☆いろいろバランスが難しい今日このごろ☆
☆それでもよろしければ☆
人間、いや妖怪であっても思い違いやすれ違いというものは存在する。一度掛け違ったボタンをはめ直すのは容易なことでは無い。
ましてや、500年近い年月が経ってしまっているのならば尚更だ。
私は、ここに来て100年にも満たない若輩だが、そんな私でも、あの姉妹の間に横たわる溝は相当に深いのだと感じていた。
つい、最近までは。
これからお話しするエピソードは、本来秘匿されたまま腐りゆくべき性質のものであり、世間に露見すれば、紅魔館の威信と品格に傷を付けかねないという事だけは知っておいていただきたい。
しかしながら、私が味わった感情を皆様にお伝えするためには、この一件をお話しする以外に方法がないのもまた事実。
私の主ならば、何か別の手段を思いつくのかもしれないが、きっと相談したところで『読書の邪魔をしないで』と冷たくあしらわれるのが関の山であろう。
だから、私は決意する。
※
※
※
小悪魔は緊張していた。
音も気配もなく近づいてきたフランドールに突然飛びかかられ、薄暗い本棚の森へと押し込まれたのだ。
息は荒く、僅かに嗚咽を含んでいた。そんな、いつもと違うフランドールの様子に困惑しつつも声を掛ける。
「あ、あの……フランドール様?」
「こあくま~」
普段より幼さの増した感じがする呼びかけ。先ほどから馬乗りにされている現実と感触も相まって、小悪魔の中に妙な感情が広がりつつあった。
だが、彼我の戦力差はあまりに絶大。
片や紅魔館最凶の破壊力を有する妹様。片や4面中ボスのしがない小悪魔。
戦う前から結果は見えていた、いや戦いたいわけでもないが。
「どうされたんですか。とりあえず落ち着いて下さい。私なんか食べても、きっとおいしくないですからぁ」
半ば懇願めいた必死さで、フランドールを制止する。
主人に助けを求めることも考えたが、おそらくあのパチュリーのこと、本に集中している以上この異変に気がつくはずもない。
当たり判定が見た目通りの大弾を放ち、他作品からやってきたプレイヤーに対して初見殺しをする以外、特に際だった才を持たない身としては、フランドールに気まぐれを起こされた瞬間、死を覚悟せねばならない。
そんな恐怖と途惑いは、フランドールの頬を伝い、今もその大きな瞳に溜まり続ける水滴を見て吹き飛んだ。
紅霧異変を経てから、限定的とはいえ館内での行動を容認されたフランドール。
そんな彼女が暮らしの中で少しずつ感情を取り戻していく様は、住人全てから、いや、姉であるレミリア以外からは微笑ましく見られていたはずだ。
だから小悪魔は直感した、この涙の原因は彼女の姉であると。
レミリア=スカーレット。
紅魔館の主にして、偉大なるツェペシュの末裔。その幼き体躯からは想像できない身体能力と異能を持ち、幻想郷の勢力図の一角として君臨する存在。
彼女は、小悪魔の知る限り、妹であるフランドールに良い感情を抱いていない。
それが、どういった理由から来るものかまでは分からないが、彼女を長きに渡り暗く狭い地下室に閉じこめていたのは紛れもなくレミリアなのだ。
この際、自己の生死に対する心配は後回しにして、フランドールから詳しい話を聞くべきだろうか。
小悪魔は、ぼんやりとそんなことを考えていた。
「落ち着かれましたか?」
「……うん」
いまだ泣きやまないフランドールを連れ、図書館に併設された自室へと案内する。
手早く湯を沸かし、長年の経験により鍛えられた紅茶の腕を惜しみなく発揮。張っておいたお湯にカップとソーサーを通し、紅茶本来の風味を殺さないように気を使いながらミルクと砂糖を適宜加えていく。
買い置きしておいた私物のクッキーを戸棚から取り出して、バケットに盛る。
「お待たせしました、どうぞ」
ことん、と置かれた『小悪魔憩いのセット』を見て、フランドールの目が驚きに見開かれる、そして。
「ふみゅ……」
ぽたり、とミルクティーに新たな波紋が広がる。その数は時と共に増し続け、小悪魔を混乱させた。
しまった、やはり買い置きのクッキーは拙かったか。
本以外に執着を示さない我が主とは違うのだ、せめて貯蔵庫から『美鈴の特製ブルーベリージャム』でもパチッてくるべきだった。
「すみません、すぐに別の物を」
「ううん、違うの……違わないけど、違うの」
ぶんぶんと手を振って、否定の意志を示すフランドール。そのまま、深く俯いてしまう。
結局、この日フランドールから詳しい話を聞き出すことは叶わなかった。
泣き疲れて眠った彼女を自室のベッドまで運び、静かに横たえさせる。
こうなれば、他の方法で真相に迫るしかない。小悪魔は決断した。
※
※
※
「どうした、珍しいじゃないか」
時刻は夜半、小悪魔は何かに突き動かされるようにレミリアの元へやってきていた。
すぐ傍には咲夜が控え、優雅に紅茶を啜る夜の王。
「まずは突然の訪問、お詫び申し上げます」
「挨拶はいい。用事があるなら早く言え」
至極、支配者らしい物言いをしてのける。事実彼女は、その振る舞いを咎められぬ程の実力を有しているのだが。
早く言え、と言われれば、これ以上言を弄する事でレミリアの機嫌を悪くしてしまいかねない。
「泣いて、おられました」
「……フランか」
「お心当たりが、お有りなんですね?」
「ふん」
薄く鼻を鳴らす。興味など無い、と言わんばかりの態度に小悪魔の眼前が紅く黒く染まる。
それをギリギリ精神力でねじ伏せて、核心に迫るべく質問する。
「いったい、何があったんですか。妹様は仰って下さらなくて」
「小悪魔」
静かな、しかしよく通る声で。
「お前は、私の、何だ?」
度を超えた行為だと断じられる。スッと、小悪魔に冷静さが戻ってくる、同時に己が冒した危険も、強引に認識させられる。
客人の従者である身を思い出させられる。
無意識に体が震える。
「…………出過ぎたことを……申し上げました」
やっと出てきた自身の言葉に、小悪魔は愕然とした。
フランドールが泣いていた原因を、突き止めるんじゃなかったのか?
崩れた決意の残骸を眺め、悔しさに拳を振るわせる。
「そう、怯えるな。確かに出過ぎた真似だとは思うが、身の程を弁えずにやってきたことは褒めてやる」
レミリアは笑みすら浮かべ、小悪魔を賞讃する。
「別に、そう難しい話じゃあない。フランが作った菓子を処分した。それだけの話だ」
「え?」
「それを、フラン本人に伝えた。だから泣いていたんだろうよ」
言い終わって、また紅茶を一口。
小悪魔は驚いた。レミリアが語った内容に、ではない。気づいてしまったのだ。
すうっと大きく息を吸い込んで、碌に推敲もせず声に出す。
「私は」
ああ、これは死んだな、と思いながらも止められない。
「ボムやエクステンドを出すくらいしか能のない小者ですが、今のレミリア様ほど愚かではありません」
静寂が部屋全体を支配する。
主人への侮辱を聞いた咲夜が、空いた手にナイフを出現させる。
しかし、レミリアの腕が水平に挙げられる。咲夜が驚きを含んだ眼差しを主人へ向けた。
「失礼します」
ただ、ひと言。ぶつけるように言い捨てて、小悪魔はしっかりとした足取りで部屋をでた。
カツカツと廊下に響く一定のリズムを聴きながら、レミリアは呟く。
「……無様だな」
「申し訳ございません」
咲夜が頭を下げる。それを見たレミリアが、自嘲的に口元を歪めて。
「そうじゃない、がな」
「承知しております」
頭を下げた姿勢のまま、咲夜が言った。
※
※
※
小悪魔は悪魔である。
何を今更、と思われるかもしれないが前提として必要な要素なので仕方がない。
悪魔とは、人の魂を堕落へと導き、汚すことを生業とする存在で。
『虚言』を操り『偽り』を駆使して目的を成す。
それは使役される立場になっても変わらず、ささやかな言い回しや語彙の違いを以て、人を惑わすなど朝飯前なのである。
だから、彼女は気づいてしまった。
レミリアのついた嘘に。
いや、あれは嘘とは言えないのかもしれない。
だが、フランドールを傷つけた時点で単なる嘘よりも質の悪いモノへと変貌を遂げた。
それが、小悪魔には許せなかった。
だから、小悪魔は行動する。
「突然どうしたんですか? ゴミを見せて欲しいだなんて」
調理場担当の妖精メイドが、怪訝な顔で訊いてくる。
「ちょっとね、気になることがあって」
目的は言えない。どこからレミリアの耳に入るか分からないのだ。曖昧に返しつつ、ゴミを漁る手は止めない。
妖精メイドが、呆れた様子で去っていく。手は止めない。
今日出たゴミは、全てみせてもらった。
その瞬間、小悪魔は自分の論理が補強されるのを感じ取った。
『無い』
ゴミの中に菓子や小麦粉に準ずるものは発見出来なかった。
フランドールの様子から考えて、彼女が作った菓子はクッキーなのだろう。少なくとも小麦粉を使った何か、ではあったはずだ。
「……どうしようもねぇな」
普段の飾った口調も忘れ、小悪魔はゴミまみれの姿で空を仰いだ。
※
※
※
どうあってもままならないことは、生きていく中でも多々あって。
それでも、なんとか藻掻きながら生きていて。
それに比べれば、今回の一件なんてどうでもいいことなのかもしれなくて。
「あの~、咲夜さん」
「なにかしら?」
「出来れば、仕舞ってくれませんかね、そのナイフ」
「貴女が、おかしな真似を止めれば、すぐにでも」
小悪魔は困っていた。
この完全で瀟洒なメイドの目を盗めると勘違いしたのが、そもそもの間違いだったのか。
背後を取られ、背中にナイフを当てられて、ビンのふたを開けようとした姿勢のまま固まっていた。
「何が目的?」
「……馬鹿なガキにお仕置きを」
ぐりっ
「いたたたたた」
「口の利き方に気をつけなさい」
浅くナイフをねじ込まれ、小悪魔はそれでもおどけた様子を崩さずに言う。
「甘やかすばかりが、子育てじゃ無いでしょうに」
「遺言は、それでいいのかしら?」
背中にさらなる力が加わる。
「待った、待って下さいよ。そりゃあ、反省してるとは思いますけどね。咲夜さんだって妹様の涙を見たら、同じ気持ちになりますよ、きっと」
「…………」
「例え精神的にでも、横っ面をひっぱたいてやる必要があるんですよ」
「………………」
「誰かがやらなきゃいけないんです」
「………………」
背中の異物感が消え、気づかないうちにガーゼが当てられていた。
「美鈴の様子を見に行く時間だわ。済まないけど、そこの紅茶を図書館にいる『三人』にお持ちしてくれないかしら?」
小悪魔が振り向くと、そこにはすでに咲夜の姿は無かった。
「不肖、小悪魔、全力で実行させていただきます」
誰もいない空間に向かって、小悪魔は深々と一礼した。
※
※
※
きっと、こんな事をしなくても。
いつか時間が解決してくれる。
けれど、それまでにいったいどれだけの涙が流れることになるのか。
想像もつかない。
だから、小悪魔は反逆する。
「失礼します」
心は落ち着いていた。体は自分の思い通りに動き、淀みない。
フランドールの気配を奥に感じる。こちらを窺っているのだろう。
ふたつのカップに紅茶を注ぎ、レミリアとパチュリーに出す。
「どうぞ」
二本の腕がカップに伸びる。ふたりが揃って口を付ける。
「……!?」
「…………」
パチュリーが乱暴にカップを叩きつけ、小悪魔を睨む。
一方のレミリアは一息に飲み干し、ゆっくりとカップを置く。
「ちょっと小悪魔、なんなのこれは!!」
「申し訳ありません、パチュリー様は巻き添えです」
目を白黒させているパチュリーに心中でもう一度謝りながら、小悪魔はレミリアに向き直る。
「ちょっと見直しました。飲まないようなら、頭からぶっかけてやるつもりだったんですけどね」
「そうか」
「ちなみに、紅茶に仕込んだのはコイツです」
ポケットから取り出したビンには『KICK YO ASS Hot Sauce』(お前のケツを蹴る)と書かれていた。
「炒めたニンニクの入ったタバスコです。美味しかったですか?」
「美味しいわけがないだろ」
「いいえ、私が訊いているのは『妹様の作ったクッキー』の事ですよ」
その言葉と同時に、猛烈な勢いで隣室の扉が開け放たれた。
フランドールは、事態を飲み込みきれていなかった。
こうして飛び出してしまってからも、どうしたらいいのか分からず、小悪魔とレミリアを交互に見やるしかなかった。
「『処分』って便利な言葉ですよね。レミリア様の胃袋に入っても『処分』には違いありませんから」
小悪魔は止まらない。
「処分した、なんて妹様を意図的に傷つけようとでも思わない限り、言わなくてもいいことですよね、本人には。それを伝える意図が別にあったとしたら」
小悪魔は止まらない。
「スカーレットの家に過去、何があったかなんて知りませんし、興味もありません」
小悪魔は止まらない。
「それでも」
小悪魔は止まらない。
「妹の作ったクッキーくらい、素直に『美味しかった』って言ってやれよ、馬鹿野郎!!!!」
小悪魔が止まる。レミリアもフランドールもパチュリーも。
カチャリ
最初に動いたのは、やはり小悪魔だった。
残った、一組のカップに先ほどの紅茶を入れ、フランドールの元へ歩み寄った。
「後は、お二人の問題です。……もう、大丈夫だとは思いますけどね」
フランドールは、カップを受け取り、静かに口を付けた。
「………………………………不味いね」
「ええ、時間の経った紅茶は不味いんですよ」
小悪魔は、フランドールの笑顔を見つめて言った。
☆それでもよろしければ☆
人間、いや妖怪であっても思い違いやすれ違いというものは存在する。一度掛け違ったボタンをはめ直すのは容易なことでは無い。
ましてや、500年近い年月が経ってしまっているのならば尚更だ。
私は、ここに来て100年にも満たない若輩だが、そんな私でも、あの姉妹の間に横たわる溝は相当に深いのだと感じていた。
つい、最近までは。
これからお話しするエピソードは、本来秘匿されたまま腐りゆくべき性質のものであり、世間に露見すれば、紅魔館の威信と品格に傷を付けかねないという事だけは知っておいていただきたい。
しかしながら、私が味わった感情を皆様にお伝えするためには、この一件をお話しする以外に方法がないのもまた事実。
私の主ならば、何か別の手段を思いつくのかもしれないが、きっと相談したところで『読書の邪魔をしないで』と冷たくあしらわれるのが関の山であろう。
だから、私は決意する。
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小悪魔は緊張していた。
音も気配もなく近づいてきたフランドールに突然飛びかかられ、薄暗い本棚の森へと押し込まれたのだ。
息は荒く、僅かに嗚咽を含んでいた。そんな、いつもと違うフランドールの様子に困惑しつつも声を掛ける。
「あ、あの……フランドール様?」
「こあくま~」
普段より幼さの増した感じがする呼びかけ。先ほどから馬乗りにされている現実と感触も相まって、小悪魔の中に妙な感情が広がりつつあった。
だが、彼我の戦力差はあまりに絶大。
片や紅魔館最凶の破壊力を有する妹様。片や4面中ボスのしがない小悪魔。
戦う前から結果は見えていた、いや戦いたいわけでもないが。
「どうされたんですか。とりあえず落ち着いて下さい。私なんか食べても、きっとおいしくないですからぁ」
半ば懇願めいた必死さで、フランドールを制止する。
主人に助けを求めることも考えたが、おそらくあのパチュリーのこと、本に集中している以上この異変に気がつくはずもない。
当たり判定が見た目通りの大弾を放ち、他作品からやってきたプレイヤーに対して初見殺しをする以外、特に際だった才を持たない身としては、フランドールに気まぐれを起こされた瞬間、死を覚悟せねばならない。
そんな恐怖と途惑いは、フランドールの頬を伝い、今もその大きな瞳に溜まり続ける水滴を見て吹き飛んだ。
紅霧異変を経てから、限定的とはいえ館内での行動を容認されたフランドール。
そんな彼女が暮らしの中で少しずつ感情を取り戻していく様は、住人全てから、いや、姉であるレミリア以外からは微笑ましく見られていたはずだ。
だから小悪魔は直感した、この涙の原因は彼女の姉であると。
レミリア=スカーレット。
紅魔館の主にして、偉大なるツェペシュの末裔。その幼き体躯からは想像できない身体能力と異能を持ち、幻想郷の勢力図の一角として君臨する存在。
彼女は、小悪魔の知る限り、妹であるフランドールに良い感情を抱いていない。
それが、どういった理由から来るものかまでは分からないが、彼女を長きに渡り暗く狭い地下室に閉じこめていたのは紛れもなくレミリアなのだ。
この際、自己の生死に対する心配は後回しにして、フランドールから詳しい話を聞くべきだろうか。
小悪魔は、ぼんやりとそんなことを考えていた。
「落ち着かれましたか?」
「……うん」
いまだ泣きやまないフランドールを連れ、図書館に併設された自室へと案内する。
手早く湯を沸かし、長年の経験により鍛えられた紅茶の腕を惜しみなく発揮。張っておいたお湯にカップとソーサーを通し、紅茶本来の風味を殺さないように気を使いながらミルクと砂糖を適宜加えていく。
買い置きしておいた私物のクッキーを戸棚から取り出して、バケットに盛る。
「お待たせしました、どうぞ」
ことん、と置かれた『小悪魔憩いのセット』を見て、フランドールの目が驚きに見開かれる、そして。
「ふみゅ……」
ぽたり、とミルクティーに新たな波紋が広がる。その数は時と共に増し続け、小悪魔を混乱させた。
しまった、やはり買い置きのクッキーは拙かったか。
本以外に執着を示さない我が主とは違うのだ、せめて貯蔵庫から『美鈴の特製ブルーベリージャム』でもパチッてくるべきだった。
「すみません、すぐに別の物を」
「ううん、違うの……違わないけど、違うの」
ぶんぶんと手を振って、否定の意志を示すフランドール。そのまま、深く俯いてしまう。
結局、この日フランドールから詳しい話を聞き出すことは叶わなかった。
泣き疲れて眠った彼女を自室のベッドまで運び、静かに横たえさせる。
こうなれば、他の方法で真相に迫るしかない。小悪魔は決断した。
※
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※
「どうした、珍しいじゃないか」
時刻は夜半、小悪魔は何かに突き動かされるようにレミリアの元へやってきていた。
すぐ傍には咲夜が控え、優雅に紅茶を啜る夜の王。
「まずは突然の訪問、お詫び申し上げます」
「挨拶はいい。用事があるなら早く言え」
至極、支配者らしい物言いをしてのける。事実彼女は、その振る舞いを咎められぬ程の実力を有しているのだが。
早く言え、と言われれば、これ以上言を弄する事でレミリアの機嫌を悪くしてしまいかねない。
「泣いて、おられました」
「……フランか」
「お心当たりが、お有りなんですね?」
「ふん」
薄く鼻を鳴らす。興味など無い、と言わんばかりの態度に小悪魔の眼前が紅く黒く染まる。
それをギリギリ精神力でねじ伏せて、核心に迫るべく質問する。
「いったい、何があったんですか。妹様は仰って下さらなくて」
「小悪魔」
静かな、しかしよく通る声で。
「お前は、私の、何だ?」
度を超えた行為だと断じられる。スッと、小悪魔に冷静さが戻ってくる、同時に己が冒した危険も、強引に認識させられる。
客人の従者である身を思い出させられる。
無意識に体が震える。
「…………出過ぎたことを……申し上げました」
やっと出てきた自身の言葉に、小悪魔は愕然とした。
フランドールが泣いていた原因を、突き止めるんじゃなかったのか?
崩れた決意の残骸を眺め、悔しさに拳を振るわせる。
「そう、怯えるな。確かに出過ぎた真似だとは思うが、身の程を弁えずにやってきたことは褒めてやる」
レミリアは笑みすら浮かべ、小悪魔を賞讃する。
「別に、そう難しい話じゃあない。フランが作った菓子を処分した。それだけの話だ」
「え?」
「それを、フラン本人に伝えた。だから泣いていたんだろうよ」
言い終わって、また紅茶を一口。
小悪魔は驚いた。レミリアが語った内容に、ではない。気づいてしまったのだ。
すうっと大きく息を吸い込んで、碌に推敲もせず声に出す。
「私は」
ああ、これは死んだな、と思いながらも止められない。
「ボムやエクステンドを出すくらいしか能のない小者ですが、今のレミリア様ほど愚かではありません」
静寂が部屋全体を支配する。
主人への侮辱を聞いた咲夜が、空いた手にナイフを出現させる。
しかし、レミリアの腕が水平に挙げられる。咲夜が驚きを含んだ眼差しを主人へ向けた。
「失礼します」
ただ、ひと言。ぶつけるように言い捨てて、小悪魔はしっかりとした足取りで部屋をでた。
カツカツと廊下に響く一定のリズムを聴きながら、レミリアは呟く。
「……無様だな」
「申し訳ございません」
咲夜が頭を下げる。それを見たレミリアが、自嘲的に口元を歪めて。
「そうじゃない、がな」
「承知しております」
頭を下げた姿勢のまま、咲夜が言った。
※
※
※
小悪魔は悪魔である。
何を今更、と思われるかもしれないが前提として必要な要素なので仕方がない。
悪魔とは、人の魂を堕落へと導き、汚すことを生業とする存在で。
『虚言』を操り『偽り』を駆使して目的を成す。
それは使役される立場になっても変わらず、ささやかな言い回しや語彙の違いを以て、人を惑わすなど朝飯前なのである。
だから、彼女は気づいてしまった。
レミリアのついた嘘に。
いや、あれは嘘とは言えないのかもしれない。
だが、フランドールを傷つけた時点で単なる嘘よりも質の悪いモノへと変貌を遂げた。
それが、小悪魔には許せなかった。
だから、小悪魔は行動する。
「突然どうしたんですか? ゴミを見せて欲しいだなんて」
調理場担当の妖精メイドが、怪訝な顔で訊いてくる。
「ちょっとね、気になることがあって」
目的は言えない。どこからレミリアの耳に入るか分からないのだ。曖昧に返しつつ、ゴミを漁る手は止めない。
妖精メイドが、呆れた様子で去っていく。手は止めない。
今日出たゴミは、全てみせてもらった。
その瞬間、小悪魔は自分の論理が補強されるのを感じ取った。
『無い』
ゴミの中に菓子や小麦粉に準ずるものは発見出来なかった。
フランドールの様子から考えて、彼女が作った菓子はクッキーなのだろう。少なくとも小麦粉を使った何か、ではあったはずだ。
「……どうしようもねぇな」
普段の飾った口調も忘れ、小悪魔はゴミまみれの姿で空を仰いだ。
※
※
※
どうあってもままならないことは、生きていく中でも多々あって。
それでも、なんとか藻掻きながら生きていて。
それに比べれば、今回の一件なんてどうでもいいことなのかもしれなくて。
「あの~、咲夜さん」
「なにかしら?」
「出来れば、仕舞ってくれませんかね、そのナイフ」
「貴女が、おかしな真似を止めれば、すぐにでも」
小悪魔は困っていた。
この完全で瀟洒なメイドの目を盗めると勘違いしたのが、そもそもの間違いだったのか。
背後を取られ、背中にナイフを当てられて、ビンのふたを開けようとした姿勢のまま固まっていた。
「何が目的?」
「……馬鹿なガキにお仕置きを」
ぐりっ
「いたたたたた」
「口の利き方に気をつけなさい」
浅くナイフをねじ込まれ、小悪魔はそれでもおどけた様子を崩さずに言う。
「甘やかすばかりが、子育てじゃ無いでしょうに」
「遺言は、それでいいのかしら?」
背中にさらなる力が加わる。
「待った、待って下さいよ。そりゃあ、反省してるとは思いますけどね。咲夜さんだって妹様の涙を見たら、同じ気持ちになりますよ、きっと」
「…………」
「例え精神的にでも、横っ面をひっぱたいてやる必要があるんですよ」
「………………」
「誰かがやらなきゃいけないんです」
「………………」
背中の異物感が消え、気づかないうちにガーゼが当てられていた。
「美鈴の様子を見に行く時間だわ。済まないけど、そこの紅茶を図書館にいる『三人』にお持ちしてくれないかしら?」
小悪魔が振り向くと、そこにはすでに咲夜の姿は無かった。
「不肖、小悪魔、全力で実行させていただきます」
誰もいない空間に向かって、小悪魔は深々と一礼した。
※
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きっと、こんな事をしなくても。
いつか時間が解決してくれる。
けれど、それまでにいったいどれだけの涙が流れることになるのか。
想像もつかない。
だから、小悪魔は反逆する。
「失礼します」
心は落ち着いていた。体は自分の思い通りに動き、淀みない。
フランドールの気配を奥に感じる。こちらを窺っているのだろう。
ふたつのカップに紅茶を注ぎ、レミリアとパチュリーに出す。
「どうぞ」
二本の腕がカップに伸びる。ふたりが揃って口を付ける。
「……!?」
「…………」
パチュリーが乱暴にカップを叩きつけ、小悪魔を睨む。
一方のレミリアは一息に飲み干し、ゆっくりとカップを置く。
「ちょっと小悪魔、なんなのこれは!!」
「申し訳ありません、パチュリー様は巻き添えです」
目を白黒させているパチュリーに心中でもう一度謝りながら、小悪魔はレミリアに向き直る。
「ちょっと見直しました。飲まないようなら、頭からぶっかけてやるつもりだったんですけどね」
「そうか」
「ちなみに、紅茶に仕込んだのはコイツです」
ポケットから取り出したビンには『KICK YO ASS Hot Sauce』(お前のケツを蹴る)と書かれていた。
「炒めたニンニクの入ったタバスコです。美味しかったですか?」
「美味しいわけがないだろ」
「いいえ、私が訊いているのは『妹様の作ったクッキー』の事ですよ」
その言葉と同時に、猛烈な勢いで隣室の扉が開け放たれた。
フランドールは、事態を飲み込みきれていなかった。
こうして飛び出してしまってからも、どうしたらいいのか分からず、小悪魔とレミリアを交互に見やるしかなかった。
「『処分』って便利な言葉ですよね。レミリア様の胃袋に入っても『処分』には違いありませんから」
小悪魔は止まらない。
「処分した、なんて妹様を意図的に傷つけようとでも思わない限り、言わなくてもいいことですよね、本人には。それを伝える意図が別にあったとしたら」
小悪魔は止まらない。
「スカーレットの家に過去、何があったかなんて知りませんし、興味もありません」
小悪魔は止まらない。
「それでも」
小悪魔は止まらない。
「妹の作ったクッキーくらい、素直に『美味しかった』って言ってやれよ、馬鹿野郎!!!!」
小悪魔が止まる。レミリアもフランドールもパチュリーも。
カチャリ
最初に動いたのは、やはり小悪魔だった。
残った、一組のカップに先ほどの紅茶を入れ、フランドールの元へ歩み寄った。
「後は、お二人の問題です。……もう、大丈夫だとは思いますけどね」
フランドールは、カップを受け取り、静かに口を付けた。
「………………………………不味いね」
「ええ、時間の経った紅茶は不味いんですよ」
小悪魔は、フランドールの笑顔を見つめて言った。
>エクステンド
こぁちゃんさらっと嘘言うね。
他のところが追いついていないというか全体としてのアンバランスさをどうにかすればさらによくなると思う。
こぁに惚れたwwwww
ただ文中に「、」が多すぎて、かなり読み辛かったです…。一文に一つくらいで良いかと。
というか奪われた
無礼にも程があるけどね★
ごめん、わからん。
なんでレミがそんな言動をしたかいくつか推測はできたけど、そこ止まりだ。そこまで深く描写してほしかったかな、って思う。なんか後味悪い。
タイトルから悪魔らしい小悪魔を想像していたのですが、
一般的に想像される悪魔とは真逆の存在になっていて残念でした。
「格好良い小悪魔」を求めている方には受けると思いますが。
そういう考え方もあるのか。
とにかくこぁカッコイイよこぁ!
これが一番キた。
こぁかっこよすぎだよ!