・この作品は『八雲藍の帰る場所』と『八雲藍の居る場所』の続きです。先にそちらをご覧になってください。
前回のあらすじ……ちぇん「そんな大人! 修正してやる!!」
ゆかりん「これが若さか……」
美鈴ちん拉致被害。 (大体あってる)
***
肺の中に入ってくる煙をゆっくりと吐き出す。
そういえば橙が式になってからまったく喫ってなかったなぁ……あの子、嫌がるから。
主賓室、藍は寝間着姿でベットの上に寝そべり紫煙をふかしていた。
「―――香港から? そう……いいわ、準備して。場合によっては結界も……ええ、下に行くわ」
何やら貴人が忙しい。
先程から何度も電話でやり取りをしているが……久しく、気の向くままに酒を飲めたので、頭に話が入らない。
貴人は藍に歩み寄り告げた。
「姐さん。ちょっと野暮用ができました。暫く外します。
なに、すぐに終わるので今日は夜からカジノにでも洒落込みましょう……喜媚」
「はいはい。じゃ、姐様、ゆっくり休んでて!」
「……ああ」
藍は二人が出て行くのを見送り、煙草の消して布団に潜った。
「……で? 貴人ちゃん。どれくらいの数なの?」
「一個中隊との情報」
「何それ? 私達のこと嘗めてるの?」
「お前こそ侮るなよ。奴らは手慣れだ。『龍』のロゴが入った部隊らしい」
「へえ……まあ、少しは楽しめるかな」
二人は戦闘準備をし、兵を率いてビルの布陣を発表した。
「数にして五対一。しかし、奴らはあの『紅魔会』だ。一筋縄では倒せんぞ」
「姐様の手前、敗北は許されないよ。いいわね! アンタ達!」
「「「「「「「「応!」」」」」」」」
彼らもまた、己が信念の為。そして愛する者の誇りの為に槍を掲げていた。
最早、衝突は避けられない……
* * * * * * * * * * * * * * * *
三人はヘリの中で最終チェックを行っていた。
まず、交渉が前提。美鈴が単体で交渉に向かう、しかし、そう簡単にはいかないだろう。
もし、交渉決裂の場合はビルに近づき全隊員降下。飛べる妖怪達は飛び、そうでは無い妖怪と人間部隊は落下傘。
紫は今や只の人間も同然なので、橙に掴まり降下。
その後、街中に被害が出ないよう結界を張り、波状攻撃を仕掛ける。
橙と紫は美鈴に同行し、藍が居ると思われる部屋に入る。後は二人次第……といったものだ。
「でも、それじゃ私達の事が片付いた後、アナタ達はどうするの?」
「うーん……そこなんですよ。当初の目的通り、ビルを占拠して奪取してもいいんですが……
あんまり死傷者出したくないんですよね。御館様は『徹底的にやってもいいよー』と仰ってたんですけど。
私も丸くなりましたねぇ。あはは……」
美鈴は笑って誤魔化しているが実際、かなり迷っていた。
正直『戦術』を立てるのは得意だが、『戦略』となるとパチュリーやアネティスの仕事である。
「一つだけ、方法が有ります」
「何?」
「お二人次第なんですが―――」
『隊長! 敵からの通信です!』
「―――失礼。私のインカムに回して」
残り約一五Km程の地点。二人に策を告げようとした時、敵からのコンタクトが来た。
美鈴のインカムに通信が入る。
『―――……こんにちわ。アナタがそちらの頭かしら?』
「ああ。そうだ」
『……女?』
「オマエだって女だろう?」
『そうね。何時だって物事を動かしているのは女だものね』
フフフと微笑む敵の女史。
「それで? そんな戯言をするためコンタクトしたわけではあるまい」
『ええ、そうね。これは交渉よ』
「……ほう。そちらからそんな言葉が聞かされるとは思ってもいなかった」
『心外ね……今すぐ引きさがりなさい。もしくは我が軍門に下りなさい』
「は?」
呆けた声を上げる美鈴。
『悪いのは耳? それとも頭? 尻尾を巻いて帰れ、もしくは振って媚びろ、と言ってるのよ。お分かり? 紅魔卿の狗』
「つまり……平和的交渉をする気は無いと?」
『鼻っから武装ヘリで飛んで来ているくせに、平和的とはモノ笑いね』
「手を結ぶ気は?」
『誰が横暴なルーマニアの吸血鬼の手下になるものですか。
貴女、その訛り……中国出身の妖怪でしょ? 誇りは無いの?』
「あるさ」
美鈴は静かに、だが怒気を込めて言い放った。
「『紅魔』という誇りが……!」
『OK、殺し合いましょ。これはプレゼントよ……では、是非貴女と手合わせしてみたいわ。
簡単に死なないでね。それじゃ……―――』
瞬間、列を成して飛んでいた紅魔の一番端のヘリが爆発した。
「ッ!? 何事?」
『RPGです! 第二波、来ます!』
「くっ! 奴ら街が火の海になってもいいのか?!
結界部隊急いで封鎖結界を! 各機散開! 戦術を『騎兵』に! ビルで落ちあいましょう!」
『『『『『『『『了解!』』』』』』』』
散り散りに飛び交って行くヘリ。
何故か急降下する旗機の中、美鈴は二人の方を向き作戦の変更を報告した。
「すいません。交渉は失敗です。今から各班別個に突入します!」
「え、あ、うん。で、どうするの?」
「……紫さん。『馬』には乗れますか?」
「え、ええ。馬なら……」
交渉用の礼装から急いで先の戦闘服に着替える美鈴は、甲板の布が被された大きな塊を指差し紫に問うた。
「じゃあ、これを」
布を取る。
「……は?」
「YAMAHA・V‐max。新型をカスタムして二五〇まで出ますよ」
「ば、バイク!? 無理無理無理!! 『馬』って動物じゃないの!?」
「いや、今の時代、まあ『此方』ですけど……乗馬は無いですよ」
「私車の免許すら持ってないから!」
「アイヤ……仕方ない。ホワイヌ」
「はい」
同乗していた、あの大男が席を立った。
「紫さんを後ろに乗せてって」
「わかりました。さあ、八雲の賢者。準備を」
「え、ええ」
紫はオドオドしながら、ヘルメットを被り、後部シートに跨った。
「橙は……まず、足届かないわよね」
「まぁ……こんな馬見るのも初めてですし」
「あいよ。じゃあ、私の後ろに」
美鈴はもう一つの塊を露わにした。
「まっ赤……」
「へへへ。可愛いでしょ? 紫さんが持ち込んでいいって言えば、幻想郷に持っていきたいんだけどね。この子」
真紅ボディに龍のエンブレム。
K(Kawasaki)・Z1000Mk-Ⅱ。欧米仕様のその機体は美鈴の体には見合わないほどゴツかった。
「ちょっと! ウチの子をそんな族車に乗せないで!」
「今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょうに……
橙、いい? 普段飛ぶスピードと比じゃないからね。しっかり掴まっててよ」
「は、はい!」
そういうと美鈴は橙にフルフェイスのヘルメットを被せ、自分はゴーグルと首のインナーを口まで覆うように伸ばした。
『ハッチオープン!』と叫び、エンジンを吹かす。
ヘリの操縦士は『了!』と返し、後部ハッチを開けた。
「よし! 全部隊! 準備は良いか? ……では―――」
「「「「「「「「Get Ride!!」」」」」」」」
戦士達は閉じられた世界、『蓬莱電影楼』へ向かい走り出した。
* * * * * * * * * * * * * * * *
橙はまた驚かされた。
世界が止まっている。
『結界』を敷いたおかげで街に被害は出ないようだ。無機質な世界。そう感じられた。なんせ一般人が皆消えている。
次に、世界が真っ白に見える。
美鈴の駆る馬は、魔理沙の後ろなんか比じゃないほど速かった。光一点。まるで風のトンネルの中にいるようだった。
「注意して! そろそろ敵が出てくるはず!」
「はい!」
「ホワイヌ! 全力で紫さんを守りなさいよ!」
「承知。しっかり掴まっていてくださいね」
「わ、わかってる! ズボン穿いてくれば良かったぁ……」
数秒後、予想通り敵が待ち構えているのが見えた。車をバリケードにして、機関銃を撃ってくる。
「そんなもの、魔理沙のマスパに比べれば! ホワイヌ、道を開く!」
歩道に乗り上げ、段差を利用し高々と飛翔する真紅の機体に敵も目を丸くした。
美鈴は腰の手榴弾を二、三放り障害となっていた車と敵を吹き飛ばした。
それを確認し、V-maxは隙間を走り抜けた。
「す、すごい……美鈴さん」
「いえいえ。まだまだ来ますよォ!」
残り五Km付近、今度は前方に特撮映画の様な巨大妖蟲達が待ち伏せていた。
一匹の甲蟲が突進してくる。美鈴はスピードを緩め、思いっきり前ブレーキを握った。
〈キシャアァァァァァァ!!〉
「美鈴さん! 前!」
「橙、舌噛まないように!」
「え、あ―――」
慣性で後輪が浮くZ1000。
美鈴は甲蟲がぶつかるタイミングを合わせ、腰を振り、アクセルを吹かし、後輪を落とした。
〈ギイィィィィ……―――〉
「うわぁ。こいつ等、血が赤じゃないのね……Mk-2ちゃん、汚れちゃったじゃない」
「う、うにゃぁ……」
ジャック・ナイフ・ターン。甲虫の頭は無残にもブルーベリージャムみたいにグシャグシャに散っていた。
しかし、蟲共はまだウジャウジャと道を塞いでいる。
「隊長。私が」
「いや、バックアップを。橙、コッチでの初陣よ。昨日の成果を見せなさい!」
「は、はい!」
美鈴に追いついた大男は、バイクから降り、背中に担いでいた対物ライフルを構えた。
美鈴と橙もバイクから降り、戦闘態勢に入る。
「紫さん。此処からは歩きです。自分の身は自分で守ってくださいね。私達忙しいですから」
「はぁ……格闘戦なんてガラじゃないんだけどね……」
紫もバイクから降り、背負っていた長い日本刀を抜いた。
美鈴はニコッと笑い蟲達の方を向き、両腕を水平に上げる。
「さて、畜生共。私達は時間が惜しい。大人しくビルまで通す気は無いか?」
〈〈〈〈〈〈〈〈シャアァァァァァ!!〉〉〉〉〉〉〉〉
「隊長、時間の無駄です」
「……はは、そだね。準備は良いかしら、橙?」
「飛んでいかないんですか?」
美鈴は上を指差す。
「空の至る所にトラップがある。この距離だ、走って行った方が早いでしょ?」
「わかりました。いけます!」
美鈴はウシッ! と気合の声を上げた。そして敵陣に向かい、宝貝『乾坤圈』を放った。
美鈴が腕に嵌めていた巨大な腕輪……乾坤圈は蟲達の中心を抉り、戻って来た。
「行くよ!」
「はい!」
二人は蟲達の中へ駆け出した。
美鈴は巧みな足技と右手に持ったマシンピストル、左手に持ったデザートイーグル(両銃弾は聖銀使用)で敵を薙いでいく。
橙は美鈴から借りた宝貝を嵌め、美鈴に続く。弾幕が出るか試してみたところ、万全には至らないが放つことができた。
大男は対物ライフルを正確に蟲の急所へ撃ち込み、様子を見ながら前進していく。
紫は基本大男の後ろについていき、背中から来た蟲達を見事に切り払っていた。
「限が無い……突破しましょう。ホワイヌ!」
「はい」
「紫さんをおぶって! 一気に抜けるわ!」
「了解です」
大男はライフルを背負い、失礼、と紫を御姫様抱っこした。
美鈴は符を一枚掲げ宣言した。
「―――彩翔『飛花落葉』―――!」
蟲の中へ飛び蹴りを決める美鈴。普段ほど弾幕は散らないが、それでも通常弾も撃てない蟲達には脅威だった。
美鈴の突破口を見逃さず、橙と大男もその中に突撃していった。
距離にして残り約一Km―――
* * * * * * * * * * * * * * * *
「貴人ちゃん。奴ら結構ビル前に集まって来たね」
「やはり一筋縄ではいかないか……人間と蟲共なんて所詮盾にも成りはしないな」
喜媚と貴人はビルの屋上から、様子を覗っていた。
敵は第一、第二防衛ラインはクリアし、今は目の前まで進行してきている。
拠点には主要の妖怪や妖怪仙人達をスタンバイさせてはいるが、この調子では拙いな、と貴人は感じた。
かといって好き勝手やり過ぎる喜媚を前線に出すのも忍ばれるし……次の一手に困っていた。
「仕方ない。復旧が忙しくなるが……アレを使うか。喜媚」
「はいはい?」
「レベル4の武器庫から『あの』宝貝、持って来てくれ」
「うわ! 大胆に出たね……」
喜媚はエレベーターを使い、武器庫へ向かった。
貴人はマイクで各隊に連絡を入れる。
「各員、『貂(てん)』を使うわ。一度本隊に合流しなさい」
* * * * * * * * * * * * * * * *
ビルが見えて来た。
橙たちは蟲達を蹴散らし、残り数百mの所まで来ていた。
美鈴のインカムに通信が入る。
『隊長。御無事で?』
「当り前でしょ。部隊の集合状況並び被害状況は?」
『九割方集まっています。被害も始めに落とされた一班のみです。そちらも軽傷程度』
「了解。私達ももうすぐ到着する」
『お待ちしております』
美鈴が二人にこれからのことを伝えた。
「今から敵の城に突入するわけですが、我々四人での単独班で藍さんの下を目指します。
紫さん。敵の親玉はあの二人で間違いないのですね?」
「ええ」
一人は王貴人。藍(妲己時代)の妹で、中々のキレ者。指揮を取っているのは恐らくこちら。
もう一人は胡喜媚。同じく藍の妹で、かなり厄介な能力者。貴人も扱いに困るほどの暴走我儘っ子。
「どんな性格ですか?」
「貴人は普段は冷静、だけど熱くなると臆病になるタイプ。
喜媚は……レミリアの我儘とフランドールの癇癪を二で割った様なタイプね」
「えー……めんどくさい」
「我儘言わない。兎角、この戦に藍が関与しているかどうかは分からないけど、前線には出ていないはずよ」
「私もそう思います。私とホワイヌでその二人を押さえますので、紫さんと橙は急いで藍さんの所へ」
「わかったわ」
「わかりました」
四名は数分走り、敵の城―――『蓬莱電影楼』に辿り着いた。
部隊は周りの建物を遮蔽にし、敵の様子を覗っていた。
「お待ちしておりました」
「御苦労。状況は?」
「はい。それが……」
おかしい。敵兵がビルに戻り、まったく攻撃をしてこない。
こちらも美鈴の指示を仰ぐため動かずじまいでいた。
「罠か……」
「内部偵察班も『何も無い』とのこと。如何なさいます?」
部隊が美鈴のGOサインを待ちわびているその時―――
「隊長! 屋上を!」
「!?」
ビルの屋上に二人の人影が見えた。
「紅魔の一族に告げる! これは最終勧告だ! 此処から引き返せ!」
「貴人ちゃん、普段はツンデレだけど、怒るとただのツンしかないからおっかないぞー!」
大声で勧告するスーツ姿の女。そして隣のゴスロリチックな少女(?)。
「隊長……」
「あれが貴人と喜媚……皆、少し待っていて」
美鈴は隊を各ポジションに留め、物陰から大通へ出て行った。
「王貴人!」
「……オマエが隊長か? あの時の女か」
「そうだ」
美鈴は銃を腰のホルスターにしまう。
「伝説の『紅龍』殿に会えるとは、妖怪として鼻が高いな」
「御託は結構。お分かりの通り、此方の被害はほぼ皆無だ。我々としても無駄な血は流したくない。
武器を捨て、話し合いに応じてくれないか?」
「戦女神と恐れられたオマエが何を言う。説得力が無いな」
「私はそんな大層な者じゃないよ。いいから話し合いを―――」
「光緒一〇年(清時代)……今、貴様がノウノウと暮らしている幻想郷(日本)で言えば明治一七年だったか?」
美鈴の話を遮り、貴人が述べた。
「八月戦争(清仏戦争)……貴様の上海での活躍、そこの仲間達は知っているのか?」
「交渉、決裂か……」
「鼻っからそう言ってるだろう。腑抜けが……喜媚。やれ」
「はいはい。じゃ、皆さんさようナリー♪ ……宝貝『花狐貂(かこてん)』。やっちゃえ!」
喜媚がビルの上から投げた『何か』は、見る見る巨大化してB級モンスター映画真っ青の怪獣になった。
けたたましく咆哮を上げるソイツ等(全部で五体)は辺り構わず街を潰していった。
「な! あれは!」
「知っているの? 美鈴?」
「宝貝『花狐貂』。動物型宝貝で、空中に放つと翼を生やして白象のように巨大化し、敵を食らう化け物。
奴ら結界内とはいえ、やり過ぎだぞ!」
瞬く間に街一面に展開した花狐貂は目に映る全て破壊していった。
美鈴はそれを見て、歯を食いしばり全隊員に命令を下した。
「全班に通達。作戦を変更。あの化け物共を満身創痍にさせろ! 飛行も許可する。ビルはその後だ!」
「「「「「「「「ヤー!」」」」」」」」
隊員達は班毎にそれぞれ別個の花狐貂に戦闘を仕掛けた。
美鈴は命令の後、再び銃を構え二人に告げた。
「我々は当初の予定通り、ビル内部へ潜入します」
「……いいの?」
「構いません。私の予測が正しければ……藍さんを説得できれば此方の勝ちです。そうでしょ? 紫(賢者)さん」
「……ええ。たぶんね」
紫は頷き、美鈴の問いに答えた。
四人はそれぞれの武器を確認し、ビル内部へと突入した。
大男を先頭に自動ドアを開き中に入ったが……何も無い。
罠かと考えたが、それらしい気配も無い。
「二手に分かれます。多分奴らは誘っています。私と紫さん。橙とホワイヌで行動しましょう」
紫達は右の階段、橙達はロビー奥中庭へ向かった。
* * * * * * * * * * * * * * * *
中庭へ向かう通路、着々進んでいた大男とその後ろにひっつく橙。
大男は急に立ち止り、橙はその背中にぶつかった。
「橙さん」
「え、はい」
「お出迎えの様です」
そういった次の瞬間、通気口や付近の部屋から妖怪達が這い出て来た。
「ようこそ。『蓬莱』へ。紅魔の一族」
奥からツカツカと小柄な、丁度橙程の背丈の少女が歩いて来た。
妖怪達は道を開き彼女の後ろに整列する。
「たった二人で突入してくるなんて、『龍』さんも酷い人な―――!?」
―――ドンッ……
少女―――喜媚の顔に間髪いれずにライフルをぶち込む大男。
「ほ、ホワイヌさん?!」
「……敵の前でノウノウと変身するヒーローじゃあるまい。頭が顔を見せたら潰せ。鉄則です」
まさに軍人の鏡の様な妖怪だった。
周りの妖怪達は状況に驚き、此方に向かって飛びかかって来た。
橙と大男は近接戦闘の構えに入る。が―――
「あひあはひ(待ちなさい)!」
妖怪達の動きがピタリと止まる。
何事かと橙は驚いた。なんと吹っ飛ばされた喜媚がユラリと立ち上がったのだ。
口に弾丸を咥えながら。
「……はふがひ(流石に)、ペッ……単独で来るだけはあるわね」
「随分丈夫な顎だな」
「霊葬使用の銀弾は流石に利いたよ……お前達、蹴散らしちゃえ!」
〈〈〈〈〈〈〈〈応!〉〉〉〉〉〉〉〉
そう言うと同時に妖怪達は再び二人へ飛びかかって来た。
喜媚自身は中庭の方へ歩いていく。
「橙さん」
「はい!」
「道を作ります。此処は私に任せて、奴を追って下さい。」
「で、でも!」
「なに、この程度の雑魚。百いようが千いようが同じです。いいから早く!」
「……お願いします!」
大男は両手を組み、大きく振りかぶって地面に叩きつけた。宛ら重機のハンマーだ。
刹那、コンクリートの床が割れ、鋭い大岩が飛び出してきた。
妖怪達は槍と化した大岩に行く手を阻まれ立ち往生状態になる。
「GO!」
「行きます!」
橙は黒豹のように駆け、喜媚を追った。
* * * * * * * * * * * * * * * *
最上階、一つ前のフロア。
「紫さん。近くに藍さんの『気』があります」
「この階!?」
「わかりません。わかりませんが……別の虫もいますね」
二人は着き辺りの大きなホールに入った。
「紫さん! 止まって!」
「どうしたの?」
「ワイヤー……いや、何か『糸』の様なトラップが」
「『糸』……貴人ね」
「成程……戻りましょう。此処に藍さんはいない」
二人がホールから出ようとした瞬間、其処彼処から敵が沸いてきた。
「囲まれたわ」
「そのようです……王貴人! 出て来い!」
美鈴が叫ぶと奥のステージに人影が現れた。
「待ってたぞ。『龍』」
「狡賢いオマエがしそうな手だ……外の宝貝を止めろ! 台北が火の海になるぞ!」
「構わんよ。そろそろ改革が必要な頃合いだと思っていた所だ。次は香港にアレを放つ」
「……遊びが過ぎるぞ」
美鈴との問答の途中、貴人はもう一人の人物に気がついた。
「……紫さん?」
「……久しぶりね。貴人」
「何故此処に。貴女は立ち入り禁止のはず」
「え、あ、まあその……警備員が居なかったわ」
惚ける紫に頭を抱える美鈴。
「『龍』! 貴様『八雲』に助力を請うとはどういうことだ! 紫さんも『蓬莱(我々)』との協約をお忘れか!」
「ち、違うの! 私はただ……藍を……」
「姐さんを? ……はぁ。あのですね、夫婦喧嘩の為に紅魔を使ったのですか?」
「一応……そうなるわね」
「莫迦ですか……貴女」
「すいません……」
「あのー……」
置いてけぼりの美鈴が手を上げた。
「何?」
「で、どうしますか?」
「……お願い、貴人。藍に会わせて」
「よくもまあヌケヌケと……今、姐さんには会わせません!」
「なんでよぉ」
「時と場合を考えて下さい! 此処は戦場ですよ? 痴話喧嘩する喫茶店では無いんです。
しかも貴女は本来『蓬莱』に手を貸すはず。邪魔するなら敵と見做します! しないなら大人しくしていてください!」
あまりの正論に肩を落とす紫。
確かに藍が会長を務める『蓬莱』と提携している筈の『八雲』。
それを仇敵である紅魔の側にいるとなれば、お門違いもいいとこだ。
黙り込み俯く紫の姿を見て、美鈴は動いた。
「紫さん」
「私は……」
「『八雲』とか『賢者』とか……そういうのの前に、貴女は『紫(メリー)』なのでしょ?」
「……」
「家族と、向き合いなさい!」
喝を入れる。
紫は顔を上げ、貴人に告げた。
「私は、藍に謝るわ! 道を開けなさい! 王貴人!」
「……」
目の色を変えた紫の気迫を、貴人は全身で感じ取った。
「……上の階の、一等客室。姐さんは寝ているわ」
「ありがとう……貴人」
「……私はこの場で『八雲紫』なんて見ていないし、話してもいない。此処にいるのは私と『龍』だけだ」
「あら? 私は出してもらえないの?」
「呆けるな。貴様とはケリを点ける」
「はいはい。紫さん。行ってください」
「ごめん。美鈴」
紫は後ろの妖怪達の間を抜け、最上階へ向かった。
これでホールには美鈴と貴人だけになった。
「さて。踊ろう、『龍』よ」
「……私はね。本名で呼ばれないのが、いっちばん嫌いなの」
「だって名前知らないもの」
「そうね……じゃあ、一度しか言わないからよく聞きなさい」
美鈴は大きく息を吸い、そして―――
「性は紅、名は美鈴! 紅魔卿が右腕、スカーレットファミリアが参謀長! 『紅龍』と恐れられた我が手中、特と眼に焼き付けろ!」
名乗りを上げた。
* * * * * * * * * * * * * * * *
橙は庭園の様な中庭へ飛び出した。中央の噴水には先の少女が、大きなカバンを横に置き座っていた。
「あら? 一人来ちゃった」
抜けた声を上げる。橙は半身の姿勢になり何時でも攻撃できる態勢に入った。
「チビ」
「は?」
いきなり何を言うかと思えば、斜め上の言葉を投げられた。
「アンタ、本当に『龍』の部下ぁ? 臭いが違う」
「美鈴さんは私達に協力してくれただけなの。私はある人の場所が知りたい!」
「へぇ……誰?」
「八雲藍!」
此方も予想外の答えに驚く。少女は橙に再び問うた。
「アンタ、名前は?」
「橙」
「……アンタが、そうなんだ」
少女は立ち上がり、スカートの裾を摘まんで首を垂れた。
「初めまして。私は胡喜媚。『八雲藍』の『妹』よ」
「え、あ、はい。初めまして」
「……真面目に返されてもね。で、お姐様に何故会いたいの?」
「藍様に帰って来てもらうの!」
橙は真っ直ぐに応える。喜媚はそんな健気な姿が気にくわなかった。
「ダメよ。会わせない」
「どうして!?」
「絶対嫌。お姐様は『私達』の家族なの。
それなのに……あのババアが勝手に日本なんかに連れて行って……」
喜媚の怒りが露わになる。可愛らしい姿とは裏腹に、妖気が目に見えるように漏れている。
「姐様も姐様よ! 偶に連絡を寄越せば『最近は橙が……』、『そういえば紫様が……』。
正直邪魔なのよ。あんたら。なに仲良し『ごっこ』しちゃってるの? 莫迦みたい!」
「そ、そんなの関係無いでしょ!」
「ババアには式貼られてるから仕方ないかもしれないけど、アンタなんかただの―――」
―――『ペット』じゃないの―――
瞬間、橙は踏み込んだ。目の前の少女を殴る!
兎に角、周りが見えなくなった。許せなかった。
「はんっ! 何よ、すぐ情が出るのね。日本の野蛮妖怪らしいわ」
「五月蠅い! 訂正しろ!」
美鈴から貰った籠手を嵌め、右フックを放つ。
喜媚は鞄を持ち、大きなバックステップをとって噴水の天辺に着地した。
「先手はそっちよ。次は私ね」
「逃げるな!」
「五月蠅い猫。今攻めてあげるから……いい声で鳴きなさいよ? 子猫ちゃん」
喜媚は鞄のファスナーを開き、大きな何かを取り出した。
「じゃーん! カッコいいでしょ。貴女達って確か『弾幕ごっこ』って遊びしてるんでしょ?
じゃあ、『弾幕』ごっこ、しましょ? 簡単に死んじゃダメだからね?」
手に持ったそれ―――ガトリング砲、M134カスタムの銃口を橙に向ける。
本来機銃であるべきのその銃は妖怪である喜媚によって、軽々モデルガンのように扱われていた。
喜媚は嘲笑うかのように微笑み、引き金を引いた。
橙は無慈悲に迫る、普段では見ることの無い鋼の弾を必死に回避した。
「ほらほら! 逃げろ逃げろ! 当たっちゃうぞぉ!」
「クッ!」
止まっていてはヤられる。橙は駆けた。帽子が吹っ飛ぶ。
平面ではいずれ追い込まれると判断し、空に上がった。
「考えたわね。じゃあ……こういうのはどう?」
喜媚は弾幕を止め、右手に扇を持った。なんとも派手な扇で紫や幽々子が持っているような扇である。
「宝貝『五火七禽扇』。それ!」
喜媚が扇を振うと、辺り一面に衝撃波が走った。
橙も衝撃を受け、背中から地面に落下した。
「あうっ!」
あれはなんだ?! 範囲で言えば霊夢の封魔陣なんてものじゃないぞ。
「きゃはは! だっさぁ~。貧弱ね。どうしたの? かかってこないの?」
「くっ! 五月蠅いぞ! 今考えてるんだから、邪魔するな!」
「あっそ。まぁ、休ませる気は無いけどね。ドンドン行くよ!」
「くそ~……」
喜媚は再びミニガンに持ち直し、弾を放ってきた。
橙は引き続き逃げ回ることしかできなかった。しかし、考える。
どうすれば喜媚に攻撃を入れることができるか。
まず状況整理。
今は奴は丁度噴水の真上から、あの鉄筒で弾幕を張って来ている。
あの鉄の弾は当たればピチュるどころでは済まなそうだ。弾が走った後は何処彼処も例外無しに抉れている。
かといって、上に飛べばさっきの宝貝を使ってくるだろう。しかし、衝撃波は大げさではあるがダメージは然程でかくない。
次に策を練る。
奴は自分が完全に有利下にあると思っている。もしくは遊んでいるか。
たぶん仕留めようと思えば一発で仕留められる筈に思えるが、そうしない。別段、罠を張っているわけでもない。
手段としてはこのままブレイク(弾切れ)を狙うということもできるが……止した方がいいだろう。
あの鉄筒(玩具)があるから橙『で』遊んでいるわけで、あれが使えなくなれば飽きて殺しにかかってくるだろう。
となると、やはり狙うは弾が残っているうちで、更に隙ができるタイミングだ。
橙はあることを試す為、一度飛翔した。
「何度も何度も、莫迦の一つ覚えなの? 死ぬの?」
「……」
ミニガンを降ろし、宝貝を握る喜媚。橙は弾を放つ。
しかし再び衝撃波が橙を襲った。弾も余波で打ち消されてしまった。
「くっ!」
波には飲まれたが、地面に落ちる際四足姿勢で着地することができた。否、できることが分かった。
そして橙は反撃の手段が浮かんだ。
「なんだ。お姐様の式っていうからどんなものかと思いきや……ホント、ただの『ペット』ね」
「……今からその減らず口を閉じてやる! 覚悟しろ!」
「へぇ……威勢だけは一丁前ね。じゃあ楽しみにしてるわ、ね!」
三再び、ミニガンが火を吹く。
橙は駆けたできるだけ。喜媚の真下に。噴水の水で濡れるのは嫌だが、そんなことは言ってられない。
ポケットの符を一枚握りしめ、そして飛んだ。
「同じことを! いい加減飽きたよ!」
ミニガンを右手から話した瞬間、橙は符を掲げ叫んだ。
「―――翔符『飛翔韋駄天』!」
「嘗めるな!」
風車の様に回転しながら突撃してくる橙に、喜媚は扇を振った。例の如く、衝撃波が橙を襲う。
が―――
「う、嘘!」
「おりゃあぁぁぁぁぁあッ!」
「キャアァ!!」
衝撃波を破り、更にはガラ空きのボディへ飛び込み、喜媚は吹っ飛んだ。
可愛く悲鳴を上げ、噴水の中へ落ちる。水飛沫が中庭全体に広がるほど大きな落下だった。
「うぅ……如何して……」
「貴女の敗因は二つ!」
橙はVサインを作って、喜媚に告げた。
「一つは、貴女は遊び過ぎていたこと。本当なら私は一瞬で消されていても可笑しくない」
「クッ!」
橙は全て計算していた。
まずミニガン。アレは直撃こそ怖いが橙の足なら走って回避できる。
そして五火七禽扇。ミニガンから手を離し、扇を振うまでロスがある。時間にして五秒半。
対して、飛翔韋駄天は符の宣言から発動まで三秒半から四秒。
例え距離があり、衝撃波が到達しても回転時の橙には突風に吹かれる程度でしかない為、余裕を持って喜媚にぶつかることができた。
「そしてもう一つは……貴女は『弾幕ごっこ』を嘗め過ぎだ!」
「……は?」
橙は上を指差した。
花火の如く展開する弾幕。喜媚の方にも飛んでくる。
「え、ちょ、ちょっと! もう終わr」
「弾幕はね、美しさも必要なの! そんな鉄(くろがね)の弾なんて綺麗さの欠片も無いわ!」
「い、いやぁー!」
喜媚(自機)狙いの弾幕達が、噴水の中へ飛び込んでいった。
再び起こる水飛沫が収まったのを確認して、今度は噴水内の喜媚を確認する。
水の中で目を回していた。
「キュゥ……」
「……」
橙は水の中から喜媚を引っ張り、地面へ寝かした。
「ごめんなさい……貴女の隙に付け込みました」
気絶している為、喜媚からの応答は無い。
「でも私には……私達には、藍様が必要なんです! 藍様を返してもらいます!」
倒れている喜媚に一礼し、橙は先へ向かった。
* * * * * * * * * * * * * * * *
一方、ホールの美鈴は動けなかった。辺り一面に張り廻られた糸。
これが起爆スイッチの様なものなのか、はたまた糸自身が罠なのか……どちらにしろ要易に動けない。
「どうした? 来ないのか?」
「それならそれに越したことは無いんだけど」
「戯言を……では、此方からいかせてもらうぞ」
瞬間、貴人は何かを投げて来た。
美鈴は半身で守りの姿勢に入る。が、大して強い衝撃は来なかった。
その代わり腕に何かが巻き付いていた。
「……何をしたの?」
「今にわかる……フンッ!」
その何かは、これまた糸だった。
貴人は美鈴の右腕に絡まった糸を地引の様に引く。美鈴は負けじと踏ん張る。が―――
「ッ!? 拙い!!」
床から足を離し、貴人の思うがまま引っ張られる。
宙を浮く美鈴は、辺りの糸に切り籾されながら地面に叩きつけられた。
「クッ!」
「ほう……なかなか賢明な判断だ」
「痛た……腕持ってかれる所だったよ」
腕を引かれた時、そのまま我慢比べを続けていれば糸の力で右腕は切断されていた。
美鈴は今腕を取られるのは拙いと、流れに身を任せたのであった。
しかし、未だ糸は腕に巻き付いている。
左手に持ったデザートイーグルで糸を撃つ。
「無駄だ」
「あら……堅いね」
「最新技術と私の妖力を込めた特注のワイヤー。一寸やそっとじゃ切れないぞ」
貴人の妖気が練り込まれた特性カーボンワイヤー。
「それなら本元を狙うまで!」
美鈴は間髪置かず、貴人に乾坤圈を撃ち込んだ。
「無駄……乾坤圈のレプリカね。流石に当たれば痛いけど、当たらない」
「……糸を編み込んでケブラー(防弾繊維)の盾を作ったか」
「正解。それでは、まだまだいくぞ!」
再び美鈴を引っ張る貴人。
しかし、美鈴も武術の達人。同じ手を何度も受けるわけにはいかなかった。
今度は貴人に向かって、突進。身体が貼り廻られた糸に揉まれようと気にせず、突っ込んだ。
「考えたな。糸を緩めにかかったか……しかし無駄!」
「ッ!? やるわね……貴人」
今度は幾多の糸を美鈴に巻き付けた。
それは至る所から飛んで来て、美鈴の四肢に絡みつく。まるで宙に張り付けにされたような格好で動きを止められた。
もがこうにも頑丈な糸は切れることは無い。
「あの『龍』を死止めたとならば、私の名も上がるものだ」
「クッ……知ってる? そういうセリフ吐く奴はまず勝った試しがないのよ」
「ほざけ」
貴人は手前の糸を琵琶の弦を扱うかのように、指で弾いた。
すると、美鈴が纏っていた防弾チャイナ服が弾け飛び、オーバーニーと下着だけの恰好になってしまった。
「な……変態!」
「ククク。いい姿だ」
同時に武器までも飛ばされてしまったので、美鈴に残ったのはガーターベルトに取り付けていたダガーだけとなった。
「さて……私は喜媚のように遊ぶ気は無いからな。確実に殺してやる」
「……もう、いいかな」
「は?」
次の瞬間、美鈴は巻き付いて糸を引っ張り出した。
莫迦な。自分の四肢を犠牲にする気か!? 貴人は美鈴の行動が理解できなかった。
「んぎぎぎ……てやぁ!」
「ありえん……」
「痛て。あんまり、幻想郷の妖怪嘗めない方がいいですよ。私より強いのゴロゴロいますから」
「しかし……何故無事なのだ?!」
「無事じゃないって。痛かったよ」
確かに美鈴の肌は切り傷ができていた。
しかし切断するまでには至っておらず、尚ピンピンとしていた。
「私はあまり頭良くないですから、ゴリ押しくらいしかできないの」
「……」
貴人は切断された糸を見た。そしてあることに気付く。
「貴様、まさか妖気を逆流させたのか!?」
「正解。ま、それだけじゃないけどね」
美鈴は糸に貴人の妖気が流されていると知った時、既に『気』を操っていた。
一気にオーバーフローさせれば直ぐに気付かれてしまうので、微々たる調整を行っていた。
そして、頃合いで千切る。ただ普通に切断し様とすれば流石にカーボン素材なため自分の四肢も持っていかれてしまう。
その為、自分の身体を少々弄ったのだ。
「『硬気功』……流石、と言うべきか」
「これまた正解。さて、その糸はもう『覚えた』わ。そろそろ此方からいかせてもらう!」
「チッ!」
美鈴は全身に『気』を纏い太股のダガーを抜いた。そして一気に詰める。
貴人は大陸刀の宝貝を持ち、接近に備えた。
そして考える。どう足掻いても近接戦闘で『龍』に勝てるわけがない。なら距離を保つ。
新たな糸で美鈴の武器、落としたデザートイーグルを手元に手繰り寄せ、銃口を向けた。
「近寄るな!」
「うおっ! 危ないわね!」
やはり利く。弾丸は銀製の退魔使用だ。
貴人は立て続けに引き金を引いた。が、美鈴も易々当たる様な莫迦では無い。
美鈴ほどの達人になれば、銃口を見ただけで弾の飛んでくる位置を把握できる。
次々と弾を放つが……無論、限りがあった。スライドからはもう薬莢が出てこない。
「弾切れね。御宅に弾の代金徴収するよ」
「まだだ!」
今度はもう一丁の銃、マシンピストルを引き寄せ美鈴に向けた。
「……もう止めない? 降参してくれれば悪い様にはしないから」
「莫迦な! 我々には誇りがある! 再び中国を妖怪が住めるようにする―――」
「だから紅魔(ウチ)も同じようなモノでしょ? なんで意気地になってるの?」
「嘗めるな! 人間と共生? 畜生にも劣る人間共と我々誇り高き金鰲島の仙人が肩を並べられるものかよ!」
「懐古主義カッコ悪いね。とりあえず、お喋り終わりよ」
「黙れ!」
引き金を引く。
しかし、美鈴は避けなかった。弾丸は肌に突き刺さることなく、煙を上げて地面に落ちた。
美鈴は一歩一歩貴人に近寄る。
「何故だ! 何故利かない?! 貴様も妖怪なのだろう!?」
「……」
秒間一五発もの弾が出されるように設定してあるカスタムモーゼル。
確実に美鈴に命中しているものの、痛がる素振りさえ持見せない。そして、終わりは来る。
「くそっ! 何故だ! 貴様、聖骸か何かを埋め込んでいるのか!?」
「そんなんじゃないわ。ただ、人より少し丈夫で、『銀製』の武器に慣れているだけ」
まずマシンピストル用の弾じゃ美鈴の気功を破ることはできない。
そして、もう一つ。
「いやぁ。幻想郷は平和でね……私いつも寝ちゃうんですよ」
「何を言っている!?」
「それで、紅魔館(ウチ)のメイド長がオッカナイのなんのって……お仕置きで銀のナイフ刺してくるんですね」
「莫迦な! 何故平気なんだ!?」
「最初は痛かったなぁ……でも今じゃ耐性ついちゃって。あんまり痛くないんですよ」
「ありえない……」
「ふふ。でも咲夜ちゃん。ああ見えて結構可愛いとこ多いから」
会話になっていない。美鈴は自分の世界に入っていた。
しかしそんなふざけた理由で負けペースになっている貴人としてはたまったものではない。
「ふ、ふざけるなぁッ!!」
「ああ、お嬢様分が足りn……ふざけていないよ」
貴人は宝貝剣で美鈴に切りかかった。しかし、宝貝の神秘性よりも美鈴の修行が打ち勝つ。
丈三倍はあろう大剣をなんなくダガーで受け止めた。
そして、柄ごと貴人の手を掴み後方へブン投げた。受け身を取れず二回バウンドする貴人。
「あうっ!」
「私は博愛主義者謳ってますから、貴女のことだって受け入れられます。もう止めましょう」
「五月蠅い! 私は負けてない!」
「強情ですね……仕方ない。意識を刈り取らせてもらいます」
ゆっくりと近づく美鈴。貴人にとってその一歩一歩は死神のカウントダウンに思えた。
意地があった。妖怪としての。仙人としての。大陸妖としての。
それをこんな売国奴に負けるなんて……
抵抗。貴人は、今までに無いくらい妖気を込め美鈴に糸を放った。美鈴の両肩に糸が巻きつく。
「無駄ですよ?」
「うるさいうるさいうるさい!! 堕ちろ! 『龍』!」
「だから、Hhong Mee lin、だってb―――」
指から血が出るほど、糸を弾く。
刹那、美鈴の肩が花火のように弾け飛んだ。
「……」
「は、ハハハ! なんだ! 意外と、も、脆いじゃないか!」
「痛い、ね」
両腕が吹き飛び夥しいほどの血が噴き出す。
美鈴は暫く動かなかった。貴人はこれ見よとばかりに大陸剣を拾い直し、目の前の獲物に向かった。
「今その首を―――!?」
数歩進んだ。そして止まった。否、止められた。
まるで重い靴を履いたかのような感覚。貴人は下を向き―――
「……え」
驚愕した。
両足に、手が、掴みかかってる。幻覚かと思ったが、どう考えても実像だった。
その腕は勿論……先程吹き飛ばしたはずの、美鈴の腕であった。
「な、何?! 莫迦なッ!!」
「……つーかまえた。動かないでね」
奴を見る。先と同じく、両の腕は虚のままだ。
貴人は足をバタつかせた。しかし、美鈴の腕『だったもの』は離れる気配がない。
「き、貴様! 宝貝人間かッ!」
「そんな大層なモノじゃないよ。私は那托(ナク)坊ほど万能じゃない。
あ、でも屍餓(ゾンビ)ほど劣等存在でもないね……まあどうでもいいか」
「ふざけるな! 本当に『龍』だとでも言うのか?!」
「だから……もういいや。貴人。終わりよ」
美鈴は、タンッと一度足踏みをする。
すると貴人の足を掴んでいた腕『だったもの』が足から離れ、今度は剣を持っていた手を掴み、まるで雑巾を絞るかのように捻じった。
貴人は堪らず刀を落とし、残りの片手で未だに離れない腕『だったもの』を引き離そうとした。
「は、なれろ! クソっ!!」
必死に振りほどこうとするが離れない。
一方美鈴は豊満な胸の谷間に隠していた符を咥え取り、貴人に向かってステップ。
そして―――
「―――ひふ『ヒヒュウエンウウヒャフ』(気符『地龍天龍脚』)―――!」
「来るなあッ!!」
美鈴は符を口から落とし、叫んだ。
何を言っているのかさっぱりわからないが。
「加油(Jiayou)おおおおおオオオオオォォウッ!!」
「かはぁッ!!」
一見間抜けに思える雄叫びは、まるで龍の叫びだった。
貴人は美鈴の足に貫かれる。
勢いは止まらず、足蹴にされたまま壁を貫き、部屋から吹き飛ばされた。
そのまま床に叩きつけられ、貴人は気絶した。
「ふぅ……ああ、痛い。涙が出るほど痛いね」
美鈴は貴人の下へ歩いていき、まだ腕を掴んでいる『元』自分の腕を拾い上げた。
「はぁ……綺麗に吹き飛んだから、まだ繋がるかなぁ」
右足の指関節で『左腕』を掴み、ヨガのように未だに出血している肩口に当てた。
そして―――
「ッッッ!!」
床に寝転がり、おもいっきり体重をかけた。一気に血飛沫があがる。
しかし数分もした頃血は止まり、左腕『だったもの』が左腕に戻った。
同じ要領で『右腕』も右腕へ戻した。
「痛いよぅ……はぁ。後でパチュリーと永琳先生に怒られるなぁ」
なんとか関節部が稼働するようになった後、貴人を一視し呟いた。
「此方の任務は完了……あとは貴女ですよ。紫さん」
ただ藍が居るはずの天井を見つめた。
(続く)
ストーリー的にはほぼ繋ぎの回だったので点数はフリーレスで。続きお待ちしてます。
読んでて某クロニクルみたいだなぁ…と思った。
いろいろ面白そうな設定があるみたいだし。
貴方の設定で橙が、それぞれの組織への社会(組織)見学する話を見たくなったwww
じつにマッチしてました。
疑問(余計なお世話なら無視してください)
清虚道徳真君の五火七禽扇って扇がれた瞬間に灰になっちゃうと・・・
那托→ロ那咤?よみかたは「なた」だったはず・・・(なは携帯からだと打てないので・・・口偏に那です)
続きを気にしていただけるのは作者冥利に尽きます。ホント。
ナタクについてですが、あれ漢字出ないんですよね……困ります。
五火七禽扇は、というか本人所有物でなければレプリカ扱いって書いた方が良かったですかね。
乾坤圈コピーにしてましたし。しかし、封神大戦の宝貝ってマジ鬼畜チートですよねwww
橙の社会見学は面白そうですね。
実は白玉楼と、てるもこのリクが直メールで来たのでそちらが終わり次第書いてみたいです。
続きは今日か明日には投稿したいと思います。
最後に……藍様は『男』です。異論は受け―――