「星、上白沢慧音さんが人里との付き合い方についての話し合いに来てるよ」
「分かりました。一輪、慧音殿を応接室にご案内してお茶を出しておいてください」
「了解!」
「星殿、わしの姿を見た傘の嬢ちゃんが気絶したのだが、どうすりゃいいかのう?」
「そうですね、雲山、申し訳ないですが、山の上の神社の風祝に届けておいてください」
「承知!」
「星、台所の油汚れが頑固なんですけど、どうしましょう?」
「ムラサ船長、ミカンの皮の内側で掃除すれば油汚れも簡単にとれますよ」
「ありがとうございます!」
「ねえねえ、星ー、ムラサのへそくりってどこにあったっけ?」
「ムラサ船長の部屋のオブジェになっている錨のストック部分が金庫になっています。3732で開きますよ」
「さんきゅ!」
「って! 何を聞いてるんですか、ぬえ!?」
「星ちゃんー、私の巻物、どこにあるか知りませんか?」
「えっと……って、聖!? あなたが持っている皿にのっている6本の太巻き、2本は巻物ですよ!?」
「あら、本当ー」
寅丸星は、命蓮寺の切り盛りを一手に引き受けているだけでなく、困ったことがあると頼られる皆のお母さんでもある。
朝から晩まで、彼女に声がかからないことはなく、その働きぶりは幻想郷でもすでに有名になっている。
そして、今日も激務を終えた星は自室へと戻る。
部屋の四隅に四天王の像が飾られていること以外は特に特徴のない部屋だ。
こった肩をいたわるように腕を軽く回すと、手を2回叩く。すると、ナズーリンが周囲を窺うように静かに入ってきた。
「ナズーリン、どうですか?」
「周囲に人妖の気配はないですよ」
「分かりました」
ナズーリンの言葉を聞いた星は本棚に移動する。
本棚にある何冊かの本を慣れた手つきで出し入れすると、本棚が横にスライドする。そこには扉があり、星が毘沙門天の宝塔をかざすと静かに開いていく。
扉の先には下り階段があり、星とナズーリンは迷うことなく階段を下りていった。
星の部屋では自動的に扉と本棚が静かに元の位置へと戻っていく。やがて、明かりが消え、完全に静寂に包まれた。
星の部屋の扉には「就寝中。用のある方は隣のボタンを押してください」という紙がはってあるが、誰も星の睡眠を邪魔しようとはしないので、事実上誰も夜の星の部屋には近づかないのであった。
星たちが下りた先には扉があった。
星がゆっくりと扉を開けると、そこには――
乙女ワールドが広がっていた。
ピンクを基調とした色合いがまず目に入る。壁紙はうすいピンク。床にしかれたふかふかの絨毯もピンク。部屋の中央には天蓋つきの大きなダブルベッドがあり、ピンクの掛け布団にはデフォルメされた星とナズーリンの絵がいくつも刺繍されている。本棚には曲線が多く使われ無機質なイメージがない上に、オレンジ色のカバーがかけられいてる。そんな本棚に並べられているのは星自作の詩集たち。
そして、何よりも圧倒的なのは、部屋一面に鎮座するぬいぐるみや人形の量だ。虎と鼠のぬいぐるみが中心となって、掌サイズのものから、星の身長ほどの大きさのものまで、すべて合わせると100体を超える勢いだ。
(うう……)
ナズーリンはこの場所に来るたびに、どうしても一瞬全身の毛が逆立ってしまう。自分の趣味とは真逆であるファンシーな雰囲気にあてられるのだ。
一方で、星はこの部屋に入った瞬間、ぴんと伸びていた背筋がふにゃりと曲がり、お気に入りの等身大ナズーリン抱き枕を抱きながら絨毯に女の子座りをする。
「ねえ、ナズナズ~、星、喉が乾いたー」
猫なで声で、上目づかいでナズーリンに訴える星。
ナズーリンは慣れたもので、一つため息をつくと奥のナズーリン専用キッチンからティーセットを取ってくる。
「ご主人様、甘茶でございます」
「わーい」
そして、何かを期待するようにナズーリンを見る星。それに応えるように、ナズーリンは甘茶にフーッと息を何度か吹きかけてから星に渡す。それを星は幸せそうな表情で飲む。
目の前の少女が、命蓮寺を事実上取り仕切る寅丸星と誰が信じるだろうか、とナズーリンはいつも思う。
ナズーリンの目の前にいる少女は、他人よりもちょっと少女趣味が過ぎて、他人よりもちょっと甘えたがりのどこにでもいる少女であった。
「ねえ、ナズナズ、なんか甘いのない?」
「先ほど夕食をとられたばかりじゃないですか」
「甘いのは別腹なのー」
「もう、太っても知りませんよ」
1つのショートケーキを二人で半分こする。ナズーリンとしてはチーズケーキの方が好みだが、ここでは星の好みを優先する。
「ああ、もう、クリームがついてますよ」
ナズーリンがハンカチで星の唇の端についたクリームを拭きとる。
「ナズナズ、こういう場合は舌で舐めとるって本に書いてた」
「ば、馬鹿なこと言わないでください!?」
「へへへー」
「……もう、このご主人様は」
悪戯っぽい笑みを浮かべる星に対し、珍しく頬を赤らめそっぽを向くナズーリン。そんなナズーリンの頬をつんつんとつついて遊ぶ星。やはり、目の前の少女が命蓮寺を事実上取り仕切る寅丸星と誰が信じるだろうか、とナズーリンは再度思う。
しかし、ナズーリンは分かっている。
毘沙門天の代理という重要な任を授かって以来、本来の少女らしさを発揮できるのがこの夜のひと時だけということを。しかも、星はイメージが崩れるということで、素の自分を他人にさらけ出すことは決してしない。だから、星はこの時だけは存分に思いのままふるまう。それを誰がとがめることができるだろうか。
ナズーリンとしては、そんな誰にも見せない姿を自分にだけ見せてくれることを嬉しく思っている。
そして、自分の我儘を全力で受け止めてくれるナズーリンに対して、星はこの時だけは全力で甘えるのであった。
「ねえ、ナズナズ、今日もとっても大変だったの」
「それはよく分かっていますよ。ご主人様は大変よくやっておられます」
「ねえ、ナズナズ、肩がこっちゃって」
「はいはい、ここですか、ここがええのんですか?」
「ねえ、ナズナズ、てのひらもー」
「ああ……肉球が、肉球がプニプニ……」
そして、ナズーリンは星の甘えを黙々とこなしていく。
リラクゼーションチェアを持ってきて、星を仰向けに寝かせる。
まずは、蒸しタオルを2つ用意して、1つは目を覆うように、もう1つは首の後ろに当てる。
「くう~、これだけで気持ちいい~」
「ご主人様、ちょっとの間、大きく身体を動かさないでくださいね」
タオルの上から、目のまわりをゆっくりと指の腹で押す。目のまわりにはツボがたくさんあり、これだけでも眼精疲労の解消に効くのだ。
「ご主人様は最近文書をたくさん書いているから目がお疲れなんですよ。あまり目を酷使すると頭痛がひどくなりますよ」
「だって、御仏の教えを広げるために写経しまくらないといけないんだもん」
「字がうまいのがご主人様と雲山ぐらいですからねー」
「あ、そこそこ、もうちょっと優しく押して」
「こうですか?」
「そうそう! あー、気持ちいいー」
こめかみと目尻の間のへこんだところを、中指の腹でゆっくりと押していく。強くなりすぎないように注意を払いながらゆっくりと力をかけながら、時計回りに回しながら押す。
次に、内側の目尻と鼻柱の上の間を左右の人差し指でゆっくりと押す。
それぞれ5分ずつやった後に、両方の蒸しタオルを新しいものに交換する。
「あ~、このタオルを置かれる瞬間がたまらない~」
「ご主人様、気持ちいいのは結構ですが、口はきちっとしめた方がよろしいかと。よだれが……」
「にゃ、にゃあ!?」
「はいはい、ちゃんと拭いてあげますので、すするなんて恥ずかしい真似はなさらないでくださいね」
先ほど使ったハンカチとは別のハンカチでぬぐう。
次に、おでこの髪の生え際をなぞるように、額からこめかみにかけて、両手の親指をのぞいた指でマッサージをする。指の腹で頭皮だけ動かすような感じでやわらかに動かす。それを数分間念入りにやる。
「はあ~、極楽極楽」
「次は身体を起こしてください」
上半身を起こした星の後ろに立つと、ナズーリンオリジナルのアロマオイルを星の頭部にふりかける。
「きゃっ、冷たい……」
「このぐらいで悲鳴をあげないでください」
ああもう可愛いなあとか思いながら、ナズーリンはアロマオイルを星の頭皮になじませていく。そして、両手で頭を包み込むようにしながら、先ほどと同じように指の腹で頭皮を動かすようにマッサージしていく。
そのまま10分近く念入りにマッサージをする。オイルから発せられる甘い香りが精神をリラックスさせる。星はすっかり緩んだ表情でナズーリンに体重を預けてされるままにしている。
最後に、肩と首を軽くマッサージしてめでたく終了となる。
「ナズナズ、ありがと~」
「いえいえ、さすがに慣れましたし」
「もう、お金を取れるレベルだよー」
「ほほう、では、私が請求したらご主人様は払ってくれるということですね」
ナズーリンの目がきらりと光り、星の笑顔がかたまる。
「おやつの時間にチーズケーキ上乗せの方向でひとつ」
「ふむ、妥協しましょう」
それから、髪だけお湯で洗い流す。すると、もう夜もだいぶ更けていた。
明日の仕事に響くので、二人は寝間着に着替えて寝ることにする。
星はホワイトタイガーをモチーフとした白と黒のパジャマ、ナズーリンは灰色の着ぐるみパジャマだ。頭頂部には耳を通す穴がしっかりとあって、大きな耳がぴょこんと飛び出ている。
「それではご主人様、おやすみなさいませ」
一礼して部屋を出て行こうとするナズーリンのパジャマの裾を星はつかむ。
「あの、ご主人様?」
「ナズナズ……行っちゃうの?」
瞳をうるうるさせながら上目づかいに言う星。ナズーリンは頬を赤らめて返事に詰まる。
「あのですね……ぐえ……」
「ナズナズ、相変わらずあったかーい」
星はナズーリンを抱き枕のようにギュッと抱きしめる。体格差から、ナズーリンはすっかり抱き枕のようだ。そのまま空中で足をばたつかせるナズーリンをベッドまで拉致する。
「一緒に寝よ?」
「ご主人様、いい加減一人で寝られるように……」
「ナズナズは、星のこと、嫌いになっちゃった?」
「わー! 嫌いになんかなってません! なってません! だから泣かないでください!」
ナズーリンがあきらめて力を抜くと、星はにこにこと笑いながら、今度は優しくナズーリンを抱きしめる。星の体温が伝わってきて、ナズーリンも妙にリラックスしてしまう。
「すう……」
「うわ、相変わらず寝付きよすぎるな、このご主人」
それだけ疲れていたということでもあり、ナズーリンは苦笑を浮かべながら主の髪を優しく撫でる。
「さて、明かりを消して私も寝るとしようか……」
明かりを消しにベッドから出ようとするが、寝ている星の手がナズーリンを放さない。無理やり脱出しようとして星を起こすのも忍びないので、明かりを消すのをナズーリンはあきらめる。
「明るいと寝づらいんだけどなあ……」
しかし、その数分後には規則正しい寝息が二つ、重なるように聞こえてくるのであった。
「ふっふっふ、命蓮寺の寅丸星を驚かしたとあったら、この多々良小傘の株もきっと上がりまくりに違いない」
命蓮寺に潜入した小傘は、「就寝中。用のある方は隣のボタンを押してください」という紙がはってある扉の前に立っていた。もちろんボタンを押すつもりは毛頭ない。
「今日はさでずむ巫女にえらい目にあわされたけど……」
雲山によって山の上の神社に運ばれた小傘は、当然のごとく早苗と出くわすのであった。なお、さでずむの正しい意味は諏訪子から懇切丁寧に教えられたので、もう使い方を間違いはしない。
現人神は小傘にご執心で、キラキラした瞳で小傘に絡み、おかげで小傘は精神的さでずむ攻撃によってすっかり疲弊していた。
「これできっと報われるに違いない! いざ! うらめしやの真髄を見せるのだー!」
鍵を外すテクニックなど持ち合わせていないので、とりあえず特攻するために、小傘は助走をつけようと2、3歩下がり――
「うらめしやー!」
「きょほぁっ!!??」
突然後ろから声をかけられ、心臓が口から飛び出るほど驚いたのであった。
「妖怪を驚かせに来たら、逆に驚かされてしまうとはなんたる不覚」
「隙だらけでしたよー。誠に甘く、油断大敵であるっ! 南無三!」
小傘を撃退したのは白蓮であった。
「うう……、本当にここの人間たちも妖怪たちも驚いてくれない。とってもひもじいよー」
「あらあら大変、おいしいお萩があるんだけど、食べますか?」
小傘の表情がぱーっと明るくなる。他人が驚くときの心を食べなければ根本的な解決にならないが、胃を満たせば、それはそれで幸せだったりするのである。それが甘いものであるならばなおさらだ。
「食べる食べる!」
「じゃあ、私の部屋にいらっしゃいな、いつまでもここにいたりしないで」
「はーい」
小傘の心はすっかりお萩一色になり、白蓮のあとを嬉しそうについていくのであった。
翌日の朝――
ナズーリンが目を覚ますと、すでに主の姿は部屋になかった。
眠たげに目をこすりながら階段をのぼり、星の部屋(仮)にいくと、すっかり身支度を整えている星が、背筋をまっすぐ伸ばして立っていた。
「ナズーリン、おはようございます」
星の口調は、すでに毘沙門天の弟子にして、聖の信仰を一身に受けていた者としてのそれであった。
ナズーリンは気持ちを切り替えると、自分の誇るべき主に向かい合った。
「ご主人様、おはようございます」
「ナズーリン、今日も1日、よろしくお願いします」
「はい、お任せください!」
命蓮寺の寅丸星。
周囲の妖怪たちからも頼りにされ、人里の人間たちの評判も上々だ。
そんな彼女を支えるのは、一匹の献身的な妖怪ネズミである。
それが、それだけが大事な事だ!
あぁ、萌の世界に光が満ちる
ちょっとこの星可愛すぎなんですけど!
ギャップで言うならゆかりんやゆうかりんの方が破壊力はデカい
あと白蓮が小傘を追い払ったくだりで、
白蓮さんは多分気づいているんだろうなあと勝手に思いました
その上で知らないふりをしてあげる白蓮さんマジ南無三
それと、南無三の汎用性は素晴らしいですな。
でもそれが許されるのは星さんだけの特権っ…!
星さんかわいいなぁ…
そして間違いなく今俺の顔はひどいことになってる。
脇役もいい動きしてますね。
>>6 >>14 >>43 >>47
甘い作品が好きなので、気づいたらこうなっていました。
>>5 >>12
星のようなキャラが少女趣味ってのはきっとお約束。
>>15
調べてみたら竹本泉さんの作品ですか。懐かしい名前です。見かけたら買ってみようと思います。
>>16
白蓮さんは決めるときは決めてくれる女性です。
>>17 >>19 >>42
本当に便利です。南無三だけでキャラクターが立つのも嬉しい。
>>34 >>40
そう、執事です。ハヤテのごとく!を少しだけ意識して書きました。
肩こりから来る頭痛持ちには100点じゃ足りないくらいの情報だった。
無論本文も非常に宜しい。
正直好みでは無いが味が強烈過ぎて忘れられない、そんなSS。
禁断の園! 言い得て妙ですね。私もこんな園に行きたいです。