集まってもらったのは他でもない。
今からする話の重要性は、すでに話したとおりだ。
・・・む、先ほどの話のときに居なかった者が数名混じっているな。
・・・仕方が無い。
時間もそう無いから、端的にわかりやすく、例を挙げて説明する事にしよう。
良く聞くように。
まずは、基本知識だ。
お前達は、博麗の巫女というものがどういうものなのかを知っているか?
ただ「幻想郷の巫女」や、「異変解決係」と表現するだけでは、薄い知識しかないと言わざるを得ない。
巫女とは、幻想郷の守護者であり。
結界を守る神官でもあり、
異変を解決する防人でもある。
完結明瞭に言えば、「護る者」。
それが博麗の巫女だ。
時には人を守り、
時には秩序を守る。
それが結果的に、我々を護っているのだ。
例え、巫女自身にその気が無くても、だ。
ここで、ひとつ考えてみよう。
博麗の巫女の「役割」と、お前達についてだ。
例えば、巫女が活躍すると言えば異変だ。
巫女は「異変を解決する」という役割を負っている。
時折気まぐれで起こる異変こそが、妖怪たちの力を上げる元となり、
それを巫女が解決することが、人間たちの力を上げる元となる。
こうして力関係は、歪な形ながらも拮抗して、この幻想郷を形作っているのだ。
・・・ん?なにが歪なのかよくわからないって?
・・・あまり時間が無いから詳しくは説明できないんだが・・・
人間と妖怪を固体で比べると。実力差は明らかだ。
例えば、博麗神社と里を結ぶ道に住む、宵闇の妖怪。
彼女に戦いを挑んで、帰ってくる自信のある者はいるか?
・・・そういうことだ。
人間単体では、妖怪と戦っても勝ち目は薄い。
全く勝ち目が無いと言うわけではないが、勝つ確立は広大な砂漠で一粒の砂金を見つけ出す確立に等しいだろう。
集団でなら確かに話は別だ。
だが、それでも勝ち難いことに変わりはない。
では今度は、なぜ種族間では拮抗しているかという問題になる。
まあ、正直に言って妖怪と人間が全面抗争をした場合、勝ち目はないだろう。
巫女や森の魔法使いが味方でいたとしても、だ。
種の違いというものは、簡単には埋められない。
じゃあなぜ拮抗すると思う?
奴らにとって、人間は居なくてはならない存在だからさ。
奴らが必要としているという紛れもない事実。
これこそが、人間が幻想郷で暮らしていられる最大の要因だ。
ああ・・・なぜ必要とされているかまで話し始めると、大結界の話や幻想郷の成り立ちまで説明しなければならなくなる。
先から言い続けているが、時間はない。
すまないが、この続きは今度ゆっくり聞かせてやるとしよう。
え・・・と、どこまで話したか・・・・・・
・・・・・・
・・・ああ、そうだ。巫女と異変についてだったな。
ともかく、巫女には異変を解決してパワーバランスを保つという役割がある。
それが巫女の存在理由の一つ目だ。
さて、ここまではお前達にはあまり関係のない話だ。
問題は、次。
二つ目の、巫女の存在理由だ。
異変を起こし、それを巫女が解決し力関係を維持する。
これが、近年決まった新たなやりかただ。
・・・いや、すまん。
お前達にとっては近年ではなかったな。
そういうやり方を生み出した妖怪の賢者と博麗の巫女は、「幻想郷のため」に有無を言わさず有象無象を従わせた。
彼らの言うルール・・・「人を無闇に食わない」
幻想郷を幻想として維持するために、この決まりは絶対に必要なものだった。
しかし・・・今こそ浸透しているが、決まった当時は反発する者も数多く存在した。
そしてそれは、今でも変わってはいない。
以前よりは極少数になったが、とはいえ存在する事に変わりはない。
・・・なぜ反発したのかって?
決まっているだろう。
好き勝手に生きたいからだ。
妖怪は・・・力のある彼らは、縛られることを嫌い、己の赴くままに生きようとする。
人間が好物だった妖怪が、ある日突然人を無闇に食うなと押し止められたら、どう感じると思う。
賢者の言葉だからと最初は自粛する。
だが、我慢はそう長くは続かない。
「食べてもいい規定量」で満足するような欲の少ないやつならいいが、大抵の妖怪は欲深だ。
三大欲求に素直な化け物だ。
だから、賢者の見ていないところで人を食らおうと考える。
己の欲望を満たすために、里を襲おうと考える。
そういう奴らの出現を考慮し、賢者は里に守護者を置いた。
里の中に居れば、人間の安全は保障されたのだ。
だが、賢者は里の外にいる人間の安全までは保障しなかった。
そこまで面倒は見切れなかったのだろう。
里の中は守護されているのがから、そこから出て妖怪に食われるのは人間の勝手。
賢者自身も妖怪なのだ。
人間のように、「人間が一番」といった価値観を期待してはいけない。
さて、では「里の外にいた人間」を、「次に人間を食ったら規定量を超える妖怪」が食べてもいいのか。
良くない。
それでは、パワーバランスが保たれない。
しかし、賢者は助けない。
こういうときに、人間はどうなると思う?
・・・そうだ。
こういう時に人間を護ってくれるのが、博麗の巫女だ。
賢者が助けないと知って、人間を秘密裏に食おうとしている不届き者。
そいつらを退治する役割。
これこそが、巫女の役割の二つ目だ。
この巫女の役割が、どれだけ人間を救っているかを考えてみろ。
食料の動植物を狩るために、人間は里を出る。
少し先にある川に水を汲みに行くために、人間は里を出る。
そのたびに、妖怪に命を狙われる。
そんな状況で、満足に日々を過ごすことなどできはしないだろう。
食事が規定量に達していない妖怪に狙われたのなら、諦めるしかない。
巫女も助けに入らない可能性が高い。
・・・まあ、今の代の巫女は「妖怪を問答無用で退治する」ことが仕事だと思っているから、助けてくれるかもしれないが。
しかし、規定量に達している妖怪に狙われて食われることはほぼ無くなった。
もしも食べたら、巫女に調伏されるからだ。
やつらとて、命は惜しいのだ。
巫女という存在が、お前達にどれだけ重要なものなのかは、理解できたか?
・・・できたな?
では、そろそろ本題に移る。
今までの話を鑑みて、よく聞いて欲しい。
お前達には話さねばなるまい。
博麗の巫女が死んでしまったときの話を。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
【闇に蠢く影一つ】
【煌き燃える日の無い時間】
【萌える草花の只中で】
【巫女の命は尽き果てた】
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
・・・私自身がその場で見聞きしたわけではない。
それ故、そのときの状況を完全には伝えきれぬかもしれない。
だが、聞いてくれ。
巫女のように力のある者でも、
巫女のように世界の要となる者でも、
死は等しく襲い掛かるものなのだ。
人間とは、脆く弱いものなのだ。
それを知って欲しい。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ ~~~~~~~~~~~~
【月も星もない新の月】
【巫女はただ独り空を往く】
【全ては人を護るため】
【少女の無念を晴らすため】
~~~~~~~~~~ ~~~~~~~~~ ~~~~~~
真っ暗な闇だ。
想像してみろ。
「見えない」ことほどに恐ろしいものはない。
人の心も。
視界もだ。
そんななか、巫女は一人で妖怪を追っていた。
「規定量を超えた捕食者」である妖怪を追っていた。
手には一つの鈴。
護れなかった少女が大切に持っていたものだ。
それを、手に汗かくほどに握り締めて、彼女は飛んでいたんだ。
無念の涙一つ流して、少女を食った妖怪を、追っていたんだ。
~~~~ ~~~~~~~~~~~ ~~~~
【やがて巫女は追いついた】
【幼子を食いしアヤカシに】
【少女の髪が口の周りに】
【ベタリ張り付いたアヤカシに】
~~ ~~~ ~~~~~
・・・巫女は森の中で、ソイツに追いついた。
そいつは、カバの口に蛇の体、カラスの羽が6枚ついた妖怪だった。
力は巫女には到底及ばない、下級妖怪。
だから逃げたのだろう。
逃げ足だけは速くて、巫女も捕まえるのに時間がかかったようだ。
~~~~ ~~
【巫女は己を失い吼える】
【アヤカシは怯え動けない】
【氷も凍える目を湛え】
【巫女は無慈悲に繰り出した】
【アヤカシを滅す一撃を】
~ ~~~
巫女は妖怪を許すつもりなんてなかった。
反撃の可能性も考えて、油断もしていなかった。
仲間が潜んでいることも考慮して、やはり油断していなかった。
だからだろう。
狡猾な罠にかかってしまったのは。
妖怪は、そんな巫女の心理をまんまと絡め取ったのだ。
~~
【その手を振り下ろす刹那】
【背後で蠢き響く音】
【巫女は神速で反応し】
【心を固められてしまった】
油断無く、背後の物音に反応した。
そして、巫女は見た。
死んだはずの少女の笑顔が、そこにあったのだ。
巫女の心は真っ白になってしまった。
確かにそこに存在するあの少女を見て。
鈴を強く握りなおして・・・
【そして巫女は】
そして巫女は
【痛みを知る】
痛みを知る
【ふと振り返ると】
ふと振り返ると
【やつがいた】
やつがいた
【巫女の首筋に】
噛み付いて
【安堵と恍惚の】
笑みを浮かべて
【巫女の動脈を】
断ち切った
【さらに力が】
加わって
【巫女の首と】
巫女の体は
【二つに】
分かたれる
【消えゆく意識で】
少女を見やると
【それは確かに】
少女だった
【やつの仲間が】
持ってきた
【少女の生首が】
そこにいた
【そして・・・】
巫女は思った・・・
【無念】だと
【ただ一言】、無念だと
「ちょっと待ったああああああああああああぁぁぁ!!!」
「ん?」
【巫女・・・あれ、霊夢!?」
「あんたら、なにしてんのよ!??」
上白沢 慧音はポカンと口を開くことしかできなくて。
アリス・マーガトロイドは操っていた人形と共に動きを止めた。
寺子屋の前にある小さな広場。
数十人の大人と子供が入り乱れるそこに、幻想郷の巫女・博麗 霊夢が乱入したのだ。
大人は皆黙りこくる。
人だかりの最前列に陣取っていた子供たちは、「幽霊だー!」と騒ぎ出す始末。
慧音は右手で頭を抱えて、深いため息をついた。
よりによってこのタイミングで邪魔をするのかこの巫女は。
もうあと3分ほどで、全て終わったというものを。
「なんなのよこの騒ぎは!んでもって、この立て看板はなに!?」
ズンズンと荒々しく歩み寄ってきた霊夢は、慧音を睨みつけながら看板を指差す。
アリスのすぐ隣に立っていたそれには、一言こう書いてあった。
『博麗の巫女は死んでしまった! ~ 人形劇と語りで学ぶ、巫女の大切さと人の儚さ ~』
「・・・いや、見ての通りだが。」
「なに勝手に殺してんのよ!一言くらい許可取りなさいよ!」
「お前が許可するわけが無いと思ってな。なんたって、『巫女だって人だからこんな風に死ぬこともある。だからこそ、妖怪とは恐ろしいものだ』っていうのを教えるのが目的で・・・」
「私をダシにするな!」
そう、これは里の人間に、看板どおりのことを教えるための授業なのだ。
大人には再確認の意味を込めて。
子供には、妖怪の恐ろしさを十分に。
同時に伝えるには、わかりやすく動きで伝えられるアリスの人形劇は最適だった。
「・・・えーと、まあつまり、妖怪を舐めてはいけないということだ。今はスペルカードルールがあるから、そう無闇に命をとられたりはしないが、十分気をつけるんだぞ」
霊夢を無視して、慧音は渋々と授業を〆にかかる。
まだまだ伝え切ってはいないが、仕方が無いだろう。
これ以上霊夢を刺激すると、なにをされるかわかったもんじゃない。
主に、弾幕ごっこで。
威勢良く返事をする子供たちの声に混じり、霊夢の怒声も轟いた。
やかましいことこの上ない。
・・・語り部、なかなかに楽しかったんだがなぁ
後ろ髪を引かれる思いの中、慧音は霊夢の咆哮に飲み込まれていった。
人だかりは無くなり。
大人はやかましく騒ぐ子供たちを引き連れて帰っていった。
この場には、三人の人妖しか残っていない。
「ア~リ~ス~?」
「うっ・・・・・・あ、あら~霊夢。ご機嫌麗しゅう」
「なーに一人で片付け済ませて逃げようとしているわけ?」
「や・・・いやね、そんな・・・逃げるだなんて人聞きの悪い・・・」
(あー・・・アリスは逃げられなかったか)
時間稼ぎでもしてやったほうがよかったかと考えて、すぐに考えを打ち消した。
勘のいい巫女のことだ。
そんな思惑もすぐに看破してしまうだろう。
などと考えている間に、アリスは首根っこをつかまれて連行されようとしていた。
止めようなどとは考えない。恐ろしい。
折角ターゲットから外れたのに、わざわざ死にに行く必要はない。
だが、今回の礼をまだしていなかった。
なので、少しはなれたところから話しかける。
「アリスー!今回の礼は必ずさせてもらうぞ!今度また里に来てくれ!」
「そんなことより助けて~~~~~~~!!!」
泣きながら助けを懇願するアリスを、躊躇無く切り捨てた。
許せ、アリス。
私には里を守るという使命がある。
まだ死ぬわけにはいかない。
あ、そうだ
「お前との語り、楽しかったぞ!生きてたらまた一緒にやろう!」
「うわぁー!裏切り者ぉ!一人だけ生き残ろうだなんて!卑怯よー!嫌ああああぁぁ助けてえええぇぇぇぇぇぇ・・・ぇ・・・・・・」
霊夢とアリスが見えなくなったところで、とりあえずアリスの冥福を祈って一礼した。
「さて・・・と」
アリスは人形劇の舞台だけ片付けていったので、残りの椅子や看板などの片付けに入った。
まずは私の教台から片付けよう。
寺子屋の備品を多く外に出したから、明日は掃除から始めないとな・・・。
慧音が語りを行っていた教台。
そこから片付けようと、慧音は近づいた。
ふと、台の上にある一冊の本を見る。
今回の人形劇のシナリオとなった、一冊の本。
里の民に伝えるため。
とはいえ、後ろめたい部分が無いわけではない。
慧音は、自分勝手な判断について詫びず、謝らず、あえて感謝した。
「・・・・・・ありがとうございます、巫女様」
そう一言、感謝の言葉を発してから、慧音はその本を懐にしまった。
自分で書いたその本を
遥か昔に、巫女の歴史を覗いて書いた史実の塊を。
死者への冒涜になるかもしれない。
だが、伝えたかった。
彼女の無念を。
確かに存在した、その無念を。
霊夢がこれを知る必要は無い。
この事実が事実であることは、己の胸のうちにしまっておこう。
そう、慧音は考えた。
了
今からする話の重要性は、すでに話したとおりだ。
・・・む、先ほどの話のときに居なかった者が数名混じっているな。
・・・仕方が無い。
時間もそう無いから、端的にわかりやすく、例を挙げて説明する事にしよう。
良く聞くように。
まずは、基本知識だ。
お前達は、博麗の巫女というものがどういうものなのかを知っているか?
ただ「幻想郷の巫女」や、「異変解決係」と表現するだけでは、薄い知識しかないと言わざるを得ない。
巫女とは、幻想郷の守護者であり。
結界を守る神官でもあり、
異変を解決する防人でもある。
完結明瞭に言えば、「護る者」。
それが博麗の巫女だ。
時には人を守り、
時には秩序を守る。
それが結果的に、我々を護っているのだ。
例え、巫女自身にその気が無くても、だ。
ここで、ひとつ考えてみよう。
博麗の巫女の「役割」と、お前達についてだ。
例えば、巫女が活躍すると言えば異変だ。
巫女は「異変を解決する」という役割を負っている。
時折気まぐれで起こる異変こそが、妖怪たちの力を上げる元となり、
それを巫女が解決することが、人間たちの力を上げる元となる。
こうして力関係は、歪な形ながらも拮抗して、この幻想郷を形作っているのだ。
・・・ん?なにが歪なのかよくわからないって?
・・・あまり時間が無いから詳しくは説明できないんだが・・・
人間と妖怪を固体で比べると。実力差は明らかだ。
例えば、博麗神社と里を結ぶ道に住む、宵闇の妖怪。
彼女に戦いを挑んで、帰ってくる自信のある者はいるか?
・・・そういうことだ。
人間単体では、妖怪と戦っても勝ち目は薄い。
全く勝ち目が無いと言うわけではないが、勝つ確立は広大な砂漠で一粒の砂金を見つけ出す確立に等しいだろう。
集団でなら確かに話は別だ。
だが、それでも勝ち難いことに変わりはない。
では今度は、なぜ種族間では拮抗しているかという問題になる。
まあ、正直に言って妖怪と人間が全面抗争をした場合、勝ち目はないだろう。
巫女や森の魔法使いが味方でいたとしても、だ。
種の違いというものは、簡単には埋められない。
じゃあなぜ拮抗すると思う?
奴らにとって、人間は居なくてはならない存在だからさ。
奴らが必要としているという紛れもない事実。
これこそが、人間が幻想郷で暮らしていられる最大の要因だ。
ああ・・・なぜ必要とされているかまで話し始めると、大結界の話や幻想郷の成り立ちまで説明しなければならなくなる。
先から言い続けているが、時間はない。
すまないが、この続きは今度ゆっくり聞かせてやるとしよう。
え・・・と、どこまで話したか・・・・・・
・・・・・・
・・・ああ、そうだ。巫女と異変についてだったな。
ともかく、巫女には異変を解決してパワーバランスを保つという役割がある。
それが巫女の存在理由の一つ目だ。
さて、ここまではお前達にはあまり関係のない話だ。
問題は、次。
二つ目の、巫女の存在理由だ。
異変を起こし、それを巫女が解決し力関係を維持する。
これが、近年決まった新たなやりかただ。
・・・いや、すまん。
お前達にとっては近年ではなかったな。
そういうやり方を生み出した妖怪の賢者と博麗の巫女は、「幻想郷のため」に有無を言わさず有象無象を従わせた。
彼らの言うルール・・・「人を無闇に食わない」
幻想郷を幻想として維持するために、この決まりは絶対に必要なものだった。
しかし・・・今こそ浸透しているが、決まった当時は反発する者も数多く存在した。
そしてそれは、今でも変わってはいない。
以前よりは極少数になったが、とはいえ存在する事に変わりはない。
・・・なぜ反発したのかって?
決まっているだろう。
好き勝手に生きたいからだ。
妖怪は・・・力のある彼らは、縛られることを嫌い、己の赴くままに生きようとする。
人間が好物だった妖怪が、ある日突然人を無闇に食うなと押し止められたら、どう感じると思う。
賢者の言葉だからと最初は自粛する。
だが、我慢はそう長くは続かない。
「食べてもいい規定量」で満足するような欲の少ないやつならいいが、大抵の妖怪は欲深だ。
三大欲求に素直な化け物だ。
だから、賢者の見ていないところで人を食らおうと考える。
己の欲望を満たすために、里を襲おうと考える。
そういう奴らの出現を考慮し、賢者は里に守護者を置いた。
里の中に居れば、人間の安全は保障されたのだ。
だが、賢者は里の外にいる人間の安全までは保障しなかった。
そこまで面倒は見切れなかったのだろう。
里の中は守護されているのがから、そこから出て妖怪に食われるのは人間の勝手。
賢者自身も妖怪なのだ。
人間のように、「人間が一番」といった価値観を期待してはいけない。
さて、では「里の外にいた人間」を、「次に人間を食ったら規定量を超える妖怪」が食べてもいいのか。
良くない。
それでは、パワーバランスが保たれない。
しかし、賢者は助けない。
こういうときに、人間はどうなると思う?
・・・そうだ。
こういう時に人間を護ってくれるのが、博麗の巫女だ。
賢者が助けないと知って、人間を秘密裏に食おうとしている不届き者。
そいつらを退治する役割。
これこそが、巫女の役割の二つ目だ。
この巫女の役割が、どれだけ人間を救っているかを考えてみろ。
食料の動植物を狩るために、人間は里を出る。
少し先にある川に水を汲みに行くために、人間は里を出る。
そのたびに、妖怪に命を狙われる。
そんな状況で、満足に日々を過ごすことなどできはしないだろう。
食事が規定量に達していない妖怪に狙われたのなら、諦めるしかない。
巫女も助けに入らない可能性が高い。
・・・まあ、今の代の巫女は「妖怪を問答無用で退治する」ことが仕事だと思っているから、助けてくれるかもしれないが。
しかし、規定量に達している妖怪に狙われて食われることはほぼ無くなった。
もしも食べたら、巫女に調伏されるからだ。
やつらとて、命は惜しいのだ。
巫女という存在が、お前達にどれだけ重要なものなのかは、理解できたか?
・・・できたな?
では、そろそろ本題に移る。
今までの話を鑑みて、よく聞いて欲しい。
お前達には話さねばなるまい。
博麗の巫女が死んでしまったときの話を。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
【闇に蠢く影一つ】
【煌き燃える日の無い時間】
【萌える草花の只中で】
【巫女の命は尽き果てた】
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
・・・私自身がその場で見聞きしたわけではない。
それ故、そのときの状況を完全には伝えきれぬかもしれない。
だが、聞いてくれ。
巫女のように力のある者でも、
巫女のように世界の要となる者でも、
死は等しく襲い掛かるものなのだ。
人間とは、脆く弱いものなのだ。
それを知って欲しい。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ ~~~~~~~~~~~~
【月も星もない新の月】
【巫女はただ独り空を往く】
【全ては人を護るため】
【少女の無念を晴らすため】
~~~~~~~~~~ ~~~~~~~~~ ~~~~~~
真っ暗な闇だ。
想像してみろ。
「見えない」ことほどに恐ろしいものはない。
人の心も。
視界もだ。
そんななか、巫女は一人で妖怪を追っていた。
「規定量を超えた捕食者」である妖怪を追っていた。
手には一つの鈴。
護れなかった少女が大切に持っていたものだ。
それを、手に汗かくほどに握り締めて、彼女は飛んでいたんだ。
無念の涙一つ流して、少女を食った妖怪を、追っていたんだ。
~~~~ ~~~~~~~~~~~ ~~~~
【やがて巫女は追いついた】
【幼子を食いしアヤカシに】
【少女の髪が口の周りに】
【ベタリ張り付いたアヤカシに】
~~ ~~~ ~~~~~
・・・巫女は森の中で、ソイツに追いついた。
そいつは、カバの口に蛇の体、カラスの羽が6枚ついた妖怪だった。
力は巫女には到底及ばない、下級妖怪。
だから逃げたのだろう。
逃げ足だけは速くて、巫女も捕まえるのに時間がかかったようだ。
~~~~ ~~
【巫女は己を失い吼える】
【アヤカシは怯え動けない】
【氷も凍える目を湛え】
【巫女は無慈悲に繰り出した】
【アヤカシを滅す一撃を】
~ ~~~
巫女は妖怪を許すつもりなんてなかった。
反撃の可能性も考えて、油断もしていなかった。
仲間が潜んでいることも考慮して、やはり油断していなかった。
だからだろう。
狡猾な罠にかかってしまったのは。
妖怪は、そんな巫女の心理をまんまと絡め取ったのだ。
~~
【その手を振り下ろす刹那】
【背後で蠢き響く音】
【巫女は神速で反応し】
【心を固められてしまった】
油断無く、背後の物音に反応した。
そして、巫女は見た。
死んだはずの少女の笑顔が、そこにあったのだ。
巫女の心は真っ白になってしまった。
確かにそこに存在するあの少女を見て。
鈴を強く握りなおして・・・
【そして巫女は】
そして巫女は
【痛みを知る】
痛みを知る
【ふと振り返ると】
ふと振り返ると
【やつがいた】
やつがいた
【巫女の首筋に】
噛み付いて
【安堵と恍惚の】
笑みを浮かべて
【巫女の動脈を】
断ち切った
【さらに力が】
加わって
【巫女の首と】
巫女の体は
【二つに】
分かたれる
【消えゆく意識で】
少女を見やると
【それは確かに】
少女だった
【やつの仲間が】
持ってきた
【少女の生首が】
そこにいた
【そして・・・】
巫女は思った・・・
【無念】だと
【ただ一言】、無念だと
「ちょっと待ったああああああああああああぁぁぁ!!!」
「ん?」
【巫女・・・あれ、霊夢!?」
「あんたら、なにしてんのよ!??」
上白沢 慧音はポカンと口を開くことしかできなくて。
アリス・マーガトロイドは操っていた人形と共に動きを止めた。
寺子屋の前にある小さな広場。
数十人の大人と子供が入り乱れるそこに、幻想郷の巫女・博麗 霊夢が乱入したのだ。
大人は皆黙りこくる。
人だかりの最前列に陣取っていた子供たちは、「幽霊だー!」と騒ぎ出す始末。
慧音は右手で頭を抱えて、深いため息をついた。
よりによってこのタイミングで邪魔をするのかこの巫女は。
もうあと3分ほどで、全て終わったというものを。
「なんなのよこの騒ぎは!んでもって、この立て看板はなに!?」
ズンズンと荒々しく歩み寄ってきた霊夢は、慧音を睨みつけながら看板を指差す。
アリスのすぐ隣に立っていたそれには、一言こう書いてあった。
『博麗の巫女は死んでしまった! ~ 人形劇と語りで学ぶ、巫女の大切さと人の儚さ ~』
「・・・いや、見ての通りだが。」
「なに勝手に殺してんのよ!一言くらい許可取りなさいよ!」
「お前が許可するわけが無いと思ってな。なんたって、『巫女だって人だからこんな風に死ぬこともある。だからこそ、妖怪とは恐ろしいものだ』っていうのを教えるのが目的で・・・」
「私をダシにするな!」
そう、これは里の人間に、看板どおりのことを教えるための授業なのだ。
大人には再確認の意味を込めて。
子供には、妖怪の恐ろしさを十分に。
同時に伝えるには、わかりやすく動きで伝えられるアリスの人形劇は最適だった。
「・・・えーと、まあつまり、妖怪を舐めてはいけないということだ。今はスペルカードルールがあるから、そう無闇に命をとられたりはしないが、十分気をつけるんだぞ」
霊夢を無視して、慧音は渋々と授業を〆にかかる。
まだまだ伝え切ってはいないが、仕方が無いだろう。
これ以上霊夢を刺激すると、なにをされるかわかったもんじゃない。
主に、弾幕ごっこで。
威勢良く返事をする子供たちの声に混じり、霊夢の怒声も轟いた。
やかましいことこの上ない。
・・・語り部、なかなかに楽しかったんだがなぁ
後ろ髪を引かれる思いの中、慧音は霊夢の咆哮に飲み込まれていった。
人だかりは無くなり。
大人はやかましく騒ぐ子供たちを引き連れて帰っていった。
この場には、三人の人妖しか残っていない。
「ア~リ~ス~?」
「うっ・・・・・・あ、あら~霊夢。ご機嫌麗しゅう」
「なーに一人で片付け済ませて逃げようとしているわけ?」
「や・・・いやね、そんな・・・逃げるだなんて人聞きの悪い・・・」
(あー・・・アリスは逃げられなかったか)
時間稼ぎでもしてやったほうがよかったかと考えて、すぐに考えを打ち消した。
勘のいい巫女のことだ。
そんな思惑もすぐに看破してしまうだろう。
などと考えている間に、アリスは首根っこをつかまれて連行されようとしていた。
止めようなどとは考えない。恐ろしい。
折角ターゲットから外れたのに、わざわざ死にに行く必要はない。
だが、今回の礼をまだしていなかった。
なので、少しはなれたところから話しかける。
「アリスー!今回の礼は必ずさせてもらうぞ!今度また里に来てくれ!」
「そんなことより助けて~~~~~~~!!!」
泣きながら助けを懇願するアリスを、躊躇無く切り捨てた。
許せ、アリス。
私には里を守るという使命がある。
まだ死ぬわけにはいかない。
あ、そうだ
「お前との語り、楽しかったぞ!生きてたらまた一緒にやろう!」
「うわぁー!裏切り者ぉ!一人だけ生き残ろうだなんて!卑怯よー!嫌ああああぁぁ助けてえええぇぇぇぇぇぇ・・・ぇ・・・・・・」
霊夢とアリスが見えなくなったところで、とりあえずアリスの冥福を祈って一礼した。
「さて・・・と」
アリスは人形劇の舞台だけ片付けていったので、残りの椅子や看板などの片付けに入った。
まずは私の教台から片付けよう。
寺子屋の備品を多く外に出したから、明日は掃除から始めないとな・・・。
慧音が語りを行っていた教台。
そこから片付けようと、慧音は近づいた。
ふと、台の上にある一冊の本を見る。
今回の人形劇のシナリオとなった、一冊の本。
里の民に伝えるため。
とはいえ、後ろめたい部分が無いわけではない。
慧音は、自分勝手な判断について詫びず、謝らず、あえて感謝した。
「・・・・・・ありがとうございます、巫女様」
そう一言、感謝の言葉を発してから、慧音はその本を懐にしまった。
自分で書いたその本を
遥か昔に、巫女の歴史を覗いて書いた史実の塊を。
死者への冒涜になるかもしれない。
だが、伝えたかった。
彼女の無念を。
確かに存在した、その無念を。
霊夢がこれを知る必要は無い。
この事実が事実であることは、己の胸のうちにしまっておこう。
そう、慧音は考えた。
了
霊夢が乱入して切り替わる流れも見事でした。
に続くんですね。わかります
この後の霊夢が乱入してからの雰囲気やアリスが連れて行かれる時の
会話なども面白かったです。
慧音先生! もっとお話を聞かせて下さーい! ・・・個人的に?←
そして話が事実ということに唖然
オチもしっかりしてると思う
慧音先生の語りに引き込まれてしまいました。
子どもたちに言い聞かせてるのかと思ってましたが人形劇w
慧音先生、人形劇のお姉さんが帰ってきたら
第2回「博麗の巫女は死んでしまった!」が開催されるんですよね?ww
スペルカードルール以前はこういう巫女の最期もあったのでしょうね・・・
幻想郷は今日も平和です
>霊夢とアリスが見えなくなったところで、とりあえずアリスの冥福を祈って一礼した。
で終わってたら50点くらいでしたが、締めが良かった。