森を歩いていた夜。遠くでオルゴールの音が鳴っていた。聴いたことがない曲だったけど、とても綺麗な音色がしていた。音色の方に近づくと、空を眺めている魔理沙の姿があった。声をかける。
「どうしたの? オルゴールなんて持って」
「ああ、アリスか。さっき香霖堂で買ったんだ、綺麗だし、曲もいい曲だと思わないか?」
そう言いながら、魔理沙はオルゴールを手渡してきた。銀色の箱に、繊細な装飾が施されている。そのオルゴールの弱い音色が、森の木々に吸い込まれて一層儚くなっていた。だけどとても澄んだ音色で、美しい曲に思えた。
「魔理沙があそこで買い物をするなんて。珍しいこともあるのね」
「まあな、安かったしさ」
魔理沙が値段も教えてくれた。その値段を聞く限り、買ったんじゃなくて、貰った。といっても差し支えがない値段だった。だけど、それでも「買った」って言う関係が、あの二人には相応しい気がした。
私が森を歩いていたのは茸を集めるためだったけど、茸狩りを中断して、夜空を見上げながらオルゴールの音色に耳を傾けていた。そして、茸を捜して地面を見ていた時は何も感じなかったけど、夜空が綺麗な夜だったことに気づいた。空一面に星が瞬いていて、空にはそれを遮る雲一つ無かった。
二人でオルゴールの音と、星に見とれていると、ふと音が止んだ。オルゴールのネジが切れたようだ。私は手元のオルゴールのネジを巻き直す。
「もっと力強い魔法が使えますようにもっと力――」
その時、隣で魔理沙が何事かを叫んでいた。
「どうしたの?」
「今流れ星が見えたんだ」
私がネジを巻いている間に通り過ぎた流れ星に願いをかけていたらしい。
「案外子供っぽいのね。信じてるの? そんなこと?」
「どうだろうな? まあ願い事するだけならタダだしさ、少なくとも信じて損はないだろ?」
「願掛けなら他でもいいじゃない? それこそ博麗神社だって」
「それは確実に無意味だってわかってるからな……」
ごもっとも。
「それにな、流れ星ってすぐ消えるのが有り難みが有っていいと思わないか?」
「それはそうかもね」
「星の中では流れ星が一番好きなんだ。願い事も叶うし」
その儚さを愛でられるのが人間かも知れない。星は永遠とも思えるほどに瞬いているけど、流れ星は一瞬で消えてしまう――人間の命のように。
「しかしなあ、もう少しのんびり消えてくれればいいのに」
「贅沢ね。さっきはすぐ消えるのがいいって言ったのに」
「それはそうなんだが。でも願い事をゆっくり言う時間くらいくれてもいいじゃないか? 私が星だったらそのくらい待ってやるのに」
「アリス! アリス!」
オルゴールの小さな音色はその声に掻き消された。その瞬間、世界が消えてしまった。魔理沙の影はもうどこにも無かった。夢の中に掻き消えてしまった。
「アリス! アサダヨ」
懐かしい夢だった。あれはどのくらい前のことだっけ? もう日時は忘れてしまったけど、あの夜空と音色は今でもしっかり覚えている。そういえばあのオルゴールはどこに消えたのだろう?
「オハヨウ! アリス!」
ぼんやりとした頭に、私より先に起きて、いや、先に動いていた人形の声が響いてくる。寝ぼけ眼のままでカーテンを開けた。朝の空には青が広がっていた。夜も、星も、もうどこにもない。
パンの香ばしい匂いが漂ってきた。人形達が、もう皆自律行動出来るようになった人形達が朝食を作っている。それに少し目を覚まされた私は、枕元の一冊の本を開いた。いつものように数枚の白紙が見えるだけだった。
「今日も駄目か……」
溜息をつきながら私は本を閉じる。そのまま顔を洗いに向かう。戻ってくると、人形がコーヒーを運んできた。コーヒーを片手にカレンダーに向かう。見るまでも無くわかりきった日付が目に飛び込んでくる。今日は魔理沙の月命日だ。そして、私には後一ヶ月しか残っていない。
「アリス! ゴハンガデキタヨ!」
「ええ、ありがとう」
テーブルにはトーストとスクランブルエッグが並んでいた。捨食の術を身につけている私は、もう食事を取る必要は無いのだけれど、今でも食べないと頭が働かない気がする。ぼんやりとした頭のまま朝食を食べ終わると、流石に目が覚めた。そして、残された時間の少なさに愕然としていた。
そのまま、不安と焦燥感に追われながらも、私はその日も魔法の研究をしていた。研究に没頭していると、どうにか時間の流れや不安を少し忘れることができた。昼食を食べることはすっかり頭から消えていた。ふと外を見ると夕焼け空になっていた。
「アリス! ソロソロイカナイト!」
「そうね」
今日は香霖堂での流星観測会の日。今回で何回、いや、何百回目だっけ? 魔理沙が子供の時から続く行事で、魔理沙が大好きだった行事。少し、やっぱり少しは時間が惜しいとは思うけれど、魔理沙が大好きだったこの行事だけは外せないと思った。
支度を調えて家を出る。森を出てすぐに香霖堂が見えた。すると、その前で早苗と出会った。
あの頃の人間の友人で唯一健在な……いや、健在ではないのかも知れない。早苗はもう人ではなく、神になったのだから。
「お久しぶりです」
早苗が挨拶をしてきた。
「ああ、久しぶりね」
「読めました? あの本」
「駄目ね……まだ読めないわ」
「魔理沙さんも最後にとんでもない置き土産を残していきましたよね……」
二人で溜息をつく。話に聞く限りでは、早苗も神として難しいことや苦労が多いらしいけど、人間らしく溜息をつく姿を見ていると、そんな事は思いも付かず、あの頃と変わらないように思えて懐かしかった。
「でも大丈夫です! いざとなったら私が奇跡を起こしますから! 神は信じる物を裏切りません!」
だから、そう言った早苗を見て私は思わず吹き出してしまった。神様から奇跡を約束されたのに、どうしてこんなに有り難みや説得力がないのだろう? ……そういえば、こんなふうに自然に笑えたのはいつ以来だっけ?
「やあ」
二人で店内に入ると、霖之助が少し面倒そうな顔で挨拶をしてきた。昔と変わらない。中には既に多くの見知った妖怪の姿が見えた。皆変わらないように見える。だけど、もうあの頃の人間はいなくなってしまった。魔理沙も、霊夢も、咲夜もいない。いるのは神になった早苗だけ。
その中にパチュリーが見えた。二人で変わらぬ問いをして、そして変わらぬ答えを返す。
「どう? パチュリー? 開けた?」
「……駄目ね、アリスは? 読めた?」
「こっちも駄目よ」
私は白紙の本を。パチュリーは開かない小箱を携えていた。二つとも魔理沙から託された物。それを見るとどうしても気が重くなってしまう。でも、それは今日は忘れることにした。あれこれ考えるよりも、魔理沙が大好きだった流れ星を、流星群を見る方が役に立つと思えた。
「そろそろ時間だね」
と霖之助が言ったので外に出てみると、天には雲一つ無い、満天の星空が広がっていた、昔と変わらぬまま、あの夢の中とも変わらぬまま、星が瞬いていた。妖怪達が、変わらない星空を眺めていた。
そして、少しすると空が流れ星で満たされた。
星の合間を、数え切れないほどの無数の流れ星が降っては消えていく。それはどれも儚くて美しかった。
幻想郷の人々は、流れ星を天を司る龍の鱗が剥がれ落ちて、光り輝いた物だと言っている。一方外来人は、あれは宇宙のゴミだと言っていた。
――おそらく後者の方が正しいのだろう。どちらにしても星ではない。そして、それが何だろうがきっとそれ自体に意味はない。意味は見る者が決めればいい。
だから、私は例えただのゴミに過ぎなくても、流れ星に願いをかけた。魔理沙がそうしていたように。
「あれが読めますようにあれが読めますようにあれが――」
変わらず瞬き続ける星の中を、ほんの数秒で通り過ぎる流れ星。一つ目には言えなかった。それでも、何度も、何度も、願いをかけてみる。
だけど数百個目の流れ星が落ちて、それに願いをかけ損ねて、そして流れ星は消えてしまった。流星群は通り過ぎてしまった。後には永遠に瞬くと思える星々だけが残されていた。
そんな時、最後の流れ星が降ってきた。ゆっくりと。とても不格好で人工的な流れ星が。
「みなさん! 奇跡の力でもう一つ流れ星が降ってきました! 願いをかけましょう!」
早苗が叫んでいた。要は、これはただの早苗の作った弾幕。
だけど、それは紛れもない流れ星。だから、私は願いをかけた。
「魔理沙の残した本が読めますように。魔理沙の残した本が読めますように。魔理沙の残した本が読めますように」
ゆっくりと。心から願いをかけて。
「魔理沙の残した箱が開きますように。魔理沙の残した箱が開きますように。魔理沙の残した箱が開きますように」
パチュリーも同じようにしていた。いや、パチュリーだけじゃない。みんなが流れ星に願いをかけていた。思い思いの願いを。
昔々に魔理沙が流れ星にかけた願いは叶った。私たちが流れ星にかけた願いは叶うのだろうか?
流れ星に願いをかけて、私は天事を尽くした。あとは人事を尽くすだけ。カレンダーを見る。あと二十日。それでこの本は消えてしまう。
開く。やはり白紙だ。
この本は魔理沙が残した魔導書。魔導書が必ず書物の形をしているわけではないけれど、これは典型的な魔導書の形の、本の形をしている。だけど、この本を私は白紙が閉じられた本としか見ることが出来ない。
この本は魔導書なので封印がかけられている。そこに記された魔法を使う力の無い者にはそれを解くための鍵を見つけられず、読む事は出来ない。この本が白紙と言うことは、きっと私にはまだ何かが足りないのだろう。
魔理沙は、流れ星に願ったとおりに力強い魔法を覚え、そしてあらゆる魔法使いが何百年かけても出来なかった魔法を作り、いつしか大魔法使いと呼ばれるようになっていた。
最初に見たときはひ弱な子供だと思っていたら、いつの間にか追い越され、遙か遠くを行かれ。今では手が届かない所へ行ってしまった。
そう。魔理沙は完全な魔法使いにはなれなかった。魔理沙は捨虫の術を覚えなかったから。それでも、僅か数十年で、これまでの魔法使い全てよりも魔法に偉大な貢献をした魔理沙。
魔理沙が今でも生きていたら魔法の歴史はどうなっているんだろう? 今でも時々考える。だけど、最近ようやく気づいた。それが無意味だってことに。
どうして魔理沙は捨虫の術を覚えなかったんだろう? 何度も私とパチュリーは薦めたのに。それも時折考えていた。だけど、最近わかった。魔理沙が覚えなかった意味に。
多分魔理沙は有限の寿命を知っていたから、あそこまで全力で魔法に取り組めたのだろう。
自分の時間を止めている魔法使いは年を取らない。不死では無いけど、自然死は無くて、それゆえまず死ぬことはない。だから何事にも余裕を持って取り組む。慌てずとも時間は果てしなくあるのだから。それが魔法使いの常識だ。
私もそうだった。あの雪が振っていた春に、始めて魔理沙と決闘した時に、私は全力を出さなかった。それは野暮な事だと思っていたし、魔理沙があの時はとても野暮に見えた。
そして魔理沙に私は負けた。その時は何も思わなかった。全力を出していなかったからだと思ったから。
随分と時間が流れて、魔理沙が大魔法使いと呼ばれるようになっても、負けたとは思っていなかった。まだ本気を出していないと思っていたから。そして、その頃の私にはもう自分の本気がわからなくなっていた。
また時間が流れて、魔理沙が今際の際にいると聞いて――そして――そして――少しして――私はもう魔理沙に追いつけなくなった。
最後に魔理沙と会った時。魔理沙は私とパチュリーに魔導書を渡した。私には本。パチュリーには箱。
「究極の魔法を開発したぜ」
青白い肌で、こけた頬で、しわくちゃな顔で、白髪だらけの髪で。だけど笑顔で魔理沙はそう言っていた。
「これが使えれば大抵の願いがかなうんだ、流石に死人を生き返らすなんてのは無理だけどな」
陽気な声で魔理沙が呟く。陽気な声……その合間に咳が出て、魔理沙の咳には血が混じっていた。もう永琳の薬でも助けられない。捨虫の術を身につけても永遠の苦しみが続くだけ。それなのに満足そうな声で魔理沙が呟く。
「魔法が完成したのはいいんだが、あいにく、体がついて行かなくて私には唱えられないんだ。だからお前達に託すぜ」
そして、最後まで魔理沙は魔理沙らしかった。
「だけどな、一つだけじゃこの魔法は使えないんだ。二人とも鍵を解かないとな、片っぽがまた鍵になってるからさ」
二人。それを聞いてふと、二人で異変に向かったときの事を思い出した。
「それと、この魔導書には制限時間があるんだ。五十年。それが制限時間だ」
ゲームには制限時間が有った方が楽しいだろう? と言わんばかりの悪戯っぽい笑顔で話した。
「五十年経つ前に読めないと消えるんだ。そういう魔法を掛けておいた。頑張れよ。アリス。パチュリー」
そして魔理沙は消えた。妖怪から見れば流れ星のような一瞬の人生を終えた。
それから四十九年が経った。だけど私の目の前には白紙のままの本が、パチュリーの前には開かない箱が残されたまま。
何が足りないのだろう?
私も、パチュリーも、この四十九年で随分と魔法の成長をした気がする。今までの人生とは比べものにならないほどに。有限の時間を感じることが、こんなにも意味があるとは思わなかった。
もう自律型人形はとっくに完成している。それは明確な目的があったから。助手が必要という目的が。五十年なんてのは本当に一瞬に思えて、少しでも魔法の力を付けて、あの本を読むためには人形の手も借りたいくらいだったから。
パチュリーも同じ。パチュリーがまず作ったのは空気を綺麗にする魔法で――次が永琳に薬を貰って――そして体力作り。冗談みたいだけど、喘息のせいで魔法の詠唱もろくに出来ない、そして私より遙かに魔法に詳しいパチュリーには一番大事なことだった。百年以上ほったらかしてた喘息を治すことが。
私たちは全力で魔法に取り組んできた、私たちの魔法はもう魔理沙にも負けてないと思う。それでも鍵が解けない。残り時間も少なくなって、必死に魔法を研究して、時には紅魔館まで赴いて、二人で魔法を学んで。だけど、今でも本は白紙のままで。日付だけが流れた。そして、明日が魔理沙の五十回目の命日となった。あと二回、時計の針が頂点で重なれば、この本と箱は消えてしまう。
その日、最後の日、私たちは紅魔館の一室に引きこもって魔法を研究していた。外は雨が降り続いていて陰気な天気だった。だけど、それよりも私たちの心は沈んでいた。本も、箱も元のまま。白紙と、開かない箱のまま。どうしても読めない。どうしても開かない。鍵が見つけられない。
本気を出して、有限の時間と戦う私たちにはもう後が無くて。だけど時間は虚しく過ぎるだけだった。
「あと五分ね」
時計を見て私は呟いた。だけど、まだ時間はある。魔理沙が最後に究極の魔法を開発したように。時間が残されている限り、足掻けば何かが見えてくる可能性はある。
もう天に任せることは全部やった、流れ星に祈って。おまけに、博麗神社に賽銭を入れることまでして。
だけど鍵は見つからない。時計の針が追ってくる。時間が終わろうとしている。それでも最後まで私たちは足掻いた。白紙の本と開かない箱を傍らに置きながら。
時計の針の音が響く。
あと五秒、四、三、二
あと一秒。それでも足掻いた。
ゴーン ゴーン
……時計の音が告げた。十二時を。無情に。無機質に。
私は目を閉じて、天を仰いだ。次に目を開ければもう本と箱は消え去っているのだろう。
悔しかった。有限の時間の中で本気を出しても魔理沙にはかなわなかった。魔理沙の究極の魔法は消えてしまった。
――なら私たちに出来ることは一つだ。魔理沙の生み出した魔法を私たちが新しく作ること。それをパチュリーにも言おうとした時。パチュリーの興奮した声が聞こえた。
「アリス! 見て!」
パチュリーが指さした先を。そう、本と箱が有った所を。
本も、箱も消えていない。それだけではない。箱は開いていた。パチュリーが思わず箱を手にとって。私も慌てて本を開く。本が輝きを放っていて、そこには先ほどまで無かった少しの絵と文字が描かれていた。
何が鍵だったのだろう? それを考える余裕も無く、私は本を読む。絵は地図で、文字は魔法のようだ。そして少しのメッセージ。
"解読おめでとう。魔法の鍵はここに埋まってるから、夜になったら来てくれないか? 二人でもいいけど、そうだな、来てくれるやつがいるならみんなで来て欲しいな。この魔法はみんなに見せたかったから"
五十年ぶりに受け取った魔理沙の言葉。思わず胸が詰まりそうになった、だけど、感傷を消すくらいに、今は埋まっている鍵が、そして魔法が気になる。ここに書かれている魔法。これには心当たりがある。
私たちも覚えてから日は浅いけれど、私たちにも既に使える魔法。唱えてみる。降り注いでいた雨が消えた。これは雲を散らして、雨を消す魔法だ。
地図は魔法の森の一角のようだった。そして、本にはまだ白紙のページが残っていた。ここに究極の魔法が書かれているのだろうか?
パチュリーの箱も見てみる。箱の中には、鍵のかかった小箱が入っていた。鍵とは、本当の、物としての鍵なのだろうか? この箱を開くための。ともかく、この本と箱には二重の封印がされていたらしい。
それ以上はわからないままだったけれど、私たちは夜を待った。興奮で一睡も出来なかった。そして、気がつけば魔理沙の思い出で頭が埋め尽くされていた……
午後七時。もう夜と呼んでいいはずの時間。私たちはゾロゾロと魔法の森を歩いていた。あの魔法のおかげで、空には雲一つ無く、星が美しく瞬いていた。
人も随分と集まった。山のような妖怪と、少しの人間。人間は魔理沙の晩年の知り合いだったり、中には魔理沙に憧れる子供もいたり。それを引き連れて私とパチュリーは歩く。
見えた。地図に示された場所が。
掘ってみる。箱が埋まっていた。中には鍵が埋まっていた。小さな鍵だ。これはきっとパチュリーの箱を開けるための鍵だろう。はやる心を抑えつつ、パチュリーに手渡す。パチュリーは鍵を箱に差し込み、回す。中から見覚えの有る物が出てきた。銀色の箱が。
「オルゴール?」
パチュリーが言ったとおり、それはオルゴールだった。
当然同行していた霖之助も気づいていた。私も気づいていた。そう。あの夢で見たオルゴールだ。私と霖之助は顔を見合わせた。二人とも何かに声を潰されて無言のままだったけど、言いたいことはきっと同じで、そして、魔理沙の魔法がなんだかわかった気がした。
これはマジックアイテムじゃなくて、ただのオルゴール。持っても何も感じない。確かに音色を鍵にすることも出来るけど、それはとてもいい加減な鍵。魔法使いでなくてもオルゴールさえあれば開けるのだから。
昨日は興奮で考えられなかったけど、オルゴールで開けるような封印なら、少し調べれば、すぐに気づいて、オルゴールなんて無くても開けたはず。それこそ魔法なんていらない。楽器でも持ってくればいいだけ。
このオルゴールをパチュリーは知らないみたいだけど、どう見てもマジックアイテムに見えないオルゴールを見て、それに気づいた様に見えた。軽く苦笑いを浮かべているような表情だった。その表情のまま、パチュリーがオルゴールのネジを巻いた。
聞き覚えの有る音が鳴る。予想通り、その音に反応して、私の本に文字が浮かんできた。私はそれを読み上げる。
"あらかじめ断っておく。五十年経てば消えるってのは嘘だ"
回りからどよめいた声が聞こえてくる。特に人間から。中でも魔理沙の死後に生まれた魔法使いの卵たちは唖然としていた。彼女たちは、きっと魔理沙を偉大な魔法使いとしか知らないから。
妖怪達は半分驚いて、半分は魔理沙ならこんな悪ふざけをするかも。くらいの顔だった。……私とパチュリーはすっかり信じ込んでいたけど。……少なくとも、こんな下らない仕掛けなのに、五十年間私たちが気づかないってことは、この本は本当に高度な魔法で封印されていたのだろう。それは認めないといけなかった。下らない魔法だけど。
"五十年たったら字が浮かんで、オルゴールに辿り着けるようにしておいた。よくこんなのが漫画であるだろ? 忍者の秘密文書みたいにさ。だけど、もし、ついでに言えば私は是非この日に見て貰いたかったんだが、これを私の五十回目の命日に読んでくれてるなら、きっと五十年間、そして最後の瞬間まで読もうと努力してくれたんだろうな"
"努力してくれた"か。
"有限の時間ってのも案外悪くないだろ? こういうのは偉そうで柄じゃないんだが、きっと魔法も随分と成長したんじゃないか? 追い詰められた時の力って凄いからな"
"有限の時間"なるほどね。究極の魔法がなんだかわかった気がする。魔理沙の手の内で踊らされてたようで少し悔しいけど。
"そして、魔法は本物だぜ。私が生み出した魔法の中でもきっと最高の物だ。みんなに見せられなかったのが悔しいから頼んだぜ。アリス。パチュリー"
その言葉の後に、少しの空白を残して、呪文が書かれていた。見たこともない魔法。だけど、読めると言うことはきっと今の私たちには唱えられるのだろう。
……この魔法自体に意味はないと思った。本当に大事な魔法はもう覚えている気がする。時間が来れば勝手に読めるようになるのに、魔理沙は嘘をついてでも努力させて読ませようとした。こんなことをしてまで私たちにさせたかったこと、教えたかったことは一つしかないと感じた。
……それは寿命を知っている人間なら誰もが知っているのに、寿命を知らない魔法使いがみんな知らなかったこと。
パチュリーと目を合わせた。パチュリーも究極の魔法を目の前にしているはずなのに、もう緊張も興奮もしていない。それは、つまりここに書かれた呪文がどんなものかわかったって事だろう。
だから。落ち着いた笑顔で、パチュリーと私は声を合わせる。魔法を唱える。
その瞬間。空が光で埋め尽くされた。
……私たちの考えは半分は合っていて、半分は違っていた。確かにこれは究極の魔法かも知れない。
空が一面の流星群で埋め尽くされていた。ただの星じゃない。魔法の星が、七色の星が天を流れ落ちていた。空と森が七色の光に埋め尽くされていた。魔理沙の星の魔法は見飽きるほど見てきたけれど、こんなに綺麗な物は見たことが無い。息を飲むほどに美しかった。皆、思わず声を失った。こんなに美しい光景は他にあるのだろうか? 究極の美しさに思えた。
そして一体何千の流れ星が落ちてきたのだろう? 魔法の流星群が通り過ぎようとした時、私は本がまた輝いていることに気づいた。空白に、また文字が浮かび上がる。
"流れ星にかけた願い事は叶うよ。私が保証してやる。私は大魔法使いになるって夢をかなえたからな、星に願いをかけて、それを忘れず努力すればどんな願いも叶うさ"
魔法を使う者が、誰も考えなかったこと。有限の寿命の中で、全力で努力すること。だけど、それは願いを叶えるための究極の魔法。
"おまけに私は寛大だからな、ゆっくりと流れ星を振らせてやるぜ。好きなだけ願い事をしてみな。きっと叶えてくれるから"
それを読んだ時に、もう一つ流れ星が落ちてきたことに気づいた。空に流れる、本当にゆっくりと落ちていく流れ星に。最後の流れ星に。
"――お前たちが願いを信じて、願いを叶え続けようとするなら。その時に不安を感じたなら、私と流れ星を信じてほしいな。流れ星が。私の魔法が作った流れ星が願いを叶えてやるから"
私は願いをかけた。回り中からも願い声が聞こえてきた。流れ星は本当にゆっくりと流れていた。皆いくつもの願い事をしていた。だけど、その中で私は一つだけの願い事をしていた。
「魔理沙以上の魔法使いになれますように。魔理沙以上の魔法使いになれますように。魔理沙以上の魔法使いになれますように」
それを言い終わると、私は口を閉じて、静かに流れ星を見ていた。すると、皆が願いを口に出し続けている中、パチュリーも既に口を閉じていることに気づいた。
多分私たちの願いは同じなのだろう、きっとそれ一つで十分。そして、必ず叶うって確信している。
その時、また本が輝いていた。最後の少しの空白に短いメッセージが浮かんでいた。
"P.S アリスとパチュリーがこれを読んでくれてる時に香霖はいるかい? そう願いたいけどな。いるならこの本を香霖に渡してほしいんだ"
私は霖之助に本を手渡した。すると、また本が輝いた。何か別のメッセージが浮かんだのだろうか。霖之助はそれを読むと、背を向けて天を見上げた。
それを読んで少しして、霖之助が話しかけてきた。背を向けたまま、途切れ途切れに。
「魔理沙がこのオルゴールを僕にくれるってさ。まあ、元々ただ同然で奪い取られた品だしね」
どう答えればいいのかよくわからなかった。だけど、沈黙を続けたくなかったので、思いついたことを聞いてみた。
「この曲ってなんて曲だか知ってる?」
「"星に願いを"って曲だよ、外の世界の曲らしいね。このオルゴールも外の世界の物だから」
やはり背を向けたままで、静かに、途切れ途切れに霖之助は答えた。
外の世界の曲。どんな人が歌って、どんな歌詞があったのだろう? オルゴールはメロディーを奏でるだけ。幻想郷に住む私たちにはわからない。だけど、タイトルはとても好みだった。だから幻想の歌詞を勝手に考えてみた。
魔理沙も同じ事をしていたのだろうか? 歌詞を想像しながらそんな事を考えていると、流れ星の光が消えた。あれだけ遅く流れていた流れ星だけど、とうとう消えてしまった。
空にはもう星しか浮かんでいない。どれだけ遅く流れようとも、流れ星は消えるのが運命だから。後には星に託された願いと、決意と、思い出が残されるだけ。
魔理沙も消えてしまった。流れ星のように一瞬で。山のような思い出を残して。私たち魔法使いもいつかは消えてしまうのだろう。だけど、私たちには有限だけど、果てしない時間が有る。魔理沙の寿命が普通の流れ星なら、私たちは最後の流れ星くらい長い時間を持っている。
なら、どうして魔理沙を超えられないと思う? それに、私たちはもう有限の時間の価値をわかったのだから。冥界か、天界か、あるいは別の場所か。それはわからないけど、どこかにいるはずの魔理沙を悔しがらせるくらいの魔法使いになろう。
そして、流れ星はきっとそれを叶えてくれる。私たちはもう究極の魔法を身につけたのだし、何よりも魔理沙が、誰よりも偉大だった大魔法使い霧雨魔理沙が約束してくれたのだから。
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☆
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☆
でも捨食って寿命には関係無いんじゃ?
寿命は捨虫ですよね?
それだけ気になりました
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ありがとう魔理沙。
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そしてまっすぐなアリス。まっすぐなパチュリー。感動しました。
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☆
人間が捨食の術を身につけて、その後捨虫の術を身につけて、完全な魔法使いになるんですね。
該当する場所を"捨虫"に訂正しました。ご指摘感謝です。
そのアイデアに脱帽です。
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自分を省みて、もっと頑張ろうと思いました。
素晴らしいお話をありがとうございます。
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☆
アリスとパチュリーは何の為に生きてるんでしょう。
魔理沙は洒落てて素敵ですね。
別に物書きだけの宿命じゃなかったんですね。
美しい物語ありがとうございます!
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☆
ううむ。連休が無限に続くのなら、宿題や勉強を全力で取り組むなんて事はしないだろうにな~。
さて・・・と。
「連休が終わりませんように!連休が終わりませんように!連休が終わりまs…\
(月)ピチューン
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とにかくすばらしかったぜ。
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涙腺ゆるませやがってちくしょう
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有限だからこそ見えてくるモンがあるんだね。
個人的にちょっとアホの子っぽい早苗さんが可愛いかったw
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もっと評価されるべきだ
(*´ω`*)
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作者さんに感謝。
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