曰く、寅丸星は堅物である――と、よく云われる。
それは強ち間違ってはいないので今更訂正する気も無いのだが、気にはなる。
こういう性格でよかった、と思う場面も多く後悔の念は少ない、が……
やはり気になってしまう。よくよく、私は大物になれぬ性格なのだなと思い知らされる。
等と詮無いことを考えるほどに私は暇だった。
特にすることもなかったので甲板に出た。
風は強く――長くはない私の髪を乱暴にかき混ぜる。空の上なのだから当然、風は強かった。
空の上……空飛ぶ船の上に、私は居る。
聖輦船。舟幽霊、村紗水蜜の操る船。数百年も地底に封じられていた船。
その船は今、幻想郷を巡る遊覧船として動いている。
今も客が乗っており、妖怪と人間の声が聞こえてくる。
この船は大きいので随分遠くに感じてしまう。距離を、感じてしまう。
聖が言い出しムラサが乗り、一輪が同意して始まった遊覧船商売。
私は……寅丸星は、やることが――ない。こういうことに私は向いていない性格をしている。
それを知っているから聖らは私に何かをさせようとはしなかったのだろうが……
一抹の寂しさを感じないでも、ない。
よく知る妖気を感じ顔を上げる。他の皆は客の相手をしているだろうから、これはナズーリンか。
ナズーリン。数百年もの付き合いがある私の部下。
知ってはいるが、知らないことの方が多い部下。
決して自由奔放ではないが、他と協調することもない妖怪。
彼女は船の縁に腰掛け、物思いに耽るように空を見上げていた。
今一何を考えているのか掴みづらい彼女だが、阿弥陀如来像のような格好でいる当たり……
何か、高尚なことでも思っているのかもしれない。
前から思ってはいたが、本当に底が知れない、
「うむ。交尾したいなっ!」
「何を堂々とでかい声で言っておるかあああぁぁぁぁっっっ!!!」
反射的に蹴りを放つ。
ナズーリンは、錐揉みしながら流星のように船から落ちていった――――
ナズーリンは飛んで戻ってきた。
睨まれる。当然である。問答無用で船から蹴り落とされて怒らない方がおかしい。
「いきなりなにを。後頭部に全体重を乗せたドロップキックなんて普通死ぬよ」
「ああいや……それはすいませんでした……」
ナズーリンと視線が合わせられない。
彼女の両目が縦に積まれた状態で私を見てるが直視できない。
ナズーリンの首は九十度を描いていた。
「率直に言うが首が折れたよ」
「本当にごめんなさい」
ごぎり、と鈍い音を立てて首がはめられる。
……直視できない。本気で。
「体格差を考えてくれたまえご主人様。純粋に妖力の差でもいいが。
180はあろうかというあなたと150あるかないかの私ではキャパシティに大きな差があるのだから。
激しい突っ込みを受けるのはやぶさかではないがね」
「ええもう本当にごめんなさいとしか」
明らかにやり過ぎた。手加減を一切考えてなかった。齢千年を超える妖怪のすることじゃない。
いっそ土下座をして楽になりたかった……だから私の無駄にでかい背丈のことは言わないでください。
気にしているんです。本気で。
「むう。そんな本気でへこまれるとこっちが困るな」
何を今更、と呆れられる。
「ご主人も虎ならパンチ一発で首を飛ばすとか日常茶飯事だろうに」
「人型の首を飛ばしたことなんてありませんよ!」
それに私は仏門に帰依してるんですよ! そんなえぐい真似しますか!
「ははーん。さてはヘタレだね?」
「ストレートに言われた!」
気にしていることを! しかも部下に!
「それでどうしたねヘタレ星ちゃん。浮かない顔して」
「呼び方のランクを著しく下げられたー!」
実はもう私のこと上司とは思ってないでしょ、見下してるでしょ!
楽しい会話だった。そう思わないとやり切れないくらいに。
「どうしたって、まぁ……やることがないなぁ、と思いまして。
ムラサや聖はこの遊覧船でも働いてますが、私はやることがない。
一輪のように客に食事を出すような仕事をすればいいのかもしれませんが……」
料理は得意ではない。仕事に出来るほどでは、ない。手伝いを乞われるほどでは……ない。
何もやることがないの一言に、尽きる。
「ふむ……」
ナズーリンは思案顔をする。
私を見て、なにか考えている。その考えは、読めない。
「どうやら遠まわしに私の自堕落っぷりに難癖付けているわけではないようだな」
「働いてない自覚あったんですね」
ついでに言えばそれは難癖じゃなくて正当な糾弾である。
「楽でいいから必死に気付かないふりをしていた」
「それむしろ辛くないですか」
「見解の相違という奴だねご主人様。はっきり言っておくがそろそろ胃に穴が開きそうだよ」
「やめましょうよ自分を追い詰めるのはっ!」
悲し過ぎる! なんかもう見てる方が辛い!
以前薬屋のチラシ見てたのはそれか。相談してくださいよそこまでキツかったのなら……
「……じゃあなんですか。さっきのあれは精神的に追い詰められての奇行ですか」
「いやあれは純然たる本音だね」
「心の病の方がまだよかったーっ!!」
「ちなみにネズミは繁殖力旺盛なのだよご主人」
「妖怪としての誇りを持ってくださいよ! 謝るから別の話題に切り替えてくださいよ!」
「しかし私は同性愛好者なのだよ」
「どこに「しかし」が掛かっているのですか!? というかなんでいきなりそんなカミングアウト?!」
お願いだから会話してください。
「まぁ隠すのもなんだしと思ってね。思えばご主人とは距離を取り過ぎていた気がする」
「……まぁ、そうかもしれませんけど」
「これからは上司部下ではなく女王様とメス奴隷として生きようか」
「かんっぺきにアウトですからー! 私を巻き込まないでくださいよっ!!」
「似合うと思うんだがなぁ女王様」
「頭から爪先までじっくり見ながら言わないでくださいお願いします」
背筋を悪寒が駆け抜けた。天狗並みの速度で。
それにしても、ナズーリン。底が知れない妖怪である。
飽くまで上司と部下という関係を越えず、線を引いていたのは彼女だった。
愉快な会話くらいはしていたがここまでぶっちゃけたのは初めてである。冗談と思いたい。
いや、それでも私は上司だ。彼女の監督責任がある。なんとか更生させねば。
「ええと……ナズーリン」
「なにかなご主人様」
……悪びれたところが全く無い。実にやり辛い。
船の縁に座り直して彼女は腕を組む。偉そうだった。いや我慢我慢。まずは説得。
「あのですね。ほら、この船は今遊覧船として動いているんですよ。お客も乗ってます」
「ふむ。そうだね」
「ですから岡目八目じゃなくて壁に耳あり、と言いますか……破廉恥な言動は控えましょう」
ああ、腹芸出来ないなあ私。物凄いストレートだ。
こんな物言いでこの小癪な部下に通じるのか不安である。
煙に巻かれるんだろうなあと覚悟していたら、意外や意外。彼女は私の言葉を反芻する。
「ふむ――回りの目を気にしろ、と」
言って、尚も私の言葉を咀嚼する。理解しようと、している。
意外とか思って悪かったですかね。話せばわかってくれる子だったようだ。
「ふ、なるほど。なるほど――流石はご主人様。まったく慧眼の至り、感服するに余りある」
「わ、わかってくれましたか」
「では脱ごう」
「人の話を聞けと言っとるだろうがああああっ!!!」
「私の度胸を試すという話ではなかったのかっ!?」
「なんで逆ギレされてんですか私はっ!?」
「っく、寅丸女王様の甘美な躾が始まったかと期待したのに……!」
「いつまで引っ張ってるんですかそれを! 封印してください地中深くっ!」
油断できない……! こいつ、どう動くか全く予測できない!
いやいや落ちつけ寅丸星。大丈夫大丈夫私は上司で彼女は部下。根拠はないけどなんとかなる。
そう思え。思い込め私。
「私の言葉をどういう解釈すれば、あ、いや言わなくていいです」
「衆人環視の中で私が破廉恥な行為に出られるか忠誠心と奴隷っぷりを確認するために」
「言わなくていいつってんでしょうっ!?」
無理だ! 思い込む隙すら与えてくれない!
「あなたと共に倫理に反逆したい」
「ははーん、さては頭悪いなナズーリン!」
「頭は丸いよ」
「丸くない頭があるか!」
「ネズミは本来丸くない」
「う、く、言い返せない!」
しかも微妙に頭良い気がしてきた!
私の突っ込みを予測していたというのか!
「仏門に帰依することを頭を丸めると言うが、あれは鼻とか耳とか削いだりして丸めてるのだろうな」
「馬鹿だ!」
そして黒い、真黒だ!
そんな宗教に信徒が集まるものか!
つーか自分の属す陣営の宗教くらい把握しろ!
「いや待て今壮大に話逸らしましたね!?」
なんだ頭悪いから頭丸いって。
どういう理屈ですり替えた。
「別に私は早口言葉が言えないような低能ではない」
「いやそれ頭の良さに関係ありますか……?」
多分無い。
というか怒っているのだろうかもしかして。
ふむ。己が悪いとは思わないが挽回のチャンスくらいは与えるべきか。
「ではナズーリン。復唱してください。生麦生米生卵」
「生足生乳生エロス」
「てめぇ! おちょくってんでしょ! おちょくりたいだけだなっ!?」
絶大に汚名挽回しおって! 返上しろそれは!
「自分に素直でありたいものだね」
「認めやがった!」
殴りたい。虎パンチで頭飛ばしたい。やったことないけど。
……深呼吸深呼吸。口調が荒れた。思い出せ思い出せ私は毘沙門天の代理だ。
そんなに柄は悪くない。はず。毘沙門天自体が悪鬼を調伏する鬼神であることは関係ない。
武闘派イコール柄が悪いってわけじゃない。と思う。
「それで」
急に、声音が変わる。
「どうしたのかなご主人様。私の性癖は置いておくとしても、今日のあなたは実におかしい。
端的に言って、らしくない。どうも、なんというか……ふらふら、しているように見受けるよ」
冷たい――そう思えるほどに冷静な目で、彼女は言う。冷静な観察眼で、私を見る。
「ふらふら――ですか」
「地に足がついてない、と言い換えてもいい」
――空を飛ぶこの船の上で、それはどうにも皮肉染みた物言いだった。
茶化すのではなく、皮肉。話は逸らされていない。
…………流石は部下。よく見ている。こんなにあっさりと私が悩んでいることを見抜くか。
見抜かれているのなら――話してもいいだろう。隠さなくても、いいだろう。
私の考えばかり押し付けるなんて傲慢だ。彼女の考えも、受け入れねば。
見抜かれたものを、口にせねば。
それに。
「……では、聞いてもらいましょうか」
私が悩みを打ち明けられるのなんて、彼女しか居ない。
そこまで信用できるのは聖を除けばナズーリンだけだ。
何百年も共に生きてきた、何百年も私の傍に居てくれた彼女だけ。
こんな――弱さを見せられるのは、彼女だけだ。
「気が抜けた、んですかね。聖の復活や、仲間集めも終わりましたし。
暇で暇で、無駄なことばかり考えてしまうのです」
「無駄なこと?」
「私は昔と変わらず、役に立っていないなあ、と」
自嘲する。詮無い、悩みだ。どうしようもない、悩みだ。
「そんなことは――ないだろう」
折角の否定だが、軽く首を振って辞退する。
私はそうは思えない。どうしても、思えない。擁護してもらう資格はないと、思う。
「もちろん、聖の復活に動いたことまでは否定しません。音頭取りをしたのは私ですし。
その責任は放棄しない。聖のように、聖の代わりのように、皆を率いました。率いただけ、でした。
それもあなたの協力がなければ成し遂げられませんでしたが」
情けないことこの上ない。行き当たりばったりで、上手くいったのが奇跡のようだ。
ムラサ、一輪、ナズーリン。
彼女らの誰か一人でも欠けば確実に失敗に終わっていたような杜撰な計画だった。
彼女らの有能さに助けられたようなものだった。
「だから、聖が封じられた時動けなかったように、役に立ってない気がしてならないのです」
己の不甲斐無さに苦い記憶が重なる。それを払拭しようと気を張ったが……成し遂げられなかった。
「中身が足りてない気がしてならない。寅丸星は、所詮代理しか務められないのではないか、と。
私は毘沙門天の代理。それ以上でも、以下でもなく、ただそれだけなのではないか、と」
本物ではなく、代わりでしかない。本物には、なれない。どこまでも――代わりでしか、ない。
……悩みというより、愚痴だった。愚かしい、愚痴だ。
「代理、か」
「ええ。代理、です」
言い終え――僅かに後悔の念を抱く。こんなことを聞かされても困るだけだろう。
彼女は、ナズーリンは上司と部下という一線を越えない。
明確な線引きの元で――数百年も共に過ごしてきたのだから。
私の勝手な信用で頼っても――迷惑なだけだ。
「深い――悩みだね」
腕を組んだまま、彼女は言う。
「いえいえ。小さく、浅い――悩みですよ」
苦笑を浮かべたまま、私は応じた。
沈黙。
客の喧騒をひどく遠く感じる。
ああ、これならナズーリンが奇矯なことを叫んでも平気だったかな――
「色々あったね」
呟くような声だった。
「この数百年、色々あった」
感情を窺わせない声音。ナズーリンらしい、一線を画す無表情。
「あなたの悩みを無視する形で申し訳ないが、私は思うんだよ」
「…………」
「色々あった――色々、終わった」
「…………」
「だから私もそろそろ、別の生き方をしてもよいのではないか、と」
驚きだった。彼女が自ら変わると言い出すなど考えもしなかった。
冗談ではなく、本音らしい。女王様がどうだとか茶化す気配は一切無い。
だが、それもいいだろう。義務があるわけでなし――彼女にだって、自由を求める権利はある。
自由奔放でないのが彼女の素だとは限らないのだから。
「それは――その通り、ですね」
「そうだろう?」
薄く笑う。
「故に私は自分に正直になろうと思った」
空を、見上げる。
「つまりはエロスに生涯を捧げようと」
「そんなもんに己の全てを捧げるんですかっ!?」
シリアスな空気がぶっ飛んだ。今までのはなんだったんだ。
申し訳ないと言うならこれこそが申し訳ないわ! 純情を弄ばれた気分だ!
「お給金の9割を春画本に注ぎ込んだ程度ではまだ足りない」
「十分に生活捧げてますよ! 通りでよく食事をたかってきたわけだ!」
「言っては何だが千年かけて料理の腕があれというのはいっそ才能だね」
「おまえもう船から飛び降りろ! 飛行能力禁止で!」
「でもあなたの作るカレーは好きだよ。チーズ入ってるから」
「また素直に喜べない褒め方するなぁ!」
それだってあなたが執拗に頼み込むから入れてるんだ。私は素のカレーが好きだ。
まあチーズ入りも最近美味しく感じてはきたが。
「まったく……頼むから他の人には迷惑かけないでくださいよ?
そんなトンチキな誓いで暴れられたらたまったものじゃない」
「安心したまえ。狙いはご主人ただ一人だ」
「繁殖欲なんですよね!? 本能なんですよね!? 普通男性に向かいますよね!?」
「明るいエロスを追求するから大丈夫」
「どこがっ!?」
「かもしれない」
「不安だーっ!!」
「女王様とメス奴隷から始めたいと思う」
「引っ張るなぁそれ! つーか始まりじゃない末期だ! 至れるのは破滅だ! 末世だ!」
「切れ味鋭い突込みだねご主人様。日本刀で突っ込んでみないかな?」
「一回で終わる上に私が罪人になってしまう! ボケに命を懸けるな!」
「実はなじられる方が好きなんだ」
「もうあなたが理解出来ないよナズーリン!」
なんだこの部下。実は私よりも深い奴なんじゃないのか。
いや浅さが半端ないだけかもしれないが。
多分くるぶしまで浸かれない。水たまりかナズーリン。雨の後晴れたら半日持たない奴。
ああ、目眩がしてきた。
「この程度で情けないなご主人様。私と対等に語りあえるようにはなれないのかね」
「あなたと対等に話せる奴なんか居ませんよ……」
しかも私は狙われている。まぁ冗談なんだろうけど。
「いや、この間の緑髪の方の巫女とか話せる奴だったよ。びいえるや百合と色々教授していただいた」
「少々暴走気味の真面目っ子だと信じていたのにー!」
「彼女のおかげで私の造詣も深まった。まったく……世界はまだまだ私の知らぬエロスに満ちているよ」
「そんな世界知りたくなかった! 知らないままでいたかった!」
「ご主人がうっかり失くした宝塔を扱っていた古道具屋の店主……
彼もそうやって見れば恐ろしい程に魅力的だ。受けだねあれは」
「お願いだから被害を拡大しないでくださいよそ様に迷惑かけないでください」
成し遂げた顔をするな。
あなたが成そうとしているのは心の傷害だ。
「だから狙いはご主人様だけだと言っているのに」
「どこからどこまで信用すればいいんですかあなたは」
「っはっは。酷い言われ様だね。そうだ。親愛の表れとしてあだ名でもつけようか」
「あだ名、ですか……?」
はっきり言って不安である。ここまででナズーリンの突飛なセンスは垣間見えている。
どんな破天荒なあだ名をつけられるか知れたものじゃない。
「いいでしょう。言ってみなさい」
だがここで逃げれば私の負けだ。勝負じゃないのは理解しているがなにか魂的なものが負ける。
ふ、どうだナズーリン。身構えた私の予想を越えることが出来るか?
「うっかりしょうちゃん」
「事実だけど! 確かにうっかりやらかしたけどっ!」
泣いた。全力で泣いた。
膝から崩れ落ちる。立ち上がれない……
まさかそんなストレートに来るだなんて誰が予想出来ようか。
今まで捻くれっぷりをたっぷり見せられてこれだ。卑怯だ、卑怯だぞナズーリン……!
もしかして今までのも壮大な前振りか!? 長いにも程があるわ!
「ご無礼。よもやそこまでへこむとは思わなかったのだよ」
ええいそんな曖昧な表情で言われても説得力に欠けるわ。
喜怒哀楽のどれに該当するのだその顔は。
「冗談だ。うむ。冗談だったんだ」
だから説得力が無い。
「本当はうっかりなどと思っていない」
「ほう?」
「ご主人様のことは尊敬しているのだよ。美人で気立てがよく真面目だ。
ある種、否、真っ当な価値観で言えばこの上ない理想の上司だろう」
「いやいやそんな」
「魔界をも照らす法の光と言っていたが、私からすれば光はご主人自身だ。
暗闇を照らし迷い子を導く妖怪とはとても思えぬ人格者。うむ尊敬するに余りある。
あなたが書でも記せば飛ぶように売れるだろうね」
「はははこそばゆいですね」
「ご主人がその気になれば幻想郷の勢力図を塗り替えられるだろう。
あなたを慕う妖怪はそれこそ星の数だ。天文学的数字になるな」
「いやあこそばゆいを通り越して鳥肌がスタンディングオベーションです」
「まぁ嘘なんだが」
「ですよね! そう来ると思ってましたよコンチクショウっ!
ばーかばーか! 信じてなんかいなかったもん!」
……もんとか言っちゃったよ私。何歳だと思ってるんだ寅丸星。
おーいぇー。
駄目だテンションだだ下がりだ何言っても持ち上がらない……
「まぁまぁご主人。元気が出る話をしてあげよう」
「絶対元気を抉り取る話ですよね……」
「ここだけの話、ムラサ船長の名前はとてもいやらしいと思っている」
「もうついていけませんよ……」
「村紗水蜜。水蜜。うむ、いいいやらしさだ……」
「あなたの感性がわかりません」
「蜜なんだよご主人! しかも水だ! 船長の白い服が濡れてスケスケだ!」
「発想がもうエロ親父なんですよあなたはっ!!」
「だって蜜なのだよ?! もう文字からしてエロいじゃないか!」
「畳みかけるなぁ! じゃあ水蜜桃もエロいんですか!」
「十二分にグッドだ! 流石私のご主人様だね!」
「尊敬されてしまった!?」
ムラサの名前に桃を付けただけなのに!
「その発想力はいいですけどもうちょっと常識に活かしてくださいよ!」
「妖怪なのだから社会規範には囚われない!」
「うう! そう言われると正論のような気が、全然しないっ!」
びっくりするほど説得力の欠片も無い!
「わかってはいたがそこまで言い切られるとショックだ……」
「びっくりするほど打たれ弱かったっ!?」
わかっていたなら振るな!
普通に突っ込んじゃったよ! 意図せず傷つけちゃったよ!
あーもー楽しいなこいつはっ! 何かに目覚めそうだ! 意地でも目覚めないけど!
「落ち込んでるのか浮かれてるのかわからないねあなたは」
「あなたにだけは言われたくないなぁっ! 一瞬で立ち直りおって!」
「でかい図体で細かいことを」
「また気にしていることを!」
「まぁ私が小さいから余計でかく見えるのかもしれないが」
「やーい! ちーびちーびっ!」
「すっきりしたかい?」
「……ものすごく胃に穴開きそうな気分になりました……」
胃薬ください。
元よりネズミのナズーリンに虎の私がちびとかもうなんかあれだ。
痛い。
主に心が。
そして私が。
あーもうなんでこんなことになってんだっけなぁ。
疲れに疲れたよナズーリン。私なんだか眠いんだ。
どうでもいいかなーもう。ははっ。
「まぁ聞きたまえよご主人」
「……げっそりやつれた気がするんですがまだ聞かねばならないのですか」
「私はご主人をずっと見てきた」
また――真面目そうな、冷淡な声。
「ご主人のことは誰より知っているつもりだ。誰よりも――船長や、白蓮殿よりも」
先程の繰り返しのように腕を組んだまま、彼女は言う。
「ご主人がどれだけ頑張ってきたか。どれだけ辛い思いをしてきたか。だから」
僅かに、その声に――熱が籠っているように感じたのは私の気のせいだろうか。
「そんなご主人に欲情しても宜なるかなということなのだよ」
「なんで私は同性に貞操の危機を感じねばならないのですかーっ!!」
どこまでもブチ壊しにする奴だなぁっ!
というかいい加減しつこいにも程がある。何度繰り返す気だこれ。
うっわ、もしかして冗談じゃないのか。本気か。本気で私狙いかナズーリン。
ええとどう対処したらいいのだこういう場合。
「ふふ、元気が出てきたじゃないかご主人様」
暖かい――声だった。
「……ナズーリン?」
思わず凝視してしまう。
彼女が浮かべているのは、曖昧でも冷淡でも薄くもない、笑みだった。
恐らくは、初めて見る――柔らかな、笑顔。
冗談でも嘘でもないよ、と前置きして、彼女は口を開く。
「寅丸星」
組んだ腕を解き、船の縁から降りて、近づいてくる。
「私はあなたのことをよく知っている。船長や白蓮殿よりも――深く、だ。
何百年も一緒に居た。傍に居て、見続けてきた。見続けてきたんだ。
尊敬に値すると、仕えるに値すると、知っていて、信頼している」
私の間近で、止まる。
私と比べるべくもないずっとずっと小さな体で、真っ直ぐに私を見上げる。
眩しいものを見るように、目を細めた。
「あなたは私にとって、文字通り――星なんだよ」
少女の小さな手が、私の頬を撫ぜる。
「目指すべき、道標とすべき星だ。私は知っての通りふらふらしてるからね。
指針が無ければ道を見失ってしまう。帰れなくなって、しまう。
探し物は見つけられても、帰り道までは――見つけられない。
寅丸星。あなたは代理などではないよ。以上でも、以下でもなく――どこまでも、寅丸星だ。
あなたは、私にとっては、なくてはならない北極星なんだ。
だから、あなたにまでふらふらされてしまっては、困るな」
少女は背伸びして、彼女にとっては遠い筈の、私の顔に触れている。
その意味を――その言葉の意味を、私はすぐには理解できなかった。
噛み砕いて、反芻して、考える。そんな真似をせねばならぬほどに、混乱していた。
「――――ナズーリン」
「ふふ、お星さまに触れようだなんて、不敬かな?」
彼女の手が引かれ、その顔に浮かぶ笑みが苦笑に変わる前に――私はその手を掴んだ。
「……あっ」
その手は、震えていた。
負い目を感じているかのように、震えている。
私に触れることに、怯えている。己が触れることは許されないと――思い込んでいる。
私を星だと、彼女は私を神聖視するかのように語った。遠いものだと、語った。
一度も。数百年もの間一度も私に触れなかった。
今日。あれだけはしゃいでも、触れようともしなかった。
派手に騒ぎ、煙に巻いて、誤魔化していた。
「不敬などでは――ありませんよ」
冗談めかして言うことしか出来なかった少女の気持ちなど、私には推し量れない。
好きだと、そう伝えることすら出来なかった彼女の気持ちなど、私には察することも出来なかった。
「…………」
底が知れない?
一線を画す?
馬鹿だ。馬鹿は、私だ。
ただの、少女じゃないか。恋慕を素直に伝えられない、どこにでも居る、普通の少女じゃないか。
己のことでいっぱいいっぱいで、こんな近くに居る彼女のことにさえ気付けなかった。
その想いが何時からのものなのかすら、微塵もわからない。
不甲斐無いと云うのなら――それこそが、不甲斐無い。
「ナズーリン」
しゃがんで、目線を彼女と合わせる。
怯えてしまって、私を見てはくれないけれど――遠くではないと、私は近くに居ると、示す。
まだ私の心は整理がついていない。言葉に出来るものは少ない。
「ありがとう」
それでも、礼だけは伝えなければならない。
「とても楽になった――あなたに救われましたね」
私の悩みを、苦しみを打ち砕いてくれたのは、彼女なのだから。
私は偽物ではないと、寅丸星だと言ってくれたのは彼女なのだから。
「さて、なにか、お礼がしたいですね」
……ほんの少し、いじわるをすることにしよう。
本来なら、ここで私が言うべき言葉を彼女に言わせよう。
今日散々おもちゃにされたお返しだ。
「一つだけ、なんでも言うことを聞いてあげましょう」
「え、な、それは」
「一つだけです。さぁ、なにを願いますか? ナズーリン」
――彼女がずっと言いたかった言葉を言わせよう。
「……はは、不用心だね。私が、とんでもないお願いをしたらどうする気だい?」
「私はあなたを信じてますから」
掴んだままの手をそっと握る。
「あなたが信じてくれたように、私もあなたを信じますから」
だから、ナズーリン、あなたはもう我慢なんてしなくていい。
私が許す。寅丸星が許す。あなたはあなたの想いを、言葉にしてもいいんだ。
皮肉屋ぶって斜に構えて、煙に巻くなんて真似はもうしなくていい。
ナズーリン。あなたは素直になって、いいんだよ。
「は、はは……」
か弱く、普段からは想像も出来ない小さな笑い声。
「あなたは――――本当にお人好しだ」
目線が合う。しゃがんだ私と立ち呆けている彼女の視線がようやく交わる。
「――……寅丸星」
声は震えていた。
小癪さなど微塵も感じさせぬ、少女らしい、弱々しい声。
届かぬものに手を伸ばすように――彼女は言葉を紡ぐ。
「私が、恋した――あなたのままで、お星さまのままで……いてくれないかな?」
恋に臆病な少女の告白。
彼女がずっと、ずっと言いたかった、言葉。
誤魔化して煙に巻いて――押し殺し続けてきた言葉。
私は小さく頷く。
「ええ。私はいつまでも――あなたを照らす星でありましょう」
そして、微笑む。
「ナズーリン。あなただけの、あなたの手が届く星であり続けましょう」
「まぁあなたを色んな意味で狙っていることには変わりないのだが」
「良い話で終わらしましょうよ! 蒸し返さないでおきましょうよ!」
台無しだ! なんかもう全部台無しだ!
これでも私だって勇気振り絞ったのに! なけなしの勇気振り絞ったのに!
元気は出ても、疲れることこの上ない。なんだろうこの不思議体験。信じられない。
「うむ。これから蒸す季節だ。全裸の準備は万端か、ご主人」
「普通に薄着にします! 脱ぎませんっ!」
「風呂を覗けば済む話だから強要はしない。私はあなたを見つめ続けるから」
「なんで無駄に格好よく言うのかなぁっ!!」
格好よく言っても犯罪なのに!
この期に及んでもまだまだ読めないぞナズーリン。やっぱり深い奴だ。
多分将棋したら負ける。
「まあ」
息を吐くように、その言葉は囁かれた。
「真実変わらないのは私がご主人様を想う気持ちだけどね」
船の縁で、隣に座る私に囁かれた。
見れば、彼女は空を見上げている。喜怒哀楽どれにも該当しない曖昧な表情で、空を見ている。
私を見て言うのは――まだ、恥ずかしいらしい。
少女らしくて、微笑ましい。ナズーリンらしいとは――まだ、思えないけれど。
「まったく――あなたと話していると退屈もできない。知りませんでしたよ、何百年も一緒だったのに」
「これから知っていけばいいさ。私たちにはまだまだ時間が残っているのだから」
その通りだ。私たちは、これから、だ。
「ご主人様」
「ん?」
「あいらぶゆー」
「…………っぷ」
そんなの、普通は冗談と取られてしまう。普通は、真面目には受け取られない。
思わず笑みが零れる。笑ってしまう。恥ずかしがりやで、臆病者め。
本当に、退屈しない。予測が出来ない。面白くて――しょうがない。
だから……歩み寄っていこう。
過去に戻らぬように、二人で一緒に、歩いていこう。
「私からも――あいらぶゆー」
大物にはなれずとも――聖のようにはなれずとも。
私を私のままで、好きだと言ってくれる奴がいる。
それは、なんて――――幸福なことだろう。
それは強ち間違ってはいないので今更訂正する気も無いのだが、気にはなる。
こういう性格でよかった、と思う場面も多く後悔の念は少ない、が……
やはり気になってしまう。よくよく、私は大物になれぬ性格なのだなと思い知らされる。
等と詮無いことを考えるほどに私は暇だった。
特にすることもなかったので甲板に出た。
風は強く――長くはない私の髪を乱暴にかき混ぜる。空の上なのだから当然、風は強かった。
空の上……空飛ぶ船の上に、私は居る。
聖輦船。舟幽霊、村紗水蜜の操る船。数百年も地底に封じられていた船。
その船は今、幻想郷を巡る遊覧船として動いている。
今も客が乗っており、妖怪と人間の声が聞こえてくる。
この船は大きいので随分遠くに感じてしまう。距離を、感じてしまう。
聖が言い出しムラサが乗り、一輪が同意して始まった遊覧船商売。
私は……寅丸星は、やることが――ない。こういうことに私は向いていない性格をしている。
それを知っているから聖らは私に何かをさせようとはしなかったのだろうが……
一抹の寂しさを感じないでも、ない。
よく知る妖気を感じ顔を上げる。他の皆は客の相手をしているだろうから、これはナズーリンか。
ナズーリン。数百年もの付き合いがある私の部下。
知ってはいるが、知らないことの方が多い部下。
決して自由奔放ではないが、他と協調することもない妖怪。
彼女は船の縁に腰掛け、物思いに耽るように空を見上げていた。
今一何を考えているのか掴みづらい彼女だが、阿弥陀如来像のような格好でいる当たり……
何か、高尚なことでも思っているのかもしれない。
前から思ってはいたが、本当に底が知れない、
「うむ。交尾したいなっ!」
「何を堂々とでかい声で言っておるかあああぁぁぁぁっっっ!!!」
反射的に蹴りを放つ。
ナズーリンは、錐揉みしながら流星のように船から落ちていった――――
ナズーリンは飛んで戻ってきた。
睨まれる。当然である。問答無用で船から蹴り落とされて怒らない方がおかしい。
「いきなりなにを。後頭部に全体重を乗せたドロップキックなんて普通死ぬよ」
「ああいや……それはすいませんでした……」
ナズーリンと視線が合わせられない。
彼女の両目が縦に積まれた状態で私を見てるが直視できない。
ナズーリンの首は九十度を描いていた。
「率直に言うが首が折れたよ」
「本当にごめんなさい」
ごぎり、と鈍い音を立てて首がはめられる。
……直視できない。本気で。
「体格差を考えてくれたまえご主人様。純粋に妖力の差でもいいが。
180はあろうかというあなたと150あるかないかの私ではキャパシティに大きな差があるのだから。
激しい突っ込みを受けるのはやぶさかではないがね」
「ええもう本当にごめんなさいとしか」
明らかにやり過ぎた。手加減を一切考えてなかった。齢千年を超える妖怪のすることじゃない。
いっそ土下座をして楽になりたかった……だから私の無駄にでかい背丈のことは言わないでください。
気にしているんです。本気で。
「むう。そんな本気でへこまれるとこっちが困るな」
何を今更、と呆れられる。
「ご主人も虎ならパンチ一発で首を飛ばすとか日常茶飯事だろうに」
「人型の首を飛ばしたことなんてありませんよ!」
それに私は仏門に帰依してるんですよ! そんなえぐい真似しますか!
「ははーん。さてはヘタレだね?」
「ストレートに言われた!」
気にしていることを! しかも部下に!
「それでどうしたねヘタレ星ちゃん。浮かない顔して」
「呼び方のランクを著しく下げられたー!」
実はもう私のこと上司とは思ってないでしょ、見下してるでしょ!
楽しい会話だった。そう思わないとやり切れないくらいに。
「どうしたって、まぁ……やることがないなぁ、と思いまして。
ムラサや聖はこの遊覧船でも働いてますが、私はやることがない。
一輪のように客に食事を出すような仕事をすればいいのかもしれませんが……」
料理は得意ではない。仕事に出来るほどでは、ない。手伝いを乞われるほどでは……ない。
何もやることがないの一言に、尽きる。
「ふむ……」
ナズーリンは思案顔をする。
私を見て、なにか考えている。その考えは、読めない。
「どうやら遠まわしに私の自堕落っぷりに難癖付けているわけではないようだな」
「働いてない自覚あったんですね」
ついでに言えばそれは難癖じゃなくて正当な糾弾である。
「楽でいいから必死に気付かないふりをしていた」
「それむしろ辛くないですか」
「見解の相違という奴だねご主人様。はっきり言っておくがそろそろ胃に穴が開きそうだよ」
「やめましょうよ自分を追い詰めるのはっ!」
悲し過ぎる! なんかもう見てる方が辛い!
以前薬屋のチラシ見てたのはそれか。相談してくださいよそこまでキツかったのなら……
「……じゃあなんですか。さっきのあれは精神的に追い詰められての奇行ですか」
「いやあれは純然たる本音だね」
「心の病の方がまだよかったーっ!!」
「ちなみにネズミは繁殖力旺盛なのだよご主人」
「妖怪としての誇りを持ってくださいよ! 謝るから別の話題に切り替えてくださいよ!」
「しかし私は同性愛好者なのだよ」
「どこに「しかし」が掛かっているのですか!? というかなんでいきなりそんなカミングアウト?!」
お願いだから会話してください。
「まぁ隠すのもなんだしと思ってね。思えばご主人とは距離を取り過ぎていた気がする」
「……まぁ、そうかもしれませんけど」
「これからは上司部下ではなく女王様とメス奴隷として生きようか」
「かんっぺきにアウトですからー! 私を巻き込まないでくださいよっ!!」
「似合うと思うんだがなぁ女王様」
「頭から爪先までじっくり見ながら言わないでくださいお願いします」
背筋を悪寒が駆け抜けた。天狗並みの速度で。
それにしても、ナズーリン。底が知れない妖怪である。
飽くまで上司と部下という関係を越えず、線を引いていたのは彼女だった。
愉快な会話くらいはしていたがここまでぶっちゃけたのは初めてである。冗談と思いたい。
いや、それでも私は上司だ。彼女の監督責任がある。なんとか更生させねば。
「ええと……ナズーリン」
「なにかなご主人様」
……悪びれたところが全く無い。実にやり辛い。
船の縁に座り直して彼女は腕を組む。偉そうだった。いや我慢我慢。まずは説得。
「あのですね。ほら、この船は今遊覧船として動いているんですよ。お客も乗ってます」
「ふむ。そうだね」
「ですから岡目八目じゃなくて壁に耳あり、と言いますか……破廉恥な言動は控えましょう」
ああ、腹芸出来ないなあ私。物凄いストレートだ。
こんな物言いでこの小癪な部下に通じるのか不安である。
煙に巻かれるんだろうなあと覚悟していたら、意外や意外。彼女は私の言葉を反芻する。
「ふむ――回りの目を気にしろ、と」
言って、尚も私の言葉を咀嚼する。理解しようと、している。
意外とか思って悪かったですかね。話せばわかってくれる子だったようだ。
「ふ、なるほど。なるほど――流石はご主人様。まったく慧眼の至り、感服するに余りある」
「わ、わかってくれましたか」
「では脱ごう」
「人の話を聞けと言っとるだろうがああああっ!!!」
「私の度胸を試すという話ではなかったのかっ!?」
「なんで逆ギレされてんですか私はっ!?」
「っく、寅丸女王様の甘美な躾が始まったかと期待したのに……!」
「いつまで引っ張ってるんですかそれを! 封印してください地中深くっ!」
油断できない……! こいつ、どう動くか全く予測できない!
いやいや落ちつけ寅丸星。大丈夫大丈夫私は上司で彼女は部下。根拠はないけどなんとかなる。
そう思え。思い込め私。
「私の言葉をどういう解釈すれば、あ、いや言わなくていいです」
「衆人環視の中で私が破廉恥な行為に出られるか忠誠心と奴隷っぷりを確認するために」
「言わなくていいつってんでしょうっ!?」
無理だ! 思い込む隙すら与えてくれない!
「あなたと共に倫理に反逆したい」
「ははーん、さては頭悪いなナズーリン!」
「頭は丸いよ」
「丸くない頭があるか!」
「ネズミは本来丸くない」
「う、く、言い返せない!」
しかも微妙に頭良い気がしてきた!
私の突っ込みを予測していたというのか!
「仏門に帰依することを頭を丸めると言うが、あれは鼻とか耳とか削いだりして丸めてるのだろうな」
「馬鹿だ!」
そして黒い、真黒だ!
そんな宗教に信徒が集まるものか!
つーか自分の属す陣営の宗教くらい把握しろ!
「いや待て今壮大に話逸らしましたね!?」
なんだ頭悪いから頭丸いって。
どういう理屈ですり替えた。
「別に私は早口言葉が言えないような低能ではない」
「いやそれ頭の良さに関係ありますか……?」
多分無い。
というか怒っているのだろうかもしかして。
ふむ。己が悪いとは思わないが挽回のチャンスくらいは与えるべきか。
「ではナズーリン。復唱してください。生麦生米生卵」
「生足生乳生エロス」
「てめぇ! おちょくってんでしょ! おちょくりたいだけだなっ!?」
絶大に汚名挽回しおって! 返上しろそれは!
「自分に素直でありたいものだね」
「認めやがった!」
殴りたい。虎パンチで頭飛ばしたい。やったことないけど。
……深呼吸深呼吸。口調が荒れた。思い出せ思い出せ私は毘沙門天の代理だ。
そんなに柄は悪くない。はず。毘沙門天自体が悪鬼を調伏する鬼神であることは関係ない。
武闘派イコール柄が悪いってわけじゃない。と思う。
「それで」
急に、声音が変わる。
「どうしたのかなご主人様。私の性癖は置いておくとしても、今日のあなたは実におかしい。
端的に言って、らしくない。どうも、なんというか……ふらふら、しているように見受けるよ」
冷たい――そう思えるほどに冷静な目で、彼女は言う。冷静な観察眼で、私を見る。
「ふらふら――ですか」
「地に足がついてない、と言い換えてもいい」
――空を飛ぶこの船の上で、それはどうにも皮肉染みた物言いだった。
茶化すのではなく、皮肉。話は逸らされていない。
…………流石は部下。よく見ている。こんなにあっさりと私が悩んでいることを見抜くか。
見抜かれているのなら――話してもいいだろう。隠さなくても、いいだろう。
私の考えばかり押し付けるなんて傲慢だ。彼女の考えも、受け入れねば。
見抜かれたものを、口にせねば。
それに。
「……では、聞いてもらいましょうか」
私が悩みを打ち明けられるのなんて、彼女しか居ない。
そこまで信用できるのは聖を除けばナズーリンだけだ。
何百年も共に生きてきた、何百年も私の傍に居てくれた彼女だけ。
こんな――弱さを見せられるのは、彼女だけだ。
「気が抜けた、んですかね。聖の復活や、仲間集めも終わりましたし。
暇で暇で、無駄なことばかり考えてしまうのです」
「無駄なこと?」
「私は昔と変わらず、役に立っていないなあ、と」
自嘲する。詮無い、悩みだ。どうしようもない、悩みだ。
「そんなことは――ないだろう」
折角の否定だが、軽く首を振って辞退する。
私はそうは思えない。どうしても、思えない。擁護してもらう資格はないと、思う。
「もちろん、聖の復活に動いたことまでは否定しません。音頭取りをしたのは私ですし。
その責任は放棄しない。聖のように、聖の代わりのように、皆を率いました。率いただけ、でした。
それもあなたの協力がなければ成し遂げられませんでしたが」
情けないことこの上ない。行き当たりばったりで、上手くいったのが奇跡のようだ。
ムラサ、一輪、ナズーリン。
彼女らの誰か一人でも欠けば確実に失敗に終わっていたような杜撰な計画だった。
彼女らの有能さに助けられたようなものだった。
「だから、聖が封じられた時動けなかったように、役に立ってない気がしてならないのです」
己の不甲斐無さに苦い記憶が重なる。それを払拭しようと気を張ったが……成し遂げられなかった。
「中身が足りてない気がしてならない。寅丸星は、所詮代理しか務められないのではないか、と。
私は毘沙門天の代理。それ以上でも、以下でもなく、ただそれだけなのではないか、と」
本物ではなく、代わりでしかない。本物には、なれない。どこまでも――代わりでしか、ない。
……悩みというより、愚痴だった。愚かしい、愚痴だ。
「代理、か」
「ええ。代理、です」
言い終え――僅かに後悔の念を抱く。こんなことを聞かされても困るだけだろう。
彼女は、ナズーリンは上司と部下という一線を越えない。
明確な線引きの元で――数百年も共に過ごしてきたのだから。
私の勝手な信用で頼っても――迷惑なだけだ。
「深い――悩みだね」
腕を組んだまま、彼女は言う。
「いえいえ。小さく、浅い――悩みですよ」
苦笑を浮かべたまま、私は応じた。
沈黙。
客の喧騒をひどく遠く感じる。
ああ、これならナズーリンが奇矯なことを叫んでも平気だったかな――
「色々あったね」
呟くような声だった。
「この数百年、色々あった」
感情を窺わせない声音。ナズーリンらしい、一線を画す無表情。
「あなたの悩みを無視する形で申し訳ないが、私は思うんだよ」
「…………」
「色々あった――色々、終わった」
「…………」
「だから私もそろそろ、別の生き方をしてもよいのではないか、と」
驚きだった。彼女が自ら変わると言い出すなど考えもしなかった。
冗談ではなく、本音らしい。女王様がどうだとか茶化す気配は一切無い。
だが、それもいいだろう。義務があるわけでなし――彼女にだって、自由を求める権利はある。
自由奔放でないのが彼女の素だとは限らないのだから。
「それは――その通り、ですね」
「そうだろう?」
薄く笑う。
「故に私は自分に正直になろうと思った」
空を、見上げる。
「つまりはエロスに生涯を捧げようと」
「そんなもんに己の全てを捧げるんですかっ!?」
シリアスな空気がぶっ飛んだ。今までのはなんだったんだ。
申し訳ないと言うならこれこそが申し訳ないわ! 純情を弄ばれた気分だ!
「お給金の9割を春画本に注ぎ込んだ程度ではまだ足りない」
「十分に生活捧げてますよ! 通りでよく食事をたかってきたわけだ!」
「言っては何だが千年かけて料理の腕があれというのはいっそ才能だね」
「おまえもう船から飛び降りろ! 飛行能力禁止で!」
「でもあなたの作るカレーは好きだよ。チーズ入ってるから」
「また素直に喜べない褒め方するなぁ!」
それだってあなたが執拗に頼み込むから入れてるんだ。私は素のカレーが好きだ。
まあチーズ入りも最近美味しく感じてはきたが。
「まったく……頼むから他の人には迷惑かけないでくださいよ?
そんなトンチキな誓いで暴れられたらたまったものじゃない」
「安心したまえ。狙いはご主人ただ一人だ」
「繁殖欲なんですよね!? 本能なんですよね!? 普通男性に向かいますよね!?」
「明るいエロスを追求するから大丈夫」
「どこがっ!?」
「かもしれない」
「不安だーっ!!」
「女王様とメス奴隷から始めたいと思う」
「引っ張るなぁそれ! つーか始まりじゃない末期だ! 至れるのは破滅だ! 末世だ!」
「切れ味鋭い突込みだねご主人様。日本刀で突っ込んでみないかな?」
「一回で終わる上に私が罪人になってしまう! ボケに命を懸けるな!」
「実はなじられる方が好きなんだ」
「もうあなたが理解出来ないよナズーリン!」
なんだこの部下。実は私よりも深い奴なんじゃないのか。
いや浅さが半端ないだけかもしれないが。
多分くるぶしまで浸かれない。水たまりかナズーリン。雨の後晴れたら半日持たない奴。
ああ、目眩がしてきた。
「この程度で情けないなご主人様。私と対等に語りあえるようにはなれないのかね」
「あなたと対等に話せる奴なんか居ませんよ……」
しかも私は狙われている。まぁ冗談なんだろうけど。
「いや、この間の緑髪の方の巫女とか話せる奴だったよ。びいえるや百合と色々教授していただいた」
「少々暴走気味の真面目っ子だと信じていたのにー!」
「彼女のおかげで私の造詣も深まった。まったく……世界はまだまだ私の知らぬエロスに満ちているよ」
「そんな世界知りたくなかった! 知らないままでいたかった!」
「ご主人がうっかり失くした宝塔を扱っていた古道具屋の店主……
彼もそうやって見れば恐ろしい程に魅力的だ。受けだねあれは」
「お願いだから被害を拡大しないでくださいよそ様に迷惑かけないでください」
成し遂げた顔をするな。
あなたが成そうとしているのは心の傷害だ。
「だから狙いはご主人様だけだと言っているのに」
「どこからどこまで信用すればいいんですかあなたは」
「っはっは。酷い言われ様だね。そうだ。親愛の表れとしてあだ名でもつけようか」
「あだ名、ですか……?」
はっきり言って不安である。ここまででナズーリンの突飛なセンスは垣間見えている。
どんな破天荒なあだ名をつけられるか知れたものじゃない。
「いいでしょう。言ってみなさい」
だがここで逃げれば私の負けだ。勝負じゃないのは理解しているがなにか魂的なものが負ける。
ふ、どうだナズーリン。身構えた私の予想を越えることが出来るか?
「うっかりしょうちゃん」
「事実だけど! 確かにうっかりやらかしたけどっ!」
泣いた。全力で泣いた。
膝から崩れ落ちる。立ち上がれない……
まさかそんなストレートに来るだなんて誰が予想出来ようか。
今まで捻くれっぷりをたっぷり見せられてこれだ。卑怯だ、卑怯だぞナズーリン……!
もしかして今までのも壮大な前振りか!? 長いにも程があるわ!
「ご無礼。よもやそこまでへこむとは思わなかったのだよ」
ええいそんな曖昧な表情で言われても説得力に欠けるわ。
喜怒哀楽のどれに該当するのだその顔は。
「冗談だ。うむ。冗談だったんだ」
だから説得力が無い。
「本当はうっかりなどと思っていない」
「ほう?」
「ご主人様のことは尊敬しているのだよ。美人で気立てがよく真面目だ。
ある種、否、真っ当な価値観で言えばこの上ない理想の上司だろう」
「いやいやそんな」
「魔界をも照らす法の光と言っていたが、私からすれば光はご主人自身だ。
暗闇を照らし迷い子を導く妖怪とはとても思えぬ人格者。うむ尊敬するに余りある。
あなたが書でも記せば飛ぶように売れるだろうね」
「はははこそばゆいですね」
「ご主人がその気になれば幻想郷の勢力図を塗り替えられるだろう。
あなたを慕う妖怪はそれこそ星の数だ。天文学的数字になるな」
「いやあこそばゆいを通り越して鳥肌がスタンディングオベーションです」
「まぁ嘘なんだが」
「ですよね! そう来ると思ってましたよコンチクショウっ!
ばーかばーか! 信じてなんかいなかったもん!」
……もんとか言っちゃったよ私。何歳だと思ってるんだ寅丸星。
おーいぇー。
駄目だテンションだだ下がりだ何言っても持ち上がらない……
「まぁまぁご主人。元気が出る話をしてあげよう」
「絶対元気を抉り取る話ですよね……」
「ここだけの話、ムラサ船長の名前はとてもいやらしいと思っている」
「もうついていけませんよ……」
「村紗水蜜。水蜜。うむ、いいいやらしさだ……」
「あなたの感性がわかりません」
「蜜なんだよご主人! しかも水だ! 船長の白い服が濡れてスケスケだ!」
「発想がもうエロ親父なんですよあなたはっ!!」
「だって蜜なのだよ?! もう文字からしてエロいじゃないか!」
「畳みかけるなぁ! じゃあ水蜜桃もエロいんですか!」
「十二分にグッドだ! 流石私のご主人様だね!」
「尊敬されてしまった!?」
ムラサの名前に桃を付けただけなのに!
「その発想力はいいですけどもうちょっと常識に活かしてくださいよ!」
「妖怪なのだから社会規範には囚われない!」
「うう! そう言われると正論のような気が、全然しないっ!」
びっくりするほど説得力の欠片も無い!
「わかってはいたがそこまで言い切られるとショックだ……」
「びっくりするほど打たれ弱かったっ!?」
わかっていたなら振るな!
普通に突っ込んじゃったよ! 意図せず傷つけちゃったよ!
あーもー楽しいなこいつはっ! 何かに目覚めそうだ! 意地でも目覚めないけど!
「落ち込んでるのか浮かれてるのかわからないねあなたは」
「あなたにだけは言われたくないなぁっ! 一瞬で立ち直りおって!」
「でかい図体で細かいことを」
「また気にしていることを!」
「まぁ私が小さいから余計でかく見えるのかもしれないが」
「やーい! ちーびちーびっ!」
「すっきりしたかい?」
「……ものすごく胃に穴開きそうな気分になりました……」
胃薬ください。
元よりネズミのナズーリンに虎の私がちびとかもうなんかあれだ。
痛い。
主に心が。
そして私が。
あーもうなんでこんなことになってんだっけなぁ。
疲れに疲れたよナズーリン。私なんだか眠いんだ。
どうでもいいかなーもう。ははっ。
「まぁ聞きたまえよご主人」
「……げっそりやつれた気がするんですがまだ聞かねばならないのですか」
「私はご主人をずっと見てきた」
また――真面目そうな、冷淡な声。
「ご主人のことは誰より知っているつもりだ。誰よりも――船長や、白蓮殿よりも」
先程の繰り返しのように腕を組んだまま、彼女は言う。
「ご主人がどれだけ頑張ってきたか。どれだけ辛い思いをしてきたか。だから」
僅かに、その声に――熱が籠っているように感じたのは私の気のせいだろうか。
「そんなご主人に欲情しても宜なるかなということなのだよ」
「なんで私は同性に貞操の危機を感じねばならないのですかーっ!!」
どこまでもブチ壊しにする奴だなぁっ!
というかいい加減しつこいにも程がある。何度繰り返す気だこれ。
うっわ、もしかして冗談じゃないのか。本気か。本気で私狙いかナズーリン。
ええとどう対処したらいいのだこういう場合。
「ふふ、元気が出てきたじゃないかご主人様」
暖かい――声だった。
「……ナズーリン?」
思わず凝視してしまう。
彼女が浮かべているのは、曖昧でも冷淡でも薄くもない、笑みだった。
恐らくは、初めて見る――柔らかな、笑顔。
冗談でも嘘でもないよ、と前置きして、彼女は口を開く。
「寅丸星」
組んだ腕を解き、船の縁から降りて、近づいてくる。
「私はあなたのことをよく知っている。船長や白蓮殿よりも――深く、だ。
何百年も一緒に居た。傍に居て、見続けてきた。見続けてきたんだ。
尊敬に値すると、仕えるに値すると、知っていて、信頼している」
私の間近で、止まる。
私と比べるべくもないずっとずっと小さな体で、真っ直ぐに私を見上げる。
眩しいものを見るように、目を細めた。
「あなたは私にとって、文字通り――星なんだよ」
少女の小さな手が、私の頬を撫ぜる。
「目指すべき、道標とすべき星だ。私は知っての通りふらふらしてるからね。
指針が無ければ道を見失ってしまう。帰れなくなって、しまう。
探し物は見つけられても、帰り道までは――見つけられない。
寅丸星。あなたは代理などではないよ。以上でも、以下でもなく――どこまでも、寅丸星だ。
あなたは、私にとっては、なくてはならない北極星なんだ。
だから、あなたにまでふらふらされてしまっては、困るな」
少女は背伸びして、彼女にとっては遠い筈の、私の顔に触れている。
その意味を――その言葉の意味を、私はすぐには理解できなかった。
噛み砕いて、反芻して、考える。そんな真似をせねばならぬほどに、混乱していた。
「――――ナズーリン」
「ふふ、お星さまに触れようだなんて、不敬かな?」
彼女の手が引かれ、その顔に浮かぶ笑みが苦笑に変わる前に――私はその手を掴んだ。
「……あっ」
その手は、震えていた。
負い目を感じているかのように、震えている。
私に触れることに、怯えている。己が触れることは許されないと――思い込んでいる。
私を星だと、彼女は私を神聖視するかのように語った。遠いものだと、語った。
一度も。数百年もの間一度も私に触れなかった。
今日。あれだけはしゃいでも、触れようともしなかった。
派手に騒ぎ、煙に巻いて、誤魔化していた。
「不敬などでは――ありませんよ」
冗談めかして言うことしか出来なかった少女の気持ちなど、私には推し量れない。
好きだと、そう伝えることすら出来なかった彼女の気持ちなど、私には察することも出来なかった。
「…………」
底が知れない?
一線を画す?
馬鹿だ。馬鹿は、私だ。
ただの、少女じゃないか。恋慕を素直に伝えられない、どこにでも居る、普通の少女じゃないか。
己のことでいっぱいいっぱいで、こんな近くに居る彼女のことにさえ気付けなかった。
その想いが何時からのものなのかすら、微塵もわからない。
不甲斐無いと云うのなら――それこそが、不甲斐無い。
「ナズーリン」
しゃがんで、目線を彼女と合わせる。
怯えてしまって、私を見てはくれないけれど――遠くではないと、私は近くに居ると、示す。
まだ私の心は整理がついていない。言葉に出来るものは少ない。
「ありがとう」
それでも、礼だけは伝えなければならない。
「とても楽になった――あなたに救われましたね」
私の悩みを、苦しみを打ち砕いてくれたのは、彼女なのだから。
私は偽物ではないと、寅丸星だと言ってくれたのは彼女なのだから。
「さて、なにか、お礼がしたいですね」
……ほんの少し、いじわるをすることにしよう。
本来なら、ここで私が言うべき言葉を彼女に言わせよう。
今日散々おもちゃにされたお返しだ。
「一つだけ、なんでも言うことを聞いてあげましょう」
「え、な、それは」
「一つだけです。さぁ、なにを願いますか? ナズーリン」
――彼女がずっと言いたかった言葉を言わせよう。
「……はは、不用心だね。私が、とんでもないお願いをしたらどうする気だい?」
「私はあなたを信じてますから」
掴んだままの手をそっと握る。
「あなたが信じてくれたように、私もあなたを信じますから」
だから、ナズーリン、あなたはもう我慢なんてしなくていい。
私が許す。寅丸星が許す。あなたはあなたの想いを、言葉にしてもいいんだ。
皮肉屋ぶって斜に構えて、煙に巻くなんて真似はもうしなくていい。
ナズーリン。あなたは素直になって、いいんだよ。
「は、はは……」
か弱く、普段からは想像も出来ない小さな笑い声。
「あなたは――――本当にお人好しだ」
目線が合う。しゃがんだ私と立ち呆けている彼女の視線がようやく交わる。
「――……寅丸星」
声は震えていた。
小癪さなど微塵も感じさせぬ、少女らしい、弱々しい声。
届かぬものに手を伸ばすように――彼女は言葉を紡ぐ。
「私が、恋した――あなたのままで、お星さまのままで……いてくれないかな?」
恋に臆病な少女の告白。
彼女がずっと、ずっと言いたかった、言葉。
誤魔化して煙に巻いて――押し殺し続けてきた言葉。
私は小さく頷く。
「ええ。私はいつまでも――あなたを照らす星でありましょう」
そして、微笑む。
「ナズーリン。あなただけの、あなたの手が届く星であり続けましょう」
「まぁあなたを色んな意味で狙っていることには変わりないのだが」
「良い話で終わらしましょうよ! 蒸し返さないでおきましょうよ!」
台無しだ! なんかもう全部台無しだ!
これでも私だって勇気振り絞ったのに! なけなしの勇気振り絞ったのに!
元気は出ても、疲れることこの上ない。なんだろうこの不思議体験。信じられない。
「うむ。これから蒸す季節だ。全裸の準備は万端か、ご主人」
「普通に薄着にします! 脱ぎませんっ!」
「風呂を覗けば済む話だから強要はしない。私はあなたを見つめ続けるから」
「なんで無駄に格好よく言うのかなぁっ!!」
格好よく言っても犯罪なのに!
この期に及んでもまだまだ読めないぞナズーリン。やっぱり深い奴だ。
多分将棋したら負ける。
「まあ」
息を吐くように、その言葉は囁かれた。
「真実変わらないのは私がご主人様を想う気持ちだけどね」
船の縁で、隣に座る私に囁かれた。
見れば、彼女は空を見上げている。喜怒哀楽どれにも該当しない曖昧な表情で、空を見ている。
私を見て言うのは――まだ、恥ずかしいらしい。
少女らしくて、微笑ましい。ナズーリンらしいとは――まだ、思えないけれど。
「まったく――あなたと話していると退屈もできない。知りませんでしたよ、何百年も一緒だったのに」
「これから知っていけばいいさ。私たちにはまだまだ時間が残っているのだから」
その通りだ。私たちは、これから、だ。
「ご主人様」
「ん?」
「あいらぶゆー」
「…………っぷ」
そんなの、普通は冗談と取られてしまう。普通は、真面目には受け取られない。
思わず笑みが零れる。笑ってしまう。恥ずかしがりやで、臆病者め。
本当に、退屈しない。予測が出来ない。面白くて――しょうがない。
だから……歩み寄っていこう。
過去に戻らぬように、二人で一緒に、歩いていこう。
「私からも――あいらぶゆー」
大物にはなれずとも――聖のようにはなれずとも。
私を私のままで、好きだと言ってくれる奴がいる。
それは、なんて――――幸福なことだろう。
もう合体しちゃえばいいよ!
『交尾したい』からニヤニヤしながら読んでましたが、星に思いを伝える場面の
二人の雰囲気なども良かったです。
・・・それにしても、どうにもナズーリンと星のやり取りが、某シルバーでソウルな漫画のやり取りっぽく見えたのですが・・・・・・私ぁ疲れてるんでしょうかね?
あと、ぶっちゃけ星のツッコミがその漫画に出る、某アイドルオタクなツッコミ駄メガネ君のツッコミに匹敵すると思えるくらい素晴らしいものであると思えました(をぃ)。
なるほど、こういう主従もあるのか・・・
良いなぁ、この二人は良いなぁ。
こんなナズさんも素敵ですね。
ナズ星はいいもの!!!
頑張れ星。負けるな星。でも負けれ。どっちだw
いいね、甘いね、美味しいね。
甘いは旨い。
こういうナズーリンもいいですね。
早苗さん何教えてるんだwww
俺達のナズ星はこれからだ!
身長差がいいですね。
イイですね
何処のSSでも星は堅物ヘタレで弄られですねwwもっとやれww
腹がよじれるほど笑ってもうたよw
ただちょっとだけ、会話の量とツッコミがクドいように感じました。
>実はスパイ
ちょっと違いませんかね。
この二人には幸せになる権利と義務がある!
ナズ星はおれに光をくれる…
こんなところでカワカミンを接種できるとは思いもよらなかった
俺もだ。
振り回される星にも萌えました。
作者様にあいらぶゆー!だ。俺のお星様になってk(ry(キモいので通報されました)
いや、作品自体はよくできてると思いますけどね。
って雲山ガこの前言っていた
ナズーリンが、告白するときや「あいらぶゆー」と言う場面かわいすぎてやばいです。
………それにしても、ナズーリンに自分で言わせようとするあたり星ちゃん女王様似合ってるんじゃあ……なんておもった自分は穢れてますね
読み終わった後に文の量が多い事に気づいたほど
惹き込まれる作品でした