命蓮寺―――つい先日、人里近くに現れたお寺である。
そこの尼僧である、聖白蓮の考えは人も妖怪も神も仏も皆平等。
「それなら私のような存在も、受け入れてくれるのかしら?」
古明地さとりは一人、そんな事をつぶやく。嫌われ者の集まる地底ですら嫌われる、嫌われ者の代名詞である彼女のつぶやきは、言葉の内容に反してさして期待している様子も無かった。
実際、彼女が地底の地霊殿を離れて人里近くの寺まで足を運んだのは、そんな理由ではない。
「とりあえず、中に入ってみましょう」
「いきなり入ってこられても困ります、参拝なら中に入らなくてもできますよ」
そう言って出てきたのは、件の尼僧――聖白蓮だった。
「いきなりラスボスの登場ですか、あなたに用はないのですが……。まあ、あなたに話を通したほうが早いわね」
古明地さとりは言った。
「聖白蓮、ここにいる村紗水蜜と封獣ぬえを引き取りに来ました、彼女たちは地底の妖怪ですので」
白蓮は彼女の言っている意味が分からなかった、確かに彼女たちは先日まで地底にいたがもともと地上にいた者たち。
いまさら地底に戻される理由など無いはずだ。
「『なぜ地底に戻されるのか』ですか、確かにいまや地底と地上の行き来は自由ですが水蜜は地底に封じられた身です、勝手に地上に行かれては困るんです」
「あなた覚妖怪ね? というか自己紹介くらいして欲しいのですが?」
「あらごめんなさい、私は古明地さとり、御察しのとおり地底で最も嫌われ最も恐れられる妖怪、覚です」
なんとも卑屈な自己紹介だと白蓮は思った、人妖神仏皆同じを信条にしている白蓮にとってはそれはとても気になる事だ。
彼女は、生まれてからずっと嫌われて生きていたのだろう。そう思うと、彼女がとても可哀想でならなかった。
「やめてください、同情なんて煩わしい。私は水蜜とぬえをつれて帰りたいだけなんです」
「それはできません、彼女たちのおかげで私はここにいる事ができるのです。それに彼女たちが地上に害をなすとは考えられません」
「なら仕方がありません―――想起『テリブルスーヴニール』」
さとりがそう言ったとたん、白蓮の目の前は閃光に包まれた。まるで太陽を直視したようなまぶしさに目の前が真っ白になる。
何が起きたのか白蓮には分からなかった、ただ脳裏にさまざまな記憶が鮮明によみがえる。
鵺の事。巫女の事。魔法使いの事。現人神の事。虎の事。船幽霊の事。入道の事。鼠の事。法界の事。封印の事。弟の事。
光が現れ、光が消えるその一瞬の事だったが、とても永く感じた一瞬だった。
「なに、今のは? 魔法? 妖術? それにしては何も感じませんでした」
「ちょっとした技術ですよ。びっくりさせてごめんなさい、これをしたほうが話をしやすいので。
攻撃のためのスペルではないので攻撃するのはやめてくださいね」
ずいぶんと勝手だと白蓮は思った。
しかし平和的に解決できるならそれに越した事は無い。水蜜とぬえが地上に害をなす事はないと説明できれば、この妖怪も下がってくれるだろう。
白蓮はそう考えた、ついでにこの卑屈な妖怪の心の支えになる事ができるかもしれない。
「えっと古明地さとりさん? ここじゃなんですし、中にどうぞ」
「ありがとうございます、でも私嫌いなんですよ。やさしくされるの」
「捻くれてますね、でもあなたのせいではありません。悪いのは環境です」
「あなたみたいのがいるから、捻くれるんですよ。自分勝手で強欲な偽善者がいるから」
「なんて事を言うんですか、私は偽善で動いているわけではありません!」
さとりは白蓮の心に動揺が生じるのを感じた。動揺は催眠を深くして、より心を無防備にする。
無防備な心は誘導しやすい。さとりは心の中でほくそ笑んだ。
「自分のためでしょう? 死にたくないから」
「確かにはじめはそうでした。でも今は違う、今はただ妖怪の力になりたいだけです」
「私の前では嘘も言い訳も通用しません。あなたはただ自分を正当化したかっただけでしょう? ああ、優秀な弟に対してのコンプレックスもあるわね」
「そんな事………」
白蓮の声はもはや聞き取る事が困難なほどに小さくなっていた。なぜか「そうではない」と自信を持って言う事ができなかった。
白蓮でも気づいていない本心を言い当てられているような気がしてしまう。
心の内側に剣を突きつけられているかのような感覚。ほんの2、3言で白蓮の心はさとりに屈服した。
「そんな偽善者の元にいてあの子達は幸せになれる? あなたはあの子達に救いを与えられる?
―――自分のために人間も妖怪も欺いてきたあなたが?」
さとりの言葉は白蓮に深く突き刺さり、心にある傷痕を引っ掻き回す。言いたい事があるのに言えない、自分の言葉に自信を持てなくなっている。
自身を支えっていた一本の柱をへし折られて、今にも壊れそうな精神にとどめを刺すべく、さとりは言葉を紡ぐ。
「あなたに助けてもらいたい妖怪なんて―――」
言い終わる前にさとりの言葉は、目の前に落ちてきた一丁の錨に中断された。
遅れて、セーラー服を着た少女と奇抜な格好をした少女が降りてきた。彼女達は自分の敬愛する者が傷付けられ、剣呑な雰囲気をまとっている。
「ひさしぶりですね、水蜜、ぬえ。地底に帰りますよ、逃げ出した事は咎めませんので」
「元はといえばあなたのペットが原因らしいじゃない? それに私は地底には戻らない」
「お空は悪くないわ、悪いのは山の負け組神様よ。産業革命だかなんだか知らないけどいい迷惑だわ、間欠泉のせいで逃げ出した怨霊や妖怪を回収しなくちゃいけないし、気づいたら家の裏に訳の分からない施設ができてるし、お空が調子に乗って旧灼熱地獄の温度を馬鹿みたいに上げるから夏は暑いし冬でも時々暑いくらいだし、力を与えてくれたからってお空は宗教にはまるし、お燐は仕事をサボって温泉に行っちゃうし、こいしは相変わらずぶらぶらしているし、わたしが地上に出ればみんな逃げるし、嫌がらせで宴会行ったら鬼と飲み比べさせられるし、それに、魔界に封印されていたやつが地上に現れるし、変なお寺作っちゃうし、同情されるし」
「それでも私は、聖がここにいる以上ここを離れるつもりは無い」
そう言って、水蜜はスペルカードを取り出す。
「弾幕勝負は遠慮したいわ、それに一度に3人の相手なんてしたくないもの」
「私は手を出さないわ」
そういうと、ぬえは白蓮を連れて奥に行った。白蓮はぶつぶつと何かをつぶやいている。
「これで1対1です」
「分かりました、しかたありませんね」
さとりもスペルカードを取り出す。
「―――想起『恐怖催眠術』」
★
上では水蜜とさとりが戦っている、ぬえは何があったのか白蓮に聞いてみたが何かをつぶやいているだけで要領を得ない。
ぬえはすぐにさとりの催眠術が原因だと気づいた。
「聖! しっかりして、なんでさとりがここにいるの?」
「私は、みんなを裏切って……封印されて………」
ぬえはどうすればいいのか分からない、白蓮はトラウマを呼び起こされて周りの声が聞こえなくなっている。
人を怖がらせるだけの存在では、白蓮を助けられない。ぬえにはそれがどうしてもたまらなかった。
だから考える、白蓮の呟きから、今何を恐れているのか。どうすればそのトラウマを追い払ってあげる事ができるのか。
「聖聞いて、あなたは誰も裏切ってはいないわ」
「私は、妖怪を助けてきた、でもそれは自らの欲のために……」
「さとりの言う事を信じちゃだめ。あいつに嘘はつけないけど、あいつが本当の事しか言わないわけではないのよ」
「それでも私は………」
ぬえはこんな白蓮を見たくは無かった、ぬえが白蓮の封印を解くのを邪魔したと知ったとき、白蓮はぬえを許した。
そのときの白蓮は、自らの思想に基づいて、あいまいな存在である自分を受け止めてくれた。だから白蓮についていこうと思ったのだ。
だからこんな白蓮をぬえは見たく無かった。
「いい加減しろ! 何のために村紗達はあなたを助けたと思っているの!」
乾いた音が響く、白蓮は赤くなった頬を押さえながらぬえを見る。
ぬえは涙を流しながら、顔を真っ赤にしていた。
ぬえは怒っていた。
自分がついていくと決めた存在が、こんなに情けない存在だとは思いたくないから。
そして、村紗たちが危険を冒してまで助けた存在がこんな情けない存在であっていいはずが無いから。
「村紗たちは自分達にとってあなたが必要だから、大切だからわざわざ魔界まで行って封印をといた。
それなのにあなたの思想はそんなもの?」
その言葉に白蓮ははっとした。
そう、今ここに私がいれるのは水蜜や一輪や雲山や星やナズーリンが魔界まで来てくれたからだ。
彼女達が危険を冒して助けてくれた、もはや私の思想は私だけのものではない。
―――人間も妖怪も平等。
いくら心を傷つけられてもこの思想だけは守らなくてはいけないのだ。
「ぬえ、ごめんなさい。もう大丈夫です」
「聖ごめん、痛かった?」
「大丈夫ですよ、それより村紗を」
二人が上を見ると、村紗はだいぶ苦戦しているようだった。
今さとりが使っているのは、ぬえのスペルカードだろう。それを見て白蓮は驚いた。
「さとりは相手の記憶を探って相手が苦手とする弾幕を使うの」
「そんなの反則じゃないの」
心を読めればそんな事までできるのかと白蓮は思った。
しかしそんな事をすれば、相手に嫌われる事間違いなしだろう。さとりはそれが分かっていて、そんな戦い方をしているのだと白蓮は思う。
白蓮はそんなさとりを助けてあげたい、それが今の白蓮の本心だった。
★
水蜜の体力は、もう限界だった。
何度やっても避けられなかったはずのスペルをさっきから連続して避けているのは、彼女にとって奇跡のようなものである。
「ずいぶん疲れているようですね、あきらめて地底に帰りましょうよ」
「冗談じゃない、私の帰る場所はここ命蓮寺です。
それにしてもあなた、人が嫌がる事をしてはいけないって教わらなかったのかしら?」
「教わりませんでしたね、生まれながらの妖怪なんで。―――想起『天上天下連続フック』」
さとりがそういうといきなり巨大な拳が現れた、いきなりの事で水蜜の対処が一瞬遅れる。
『やられた』と思った水蜜は思わず目をつぶる。
―――が、いつまでたっても拳が当たった感覚は無い、水蜜は恐る恐る目を開けると、目の前いたのはエア巻物を構えた聖白蓮だった。
「ごめんなさい村紗、あとは私が変わります」
「聖、大丈夫なんですか?」
「ええ、それとさっきは助けてくれてありがとう」
そう言って白蓮はさとりの方を見る。しかし、さとりは白蓮が立ち直ったのに驚いていた。
「さとり、あなたの言うとおり、私は自分勝手でした。
私は自分を慕ってくれている者達の事を全く考えていなかったのですから」
そう言った白蓮の心に先ほどまでの揺らぎは無かった。
「村紗とぬえを渡すわけには行きません、私には彼女達が必要なのですから。
それでも連れて行くと言うのなら―――私は精一杯抵抗します」
「平和的に解決する事はもうできないようね、まあいいわ」
白蓮とさとりは対峙する。
「いざ、南無三──!」「眠りを覚ます恐怖の記憶で眠るがいい!」
★
「いたた、やっぱり戦いは向いてないわね」
さとりは、一人地霊殿へと飛んでいた。
結局、さとりは白蓮に惨敗した。もともと戦いは得意ではないさとりと封印された大魔法使い、力の差は歴然だった。
下を見ると特に理由も無いのに、鬼達がそこらじゅうで宴会をしている。
その風景を見て、さとりは自然と飛ぶスピードを速めていた。
「悪かったねさとり、憎まれ役をやらせてしまって」
「いいのよ、嫌われるのは慣れていますから」
地霊殿に帰ると、一人の鬼がいた。さとりを命蓮寺に行かせたのはここにいる星熊勇儀である。
「それで、水蜜とぬえは大丈夫そうかい?」
「ええ、白蓮を信用してもいいと思うわ」
「なんか複雑な気分だね、地底の奴等は皆家族みたいなものだから」
「娘を嫁にやる父親の気持ちって所?」
「そんな感じかね」
そう言った勇儀があまりにも遠い目をしていたので思わずさとりは笑ってしまった。
結局のところさとりが命蓮寺に行ったのは、水蜜とぬえを心配しての事だった。
もしも聖白蓮に水蜜とぬえを任せる事が出来無そうだったら無理やり彼女達を地底に連れて行くつもりだった。
しかしなんてことは無い、聖白蓮は二人の居場所をちゃんと守れる存在だったのだから。
「さとり、これから一杯どうだい?」
「今日は疲れたのでもう寝ます、そういえばすぐそこで萃香が宴会をやっていましたよ」
「そうか、ならそこに行くかな。そんじゃおやすみ」
「はい」
そうして勇儀は帰って行く。
さとりはいち早く疲れを癒すべく、寝室に向かった。
ただ話の流れが平坦でまるで流れるままに読み終わってしまった感じでした。
さとりと白蓮、出会えば最初はきっとうまくいかないだろうなあとは想像はしていましたが。
「皆」蜜
話は凄く面白かったです