どう話を切り出したものかしら。
ほんのちょっと悩んだ白蓮だが、単刀直入に当事者に伝えることにした。
命蓮寺の本堂。そこで読経していた星を捕まえて、対面に座らせる。
律儀に正座する星の姿にはちょっと和んだ。
貴方、私より偉いのよ? 特にこういった御仏の御前では。
緩んでいた頬を引き締めて、本題を差し向けることにする。招待されていた博麗神社の宴会について。
「今度の宴会だけど、私は行けなくなりそうなの」
「ええ? そうなんですか…」
しゅーんとしょげかえる星。
頭をなでなでしてあげたかったが、話はまだ終わってないのでぐっと耐える。
「でね、そろそろ夏じゃない?」
「? そうですね」
急な話題転換にとまどいつつ、星は返答する。
よく判らないなりに、相手の話に合わせようとする貴方は本当に素直ねぇ、とちょっと感心しながら、
「雲山が『夏雲が俺を呼んでいる』とか何とかでね。一輪も無理そうなの」
「はぁ」
「すごい理由よねぇ」
「夏雲と出会ったらどうなるんでしょうねぇ」
「合体してパワーアップでもするのかしら」
「あはは、聖、さすがにそれは――」
あ、気付いた。
面白いぐらい鮮やかに、星の顔色が常色から青へと変化していく。
「ひ、ひひひひ聖っ! 宴会なんですよ! 喧嘩好きのアレとかソレとか、ハプニング好きのアレとかソレとかがいるんですよ!?」
「そうよねぇ」
「地雷原で私とムラサをふたりきりにしないでください!」
肩をつかまれて、がっくんがっくんと揺すられた。
寺内では周知の事実だが、ムラサ船長の沸点は意外に低く、さらに困ったことにキレたあとの惨事は洒落にならない。
ゆえにそれなりの対策が必要な訳だが、水蜜の暴走を事前に察して鎮火させられるのは一輪だけ。起きた暴走を消火できるのは白蓮だけ。
ついでに言うと、ふたりがいない時に右往左往しつつ胃を痛めるのは星だけだった。
「星、ぬえもいるわ」
「火に油をそそぐに決まってるじゃないですか!」
なんかすでに涙目だ。
ちなみにここでナズーリンを持ち出すのは酷というものだろう。
彼女は頭は回るが、水蜜を誘導できるほど両者は繋がりを持ち得ていないし、いざ事態が発生した時の実力行使部隊に加えるのはあまりにひどい。
「宴会、辞退する?」
こくこくこくこく、とえらい勢いで首を振る星。
それが妥当ねと頷いたあと、白蓮は思う存分星の頭を撫でた。
「だというのに、何故私はこんなところにいるのでしょうか」
「行きたいって、ぬえが駄々をこねたせいですよ、ご主人様」
「だったらぬえがひとりで参加すればいいはずなのに…」
「ムラサ船長が一緒じゃないと嫌だって、ぬえが拗ねたせいですよ、ご主人様」
「………お酒って、しょっぱいものだったんですね」
ぽんと肩を叩いて慰めるナズーリン。世の中けっこうそんなものだ。
ナズーリンを見返しながら、ありがとう、と星は礼をつぶやいた。
気を利かせた白蓮の宴会辞退案は、上記のとおりの理由で破棄された。
子供のわがままの前には誰も勝てないらしい。
平安時代から生息する著名な妖怪を子供扱いするのも如何なものかとは思うが、お人よし集団たる命蓮寺の面々には些細な問題だった。
それに、関わりたくないのなら水蜜とぬえだけ参加させればいいのに、気になって結局付き合った星も星ではあった。
しかし彼女の心配に反して、宴会はいまのところは恙無く進んでいる。
上手くいけば無事に終わるかもしれない、と星はほのかな希望を覚えた。
水蜜の様子も確認したものの特に不安因子は転がってなさそうだった。
気を取り直す意味合いも込めて、星は「うん」とひとつ息を吐いた。
自分ももうちょっと場の雰囲気を楽しもう。そうしよう。
思い直したあとに、改めて、宴会場を見回す。
宴会に参加するのは初めてだったが、そうそうたる顔ぶれが集まるものだと感嘆した。
紅魔館の吸血鬼一門に、竹林に住まう永遠亭メンバー、妖怪の山の天狗や河童や神様たち。鬼や土蜘蛛といった地底の妖怪までもが顔を揃えている。内輪で盛り上がっているものもあれば、様々な所属の者達が入り混じって騒いでいるものもある。
どの輪に加わろうかと思案する。
(……そういえば、主催者に挨拶しましたっけ?)
開始早々すみっこで膝を丸めていたため、そんな配慮はしていなかった気がする。
これは不味かろう。
きょろきょろと視線を廻らせて、縁側でマイペースに酒を呑んでいる霊夢の姿を発見した。
傍らの杯を引っ掴んで移動する。
ナズーリンはついてこないようだ。喧騒の外のほうが彼女は落ち着くらしい。
「霊夢さん」
「ん?」
「お招きいただいて、ありがとうございます」
深々とお辞儀。
「んー、はいはい」
投げ遣りに手をひらひらされた。
「適当に楽しんでいって」
「ありがとうございます。よければ乾杯しませんか?」
星の提案に、霊夢は杯を掲げて答える。
ちんっ、と杯をぶつけたあとに星は一気に中身の液体を飲み干した。
「あ、美味しい」
さっきまで心情のせいで味わえなかった酒の味が、舌に広がった。
「なによしみじみと」
「美味しいですね、ここのお酒」
「鬼やら天狗やら、味に五月蝿いのが多いのよ。量を飲むんだから質なんてこだわらなくていいと思うけど」
ま、おかげで上等なお酒にありつけるんだけどね、と霊夢。
「これならいくらでも飲めそうです」
「飲み比べでもしてみる?」
「私はけっこう強いですよ?」
「へぇ、弱そうなのに意外ね」
「……何故かよく言われます」
「実際には自信あるわけ?」
「ええ」
「じゃあ決まりね」
陽気に微笑む霊夢に、星も目元を緩ませた。
飲み比べ開始から数時間。縁側には徳利が転がり、それらに囲まれて泥酔状態の霊夢が寝そべっている。
勝者となった片割れは、夜気に火照る頬を冷ましていた。
こうやってたまに酒を煽るのも悪くないなぁと、つらつらと考えを廻らしながら。
そういえば、そろそろ宴会もお開きだろうか。
幻想郷の宴会がそんな生温いものである訳がないのだが、新参者の星は常識に照らし合わせて判断を下した。
何事もなく終わりそうだと安堵しようとした時、
「……磯臭い…?」
不穏な単語を耳にした気がする。
ダイナマイトの導火線に火を点けかねない危険な単語だ。
弾かれた様に顔を上げて、お目当ての人物を捜索した。
いた。
神社の宴会場に入りきらずに、社庭にあぶれた面子の中にその人物は存在した。
遠目から判断できるほどのどす黒いオーラを纏っている。
……不味い、とても不味い。
なんで目を離したんだ、自分っ…!
一気に上昇する血圧。
心臓が早鐘を打ち、血液が逆流を始めたみたいに、全身の毛が逆立つ。
頭が真っ白になりそうだ。
「なんか面白そうなことになりそうだよねー」
頭上からの暢気な感想に、星の双眸が見開く。
いつの間にそこにいたのか、ぬえが楽しそうに宙に浮かんでいた。
「ぬえ! 何を悠長なことを言っているんです!」
「なんでそんなに慌ててんの?」
きょとんとするぬえ。
言われてみれば、現状では確かに星の焦りは大袈裟だからぬえの疑問はもっともだった。
だが今まで散々同じ展開で苦労をさせられた星からすると、すでにこの焦燥感は条件反射の域だった。
パブロフの犬、もといムラサの虎。彼女をここまでに仕立て上げた過去を思うと察するに余りある。
「とにかく早く止めないと…!」
片膝を立てて駆け出そうとしたまさにその時、水蜜の放った碇が博麗神社の社庭に突き刺さった。
(どうして初手がいきなりそれなんですかあああああ!!)
頭を抱えて心の底から叫んだ。
いくら周りが妖怪ばかりだといっても、限度というものがあるはずなのに、毎度毎度どうしてこう破壊的なんだこの船長。
だが被害状況を確認しようとして、星はあることに気が付いた。
(あ、あれ?)
よくよく目を凝らすと、碇は地面に到達していないようだった。
訝る星。
疑問の回答はわりとすぐ得られた。
碇の衝撃で巻き上がった土煙の向こうに、人影が映っていた。
やがて夜風に流されて砂塵が晴れ、
「楽しそうなことしてるじゃないか、ムラサ。久しぶりだねぇ」
碇が地表にぶつかるその前に、巨大な碇を片手で制していたのは、一本角の鬼だった。
「……勇儀? へぇ、いたんだ」
嬉しげに目を細めて切り返す我らがキャプテン・ムラサ。
ふたりは不敵に笑い合う。
「どうだい、今から手合わせしないかい? 心配しなくても、手加減はしてあげるよ」
「幽霊の私に? その慢心をあだにしてあげるわ」
そして次の瞬間、お互いの間合いを一気に詰めた。
こぶしが飛び交い、弾幕が散布し、今度は遮るものがない碇が社庭の地面を抉る。
爆風と粉塵が視界を覆いつくす。
「なんで宿敵との再会みたいな展開になってるんですか!?」
想定外の事態に、驚きと混乱で狼狽する星。
けたけた笑いながら、ぬえが答える。
「だって旧都でも同じことしてたもん、あのふたり」
「一輪は!? 彼女だったら止められたでしょう!?」
「えーと、その時旧都で煙草が流行っててさ」
「煙草?」
「『紫煙が俺を呼んでいる』って雲山が」
「うんざぁぁあああああああん!!」
ぶつける矛先を見失った怒りが全身を駆け巡った。
だが嘆いていても始まらない。
とりあえず傍らで酔いつぶれているこの神社の所有者に収束を頼むのが筋だろうか。
「霊夢さん! 神社が大変なことになってます! 起きてください!」
耳元で叫んで、ついでに頬をぺちぺち叩くが、いっこうに目を覚ます気配がない。
「霊夢さん!」
「…っうるさいわよ」
手を跳ね除けられた。
泣きたくなった。
助けを求めて左右を見渡すが、はやしたてる者はおれど、鎮圧させようとする者は皆無だ。
やばい。
まずい。
とにかく、とにかく何とかしないと!
「ムラサ! もうやめてください!」
悲痛な呼び声を発しつつも、果敢に嵐の渦中に飛び込んでいく虎が一頭。
そしてあっさりと飛び交う瓦礫に返り討ちにあった。
酒気に加えて冷静さを欠いているのだから、当然といえば当然だった。
患部を押さえてうずくまる苦労性の妖虎など目もくれず、
数十分の死闘を演じたそのあとで、
――いいパンチだな
――ふふ、あんたこそ
当事者ふたりは、輝くような笑顔で瓦礫の海に沈んでいった。
「どうして私だけお説教されたんでしょうか」
「ムラサ船長は倒れていたからですよ、ご主人様」
「でも私以外にもあの場に色々いたはずなのに」
「他はみんな逃げたからですよ、ご主人様」
「………人生って、世知辛いものなんですね」
ぽんと肩を叩いて慰めるナズーリン。世の中けっこうそんなものだ。
とか、映姫さまに説教くらいそうな寅丸さんw
冬も囲炉裏や暖炉の煙に呼ばれそうだwww
飲み会もこうやって慣れていけばいいさ。
>もちろんナズーリンも逃げてました。
ですよねー。
一輪のキャラって作者によって大分違うね