「では、改めまして。
わたくし、此処命蓮寺の住職を務める事と相成った、聖白蓮と申します。
封印から解いて頂き自由になったとは言え、右も左もわからぬ不束者。今後ともどうぞ宜しくお願い致します」
壇上の上、小さく頭を下げる聖を横目に、そっと立ち上がる。
「ひ、聖! その言い方はどうかと思います!?」
「と言うのは建前で」
「私の前でだけ言ってくナズーリィン!」
「ほ、星、大丈夫! 正体不明にしたから!」
「うぅありがとうぬえ。でも私はショウです」
「何がどう大丈夫なのか。ほら、星の番だよ」
……たぶん、気付かれていないだろう。
「え、あ、では、んぅ……。
きらきら光るお星様、私の名前は寅丸星っ!
って皆さんどん引きじゃないですかナズゥゥゥリィィィィン!?」
愛でてるんじゃなかろうか。
顔面を朱色に染める星を遠目に、微苦笑しつつも歩を進める。
しゃ……――障子を開くと、小さな音がした。
老朽化だろうか。
思い、苦笑する。
ある訳が、あり得る訳がない。
この寺の土台は、船。聖が創りだした魔法の船。そう、私の聖輦船。
私、村紗水蜜は、部屋に集まる皆に気付かれぬよう、そっと静かに外に出た――。
聖を救出し、寺を建立し……慌ただしかった日々の締めくくり。それが今行われている宴会だ。
此処、幻想郷ではそういうルールらしい。
実際に、私たちとやり合った巫女や魔法使い、風祝が参加しているのだから間違いではないのだろう。
他にも山の上の神々など、関係者がちらほらと。
のみならず、偶々近くを通りかかった妖怪や人間にも門戸を開いている。
完成した命蓮寺のお披露目……と言うよりは、単に賑やかな雰囲気を好む聖の意向を尊重しているのだ。
中の喧騒とは対照的に、外は静寂で満ちていた。
足を繰りだす度、耳に聞こえてくる音が遠ざかる。
船首へと辿り着いた今や、無音に近いとすら感じた。
どうするでもなく、私はただ、青暗い空を眺める。
緩く吹く風に、髪が微かに揺れる。
しけってしまうだろうか。
思い、また微苦笑。
是は海風じゃない。そも、此処は海じゃない。
――逃避から、無駄な感傷に浸っていると自身、思う。
私とて宴会が嫌いなわけではない。
人の身だった頃、港に着くたび催された酒宴は今尚胸に留めている。
封印される前、聖輦船を操り空を駆けた後、仲間たちと飲む酒は格別だった。
けれど……、――。
私は、ポケットに突っ込んでいた帽子を引っ張りだし、深く被った。
「うわ!?」
――ら、引っ張られた。
急な事に足の踏ん張りがきかず、傾く。
重力に……いや、引く意志に逆らわず、私は倒れこんだ。
「ありゃ、えらい簡単に、っと」
後ろ頭を直撃するのは、床の固さではなく、胸の柔らかさ。
何時もより視線を上に見上げる。
元より背は彼女の方が高い。
「貴女と解っていましたから」
「気配は消してたつもりなんだけど」
「聖だったら声をかけるでしょう?」
「星も、まぁ同じくか」
「ぬえならもっと驚かせるでしょうし」
「ナズーリンは甘い囁き」
「で、雲山だとすると――」
「――可能性もないわね」
くすりと笑いあう。
「と言うのは後付けで」
「やっぱり気配消せてなかった?」
「いいえ。なんとなく、貴女だと思いました」
一瞬キョトンとした後、
「一輪」
一輪は小さく頷き、微笑む。
「一緒だね」
「何がです?」
「出ていったの、なんとなく、センチョだと思ったのよ」
気付かれていたのか。
そうなんだろうと素直に思う。
その程度には、共に居る時を重ねてきた。
私と同じく聖輦船もろとも封印された彼女とは、最も付き合いが長い。
勿論――。
「雲山も、ですが」
「ん?」
「彼は?」
「自己紹介中」
「貴女抜きで?」
「一発芸も頼んどいた」
鬼がいる。
「んな顔で見ないでよ」
「いえ、ですが」
「だってさ」
「‘だって‘?」
「センチョが戻ってくるまでの間だけだし」
……なるほど。いい返しをする。
俯く私。
帽子が抜き取られる。
一輪は、両手を組み頭の上に乗せ、更に顎を乗せてきた。
風景と同化したような一輪の青い髪が靡き、私の頬を擽る。
「室内じゃ、被り物は取らないとね」
「船内ですふぎぎ」
「むにむに」
右頬を抓る手に、そんな可愛い音は合っていない。
たまらず、私は手を重ねた。
動きが止まる。
「戻らなくては……いけませんか」
発した呟きは、自身、呟きなのか問いなのか、わからなかった。
「そりゃね。センチョも当然、愉快な命蓮寺一家の一員なんだし」
「その言い方、星がまた泣きますよ?」
「姐さんが言い始めたんだよ」
だから泣くんですってば。
微苦笑する私に、あっけらかんとした笑い声をあげる一輪。
薄暗い空は、むすりとした雲山の代役の様だ。
幾重にも交わしたやり取りが此処にある。
だけれど……いや、だから――。
「一輪は、知っているでしょう?」
無言。
代わりとばかりに手を握られる。
力の割には細い、けれど、長くしっかりとした指。
肯定と受け取り、続けた。
「私の、忌まわしい過去を……」
強められる力。
痛みは、込められた思いか。
振りほどく事もせず、ただ受け入れた。
――すると、微苦笑。
「相変わらず、生真面目だね」
要領がいいとは言え、基本的には真面目な一輪。
そんな彼女に呆れた風に言われるのだから、よっぽどなのだろう。
しかし、事は真面目不真面目で語るものではない。少なくとも、私はそう思う。
伝えようと口を開く――
「センチョは……いや、」
――直前、くるりと振り向かされた。
一輪の顔が、視界を埋める。
ゆっくりと口が開かれた。
「水蜜はさ」
はっきりと、私の名を呼ぶ。
微笑みに鼓動が走る。
拙いと思った。
「そ、んな、事……!」
反論。
意味がないと内で叫ぶ。
この表情を見せる一輪は、引かない。
雲山を頑固親父と呼ぶ彼女だったが、自身、相当な頑固者だ。
「とりあえず、聞いてよ。
わかってると思うけど、うん、私は知っている。
水蜜が忌まわしいと思っているなら、そうなんだろうね」
とりあえずも、何も――
「……姐さんじゃないからね、私は難しい事なんて言えない。
だけど、ねぇ。
ソレを知っている私たちは、今でも傍にいるわ。
うぅん。きっとずっと、一緒。私は、そうだったらいいなって、想う。
できれば、此処で――この、幻想郷でね。
貴女は、どう思う? 水蜜」
――貴女は、一気に決めるつもりでしょうに。
「だから、水蜜にもちゃんと、自己……なに、急に笑って」
「なに……って。その問い方はずるいんじゃないですか」
「否定されるなんて思ってないから。要領いいでしょ」
「あの、自分で言わないで下さいよ」
「生き残る術は是しかないのよ!」
何の話か。
吠える一輪。
私はくすくすと笑う。
幾重にも交わしたやり取りは、あぁ、やはり此処にある。
暫く笑った後、手に力を込め、彼女の意思を此方に促した。
「帽子、返してもらえますか?」
「決めたつもりだったんだけど」
「被っていた方が解り易いでしょうから」
「……ん、そだね」
「でも……詰まったらフォローしてくださいね」
肩に触れていた手が、そぅ……と口に触れる。
「じゃあ、いけない唇にお仕置きを」
それはフォローじゃない。
睨むと、一輪はまたけらけらと笑った。
「なら、上手くいったら褒美をもらえるんですか?」
「へ? あー、考えてなかった。何がいい?」
「もぅ……――戻りましょう」
繋いでいた手を引く。
よろける一輪だったが、すぐに足取りを確かにした。
けれど、よろけたと言う事は、本当に考えてなくて、つまり、今、考えていたと言う事。
こんな時だけ、要領が悪いんだから……。
呟きは、きっとまた、届かない――。
室内に戻ると、聖がレオタードに星が緑色の服に着替え、壇上で騒いでいた。え?
「いっけぇぇぇ星、ハイッパァァァ独鈷杵よぉぉぉぉ!」
「な、南無三っ!!」
え、何?
「リグルさん! リグルさんは何処!?」
「わ、急に何よ早苗」
「虫型だからか。造形は良くないが、店にあるぜ」
「君が勝手に置いていったんだろう」
目を輝かせる風祝とは対照的に、突っ込む巫女はうろんげだった。
けれど、概ね好評なようだ。
割れんばかりの拍手がフタリへと降り注ぐ。
ネタが解っていると言うよりは、聖の大胆な衣装と星の羞恥に染まる表情に乾杯と言ったところ。
或いは完敗か。
行われているのは一発芸で、どうと言う事もなく雲山がその場を明け渡したのだろう。
それが証拠に、先に終わっていたと思われる、ナズーリンとぬえも一息ついている。
喉を鳴らすナズーリンの周りには静電気が視覚でき、詰まるところ《正体不明》。
そして、頑固親父の気配が此方に近づいてくる。
一輪が空いている左手をあげた。
ぱぁんっと乾いた音。
とても大きくて、広い室内を隈なく響き渡った。
目が向けられる。
仲間たちの。
妖怪たちの。
人間たちの。
「お集まり頂いた皆さん、お待たせいたしました。
彼女が、今宵紹介する最後のヒトリ。
さぁ――」
聖の音頭に、唾を飲み込む。
とん、と小さく背を叩かれた。
叩いたのは、無論、微笑む一輪。
大丈夫――こくりと頷き、私は口を開いた。
「初めまして。舟幽霊にして、この聖輦船の船長を任せて頂いている、村紗――」
だって、私も、此処で、ずっと一緒にいたいから。
「――村紗みなみちゅと申します」
……。
…………。
………………。
また、やっちゃった……!
「――センチョはね。
水蜜って言うんだほんとはね。
だけどちっぱいから自分の事みなみちゅって呼ぶんだよ」
「それがフォローのつもりですか、いちりぃぃぃん!?」
「可愛いね、水蜜」
「ヤだ嬉しい。じゃないっ!
あと、誰がちっぱいですか!?
大きくはありませんが星ほど小さくもないです!!」
「うぉぉぉぉぉい、村紗!?」
「おぉ。これぞ正しく道連れアンカー」
「ナズ、手を打ってないで! ムラサ、星、正体不明になぁれ!」
雲山が覆ってくれました。たぶん、意味ない。
騒ぐ私たち。
乗じる人妖。
手を合わせる聖。
‘超人‘化していた彼女の打ち鳴らす音は大きく、私も含め、一同の視線が向けられた。
「私が寺に居た頃から――人間と妖怪は変わったのかもしれません」
傍の瓶を掴み、
「誠に賑やかで和顔愛語である!」
唇にあて、
「いざ、南無三――!!」
一気に流し込んだ。
湧き上がる室内。
そんな中、そっと引かれる手。
振り向くと、外の空の様な青い髪が頬を擽った。
あぁ、そうか。
やはり貴女は要領がいい。
さっきの、訂正しますね、一輪。
「可愛いよ、水蜜」
返そうとした言葉は、当然の様に、音にならなかった――。
<了>
わたくし、此処命蓮寺の住職を務める事と相成った、聖白蓮と申します。
封印から解いて頂き自由になったとは言え、右も左もわからぬ不束者。今後ともどうぞ宜しくお願い致します」
壇上の上、小さく頭を下げる聖を横目に、そっと立ち上がる。
「ひ、聖! その言い方はどうかと思います!?」
「と言うのは建前で」
「私の前でだけ言ってくナズーリィン!」
「ほ、星、大丈夫! 正体不明にしたから!」
「うぅありがとうぬえ。でも私はショウです」
「何がどう大丈夫なのか。ほら、星の番だよ」
……たぶん、気付かれていないだろう。
「え、あ、では、んぅ……。
きらきら光るお星様、私の名前は寅丸星っ!
って皆さんどん引きじゃないですかナズゥゥゥリィィィィン!?」
愛でてるんじゃなかろうか。
顔面を朱色に染める星を遠目に、微苦笑しつつも歩を進める。
しゃ……――障子を開くと、小さな音がした。
老朽化だろうか。
思い、苦笑する。
ある訳が、あり得る訳がない。
この寺の土台は、船。聖が創りだした魔法の船。そう、私の聖輦船。
私、村紗水蜜は、部屋に集まる皆に気付かれぬよう、そっと静かに外に出た――。
聖を救出し、寺を建立し……慌ただしかった日々の締めくくり。それが今行われている宴会だ。
此処、幻想郷ではそういうルールらしい。
実際に、私たちとやり合った巫女や魔法使い、風祝が参加しているのだから間違いではないのだろう。
他にも山の上の神々など、関係者がちらほらと。
のみならず、偶々近くを通りかかった妖怪や人間にも門戸を開いている。
完成した命蓮寺のお披露目……と言うよりは、単に賑やかな雰囲気を好む聖の意向を尊重しているのだ。
中の喧騒とは対照的に、外は静寂で満ちていた。
足を繰りだす度、耳に聞こえてくる音が遠ざかる。
船首へと辿り着いた今や、無音に近いとすら感じた。
どうするでもなく、私はただ、青暗い空を眺める。
緩く吹く風に、髪が微かに揺れる。
しけってしまうだろうか。
思い、また微苦笑。
是は海風じゃない。そも、此処は海じゃない。
――逃避から、無駄な感傷に浸っていると自身、思う。
私とて宴会が嫌いなわけではない。
人の身だった頃、港に着くたび催された酒宴は今尚胸に留めている。
封印される前、聖輦船を操り空を駆けた後、仲間たちと飲む酒は格別だった。
けれど……、――。
私は、ポケットに突っ込んでいた帽子を引っ張りだし、深く被った。
「うわ!?」
――ら、引っ張られた。
急な事に足の踏ん張りがきかず、傾く。
重力に……いや、引く意志に逆らわず、私は倒れこんだ。
「ありゃ、えらい簡単に、っと」
後ろ頭を直撃するのは、床の固さではなく、胸の柔らかさ。
何時もより視線を上に見上げる。
元より背は彼女の方が高い。
「貴女と解っていましたから」
「気配は消してたつもりなんだけど」
「聖だったら声をかけるでしょう?」
「星も、まぁ同じくか」
「ぬえならもっと驚かせるでしょうし」
「ナズーリンは甘い囁き」
「で、雲山だとすると――」
「――可能性もないわね」
くすりと笑いあう。
「と言うのは後付けで」
「やっぱり気配消せてなかった?」
「いいえ。なんとなく、貴女だと思いました」
一瞬キョトンとした後、
「一輪」
一輪は小さく頷き、微笑む。
「一緒だね」
「何がです?」
「出ていったの、なんとなく、センチョだと思ったのよ」
気付かれていたのか。
そうなんだろうと素直に思う。
その程度には、共に居る時を重ねてきた。
私と同じく聖輦船もろとも封印された彼女とは、最も付き合いが長い。
勿論――。
「雲山も、ですが」
「ん?」
「彼は?」
「自己紹介中」
「貴女抜きで?」
「一発芸も頼んどいた」
鬼がいる。
「んな顔で見ないでよ」
「いえ、ですが」
「だってさ」
「‘だって‘?」
「センチョが戻ってくるまでの間だけだし」
……なるほど。いい返しをする。
俯く私。
帽子が抜き取られる。
一輪は、両手を組み頭の上に乗せ、更に顎を乗せてきた。
風景と同化したような一輪の青い髪が靡き、私の頬を擽る。
「室内じゃ、被り物は取らないとね」
「船内ですふぎぎ」
「むにむに」
右頬を抓る手に、そんな可愛い音は合っていない。
たまらず、私は手を重ねた。
動きが止まる。
「戻らなくては……いけませんか」
発した呟きは、自身、呟きなのか問いなのか、わからなかった。
「そりゃね。センチョも当然、愉快な命蓮寺一家の一員なんだし」
「その言い方、星がまた泣きますよ?」
「姐さんが言い始めたんだよ」
だから泣くんですってば。
微苦笑する私に、あっけらかんとした笑い声をあげる一輪。
薄暗い空は、むすりとした雲山の代役の様だ。
幾重にも交わしたやり取りが此処にある。
だけれど……いや、だから――。
「一輪は、知っているでしょう?」
無言。
代わりとばかりに手を握られる。
力の割には細い、けれど、長くしっかりとした指。
肯定と受け取り、続けた。
「私の、忌まわしい過去を……」
強められる力。
痛みは、込められた思いか。
振りほどく事もせず、ただ受け入れた。
――すると、微苦笑。
「相変わらず、生真面目だね」
要領がいいとは言え、基本的には真面目な一輪。
そんな彼女に呆れた風に言われるのだから、よっぽどなのだろう。
しかし、事は真面目不真面目で語るものではない。少なくとも、私はそう思う。
伝えようと口を開く――
「センチョは……いや、」
――直前、くるりと振り向かされた。
一輪の顔が、視界を埋める。
ゆっくりと口が開かれた。
「水蜜はさ」
はっきりと、私の名を呼ぶ。
微笑みに鼓動が走る。
拙いと思った。
「そ、んな、事……!」
反論。
意味がないと内で叫ぶ。
この表情を見せる一輪は、引かない。
雲山を頑固親父と呼ぶ彼女だったが、自身、相当な頑固者だ。
「とりあえず、聞いてよ。
わかってると思うけど、うん、私は知っている。
水蜜が忌まわしいと思っているなら、そうなんだろうね」
とりあえずも、何も――
「……姐さんじゃないからね、私は難しい事なんて言えない。
だけど、ねぇ。
ソレを知っている私たちは、今でも傍にいるわ。
うぅん。きっとずっと、一緒。私は、そうだったらいいなって、想う。
できれば、此処で――この、幻想郷でね。
貴女は、どう思う? 水蜜」
――貴女は、一気に決めるつもりでしょうに。
「だから、水蜜にもちゃんと、自己……なに、急に笑って」
「なに……って。その問い方はずるいんじゃないですか」
「否定されるなんて思ってないから。要領いいでしょ」
「あの、自分で言わないで下さいよ」
「生き残る術は是しかないのよ!」
何の話か。
吠える一輪。
私はくすくすと笑う。
幾重にも交わしたやり取りは、あぁ、やはり此処にある。
暫く笑った後、手に力を込め、彼女の意思を此方に促した。
「帽子、返してもらえますか?」
「決めたつもりだったんだけど」
「被っていた方が解り易いでしょうから」
「……ん、そだね」
「でも……詰まったらフォローしてくださいね」
肩に触れていた手が、そぅ……と口に触れる。
「じゃあ、いけない唇にお仕置きを」
それはフォローじゃない。
睨むと、一輪はまたけらけらと笑った。
「なら、上手くいったら褒美をもらえるんですか?」
「へ? あー、考えてなかった。何がいい?」
「もぅ……――戻りましょう」
繋いでいた手を引く。
よろける一輪だったが、すぐに足取りを確かにした。
けれど、よろけたと言う事は、本当に考えてなくて、つまり、今、考えていたと言う事。
こんな時だけ、要領が悪いんだから……。
呟きは、きっとまた、届かない――。
室内に戻ると、聖がレオタードに星が緑色の服に着替え、壇上で騒いでいた。え?
「いっけぇぇぇ星、ハイッパァァァ独鈷杵よぉぉぉぉ!」
「な、南無三っ!!」
え、何?
「リグルさん! リグルさんは何処!?」
「わ、急に何よ早苗」
「虫型だからか。造形は良くないが、店にあるぜ」
「君が勝手に置いていったんだろう」
目を輝かせる風祝とは対照的に、突っ込む巫女はうろんげだった。
けれど、概ね好評なようだ。
割れんばかりの拍手がフタリへと降り注ぐ。
ネタが解っていると言うよりは、聖の大胆な衣装と星の羞恥に染まる表情に乾杯と言ったところ。
或いは完敗か。
行われているのは一発芸で、どうと言う事もなく雲山がその場を明け渡したのだろう。
それが証拠に、先に終わっていたと思われる、ナズーリンとぬえも一息ついている。
喉を鳴らすナズーリンの周りには静電気が視覚でき、詰まるところ《正体不明》。
そして、頑固親父の気配が此方に近づいてくる。
一輪が空いている左手をあげた。
ぱぁんっと乾いた音。
とても大きくて、広い室内を隈なく響き渡った。
目が向けられる。
仲間たちの。
妖怪たちの。
人間たちの。
「お集まり頂いた皆さん、お待たせいたしました。
彼女が、今宵紹介する最後のヒトリ。
さぁ――」
聖の音頭に、唾を飲み込む。
とん、と小さく背を叩かれた。
叩いたのは、無論、微笑む一輪。
大丈夫――こくりと頷き、私は口を開いた。
「初めまして。舟幽霊にして、この聖輦船の船長を任せて頂いている、村紗――」
だって、私も、此処で、ずっと一緒にいたいから。
「――村紗みなみちゅと申します」
……。
…………。
………………。
また、やっちゃった……!
「――センチョはね。
水蜜って言うんだほんとはね。
だけどちっぱいから自分の事みなみちゅって呼ぶんだよ」
「それがフォローのつもりですか、いちりぃぃぃん!?」
「可愛いね、水蜜」
「ヤだ嬉しい。じゃないっ!
あと、誰がちっぱいですか!?
大きくはありませんが星ほど小さくもないです!!」
「うぉぉぉぉぉい、村紗!?」
「おぉ。これぞ正しく道連れアンカー」
「ナズ、手を打ってないで! ムラサ、星、正体不明になぁれ!」
雲山が覆ってくれました。たぶん、意味ない。
騒ぐ私たち。
乗じる人妖。
手を合わせる聖。
‘超人‘化していた彼女の打ち鳴らす音は大きく、私も含め、一同の視線が向けられた。
「私が寺に居た頃から――人間と妖怪は変わったのかもしれません」
傍の瓶を掴み、
「誠に賑やかで和顔愛語である!」
唇にあて、
「いざ、南無三――!!」
一気に流し込んだ。
湧き上がる室内。
そんな中、そっと引かれる手。
振り向くと、外の空の様な青い髪が頬を擽った。
あぁ、そうか。
やはり貴女は要領がいい。
さっきの、訂正しますね、一輪。
「可愛いよ、水蜜」
返そうとした言葉は、当然の様に、音にならなかった――。
<了>
いやぁ,相変わらずテンポのよさと小ネタが光るw
船長と一輪のシリアス楽しみにしております。
この二人の絡みはもっと増えるべきだと思います。
シリアス楽しみにしてます。
この楽しそうな雰囲気、キャラみんな可愛いですし、面白かったです。
このふたりいいコンビですわ。
それとこのssの雰囲気も大好きです!
シリアスの方も楽しみにしてますね!