※この話は作品集87の「私は傘であなたの小傘」の続きになります。あらかじめご了承ください。
澄み渡った青空を、少女は悠々と漂う。
薄っすらと笑みを張り付かせ見下ろす先には、ここ最近よく訪れる一軒の神社。
今日も今日とて、彼女はこの場所にふわりと舞い降りる。
いつもはここの巫女にしてやられてばかりだが、今日は逆襲してやる自信があった。
なぜなら、今日の彼女には秘密兵器があるのだから。
▼
彼女がその気配に気がついたのは、境内の掃除をしているときであった。
守矢神社の風祝、東風谷早苗は気持ちを落ち着かせるように静かに深呼吸をする。
ここ最近、彼女のお気に入りの少女がどうにも知恵をつけたようで、あの手この手で責め立ててくるのだ。
しばらくは辛くも勝利しているが、このままではいつ何時不覚を取るかわからない。
覚悟は、決まった。
さぁ、どこからでもかかってきなさいと彼女は振り向き―――
「うらめしにゃん☆」
「ふはぁっ!!?」
ものの見事に轟沈した。
鼻血と言う名の信仰心を吹きだしながら、よろよろと後退する風祝。
彼女の視線の先、そこには早苗のお気に入りの少女、多々良小傘の姿がある。
いつもなら、何とかあしらうことも出来ていただろう。だが、今回ばかりは彼女の破壊力が早苗を上回った。
なぜならば―――
「猫耳、にくきゅう、尻尾のスリーコンボですってぇっ!!?」
小傘の秘密兵器はものの見事に、早苗の心をダイレクトアタックしたのである。
ピクピク小刻みに動く猫の耳、キュートなにくきゅう猫グローブ、更にはたしたし動く猫の尻尾。
小傘はポーズまで決めて、まさに台詞ともどもパーフェクト! ダバダバ鼻血を垂れ流すこの風祝はもういろんな意味で駄目かもわからんね。
「早苗~、どうしたの大声出し―――」
「ニャン☆」
「ちょばっ!!?」
早苗の奇声を聞いて神社の奥から姿を見せた洩矢諏訪子だったが、リーサルウェポンを装備した小傘にあえなくノックダウン。
風祝ともども、盛大に鼻血を吹き出しながらのろのろとよろけるのであった。
「やった! 今日は私の勝ち!!」
一方、驚かせたことによる喜びかピョンピョン跳ねて喜ぶからかさお化けこと多々良小傘。
相棒のお化け傘を抱きしめてすこぶる上機嫌。
「お、おのれ……、まさか耳、にくきゅう、尻尾の三種の神器まで用意するとは、この子マジだわ」
そして早苗と似たような感想を抱く祟り神。
真っ赤な液体を風祝ともども鼻から垂れ流しながら、ふっふっふっと不適に笑う。
……この神社、もう駄目かもわからんね。
「こ、小傘さん。それはまさか、例の方から?」
「うん、そうよ。この前に偶然会ったから相談んだけど、この装備を使えば大丈夫だって」
例の方というのは。小傘に最近になって知恵を授けている人物のこと。
小傘いわく、天使の様な人だったといわれる例の人物だが、ところがどっこい、天使に見えるのは見た目だけの純然たる悪魔である。
無論、直接あったことのない早苗がそんなこと知るはずもなく、恐れおののく様に驚きを隠せずにいた。
こちらの趣味を的確につき、最小の労力で最大の効力を生み出す策を小傘に授けるその人物に畏怖の感情を覚える。
まるで諸葛亮孔明に弄ばれる兵卒の如き恐怖。それは、確かに早苗の心を支配して、彼女の感情を打ち震わせていた。
……まぁ小難しいことを言ったが要するに、
「ドンだけ私のツボを心得てるんですか天使さん!!? マジ恐ろしいです!!」
という事である。
……やっぱ駄目だわ、この神社。
「それにしても、どうやって付いてるんですかその尻尾?」
鼻にティッシュを詰め込みながら、ようやく落ち着いてきた早苗が不思議そうに小傘に問いかける。
諏訪子も同じ疑問を持ったようで、先ほどから興味津々と言った様子。
何しろ、その尻尾は本物と見間違うほどの出来で、小傘の感情に合わせてゆらゆらと動いてまでいるのだ。二人が興味を持つには十分すぎる理由だろう。
その言葉に一瞬きょとんとした小傘だったが、うーんと考え込むような仕草をしてから徐々に語り始めた。
「直接つけてるだけだよ? あの人が言うには、然る場所につければ自然と引っ付くって」
「まじっすか。ちょっとチラッてしてもらっていいですか小傘さん」
チラッ。
「おぶふぅっ!!?」
「早苗ぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!?」
同性ゆえにあまり抵抗感がなかったゆえか、後ろに回りこんだ早苗にだけ見えるようにちょっとだけチラッとする小傘。
するとなんという事でしょう。風祝はトリプルアクセルの如き回転力で、鼻血をスプリンクラーのごとく撒き散らしながら地面に倒れ付したのである。
そのあまりのオーバーアクションに悲鳴を上げる諏訪子。何がなにやらさっぱりな様子で困惑する小傘。
諏訪子が早苗に駆け寄り、心配そうに抱きかかえた。すると、何ゆえか息も絶え絶えな風祝が薄っすらと目を明ける。
「早苗、早苗ぇ!! どうしたのさ!!? 一体何を見たって言うんだい!!?」
「す、諏訪子様。あの子……は、はいて……ガクリ」
「早苗ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!?」
昼下がりの神社に、諏訪子の悲鳴が木霊する。
涙が、嗚咽が止まらない。彼女の悲しみなど露知らず、風祝の死に顔はなんと穏やかな事か。
まるで、何かをやり遂げたような穏やかな笑みが、無性に諏訪子をやるせなくさせた。
なんと、なんと虚しいことか。そんなことに、一体どれほどの価値があったというのだろう。
一体どれほどの価値が……―――。
どれほどの……。
……。
「すんません、チラッてしてもらえませんか」
「ほえっ!!?」
完全に置いてけぼりを食らっていた小傘が、いきなり声を掛けられて素っ頓狂な声を上げる。
まぁ、無理もないことかもしれないが。
そんな彼女は、祟り神の要求どおり、さすがに何度もは恥ずかしいのか頬を赤くしてちょっと恥らいながら。
「チラッ」
「あおぅふっ!!?」
風祝と同じく、トリプルアクセルのごとく回転しながら鼻血を撒き散らして倒れる諏訪子。
彼女は今、風祝と同じ桃源郷を見たのである。
「我が生涯に一片の……ガク」
そこに悔いなどあるはずもなく、彼女は安らかな笑みを浮かべると満足そうに息を引き取った。
風祝に祟り神が、安らかに満足そうな笑みを浮かべて横たわる。
その光景に取り残された小傘が、ポツリと一言。
「……え、何この状況?」
ひゅーっと、冷たい風が吹いただけで無論答えなどあるはずもなく、彼女の声は虚しく青い空に吸い込まれていった。
▼
それから数分後、なんとか復活を果たした早苗と諏訪子は、小傘と一緒に縁側に座ってのんびりとお茶を楽しんでいた。
もっとも、小傘に至ってはあの装備のまま今日は居座るらしく、ニコニコ上機嫌にお茶を飲んでいる。
そのたびに、尻尾が上機嫌に揺れるのだから見ていて和む早苗であった。
「諏訪子様、ここ最近の私のOTOME値がガンガン下がってる気がするんですよ」
「いやいや、早苗は十分乙女だよ。多分、きっと」
「ふふ、気休めはいいんですよ諏訪子様。その代わりにですね、私のOSSAN値がぐんぐん急上昇してますから」
いや、それは色々大丈夫じゃないだろうと思ったが、遠い目をして何か悟った様子の早苗に何もいえない祟り神。
まぁ、自覚があることはいいことさね。と、自覚があるゆえの苦痛を考えないことにして適当に納得すると、お茶をゆっくりと口に含む。
無論、早苗の言葉が自分にとっても他人事ではないという事には全力で知らん振りをする。
「あ、小傘さん。羊羹食べますか?」
十分に冷まされたお茶を飲みながら、コクコクとうなずく小傘に苦笑して、早苗は席を立つと台所に足を向ける。
廊下を曲がり、神社の奥に向かいながら早苗はついこの間のことを思い返していた。
雨が降り注ぐ夕闇の中を、二人して肩を並べて帰ったあの日のこと。
その時のことを思い出すと、心が暖かくなるのと同時に少しだけ気恥ずかしくなる。
「私の傘になりませんか、かぁ。今にして思うと、確かにあれは告白ですよねぇ」
クスクスと苦笑している間に、台所にまで到着する。
今でも、目を閉じればあの時のことをまるで昨日のように思い出せた。
あの子の遠くを見つめて、何かを諦めてしまったその表情が、瞳に焼き付いて離れない。
自分が、それを少しでも和らげてあげることが出来たなら、どれだけいいことか。
そう、忘れられないのだ。チラッとされた先に存在した桃源郷―――
「砕け散れ煩悩ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
ガンガンと支柱に頭を何度も打ち付けて、邪な妄想というか先ほどのあの光景を綺麗さっぱり砕こうとする風祝。
せっかくいいこと考えていたのに丸ごと台無しである。おのれ我が煩悩、今日はしぶといじゃないかこんちくしょうと一人格闘中である。
しばらくして煩悩がようやく消え去ってくれたのか、ふぅっといい笑顔で額を拭う早苗。もれなく袖が血まみれになった。
「マズイ、このままだとマジでオッサンの仲間入りです。女として色々とアウトじゃないですか」
自分の性格の変質具合に恐れおののく早苗。
その額には冷や汗が浮かび、目に見えぬ恐怖にブルリと身を震わせた。
さすがに乙女として越えちゃいけない一線は心得ているようで、今度こそは何とか耐え切ろうと気合を入れる。
勢いでぴゅーっと額から血が吹き出た。
「と、そうでした。羊羹はっと……」
とりあえず適当にタオルで血を拭うと、羊羹を取り出して人数分切り取り、皿に載せて再び縁側にまで歩みを進める。
人里にあるお店の品で、早苗のお気に入りの一品だ。これなら、きっとあの子も喜んでくれるだろうと、早苗は自然と微笑を浮かべることが出来た。
縁側に戻ってきてみれば、小傘が待ちかねたように「はやく、はやく!」と両手を突き出していて、その様が小さな子供みたいでなんだかおかしかった。
「はいはい、小傘さんの分もちゃんとありますから、そう急かさないでください」
「早苗ー、私の分は~?」
「もちろん、ありますよ諏訪子様」
その光景は、まるで妹二人を相手にする面倒見のいい姉のようで、はたから見ればとても微笑ましい光景だろう。
小傘はともかく、諏訪子は見た目が幼いこともあって余計にそういった印象を助長させる。
そんな微笑ましい光景の神社の境内に、ふわりと―――人影が舞い降りた。
まるで神話に現われる天使のような純白の翼を羽ばたかせて、優雅に境内に着地する。
金紗のような髪を風に靡かせながら、その少女はすたすたと軽い足取りでこちらに歩み寄ってきた。
「あっ!? 幻月さん!!?」
「やっほー、たたらん。どうどう、うまくいった?」
驚いたような声を上げる小傘に、幻月と呼ばれたその少女は優雅な雰囲気を崩すと、途端に悪戯小僧のような笑みに早変わり。
小傘から聞いていた特長から考えてみても、この少女が彼女に知恵を授けていた人物で間違いなさそうだった。
ムッと、途端に不機嫌な表情になる早苗の心中は一体どういうものであったか。
その事を指摘もしないまま、諏訪子は肩を竦めると自分の分の羊羹を口に含む。
「小傘さんの言ってた天使さんって、この方なんですか?」
「うん、そうよ。色々お世話になっちゃってねぇ」
それだけを確認すると、早苗は幻月に視線を向ける。
じっくりと、お互い視線を交えたまま微動だにしない。その不穏な空気に気が付いたか、途端に小傘がおろおろしだすが、二人とも眼中にないっぽい。
僅かな静寂が、境内を包む。異様な緊張感のまま、二人は目を細め。
「猫耳大好きですか?」
「にゃんにゃんしたいわね」
「メイドとかどうですか?」
「愛でたくなるわ。優しく囁くように」
早苗が質問し、幻月がそれに答える。
そして二、三ほど会話したあと、再び黙り込む風祝とサド悪魔。
そうして、お互いフッと笑いあった。目を細め、お互いを認め合ったかのようにくすくすと笑う。
「いずれ名のあるダメ人間と見ましたが、いかに?」
「ただの歪に生まれた悪魔と言うだけのことよ。ふふ、そういうあなたは私と同類だと思うのだけれど、どうかしら?」
「ふふふ、奇遇ですね。同感です」
お互い不敵に笑いあう二人。その背後には虎と龍の幻影が見えたとか何とかで、小傘が早々に諏訪子の背中に避難していたりする。
あー、なんかめんどくさいことになってきたなァとは思ったが、とばっちりを喰らいたくないので傍観を決意。
ドSオーラ全開の二人に怯える小傘を背に、ずずーっとのんびりお茶を嗜む諏訪子であった。
「さて、幻月さんは守矢神社に何の御用ですか?」
「いやいや、最近、私のお気に入りがここにちょくちょく来てるみたいでねぇ、その様子見」
へぇ~っと、その一言に頬を引きつらせる早苗嬢。
少なくとも、早苗にとっては彼女の言葉は看過できるようなものではなく、その当人はクスクスと嫌らしい笑みを浮かべている。
わざとだと、早苗にもわかっていた。彼女の言葉は悪意に満ちた挑発だと、早苗の冷静な部分は理解できていた。
理解できていたが―――生憎、早苗にとって我慢が出来るかどうかはまったくの別の問題。
「あはは、何をおっしゃいますやら幻月さん。それはまさか、小傘さんのことですか?」
「もちろん、その通りですわ」
「生憎ですね、小傘さんは私の―――」
シレッと言ってのけた幻月に、早苗が言葉を返そうとして……言葉に詰まった。
小傘は、自分にとってなんなのだろう?
腐れ縁の妖怪? 可愛い妹分? 大切な友達?
言葉の羅列が、一瞬浮かんでは消えて、うまく考えがまとまらない。
「私の、何かしらね?」
その心を見透かしたように、幻月は言葉を紡ぐ。
考えがまとまらない。答えが見つからない。
けれど―――この期に及んで、自分の気持ちにだけは嘘を付きたくはなかったから。
「私の、大切な人ですよ。大事で大切な、私のお気に入りです」
しっかりと、目の前の悪魔を見据えて言葉を紡ぐ。
具体的な感情は、まだ整理が付かなくてわからないけれど。
この想いだけは、この気持ちだけは、確かなものだと自信を持って言えるから。
「なるほど。つまり、私のライバルっていう事かしら?」
「生憎ですね。あなたの入る余地なんてありませんよ」
「ふぅん、試してみる?」
ゴキリと腕を鳴らして、幻月がその手に魔力を込めていく。
一瞬にして一触即発となったこの空気に、ますます慌てだす小傘だったが、彼女が止めに入ったところでこの二人は止まるまい。
それを理解しているからこそ、諏訪子も何も言わない。ただ静かに、事の次第を傍観するのみ。
ニィッと、幻月が口の端を釣り上げた。それが、戦いの合図となり―――
「セイッ!!」
「脛っ!!?」
あっという間に決着が付いた。
弾幕を展開しようとした幻月の懐にもぐりこんだ早苗が渾身のローキックを彼女の脛に思いっきりお見舞いする。
まさか肉弾戦で来るとは思わなかったのか、恐ろしいほど切れのいい蹴りを直撃されて、脛を抱えてゴロゴロ転げまわる幻月。
呆然とする小傘を他所に、早苗は今までの鬱憤がすっ飛んだといわんばかりに眩しいほどの笑顔であった。
「あ、あんた、悪魔相手に蹴りって……」
「ふ、常識なんて投げ捨てるものですよ幻月さん。蹴りだって立派な凶器です」
悶絶しながら何とか言葉にする幻月に、どこか得意げな様子の早苗。
その光景を眺めながら、今まで傍観していた諏訪子はさも当然と言った様子で言葉を紡ぎ始めた。
「さすがだね早苗。悪魔を蹴り一つで悶絶させるなんて」
「諏訪子様、お願いだから人がさも格闘技やってたみたいにいうのやめてもらえませんか?」
「何いってるんだい早苗。忘れもしない、早苗が5歳のあの日、神奈子の膝の皿を粉々に粉砕したじゃないか。ローキックで」
「だから何があったんですかその頃の私!!?」
なんだか次々と発覚して行く自分の過去。
しかも、自分にとっては不名誉かつまったく身に覚えのない過去ばかり。
今度、神奈子様に謝ろうと真剣に思い悩み始めた早苗を他所に、ようやく痛みが治まったのか幻月が苦い表情でゆっくりと立ち上がった。
「まったく、とんだ巫女がいたもんだわ。たたらんはコイツのどこが気に入ったんだか……」
「巫女じゃありません、風祝です―――って、へ?」
ぼやくように言葉にした彼女の言葉に、早苗の紡ぎかけた言葉が止まる。
誰が、誰のことを、気にいってるって?
ゆっくりと、言葉がしみこんでいく。突然のカミングアウトで鈍くなった脳が、ゆっくりと幻月の言葉を咀嚼して理解していく。
「あの……今、なんて?」
「さーってね。ま、からかってて面白かったわよ、あなた」
「……今までの、全部冗談だとでも?」
「えぇ。私、一番大事な人はいるし、浮気はしない性質なの」
あっさりとした様子で、ケラケラと朗らかに笑う彼女に、早苗は毒気が抜けたようにため息をつく。
本当に、この様子だとからかっていただけらしい。
だとしたら、先ほどの自分の恥ずかしい台詞はなんだったというのか。
なんか、本当にうまく乗せられた気がして悔しかった。
「はぁ、なんだか甘いものが食べたいわ。私ももらっていいかしら?」
「幻月さん、まさかここにいるつもりなんですか?」
「いいじゃない。せっかくここまで来たんだし、ゆっくりしていっても罰は当たらないでしょう?」
「そりゃ、そうですけど……って、それ私の分!!?」
早苗が待ったをかけるが時既に遅く、彼女が自分の分にと用意していた羊羹を口にする幻月を見て、早苗は疲れたようにため息をついた。
なんという自由奔放っぷり。その笑顔がこれまた幸せそうで子供っぽいもんだから、怒るに怒れなくなって早苗は小傘の隣に腰掛けた。
すると。
「はい、早苗」
爪楊枝に差した羊羹を早苗に差し出す小傘。
その光景に目を瞬かせると、早苗はなんだかおかしくなって苦笑を零していた。
「いいんですよ、小傘さん。私は何時でも食べれますし」
「私は、早苗と一緒に食べたいんだよ。だから、はい」
猫耳をピクピク動かしてそんなことをいう小傘に、早苗は困ったような笑みを浮かべてそれを受け取った。
「ありがとうございます」と口にして、まじまじと切り劣られた羊羹を見てから口に含む。
なんだか、羊羹の味は変わらないはずなのに、不思議といつも以上においしく感じられて、早苗は現金な性格だなぁと自覚する。
「それにさ、さっきの早苗の言葉。ちょっと、嬉しかったし」
それは、聞きそびれてしまうかもしれないほど小さな言葉。
だけど、それは確かに聞き間違いなんかではなくて、きょとんとした様子で小傘に視線を向ければ、顔を真っ赤にして俯いたまま尻尾をパタパタさせる彼女の姿。
その様子が可愛らしくて、クスクスと苦笑する早苗。
二人の様子を見て「青春ねぇ」だの「初々しいねぇ」だのニヤニヤしている悪魔と祟り神がいたが、今はそれも気にならなかった。
「ねぇ、こがにゃん」
「小傘だよ!?」
妙なあだ名で呼び出した早苗にツッコミを入れる小傘。
それに満足しながらも、早苗はにっこりと微笑んだ。優しく、満足げに、答えを見つけたといわんばかりのその表情。
「今度、またその格好してくれませんか?」
要するに、もうオッサンでイイや。と、悟った風祝である。
なんかもういろいろ台無しな感があったような気がするが、小傘は特に気にしていないのかうーんと困ったように苦笑する。
「早苗が言うなら、時々してあげる」
「あら、てっきり嫌がられるものかと」
「少し、恥ずかしいけどね」
そういいながら、お互いケタケタと笑う。
心が暖かくて、優しい気持ちになれるような気がして、二人の少女は楽しそうに笑いあっていた。
二人は幸せそうで、ともすれば本当の姉妹のように見えるかもしれない。
そんな光景を見ていた悪魔と祟り神はというと。
『もう結婚しちまえよお前等』
二人してやってらんねぇと毒づいて、羊羹を口に放り込んでいたのであった。
澄み渡った青空を、少女は悠々と漂う。
薄っすらと笑みを張り付かせ見下ろす先には、ここ最近よく訪れる一軒の神社。
今日も今日とて、彼女はこの場所にふわりと舞い降りる。
いつもはここの巫女にしてやられてばかりだが、今日は逆襲してやる自信があった。
なぜなら、今日の彼女には秘密兵器があるのだから。
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彼女がその気配に気がついたのは、境内の掃除をしているときであった。
守矢神社の風祝、東風谷早苗は気持ちを落ち着かせるように静かに深呼吸をする。
ここ最近、彼女のお気に入りの少女がどうにも知恵をつけたようで、あの手この手で責め立ててくるのだ。
しばらくは辛くも勝利しているが、このままではいつ何時不覚を取るかわからない。
覚悟は、決まった。
さぁ、どこからでもかかってきなさいと彼女は振り向き―――
「うらめしにゃん☆」
「ふはぁっ!!?」
ものの見事に轟沈した。
鼻血と言う名の信仰心を吹きだしながら、よろよろと後退する風祝。
彼女の視線の先、そこには早苗のお気に入りの少女、多々良小傘の姿がある。
いつもなら、何とかあしらうことも出来ていただろう。だが、今回ばかりは彼女の破壊力が早苗を上回った。
なぜならば―――
「猫耳、にくきゅう、尻尾のスリーコンボですってぇっ!!?」
小傘の秘密兵器はものの見事に、早苗の心をダイレクトアタックしたのである。
ピクピク小刻みに動く猫の耳、キュートなにくきゅう猫グローブ、更にはたしたし動く猫の尻尾。
小傘はポーズまで決めて、まさに台詞ともどもパーフェクト! ダバダバ鼻血を垂れ流すこの風祝はもういろんな意味で駄目かもわからんね。
「早苗~、どうしたの大声出し―――」
「ニャン☆」
「ちょばっ!!?」
早苗の奇声を聞いて神社の奥から姿を見せた洩矢諏訪子だったが、リーサルウェポンを装備した小傘にあえなくノックダウン。
風祝ともども、盛大に鼻血を吹き出しながらのろのろとよろけるのであった。
「やった! 今日は私の勝ち!!」
一方、驚かせたことによる喜びかピョンピョン跳ねて喜ぶからかさお化けこと多々良小傘。
相棒のお化け傘を抱きしめてすこぶる上機嫌。
「お、おのれ……、まさか耳、にくきゅう、尻尾の三種の神器まで用意するとは、この子マジだわ」
そして早苗と似たような感想を抱く祟り神。
真っ赤な液体を風祝ともども鼻から垂れ流しながら、ふっふっふっと不適に笑う。
……この神社、もう駄目かもわからんね。
「こ、小傘さん。それはまさか、例の方から?」
「うん、そうよ。この前に偶然会ったから相談んだけど、この装備を使えば大丈夫だって」
例の方というのは。小傘に最近になって知恵を授けている人物のこと。
小傘いわく、天使の様な人だったといわれる例の人物だが、ところがどっこい、天使に見えるのは見た目だけの純然たる悪魔である。
無論、直接あったことのない早苗がそんなこと知るはずもなく、恐れおののく様に驚きを隠せずにいた。
こちらの趣味を的確につき、最小の労力で最大の効力を生み出す策を小傘に授けるその人物に畏怖の感情を覚える。
まるで諸葛亮孔明に弄ばれる兵卒の如き恐怖。それは、確かに早苗の心を支配して、彼女の感情を打ち震わせていた。
……まぁ小難しいことを言ったが要するに、
「ドンだけ私のツボを心得てるんですか天使さん!!? マジ恐ろしいです!!」
という事である。
……やっぱ駄目だわ、この神社。
「それにしても、どうやって付いてるんですかその尻尾?」
鼻にティッシュを詰め込みながら、ようやく落ち着いてきた早苗が不思議そうに小傘に問いかける。
諏訪子も同じ疑問を持ったようで、先ほどから興味津々と言った様子。
何しろ、その尻尾は本物と見間違うほどの出来で、小傘の感情に合わせてゆらゆらと動いてまでいるのだ。二人が興味を持つには十分すぎる理由だろう。
その言葉に一瞬きょとんとした小傘だったが、うーんと考え込むような仕草をしてから徐々に語り始めた。
「直接つけてるだけだよ? あの人が言うには、然る場所につければ自然と引っ付くって」
「まじっすか。ちょっとチラッてしてもらっていいですか小傘さん」
チラッ。
「おぶふぅっ!!?」
「早苗ぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!?」
同性ゆえにあまり抵抗感がなかったゆえか、後ろに回りこんだ早苗にだけ見えるようにちょっとだけチラッとする小傘。
するとなんという事でしょう。風祝はトリプルアクセルの如き回転力で、鼻血をスプリンクラーのごとく撒き散らしながら地面に倒れ付したのである。
そのあまりのオーバーアクションに悲鳴を上げる諏訪子。何がなにやらさっぱりな様子で困惑する小傘。
諏訪子が早苗に駆け寄り、心配そうに抱きかかえた。すると、何ゆえか息も絶え絶えな風祝が薄っすらと目を明ける。
「早苗、早苗ぇ!! どうしたのさ!!? 一体何を見たって言うんだい!!?」
「す、諏訪子様。あの子……は、はいて……ガクリ」
「早苗ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!?」
昼下がりの神社に、諏訪子の悲鳴が木霊する。
涙が、嗚咽が止まらない。彼女の悲しみなど露知らず、風祝の死に顔はなんと穏やかな事か。
まるで、何かをやり遂げたような穏やかな笑みが、無性に諏訪子をやるせなくさせた。
なんと、なんと虚しいことか。そんなことに、一体どれほどの価値があったというのだろう。
一体どれほどの価値が……―――。
どれほどの……。
……。
「すんません、チラッてしてもらえませんか」
「ほえっ!!?」
完全に置いてけぼりを食らっていた小傘が、いきなり声を掛けられて素っ頓狂な声を上げる。
まぁ、無理もないことかもしれないが。
そんな彼女は、祟り神の要求どおり、さすがに何度もは恥ずかしいのか頬を赤くしてちょっと恥らいながら。
「チラッ」
「あおぅふっ!!?」
風祝と同じく、トリプルアクセルのごとく回転しながら鼻血を撒き散らして倒れる諏訪子。
彼女は今、風祝と同じ桃源郷を見たのである。
「我が生涯に一片の……ガク」
そこに悔いなどあるはずもなく、彼女は安らかな笑みを浮かべると満足そうに息を引き取った。
風祝に祟り神が、安らかに満足そうな笑みを浮かべて横たわる。
その光景に取り残された小傘が、ポツリと一言。
「……え、何この状況?」
ひゅーっと、冷たい風が吹いただけで無論答えなどあるはずもなく、彼女の声は虚しく青い空に吸い込まれていった。
▼
それから数分後、なんとか復活を果たした早苗と諏訪子は、小傘と一緒に縁側に座ってのんびりとお茶を楽しんでいた。
もっとも、小傘に至ってはあの装備のまま今日は居座るらしく、ニコニコ上機嫌にお茶を飲んでいる。
そのたびに、尻尾が上機嫌に揺れるのだから見ていて和む早苗であった。
「諏訪子様、ここ最近の私のOTOME値がガンガン下がってる気がするんですよ」
「いやいや、早苗は十分乙女だよ。多分、きっと」
「ふふ、気休めはいいんですよ諏訪子様。その代わりにですね、私のOSSAN値がぐんぐん急上昇してますから」
いや、それは色々大丈夫じゃないだろうと思ったが、遠い目をして何か悟った様子の早苗に何もいえない祟り神。
まぁ、自覚があることはいいことさね。と、自覚があるゆえの苦痛を考えないことにして適当に納得すると、お茶をゆっくりと口に含む。
無論、早苗の言葉が自分にとっても他人事ではないという事には全力で知らん振りをする。
「あ、小傘さん。羊羹食べますか?」
十分に冷まされたお茶を飲みながら、コクコクとうなずく小傘に苦笑して、早苗は席を立つと台所に足を向ける。
廊下を曲がり、神社の奥に向かいながら早苗はついこの間のことを思い返していた。
雨が降り注ぐ夕闇の中を、二人して肩を並べて帰ったあの日のこと。
その時のことを思い出すと、心が暖かくなるのと同時に少しだけ気恥ずかしくなる。
「私の傘になりませんか、かぁ。今にして思うと、確かにあれは告白ですよねぇ」
クスクスと苦笑している間に、台所にまで到着する。
今でも、目を閉じればあの時のことをまるで昨日のように思い出せた。
あの子の遠くを見つめて、何かを諦めてしまったその表情が、瞳に焼き付いて離れない。
自分が、それを少しでも和らげてあげることが出来たなら、どれだけいいことか。
そう、忘れられないのだ。チラッとされた先に存在した桃源郷―――
「砕け散れ煩悩ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
ガンガンと支柱に頭を何度も打ち付けて、邪な妄想というか先ほどのあの光景を綺麗さっぱり砕こうとする風祝。
せっかくいいこと考えていたのに丸ごと台無しである。おのれ我が煩悩、今日はしぶといじゃないかこんちくしょうと一人格闘中である。
しばらくして煩悩がようやく消え去ってくれたのか、ふぅっといい笑顔で額を拭う早苗。もれなく袖が血まみれになった。
「マズイ、このままだとマジでオッサンの仲間入りです。女として色々とアウトじゃないですか」
自分の性格の変質具合に恐れおののく早苗。
その額には冷や汗が浮かび、目に見えぬ恐怖にブルリと身を震わせた。
さすがに乙女として越えちゃいけない一線は心得ているようで、今度こそは何とか耐え切ろうと気合を入れる。
勢いでぴゅーっと額から血が吹き出た。
「と、そうでした。羊羹はっと……」
とりあえず適当にタオルで血を拭うと、羊羹を取り出して人数分切り取り、皿に載せて再び縁側にまで歩みを進める。
人里にあるお店の品で、早苗のお気に入りの一品だ。これなら、きっとあの子も喜んでくれるだろうと、早苗は自然と微笑を浮かべることが出来た。
縁側に戻ってきてみれば、小傘が待ちかねたように「はやく、はやく!」と両手を突き出していて、その様が小さな子供みたいでなんだかおかしかった。
「はいはい、小傘さんの分もちゃんとありますから、そう急かさないでください」
「早苗ー、私の分は~?」
「もちろん、ありますよ諏訪子様」
その光景は、まるで妹二人を相手にする面倒見のいい姉のようで、はたから見ればとても微笑ましい光景だろう。
小傘はともかく、諏訪子は見た目が幼いこともあって余計にそういった印象を助長させる。
そんな微笑ましい光景の神社の境内に、ふわりと―――人影が舞い降りた。
まるで神話に現われる天使のような純白の翼を羽ばたかせて、優雅に境内に着地する。
金紗のような髪を風に靡かせながら、その少女はすたすたと軽い足取りでこちらに歩み寄ってきた。
「あっ!? 幻月さん!!?」
「やっほー、たたらん。どうどう、うまくいった?」
驚いたような声を上げる小傘に、幻月と呼ばれたその少女は優雅な雰囲気を崩すと、途端に悪戯小僧のような笑みに早変わり。
小傘から聞いていた特長から考えてみても、この少女が彼女に知恵を授けていた人物で間違いなさそうだった。
ムッと、途端に不機嫌な表情になる早苗の心中は一体どういうものであったか。
その事を指摘もしないまま、諏訪子は肩を竦めると自分の分の羊羹を口に含む。
「小傘さんの言ってた天使さんって、この方なんですか?」
「うん、そうよ。色々お世話になっちゃってねぇ」
それだけを確認すると、早苗は幻月に視線を向ける。
じっくりと、お互い視線を交えたまま微動だにしない。その不穏な空気に気が付いたか、途端に小傘がおろおろしだすが、二人とも眼中にないっぽい。
僅かな静寂が、境内を包む。異様な緊張感のまま、二人は目を細め。
「猫耳大好きですか?」
「にゃんにゃんしたいわね」
「メイドとかどうですか?」
「愛でたくなるわ。優しく囁くように」
早苗が質問し、幻月がそれに答える。
そして二、三ほど会話したあと、再び黙り込む風祝とサド悪魔。
そうして、お互いフッと笑いあった。目を細め、お互いを認め合ったかのようにくすくすと笑う。
「いずれ名のあるダメ人間と見ましたが、いかに?」
「ただの歪に生まれた悪魔と言うだけのことよ。ふふ、そういうあなたは私と同類だと思うのだけれど、どうかしら?」
「ふふふ、奇遇ですね。同感です」
お互い不敵に笑いあう二人。その背後には虎と龍の幻影が見えたとか何とかで、小傘が早々に諏訪子の背中に避難していたりする。
あー、なんかめんどくさいことになってきたなァとは思ったが、とばっちりを喰らいたくないので傍観を決意。
ドSオーラ全開の二人に怯える小傘を背に、ずずーっとのんびりお茶を嗜む諏訪子であった。
「さて、幻月さんは守矢神社に何の御用ですか?」
「いやいや、最近、私のお気に入りがここにちょくちょく来てるみたいでねぇ、その様子見」
へぇ~っと、その一言に頬を引きつらせる早苗嬢。
少なくとも、早苗にとっては彼女の言葉は看過できるようなものではなく、その当人はクスクスと嫌らしい笑みを浮かべている。
わざとだと、早苗にもわかっていた。彼女の言葉は悪意に満ちた挑発だと、早苗の冷静な部分は理解できていた。
理解できていたが―――生憎、早苗にとって我慢が出来るかどうかはまったくの別の問題。
「あはは、何をおっしゃいますやら幻月さん。それはまさか、小傘さんのことですか?」
「もちろん、その通りですわ」
「生憎ですね、小傘さんは私の―――」
シレッと言ってのけた幻月に、早苗が言葉を返そうとして……言葉に詰まった。
小傘は、自分にとってなんなのだろう?
腐れ縁の妖怪? 可愛い妹分? 大切な友達?
言葉の羅列が、一瞬浮かんでは消えて、うまく考えがまとまらない。
「私の、何かしらね?」
その心を見透かしたように、幻月は言葉を紡ぐ。
考えがまとまらない。答えが見つからない。
けれど―――この期に及んで、自分の気持ちにだけは嘘を付きたくはなかったから。
「私の、大切な人ですよ。大事で大切な、私のお気に入りです」
しっかりと、目の前の悪魔を見据えて言葉を紡ぐ。
具体的な感情は、まだ整理が付かなくてわからないけれど。
この想いだけは、この気持ちだけは、確かなものだと自信を持って言えるから。
「なるほど。つまり、私のライバルっていう事かしら?」
「生憎ですね。あなたの入る余地なんてありませんよ」
「ふぅん、試してみる?」
ゴキリと腕を鳴らして、幻月がその手に魔力を込めていく。
一瞬にして一触即発となったこの空気に、ますます慌てだす小傘だったが、彼女が止めに入ったところでこの二人は止まるまい。
それを理解しているからこそ、諏訪子も何も言わない。ただ静かに、事の次第を傍観するのみ。
ニィッと、幻月が口の端を釣り上げた。それが、戦いの合図となり―――
「セイッ!!」
「脛っ!!?」
あっという間に決着が付いた。
弾幕を展開しようとした幻月の懐にもぐりこんだ早苗が渾身のローキックを彼女の脛に思いっきりお見舞いする。
まさか肉弾戦で来るとは思わなかったのか、恐ろしいほど切れのいい蹴りを直撃されて、脛を抱えてゴロゴロ転げまわる幻月。
呆然とする小傘を他所に、早苗は今までの鬱憤がすっ飛んだといわんばかりに眩しいほどの笑顔であった。
「あ、あんた、悪魔相手に蹴りって……」
「ふ、常識なんて投げ捨てるものですよ幻月さん。蹴りだって立派な凶器です」
悶絶しながら何とか言葉にする幻月に、どこか得意げな様子の早苗。
その光景を眺めながら、今まで傍観していた諏訪子はさも当然と言った様子で言葉を紡ぎ始めた。
「さすがだね早苗。悪魔を蹴り一つで悶絶させるなんて」
「諏訪子様、お願いだから人がさも格闘技やってたみたいにいうのやめてもらえませんか?」
「何いってるんだい早苗。忘れもしない、早苗が5歳のあの日、神奈子の膝の皿を粉々に粉砕したじゃないか。ローキックで」
「だから何があったんですかその頃の私!!?」
なんだか次々と発覚して行く自分の過去。
しかも、自分にとっては不名誉かつまったく身に覚えのない過去ばかり。
今度、神奈子様に謝ろうと真剣に思い悩み始めた早苗を他所に、ようやく痛みが治まったのか幻月が苦い表情でゆっくりと立ち上がった。
「まったく、とんだ巫女がいたもんだわ。たたらんはコイツのどこが気に入ったんだか……」
「巫女じゃありません、風祝です―――って、へ?」
ぼやくように言葉にした彼女の言葉に、早苗の紡ぎかけた言葉が止まる。
誰が、誰のことを、気にいってるって?
ゆっくりと、言葉がしみこんでいく。突然のカミングアウトで鈍くなった脳が、ゆっくりと幻月の言葉を咀嚼して理解していく。
「あの……今、なんて?」
「さーってね。ま、からかってて面白かったわよ、あなた」
「……今までの、全部冗談だとでも?」
「えぇ。私、一番大事な人はいるし、浮気はしない性質なの」
あっさりとした様子で、ケラケラと朗らかに笑う彼女に、早苗は毒気が抜けたようにため息をつく。
本当に、この様子だとからかっていただけらしい。
だとしたら、先ほどの自分の恥ずかしい台詞はなんだったというのか。
なんか、本当にうまく乗せられた気がして悔しかった。
「はぁ、なんだか甘いものが食べたいわ。私ももらっていいかしら?」
「幻月さん、まさかここにいるつもりなんですか?」
「いいじゃない。せっかくここまで来たんだし、ゆっくりしていっても罰は当たらないでしょう?」
「そりゃ、そうですけど……って、それ私の分!!?」
早苗が待ったをかけるが時既に遅く、彼女が自分の分にと用意していた羊羹を口にする幻月を見て、早苗は疲れたようにため息をついた。
なんという自由奔放っぷり。その笑顔がこれまた幸せそうで子供っぽいもんだから、怒るに怒れなくなって早苗は小傘の隣に腰掛けた。
すると。
「はい、早苗」
爪楊枝に差した羊羹を早苗に差し出す小傘。
その光景に目を瞬かせると、早苗はなんだかおかしくなって苦笑を零していた。
「いいんですよ、小傘さん。私は何時でも食べれますし」
「私は、早苗と一緒に食べたいんだよ。だから、はい」
猫耳をピクピク動かしてそんなことをいう小傘に、早苗は困ったような笑みを浮かべてそれを受け取った。
「ありがとうございます」と口にして、まじまじと切り劣られた羊羹を見てから口に含む。
なんだか、羊羹の味は変わらないはずなのに、不思議といつも以上においしく感じられて、早苗は現金な性格だなぁと自覚する。
「それにさ、さっきの早苗の言葉。ちょっと、嬉しかったし」
それは、聞きそびれてしまうかもしれないほど小さな言葉。
だけど、それは確かに聞き間違いなんかではなくて、きょとんとした様子で小傘に視線を向ければ、顔を真っ赤にして俯いたまま尻尾をパタパタさせる彼女の姿。
その様子が可愛らしくて、クスクスと苦笑する早苗。
二人の様子を見て「青春ねぇ」だの「初々しいねぇ」だのニヤニヤしている悪魔と祟り神がいたが、今はそれも気にならなかった。
「ねぇ、こがにゃん」
「小傘だよ!?」
妙なあだ名で呼び出した早苗にツッコミを入れる小傘。
それに満足しながらも、早苗はにっこりと微笑んだ。優しく、満足げに、答えを見つけたといわんばかりのその表情。
「今度、またその格好してくれませんか?」
要するに、もうオッサンでイイや。と、悟った風祝である。
なんかもういろいろ台無しな感があったような気がするが、小傘は特に気にしていないのかうーんと困ったように苦笑する。
「早苗が言うなら、時々してあげる」
「あら、てっきり嫌がられるものかと」
「少し、恥ずかしいけどね」
そういいながら、お互いケタケタと笑う。
心が暖かくて、優しい気持ちになれるような気がして、二人の少女は楽しそうに笑いあっていた。
二人は幸せそうで、ともすれば本当の姉妹のように見えるかもしれない。
そんな光景を見ていた悪魔と祟り神はというと。
『もう結婚しちまえよお前等』
二人してやってらんねぇと毒づいて、羊羹を口に放り込んでいたのであった。
誰か挿絵をー!挿絵をー!!!!
二面登場時で三種の神器装備だったら例えイージーでも勝てる気がしない…
・・・・・・とりあえず、こがにゃんと早苗さんの結婚式はいつでしょうか?
なんか早苗さんが年老いたら、小傘が風祝継承しそうだよね。
正直百合は少々苦手なのですがこの作品はギャグ色が強めなので助かってます。
関心を引こうと「おんばしニャン☆」と言って華麗にスルーされてる姿が…
こいつが東方シリーズ最強最狂姉ちゃんとは思えんwww
俺もイロイロ駄目かもしれん
評価忘れてたました(笑)
そして幻月、頑張れ