※この作品は同作品集内の「私達が見た泡沫の夢」の後の話になります。
一応、読んでなくても大丈夫な話だとは思いますが、見ていただいた方が状況はよりわかりやすいかと思います。
それでは、本編をお楽しみください。
ツンデレとは何か。
気が強いため、好意を寄せている相手を突き放すような態度をとってしまう照れ屋な人物。
あるいは、刺々しい態度をとっていたのが、とあるきっかけを経て急速にデレデレな状態になることを指す場合が多い。
ツンツンデレデレの略語であるこの言葉は、存外に多様性に富んだ用語であり、様々な場合に用いることが出来るのは周知の事実である。
「と、言うわけで! ツンデレ大作戦、作戦会議を開始したいと思います!!」
いや、何がと言うわけなんだろう。と言うツッコミはこの際置いておき、フランドール・スカーレットは親友の宣言に深いため息をついた。
場所はフランの部屋ではなく、紅魔館地下に位置する大図書館。
その中央に用意されたテーブルにはフランとこいしの他に、部屋の主であるパチュリー・ノーレッジ、彼女の使い魔である小悪魔の姿がある。
皆の反応はこれまた様々で、フランは言わずもがなパチュリーまでもがため息をつき、小悪魔にいたっては困ったような苦笑いを浮かべていた。
「あれ、みんなテンション低いよ? どしたのさ?」
「いや、どーもこうも……」
こいしの疑問に、フランは曖昧な返答を零すのみ。
確かに、少し前にそんな話をしたはずだけれども、何もその作戦会議を図書館で行わなくてもいいじゃないかと思うわけで。
心なしか、パチュリーの不愉快指数が鰻上りになっている気がして、正直、フランは気が気でなかったりする。
「フランは今まで、お姉さんに冷たい態度をとっていたわけですよ。いわゆる完全なツン状態です!
今こそ、姉妹仲の進展のためにデレの時期に入るべきだと私は考える!! 10のツンから、9のツン1のデレの時期に入る頃合なのよ!!」
「ほうほう、なるほど!」
こいしの力説に食いつく小悪魔。その表情には「楽しそうだから便乗しよう」なんて言う魂胆がありありと見て取れて、フランは盛大にため息をつく。
そんな中、パタンとパチュリーが本を閉じ、びくりとフランは身を震わせる。
静寂と言うものを好む彼女のこと。この騒々しい状況が彼女にとって不快なものであることは想像するのに難くない。
怒られるのかなと、フランが不安に思っているのをよそに、魔女が口を開く。
「いい加減になさい小悪魔、それからそこのグリコ。ツンとデレの黄金比は7と3に決まっているでしょうが!!」
「パチュリィィィィィィィィィィ!!?」
従者も従者なら主人も主人だった。
フランの驚愕の声もなんのその、魔女はグッと握りこぶしを作るとかまわず力説し始める。
「いい、確かにツンツン状態からの一瞬に見せるデレもある意味では尊いものでしょう。でもね、考えても見なさいあなた達。
ツンデレの黄金比は7体3!! ツンとデレは程よい融和があってこそ真価が発揮される!!
そのギャップがいいのはわかっている。でもね、程よくデレデレになってほしいものなのよ!! 程よく甘えてきてほしいものなのよ!!」
「良くぞ言ったそこの魔女!!」
「誰っ!!?」
喘息は大丈夫なんだろうかと心配になるフランを他所に、言葉を連ねるパチュリーに賛同する見知らぬ誰か。
フランが突如現われた人物に驚愕の声を上げながら視線を向けると、そこには赤いローブを身に纏った銀髪の女性の姿があった。
ぐるぐると回るサイドポニーがプロペラよろしく彼女の体を宙に浮かせている。なんと言うミステリー。
「あ、こちらですね、魔界の神様で神綺さまです。面白そうな話題だったんで呼んでみました!」
「こんな話題で出張ってきていいの魔界の神様!!?」
「大丈夫! 仕事中だったけどこっそり抜け出してきたから!!」
「大丈夫じゃないよそれ!!? 帰って仕事しなよ!!」
小悪魔の言葉と神綺の言葉それぞれにツッコミを入れて、フランは盛大にため息を一つついて、小悪魔に促されてテーブルに座る神綺の姿を見る。
一体いつの間に到着したんだろうという至極当然の疑問が思い浮かんだが、なんだかめんどくさいのでもうどうでもいいやと追求を諦めた。
「ふっふっふ、神様までくるなんて。いよいよこの作戦会議に相応しくなってきたね、フラン」
「神様が参加するのが相応しいツンデレ作戦ってなんなの?」
腕を組んで薄く笑うこいしの言葉にも、浮かんでくるのは呆れ交じりのツッコミだけ。
なんでここのメンバーはこんなにテンションが高いのだろうか。あれか、自分がおかしいのか? と、ちょっと欝に入り始めたフランを他所に、会議は着々と進んでいった。
「やっぱり、きっかけって言うのは大事よね。いきなりデレても相手に不審がられるだけだわ」
「神綺のいう通りね。やっぱり、何かプレゼントを用意して「べ、別にあなたのためじゃないんだからね!!」的な展開がベターかしら」
「うーん、パチュリーのでもありだと思うけど、ちょっとありきたりすぎない?」
「何を言いますこいしさん。この小悪魔から忠言するならば、そのありきたりこそもっとも効果的かつ容易なデレでもあるのですよ!!」
着々と会議を進める一同を、ぼへーっとした様子で眺めるフラン。
作戦を実行する本人そっちのけで会議が進む中、彼女の傍に紅茶が置かれたので其方に視線を向ければ、咲夜が満面の笑みを浮かべて立っていた。
いつの間にいたのだろうとは思ったが、それもいつものことなので何も言わずに再び会議に視線を向ける。
「がんばってくださいね」と耳元で聞こえて、もう一度視線を向けてみるともう咲夜はそこにいなかった。
人事だと思って。そう思いつつ眼前に視線を向ければ、あーでもないこーでもないと作戦を立てる暇人たち。
(まぁ、いいや。どうせ私にはろくな作戦思いつかないし、みんなに任せ―――)
「よし、妹様! 脱ぎましょう!!」
「誰が脱ぐかぁぁぁぁ!!」
華麗な跳躍と共に回転し、遠心力を利用したとび蹴りは、ものの見事にとんでも発言を口にした小悪魔の顔面に突き刺さった。
「ひでぶぅっ!?」などと奇天烈な悲鳴を上げてグルングルン回転しながらすっ飛んでいく小悪魔。
壁に直撃し、頭が刺さって奇妙なオブジェに成り果てたのを確認した後、着地したフランはジト目で作戦立てていたメンバーを睨み付けた。
「あれ、フラン今ので駄目なの?」
「どうして今ので大丈夫だと思ったのか激しく聞きたいんだけどいいかな!?」
「いや、いっそのことまどろっこしい真似はやめてデレの極致で落とそうかと」
「ねぇ神様、途中の過程ってすごく大事だと思うんだ私ッ!! あと私、同性愛者とかじゃないからね!!?」
「大丈夫よ、妹様。姉妹だったらちょっとじゃれあってる感じに―――」
「なるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
駄目だこいつらアテにならねぇ!! と、悟ったフランはダンッと机を叩く。
みんなに任せようかと思ったが、このままだとまた変な作戦を立てられかねない。
フランだってレミリアと仲良くなりたいとは思う。思うのだが、そんな禁忌な関係になりたいとは微塵も思っちゃいないのである。
「きっかけ作りなら普通にお菓子とか作って渡すとかでいいでしょ!!」
『えぇ~』
「何がご不満かなっ!!?」
ブーブー文句を言っていた一同をギロリと睨みつけて黙らせる。神綺にいたってはその迫力に涙目になっていたりする。
もうちょっとガンバレ神様。
「うーん、まぁそれで行くとしても、フランって料理できるの?」
「あ、それは……」
こいしの指摘に、その事実に思い至ったのかフランが顔をしかめる。
それもそのはず、何しろフランは一生のうち殆どを自室で過ごしてきた。
幽閉されていた彼女が、当然、料理など経験したことなどあるはずもなく、自分で提案しておいてなんだがそこまで考えが至らなかった。
咲夜に教えを請う、と言う方法もあるにはあるが、ただでさえ忙しい咲夜を掴まえて教えを請うのも気が引ける。
「お任せください妹様!!」
「うわっ、復活早っ!!?」
後ろから叫ばれて思わず驚いたフランが振り向けば、そこに居たのは先ほどまで壁のオブジェになっていたはずの小悪魔である。
一体どういう耐久力をしているというのか、まったく持ってダメージを追った様子がない彼女は自信満々に胸を張って言葉を続けた。
「お菓子作りなら私が手取り足取り教えて差し上げます。こういったことは得意ですし」
「あら、それなら私も手伝おうかしら。こう見えても、お菓子作りは得意なの」
小悪魔の申し出に、神綺も名乗りを上げてにっこりと微笑んだ。
それは、素直に嬉しいと思える申し出だった。なまじ、忙しい咲夜に頼れない今、こうやって教えを乞える相手がいるのは頼もしい。
「いいの?」
「もちろんですよ」
「えぇ、せっかくここまで付き合ったんですもの。最後まで見届けても罰は当たらないでしょ?」
おせっかいかもしれないけどね、と神綺は苦笑する。
周りを見渡してみれば、こいしも小悪魔も優しく微笑んでいて、パチュリーは照れ隠しにか本で顔を隠して読書をしているのだと装っていた。
それがなんだか嬉しくて、心の中心がほかほかと温かくなるような感覚がして、きゅっと胸の前で手を握る。
徐々に増えていく繋がり。それをあらためてフランは実感して、その温かさを噛み締めるように目を閉じた。
誰かと接することが、こんなにも温かい。永い間、触れ合うことのなかった誰かとの繋がりを忘れぬように、心にしまいこむ。
ゆっくりと、目を開けた。そこには、やっぱり頼りになる友達と、家族と、知人がいる。
「それじゃ、お願いしてもいいかな?」
「もちろんです!」
「えぇ、任せてちょうだい」
フランの言葉に、二人は力強く頷いてくれた。
その後、こいしも料理を少し手伝うことになり、本格的な作戦が決められていく。
十分な作戦を立てた後、彼女達は読書を続けるというパチュリーだけを残して、厨房へと足を向けたのであった。
▼
「お姉さま」
長い廊下を歩いていると呼びかけられて、ふと、レミリア・スカーレットは足を止める。
その澄んだ声に振り向けば、彼女の妹のフランが両腕を自身の背中に隠してそこに立っていた。
はて、とレミリアは首をかしげる。
何しろ、呼び止められた理由がわからない。
自分で言うのもなんだが、彼女は自分の妹に好かれているとは思っていないし、むしろ嫌われて当然だと、そう思っている。
妹を幽閉した張本人。そんな自分に、妹がどうして好意的な感情を抱けようか。
「あら、あなたから話しかけてくれるなんて珍しいわね。一体どういう風の吹き回しかしら?」
だから、自然とレミリアの口調もつけ離すようなものになる。
凍てつくような鋭い視線を向けて、ただ無感情に彼女は自身の妹を視界に納めた。
そんな彼女の言葉を受けて、フランは思わず身をすくませる。
決して、姉は自分のことを嫌ってなどいない。そう思っていた自信が、思わず揺らぎそうになってしまう。
背中に隠した手の中には、みんなに協力してもらってようやく作れたクッキーの入った袋がある。
廊下の曲がり角の向こう側には、今頃こいしたちが様子を伺っていることだろう。
ゆっくりと、深呼吸。ここで勇気を持って踏み出さなければ、一生このままの関係になってしまうかもしれない。
それでいいのかと、フランは自問する。
だけどもし、本当に嫌われていたら、そう思うと足がすくんで動かなくなってしまいそうで。
(なんだ、私……思っていたより、お姉さまのこと好きだったんだ)
だから、彼女は改めて、自分が姉をどう思っているのかと自覚した。
どうでもいいと思っていたなら、嫌いであったなら、嫌われているかもしれないという恐怖に襲われることもないのだから。
ここに来る前に、こいしたちに「がんばれ」と言われて背中を押されたのを思い出す。
それが、フランに勇気をくれた。冷たい視線を向ける姉と真正面から向き合って、彼女の前まで歩を進める。
目の前にまで歩み寄って、それから改めて彼女は隠していた袋を姉に突き出した。
その妹の行動に、きょとんとした様子で目を瞬かせるレミリアを他所に、フランは恥ずかしそうに顔を背けた。
実際、恥ずかしいのである。なまじ慣れてない行動だけに、面と向き合うのが羞恥の感情を煽って心をくすぐるのだ。
「これ、お姉さまにあげるわ。せっかく作ってみたんだけど、他にあげる人もいなかったし、その……お姉さまのために作ったわけじゃないんだからね?」
自分で、何をいってるんだろうとフランは思う。
本当はちゃんと言いたいことがあったはずなのに、頭が馬鹿になってしまったんじゃないかってぐらいに真っ白になって何も浮かんで来ない。
結局、口を突いて出た台詞はそんな言葉で、誰が見ても照れ隠しだとわかってしまう仕草なワケで。
それで余計に恥ずかしくなって、フランは顔から火が出そうなほど真っ赤になった。
その様子が意外で、おかしくて、レミリアはくすくすと笑う。その様子に、さすがにフランもムッとした表情になって姉をにらみつけた。
無論、未だに顔が真っ赤で怖くもないし、むしろ可愛らしいぐらいであったが。
「なんで笑ってるのよ」
「ふふ、ちょっと意外だっただけよ。それじゃ、遠慮無くいただこうかしら」
軽くあしらいながら、レミリアは袋を受け取った。
あ、と。フランの口からか細い声がこぼれたのを耳で聞きながら、レミリアは袋の口を解く。
香ばしい匂いと共に、視界に移ったのは不出来な形のクッキー。
明らかに慣れていない様子のそのクッキーの数々は、見た目こそあまりよくはなかったが、それでも一生懸命作ったのだと感じることが出来た。
一つとって、口に運ぶ。その挙動一つ一つを、フランは息を呑むように視線を向けたまま硬直している。
「……しょっぱいわね」
「はうっ!?」
「でも―――」
ぽんっと、フランの頭に手が置かれる。彼女の視線の先には、優しく微笑んだ姉の姿があって。
「ありがとう。十分に美味しいわ」
その言葉が、すんなりとフランの耳に届いた。
嘘だと、わかっていた。初めて作った料理で、姉の舌を唸らせるようなものが出来るはずないと、フランはわかっていたのだ。
それでも、レミリアは言葉にしてくれた。おいしいと。
それが、どれほど嬉しかったか。その言葉に、どれほどの価値があったか。
「……あれ?」
ぽろぽろと、涙が溢れてくる。拭っても拭っても、とめどなく溢れてくる雫がフランの頬をぬらした。
何で泣いているのだろう。悲しくなんてないはずなのに、嬉しくてたまらないはずなのに、どうして、こんなにも涙が止まらないのだろう。
ふと、背中に手を回され、花のようないいにおいがして、姉に抱きしめられたのだと理解する。
「馬鹿ね。何も泣くことないじゃない」
その言葉が、とても優しくて、温かくて、初めて姉から聞いた家族としての言葉。
あぁ、とフランは理解する。
本当は、怖かったのだ。好かれているというのはただの自分の思い上がりで、ただ嫌われているのではないかと思うと、怖くて仕方がなかった。
だけど、初めて、姉が自分を見てくれたような気がした。初めて、姉に認めてもらえたような気がした。
本当はそんなことなくて、ずっと前から見守っていてくれていたのに。
自分がそれを知らない振りをして、目も瞑って耳を塞いで自分の世界に閉じこもったのは、他ならぬ自分の方だったのに。
「……ありがとう、お姉さま」
うまく言葉になってくれたかは、正直自信がなかった。
けれど、それは伝わってくれていたみたいで、姉が優しく背中をさすって、抱きしめる力を強めてくれる。
触れる体温が、とても温かい。なんだか、落ち着いてしまう安堵感が体を包む。
「ねぇ、お姉さま。私、いっぱいお姉さまと話したいことがあるの」
「そう」
「今まで、お姉さまのことをいやな奴だってずっと思ってた。けれどね、そうじゃないの。お姉さまはずっと、私のことを見守ってくれてた」
フランは胸の内に秘めていた思いを、少しずつ、少しずつ、声に乗せていく。
レミリアは、妹を抱きしめたまま黙ってその言葉に耳を傾けていた。
思えば、こうやって面と向き合ったのはいつ以来だっただろうか。ずっとずっと昔にあったような気がするけれど、その記憶も擦り切れてしまってうまく思い出せない。
姉妹であったはずなのに、どうしてこうも自分達は離れてしまっていたのか。
お互い思いあっていたはずなのに、いつからこの気持ちはすれ違ってしまったのだろう。
「私ね、ようやく気付いたの。私はずっと、お姉さまに見ていてほしかった。妹だって、思っていてほしかった」
その声が、とてもか細くて、ともすれば消えてしまいそうなほど儚くて。
抱きしめる腕に、自然と力が篭る。折れてしまいそうな細い体を、離さないように、ただ強く。
「謝るのは、私のほうよ。姉らしいことなんて、今まで一度も出来なかったもの。ごめんね、フラン」
「私達、姉妹らしくいられるかな?」
「もちろんよ。私達が、それを望む限り」
その言葉は、どこまでも優しくて、温かくて、フランの心を包みこむ。
それが、我慢の限界だった。恥も外聞も投げ捨てて、わんわんと子供のように泣き喚いてしまった。
そんなフランを、レミリアは優しく抱きしめていた。今の時間を、ただただ刻み込むように、噛み締めるように、ゆっくりと目を閉じて妹の背を撫でてやる。
今は、廊下の角に隠れているギャラリーも気にならない。もうしばらく、レミリアはこうやって妹をあやしてやりたかったのだ。
今はまだ、姉妹として触れ合うにはぎこちないかもしれない。
けれど、それでも一歩前に進めた今日と言うこの日は間違いなく、素晴らしい一日だとレミリアは思う。
かくして、作戦は思った以上の大成功で幕を閉じる。
角で隠れていたこいしと小悪魔、神綺の三人は小さく歓声を上げて手を打ち合わせた。後に報告を受けたパチュリーも、どこか満足そうであったという。
レミリアとフランが姉妹としてどのように触れ合うのか、あとは彼女達次第である。
一応、読んでなくても大丈夫な話だとは思いますが、見ていただいた方が状況はよりわかりやすいかと思います。
それでは、本編をお楽しみください。
ツンデレとは何か。
気が強いため、好意を寄せている相手を突き放すような態度をとってしまう照れ屋な人物。
あるいは、刺々しい態度をとっていたのが、とあるきっかけを経て急速にデレデレな状態になることを指す場合が多い。
ツンツンデレデレの略語であるこの言葉は、存外に多様性に富んだ用語であり、様々な場合に用いることが出来るのは周知の事実である。
「と、言うわけで! ツンデレ大作戦、作戦会議を開始したいと思います!!」
いや、何がと言うわけなんだろう。と言うツッコミはこの際置いておき、フランドール・スカーレットは親友の宣言に深いため息をついた。
場所はフランの部屋ではなく、紅魔館地下に位置する大図書館。
その中央に用意されたテーブルにはフランとこいしの他に、部屋の主であるパチュリー・ノーレッジ、彼女の使い魔である小悪魔の姿がある。
皆の反応はこれまた様々で、フランは言わずもがなパチュリーまでもがため息をつき、小悪魔にいたっては困ったような苦笑いを浮かべていた。
「あれ、みんなテンション低いよ? どしたのさ?」
「いや、どーもこうも……」
こいしの疑問に、フランは曖昧な返答を零すのみ。
確かに、少し前にそんな話をしたはずだけれども、何もその作戦会議を図書館で行わなくてもいいじゃないかと思うわけで。
心なしか、パチュリーの不愉快指数が鰻上りになっている気がして、正直、フランは気が気でなかったりする。
「フランは今まで、お姉さんに冷たい態度をとっていたわけですよ。いわゆる完全なツン状態です!
今こそ、姉妹仲の進展のためにデレの時期に入るべきだと私は考える!! 10のツンから、9のツン1のデレの時期に入る頃合なのよ!!」
「ほうほう、なるほど!」
こいしの力説に食いつく小悪魔。その表情には「楽しそうだから便乗しよう」なんて言う魂胆がありありと見て取れて、フランは盛大にため息をつく。
そんな中、パタンとパチュリーが本を閉じ、びくりとフランは身を震わせる。
静寂と言うものを好む彼女のこと。この騒々しい状況が彼女にとって不快なものであることは想像するのに難くない。
怒られるのかなと、フランが不安に思っているのをよそに、魔女が口を開く。
「いい加減になさい小悪魔、それからそこのグリコ。ツンとデレの黄金比は7と3に決まっているでしょうが!!」
「パチュリィィィィィィィィィィ!!?」
従者も従者なら主人も主人だった。
フランの驚愕の声もなんのその、魔女はグッと握りこぶしを作るとかまわず力説し始める。
「いい、確かにツンツン状態からの一瞬に見せるデレもある意味では尊いものでしょう。でもね、考えても見なさいあなた達。
ツンデレの黄金比は7体3!! ツンとデレは程よい融和があってこそ真価が発揮される!!
そのギャップがいいのはわかっている。でもね、程よくデレデレになってほしいものなのよ!! 程よく甘えてきてほしいものなのよ!!」
「良くぞ言ったそこの魔女!!」
「誰っ!!?」
喘息は大丈夫なんだろうかと心配になるフランを他所に、言葉を連ねるパチュリーに賛同する見知らぬ誰か。
フランが突如現われた人物に驚愕の声を上げながら視線を向けると、そこには赤いローブを身に纏った銀髪の女性の姿があった。
ぐるぐると回るサイドポニーがプロペラよろしく彼女の体を宙に浮かせている。なんと言うミステリー。
「あ、こちらですね、魔界の神様で神綺さまです。面白そうな話題だったんで呼んでみました!」
「こんな話題で出張ってきていいの魔界の神様!!?」
「大丈夫! 仕事中だったけどこっそり抜け出してきたから!!」
「大丈夫じゃないよそれ!!? 帰って仕事しなよ!!」
小悪魔の言葉と神綺の言葉それぞれにツッコミを入れて、フランは盛大にため息を一つついて、小悪魔に促されてテーブルに座る神綺の姿を見る。
一体いつの間に到着したんだろうという至極当然の疑問が思い浮かんだが、なんだかめんどくさいのでもうどうでもいいやと追求を諦めた。
「ふっふっふ、神様までくるなんて。いよいよこの作戦会議に相応しくなってきたね、フラン」
「神様が参加するのが相応しいツンデレ作戦ってなんなの?」
腕を組んで薄く笑うこいしの言葉にも、浮かんでくるのは呆れ交じりのツッコミだけ。
なんでここのメンバーはこんなにテンションが高いのだろうか。あれか、自分がおかしいのか? と、ちょっと欝に入り始めたフランを他所に、会議は着々と進んでいった。
「やっぱり、きっかけって言うのは大事よね。いきなりデレても相手に不審がられるだけだわ」
「神綺のいう通りね。やっぱり、何かプレゼントを用意して「べ、別にあなたのためじゃないんだからね!!」的な展開がベターかしら」
「うーん、パチュリーのでもありだと思うけど、ちょっとありきたりすぎない?」
「何を言いますこいしさん。この小悪魔から忠言するならば、そのありきたりこそもっとも効果的かつ容易なデレでもあるのですよ!!」
着々と会議を進める一同を、ぼへーっとした様子で眺めるフラン。
作戦を実行する本人そっちのけで会議が進む中、彼女の傍に紅茶が置かれたので其方に視線を向ければ、咲夜が満面の笑みを浮かべて立っていた。
いつの間にいたのだろうとは思ったが、それもいつものことなので何も言わずに再び会議に視線を向ける。
「がんばってくださいね」と耳元で聞こえて、もう一度視線を向けてみるともう咲夜はそこにいなかった。
人事だと思って。そう思いつつ眼前に視線を向ければ、あーでもないこーでもないと作戦を立てる暇人たち。
(まぁ、いいや。どうせ私にはろくな作戦思いつかないし、みんなに任せ―――)
「よし、妹様! 脱ぎましょう!!」
「誰が脱ぐかぁぁぁぁ!!」
華麗な跳躍と共に回転し、遠心力を利用したとび蹴りは、ものの見事にとんでも発言を口にした小悪魔の顔面に突き刺さった。
「ひでぶぅっ!?」などと奇天烈な悲鳴を上げてグルングルン回転しながらすっ飛んでいく小悪魔。
壁に直撃し、頭が刺さって奇妙なオブジェに成り果てたのを確認した後、着地したフランはジト目で作戦立てていたメンバーを睨み付けた。
「あれ、フラン今ので駄目なの?」
「どうして今ので大丈夫だと思ったのか激しく聞きたいんだけどいいかな!?」
「いや、いっそのことまどろっこしい真似はやめてデレの極致で落とそうかと」
「ねぇ神様、途中の過程ってすごく大事だと思うんだ私ッ!! あと私、同性愛者とかじゃないからね!!?」
「大丈夫よ、妹様。姉妹だったらちょっとじゃれあってる感じに―――」
「なるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
駄目だこいつらアテにならねぇ!! と、悟ったフランはダンッと机を叩く。
みんなに任せようかと思ったが、このままだとまた変な作戦を立てられかねない。
フランだってレミリアと仲良くなりたいとは思う。思うのだが、そんな禁忌な関係になりたいとは微塵も思っちゃいないのである。
「きっかけ作りなら普通にお菓子とか作って渡すとかでいいでしょ!!」
『えぇ~』
「何がご不満かなっ!!?」
ブーブー文句を言っていた一同をギロリと睨みつけて黙らせる。神綺にいたってはその迫力に涙目になっていたりする。
もうちょっとガンバレ神様。
「うーん、まぁそれで行くとしても、フランって料理できるの?」
「あ、それは……」
こいしの指摘に、その事実に思い至ったのかフランが顔をしかめる。
それもそのはず、何しろフランは一生のうち殆どを自室で過ごしてきた。
幽閉されていた彼女が、当然、料理など経験したことなどあるはずもなく、自分で提案しておいてなんだがそこまで考えが至らなかった。
咲夜に教えを請う、と言う方法もあるにはあるが、ただでさえ忙しい咲夜を掴まえて教えを請うのも気が引ける。
「お任せください妹様!!」
「うわっ、復活早っ!!?」
後ろから叫ばれて思わず驚いたフランが振り向けば、そこに居たのは先ほどまで壁のオブジェになっていたはずの小悪魔である。
一体どういう耐久力をしているというのか、まったく持ってダメージを追った様子がない彼女は自信満々に胸を張って言葉を続けた。
「お菓子作りなら私が手取り足取り教えて差し上げます。こういったことは得意ですし」
「あら、それなら私も手伝おうかしら。こう見えても、お菓子作りは得意なの」
小悪魔の申し出に、神綺も名乗りを上げてにっこりと微笑んだ。
それは、素直に嬉しいと思える申し出だった。なまじ、忙しい咲夜に頼れない今、こうやって教えを乞える相手がいるのは頼もしい。
「いいの?」
「もちろんですよ」
「えぇ、せっかくここまで付き合ったんですもの。最後まで見届けても罰は当たらないでしょ?」
おせっかいかもしれないけどね、と神綺は苦笑する。
周りを見渡してみれば、こいしも小悪魔も優しく微笑んでいて、パチュリーは照れ隠しにか本で顔を隠して読書をしているのだと装っていた。
それがなんだか嬉しくて、心の中心がほかほかと温かくなるような感覚がして、きゅっと胸の前で手を握る。
徐々に増えていく繋がり。それをあらためてフランは実感して、その温かさを噛み締めるように目を閉じた。
誰かと接することが、こんなにも温かい。永い間、触れ合うことのなかった誰かとの繋がりを忘れぬように、心にしまいこむ。
ゆっくりと、目を開けた。そこには、やっぱり頼りになる友達と、家族と、知人がいる。
「それじゃ、お願いしてもいいかな?」
「もちろんです!」
「えぇ、任せてちょうだい」
フランの言葉に、二人は力強く頷いてくれた。
その後、こいしも料理を少し手伝うことになり、本格的な作戦が決められていく。
十分な作戦を立てた後、彼女達は読書を続けるというパチュリーだけを残して、厨房へと足を向けたのであった。
▼
「お姉さま」
長い廊下を歩いていると呼びかけられて、ふと、レミリア・スカーレットは足を止める。
その澄んだ声に振り向けば、彼女の妹のフランが両腕を自身の背中に隠してそこに立っていた。
はて、とレミリアは首をかしげる。
何しろ、呼び止められた理由がわからない。
自分で言うのもなんだが、彼女は自分の妹に好かれているとは思っていないし、むしろ嫌われて当然だと、そう思っている。
妹を幽閉した張本人。そんな自分に、妹がどうして好意的な感情を抱けようか。
「あら、あなたから話しかけてくれるなんて珍しいわね。一体どういう風の吹き回しかしら?」
だから、自然とレミリアの口調もつけ離すようなものになる。
凍てつくような鋭い視線を向けて、ただ無感情に彼女は自身の妹を視界に納めた。
そんな彼女の言葉を受けて、フランは思わず身をすくませる。
決して、姉は自分のことを嫌ってなどいない。そう思っていた自信が、思わず揺らぎそうになってしまう。
背中に隠した手の中には、みんなに協力してもらってようやく作れたクッキーの入った袋がある。
廊下の曲がり角の向こう側には、今頃こいしたちが様子を伺っていることだろう。
ゆっくりと、深呼吸。ここで勇気を持って踏み出さなければ、一生このままの関係になってしまうかもしれない。
それでいいのかと、フランは自問する。
だけどもし、本当に嫌われていたら、そう思うと足がすくんで動かなくなってしまいそうで。
(なんだ、私……思っていたより、お姉さまのこと好きだったんだ)
だから、彼女は改めて、自分が姉をどう思っているのかと自覚した。
どうでもいいと思っていたなら、嫌いであったなら、嫌われているかもしれないという恐怖に襲われることもないのだから。
ここに来る前に、こいしたちに「がんばれ」と言われて背中を押されたのを思い出す。
それが、フランに勇気をくれた。冷たい視線を向ける姉と真正面から向き合って、彼女の前まで歩を進める。
目の前にまで歩み寄って、それから改めて彼女は隠していた袋を姉に突き出した。
その妹の行動に、きょとんとした様子で目を瞬かせるレミリアを他所に、フランは恥ずかしそうに顔を背けた。
実際、恥ずかしいのである。なまじ慣れてない行動だけに、面と向き合うのが羞恥の感情を煽って心をくすぐるのだ。
「これ、お姉さまにあげるわ。せっかく作ってみたんだけど、他にあげる人もいなかったし、その……お姉さまのために作ったわけじゃないんだからね?」
自分で、何をいってるんだろうとフランは思う。
本当はちゃんと言いたいことがあったはずなのに、頭が馬鹿になってしまったんじゃないかってぐらいに真っ白になって何も浮かんで来ない。
結局、口を突いて出た台詞はそんな言葉で、誰が見ても照れ隠しだとわかってしまう仕草なワケで。
それで余計に恥ずかしくなって、フランは顔から火が出そうなほど真っ赤になった。
その様子が意外で、おかしくて、レミリアはくすくすと笑う。その様子に、さすがにフランもムッとした表情になって姉をにらみつけた。
無論、未だに顔が真っ赤で怖くもないし、むしろ可愛らしいぐらいであったが。
「なんで笑ってるのよ」
「ふふ、ちょっと意外だっただけよ。それじゃ、遠慮無くいただこうかしら」
軽くあしらいながら、レミリアは袋を受け取った。
あ、と。フランの口からか細い声がこぼれたのを耳で聞きながら、レミリアは袋の口を解く。
香ばしい匂いと共に、視界に移ったのは不出来な形のクッキー。
明らかに慣れていない様子のそのクッキーの数々は、見た目こそあまりよくはなかったが、それでも一生懸命作ったのだと感じることが出来た。
一つとって、口に運ぶ。その挙動一つ一つを、フランは息を呑むように視線を向けたまま硬直している。
「……しょっぱいわね」
「はうっ!?」
「でも―――」
ぽんっと、フランの頭に手が置かれる。彼女の視線の先には、優しく微笑んだ姉の姿があって。
「ありがとう。十分に美味しいわ」
その言葉が、すんなりとフランの耳に届いた。
嘘だと、わかっていた。初めて作った料理で、姉の舌を唸らせるようなものが出来るはずないと、フランはわかっていたのだ。
それでも、レミリアは言葉にしてくれた。おいしいと。
それが、どれほど嬉しかったか。その言葉に、どれほどの価値があったか。
「……あれ?」
ぽろぽろと、涙が溢れてくる。拭っても拭っても、とめどなく溢れてくる雫がフランの頬をぬらした。
何で泣いているのだろう。悲しくなんてないはずなのに、嬉しくてたまらないはずなのに、どうして、こんなにも涙が止まらないのだろう。
ふと、背中に手を回され、花のようないいにおいがして、姉に抱きしめられたのだと理解する。
「馬鹿ね。何も泣くことないじゃない」
その言葉が、とても優しくて、温かくて、初めて姉から聞いた家族としての言葉。
あぁ、とフランは理解する。
本当は、怖かったのだ。好かれているというのはただの自分の思い上がりで、ただ嫌われているのではないかと思うと、怖くて仕方がなかった。
だけど、初めて、姉が自分を見てくれたような気がした。初めて、姉に認めてもらえたような気がした。
本当はそんなことなくて、ずっと前から見守っていてくれていたのに。
自分がそれを知らない振りをして、目も瞑って耳を塞いで自分の世界に閉じこもったのは、他ならぬ自分の方だったのに。
「……ありがとう、お姉さま」
うまく言葉になってくれたかは、正直自信がなかった。
けれど、それは伝わってくれていたみたいで、姉が優しく背中をさすって、抱きしめる力を強めてくれる。
触れる体温が、とても温かい。なんだか、落ち着いてしまう安堵感が体を包む。
「ねぇ、お姉さま。私、いっぱいお姉さまと話したいことがあるの」
「そう」
「今まで、お姉さまのことをいやな奴だってずっと思ってた。けれどね、そうじゃないの。お姉さまはずっと、私のことを見守ってくれてた」
フランは胸の内に秘めていた思いを、少しずつ、少しずつ、声に乗せていく。
レミリアは、妹を抱きしめたまま黙ってその言葉に耳を傾けていた。
思えば、こうやって面と向き合ったのはいつ以来だっただろうか。ずっとずっと昔にあったような気がするけれど、その記憶も擦り切れてしまってうまく思い出せない。
姉妹であったはずなのに、どうしてこうも自分達は離れてしまっていたのか。
お互い思いあっていたはずなのに、いつからこの気持ちはすれ違ってしまったのだろう。
「私ね、ようやく気付いたの。私はずっと、お姉さまに見ていてほしかった。妹だって、思っていてほしかった」
その声が、とてもか細くて、ともすれば消えてしまいそうなほど儚くて。
抱きしめる腕に、自然と力が篭る。折れてしまいそうな細い体を、離さないように、ただ強く。
「謝るのは、私のほうよ。姉らしいことなんて、今まで一度も出来なかったもの。ごめんね、フラン」
「私達、姉妹らしくいられるかな?」
「もちろんよ。私達が、それを望む限り」
その言葉は、どこまでも優しくて、温かくて、フランの心を包みこむ。
それが、我慢の限界だった。恥も外聞も投げ捨てて、わんわんと子供のように泣き喚いてしまった。
そんなフランを、レミリアは優しく抱きしめていた。今の時間を、ただただ刻み込むように、噛み締めるように、ゆっくりと目を閉じて妹の背を撫でてやる。
今は、廊下の角に隠れているギャラリーも気にならない。もうしばらく、レミリアはこうやって妹をあやしてやりたかったのだ。
今はまだ、姉妹として触れ合うにはぎこちないかもしれない。
けれど、それでも一歩前に進めた今日と言うこの日は間違いなく、素晴らしい一日だとレミリアは思う。
かくして、作戦は思った以上の大成功で幕を閉じる。
角で隠れていたこいしと小悪魔、神綺の三人は小さく歓声を上げて手を打ち合わせた。後に報告を受けたパチュリーも、どこか満足そうであったという。
レミリアとフランが姉妹としてどのように触れ合うのか、あとは彼女達次第である。
でもにんにくはらめえwwwww
そしてフランのために……
しかし妹様の天然ツンデレぶりに俺の心が不夜城レッド
ふぐあぉぉぉぉ!
ってなった。
凄く良いお話でしたw
って、ちょwwあとがきwww
お嬢様…流石すぎます…!
全知全能たるツンデレ神に万歳!
>7体3→7対3
神綺様なにしとんwww
ギャグとシリアスはやはりこれくらいがいいですな。
お嬢様、カリスマ過ぎるでしょう・・・?
そして所々に見られる後のマジ狩るシリーズの原型・・・www