「あー…。しまった、今日祭りだったか」
私、藤原妹紅は今、博麗神社の鳥居の真下に立っている。実はこの博麗神社、私のお気に入りの場所だったりする。博麗神社は幻想郷と外の世界の境、つまり幻想郷の最端に位置している。ゆえに、相当離れた場所にある人里からわざわざ来る人間は殆どいない。閑寂な場所なのだ。勿論、人間が居ない代わりに妖怪が群れていたり、昼夜を問わず宴会が開かれたりと、騒がしい面もある。しかし、普段の神社、特に夜には、境内は恐ろしいほどの静寂に包まれるのだ。何か聴こえたとしても、せいぜい、風に戦ぐ緑の音と、消え入るような虫の声くらい。私はそこでひんやりと冷たい風にあたるのが好きだった。気分が清々しくなる。巫女にはバレると面倒なので、気配を消すことには細心の注意を払うことも忘れない。よって、巫女には私のこの密かな楽しみを知られていない。……はず。勘の良い巫女のことだから、もしかすると気付かれているかもしれないが、本人から直接口出ししてこないので、「まだバレていない」と解釈することにしている。
しかし、今日の神社は普段とは全く違う姿をしていた。見渡す限りの人、妖怪、人、妖怪……。石畳の左右には露天が連なっており、境内の中は淡い橙の灯りに包まれている。それもそのはず、今日は博麗神社で行われる祭りの日なのだ。夜空で星が輝く現在、恐らく祭りの盛り上がりもピークを迎えているのだろう。とても賑やかである。
「祭りってのは相変わらずヒトが多いな。……落ち着かない」
私は人込みが嫌いだ。長い間竹林で隠れるように生活していたことが、私をそうさせたのだろう。人一人と面と向かってしゃべるのは好きだが、大勢の中に紛れるのには慣れていない。この感覚はなかなか捨てきることが出来なかった。
「仕方ない、今日は帰るしかないか。」
これから祭りに行く奴と鉢合わせになるのもヤだから、遠回りしようかな…。などと考えながら神社に背を向けた。その時…、
「もっこっおーーっ!!」
…なんか凄い大声で呼ばれた。少し嫌な予感がしながらも、振り返ってみる。
そして……
…ぴとっ。
「ぅひゃあっ!」
何か冷たいものが頬に当たる。突然のことに私は不覚にも間抜けな悲鳴を上げてします。素直に恥ずかしい…。
「あっはっは!もこったらかわい♪」
急いで目の前の人物に焦点を合わせる。…慧音だった。しかし、いつもの慧音とは明らかに違う。いつも着ているような、襟と袖とスカートの裾が奇天烈な服ではなく、深みのある藍色をした浴衣を着ている。トレードマークのあの五重塔の天辺みたいな形のおかしな帽子も、今は無い。そして極め付けに、彼女の頬は少し紅潮していた。…酔っ払ってるのかこいつ。今の慧音の姿は、「私今祭り凄いエンジョイしてます!」と自己主張しているかのようだった。
慧音の手からぶら下がっているそれは、間違いなく私に恥ずかしい思いをさせた犯行道具。糸でつるされた、水の入った透明な袋で、その中で金魚がふわふわと泳いでいた。
「珍しいな。妹紅が祭りに来ているなんて。」
珍しいのも無理はない。だって本人が知らなかったのだもの。
「別に祭りが目的で来たんじゃないんだ。だからもう帰る。」
「えぇぇ~~~!!?帰っちゃうのか~~!?つまんな~~~い!!」
酔いが働いているのか、至極子供らしい仕草で駄々をこねる慧音。普段の凛々しい彼女とのギャップに困惑している私を見て何を思ったのか、慧音は駄々をこねるのをやめ、突然にやりと怪しい笑みを浮かべた。私の背筋に悪寒が走る。
「よし妹紅っ!祭りの楽しさを知らんだろうお前に、この慧音大先生が祭りとは何たるかをみっちりと教えてやる!!ありがたく思えっ!!」
「ありがたくお断りさせていただきます」
間髪入れずに丁重に返す私。
「えぇぇ~~~!!?やだぁ~~!いっしょにまつりたのしみたい~~~~~~!!!」
「あんたの願望優先かい」
先ほどよりも激しく喚く慧音に対し、私は冷静にツッコむ。それにしても、今日の慧音は子供っぽかったり、やけに暑苦しかったりと変な酔い方をしている。慧音は酒を飲んでも悪酔いはしないタイプであることは、自分が良く知っている。今日のこの状況も考慮して考えると、酔いが、というよりも、祭りが慧音の人格を変えているように思える。そんなことを考えていると、慧音が最終兵器を投下して来た。
「……一緒に居てくれないのか?」
身を縮こめて、顔をさらに紅くして、上目遣いで、涙目で、究極の一言を私に放った。いくらなんでもこれは卑怯だろ。こんな弱々しい態度をとられてしまうと、誰でも心が折れてしまう。私とて例外ではない。今まで保ってきたNOの意志が、この一撃によって無念にも崩れ去ってしまった。
「ぐぅ……仕方ない、今回は特べ
「よし決まりだじゃあ早速行くぞこっちだ!!」
私が言い終えるのを待たずに、早口で捲くし立てると、ポケットに突っ込んだままの左手を強引に引きずり出し、手首を掴むとそのまま賑わいの中に飛び込んだ。素敵な芝居をありがとう。そして私の心が揺らいだ事実を取り消せ。
「妹紅っ、あれ食べよう!私が奢ってやる」
慧音が指差した先に合ったのはりんご飴の露店だった。成程、確かに定番といえば定番だ。そして奢りというのが素直に嬉しい。
「どれでも好きなのを選んでいいぞ」
この露店で売られているりんご飴は、赤と青、大と小の4種類。私は迷わず答える。
「赤くて大きいの」
「ふふっ、言うと思った。じゃあ、私はその小さいのを」
二つのりんご飴は露天の親父の手から慧音の手に渡り、そして赤く大きい方が私の手元に来た。
もらうやいなや、私はりんご飴にかじりついた。周りの赤い外装をバリバリと噛み砕き、すぐさま中のりんごに到達した。りんごはしなびて口当たりがパサパサしていたが、これがりんご飴の長所であることを、少なからず私は知っていた。
「こらこらそんなにがっついていたらすぐになくなってしまうぞ?せっかくのりんご飴なんだからよく味わって食べないと」
慧音に言われ少し反省する。一旦食べるのをやめ、舐めることから再開する。
その時、何か二つ三つほど視線を感じた。視線の主の方を見ると、その先には背の小さな双角の鬼と、同じくらい背の小さな吸血鬼、そして二人に挟まれるように、この神社の巫女が立っていた。巫女を中心に仲良く手を繋いでいる。小さい方二人は私が持っているりんご飴に視線を釘付けにして、目を輝かせ、繋いでない方の手の人差し指を銜えていた。指を口から離すと、巫女に満面の笑みを向け、その指でりんご飴の露店を指した。ココまで、二人の動作は綺麗にシンクロしている。その始終を見ていた巫女は胸元で大きな×印を作る。途端、小さな鬼たちは大声で喚き始めた。先の慧音のそれとはわけが違う。これが本物かと私は一人感心した。二人の騒ぎように巫女は本気であたふたしている。その光景を、三人の後ろの方から、スキマ妖怪とメイドが微笑みながら眺めていた。恐らく鬼たちの本来の保護者のなのだろう。すかさず、巫女は後方の二人に助けを求めたが、先の巫女同様、二人とも×印を作って応えた。次第に追い詰められたのか、今度は私たちにまで助けを求めてきた。何も言わずとも、すさまじい眼力で訴えてくる。助けろと。勿論、私たちはご期待通りに×印で応えた。とうとう完全に追い詰められて、頭を抱えてもだえる巫女。そして徐々に立ち上がると、懐から財布を取り出し、中身を確認し、一瞬硬直して、ふらふらとおぼつかない足取りで店の方に歩いていった。その目に涙を浮かばせながら。そんな巫女の苦労を知ってか知らずか、鬼っ子二人はバンザイしながら嬉々としていた。
まぁ、何というか、……頑張れ。
私は巫女に心の中で小さくエールを送ると、慧音に手を引かれてその場所を後にした。
顔見知りに頻繁に遭遇するのも、祭りの醍醐味なのかもしれない。楽しそうに談笑しながら歩く三人の魔法使いたち。紅魔館の門番に肩車をされてはしゃぐ吸血鬼の妹。ご満悦な顔つきで食べ歩く亡霊と、その後を沢山の食べ物を持ち、息を荒げながらもついていく庭師。神社にある分社の前で布教活動に勤しむ山の巫女。そんな巫女をよそに祭りを楽しむニ柱。実に様々な顔ぶれだ。そしてその全員が共通して楽しそうな顔をしているのは、祭りの持つ力によるものなのだろうか。
私たちは現在、足休めと称して夜雀の屋台で一服している。軽く酒を飲み、八目鰻の蒲焼をつまむ。
私は今一度、今日の祭りでのことを思い返してみる。不思議なことに私は人込みに紛れることに拒絶反応を示さなかった。慧音が一緒に居てくれたというのが一番大きいかもしれない。至極落ち着けるのだ。自分以外のことも思い返す。浮かぶのは、全員に共通する、笑顔の数々。そしてもう一つ、全員に共通する――――……。思い出した途端に恥ずかしくなった。自分一人だけ浮いているような恥ずかしさ。
「ねぇ、慧音…」
「どうした?」
「わたしだけだよね。その…浴衣着てないの」
ワイシャツ、もんぺ、サスペンダー。普段と何ら変わらない私は、この特別な雰囲気の中では明らかに浮いた存在だった。
「仕方ないじゃないか。この際我慢して割り切ることも大切だぞ?」
「そうだけどさ。でも…」
やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしい。そう言おうとしたとき、
「おやおや、お困りのようだねぇ」
突然、店主の夜雀が会話に割って入ってきた。
「こんな物で良ければ貸すけど、どうかな?」
「え?」
「お、これは…」
夜雀が物陰から取り出したのは、紅よりも深い、濃紅の浴衣だった。
「正真の紅色の浴衣だ。これなら、お前さんのその綺麗な銀髪が映えて、よく似合うはずだよ。」
綺麗、と言われた途端、私は気恥ずかしくなり夜雀から視線をそらした。顔が熱くなる。褒められたのは髪の方なのだが。
「なかなかいいじゃないか。折角だ、妹紅。はやく着替えて来い」
慧音に急かされ、私は夜雀から浴衣を受け取ると、屋台の裏を借りた。浴衣は丁寧に仕立てされており、サイズも申し分ない。もしかしたらこの浴衣は夜雀のお気に入りなのかもしれない。そう思うと、なんだか申し訳ない気がした。
着替え終わり、二人の前に立つ。夜雀は予想通りと言いたげな、満足そうな笑みを浮かべた。一方慧音は、目を見開いてぼぅっとしている。どうやら驚いているようだ。
「…慧音?」
「えっ、あっああ、妹紅。えと、あの……」
元々少し紅かった頬をさらに紅くして、しどろもどろし始める。可愛いやつめ。
「その…綺麗だな…」
再び綺麗と言われ、私はまた、今度は慧音に負けないくらい顔が紅くなった。二人そろって視線を下に下ろす。
「深紅に藍。いやはや全く、濃ゆくてお似合いのカップルだねぇ」
ニヤニヤしながら茶化す夜雀。ハッとして、我に帰った私は、夜雀の方を向いて、礼を言う。
「あ…ありがとう、ミスティア」
「いいっていいって。困った時はお互い様、でしょ?」
笑顔で応えてくれて、心底ありがたかった。
「妹紅、あれが最後だ!最終決戦といこうじゃないか」
そう言って慧音が指差した先には射的の露店があった。第一回戦の水ヨーヨー掬いより始まった、私と慧音による露店巡り兼露店三本勝負。現況はニ戦一勝一敗。水ヨーヨーでは祭り慣れしている慧音に手も足も出なかったが、ニ戦目のかき氷早食い対決では私の食い意地が勝利した。勝ったからといって別に何があるというわけではないが、二人して大人げも無くはしゃいでしまった。
「フフン、望むところだ!」
勇んで射的に挑もうと駆け寄る私たち。しかし、私はふと足を止めた。そしてもの至極嫌そうな顔をした。
射的には既に先客が居た。…輝夜だった。永遠亭の連中もいる。
ふいに、鈴仙と永琳の二人が銃を構えた。次の瞬間、棚に置かれた景品が次々に撃ち落とされていく。鈴仙、そして永琳。この二人のスペルカード戦での戦い方を考えれば、射的で景品を獲得するくらいたやすいことだとすぐに分かる。この光景を、輝夜は嬉々として見ていた。本当に、心から、嬉しそうな、幸せそうな顔で。
あいつ……あんな風に笑うんだ………。
私の記憶にある輝夜の笑った顔といえば、戦いの最中の、余裕そうな、私をあざ笑うかのような、そんな顔。今私が見た輝夜の笑顔は、こちらにも伝わるくらい、幸福感にあふれる、初めて見るものだった。
ふっと、慧音が私の肩に手を乗せた。
「決闘、申し込むか?」
私は目を閉じ、静かに首を横に振る。祭りのこの雰囲気も、輝夜の幸せも、壊したくなかったから。慧音はにこりと笑うと、射的の露店に背を向け、歩き出した。
ドオン、ドオン…………
太鼓の打音が境内に響き渡る。この音が合図であるかのように、慧音が突然私の手首を掴み、言った。
「妹紅、ついてきてくれ!とっておきを見せてやる!」
最初の頃同様、私の意志に関係なく、グイグイと引っ張って行く慧音。やれやれとは思いつつも、次は何があるのかと思うと期待せずにはいられなかった。
着いた先は神社の本殿の裏。暗く、私たち以外には誰も居ない。
「此処ならバレないな。ちょっと飛ぶけど、いいか?」
「飛ぶって、何処に?」
「この上に」
慧音は本殿の屋根を指差した。ああ成程、だから「バレない」か。納得してから、私たちは神社の屋根へ飛ぶ。
着地して早々、私は息を呑んだ。眼下に見下ろした境内は、淡く、心地良い暖かさを感じる橙色に包まれていた。その中をヒトが、各々の浴衣の色を弱々しく放ちながら、賑やかに、然れど優しく、揺らいでいた。これほどまでに幻想的という言葉がピタリと当てはまる光景を見たことがなかった。
「妹紅、ほれ」
突然慧音が私を呼んだ。同時に、何かを投げてきた。慌てて受け取る。手のひらに触れた瞬間、冷たい感覚が脳まで走った。
「これ……麦酒?」
「正解。店を出る時、大将から頂いたんだ。『初々しい二人を祝して』だとさ」
麦酒とは言ったが、正確には缶ビールだ。大将とは夜雀のことだろう。いyはや、あの夜雀には当分頭が上がらないな。
そんなことを考えながら苦笑いを浮かべていると、慧音が体同士が触れるくらい近づいてきて、そのまま腰を下ろした。少しドキりとしながらも私も合わせて腰を下ろす。そして缶を開ける。
「ふふっ、乾杯」
「……乾杯」
缶同士が触れ、カンッという少しくぐもった音を発した。少しずつ、少しずつ、ビールの味を楽しみながら飲んでいく。美味しい。缶ビール自体は外の世界の代物なので、飲む機会はめったにない。さらに、普段とは違うこの特別な雰囲気も相俟って、その味は格別だった。
「―――…っぷはぁ!……なぁ妹紅、今日はどうだった?」
不意に慧音が問いかけてきた。が、私は迷わず答える。
「楽しかったよ、とても、とても。祭りがこんなにも楽しいものだなんて知らなかった。」
「そうか、よかった」
にこりと慧音が微笑む。それだけ、私は幸せな気分になれる。互いの笑顔を確認した後、わたしたちは残りのビールを飲み干していった。
「綺麗な灯りだ。それでいて儚い」
徐に慧音が語りだした。その声からは、今までの酔いが感じられなかった。
「祭りというのはな、誰もが楽しめる、それこそ、人間も妖怪も問わない、不思議な行儀なんだ。でも、人間の記憶とは脆いものでな、簡単に忘れてしまうんだ。りんご飴も、水ヨーヨーも、射的の景品も、カキ氷も、酒も、楽しかった瞬間も、一ヶ月、いや、来週にもなれば殆ど忘れてしまうだろう。輝くのは今日という一瞬。後は何事もなかったかのように、足早に消えてしまう。祭りというのは、賑やかな反面、寂しさの象徴でもあるんだ。」
語り続ける慧音の表情は、幸福から哀愁へと変わっていった。
「でも私は、今日のこの祭りを、ずっと憶えていたい。幻想郷の歴史を司る者としてではなく、上白沢慧音として、お前と共に過ごしたこの祭りの時間を。いつまでも、いつまでも………」
語り終えた慧音の表情は、相変わらず哀愁が漂っていて、その瞳は遠くを見つめていたが、どこか力強くも感じられた。
「……妹紅は、どう思う?」
「え?あ………」
予期せぬ問いかけに私は戸惑ってしまう。答えなんて決まっている。しかし、それを上手く言葉で表す自信がなかった。
少し間をおいてから、徐に、私は口を開いた。
「私は―――――
―――……私は、いや、私も、憶えていたい。慧音が上白沢慧音であるように、私も藤原妹紅として、慧音が私を祭りに誘ってくれたことも、霊夢が泣き顔だったことも、りんご飴が美味しかったことも、早食いで私が勝ったことも、ミスティアが私に浴衣を貸してくれたことも、今日会った連中の楽しそうな姿も、輝夜の笑顔も、目の前の綺麗な景色も、ビールの味も、全部、全部………。たぶん、私の永遠の生の中で、これ以上は………無いから……」
慧音とは対照的に、私の声は消えそうなくらいか細かった。
「………そう、か……」
それだけ言って、彼女は私に向かって優しく微笑んだ。
「ねぇ、慧音」
「ん?」
「……ありがとう…」
「……うん…」
その直後、慧音が突然、私の胸に頭を預けるかたちで寄りかかってきた。私は驚きで顔が紅潮した。と同時に、胸元に体温とは違った温かな湿り気を感じた。慧音の表情は確認出来ないけれど、すぐにそれが涙だと分かった。それも浴衣越しに分かるくらい、大粒で、沢山の。
私は腕を前にまわし、そっと慧音を抱きしめた。暖かな、優しさが伝わってくる。
ドオン、…パラ、ドオン、…パラ
太鼓の打音とは異なる、低い音が轟く。見上げると、闇夜に色鮮やかな花火が咲いていた大きく咲き誇った花は、弱々しい光の筋となり、雲一つ無い夜空に消えていった。さながら、夢のように。慧音の言ったとっておきとは、間違いなくこの花火のことだろう。私たちの居るこの場所は、いわば、特等席だ。そして、花火はヒトビトに最大の感動を与えると共に、祭りが終わることを告げる合図でもあった。
ドオン、…パラ、ドオン、ドオン、パラ、パララ
歓声が上がる中、ふと、視線を下ろす。こちらを眺めている博麗の巫女と目が合った。巫女はフッと、意味深な笑みを浮かべると、私たちに背を向け、そのまま暖かな灯りの中に消えていった。
ドオン、ドオン、…パラ、パララ
幸福が、私たちを灯す。幸福が、私たちを包む。
永遠の生命と共に在る、かけがえのない、祭…。
私たちの中で永遠に続く、暖かな橙色の祭が、今、終わろうとしている――――……
<了>
私、藤原妹紅は今、博麗神社の鳥居の真下に立っている。実はこの博麗神社、私のお気に入りの場所だったりする。博麗神社は幻想郷と外の世界の境、つまり幻想郷の最端に位置している。ゆえに、相当離れた場所にある人里からわざわざ来る人間は殆どいない。閑寂な場所なのだ。勿論、人間が居ない代わりに妖怪が群れていたり、昼夜を問わず宴会が開かれたりと、騒がしい面もある。しかし、普段の神社、特に夜には、境内は恐ろしいほどの静寂に包まれるのだ。何か聴こえたとしても、せいぜい、風に戦ぐ緑の音と、消え入るような虫の声くらい。私はそこでひんやりと冷たい風にあたるのが好きだった。気分が清々しくなる。巫女にはバレると面倒なので、気配を消すことには細心の注意を払うことも忘れない。よって、巫女には私のこの密かな楽しみを知られていない。……はず。勘の良い巫女のことだから、もしかすると気付かれているかもしれないが、本人から直接口出ししてこないので、「まだバレていない」と解釈することにしている。
しかし、今日の神社は普段とは全く違う姿をしていた。見渡す限りの人、妖怪、人、妖怪……。石畳の左右には露天が連なっており、境内の中は淡い橙の灯りに包まれている。それもそのはず、今日は博麗神社で行われる祭りの日なのだ。夜空で星が輝く現在、恐らく祭りの盛り上がりもピークを迎えているのだろう。とても賑やかである。
「祭りってのは相変わらずヒトが多いな。……落ち着かない」
私は人込みが嫌いだ。長い間竹林で隠れるように生活していたことが、私をそうさせたのだろう。人一人と面と向かってしゃべるのは好きだが、大勢の中に紛れるのには慣れていない。この感覚はなかなか捨てきることが出来なかった。
「仕方ない、今日は帰るしかないか。」
これから祭りに行く奴と鉢合わせになるのもヤだから、遠回りしようかな…。などと考えながら神社に背を向けた。その時…、
「もっこっおーーっ!!」
…なんか凄い大声で呼ばれた。少し嫌な予感がしながらも、振り返ってみる。
そして……
…ぴとっ。
「ぅひゃあっ!」
何か冷たいものが頬に当たる。突然のことに私は不覚にも間抜けな悲鳴を上げてします。素直に恥ずかしい…。
「あっはっは!もこったらかわい♪」
急いで目の前の人物に焦点を合わせる。…慧音だった。しかし、いつもの慧音とは明らかに違う。いつも着ているような、襟と袖とスカートの裾が奇天烈な服ではなく、深みのある藍色をした浴衣を着ている。トレードマークのあの五重塔の天辺みたいな形のおかしな帽子も、今は無い。そして極め付けに、彼女の頬は少し紅潮していた。…酔っ払ってるのかこいつ。今の慧音の姿は、「私今祭り凄いエンジョイしてます!」と自己主張しているかのようだった。
慧音の手からぶら下がっているそれは、間違いなく私に恥ずかしい思いをさせた犯行道具。糸でつるされた、水の入った透明な袋で、その中で金魚がふわふわと泳いでいた。
「珍しいな。妹紅が祭りに来ているなんて。」
珍しいのも無理はない。だって本人が知らなかったのだもの。
「別に祭りが目的で来たんじゃないんだ。だからもう帰る。」
「えぇぇ~~~!!?帰っちゃうのか~~!?つまんな~~~い!!」
酔いが働いているのか、至極子供らしい仕草で駄々をこねる慧音。普段の凛々しい彼女とのギャップに困惑している私を見て何を思ったのか、慧音は駄々をこねるのをやめ、突然にやりと怪しい笑みを浮かべた。私の背筋に悪寒が走る。
「よし妹紅っ!祭りの楽しさを知らんだろうお前に、この慧音大先生が祭りとは何たるかをみっちりと教えてやる!!ありがたく思えっ!!」
「ありがたくお断りさせていただきます」
間髪入れずに丁重に返す私。
「えぇぇ~~~!!?やだぁ~~!いっしょにまつりたのしみたい~~~~~~!!!」
「あんたの願望優先かい」
先ほどよりも激しく喚く慧音に対し、私は冷静にツッコむ。それにしても、今日の慧音は子供っぽかったり、やけに暑苦しかったりと変な酔い方をしている。慧音は酒を飲んでも悪酔いはしないタイプであることは、自分が良く知っている。今日のこの状況も考慮して考えると、酔いが、というよりも、祭りが慧音の人格を変えているように思える。そんなことを考えていると、慧音が最終兵器を投下して来た。
「……一緒に居てくれないのか?」
身を縮こめて、顔をさらに紅くして、上目遣いで、涙目で、究極の一言を私に放った。いくらなんでもこれは卑怯だろ。こんな弱々しい態度をとられてしまうと、誰でも心が折れてしまう。私とて例外ではない。今まで保ってきたNOの意志が、この一撃によって無念にも崩れ去ってしまった。
「ぐぅ……仕方ない、今回は特べ
「よし決まりだじゃあ早速行くぞこっちだ!!」
私が言い終えるのを待たずに、早口で捲くし立てると、ポケットに突っ込んだままの左手を強引に引きずり出し、手首を掴むとそのまま賑わいの中に飛び込んだ。素敵な芝居をありがとう。そして私の心が揺らいだ事実を取り消せ。
「妹紅っ、あれ食べよう!私が奢ってやる」
慧音が指差した先に合ったのはりんご飴の露店だった。成程、確かに定番といえば定番だ。そして奢りというのが素直に嬉しい。
「どれでも好きなのを選んでいいぞ」
この露店で売られているりんご飴は、赤と青、大と小の4種類。私は迷わず答える。
「赤くて大きいの」
「ふふっ、言うと思った。じゃあ、私はその小さいのを」
二つのりんご飴は露天の親父の手から慧音の手に渡り、そして赤く大きい方が私の手元に来た。
もらうやいなや、私はりんご飴にかじりついた。周りの赤い外装をバリバリと噛み砕き、すぐさま中のりんごに到達した。りんごはしなびて口当たりがパサパサしていたが、これがりんご飴の長所であることを、少なからず私は知っていた。
「こらこらそんなにがっついていたらすぐになくなってしまうぞ?せっかくのりんご飴なんだからよく味わって食べないと」
慧音に言われ少し反省する。一旦食べるのをやめ、舐めることから再開する。
その時、何か二つ三つほど視線を感じた。視線の主の方を見ると、その先には背の小さな双角の鬼と、同じくらい背の小さな吸血鬼、そして二人に挟まれるように、この神社の巫女が立っていた。巫女を中心に仲良く手を繋いでいる。小さい方二人は私が持っているりんご飴に視線を釘付けにして、目を輝かせ、繋いでない方の手の人差し指を銜えていた。指を口から離すと、巫女に満面の笑みを向け、その指でりんご飴の露店を指した。ココまで、二人の動作は綺麗にシンクロしている。その始終を見ていた巫女は胸元で大きな×印を作る。途端、小さな鬼たちは大声で喚き始めた。先の慧音のそれとはわけが違う。これが本物かと私は一人感心した。二人の騒ぎように巫女は本気であたふたしている。その光景を、三人の後ろの方から、スキマ妖怪とメイドが微笑みながら眺めていた。恐らく鬼たちの本来の保護者のなのだろう。すかさず、巫女は後方の二人に助けを求めたが、先の巫女同様、二人とも×印を作って応えた。次第に追い詰められたのか、今度は私たちにまで助けを求めてきた。何も言わずとも、すさまじい眼力で訴えてくる。助けろと。勿論、私たちはご期待通りに×印で応えた。とうとう完全に追い詰められて、頭を抱えてもだえる巫女。そして徐々に立ち上がると、懐から財布を取り出し、中身を確認し、一瞬硬直して、ふらふらとおぼつかない足取りで店の方に歩いていった。その目に涙を浮かばせながら。そんな巫女の苦労を知ってか知らずか、鬼っ子二人はバンザイしながら嬉々としていた。
まぁ、何というか、……頑張れ。
私は巫女に心の中で小さくエールを送ると、慧音に手を引かれてその場所を後にした。
顔見知りに頻繁に遭遇するのも、祭りの醍醐味なのかもしれない。楽しそうに談笑しながら歩く三人の魔法使いたち。紅魔館の門番に肩車をされてはしゃぐ吸血鬼の妹。ご満悦な顔つきで食べ歩く亡霊と、その後を沢山の食べ物を持ち、息を荒げながらもついていく庭師。神社にある分社の前で布教活動に勤しむ山の巫女。そんな巫女をよそに祭りを楽しむニ柱。実に様々な顔ぶれだ。そしてその全員が共通して楽しそうな顔をしているのは、祭りの持つ力によるものなのだろうか。
私たちは現在、足休めと称して夜雀の屋台で一服している。軽く酒を飲み、八目鰻の蒲焼をつまむ。
私は今一度、今日の祭りでのことを思い返してみる。不思議なことに私は人込みに紛れることに拒絶反応を示さなかった。慧音が一緒に居てくれたというのが一番大きいかもしれない。至極落ち着けるのだ。自分以外のことも思い返す。浮かぶのは、全員に共通する、笑顔の数々。そしてもう一つ、全員に共通する――――……。思い出した途端に恥ずかしくなった。自分一人だけ浮いているような恥ずかしさ。
「ねぇ、慧音…」
「どうした?」
「わたしだけだよね。その…浴衣着てないの」
ワイシャツ、もんぺ、サスペンダー。普段と何ら変わらない私は、この特別な雰囲気の中では明らかに浮いた存在だった。
「仕方ないじゃないか。この際我慢して割り切ることも大切だぞ?」
「そうだけどさ。でも…」
やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしい。そう言おうとしたとき、
「おやおや、お困りのようだねぇ」
突然、店主の夜雀が会話に割って入ってきた。
「こんな物で良ければ貸すけど、どうかな?」
「え?」
「お、これは…」
夜雀が物陰から取り出したのは、紅よりも深い、濃紅の浴衣だった。
「正真の紅色の浴衣だ。これなら、お前さんのその綺麗な銀髪が映えて、よく似合うはずだよ。」
綺麗、と言われた途端、私は気恥ずかしくなり夜雀から視線をそらした。顔が熱くなる。褒められたのは髪の方なのだが。
「なかなかいいじゃないか。折角だ、妹紅。はやく着替えて来い」
慧音に急かされ、私は夜雀から浴衣を受け取ると、屋台の裏を借りた。浴衣は丁寧に仕立てされており、サイズも申し分ない。もしかしたらこの浴衣は夜雀のお気に入りなのかもしれない。そう思うと、なんだか申し訳ない気がした。
着替え終わり、二人の前に立つ。夜雀は予想通りと言いたげな、満足そうな笑みを浮かべた。一方慧音は、目を見開いてぼぅっとしている。どうやら驚いているようだ。
「…慧音?」
「えっ、あっああ、妹紅。えと、あの……」
元々少し紅かった頬をさらに紅くして、しどろもどろし始める。可愛いやつめ。
「その…綺麗だな…」
再び綺麗と言われ、私はまた、今度は慧音に負けないくらい顔が紅くなった。二人そろって視線を下に下ろす。
「深紅に藍。いやはや全く、濃ゆくてお似合いのカップルだねぇ」
ニヤニヤしながら茶化す夜雀。ハッとして、我に帰った私は、夜雀の方を向いて、礼を言う。
「あ…ありがとう、ミスティア」
「いいっていいって。困った時はお互い様、でしょ?」
笑顔で応えてくれて、心底ありがたかった。
「妹紅、あれが最後だ!最終決戦といこうじゃないか」
そう言って慧音が指差した先には射的の露店があった。第一回戦の水ヨーヨー掬いより始まった、私と慧音による露店巡り兼露店三本勝負。現況はニ戦一勝一敗。水ヨーヨーでは祭り慣れしている慧音に手も足も出なかったが、ニ戦目のかき氷早食い対決では私の食い意地が勝利した。勝ったからといって別に何があるというわけではないが、二人して大人げも無くはしゃいでしまった。
「フフン、望むところだ!」
勇んで射的に挑もうと駆け寄る私たち。しかし、私はふと足を止めた。そしてもの至極嫌そうな顔をした。
射的には既に先客が居た。…輝夜だった。永遠亭の連中もいる。
ふいに、鈴仙と永琳の二人が銃を構えた。次の瞬間、棚に置かれた景品が次々に撃ち落とされていく。鈴仙、そして永琳。この二人のスペルカード戦での戦い方を考えれば、射的で景品を獲得するくらいたやすいことだとすぐに分かる。この光景を、輝夜は嬉々として見ていた。本当に、心から、嬉しそうな、幸せそうな顔で。
あいつ……あんな風に笑うんだ………。
私の記憶にある輝夜の笑った顔といえば、戦いの最中の、余裕そうな、私をあざ笑うかのような、そんな顔。今私が見た輝夜の笑顔は、こちらにも伝わるくらい、幸福感にあふれる、初めて見るものだった。
ふっと、慧音が私の肩に手を乗せた。
「決闘、申し込むか?」
私は目を閉じ、静かに首を横に振る。祭りのこの雰囲気も、輝夜の幸せも、壊したくなかったから。慧音はにこりと笑うと、射的の露店に背を向け、歩き出した。
ドオン、ドオン…………
太鼓の打音が境内に響き渡る。この音が合図であるかのように、慧音が突然私の手首を掴み、言った。
「妹紅、ついてきてくれ!とっておきを見せてやる!」
最初の頃同様、私の意志に関係なく、グイグイと引っ張って行く慧音。やれやれとは思いつつも、次は何があるのかと思うと期待せずにはいられなかった。
着いた先は神社の本殿の裏。暗く、私たち以外には誰も居ない。
「此処ならバレないな。ちょっと飛ぶけど、いいか?」
「飛ぶって、何処に?」
「この上に」
慧音は本殿の屋根を指差した。ああ成程、だから「バレない」か。納得してから、私たちは神社の屋根へ飛ぶ。
着地して早々、私は息を呑んだ。眼下に見下ろした境内は、淡く、心地良い暖かさを感じる橙色に包まれていた。その中をヒトが、各々の浴衣の色を弱々しく放ちながら、賑やかに、然れど優しく、揺らいでいた。これほどまでに幻想的という言葉がピタリと当てはまる光景を見たことがなかった。
「妹紅、ほれ」
突然慧音が私を呼んだ。同時に、何かを投げてきた。慌てて受け取る。手のひらに触れた瞬間、冷たい感覚が脳まで走った。
「これ……麦酒?」
「正解。店を出る時、大将から頂いたんだ。『初々しい二人を祝して』だとさ」
麦酒とは言ったが、正確には缶ビールだ。大将とは夜雀のことだろう。いyはや、あの夜雀には当分頭が上がらないな。
そんなことを考えながら苦笑いを浮かべていると、慧音が体同士が触れるくらい近づいてきて、そのまま腰を下ろした。少しドキりとしながらも私も合わせて腰を下ろす。そして缶を開ける。
「ふふっ、乾杯」
「……乾杯」
缶同士が触れ、カンッという少しくぐもった音を発した。少しずつ、少しずつ、ビールの味を楽しみながら飲んでいく。美味しい。缶ビール自体は外の世界の代物なので、飲む機会はめったにない。さらに、普段とは違うこの特別な雰囲気も相俟って、その味は格別だった。
「―――…っぷはぁ!……なぁ妹紅、今日はどうだった?」
不意に慧音が問いかけてきた。が、私は迷わず答える。
「楽しかったよ、とても、とても。祭りがこんなにも楽しいものだなんて知らなかった。」
「そうか、よかった」
にこりと慧音が微笑む。それだけ、私は幸せな気分になれる。互いの笑顔を確認した後、わたしたちは残りのビールを飲み干していった。
「綺麗な灯りだ。それでいて儚い」
徐に慧音が語りだした。その声からは、今までの酔いが感じられなかった。
「祭りというのはな、誰もが楽しめる、それこそ、人間も妖怪も問わない、不思議な行儀なんだ。でも、人間の記憶とは脆いものでな、簡単に忘れてしまうんだ。りんご飴も、水ヨーヨーも、射的の景品も、カキ氷も、酒も、楽しかった瞬間も、一ヶ月、いや、来週にもなれば殆ど忘れてしまうだろう。輝くのは今日という一瞬。後は何事もなかったかのように、足早に消えてしまう。祭りというのは、賑やかな反面、寂しさの象徴でもあるんだ。」
語り続ける慧音の表情は、幸福から哀愁へと変わっていった。
「でも私は、今日のこの祭りを、ずっと憶えていたい。幻想郷の歴史を司る者としてではなく、上白沢慧音として、お前と共に過ごしたこの祭りの時間を。いつまでも、いつまでも………」
語り終えた慧音の表情は、相変わらず哀愁が漂っていて、その瞳は遠くを見つめていたが、どこか力強くも感じられた。
「……妹紅は、どう思う?」
「え?あ………」
予期せぬ問いかけに私は戸惑ってしまう。答えなんて決まっている。しかし、それを上手く言葉で表す自信がなかった。
少し間をおいてから、徐に、私は口を開いた。
「私は―――――
―――……私は、いや、私も、憶えていたい。慧音が上白沢慧音であるように、私も藤原妹紅として、慧音が私を祭りに誘ってくれたことも、霊夢が泣き顔だったことも、りんご飴が美味しかったことも、早食いで私が勝ったことも、ミスティアが私に浴衣を貸してくれたことも、今日会った連中の楽しそうな姿も、輝夜の笑顔も、目の前の綺麗な景色も、ビールの味も、全部、全部………。たぶん、私の永遠の生の中で、これ以上は………無いから……」
慧音とは対照的に、私の声は消えそうなくらいか細かった。
「………そう、か……」
それだけ言って、彼女は私に向かって優しく微笑んだ。
「ねぇ、慧音」
「ん?」
「……ありがとう…」
「……うん…」
その直後、慧音が突然、私の胸に頭を預けるかたちで寄りかかってきた。私は驚きで顔が紅潮した。と同時に、胸元に体温とは違った温かな湿り気を感じた。慧音の表情は確認出来ないけれど、すぐにそれが涙だと分かった。それも浴衣越しに分かるくらい、大粒で、沢山の。
私は腕を前にまわし、そっと慧音を抱きしめた。暖かな、優しさが伝わってくる。
ドオン、…パラ、ドオン、…パラ
太鼓の打音とは異なる、低い音が轟く。見上げると、闇夜に色鮮やかな花火が咲いていた大きく咲き誇った花は、弱々しい光の筋となり、雲一つ無い夜空に消えていった。さながら、夢のように。慧音の言ったとっておきとは、間違いなくこの花火のことだろう。私たちの居るこの場所は、いわば、特等席だ。そして、花火はヒトビトに最大の感動を与えると共に、祭りが終わることを告げる合図でもあった。
ドオン、…パラ、ドオン、ドオン、パラ、パララ
歓声が上がる中、ふと、視線を下ろす。こちらを眺めている博麗の巫女と目が合った。巫女はフッと、意味深な笑みを浮かべると、私たちに背を向け、そのまま暖かな灯りの中に消えていった。
ドオン、ドオン、…パラ、パララ
幸福が、私たちを灯す。幸福が、私たちを包む。
永遠の生命と共に在る、かけがえのない、祭…。
私たちの中で永遠に続く、暖かな橙色の祭が、今、終わろうとしている――――……
<了>
二人が祭りを楽しむ姿など面白いお話でした。
霊夢が鬼っ子二人にリンゴ飴を買う場面とか、色んな人達が楽しんでいる光景に頬が緩みますね。
霊夢のことを考えずに行動する二人は鬼と思う
巫女の懐から、搾り取る鬼たち
なんかむきになって、射撃してそうな師弟
この祭り参加したいです…。食材でもいいから…
初投稿でRate10越え、しかも100点まで頂けるとは……いやはや感謝感謝ですm(_ _)m
簡易の方で評価してくださった方々も、有り難うございました!
フリーレスをもって、コメント返しを……
>煉獄さん
東方キャラが祭りを楽しむというシチュは自分もお気に入りなので、お楽しみいただけたようでなによりです!
>6さん
霊夢があんな役回りなので、その代わりに最後の方に少しだけ登場させましたw霊夢×萃香×レミリアの絡みはマイジャスティス。
>12さん
あの時ゆゆ様が食べていたの……あれはあなただったのですね!!