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「蓮子、愛してるわ」
「あ、そう」
京都市某所のアパート。その一室、『宇佐見』と書かれた表札付きの扉を開け放つなり、メリーはそう告白した。
堂々たる、愛の告白。ストレート過ぎて伝わったかどうか心配だったが、一応伝わったらしい。その結果は、望む方向とは九十度くらい違ったようだが。
暖かそうな椅子の上で蓮子はそれを軽く受け流し、今買ってきたばかりらしき本を開く。書店の名前のついたブックカバーを鬱陶しそうにはずし、寒いからドア閉めてね、と言ってから彼女は活字に視線を落とした。
遠目に見ても分かる、でかでかと書かれたタイトル。それはメリーも見たことのあるものだった。
『魔法は実在した! ~すべての根源は宗教に有り~ 岡崎夢美著』という数年前の本だが、ちょうどその時期の世間を騒がした本でもある。確か話題にはなっていたが、世間に興味のなかった蓮子は手を伸ばす気にもならなかったのだと聞いている。最近になって、興味が湧いたのだろうか。
そこまで考えて、蓮子の対応の冷たさにようやく気付く。
メリーは荷物を彼女の部屋に放り込み、その場に座り込んでぼやいた。
「蓮子が冷たーい」
「冬だからね」
「冬は寒い、でしょう?」
「冬は雪。雪は冷たい。冬は冷たい」
「見事な三段論法だけど、最初がおかしいわ」
冬は寒い。もちろん当たり前の事象だが、その冬が始まったばかりの昨今、なぜかすでに雪が降り始めている。外にいたメリーは息が凍るほど寒かったし、ここに少し留まったら、レポートを提出しに大学へ向かわなくてはならない。
しかし、外に比べてこの部屋はとても暖かい。自動温度調節機能なんて今ではどこの家にも付いているけれど、さすが、我らが人間は便利なものを作ったものだ。外にまでその効果を広げることは出来なかったようだったが。
蓮子は相変わらず本を読んでいる。こちらを見る気は無いようだ。そういえば昨日、件の岡崎教授についての新聞記事を読みふけっていたような気がしなくもない。可能性やら幻想郷やらと、久々の話題だった。
「ねぇ蓮子?」
「炬燵は蜜柑」
「そんなわけ無いじゃない」
「蜜柑は甘い」
「ちょっとー?」
「甘いはメリー」
「私と会話して下さい蓮子さん」
「メリーって、時々おかしなこと言うよね」
ふぅ、とメリーは一息つく。
蓮子は視線を上げないままページをめくり、小さな欠伸をした。やるせない気分のまま、メリーはその仕草を見つめた。
宇佐見蓮子は、怠惰だ。基本的にきびきびとした行動を見せることがない。秘封倶楽部の活動のときは、さすがに持ち前の頭脳で最適解を見つけ出して行動してくれるけれど、普段はそうはいかない。
部屋では今のようにのんびりとしていることがほとんどだし、夏場はベッドで半分下着姿で読書をしていることもある。そんな場面に出くわすと、大抵の場合メリーは鼻血を出して倒れるので、その度に床の掃除をさせられるというデメリットが付属するが。
しかし、メリーにとって一番許しがたいのは、読書中の蓮子は基本的に構ってくれないということなのだ。
話しかければ、基本的に返してくれる。それ自体には何の問題もない。問題なのは、その『会話』の内容が破綻していることだ。
何も考えていない蓮子が口にするのは、文脈に合わないことばかり。自称『我慢できる女』であるメリーでなければ、彼女と会話を続けるなど不可能に違いない。怒るか呆れるかして、話さないという最適解に逃げ出すはずだ。
そんな蓮子でも、メリーにとっては話し続けるしか選択肢はなかった。
何故だろう?
答えは簡単だ。ついさっき告白したばかり。
単に好きだから―――好きなものはしょうがない。
「外、雪降ってるわよ」
「どの辺を愛してるの?」
「音速が遅い!?」
もちろん、これには慣れない。慣れる気がしない。かといって読書の邪魔をするというのも気が進まないし、せっかくこっちの話を聞いていないのだから、普段言えないような事を言ってみたくなるのもまた事実。
そう、マエリベリー・ハーンは乙女だ。少なくとも自分ではそう自負している。
「存在自体、とか?」
「まるでペットね」
「蓮子、その発言はちょっと黒いわ」
「隣の黒岩さんのペットが死んだってさ。アナコンダ」
もう突っ込まない。
繋がっていないようで微妙に繋がってしまっているこの会話も、実質上意味などないのだ。大学に行くまでの時間切れまであと数分しかないし、この調子ならそろそろお暇したほうが良いかも知れない。
時間は残酷―――まともな会話も出来ていないのに、何故だかそれが残念だった。
……もしかしたら、この会話を楽しんでるのかもしれないわ、私。
「じゃあ程度は?」
蓮子がぼんやりと訊ねてくる。とりあえず何か訊いておけばいいと思っているのだろう。文脈上繋がっていないそれを、メリーは『どれくらい愛しているのか』という質問だと解釈して、にやりと笑って答えた。
「ひとまずキスしたいくらいには、ね」
届いただろうか?
届いていないに違いない。
ただ、「それは大きいのかしら、小さいのかしら」と呟きながら本のページをめくる蓮子は、どれだけ冷たくても、メリーの好きなそれだった。
どこがそんなに好きなのか?
蓮子も無意識に訊ねた質問。
女同士だし、そんなにはっきり言うものでもないかもしれない。
雰囲気も何も気にせずに、簡単に言ってしまうなら「全部好き。キスさせてください」となるのだろうが、さすがにそこまで軽い人間じゃない。人間は我慢というつまらないアビリティが備わっているから、ここまで成長できたはず。猿に逆戻りするのはごめんだった。
それに、二人は秘封倶楽部のパートナーだ。想いくらいは、伝わっている。五感を使わずとも、伝えられる。
心を以て心を伝ふ。有名な四字熟語よ、とこの前蓮子の言ったそれが、メリーの脳裏に蘇った。
今はこうして、意味のない会話を続けていられる。冷たいも暖かいも関係なく、それだけでどんなに幸せなことだろう?
幻想郷、理想郷。秘封倶楽部の探しているそれは、実はもう、目の前に在る。
―――好きな人がいる世界。それこそが真の桃源郷だ。
メリーはそっと立ち上がり、相変わらずページをめくり続ける蓮子に告げた。
「じゃあ、私はそろそろ行きますかね、と」
「外、雪降ってるわよ」
「ふふ、知ってるわ。傘差してきたもの」
蓮子は、す、と視線を上げてメリーの顔を捉えた。意識がはっきりしている時の目だ。それから、やれやれね、と言いながら立ち上がり、テーブルの上のメモ帳にペンで何事か書き込む。彼女はそれをちぎってメリーに手渡すと、
「今日は寒いわね」
と微笑んで椅子へと戻っていった。
それからこちらを見もせずに読書を再開する。
メモを流し見て、メリーも思わず微笑んだ。
大根、人参、じゃがいも、しいたけ、しらたき―――蜜柑。
そして最後に『今夜は鍋ね。寒いから』と見慣れた筆跡で書かれていて、メリーの夕飯の予定は確定した。
「……やっぱり怠惰だわ、蓮子は」
肉も買って帰ろうかしら、蓮子は痩せ過ぎだし……そう考えながら彼女に踵を返し、メリーは扉を開けて冬空の下へと出た。
冷たい風が、少しだけ気持ち良い。
夕食のことを考えると、この寒さが幸せに感じれるほどだった。
緩む頬を抑えながら、メリーは軽い足取りで大学へと向かっていった。
「本当に、やれやれだわ……」
蓮子は口の中でそんなことを言いながら、再び本を開く。
そして、ページをいくつもさかのぼり『はじめに』と書かれた部分から読み始めた。
告白にキスと、本当はどきどきするフレーズなはずなのに、
むしろほっと落ち着いて読めました。
最後の部分が特にたまらん!!!
言葉に出来ない感動が此処にありました!
残念ですが、南半球でも当たり前です。(北と南では季節が逆になっている)
こんなことしか言えないくらいおもしろかったです。
会話なども面白かったです。
ひとまず。
>>4さん
うわぁ。それはすみません。
考えてみればそうですよね。渦巻の回転が逆なんだから、季節もそりゃ逆ですわ(何
訂正しておきまっす。ていうかその部分消します。
最後の1行でやられました
蓮子かわいすぎる
なんか秘封の二人に興味が沸いてきました
会話の流れとかもとても面白かったです。
「蜜柑は甘い」
「甘いはメリー」
これってそのまま愛の告白返しだと思うんだけど……気づいてマエリベリー。
私もこの二人についてあまり知らないわけですけれども。
純粋にやり取りを楽しめる作品でした。
ただ、ここからは個人的な要望になるので聞き流していただきたいのですけれども。
途中の三段論法の後の二人のやり取りが少しだけ違和感あったといいますか、変わった性格と単純に受け取ってしまえば、気にしなくて良さそうですけれど。この辺が原作キャラをあまり知らない弱みでしょうね……
それとあまり長さについていうのは規約違反になるのですが、純粋にじっくり読める作品を見て見たいなぁと、コレは単なる要望ですけれどねw
ひとまず。
>>39さん
こういうやりとりは、私の趣味です(何
原作でも確かに変わった二人ですが、彼女たちはもうう少し頭の良い会話をしています。ぜろしき補正がかかるとこうなったりしたりしなかったり。
違和感があるようでしたら申し訳なかったです。ある意味での理想の秘封(私の)その一でしたので。原作を読むことをお勧めします。それっぽい程度には感じれるかもしれないです
長さは、まぁw
純粋にじっくり読みたいようでしたら、是非拙作「幻想論理」を。という宣伝をしてみるてすと。まぁこういうノリではなくてシリアス一直線ですが。
そんな感じです。
この二人のなんとも言えず良い雰囲気にパルパルしながら祈ってます。
すげえ。
最後の蓮子が最高ですw
メリーではないです。
いいなあ、この二人。