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東方与太話~0フラグ付近から始めるひじりん攻略@とらまる☆~幕間

2009/10/05 00:28:18
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※この話は前作『東方与太話~0フラグ付近から始めるひじりん攻略@とらまる☆~開幕』の続きになります。先にそちらを読まねば意味が分からない可能性が高いですが、そちらを読んでも意味が分からない可能性は依然として存在するのでそのまま進むのも一興かと思います。

 ではどうぞ↓











――at Daybreak――



「あ~あ~ 好い朝ですねぇ~ 本日も晴天なり~♪」

 船長、村紗水蜜は今日も今日とて爽やかな朝を迎えとったそうです。
 船幽霊の彼女が爽やかな朝などと言うのは甚だ可笑しな話じゃありますがね?
 現在の彼女は船幽霊である前に船長でありんす。
 船内の誰よりも早く起床し、安全安心の航行の為に人事を尽くす。それが船長たる自分の責務である。と船長は云う訳です。はい。
 船の点検整備、現在位置の確認その他諸々と、およそ船長のやるべき仕事は山ほど御座いますから。
 とはいえまぁ、白蓮殿が法力で以て創られた聖輦船が如何な仕組みで空を飛んでるかなんぞ彼女に解る訳も御座いません。自然、甲板に出て風を浴び、取り敢えず飛んでる事だけ確認したらば『聖輦船、本日も異常なし!』と云った塩梅になりやす。
 諸々の雑務を一通り終える頃には白蓮殿御一行の朝の読経が始まりますから、船長はその声を聞かぬよう、あっしと二人、船長室へと向かいます。
 数ある船室の中でも際立って豪華な扉を開き入り、その小さな躰には不釣合いな大きさの肘掛け椅子にどかりと腰を下ろした後、彼女はしばし、あっしと二人きりの時を過ごします。其れは其れは、至福のひと時に御座いますよ? はい。

 ああ、申し遅れました。あっしは撃沈丸。しがない碇でやんす。姓は撃、名は沈丸とは今しがた思いついた事に御座います。
 何故に碇如きが物申すかって? 旦那、馬鹿云っちゃなんねぇ、此処は幻想郷ですぜ? 馬鹿云ってナンボでさぁね。
 まぁ有体に云えば九十九神って奴なんですが……見た目は唯の碇でさぁ。
 いやいや旦那、あっしとて九十九神になってはや九百年の大ベテランですからね……何処ぞの唐傘よろしく妖怪変化の一つもやろうと思えば出来なくはないんですよ? 唯ねぇ、あっしがこうして何の変哲も無い碇をやってるのには其れ相応の訳がありやんす。と言うのも船長、村紗水蜜嬢の為でさぁ。
 何でも彼女が云う事には――『ああ、素晴らしい! やはり貴方の黒くて固くて大きい’ぼでぃ’は最高です!』――だそうでやんす。


 旦那、馬鹿な事を考えちゃあいけねぇ。あっしと船長は決してそんな不埒な仲には御座いやせん。彼女があっしに惚れ込んでるのには其れこそ母なる海より深い理由があるんでさぁ。
 ちょいと語ってもよろしいですかい? 何? 興味が無い? 旦那、碇が悲喜交々の過去を洗いざらい白状しようって時にそりゃ薄情ってもんですぜ。なぁに、長い話じゃありやせん。なんなら年寄りの戯言と思って聞き流してくれて結構でさぁ。



 そう、あれはもう千年も前、あっしは漁船に揺られ、悠々と暗い夜海を漂っておりました。
 その頃のあっしの主人ときたら此れがまたボンクラ、抜け作、呑んだくれと三拍子揃った漁師の風上にも置けない与太者に御座いました。
 何せ海老で鯛を釣り、鯛で鮫を釣り、仕舞いにゃ鮫で鯨が釣れると思ってたくらいの戯けた頭の持ち主で在りました故。
 あっしとてその身一つで海に挑む碇としての矜持が御座います。正直言うとそんな主人とは縁を切ってとっとと別の船に乗り換えたい気持ちで日々を過ごしておりました。
 しかし乍らそこは主人を選べぬ悲しき物の性。あっしの儚き願いは唯々に潜った海の塩っ辛さを増すだけのものに御座いました。

 そんなあっしに転機が訪れます。
 忘れもしません。月も星も見えぬ、暗い夜の事でありました。
 眼に映るものは無く、聞こえるものは遠いか近いかも定かならぬ海鳴りだけであります。
 呑んだくれ船長は夜釣りに出たはいいが一向に満たされぬ魚籠(びく)に業を煮やしておりました
 手を変え竿を変え、一刻弐刻と粘ってはみたものの、吊れる者と云えば煮ても焼いても骨にしか為らぬ土左衛門ばかり。
 自棄をおこして船上で酒浸りに為るのも自然な事に御座いました。

「さけっはっ呑めどっも♪ のっまれるなぁ~♪ あ、肴もなけりゃ~魚もねぇ~♪ っとくらぁ」

 つい先程までの苦虫を噛み潰したような顔が唯の一杯でたちまち上機嫌に為るってんだからめでたい者です。
 そんなホロ酔い船長の耳に何処からとも無く、声が聞こえて参りました。
 よぅく覚えておりますとも。あの夜、暗い空より尚冥い、海の底から響いてきたあの世からの声を……

「柄杓をくれ~~」

 ……最早云わずともお判りでしょう。我らが船長・村紗水蜜その人の船長たる前の雄姿に御座います。女性ですが。
 呑んだくれ船長はと云えば……その声を聞いただけですっかり動転しちまいやしてね? ええ、其れもよぅく覚えております。まるで丘に上がった魚の如く口をパクパクさせて……海の漢が聞いて呆れるってなもんです。
 でもまぁ仕方がないんでさぁ……ぶくぶくの水死体が平気な船長は筋金入りの女性恐怖症で在りました故。

「ひっ!? お、女!? 女の声だ! 嗚呼、厭だ厭だ厭だ! 幼女怖い熟女も怖い! でもやっぱりおかんが一番怖い!」

 全く、女性の孔から産まれたくせに勝手な者です。鋳型から生まれたあっしにゃとんと理解不能に御座います。
 その顔が余程、憐れで滑稽で愉快だったのでしょう……ムラサ船長はいよいよ調子に乗っちまいやして……大胆にも船の舳先にぼぅっと浮かんだかと思うと一際恐ろしい、呪詛の如き響きで以て先程の言葉を繰り返したのです。

「柄杓をくれ~~」

 呑んだくれ船長なんぞひとたまりもありません。堪忍してムラサ船長に柄杓を渡そうと致しました。


 これが奇談怪談の類なら、あっしの乗った船が海の藻屑となってはい、めでたしめでたしってなもんですが……残念なことに此れはあっしとムラサ船長の馴れ初め話でさぁ。そうは問屋が卸さなかったんですな。

 酒と恐怖で頭の逝かれちまった主人、こともあろうに柄杓と碇を間違えやがった。大した酔っ払いです。はい。
 あれも火事場の馬鹿力って奴なんでしょうかね? ありえない速度で主人にブン投げられたあっしはムラサ船長向かって一直線。彼女の方もまさか柄杓代わりに碇が飛んで来るなどとは思わなかったのでしょう……躱す事が出来ませんでした。

 ムラサ船長とあっしの頭がまともにかち合い、暗い夜の宙に星が瞬きました。
 あっしには未だに解らないのです。何故に幽霊である彼女と碇であるあっしが触れ合う事が出来たのか……


 斯くしてあっしとの衝撃的な邂逅を果たしたムラサ船長はその後、三日三晩に渡って空と海の境界をプカリプカリと漂う羽目と相成りやした。
 不幸中の幸いと申しましょうか……衝突の後、海に沈み往くあっしの鎖が偶然にも船長の腕に絡みついたおかげで船長は海流に流される事も無く、あっしの方も気が付いた船長によって引き上げて貰うに至りました。どんな理屈で以てそう為ったかは解りやせんがね?

 其れ以来、あっしと船長は二心異体で在り乍らも、片時と離れずに在りました。
 意外に思うかも知れませんがあっしと船長の付き合いは聖輦船よりも長いのです。
 船長はあっしをとても気に入ってくれました。
 船幽霊である船長に碇など何の役に立とうかとお思いでしょう? 此れが中々に重宝したんでさぁ。
 あっしの元主人なんかは別として、海の漢って奴等は肝っ玉のでかいのが多い。いくら船長が『柄杓をくれ~』とやっても意にも介さぬふてぶてしい輩も多いんでさぁ。
 あっしを手にしてからと云うもの、船長はそうした漢の船に対しては問答無用であっしを投げつけるように為った訳ですね。豪胆な御方です。
 あっしが『沈没アンカー』なんて大仰な、其れでいて一切の誇張の無い二つ名で呼ばれる由縁に御座いました。



 さて、そう云った次第でして、あっしは今日も船長にご自慢の’ぼでぃ’を磨いて貰って居た訳です。あっしと一緒の時、船長はほんによく喋ります。

「聞いてくださいよ撃沈丸。寅丸ったら酷いんですよ? 船長である私に言うに事欠いて『貴女が舵を取ると天狗を轢くか山にぶつかるので自重して下さい』なんて……冷たいですよね? 人でなしだと思いませんか?」

 左様、寅丸様は良くて仏、悪くすれば妖怪ですから……どう見ても人でなしに御座います。
 あっしも長いこと碇をやっとりますが頭に蓮華を乗せた御仁にお会いしたのは彼女が初めてでやんす。

「それだけじゃありません。『貴女が碇を降ろすと勢い余って聖輦船が墜落するので勘弁して下さい』って……可笑しな事を言いますよね? 碇は沈める為に在る物だと言うのに――」

 船長の場合『沈める』の前に『船を』が付きます。あっしは何も云いません。碇ですから。

「全く以てけしからない話ですよね? 聖輦船は言うなれば私達の家も同然! 即ち、その船長たる私は寅丸はじめ、皆の家主に相当するんですよ? 今度ナマ言ったらあのモジャ公から生えてる愉快なアレをナニしてやりましょうか?」

 船長、寅丸様の言の葉が余程に癇に障ったのでしょうか? 大分に’えきさいと’していらっしゃる。
 しかし乍ら船長、そいつぁちょいとばかし頂けねぇ。

 聞く処に依れば寅丸様の頭の蓮は彼女とその部下で在られる鼠殿の絆の証だって云う話です。
 寅丸様は毎晩、姿見の前で蓮の成長日記を綴るのが習慣に御座いますし、部下の鼠殿の方も其れは其れは丁寧に毎朝欠かさずじょうろで水をやってるそうじゃありませんか。水浸しで頭と肝を冷やしての起床が寅丸様の日常に御座います。

 そいつを千切っては投げ投げした日にゃあ何が起こるものやら分かりません。寅丸様は悲しみに暮れるか、或は腹いせにあっしを鎖無しで海に放り込もうとするやも知れません。幻想郷に海が無くてようござんした。べんべん。

 いやいや、そんな事で済むなら大した事じゃ御座いません。
 蓮華毟って蓮根抜けると云うでしょう?
 蓮根ついでに寅丸様の脳味噌まで引っこ抜いちまった日にゃあ船長の命が危ねぇ。
 失礼、白蓮殿の手に依って船長が浄土に出航するって意味でさぁ。


 とまぁそんな感じであっしと船長は概ねいつも通りの朝を過ごしとった訳ですが……

「はぁ……それにしても今日はまた随分と長いですねぇ……」

 云われてみれば、船長とあっしが船長室に篭ってから一刻ばかりが経とうとしておりました。
 いつもであれば半刻もすれば割烹着を身に纏った雲山殿がやって来て朝餉の準備が出来た事を教えてくれるんですがね?
 今日に限ってその気配は一向に御座いません。

「……様子を見に逝きましょうか」

 ムラサ船長、決死の出立に御座いました。
 様子を見に行った矢先で白蓮殿が読経なんぞして居れば其れ即ち南無三。船長とはその場でお然らばと相成りましょう。
 その暁にはあっしも後を追い、冥い海へと身を投げ出す覚悟に御座います。幻想郷に海は無いんでした。嗚呼、無常。



――Falling Star―― 



 狭い狭い幻想郷を漂う、広い広い聖輦船内。その一室に三人の少女がおりました。

「困りましたねぇ……寅丸様、何処に行ってしまわれたのでしょう?」

 発する言葉とは裏腹にのほほんとした表情で部屋の中央に立ち尽くすのは白蓮殿に御座います。

「今しがた雲山を百と八分割して捜させてますけど……どうも船内には居ないみたいですね。ネズミ、アンタ本当に何にも聞いて無いのかい?」

 一輪殿が其れに応える形で続けます。話を聞くに、どうも寅丸様が頓避なされ、雲山殿は細切れにされたようでした。一輪殿が視線をやった先には鼠殿がおります。窓際に腰掛け、外を眺める彼女の表情は窺い知れません。

「知らないな。聖達こそ何か心当たりは無いのかい? 行き先じゃなくてさ、理由。」

 鼠殿の言葉には若干の非難めいた、それでいて何処か愉しんでいるような響きがあったように思います。加えて云うなら’達’と云いつつも、その言葉は白蓮殿一人に向けて投げ掛けられているように感ぜられました。
 問われた本人はと云えば、相も変わらずの弛緩し切った表情で在りました。ご高齢故、致し方なき事に……失敬。無かった言にして下せぇ。
 頭の上に疑問符を浮かべる白蓮殿に一輪殿が口添え致します。

「やっぱアレじゃないっすかね? 昨日姐さんが勢い任せに白蓮した(ここでは折檻+説法の意)のが相当堪えたんじゃないでしょうか?」
「う~~ん……それで愛想を尽かされるならとうの昔にそうなってると思います。私が思うに、寅丸様が家出の理由は’それ’にあるように思うのです」

 そう云って白蓮殿が指差した先にはみかん箱――もとい、寅丸様専用の仏壇が御座いました。みかん箱と云う形容からお解り頂けるかと思いますが、正真正銘、壇と云うか段と云うだけの質粗な物に御座います。

「やはり本尊を祀る仏壇がみかん箱というのは寅丸様としても堪え難かったのではないでしょうか?」
「まぁ初めて座った時から『ケツが痛い』だの『痔に為る』だの文句たらったらでしたしね、あのお寅様……」

 窓辺の鼠殿が呆れたように溜め息を吐いておりましたが……お二方は至って真剣なので御座いましょう。迷う事無く話は脱線して行きます。

「これでも一生懸命造ったんですよ? それこそ設計から製作、お清めまで全部私一人でやりましたからね」
「むしろそれが駄目だったんじゃないっすかね? よく見るとこのみかん箱、処々に紅い斑点が在りますけど……姐さん?」
「いつか飛倉の修理をしようとして地面に大穴空けて以来ですからね。とんかちを握ったのは。あの時は危うく弟を殺すところでした」
「みかん箱が奇跡の産物に見える日が来るとは思ってもみませんでした」

 白蓮殿の名誉の為に言わせて貰えば、設計の段階では其れは見事な仏壇が出来上がる予定でありました。
 その証拠に件のみかん箱、材質だけを見れば樹齢千年を超えた神木を使った霊験あらたかな物に御座います。
 千年を生き抜き、辿り着いた姿はみかん箱。おまけに座った仏からの第一声が『ケツが痛い』では木に宿った神様も浮かばれぬことでしょう。
 まこと、白蓮殿は罪作りな御方に御座いますな。

「さて、出奔の理由は本人に問いただす事にして……ナズーリン?」
「なんだい?」
「貴女のダウジングで寅丸様を捜してくれませんか? 貴女とて主人の事が心配でしょう?」
「……仕方ない、か。一肌脱ごう」

 斯くして鼠殿による’だうじんぐ’とやらが始まりました。



「あ゛~あ゛~、神様仏様毘沙門天様~、どうか私めに寅丸星の居場所を~ぉ、あ、教えて下しゃんせぇえぇ~ぇっとな~~」

 鼠殿はやたらとこぶしの効いた美声で祝詞のような呪文のような言葉を並べながら辺りを練り歩きます。
 高く掲げた両の手に歪曲した棒を乗せ、中腰の姿勢で阿波踊りをオーバーにしたような歩調で以て、えっちらおっちらと円を描くように歩き回るものですから……端から見ると完全に黒魔術か毘沙門天降臨の儀式でも執り行っているようにしか見えませぬ。

「あの……姉御、ダウジングってあんなんでしたっけ?」
「えっと……私もよく知らないですけど……餅は餅屋って言うし、ここはナズーリンを信じましょう?」

 門外漢(?)のお二方、若干の不安を抱き、首を傾げつつも鼠殿の奇行を見守る事しか出来ません。
 その後、鼠殿はたっぷりじっくり十分間、その魅惑的なステップを披露した挙句に――
 
「駄目だね。さっぱりさ。もう諦めようか?」

 額に浮かんだ好い汗を拭き拭き、爽やかな顔でのたまって下さりました。

「うぉぉいネズミコラァ! アンタ真面目にやってんのかい!?」

 我を忘れた――もとい、地の出た一輪殿が食ってかかるのも無理からぬ事でありました。それ程に先刻、鼠殿の行った儀式は異様で異質で面妖で珍妙でありました。
 胸ぐらを掴まれ、ガクンガクンと’へっどばんきんぐ’を繰り返し、途切れ途切れになりながらも鼠殿は弁明致します。

「いや、いや、一輪、本場は、ああするん、だってば。ダウザー暦=年齢の、この、私が言うん、だから、間違い、ないって。残念ながら、この件は、お宮入り、だよ。」

 主人が行方知れずだと云うのに全く焦る様子も無い鼠殿。其れを見て白蓮殿はピンときたようです。
 興奮した一輪殿によって今にも首を絞め落とされようとしている鼠殿。その両肩にそっと手を添え、仰ります。

「ナズーリン、貴女……知っていましたね?」
「……何をだい?」
「勿論、寅丸様の行き先です」

 鼠殿と白蓮殿が目を合わせたのは数瞬のことでありました。白蓮殿の瞳に確信に満ちた光が宿っている事を認めた鼠殿は誤魔化し切れないと踏んだのか――或は大して隠すつもりも無かったのかも知れませぬ。あっさりと白状致しました。

「ああ、知ってたよ。でも例え聖のお願いでも教える訳にはいかないな」
「ネェ~ズゥ~ミィ~」

 一輪殿、これ以上無いくらいの勢いで鼠殿にメンチ切っていらっしゃる。
 絶好調時の雲山殿を遥かに上回るその眼光を前にしても怯む事無き鼠殿、肝っ玉にフサフサとした毛が生えているに違いありません。
 白蓮殿の方は尋問するだけ無駄と悟ったのか『う~ん、困っちゃいましたね~』とうろたえるばかりで在りました。

「ネズミ、アンタの気持ちはよぉく解った。アンタが口を割らないなら躰に訊くまでだよ。雲山!」

 痺れを切らした一輪殿が一つ指を鳴らすと、何処からとも無く雲山殿が現れ、鼠殿を羽交い絞めに致します。
 雲山殿、一見すると判りませんが憂いを帯びた面構えに御座います。これから自分の為さる事に対する逡巡が捨て切れぬのでしょう。

「おやおや、暴力沙汰かい? 感心しないな」
「一つ忠告だよネズミ。お嫁に行けなくなる前に白状するんだね」

 一輪殿、雲山殿による拷問が始まろうとしています。

 ――解脱『くすぐり天堂百八手』――

 雲山殿が奥義にして禁じ手に御座います。
 其れが執行されたが最期、相手が口を割るか、失禁し失神し昇天するまであの手この手でくすぐり続けると云う世にも恐ろしき業に御座います。
 とは云え、畏れ多くも白蓮殿の御前に御座います。平時の彼女で在ればこんな状況を見逃す筈がありません。
 さて、頼りの白蓮殿はと云うと――

「たかがみかん箱……されどみかん箱……う~~ん、もっとこう……寅丸様のお尻の形状を考慮すべきでしたね。見つけ次第採寸せねばなりません。痔の事も心配です。近いうちに竹林の薬師の処へ行って軟膏の一つも貰って来ましょう。塗ってやらねばなりますまい」

 涅槃の真逆へと旅立っておりました。
 失敬、白蓮殿は真面目です。真面目も過ぎるとこう為って仕舞うのです。
 己が信仰する仏で頭の中は寅まみれ。眼前にて鼠殿が笑死の危機に瀕している事なんぞ、気付く理由も御座いません。
 万事休す。場所を変えねばお話出来ぬ展開に為るかと思われたその時でありました。

「全く! 誰も彼も見ちゃ居られませんね!」

 船室の扉をババンと勢い好く開け放ち、我らが船長・村紗水蜜嬢の登場でありました。
 実を言うと船長、随分と前から扉の陰より事の成り行きを見守って居たのですが……いい加減雲行きが怪しくなって参りました故、助け舟を出す事にしたようです。

――ここは一つ、私が舵取りをしてやらないとですよね!――

 村紗水蜜――聖輦船船長にして船幽霊。知恵と勇気と仁義礼節に溢るる海の女(略して汝)。困っている仲間を放っておいたとあっては彼女が今まで沈めてきた海の漢達に冥土で合わせる顔が無い。尤も千年も前に死んだ者で未だ冥界に留まっている者など彼の亡霊嬢くらいなものであるが、そんな事はムラサ船長の知ったこっちゃ無い。ついでに云うなら冥土に向かう予定は永遠に無い。も一つ云うなら彼女が舵を取ると大抵の船は山にぶつかる。べべんべん。


 船長の心の声に加えて、何処からとも無くイカれた口上まで聞こえて来るように御座いました。
 颯爽と現れた船長の姿を認めるや、一輪殿が助勢を求めます。

「ムラサ! いいとこに来たね! アンタもこのネズミの口を割るのを手伝っとくれ! なんなら前歯を折ってもいい。なぁに、すぐに生えるさ」
「あー、一輪、そのネズミに何言ったって無駄ですよ。何だかんだと言ってもご主人様は裏切れないんですから。でしょう?」
「……嫌な奴だね、船長は」

 意地の悪い視線を送る船長を一瞥し、鼠殿はあさっての方を向いて黙り込んでしまいます。取り付く島が無いとはこの事でしょう。
 船長はさして気にした様子も無く、白蓮殿の元へ参ります。

「寅丸様の事ですから……ふとした事で尻尾を出してしまうかも判りません。矢張り股下には孔を空けておいた方が……」

 先程からブツブツと独り言を続ける白蓮殿は船長が傍へ来た事にすら気付いておりません。船長はあっしを頭上高く振り上げ――


 メ  コ  ン


 容赦無く白蓮殿の頭めがけて振り下ろしました。結果はお聞きの通りでさぁ。
 白蓮殿の金剛石頭であっしの胴が曲がりやした。
 なぁに心配には及びやせん。一晩経てば直ります。

「あ痛たたたたたた……ムラサ、急に何をするのですか!?」
「聖の仏狂いには此れぐらいが良い薬だと思いまして……要点を確認しますが寅丸の処に行きたいのですね?」
「あと採寸と痔の「其れは後にして下さい」……はい。」
「だからさムラサ、結局のところ荒っぽい真似してでもこのネズミの口を割らなきゃならないのさ!」
「う~ん……」

 何やら顎に手をあて、考えていた船長。一輪殿は船長が何を悩むか判らない様子でした。
 問題もそれに対する解決策も判り切っているのですから……後はそれを実行するだけだと、一輪殿はそうお考えなのでしょう。
 しかし、漸く顔を上げた船長の言葉に一輪殿は気勢を削がれる事と相成りました。其れはもうごっそりと。

「解らないですね……相手の居場所が判らないと会えない・なんて……誰が決めたんですか?」
「え? ああ…………いや……いやいやいやいや! ムラサ?」

 意味が解らない――と、そう云いたげな空気を全身から滲ませる一輪殿。ご尤もな反応であります。
 しかしまぁ此処は幻想郷、馬鹿を云うのに休む必要は御座いません。

「論より証拠。見れば解りますよ」

 船長は右手を高く掲げ、朗々と宣言します。


「船長・村紗水蜜の名において聖輦船に命ず! 全速前進! 目標、寅丸星! 真っ直ぐ進め!!」


 直後、聖輦船は大きく揺れ、方向転換したかと思うと、天狗顔負けの怪速度で飛び始めたので御座います。

「あら、まぁ。それで行けるんですか?」
「当たり前です。聖、自分で創っておいて知らなかったんですか?」
「というか猫バスかい?」

 鼠殿、何やら厭そうな顔で仰います。矢張り猫は苦手で在られるのでしょうか?
 それにしても自動操縦とは便利な物に御座いますな?

「猫じゃないしバスでもないです、船で行き先は寅。」
「まぁネコ科には違いないね」

 軽口を叩く船長と鼠殿の横で、一輪殿は呆気にとられるばかりで在りました。
 後に、その時の様子は一輪殿によってこう語られます。
 『ムラサが船長らしく見えたのは後にも先にもあの時だけだった』と――



 聖輦船が寅丸様目指して風を切り、空を往き始めてからどれだけが経ったでしょう?
 船内の面子は思い思いに過ごしておりました。

 船長はわざわざ船長室から運んできた肘掛け椅子(背もたれの裏にはご丁寧に『みっちゃん専用』と書かれております)に座り、うたた寝を。
 鼠殿は窓辺に座り、飽きもせず外の景色を眺めておいでです。
 一輪殿は小腹が空いたのか、雲山殿を綿菓子代わりにかっ食らっておいでです。雲山殿のお躰は見るからに赤系統の着色料が使用されておりますから……控えた方が宜しいとは思いますが……。
 白蓮殿は先程から寅丸様の為に新しい仏壇のエア設計図をエア製図してエア満足しておられます。幸せな御方に御座います。
 そんな中、おもむろに鼠殿が云いました。
 
「おーい……船長? 質問があるんだけどさ……ちょっと来てくれないか?」
「ふぁい?」

 未だ夢見心地の船長、目をごしごしとやり乍ら、窓辺で手招きする鼠殿の元へと向かいます。

「なんかさ……さっきから段々と下がってきてない? 高度。」
「ん~? ああ、よく気付きましたね? そろそろ何とかしないとですよねぇ……」

 鼠殿の話を聞きつけ、白蓮殿、一輪殿の御両名も窓に張り付き、外を見ます。
 出発時には雲の中を進んでいた聖輦船でしたが、今ではちょいと高い木が在れば衝突しかねない程度にまで高度が下がっておりました。
 船長は其れが何を意味するのか解っておりましたので……即座に指示を出されました。

「聖と、雲山も……ちょっと来て下さい。貴方達の協力が必要です」
「「?  ?」」
「ちょっとちょっとムラサ、一体全体どう言った了見だい?」

 二人を連れてそそくさと部屋を後にしようとする船長に一輪殿が訊ねます。 

「一輪、時間がありませんので手短に説明しますよ? 地球は丸い。そして聖輦船は遠く離れた寅丸に向かって一直線に進んでいる。それだけの事です。私は船長としての義務を果たそうと思います」
「はい?」

 全く以て要領を得ない様子の一輪殿を捨て置き、船長は二人を連れて何処かへと消えました。あっしは置いてけぼりです。そう云う事もあります。辛くなどありませんし、涙なんぞ流れよう筈もありません。碇ですから。


 しばし、船室は沈黙に支配されました。現在、室内には鼠殿と一輪殿しかいらっしゃいません。
 先程あのような事がありました故、お互いに話しかけ辛いので御座いましょう。

「「……………………。」」

 気の弱い者で在れば急性胃炎に為りそうな空気に御座います。あっし、碇で良かったと思いやす。
 先に痺れを切らしたのは一輪殿に御座いました。

「っっだぁぁぁぁぁ!! ネズミ! 何か喋んなよ!」
「私は静かな処も好きなんだ」
「知らないよ! 私は話し相手が居ないと淋しくて発狂するんだ!!」

 一輪殿の無茶振りに御座いました。
 ご存知の通り、普段、一輪殿の傍には雲山殿がおりますから……話し相手には事欠きません。
 あっし、雲山殿の声を聞いた事はありませんが……二人の間では会話が成り立っているようにお見受けしております。
 其れ故、慣れない静寂に一輪殿が堪えられなかったのは致し方なき事に御座いましょう。

「ネズミはアレか! さっきの事を根に持ってるのかい!?」
「いや、別に」
「じゃあ何とか言いなよ!」
「何とか」
「だ! か! らぁ~!」
「一輪と話す理由と話題が無いだけさ」
「……むぅ……」

 にべもない鼠殿の物言いに一輪殿、憮然とするより他ありませぬ。あっしでしたらお手上げです。
 そこで踏ん切りつかずに踏ん張りが効いてしまうのが一輪殿の損な処……いやいや、良い処なのでしょう。
 幾分か声を落ち着け、諭すように仰います。

「あのねぇネズミ、どうしてアンタはそうなんだい?」
「何の事を言ってるか判らないな」
「何だって一つ屋根の下の家族と距離を取りたがるんだって事だよ」
「一輪には関係無い事さ」

 取り付く島も無ければ立つ瀬も無い。一輪殿は遣る瀬無い。しかしめげない雲居の一輪。大した者に御座います。

「それが身勝手だって言うのさ。ネズミはそれで好いかも知れない。けどアンタが独りで居る時に姐さんが心配そうにしてるのを私は知ってる。それだけじゃない。私やムラサとアンタが言い争う度に姐さんは悲しい顔を「さっきはしてなかったよ?」……大概はしてる。別に私やムラサが嫌いって言うならそれで構わないよ。けど姐さんの前でくらい愛想良くしてくれないかな? そうしてくれれば私だってさっきみたいな真似はしないって誓える」

 熱弁を振るい、家族の斯くあらんを語る一輪殿。一生懸命なのはひしひしと伝わって参りますが同時に肚の底が透けてお見えになります。
 鼠殿にとっては其れを看破する事など造作も無かったのでしょう。碇にも解るのですから。

「よく解ったよ、要するに私の事はどうでも良いんだろう?」
「……あぅ」

 失言でありました。が、一輪殿を非難するには当たりますまい。誰しも物事に対する優先順位なるものがあります。一輪殿にとっては白蓮殿が一番であり、鼠殿は二の次なのでしょう。しかして其れは鼠殿にも云える事なのです。その証拠に鼠殿、何やら愉しそうな顔に為っております。

「いいよ。協力してあげようじゃないか」
「へ?」
「やるだけやってみるさ。聖が悲しむって事はそれを見たご主人も悲しむって事だ。あの人をからかうのは好きだけど泣かせる趣味は無い。共同戦線と行こうじゃないか。お互いの為に。」

 鼠殿、なんとも捻くれた笑顔に御座います。一輪殿もつられて苦笑致しました。
 一輪殿の目論見は外れたやも知れませんが、彼女の吐露した感情は鼠殿にも共感出来るもので在ったのでしょう。
 上辺だけの綺麗な言葉より少々泥ついた本音の方が信用出来るのは人の常でありますな。
 或は一輪殿、こうなる事を見越しての失言でしょうか? だとしたら要領が良いにも程があるってなもんです。

「全く……アンタは一言多いんだよ。よろしく、ナズーリン」
「よろしく、七輪」
「言ってくれるじゃないか、このネズミ」

 そう云って二人は笑い乍ら拳を打ち合わせます。
 今は仮初の友情に御座います。風が吹けば飛ぶような薄っぺらい繋がりです。
 しかし乍ら、嘘から真が出る事もままあります故、あっしは温かくご両人を見守りたく存じます。


『あ゛~、あ゛~、てすてす。船内の皆様にご連絡~。本日は聖輦船にご乗船、どうもありがとう~』

「「うん?」」

 突如として船内に響き渡る呑気な声は船長のものに御座います。

『現在、聖輦船は地上三米(㍍)程で航行中~。凡そ三分程で地上に接触する予定にございま~す』
 
「「ちょっ……」」

 お二方、鳩が豆鉄砲食らったようなお顔に御座います。
 ふと窓から外を見れば蝶々が飛んでおりました。地上が近いのですな。

『これより聖輦船は未曾有の惨劇を防ぐべく~、主兵装・聖煉穿(せいれんせん)に依り前方の大地を消し飛ばしま~す。少々煩くなりますのでご注意くださ~い』

 船長、船首を上向きに修正するなどと云う考えは持ち合わせていないようであります。
 まぁ空を行けども船は船。元々そんな機能は御座いやせん。垂直離着陸は出来ますが。

「どうしようか一輪? 私、耳が大きいから心配だよ」
「今だけアンタのマイペースが羨ましいよ……」

『それでは秒読みに入りま~す。拾……求……発射。』

「「おまっ……!」」

 船長、験(げん)を担ぐなら一言云って欲しいもんです。


 閃光。
 爆音。
 衝撃。

 
 聖煉穿の発射に伴う一連の現象が収まった時には船室内は滅茶苦茶で在りました。
 発射の直前に身を寄せ合った鼠殿と一輪殿は揉みくちゃで床に転がり、寅丸様が仏壇は木っ端微塵。あっしは壁に突き刺さっておりました。
 うむ、九拾度傾いて眺める世界も悪くはないですな。

「痛たたた……ムラサったら無茶するねぇ……ネズミ、平気かい?」
「耳の血管がはちきれそうな事以外はね……それより――」
「っとそうだ、一体どうなったんだい?」

 ほうほうの体で起き上がったお二方、窓に駆け寄り、外を確認します。

「「うわぁ……」」

 そこには聖煉穿に依って切り拓かれた、荒々たる大地が在りました。
 抉られ、切り取られ、聖輦船の往く先には唯々、蒼い孔空が続いておりました。

「見ましたか! これが聖輦船の底力です! 例え火の七日間だろうが洪水の四拾日間だろうが闘い抜けます!」

 いつの間にやら、船室の扉の前に船長がいらっしゃいました。
 鼻高々で胸を張り、一仕事終えた後の一杯を片手に引っさげての帰還で在りました。

「おお! 撃沈丸! こんな憐れな姿になって……壁に刺さるだけならまだしも胴からへにょって仕舞うとは……」

 そう云って船長はあっしを壁から抜き取ります。云うまでも無く、へにょったのは船長の所為に御座います。

「さぁ、後顧の憂いは断ちました! ゆるりと進もうではありませんか!」
「「しつも~ん」」

 挙げられた二つの手。鼠殿と一輪殿、先程から息がぴたりに御座います。

「なんでしょう? 一輪からどうぞ」
「雲山は?」
「彼は聖煉穿発射の為の圧力源と為りました。発射と共に爆散したので後の事は知りません」




「うんざーーーーーーーーーーーーーん!!!」

 一輪殿は叫びました。窓から身を乗り出し、肚の底からの絶叫に御座いました。
 聖輦船の往く先、ひたすらに続く孔空の果て、見た事の無い笑顔で親指を立てている雲山殿を幻視したように思います。

「次、ネズミ君どうぞ」
「聖は?」
「聖煉穿とは、聖を煉りこみ穿つものです。真っ直ぐ飛んで往ったので今頃は寅丸の処に辿り着いているでしょう」



「ひじりーーーーーーーーーーーー!!! お達者でーーーーーーーーーーーーー!!!」

 鼠殿は叫びました。特に悲しくも何とも無かったのですが肚の底から叫びました。


 斯くして聖輦船は白蓮殿が御身で以て切り拓いた路を往くのでした。
 まこと、白蓮殿は豪い御方に御座いますな。



――To be Continued――
まず最初に、いきなりこんな頓狂な話を読んでしまった方、御免なさい。
次に前作から読んで下さった方、心の底から御免なさい。

前作を読み返して一輪、ムラサの影が薄すぎる気がして色々やってたらこんなしょーもない事になってました。幕間って事でどうか一つ。

次回で一応終わらせます。果たして寅丸と白蓮の確執は解けるのかー?
そんな話だっけ?
そんな話なんです。ではまた。
次は初っ端から肩のこる話になりそうだなぁ……
Sourpus
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コメント



0.370簡易評価
5.100名前が無い程度の能力削除
次回は練られた聖がぶっとんで来るとこから始まるのかwww
エア満足するひじりんかわいい
9.80名前が無い程度の能力削除
ムラサがいいキャラしてるなあw
応援してまっせ!
10.100名前が無い程度の能力削除
どきっとした
最近ロールシャハテストに弱い