段の私の気持ちが。
いつも図書館に入った本を先に読んでは語ってくれるからな、いつかは意趣返ししてやろうと思っていたんだ。
「これに懲りたら次からは漫画の感想は発売日以降にするように、少年跳躍は月曜、少年雑誌と少年日曜は水曜、少年王者は木曜以降だ」
「むー……しかたありません。慧音さんに自慢できることなんてあまりなくて貴重だったのになー」
コイツわかってやってたのかよ。
美鈴だからいいがそれ以外だったらマジパンチだったぞ。
「まぁ、とにかくお互いネタバレは無しということで」
「そうしよう。……あぁそうそう、安心してくれ。アナコンダさんとバランスのいい山本稔選手は決勝には出てないからな。さっきのは嘘だ」
「わかってますよそんなこと!」
「ははは、すまんすまん。ま、冗談はこれくらいにしておくか。それじゃよろしく頼んだぞ」
適当にじゃれ合っているうちに気付けば私達は魔法の森上空にいた。
森に降りる前にまずは美鈴に気を探ってもらう。アリス先生が家にいなければそもそも意味が無いしな。
「んー……あぁ、家には居るみたいですね。ところでそういえば」
「ん?何かあったか?」
「お酒はどこに隠してるんです?」
……これは驚いた。割と巧妙に隠してるつもりだったんだがな。まさかバレバレだったのか?
「いつから気付いてたんだ?」
「最初からですよ。アリスさんの名字の秘密なんて、本人に隠れて嗅ぎ回っても絶対わからないじゃないですか。適当なところで見つかった振りをして宴会に持ち込む予定だったんでしょう?」
「参った。降参だ降参」
「大方、アリスさんと二人きりで飲むと地雷踏んだ時に困るから連れてきた、と言うところですかね」
そこまで読まれてるか。やはりまだまだ敵わないな。
マーガトロイドについて知りたくなったのは本音。と言うより知識を糧とするハクタクにとっては本能のようなものだ。
だからと言って好奇心のままにアリス先生に直接問いただして、彼女の過去に無闇に触れることは避けたい。人の過去は余人からは伺い知れないもの。何が原因で仲をこじらせてしまうかわからない。
こうして隣に居る美鈴だって、出会ったばかりの頃に「甘寧とかマジ裸族だよねー」とか言ってたら首から上が吹っ飛んでいたかもしれない。
人の過去に触れる時は、相手の気持ちと空気をしっかりと読めることが重要だ。
だが、非常に残念なことに私は鈍感らしい。妹紅曰く、金属のようなものだそうだ。私は硬い、折れない、曲がらないから。『だけど私の炎なら慧音の心を溶かすことだって……』だとか物騒なことを言っていたのでその続きは聞かなかったが。蓬莱人でもあるまいし妹紅に溶かされたら死んでしまう。
とにかく、そんな鈍感な私だからこそ二人きりで飲むのは避けたかった。では誰か連れて行くとして、誰が適任か?
「そこで美鈴かなー、と」
「そこは妹紅さん連れてってあげて!きっと決め台詞外して泣いてるから!」
「うーん、妹紅もあれで細かいことは気にしないタイプだからな。あいつも鈍感タイプだ」
「それ絶対慧音さんが言っていい台詞じゃないですからね」
ん、そうなのか。ということはやはり私は妹紅より鈍感なんだろうな。
美鈴が言うからには間違いない。
「それに、妹紅じゃ駄目なんだ。アリス先生はあれだ、うちの寺子屋では唯一タイプが違うだろう?」
ここにいる美鈴もそうだし、他にも科学のにとり先生に体育の勇儀先生も。この辺りはだいたい体育会系というか、ノリで突っ込んで行ってしまうタイプだ。
それに対してアリス先生は理性派というか、他人から一歩身を引いた立ち位置をキープしている感がある。
「まぁ、ここらでミニ親睦会でもして仲を深められれば、とな。むしろこっちのほうがメインの目的だったりするわけだ」
「……なんだかんだ言って結構考えてるんですね、色々と」
「いやいや、案外適当なこと言って酒が呑みたいだけかもしれないぞ?」
「それはそれでいいでしょう。私も今日は、結構楽しみたい気分になりましたから」
そうか、それはよかった。無理矢理気味に連れてきてしまったからどうしようかと思っていたくらいだ。
さて。美鈴にもバレバレだったようだし、堂々と正面から飲みに行くとするか。
ついでにマーガトロイドについても聞ければいい。それくらいで充分だ。ま、大方の予想は着いているんだが。
マーガトロイドとは人種なわけではなく、おそらく魔界出身であることを示す記号のようなものなのだろう。マーガは魔界、ロイドは人、か?合わせてマーガトロイド、魔界人。名字を適当に付けるわけにもいかず、自身の出身を示す語を入れたというところだ。北から来た北野さんのように、魔界から来たマーガトロイドさん。そんなところだろう。
まぁ、こっちの方は言ってしまえば今日の親睦会の大義名分に過ぎないし、特に気にすることはない。
「それじゃ降りましょうか」
「あぁ、そうだな」
浮力を断ち切り、二人はそのまま重力に任せて自由落下。
タッ、と地面に着く音が二つ響き、私達はアリス先生宅の脇にいた。
既に辺りは夕闇に包まれ、半メートルほど開いたカーテンの隙間から挿す明かりだけが辺りを照らしている。
そんな窓の奥に立っているのはアリス先生だ。その真っ白な肌を惜しげもなく空気に晒して―――晒して?
「見たわね」
バン、と大きな音と共に窓が開かれ、咄嗟に茂みに隠れた私と美鈴は息を殺して固まった。まるで金属のように。
そうだ。私は金属だ。硬い、折れない、曲がらない、息をしない、何も見ていない。そう、私は何も見ていない。アリス先生のマーガトロイドの秘密など見ていない。だって私は金属だから。
そう見ていないから、見ていないから―――なんとか見逃してはもらえないものだろうか?
「だめー」
いつも見るアリス先生の白い体。二つに割れたその抜け殻の中から現れた、二周りも小さな少女、いや幼女の姿―――魔理沙に以前聞いた通りの、魔界にいた魔法使いアリスの姿をした彼女は、にっこりと笑ってそう言った。
あぁ、マーガトロイド。魔界のトロイの木馬、故にマーガトロイド。
中身まで魅力的とは、魔界はなんて恐ろし
目が覚めた時、私は寺子屋の休憩室にいた。職員が休憩用に使うそれだ。
ふと見渡せば美鈴もいる。今日は―――あぁそうだ。月曜だ。時刻は八時。これから授業に行くところだ。うん。
「美鈴、起きろ。もう授業の時間だぞ」
「ん……ふぁ?慧音さん。……ってスミマセン!思い切り寝ちゃってました」
慌てて立ち上がって頭を下げる美鈴だが、もちろん同様に寝ていた私が彼女にとやかく言えるわけがない。
「気にするな。私も寝てしまっていたようだ。昨日はどうしたんだったかな」
「うーん、ほとんど記憶が無いですね……ここで飲んだんでしょうかね?かなり酒臭いですね」
確かにこれは匂うな。生徒達には謝って一旦シャワーでも浴びて来た方がいいかもしれない。
しかし記憶が無くなるなんて久しぶりだ。しかも二人で飲んで二人とも、とはなぁ。まるで誰かに飲み負けたかのようだ。とは言ってもそんな訳は無いがな。私達二人より飲む奴なんぞ鬼くらいだろう。
にしても、記憶を無くすほど飲んだ割りには酒瓶やらが転がっていない。うーん、ベロンベロンになりながらも掃除したんだろうか。
昨日、昨日。昨日か……ダメだな、霞がかかったように思い出せない。
「まぁ追々思い出すだろう。それより授業にかからないとな。私もせっかく村の実務から離れてこっちの方に顔を出せるようになったわけだし」
「そうですね。二日酔いも無いですし。それじゃ今日も一日、よろしくお願いします」
「部屋から出たら割と臭いは大丈夫なようだな。それじゃこちらこそよろしく頼むぞ」
ガラリ、と引き戸を開けて教室へと入る。生徒達は既に準備ができているようだった。
最前列から最後列まできっちり埋まって全員出席だ。
「よーし今日も皆集まってるな。じゃあ授業を開始するぞー」
……あれ、ちょっと待て。最後列の席は確か空き席で―――?ってこれは先週も確かやったような。そして今何か思い出しかけたような……
「先生ー、ちょっと聞きたいことがあるんですけど」
そんな私の様子を知らずして、手を上げたのは先週に引き続き太一。
「……あ、あぁ。今度は何だ?何でも聞いてみろ」
嫌な予感を隠しながらも私は太一に問う。彼の質問は、と。
「ミセスロイドは何人種―――
「思い出してはいけないことを思い出したので今日の授業は終了でーす」
全部思い出したよ畜生。昨日私がアリス亭で撃沈した時の台詞まで。
『下戸遺伝子のモンゴロイド乙wwww』
幼女に飲み負けるなんて……酒飲みのコーカソイドめ、いつかきっとリベンジしてくれる。
そう誓う私に対し、ここから見えない最後列のブロンドの髪の彼女はきっとニヤリと笑っていたことだろう。
マーガトロイド姓には色々と説がありますがこの発想はとてもユニークですねw
真面目なようでいて、とぼけたところのあるこの慧音は好きだなw
その発想はなかったw
いや、そうなるとアリスは幻想郷を滅ぼすことに…
そろそろ三ボス同盟に一輪(と雲山)が来てもいい頃だなw
そして咲夜さん甘過ぎワロタww
勉強してるあれは許せない。
あぁ…確かに硬いな慧音w
きっと給料のため寺子屋へ行ってしまう美鈴に、寂しい思いを募らせていたに違いない。
あと慧音先生はこれくらい抜けてるのが好きです。
てっきり記憶を消したかと思ったが最後が意外だった
だめー
慧音先生……がんばれ。
そしてジップロック再び
こう来るとは思わなかったwww
面白すぎるwww
面白過ぎるww
>給与折半で見逃してもらえたんだし。
何やってんだメイド長www
そして太一の発想力に嫉妬
てかマーガトロイドは何色人種ってよく思いつくよなホントw
ふて寝して枕を濡らすもこたんを想起して萌えた
演技派な先生やノリノリ咲夜さんが特にツボですた。
それから>給与折半
そういうことかwメイド長マジ瀟洒ですね。
一輪は倫理か家庭科とかになるのか、元ネタ的に