――咲夜の、寿命が近い。
無論、驚く事では無い。彼女は人間なのだから、何れ死ぬ。
何とかしてもっと生かせないかと思う日も有った。
蓬莱人の生き肝を食わせようかと思った時期も有った。
私自らが吸血鬼にしようかと思い悩んだ時も有った。
・・・思うだけで、結局実行はしなかったが。
咲夜自身が、其れを望まなかったのも有る。
幾ら従者とはいえ、望まぬ事を強いるのは愚の骨頂。
従者が、只のイエスマンであってはならないのだから。
もう1つ、其れを成した所で何が残るか想像すれば、割に合わないというのも有ろう。
彼女は人間である。在り方が大きくずれよう物なら、耐えきれなくなってしまうだろう。
そうなった後に残るのは、抜け殻か骸か人形か――何れにせよ、下らない。
そんな「物」に居て欲しいのでは無い。「咲夜」に、居て欲しいのだ。
そう考えれば、その手の魔術やら何やら・・・悉く、無価値である。
夜。私は、横になった咲夜の側に居た。
見た目に変化は無いが、この頃は起き上がる事すら減ってきている。
この様子だと、何時迄持つやら・・・。
「良い夜だ。月が、緩やかに此方を照らしている。」
「えぇ・・・とても、良い夜・・・。」
「・・・。」
話すのも侭ならぬ状態らしいが、黙っているのも苦しい。
此が最後の会話だと、何となく分かっているからだ。
・・・別に確信していた訳では無い。何とは無しに、そう感じただけだ。
だから、せめて感謝の言葉を述べておく。後悔しない様に。
「お前は、良くやったよ。私が今まで見てきた人間の中で、最もね。
――誇れ。地獄まで、持って逝け。そして、高らかに叫ぶが良い。
自分は紅魔館のメイド長で、紅い悪魔『レミリア・スカーレット』の従者だったのだと。」
「光栄です・・・。」
「生まれ変わって、再び流れ着く様な事が有ったなら――此処に、来なさい。
貴女は、必ず私を見付けるよ。私が、貴女を見付けた様にね。それが、お前の運命だから。
生まれ変わったかどうかなんて関係無い。一目見れば・・・分かる。」
「えぇ。その時は、必ず・・・。」
・・・やっぱり沈黙からは逃れられない。だが、さっきよりは楽になっている。
そうか、こうやって、やんわりと死を受け入れていくのか・・・。
「――お嬢様。」
「ん?」
振り返ると、咲夜は静かに此方を見上げていた。何時もの微笑みだが・・・何故だろう? 何処か違う様に感じる。
「失礼致します・・・。」
――あぁ、そういう事か。
「お疲れ様。・・・安らかに眠りなさい。」
そう言うと、咲夜は静かに目を瞑った。そして――
・・・言い表せない。兎に角、何かがスルリと抜けていった様に感じたのだった。
・・・・・・・・。
・・・・・・。
・・・・。
「・・・なぁ、咲夜。」
「・・・・・・・・。」
「・・・咲夜?」
「・・・・・・・・。」
「・・・眠っちゃったのか?」
「・・・・・・・・。」
「咲夜ってば――。」
・・・私は心の何処かで、あぁ咲夜は死んだんだ、と其れを受け入れた。拍子抜けする程、穏やかだった。
そして、それが咲夜の最期だった。余りに呆気なすぎて、暫く何にも言えなかった。
葬儀は、至ってささやかな物だった。あんまり大事にしたくない私と咲夜の意見で、密葬にしたのだ。
「お姉様。」
「なあに? フラン。」
「咲夜は、眠っちゃったね。」
「そうね、咲夜は眠ってしまったわ。」
「私、何で泣けないんだろう? 咲夜の事、本当に好きだったのに・・・。」
「・・・これから、よ。これから、じわじわと募る。悲しみとは、得てしてそういう物よ。
だから、泣きたい時には泣いておきなさい。其れが出来ない奴は、本当に泣きたくても泣けなくなってしまうから・・・。」
「――うん、分かった。」
葬儀が終わった後、何とは無しに屋敷を彷徨くが、何処を見渡しても咲夜の影がちらつく。
堪らず、自室に戻りたくなった。飲まなけりぁやってられない様な気がしたのだ。
「其処のメイド。」
「は、はい?」
「一番上等なワインを、私の部屋へ。飛び切りの上物を、ね。」
「か、畏まりました・・・。」
ワインを受け取った私は、やけくそになって飲んだ。
しかし、無性に苛々させられる。何しろ、飲んでるワインさえも・・・。
「あぁ、此か・・・。初めて拵えたビンテージじゃないか・・・。」
こんな所にまで、咲夜が居る。堪えきれずに、何か吐き出してしまいそうだ。
折角なので、二人分のグラスにワインを注いだ。貴女に一杯、私に一杯・・・。
おや? よく見ると、ラベルに小さく書き込まれている。何が記されているのだろう。
――気になって仕方が無く、止せば良いのに覗き込んだ。其処には、
~永遠に愛するRへ捧ぐ 貴女が忘れても構わないSより~
と綴られていた。
・・・やってくれる。思わぬ不意打ちで、遂に涙が零れてしまった。
一筋流れたのを切っ掛けに、次から次へと涙が溢れてくる。
昼間、フランに言われた事が浮かんだ。何で泣けないんだろう、と。
悲しくない訳では無かった。大事じゃない訳でも無かった。
只、人前では泣けなかったのだ。見栄とか、立場とか。そんな、下らない物のせいで。
「咲、夜・・・!」
だが、限界だ。もう、堪えきれない。私は、静かに泣いた。
――なぁ、周りには誰も居ないんだ。今位は、泣いて良いだろう、咲夜?
・・・・・・・・。
・・・・・・。
・・・・。
目覚めた時は、既に日が昇っていた。どうやら、メイドがノックする音で起こされたらしい。
「勝手に入って。」
「失礼します、お部屋の方を掃除させて頂きます。」
「あぁ、うん。・・・?」
其処でやっと、自分の体に毛布が掛けられていると気づいた。
「貴女かしら?」
「は?」
「貴女が、毛布を掛けたの?」
「は? いえ、私ではありません。御自分でお掛けになったのでは?」
数秒、言った意味が分からなかったが、ピンと来た。
振り向き様、グラスを見てみると――
飲み干されていた。水滴一粒、残さずに。
ふ。
ふふ。
ふふふふふふ・・・!
「はは・・・ははははははは!」
「お、お嬢様!? お気を確かに・・・!」
「良い良い、無性に笑いたい気分なだけさ。掃除を続けてくれ。」
「は、はぁ・・・。」
全く――やれやれだ。折角泣いてやったというのに、もう笑ってしまったじゃないか。
「何処までも瀟洒な奴だよ、全く・・・。」
「はぁ?」
「何でも無い。さっさと持ち場に戻れ!」
「は、はいぃ!」
幽霊がワインを飲めるか? そんな事は知らない。こんな場所だ、こういう事も起こりうるだろう。
亡霊が、気を利かせてくれたのかもしれない。或いは、どうしても見届けたいという執念の為せる技かもしれない。
何れにせよ、有り難いと思った事は確かだ。幾らか、気持ちが楽になった。
・・・有り難うな、咲夜。未だ、生きていけるよ。
何時か、また会おう。何度でも、見付けるさ。お前は、ずっと私の従者だ!
END
無論、驚く事では無い。彼女は人間なのだから、何れ死ぬ。
何とかしてもっと生かせないかと思う日も有った。
蓬莱人の生き肝を食わせようかと思った時期も有った。
私自らが吸血鬼にしようかと思い悩んだ時も有った。
・・・思うだけで、結局実行はしなかったが。
咲夜自身が、其れを望まなかったのも有る。
幾ら従者とはいえ、望まぬ事を強いるのは愚の骨頂。
従者が、只のイエスマンであってはならないのだから。
もう1つ、其れを成した所で何が残るか想像すれば、割に合わないというのも有ろう。
彼女は人間である。在り方が大きくずれよう物なら、耐えきれなくなってしまうだろう。
そうなった後に残るのは、抜け殻か骸か人形か――何れにせよ、下らない。
そんな「物」に居て欲しいのでは無い。「咲夜」に、居て欲しいのだ。
そう考えれば、その手の魔術やら何やら・・・悉く、無価値である。
夜。私は、横になった咲夜の側に居た。
見た目に変化は無いが、この頃は起き上がる事すら減ってきている。
この様子だと、何時迄持つやら・・・。
「良い夜だ。月が、緩やかに此方を照らしている。」
「えぇ・・・とても、良い夜・・・。」
「・・・。」
話すのも侭ならぬ状態らしいが、黙っているのも苦しい。
此が最後の会話だと、何となく分かっているからだ。
・・・別に確信していた訳では無い。何とは無しに、そう感じただけだ。
だから、せめて感謝の言葉を述べておく。後悔しない様に。
「お前は、良くやったよ。私が今まで見てきた人間の中で、最もね。
――誇れ。地獄まで、持って逝け。そして、高らかに叫ぶが良い。
自分は紅魔館のメイド長で、紅い悪魔『レミリア・スカーレット』の従者だったのだと。」
「光栄です・・・。」
「生まれ変わって、再び流れ着く様な事が有ったなら――此処に、来なさい。
貴女は、必ず私を見付けるよ。私が、貴女を見付けた様にね。それが、お前の運命だから。
生まれ変わったかどうかなんて関係無い。一目見れば・・・分かる。」
「えぇ。その時は、必ず・・・。」
・・・やっぱり沈黙からは逃れられない。だが、さっきよりは楽になっている。
そうか、こうやって、やんわりと死を受け入れていくのか・・・。
「――お嬢様。」
「ん?」
振り返ると、咲夜は静かに此方を見上げていた。何時もの微笑みだが・・・何故だろう? 何処か違う様に感じる。
「失礼致します・・・。」
――あぁ、そういう事か。
「お疲れ様。・・・安らかに眠りなさい。」
そう言うと、咲夜は静かに目を瞑った。そして――
・・・言い表せない。兎に角、何かがスルリと抜けていった様に感じたのだった。
・・・・・・・・。
・・・・・・。
・・・・。
「・・・なぁ、咲夜。」
「・・・・・・・・。」
「・・・咲夜?」
「・・・・・・・・。」
「・・・眠っちゃったのか?」
「・・・・・・・・。」
「咲夜ってば――。」
・・・私は心の何処かで、あぁ咲夜は死んだんだ、と其れを受け入れた。拍子抜けする程、穏やかだった。
そして、それが咲夜の最期だった。余りに呆気なすぎて、暫く何にも言えなかった。
葬儀は、至ってささやかな物だった。あんまり大事にしたくない私と咲夜の意見で、密葬にしたのだ。
「お姉様。」
「なあに? フラン。」
「咲夜は、眠っちゃったね。」
「そうね、咲夜は眠ってしまったわ。」
「私、何で泣けないんだろう? 咲夜の事、本当に好きだったのに・・・。」
「・・・これから、よ。これから、じわじわと募る。悲しみとは、得てしてそういう物よ。
だから、泣きたい時には泣いておきなさい。其れが出来ない奴は、本当に泣きたくても泣けなくなってしまうから・・・。」
「――うん、分かった。」
葬儀が終わった後、何とは無しに屋敷を彷徨くが、何処を見渡しても咲夜の影がちらつく。
堪らず、自室に戻りたくなった。飲まなけりぁやってられない様な気がしたのだ。
「其処のメイド。」
「は、はい?」
「一番上等なワインを、私の部屋へ。飛び切りの上物を、ね。」
「か、畏まりました・・・。」
ワインを受け取った私は、やけくそになって飲んだ。
しかし、無性に苛々させられる。何しろ、飲んでるワインさえも・・・。
「あぁ、此か・・・。初めて拵えたビンテージじゃないか・・・。」
こんな所にまで、咲夜が居る。堪えきれずに、何か吐き出してしまいそうだ。
折角なので、二人分のグラスにワインを注いだ。貴女に一杯、私に一杯・・・。
おや? よく見ると、ラベルに小さく書き込まれている。何が記されているのだろう。
――気になって仕方が無く、止せば良いのに覗き込んだ。其処には、
~永遠に愛するRへ捧ぐ 貴女が忘れても構わないSより~
と綴られていた。
・・・やってくれる。思わぬ不意打ちで、遂に涙が零れてしまった。
一筋流れたのを切っ掛けに、次から次へと涙が溢れてくる。
昼間、フランに言われた事が浮かんだ。何で泣けないんだろう、と。
悲しくない訳では無かった。大事じゃない訳でも無かった。
只、人前では泣けなかったのだ。見栄とか、立場とか。そんな、下らない物のせいで。
「咲、夜・・・!」
だが、限界だ。もう、堪えきれない。私は、静かに泣いた。
――なぁ、周りには誰も居ないんだ。今位は、泣いて良いだろう、咲夜?
・・・・・・・・。
・・・・・・。
・・・・。
目覚めた時は、既に日が昇っていた。どうやら、メイドがノックする音で起こされたらしい。
「勝手に入って。」
「失礼します、お部屋の方を掃除させて頂きます。」
「あぁ、うん。・・・?」
其処でやっと、自分の体に毛布が掛けられていると気づいた。
「貴女かしら?」
「は?」
「貴女が、毛布を掛けたの?」
「は? いえ、私ではありません。御自分でお掛けになったのでは?」
数秒、言った意味が分からなかったが、ピンと来た。
振り向き様、グラスを見てみると――
飲み干されていた。水滴一粒、残さずに。
ふ。
ふふ。
ふふふふふふ・・・!
「はは・・・ははははははは!」
「お、お嬢様!? お気を確かに・・・!」
「良い良い、無性に笑いたい気分なだけさ。掃除を続けてくれ。」
「は、はぁ・・・。」
全く――やれやれだ。折角泣いてやったというのに、もう笑ってしまったじゃないか。
「何処までも瀟洒な奴だよ、全く・・・。」
「はぁ?」
「何でも無い。さっさと持ち場に戻れ!」
「は、はいぃ!」
幽霊がワインを飲めるか? そんな事は知らない。こんな場所だ、こういう事も起こりうるだろう。
亡霊が、気を利かせてくれたのかもしれない。或いは、どうしても見届けたいという執念の為せる技かもしれない。
何れにせよ、有り難いと思った事は確かだ。幾らか、気持ちが楽になった。
・・・有り難うな、咲夜。未だ、生きていけるよ。
何時か、また会おう。何度でも、見付けるさ。お前は、ずっと私の従者だ!
END
死んでいても咲夜さんの想いが感じられる場面など、とても良いお話でした。
多分 咲夜さんも笑っているのではないでしょうか。
いった人も残された者も涙を越えて笑うことができるなんて...
本当にいいお話でした。