広く晴れ渡った空が、人と妖怪を問わず良い気分にさせてくれる日のことだった。
命蓮寺に住む少女、雲居 一輪はこの日、趣味である門番の仕事に興じていた。聖輦船の守護者をしていたこともあってか、
苦労を感じることもない。どちらかというと家の中に篭っているより、外に出ている方が好きだった。これも彼女の能力と雲山という相方が
いるせいでもあるのだろう。それに、生憎この日は命蓮寺の住人たちは全員出かけてしまっていて、一輪と雲山が留守番役になってしまったのだ。
しかし、真面目な性格をしている一輪は、みんなが帰ってくるまで自分が寺を守るという使命感に借り出され、門番まがいのことをしようと
思い立ったのである。
……とはいっても昔とは違う平和な世の中、誰かが寺を襲うはずもなく、まったりとした時間が流れていくだけだった。
一輪は用意していた水筒に入ったお茶を飲みながら呟く。
「ふ~、それにしても良い天気ですね。雲山も気持ちよさそうに空を漂っています。地底にいた頃は青空なんて見ることができませんでしたし、
地上も昔とは違って妖怪も暮らしやすい世界になりました。これも姐さんが望んだ世界の一つの形、ということになるんでしょうか?」
姐さん。私が慕っている女性、聖白蓮のことを考える。僧侶という立場だったが妖怪にも優しく接してくれたヒト。人間と妖怪の平等な世界を
創ることを夢見たヒト。人間に悪魔と呼ばれ魔界に封印された可哀相なヒト。それでも諦めずに今も夢を追い続けるヒト。
この幻想郷という場所はそんな姐さんの理想を叶えてくれている。妖怪も人も一緒に生きていける世界だ。とうの昔に滅んだと思っていた関係が
ここには残っている。その世界を嬉しく思う。だが、本当にこれでいいのかと疑問に思うことがある。今は良い状況だが、いつかまた人と争うことに
なるのではないか?同じ過ちを繰り返してしまうのではないかと不安になる。
考えれば考えるほどわからない。一度だけ姐さんに質問したことがある。姐さんならきっと正しい答えを教えてくれるに違いないと思ったから。
でも、姐さんは答えてくれなかった。そのかわり、
『ねえ、一輪ちゃん。貴方に夢はある?それがどんな夢でも信念を曲げず、ひたすら進み続けることが大切なのです。私が答えることではない。
貴方が自分の夢を誇れるようになったら、自ずと答えに辿り着けるでしょう』
とだけ話してくれた。夢か、千年以上生きてきたが考えたことがなかった。姐さんと一緒にいることが私の夢だと思っている。それは間違いない。
でも姐さんの言いたいことはそれではないだろう。私の、私自身の夢は……
「たのも~」
そんな疑問に頭を悩ませていると、どこからか声が聞こえてきた。意識を現実に引き戻し、声のした方向に目を向ける。お客さんが参拝にきたのか?
でも普通は「たのも~」なんて言わないわよね。などと不思議に思っていると、
「たのも~」
また声がした。視線を合わせる。そこには一人の可愛らしい少女が立っていた。この少女がさっきの言葉を?とさらに疑問が増えるが、少女の後ろを
見て疑問を納得させる。少女の背には刀が二本提げられていた。
「あ、あの、聞いていますか?」
少女が不安そうな顔で尋ねてくる。そこでまた意識を引き戻し答える。
「え、ええ…聞いていますよ」
「ここって、最近出来たお寺ですよね?名前は確か……みょん蓮寺!」
「命蓮寺(みょうれんじ)です。なにか御用でしょうか?」
名前を間違ったのは置いておくとして、お寺だということは知っているらしい。なのにさっき言ったことは、
「よかった!当たってた。えーと、ではもう一度…たのも~!」
「残念ですがこちらは格闘道場ではありません。お帰りください。さようなら」
うん、可哀相な子だ。関わらないほうが得策だろう。スルーの方向で結論を出し、目を合わせないようにする。
「うわっ、一気に存在しなかったことにされた!ち、違いますよ。私はみょん蓮寺に用があるんです!」
「『みょう』蓮寺です!なんですか?喧嘩売りに来たのかしら?なるほど、今までの発言に納得しました!」
覚悟しなさいと拳を握りしめる。いい度胸だ、やってやるよ!と準備をしていたら少女が慌てて否定しはじめた。
「だから違いますって!喧嘩を売りに来たわけではないですよ。こちらのお寺は毘沙門天を信仰しているとお聞きしたんです!」
「毘沙門天?ええ、命蓮寺は毘沙門天を祀っていますが、それがなにか?」
「戦いを申し込みに来ました!」
「帰れ」
付き合ってられないと、後ろを向き寺に戻ろうとした。だが少女はしつこくしがみついてくる。少し涙目だった。
「す、すいません!一度言ってみたかっただけです。弾幕勝負です、弾幕ごっこを申し込みに来たんです!」
弾幕勝負。姐さんを救出するときに進入してきた巫女や魔女がやってたアレか。頭が可哀相な子というわけではないのね。
少女の意図をやっと理解して納得する。しかし、はいそうですかと通すわけにもいかない。安全とはいえ何が起こるかわからないし、
なにより肝心の毘沙門天(代理)は部下と一緒に出かけているのだ。「わーい!ナズーリンとデートです」とはしゃいでいたのを思い出した。
「申し訳ありません。本日、毘沙門天は所用で出かけています。お引取り下さい」
とりあえず簡潔に事実を伝える。早く帰ってほしかった。少女も納得したのか、うんうんと頷いている。
「そうですか。私もさすがにすぐ戦えるとは思っていませんでしたが…はい、わかりましたよ!先に門番を倒さないと戦ってやらないということですね!
私としたことが、大ボスの前には中ボスがいることを失念していました」
この子何もわかってねぇーーー!!とショックを受ける。しかも少女はやる気満々で刀を抜き、構え始めた。
「名乗るのが遅れました。私は冥界、白玉楼で庭師兼剣術指南役を務めています。魂魄 妖夢と申します!それではいざ尋常に勝負!!」
少女の雰囲気が一変する。この子強い……一瞬にして悟る。仕方ない、やるしかないようですね。私も気持ちを切り替える。
「雲山、いらっしゃい」
私の周りに白い煙が集まってくる。雲入道。私の大切な相方。雲山が己の姿を形作る。さあ、久しぶりの戦いです。一緒にがんばりましょう。
そして、少女に向かい合う。互いに緊張が走る。戦いの秘訣、相手の動きをよく観ること。それを胸に刻み、少女の動きに気を張る。
少女は動かなかった。さすが剣士ですね、落ち着いている。と感心した。これは油断できない。微動だにせず、刀だけを震わせているなんて………
ん?震わせている?変な疑問が沸き起こる。少女の刀がすごい振動で震えていたのだ。ブルブルブルブルブルブル………と。
何なんだこの動きはと少女の顔を見る。そこにはまるで恐ろしいものを見たかのような、青ざめた表情があった。
訳が分からないがとりあえず一歩前に進む。そうしたら少女が一歩後ろに下がる。もう一歩進む。少女が下がる。それを何度も繰り返した。
その度に、少女の震えと表情が酷くなっていく。ガクガクブルブル、震えが体中に広がりきった頃、私も我慢の限界にきていた。
「貴方、一体何がしたいの!さっきから引いてばかりで!」
イライラしたせいか、怒鳴りつける形で喋ってしまった。それに驚いて少女がしりもちをつく。遂には泣き出してしまった。えっ!?なんで泣くの?
まずかったかと思い。心配になって少女に駆け寄ろうと足を踏み出したとき、
「うう、こ、来ないで、来ないで…」
少女が涙を流し懇願し始めた。異常な反応に戸惑ってしまうが、やっぱり放っておけなくなって少女の下へ走り出した。
「えぐっ、来ないでください!お願いします!」
「ど、どうしたの?大丈夫?!」
「おおお、お、お、おおおおお」
少女の目の前まで辿り着く。何とかしようと手を伸ばしたそのとき。
「おおお、お、お化け~~~~~~~~!!!!!」
大きい声で叫び、そのまま泡を吹いて気絶してしまった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「落ち着いたかしら?はい、お茶」
「…ど、どうもありがとうございます」
お茶の入ったコップを渡す。少女はまだ少しビクビクしながらコップを受け取った。
あれから大変だった。気絶したと思ったら突然苦しそうな声で、「お化け怖い雲のお化け怖い親父お化け怖い……」と唸りだすし、
一回気がついたかと思うと、心配そうにしている雲山を見てまた気絶するわでもう勝負所ではなかった。とりあえず、気絶の原因がなんとなく
わかってきたので雲山に離れてもらった。あんなに哀愁漂わせた雲山なんて見たことがない。ゴメンナサイ…
まあそんなこんなで、今は目を覚ました少女と並んでお茶を啜っている。
「す、すいません。私どうにもお化けが苦手で、お見苦しいところを見せちゃいました…」
「いいのよ、誰にだって苦手なものくらいあるわ」
フォローするが、少女の近くを浮遊している人魂?を見る。確か、冥界にいるって言ってたわよね?これも幽霊じゃないの?などと疑問が浮かぶ。
「貴方、ええと、魂魄 妖夢でしたっけ?魂魄さん」
「あ、妖夢で構いませんよ」
「では、妖夢。毘沙門天は本当に出かけていて寺にはいないのです。そして、さっきのはお化けではありません。雲山といって雲入道という種族の
れっきとした妖怪です」
「ええっ、本当だったんですか!とんだ勘違いをしてしまいました…ご、ごめんなさい!あ、でも雲の親父さんはお化けじゃないんだ。よかった……」
「雲山は私の相方でもあります。そういえば私も名乗っていませんでしたね。雲居 一輪。一輪と呼んで下さい」
今更な気がするが一応自己紹介をする。礼儀は大事だと姐さんも言っていた。妖夢も律儀に頭を下げて、「よろしくお願いします。一輪さん」と返事をする。
紹介も終えたところで彼女に会って一番最初に抱いた疑問を聞いてみることにした。
「妖夢、質問があるのだけど、なぜ貴方は毘沙門天と戦おうとしたの?」
「はい、それは、一人前になる為です。毘沙門天といえば戦いの神と呼ばれるほどの強さを持ったお方だと聞いています。私も剣士として
一度手合わせをしてみたいと考えていました。もし、毘沙門天に勝つことができたら私も一人前だと幽々子様に認めてもらえると思ったんです」
はあ、戦いの神ねぇ。話を聞きながら、うちの毘沙門天(代理)を思い浮かべる。里まで買出しに行ったら財布を失くし、筆を失くしたと言うから
貸してあげたら三分後に失くしていた(部屋の中だったのに)、帰り道が書かれた地図を失くして迷子になったこともあったわね(紅魔館にて無事保護)。
うん、出かけててよかった。少女の夢をぶち壊すことになるところだった。冷や汗が流れる。
「ああ、でも勘違いはするし、気絶なんてみっともない姿を晒したり、迷惑ばっかりかけてしまいました……これじゃあ一人前なんて絶対なれませんよね」
あはは、と空笑いをする妖夢。さっき出会ったばかりだが、彼女は真面目な性格なんだろうなと感じる。それでいて、自分にとても不器用なのだろう。
そんな彼女が自分の気持ちを誤魔化すように無理矢理笑っているのを見るのが辛かった。
「いつも必ずどこかで失敗しちゃうから幽々子様にも半人前と言われるんですよね。半人半霊の私にピッタリです。これからもずっと、誰にも認めて貰えない
半人前でいるんだと思います。そんな一生半人前が一人前を目指す。我ながら笑えます」
そう言いながら妖夢は涙を浮かべて笑う。私はどうするべきなんだろう?姐さんならきっと優しく慰めてあげるに違いない。そして、一人前になる為の
道を指し示すのだ。今すぐに姐さんに代わってほしかった。でも姐さんはいない。私が助けてあげなければならない。姐さんだったらどうするんだろう?
姐さんなら……そう考えていると、ふと姐さんの言葉を思い出す。
―――どんな夢でも信念を曲げず、進み続けることが大切なのです―――
いけない、私は全然違うことを考えていた。夢が叶わないと泣いている少女を目の前にして、姐さんの真似をしようとしていた。それでは駄目だ……
そんな真似事に信念などあるはずがない。形だけの誠意で夢を語ったところで、真剣に悩む彼女に届くわけがないのだ。
私にできることを、私が信念を持って接しないと助けてあげられない。それに気がついたら、後は口が勝手に動き出していた。
「ねえ、なんで半人前でいることが嫌なの?」
「……………えっ?」
「さっきから一人前になりたいって言っているけど、半人前の何が駄目なの?」
「そ、それは、当然じゃないですか。誰だって中途半端な半人前なんかより、立派な何でも出来る一人前の方が良いに決まっています!」
「それが理由?じゃあ聞くけど貴方の知っている一人前って誰のことなの?」
「幽々子様です。私の主なんですけど立派な方です!」
妖夢が誇らしげに言う。幽々子様。さっきも名前を聞いたが、白玉楼の主なのだろう。妖夢の顔を見れば、本当に素晴らしいヒトだと想像がつく。
彼女の主か、一度会ってみたいと思う。だが、今はそれを置いておく。
「そう、それなら貴方はいらないわよね」
「は?な、何を言ってるんですか!」
「だって貴方が今言ったんじゃないの。一人前は何でも出来るって。それは要するに幽々子様は何でも出来るということですよね。だったら、貴方が
一緒にいるのはおかしいと思ったのよ」
「あ…え、違……」
「違う?なら、幽々子様は一人前ではないわね」
「幽々子様は一人前です!何でも出来るし、優しいし、凄い、私の憧れるお方なんです!!」
妖夢の顔色が青ざめている。それでも主のことを必死に信じ続けている。私はとても酷いことを言っているんだろう。自分が許せない。
でも止めない。信念を貫くと決めたから。
「妖夢、この寺に来ませんか?みんな歓迎してくれますよ。ここならみんな平等です。一人前なんかにならなくてもいいの。ずっと仲良く暮らしていけるわ。
白玉楼を離れて、私たちと一緒に」
「白玉楼を離れる…?」
「そうです。実は私も半人前なのよ。それも一生、死ぬまでね。だって、入道使いですもの。操る入道がいないと存在すら認めて貰えないわ」
これは本当。私は雲山と二人で一人。雲山がいなければ私は死んでるのと同じ。私一人を見てくれる者なんて姐さんと出会うまでいないと思っていた。
姐さんが初めてだった。私を私として見てくれた。それがとても嬉しくて、そのときから一緒に行動するようになったんだっけ…
「ね、半人前どうし仲良くしましょう。一人前の幽々子様なんてほっとけばいいわ」
手を差し出す。無理矢理作った笑顔を乗せる。そして、妖夢はそんな私の手を……
「お断りします」
取らなかった。無表情で、背中の二刀の剣に手を掛ける。空気が冷たくなっていく。静かな姿からは怒りを感じさせている。
「幽々子様を捨てる、そんなこと出来ません。それは幽々子様への裏切りに他ならない。こんな半人前を今まで傍に置いて下さった御恩もあります。
それに…幽々子様への想いは、半人前でも決して曲げるわけにはいかないんです!先程の幽々子様への無礼、許せません!!」
これが妖夢の信念。とてつもなくまっすぐで刀のように鋭い。幽々子様の為に生き、幽々子様の為に全てを捧げることを誓ったのだろう。
一人前になろうとしていたのも全部、幽々子様の為だけに行動した。なんて立派な夢。その小さな身体からは信じられないほどの力を感じる。
……もう大丈夫だろう。
「ごめんなさい」
「覚悟してください。私の剣に斬れないものなどほとんどな……って、ええぇーー!今なんて?」
「だからごめんなさい。今までの無礼について謝るわ」
「へあ…あ、そうですか…それはどういたしまして」
妖夢が刀に手を掛けたまま、ポカンと口を開けている。言葉も意味不明だ。そのまましばらく固まって、ハッと何かに気づく。
「一輪さん、私を謀りましたね!嘘ついたんですね!」
「嘘だなんてそんな、私は本気でしたよ。一緒に寺で暮らすって部分は。貴方、小傘と似て弄りがいがありそうですもの。山の巫女に教わった
『幼女を嬲る100の方法』を実践出来るチャンスだと思いまして。さでずむってやつですかね?」
「ヒーーー!!このヒトなんか恐ろしいこと言ってる!」
本当に残念に思う。妖夢なら命蓮寺に入ってもいいと思っていた。もし私の手を取っていたら、みんなを説得するつもりでさえいた。だけど、
妖夢は自分の夢を選んだのだ。それが全てである。
「貴方は自分の夢を捨てなかった。大げさかもしれないけど、とても立派よ。他の人が貴方を認めなくても、半人前だと言われても自分の夢に
誇りを持ちなさい。夢を諦めない限り、貴方は一人前です。私が認めるわ。魂魄 妖夢は一人前であると」
「一輪さん………ありがとうございます」
妖夢は一滴だけ涙を流して、そして青空のように澄み切った笑顔を見せた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それからしばらく互いの他愛もない話に花を咲かせていたが、日が傾いてきたのに妖夢が気づいた。
「あ、そろそろ里に買出しに行かないと。一人前の幽々子様がお腹を空かせて待っていますから」
「あら?本当もうこんな時間。長いこと無駄話につき合わせてしまったわ。今日はありがとうね。楽しかったわ」
「いえいえ、お礼を言うのはこちらですよ。とても嬉しかったです。ありがとうございました」
ううん、やっぱりお礼を言うのは私の方。妖夢に会えて、夢に向かって進むことの大切さを知った。姐さんの言葉の意味が少しは理解出来たと思う。
「あのもう一つ聞いてもいいでしょうか?一輪さんの憧れているヒトって、姐さんという方ですよね?どういった方なんですか、
やっぱり立派な一人前なヒトなんですか?」
妖夢の質問に苦笑いで答えてあげる。
「う~ん、立派だとは思うけど…一人前ではないわね。久々に地上に出てこれたからだろうけど。毎晩、寝るときなんて誰かと一緒じゃないと
寝れないし、お風呂だって誰かが入ってるのに知ってて入ってくるし、ご飯もみんなで揃わないと絶対食べないようなヒトです。寂しがり屋なのよ。
……それでも、自分に正直で、夢を絶対に諦めないヒト。私たち妖怪と人間の平和な世界、誰もが無理だと否定することを成し遂げる為に
信念を貫き続ける強いヒト。私の慕う姐さんはそういうヒトよ」
昔は誰もがそんな世界なんて創れるわけがないと言っていた。そのせいで魔界に封印もされた。夢物語で終わらせられたことをもう一度、
姐さんは叶えようとしている。また誰かに馬鹿にされるんだろうか?無理だと言われるのか?目の前の少女は何と言うのか?そんな考えが浮かぶ。
「凄い、凄いです!一輪さんの姐さんはそんな凄い夢を持っているんですね。一人前になりたいとか、私の夢がちっぽけに思えます。私も憧れます…
是非お会いしてみたいです!」
妖夢が真剣な目で楽しそうに答える。その言葉で私は幸せになれた。姐さんの夢を凄いと言ってくれる者がこの幻想郷にいてくれる。
それだけでこれまでの苦労が報われる気がした。この子に会えて本当に良かったと思える。
「ええ、そうね。今度はみんながいるときに来なさい。紹介してあげるわ、雲山もね。ああでも、毘沙門天とは戦わせないわよ」
「うう、残念です…」
二人して笑いあう。また会う約束もした。楽しみが増えたな、と思う。互いに手を振り、妖夢が帰っていく。が、急に振り返り、
「一輪さん、私も認めます!貴方は一人前です。雲居 一輪は一人前です!!」
大きな声で叫ぶ。どこまでも届きそうな大きな声で。そしてまた、手を大きく振り続けた。
「それではまた、みょん蓮寺にお伺いします。さようなら!一輪姐さん!!!」
「………だから命蓮寺(みょうれんじ)です」
あらあら、いきなり妹分が出来てしまいました。少し恥ずかしい…姐さんも最初はこんな気分だったのかしら?こそばゆい気もするが決して嫌ではない。
むしろ嬉しく思う。フフッ、これからが楽しみです。
「さて、私もそろそろ寺に戻りますか。今晩は私が姐さんの面倒を見てあげましょう。妹分に接する為の練習台になってもらいます」
そして風呂に入りながらでも、私が初めて姐さんと呼んだ日、何を思ったのか聞いてみよう。
まだ私の夢が何なのか分からないが、それでも前に進もう。いつか自分の夢が見つかったとき、その夢を誇れるように強くなる。それが今の私の夢。
姐さんと命蓮寺のみんな、そして新しい妹分がいる。きっと素敵な夢を見つけられるだろう。
「もちろん雲山も一緒にがんばりましょう。私には貴方が必要ですからね!」
広く晴れ渡った夕焼け空が、人と妖怪を問わず良い気分にさせてくれる日のことだった。
この日、二人の少女が一人前になれた記念の日となった。
命蓮寺に住む少女、雲居 一輪はこの日、趣味である門番の仕事に興じていた。聖輦船の守護者をしていたこともあってか、
苦労を感じることもない。どちらかというと家の中に篭っているより、外に出ている方が好きだった。これも彼女の能力と雲山という相方が
いるせいでもあるのだろう。それに、生憎この日は命蓮寺の住人たちは全員出かけてしまっていて、一輪と雲山が留守番役になってしまったのだ。
しかし、真面目な性格をしている一輪は、みんなが帰ってくるまで自分が寺を守るという使命感に借り出され、門番まがいのことをしようと
思い立ったのである。
……とはいっても昔とは違う平和な世の中、誰かが寺を襲うはずもなく、まったりとした時間が流れていくだけだった。
一輪は用意していた水筒に入ったお茶を飲みながら呟く。
「ふ~、それにしても良い天気ですね。雲山も気持ちよさそうに空を漂っています。地底にいた頃は青空なんて見ることができませんでしたし、
地上も昔とは違って妖怪も暮らしやすい世界になりました。これも姐さんが望んだ世界の一つの形、ということになるんでしょうか?」
姐さん。私が慕っている女性、聖白蓮のことを考える。僧侶という立場だったが妖怪にも優しく接してくれたヒト。人間と妖怪の平等な世界を
創ることを夢見たヒト。人間に悪魔と呼ばれ魔界に封印された可哀相なヒト。それでも諦めずに今も夢を追い続けるヒト。
この幻想郷という場所はそんな姐さんの理想を叶えてくれている。妖怪も人も一緒に生きていける世界だ。とうの昔に滅んだと思っていた関係が
ここには残っている。その世界を嬉しく思う。だが、本当にこれでいいのかと疑問に思うことがある。今は良い状況だが、いつかまた人と争うことに
なるのではないか?同じ過ちを繰り返してしまうのではないかと不安になる。
考えれば考えるほどわからない。一度だけ姐さんに質問したことがある。姐さんならきっと正しい答えを教えてくれるに違いないと思ったから。
でも、姐さんは答えてくれなかった。そのかわり、
『ねえ、一輪ちゃん。貴方に夢はある?それがどんな夢でも信念を曲げず、ひたすら進み続けることが大切なのです。私が答えることではない。
貴方が自分の夢を誇れるようになったら、自ずと答えに辿り着けるでしょう』
とだけ話してくれた。夢か、千年以上生きてきたが考えたことがなかった。姐さんと一緒にいることが私の夢だと思っている。それは間違いない。
でも姐さんの言いたいことはそれではないだろう。私の、私自身の夢は……
「たのも~」
そんな疑問に頭を悩ませていると、どこからか声が聞こえてきた。意識を現実に引き戻し、声のした方向に目を向ける。お客さんが参拝にきたのか?
でも普通は「たのも~」なんて言わないわよね。などと不思議に思っていると、
「たのも~」
また声がした。視線を合わせる。そこには一人の可愛らしい少女が立っていた。この少女がさっきの言葉を?とさらに疑問が増えるが、少女の後ろを
見て疑問を納得させる。少女の背には刀が二本提げられていた。
「あ、あの、聞いていますか?」
少女が不安そうな顔で尋ねてくる。そこでまた意識を引き戻し答える。
「え、ええ…聞いていますよ」
「ここって、最近出来たお寺ですよね?名前は確か……みょん蓮寺!」
「命蓮寺(みょうれんじ)です。なにか御用でしょうか?」
名前を間違ったのは置いておくとして、お寺だということは知っているらしい。なのにさっき言ったことは、
「よかった!当たってた。えーと、ではもう一度…たのも~!」
「残念ですがこちらは格闘道場ではありません。お帰りください。さようなら」
うん、可哀相な子だ。関わらないほうが得策だろう。スルーの方向で結論を出し、目を合わせないようにする。
「うわっ、一気に存在しなかったことにされた!ち、違いますよ。私はみょん蓮寺に用があるんです!」
「『みょう』蓮寺です!なんですか?喧嘩売りに来たのかしら?なるほど、今までの発言に納得しました!」
覚悟しなさいと拳を握りしめる。いい度胸だ、やってやるよ!と準備をしていたら少女が慌てて否定しはじめた。
「だから違いますって!喧嘩を売りに来たわけではないですよ。こちらのお寺は毘沙門天を信仰しているとお聞きしたんです!」
「毘沙門天?ええ、命蓮寺は毘沙門天を祀っていますが、それがなにか?」
「戦いを申し込みに来ました!」
「帰れ」
付き合ってられないと、後ろを向き寺に戻ろうとした。だが少女はしつこくしがみついてくる。少し涙目だった。
「す、すいません!一度言ってみたかっただけです。弾幕勝負です、弾幕ごっこを申し込みに来たんです!」
弾幕勝負。姐さんを救出するときに進入してきた巫女や魔女がやってたアレか。頭が可哀相な子というわけではないのね。
少女の意図をやっと理解して納得する。しかし、はいそうですかと通すわけにもいかない。安全とはいえ何が起こるかわからないし、
なにより肝心の毘沙門天(代理)は部下と一緒に出かけているのだ。「わーい!ナズーリンとデートです」とはしゃいでいたのを思い出した。
「申し訳ありません。本日、毘沙門天は所用で出かけています。お引取り下さい」
とりあえず簡潔に事実を伝える。早く帰ってほしかった。少女も納得したのか、うんうんと頷いている。
「そうですか。私もさすがにすぐ戦えるとは思っていませんでしたが…はい、わかりましたよ!先に門番を倒さないと戦ってやらないということですね!
私としたことが、大ボスの前には中ボスがいることを失念していました」
この子何もわかってねぇーーー!!とショックを受ける。しかも少女はやる気満々で刀を抜き、構え始めた。
「名乗るのが遅れました。私は冥界、白玉楼で庭師兼剣術指南役を務めています。魂魄 妖夢と申します!それではいざ尋常に勝負!!」
少女の雰囲気が一変する。この子強い……一瞬にして悟る。仕方ない、やるしかないようですね。私も気持ちを切り替える。
「雲山、いらっしゃい」
私の周りに白い煙が集まってくる。雲入道。私の大切な相方。雲山が己の姿を形作る。さあ、久しぶりの戦いです。一緒にがんばりましょう。
そして、少女に向かい合う。互いに緊張が走る。戦いの秘訣、相手の動きをよく観ること。それを胸に刻み、少女の動きに気を張る。
少女は動かなかった。さすが剣士ですね、落ち着いている。と感心した。これは油断できない。微動だにせず、刀だけを震わせているなんて………
ん?震わせている?変な疑問が沸き起こる。少女の刀がすごい振動で震えていたのだ。ブルブルブルブルブルブル………と。
何なんだこの動きはと少女の顔を見る。そこにはまるで恐ろしいものを見たかのような、青ざめた表情があった。
訳が分からないがとりあえず一歩前に進む。そうしたら少女が一歩後ろに下がる。もう一歩進む。少女が下がる。それを何度も繰り返した。
その度に、少女の震えと表情が酷くなっていく。ガクガクブルブル、震えが体中に広がりきった頃、私も我慢の限界にきていた。
「貴方、一体何がしたいの!さっきから引いてばかりで!」
イライラしたせいか、怒鳴りつける形で喋ってしまった。それに驚いて少女がしりもちをつく。遂には泣き出してしまった。えっ!?なんで泣くの?
まずかったかと思い。心配になって少女に駆け寄ろうと足を踏み出したとき、
「うう、こ、来ないで、来ないで…」
少女が涙を流し懇願し始めた。異常な反応に戸惑ってしまうが、やっぱり放っておけなくなって少女の下へ走り出した。
「えぐっ、来ないでください!お願いします!」
「ど、どうしたの?大丈夫?!」
「おおお、お、お、おおおおお」
少女の目の前まで辿り着く。何とかしようと手を伸ばしたそのとき。
「おおお、お、お化け~~~~~~~~!!!!!」
大きい声で叫び、そのまま泡を吹いて気絶してしまった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「落ち着いたかしら?はい、お茶」
「…ど、どうもありがとうございます」
お茶の入ったコップを渡す。少女はまだ少しビクビクしながらコップを受け取った。
あれから大変だった。気絶したと思ったら突然苦しそうな声で、「お化け怖い雲のお化け怖い親父お化け怖い……」と唸りだすし、
一回気がついたかと思うと、心配そうにしている雲山を見てまた気絶するわでもう勝負所ではなかった。とりあえず、気絶の原因がなんとなく
わかってきたので雲山に離れてもらった。あんなに哀愁漂わせた雲山なんて見たことがない。ゴメンナサイ…
まあそんなこんなで、今は目を覚ました少女と並んでお茶を啜っている。
「す、すいません。私どうにもお化けが苦手で、お見苦しいところを見せちゃいました…」
「いいのよ、誰にだって苦手なものくらいあるわ」
フォローするが、少女の近くを浮遊している人魂?を見る。確か、冥界にいるって言ってたわよね?これも幽霊じゃないの?などと疑問が浮かぶ。
「貴方、ええと、魂魄 妖夢でしたっけ?魂魄さん」
「あ、妖夢で構いませんよ」
「では、妖夢。毘沙門天は本当に出かけていて寺にはいないのです。そして、さっきのはお化けではありません。雲山といって雲入道という種族の
れっきとした妖怪です」
「ええっ、本当だったんですか!とんだ勘違いをしてしまいました…ご、ごめんなさい!あ、でも雲の親父さんはお化けじゃないんだ。よかった……」
「雲山は私の相方でもあります。そういえば私も名乗っていませんでしたね。雲居 一輪。一輪と呼んで下さい」
今更な気がするが一応自己紹介をする。礼儀は大事だと姐さんも言っていた。妖夢も律儀に頭を下げて、「よろしくお願いします。一輪さん」と返事をする。
紹介も終えたところで彼女に会って一番最初に抱いた疑問を聞いてみることにした。
「妖夢、質問があるのだけど、なぜ貴方は毘沙門天と戦おうとしたの?」
「はい、それは、一人前になる為です。毘沙門天といえば戦いの神と呼ばれるほどの強さを持ったお方だと聞いています。私も剣士として
一度手合わせをしてみたいと考えていました。もし、毘沙門天に勝つことができたら私も一人前だと幽々子様に認めてもらえると思ったんです」
はあ、戦いの神ねぇ。話を聞きながら、うちの毘沙門天(代理)を思い浮かべる。里まで買出しに行ったら財布を失くし、筆を失くしたと言うから
貸してあげたら三分後に失くしていた(部屋の中だったのに)、帰り道が書かれた地図を失くして迷子になったこともあったわね(紅魔館にて無事保護)。
うん、出かけててよかった。少女の夢をぶち壊すことになるところだった。冷や汗が流れる。
「ああ、でも勘違いはするし、気絶なんてみっともない姿を晒したり、迷惑ばっかりかけてしまいました……これじゃあ一人前なんて絶対なれませんよね」
あはは、と空笑いをする妖夢。さっき出会ったばかりだが、彼女は真面目な性格なんだろうなと感じる。それでいて、自分にとても不器用なのだろう。
そんな彼女が自分の気持ちを誤魔化すように無理矢理笑っているのを見るのが辛かった。
「いつも必ずどこかで失敗しちゃうから幽々子様にも半人前と言われるんですよね。半人半霊の私にピッタリです。これからもずっと、誰にも認めて貰えない
半人前でいるんだと思います。そんな一生半人前が一人前を目指す。我ながら笑えます」
そう言いながら妖夢は涙を浮かべて笑う。私はどうするべきなんだろう?姐さんならきっと優しく慰めてあげるに違いない。そして、一人前になる為の
道を指し示すのだ。今すぐに姐さんに代わってほしかった。でも姐さんはいない。私が助けてあげなければならない。姐さんだったらどうするんだろう?
姐さんなら……そう考えていると、ふと姐さんの言葉を思い出す。
―――どんな夢でも信念を曲げず、進み続けることが大切なのです―――
いけない、私は全然違うことを考えていた。夢が叶わないと泣いている少女を目の前にして、姐さんの真似をしようとしていた。それでは駄目だ……
そんな真似事に信念などあるはずがない。形だけの誠意で夢を語ったところで、真剣に悩む彼女に届くわけがないのだ。
私にできることを、私が信念を持って接しないと助けてあげられない。それに気がついたら、後は口が勝手に動き出していた。
「ねえ、なんで半人前でいることが嫌なの?」
「……………えっ?」
「さっきから一人前になりたいって言っているけど、半人前の何が駄目なの?」
「そ、それは、当然じゃないですか。誰だって中途半端な半人前なんかより、立派な何でも出来る一人前の方が良いに決まっています!」
「それが理由?じゃあ聞くけど貴方の知っている一人前って誰のことなの?」
「幽々子様です。私の主なんですけど立派な方です!」
妖夢が誇らしげに言う。幽々子様。さっきも名前を聞いたが、白玉楼の主なのだろう。妖夢の顔を見れば、本当に素晴らしいヒトだと想像がつく。
彼女の主か、一度会ってみたいと思う。だが、今はそれを置いておく。
「そう、それなら貴方はいらないわよね」
「は?な、何を言ってるんですか!」
「だって貴方が今言ったんじゃないの。一人前は何でも出来るって。それは要するに幽々子様は何でも出来るということですよね。だったら、貴方が
一緒にいるのはおかしいと思ったのよ」
「あ…え、違……」
「違う?なら、幽々子様は一人前ではないわね」
「幽々子様は一人前です!何でも出来るし、優しいし、凄い、私の憧れるお方なんです!!」
妖夢の顔色が青ざめている。それでも主のことを必死に信じ続けている。私はとても酷いことを言っているんだろう。自分が許せない。
でも止めない。信念を貫くと決めたから。
「妖夢、この寺に来ませんか?みんな歓迎してくれますよ。ここならみんな平等です。一人前なんかにならなくてもいいの。ずっと仲良く暮らしていけるわ。
白玉楼を離れて、私たちと一緒に」
「白玉楼を離れる…?」
「そうです。実は私も半人前なのよ。それも一生、死ぬまでね。だって、入道使いですもの。操る入道がいないと存在すら認めて貰えないわ」
これは本当。私は雲山と二人で一人。雲山がいなければ私は死んでるのと同じ。私一人を見てくれる者なんて姐さんと出会うまでいないと思っていた。
姐さんが初めてだった。私を私として見てくれた。それがとても嬉しくて、そのときから一緒に行動するようになったんだっけ…
「ね、半人前どうし仲良くしましょう。一人前の幽々子様なんてほっとけばいいわ」
手を差し出す。無理矢理作った笑顔を乗せる。そして、妖夢はそんな私の手を……
「お断りします」
取らなかった。無表情で、背中の二刀の剣に手を掛ける。空気が冷たくなっていく。静かな姿からは怒りを感じさせている。
「幽々子様を捨てる、そんなこと出来ません。それは幽々子様への裏切りに他ならない。こんな半人前を今まで傍に置いて下さった御恩もあります。
それに…幽々子様への想いは、半人前でも決して曲げるわけにはいかないんです!先程の幽々子様への無礼、許せません!!」
これが妖夢の信念。とてつもなくまっすぐで刀のように鋭い。幽々子様の為に生き、幽々子様の為に全てを捧げることを誓ったのだろう。
一人前になろうとしていたのも全部、幽々子様の為だけに行動した。なんて立派な夢。その小さな身体からは信じられないほどの力を感じる。
……もう大丈夫だろう。
「ごめんなさい」
「覚悟してください。私の剣に斬れないものなどほとんどな……って、ええぇーー!今なんて?」
「だからごめんなさい。今までの無礼について謝るわ」
「へあ…あ、そうですか…それはどういたしまして」
妖夢が刀に手を掛けたまま、ポカンと口を開けている。言葉も意味不明だ。そのまましばらく固まって、ハッと何かに気づく。
「一輪さん、私を謀りましたね!嘘ついたんですね!」
「嘘だなんてそんな、私は本気でしたよ。一緒に寺で暮らすって部分は。貴方、小傘と似て弄りがいがありそうですもの。山の巫女に教わった
『幼女を嬲る100の方法』を実践出来るチャンスだと思いまして。さでずむってやつですかね?」
「ヒーーー!!このヒトなんか恐ろしいこと言ってる!」
本当に残念に思う。妖夢なら命蓮寺に入ってもいいと思っていた。もし私の手を取っていたら、みんなを説得するつもりでさえいた。だけど、
妖夢は自分の夢を選んだのだ。それが全てである。
「貴方は自分の夢を捨てなかった。大げさかもしれないけど、とても立派よ。他の人が貴方を認めなくても、半人前だと言われても自分の夢に
誇りを持ちなさい。夢を諦めない限り、貴方は一人前です。私が認めるわ。魂魄 妖夢は一人前であると」
「一輪さん………ありがとうございます」
妖夢は一滴だけ涙を流して、そして青空のように澄み切った笑顔を見せた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それからしばらく互いの他愛もない話に花を咲かせていたが、日が傾いてきたのに妖夢が気づいた。
「あ、そろそろ里に買出しに行かないと。一人前の幽々子様がお腹を空かせて待っていますから」
「あら?本当もうこんな時間。長いこと無駄話につき合わせてしまったわ。今日はありがとうね。楽しかったわ」
「いえいえ、お礼を言うのはこちらですよ。とても嬉しかったです。ありがとうございました」
ううん、やっぱりお礼を言うのは私の方。妖夢に会えて、夢に向かって進むことの大切さを知った。姐さんの言葉の意味が少しは理解出来たと思う。
「あのもう一つ聞いてもいいでしょうか?一輪さんの憧れているヒトって、姐さんという方ですよね?どういった方なんですか、
やっぱり立派な一人前なヒトなんですか?」
妖夢の質問に苦笑いで答えてあげる。
「う~ん、立派だとは思うけど…一人前ではないわね。久々に地上に出てこれたからだろうけど。毎晩、寝るときなんて誰かと一緒じゃないと
寝れないし、お風呂だって誰かが入ってるのに知ってて入ってくるし、ご飯もみんなで揃わないと絶対食べないようなヒトです。寂しがり屋なのよ。
……それでも、自分に正直で、夢を絶対に諦めないヒト。私たち妖怪と人間の平和な世界、誰もが無理だと否定することを成し遂げる為に
信念を貫き続ける強いヒト。私の慕う姐さんはそういうヒトよ」
昔は誰もがそんな世界なんて創れるわけがないと言っていた。そのせいで魔界に封印もされた。夢物語で終わらせられたことをもう一度、
姐さんは叶えようとしている。また誰かに馬鹿にされるんだろうか?無理だと言われるのか?目の前の少女は何と言うのか?そんな考えが浮かぶ。
「凄い、凄いです!一輪さんの姐さんはそんな凄い夢を持っているんですね。一人前になりたいとか、私の夢がちっぽけに思えます。私も憧れます…
是非お会いしてみたいです!」
妖夢が真剣な目で楽しそうに答える。その言葉で私は幸せになれた。姐さんの夢を凄いと言ってくれる者がこの幻想郷にいてくれる。
それだけでこれまでの苦労が報われる気がした。この子に会えて本当に良かったと思える。
「ええ、そうね。今度はみんながいるときに来なさい。紹介してあげるわ、雲山もね。ああでも、毘沙門天とは戦わせないわよ」
「うう、残念です…」
二人して笑いあう。また会う約束もした。楽しみが増えたな、と思う。互いに手を振り、妖夢が帰っていく。が、急に振り返り、
「一輪さん、私も認めます!貴方は一人前です。雲居 一輪は一人前です!!」
大きな声で叫ぶ。どこまでも届きそうな大きな声で。そしてまた、手を大きく振り続けた。
「それではまた、みょん蓮寺にお伺いします。さようなら!一輪姐さん!!!」
「………だから命蓮寺(みょうれんじ)です」
あらあら、いきなり妹分が出来てしまいました。少し恥ずかしい…姐さんも最初はこんな気分だったのかしら?こそばゆい気もするが決して嫌ではない。
むしろ嬉しく思う。フフッ、これからが楽しみです。
「さて、私もそろそろ寺に戻りますか。今晩は私が姐さんの面倒を見てあげましょう。妹分に接する為の練習台になってもらいます」
そして風呂に入りながらでも、私が初めて姐さんと呼んだ日、何を思ったのか聞いてみよう。
まだ私の夢が何なのか分からないが、それでも前に進もう。いつか自分の夢が見つかったとき、その夢を誇れるように強くなる。それが今の私の夢。
姐さんと命蓮寺のみんな、そして新しい妹分がいる。きっと素敵な夢を見つけられるだろう。
「もちろん雲山も一緒にがんばりましょう。私には貴方が必要ですからね!」
広く晴れ渡った夕焼け空が、人と妖怪を問わず良い気分にさせてくれる日のことだった。
この日、二人の少女が一人前になれた記念の日となった。
星さんうっかりすぎるwww
でも後書きに笑ったのでこの点数で。