妹のこいしが、地上界で新しいペットを捕まえてきたらしい。
それを聞いただけでどっと疲れがにじみ出てくるのを感じた。思わずひとつため息をつく。
ペットの調達自体は別にいい、どうせその子はすぐに出ていくのだろうし。ここ地霊殿で幼いころから育ったならともかく、もとが野良妖怪ではそのうちこの私に嫌気がさしてしまうはずだ。
問題は、地上の者を旧地獄に連れてきたことだ。一昔前なら、やれ境界侵犯だ拉致被害だと地上の連中から責め立てられてもおかしくない。
最近ではあちらとの対立関係もだいぶ緩和されてきて、一部の妖怪や人間はちょくちょく両世界を行き来しているみたいだけど、それでも無理やり連行して来たとなれば人聞きが悪い。いま彼らを刺激したくはない。
「やっぱりまずいですよねえ。さとり様(うわー、なんかすっごく不機嫌そうだ)」
これを知らせに来た私のペット、火焔猫のお燐が上目遣いでそっとこちらの顔をのぞきこむ。ついでに彼女の心の声も聞こえてしまう。
「不機嫌にもなります。それで」
「まあそれだけなんですけど(こいし様の元からのペットたちがやきもきしてるんだよね。新しい子がいきなりあんなに可愛がられてちゃ当然か)」
他者の思考を読み取れる私の力、ときに疎ましく思うこともある。ペット同士の嫉妬によるごたごたなど知りたくもない。みずからこの力を捨てた妹の気持ちがわかる。
「ほかの子には、つまらない嫉妬はよしなさいと言っておいて」
話を切り上げたくてそう言ってやると、お燐は軽く頭をかく。
「あやー、まあそうなんですけど(ご主人様の気持ちがよそに向いてたら、やっぱり気が気じゃないよ。さとり様からなんか言っておいてくれないかな)」
また面倒な。
私のペットには、地上征服をたくらんだり怨霊を集団脱走させたりと人様に大いに迷惑をかける子が多いのだが、妹の飼っている子たちはわりあいおとなしい。その中で新参者が目立ってしまったらこれまでの和を乱してしまうのかもしれない。
ともあれ、地上から捕獲されたというその妖怪をさっさと解放してやって、こいしのやつには久しぶりに長めのお説教をしないと。
私室にこいしの姿はなかった。なら飼育小屋のほうにいるのだろう。
たかが飼育施設といえど、ここ旧地獄の府中たる地霊殿の設備は万全である。私のペット用と妹のペット用、それぞれの小屋に大浴場と宴会場を備え、人の姿を取れる者には個室も与えられる。ペットたちはこののびのびとした環境で、地獄の茹で釜(温泉用)の火加減や、生皮剥ぎの磔刑台(調理用)の扱いといった芸に励んでいるのだ。そうでなくてはとても人手が足りない。
中庭を歩く私の姿は、いやおうなしにペットたちの注目を集めてしまう。同時に彼らの心の声もひそひそと漏れ伝わってくる。
(おっ、さとり様。最近よく来るなあ。暇なのか)
(なんだか険しいお顔で。お困りのことでもあるのかしら)
(やべっ、おれ今日の当番サボって、あー、あー、考えるなー)
脳内で無駄に叫んでいるやつのお尻には、とりあえず手加減した気弾を撃ち込んでおく。
悪くない。今の環境はこれで悪くないのだ。ペットたちは安心できるねぐらを与えられておおむね満足しているし、私に対してもおおむね感謝してくれている。もし自分が旧都の街中なんて歩こうものなら、嫌悪と怯えの感情が始終向けられてきて気分が悪くなる。だが少なくともここの者たちは、私を見て悪意の念をぶつけてきたりはしない。
(こいし様なら、二番小屋の七号個室にいたはずだよ)
気の利いた誰かが、こちらへ向けてそのような思念を送ってきた。心の声がしたほうに目を向けて軽く微笑んでみせると、その送り主の胸中にささやかな幸福感が差し込むのが感じ取れる。こういうのは気分がいい。
告げられた部屋の前に行ってみると、入り口の戸が少し開いていた。中からは二人分の話し声が聞こえる。そのひとつは間違いなく妹のものだ。
「ほかには何ができるの。あ、弾幕は得意?」
こころなしか妹の声がはずんでいる。
「うーん、逃げ隠れだけなら大得意ですけど(でもこいつからはそう簡単に逃げれそうにないなあ)」
「じゃあ警備係は無理か。忍者なら向いてるね。忍者……うちで需要あるのかな」
「(忍者ってw)本職は薬売りですよ。お薬に限らず商売ごとならどんと来いって感じ(ここもかなりお金持ちっぽいお屋敷だし、普通に商いするにはいい相手なんだろうけど)」
「商売人かあ。それも募集はないわね、ここでなに売ってるわけでもないし」
なにやら熱心に話し込んでいるところでお邪魔するのも悪いが、ここでずっと盗み聞きしているのも格好が悪い。私はいちどノックしてから戸を開けた。
「入るわよ」
「お姉ちゃんだよ」
こいしは振り向きもせずに、新しいペットらしき少女に向かって私を紹介した。されたほうは言葉の意味がとっさにわからず面食らっている。
「あ、えと、こいし様のお姉様?(うわあ、これまた只者じゃなさそうなのが出てきた)」
心の声とは裏腹に、彼女はやや恥ずかしそうに小首をかしげて私を見つめる。
こいつは兎だ、うん。頭から丸っこい兎の耳が生えている。これで兎妖怪以外の何者かだったら納得がいかない。
年恰好はこいしよりも幼く見える。ピンクのワンピースと人参のブローチが可愛らしい。けど妖怪の年齢なんて外見からじゃわからない。こいつはいままで、この容姿を武器に他人を誤解させてきた部類なんだろう。
「古明地さとり。この地霊殿の主です」
「はじめまして、因幡てゐって言います(地霊殿、地霊殿、なんか聞いたことある。白玉楼の親戚かな)」
満面の笑顔で軽く会釈しながら、てゐとやらは地霊殿についての断片的な記憶を掘り起こそうとしている。やがて思い出しきれなくてその試みを断念した。
「ここはかつて灼熱地獄だった場所。いまは私が地底の皆さんのまとめ役のようなことをしています」
説明してやると、彼女は目を丸くしてぽかんと口を開けた。
「へえ、そうなんですかー(は? 地獄? 地底? なんつー所に拉致られて来たのさ、私)」
ただの頭が足りない人にしか見えない受け答えをしながら、彼女の感情は激しく波打っている。
「どんな芸がいいかなって思って」
脈絡もなくこいしがなにやら言い出したので、思わずその顔を横目でのぞきこむ。意識の表層を自ら閉ざした彼女に対しては私の力も通じない。表情なんかうかがったって、こいしはいつものように笑ってるだけで何もわかるはずがないとは知っているのだけど。
「これからずっとここにいるんでしょ。でも何もしないで餌だけ食べてるわけにもいかないじゃない」
そう言って、隣で同じベッドに腰掛けている兎に身を寄せる。
(いますぐなんかされるってわけでもなさそうだし、そのうち適当にとんずらしますか。まずはこいつらに取り入って油断させてから、軽く金目のものを頂戴して――)
やや身をすくめて、不思議そうな顔で私とこいしを交互に見ながら、てゐの思考はぐるぐると回転している。食わせ者とはこういうやつのことを言うのだろう。
「それでこの子にできる仕事を考えていたの。よく言うでしょ、働かざるもの喰われるべし、って」
「うん。なんでも頑張るよ、こいし様(やっぱ怖っ。なんだかぽやーっとしてる子だけど、逆らったらただじゃすまなそうだな)」
やれやれ。裏表の激しすぎるこいつの性格も好きになれないが、それより今は妹の真意が気にかかる。
「なにも地上から連れてくることはないでしょう。どうしてこの子なの」
問いかけるとこいしはやや沈黙した。返答を待つのがもどかしい。こんなやりとりがいつも必要だなんて普通のひとたちは大変だ。
「キンウギョクト」
「は?」
妹の口から妙な言葉が飛び出す。耳で聞いただけではニュアンスが汲み取れないので、意味の理解に苦しむ。
「金烏玉兎って言葉があるでしょ。お姉ちゃんにはおくうがいるのに、神様って不公平だと思うの」
それか。金烏とは太陽の別称で、そこに住む鴉のことも指す。私のペットにはまさに金烏の化身がいるわけで。
「お月様といえばかぐや姫だよね。最近知ったんだけど、地上にはあのかぐや姫本人がいるの。ね、てゐ」
「うん、そうだけど(うちの姫様も昔っから有名人だね)」
なんとまあ。昔話のかぐや姫といえば、結婚式を土壇場になってキャンセルして田舎に帰ってしまった女だと思っていたけど、まだ地上にいたとは。
「つまりこの子が玉兎であると。そうなんですか?」
てゐに尋ねると、またも彼女は小首をかしげる。
「んー。私は輝夜様の兎ですよ、昔からずっと(月なんて行ったこともないけどな! 幻想郷にいる本物の玉兎って、うちの鈴仙ちゃんだけなんだよね。いざとなったらやつを差し出そう)」
少し頭痛がしてきた。なんなのこいつ。
「……私の鴉が金烏になったのがうらやましくて、それに対応するペットをさらってきたと、そういうこと?」
念を押すとこいしは顔を背ける。
「さらってなんかないもん。てゐが勝手についてきちゃったの」
てゐは少し視線を伏せて黙りこくっている。
(なんとなくこの子といっしょに行かなくちゃいけない気がして、気がついたらこんなとこに来てたんだよね。絶対なんかの術をくらったよ、これ)
なんとなく、か。それはこいしの得意分野だ。
「この子の無意識に干渉して、あなたについて行きたい気分にさせたのね。それはさらってきたのと同じでしょう」
問い詰めても妹は目を合わせてくれなかった。いつもの微笑みを顔面に張り付けたままそっぽを向いている。
「いいの、私はてゐが気にいったから。てゐだって私が好きでしょ」
「うんっ、こいし様(とほほ、とんでもないのに懐かれちゃったなあ)」
息を吐くかのように口から嘘が出てくる兎妖怪。よほど用心深いやつでないと、このあどけない笑顔にころっと騙されてしまうのだろう。私の前ではまったく無意味だけど。
「確かにあなた、地底向きの性格ね。それにしたってよくここまで来れたこと」
地底の住人の中には、地上の者を良く思わない妖怪も多い。ここに降りてくるまでに二度や三度は喧嘩を売られてもおかしくないのだが。
「ん、誰も気にしてなかったよ。私たち無意識の向う側にいたから」
なるほど。自分の存在を無意識化するこいしの隠れ身の技は誰にも見切れない。いっしょにいたてゐにもその効力を拡大させたのか。
(精神操作系の能力者かな。しかもスキマ並みに外道なパワーと来たもんだ。こりゃ厄介だねえ)
「あなただって厄介です。ったくもう」
そろそろ私の力を隠すのも面倒になってきた。てゐの心の声に返事をしてやると、彼女はびくりとしてこちらを見る。
(なんかミスった? お姉さんの機嫌が悪い)
「私が不機嫌なのは、あなたが気に入らないからです」
力いっぱいの蔑みの視線を向けると、てゐはますます萎縮する。
「こいし様のおそばに居てはいけませんか?(なにがまずかったの。あれか、こいつ重度のシスコンなのか)」
大きな瞳を潤ませて、懇願するように問いかけてくる子兎。こいつの内心を知っていてもなお、自分がなにかひどいことをしている気になってくるから不思議だ。
「妹は関係ありません。あなたのその嘘臭い態度が嫌いなんです」
(ううっ、完璧な演技だと思ったのに。お師匠様かこのひと。タイマンじゃ勝てないぞ。妹のほうを味方につけよう)
てゐはこちらを見つめたまま、隣のこいしの手をとってぎゅっと握る。
「こいしを味方につけよういう考えですね。あなたのそのあさはかさが――」
そのあさはかさが気に入らないの、と言いたかったが途中でさえぎられた。
「やめて」
こいしは笑っていなかった。ただ冷たい無表情で私を見ている。それがどれだけ異常なことなのか、つきあいの深い者でなくてはわからないだろう。
「ひとの心なんて知ってどうするの。それでお姉ちゃんは幸せなの」
なに。急にそんな哲学的なこと言い出して。
「てゐはとってもいい子なの。そういう風に見えるんなら、そういうことでいいじゃないの」
それだけ告げてまたもとの笑顔に戻り、ねえ、とてゐのほうを向いて同意を求める。
「あ、えっと、うん(助かった、のかな。かなりひっかかる言い方だけど)」
困った。
そもそも、相手の思っていることを言い当てておどかすのが、さとり妖怪である私のスタイル。『わかっていても言うな』なんて思っている者も多いけれど、それは吸血鬼に血を吸うなと言うようなものだ。
しかしこいしは、この誰からも好かれない運命を疎んじて自分の心眼を閉じた。そんな彼女の目の前で『言い当て』を始めたのはデリカシーに欠けていたかもしれない。
「……私はお邪魔みたいね」
「お邪魔だよ、お姉ちゃん」
やや皮肉を込めて言ってみるも、冗談めかした口調で返される。こいしがどんな意図でそんなことを言ったのか――本心から私が邪魔だと感じているのか、それともいまは少し機嫌が悪いだけなのか――判断の材料がなにもない。
結局それ以上なにも言い返せず部屋を出ていくしかなかった。
(仲がいいんだか悪いんだか、よくわかんない姉妹だな)
うるさい。私にだってわからないものが、よそ者のあなたになんてわかるものか。
――
そして数日が過ぎた。
あれ以来、こいしともてゐとも顔を合わせていない。あまり聞きたくなくても聞こえてくる噂によると、てゐのやつはペットたちの間で一躍人気者になっているらしい。まったく忌々しい。
(さとり様ー)
てってって、と軽快に廊下を駆けてくる足音がして、部屋のドアがノックされた。どうぞと声をかける。
「ややっ、これはさとり様、ご機嫌うるわしゅう(ラッキー、二人っきりだ。これはごろにゃんと甘えるチャンス)」
お燐が入ってきた。室内を見回すなり嬉しそうな顔になる。
「別にご機嫌うるわしくないわ。なんの用?」
「ええと、用事は特にないんですけどぉ(今日はお仕事がさくっと終わったから来ちゃった)」
口元をにやけさせて、期待感に満ちた目で私を見るお燐。こちらもやや瞳に力を込めてにらみ続けると、やがてしゅんとした態度になる。
(ありゃー、全然乗ってくれないよ。かまってもらえそうにないなあ)
なにやら楽しそうにしてやってきたお燐を意気消沈させてしまった。よくないな、気持ちを切り替えないと。
「ずいぶんご機嫌みたいね、いいことでもあった?」
「今日はですね、いい薬剤が手に入ったんですよ(さすが外世界渡りのソーダ剤だ。死体の皮がべろんべろんとよく剥がれるんだよね)」
子猫の頃からよくなついてくれたお燐。今では地底界でも指折りの死霊術師に成長して、集めた死体から怨霊を抽出するというかなり高度な芸を実践している。
(溺死体とか腐乱死体ならずるっと簡単にむけるんだけど、やっぱり仕上がりが格段に落ちちゃうし。死にたてほやほやのを漂白した人皮は最高だねえ)
ペット仲間では一番仕事熱心なお燐。地を駆け、山を駆け、常に新たな死体を求めて奔走する彼女の情熱は他の追随を許さない。
(無理に皮をひっぺがして筋繊維がちぎれちゃった死体って、なんだか物悲しいんだよね。でも今日のできばえは最高だった。筋肉層の魅力といえばやっぱりあの色つや、そして弾力。真っ白になった皮膚と黄金色の脂肪層、鮮やかな紫色の筋肉が織りなす絶妙の)
ごめん、やっぱりその心象は見るに耐えない。私の胸元に生えているさとり妖怪独自の器官、『第三の目』に手をかけ、強引にそのまぶたを閉じた。これでしばらくは彼女の心を読まずにすむ。
「あれ。なんで閉じちゃうんですか」
「なんでじゃないでしょ、おぞましいわっ」
不思議そうな顔をされる。
「なあに、私に読ませるためにそんなことを考えていたの」
「はいっ。さとり様にも是非、死体のすばらしさがわかってもらえればと。その、でも、やっぱりお嫌いですか、そうですか……」
勢い込んで訴えかけてきたお燐だが、その目をじっと見つめ続けるとすぐにおとなしくなる。
「もう死体のことは考えていない? 本当?」
お燐がこくこくとうなずくので、一応信じることにする。さっきから無理に押さえ続けている心眼がちくちくと痛む。誰にでも備わっているふたつの目とは違って、こちらはそう自由に開閉できるものではない。手を離すとやっと痛みが引いた。
(あんなに綺麗なのに、可愛いのに。あ、駄目、考えたら駄目)
ひとり悶々とするお燐。何かを考えるなと言われてもそう素直に従えるものではないし、ここは別の話題をふってあげようか。
「外の世界には、保健所っていう施設があるそうね。いらないペットをそこに預けると立派な動物霊にして返してくれるそうよ」
「にゃっ、さとり様?(いらない子? あたいっていらない子?)」
お燐から伝わってくる怯えの感情に、胸の瞳がまだちくりと痛む。
「ちょっと傷ついてしまうわ。どうして真に受けるの」
問いかけると、お燐は視線をそらす。
「冗談に聞こえませんよ(さとり様がそんなだから、おくうが悪さした時だって言いづらかったのに)」
唇をとがらせて不満げになるその仕草に、なんだか年頃の女性らしさを感じてしまったのは内緒だ。身長でも、胸や腰つきでも気がついたらはるかに追い越されていて……いやそこは考えるまい。
自分のひざをとんとんと軽く叩いてからお燐を手招きしてやる。先ほどまでの膨れっ面はどこへやら、ぱっと笑顔になった彼女の全身が、白い輝きに包まれて縮んでいく。やがて、どこにでもいそうな黒猫又の姿に変化したお燐がぴょんと私のひざに飛び乗ってきた。スカートに頬をすり寄せてくるので、のどのあたりを軽くくすぐってやる。
「ゴロロロ、ゴロロロ……(さとり様、さとり様……)」
ああ、やっぱり猫はいい。いやもちろん犬だって、鳥だって爬虫類だって好きだけど。脊椎動物の中で、私があまり好きじゃない生き物なんて人間ぐらいのもの。とはいえ猫はやはり格別だ。
しかしお燐ばかりあまり猫可愛がっていると実務に支障をきたしてしまう。ここは涙をのんで。
「こんなに甘えていいのは今日だけよ」
「ナーオ(はーい。お休みってたまにあるものだから幸せなんだよね。てゐには感謝しないと)」
その思考から、てゐという名を読み取って私は手を止めた。お燐はぴくりと耳を動かしてこちらを見上げる。
「ミャウ(もうおしまい? そんなあ)」
とまどっている猫の額を、こつこつとつつきながら言ってみる。
「あの子、わりとうまくやってるみたいね」
(てゐのこと? なかなか気が利く新人で助かるね。今日の仕事がこんなに上出来なのもあいつのおかげだし)
そう考えているお燐の顔を見つめてうなずいてみせると、彼女は自分とてゐとのやりとりを思い出しはじめる。
(最近あたいの仕事の能率が落ちてきて、思うように死体処理がはかどらないんだよね――って話を昨日あいつにしたんだけど。そしたらてゐがここの出入りの薬屋をつかまえてきて、『もっと質のいい薬剤があるはずだ』みたいなことを言いだしてさ。あたいもなんか変だと思ってたんでそいつを問い詰めてみたら、あの野郎、安物の再生品を売っていやがったとは)
今のお燐の感情からは、仕事への責任感とてゐへの好意が強く読み取れた。
(それであたいつい、『ふてえ野郎だ、うちの怨霊になるかい』ってタンカを切っちゃったんだよね。でもそこはてゐがうまくとりなしてくれて、『これからは必ず一級品を納入する。次にナメた真似したら商売を切る』っていう約束でまとまって)
うれしそうに心で語るお燐の態度になぜかいらだってしてしまう。いや、それはこの子のせいではない。
(こいし様に取り入って可愛がられてるだけのやつかと思ってたけど、けっこう根性あるじゃないの)
私たち相手に演技とはったりだけで立ちまわってのけたあいつのことだ、その程度の交渉なんて楽な仕事の部類なんだろう。そんなてゐを苦々しく思ってしまう私が異常なんだろうか。ひとの心を知りすぎたせいで、ひねくれ者の考え方しかできなくなって、他人の美点まで欠点だと感じてしまう女なんだろうか、私は。
「ずいぶんあの子に肩入れしてるのね」
「ニャーン(いいやつですよ。あたいの死体話を嫌な顔一つしないで聞いてくれて)」
「それは猫をかぶっているだけよ。兎のくせに」
なにを言ってるんだろ。
「あの子の言葉なんて嘘ばっかり。泥棒兎の詐欺兎よ。そばに寄るのも嫌だわ」
そんな悪口をお燐に言ってどうなるの。嫌われ者が人気者に嫉妬しているだけじゃないの、みっともない。
「ミュッ(うわちゃー、そういう評価だったか)」
お燐は私のひざから飛び降りて、またもや光芒を放ってもとの姿に戻った。
「なるほど、これからあいつにゃ気をつけます(そんなひどいやつには見えなかったけど、さとり様がそう言うんなら)」
「まあ別に、実害がなければどうでもいいのだけど。あんまり目障りだったら……消しちゃおうかな」
幸いにして、てゐがここにいるという事実はこいしの力によって地上に知られていない。本気であれを排除するつもりなら今しかない。
「あの、さとり様っ(それってもしかしてあたいの仕事? 冗談だよね。小粋なブラックジョークってやつだよね!)」
「だから真に受けないでちょうだいってば」
自分が気に入らない者をみんな消していったら、あとには誰も残らない。そんなのは権力に溺れた独裁者のやりかただ。
「こいしが気に入っている以上、あの子もここのペットよ。私には面倒をみる義務があるわ」
そう、ただの義務。てゐのことを好きになる必要も、好かれる必要もない。そう思えば少しは気が楽になる。こいしがさっさと飽きてくれたら一番都合がいいのだけど。
(てゐのやつ、単に調子いいこと言ってただけだったのかな。あたいにゃ心の中まではわかんないし)
とか考えていたお燐が突然、あっと軽く声をあげた。
「それじゃあ、あいつには見張りをつけときますね(この手でてゐを処分なんて嫌だよ。あいつがなにか悪さするようなら、その前に止めてやらないと)」
やっぱり本気にしてる。私はそんなに残酷な主人に見えるのだろうか。ずっと昔、地霊殿を手に入れる前のあのころなら陰謀も騙し討ちもお手の物だったけれど、最近ではずいぶん落ち着いたものなのに。
「なら好きになさい」
お燐はうなずき、やや沈黙する。まだ私にかまってもらうべきか、今日はもう撤退すべきかでしばし逡巡したのち、後者が無難だろうという結論に彼女は達した。
「あたいやっぱり、明日の仕込みとかありますんでこれで(なんかまずいタイミングで来ちゃったかな。相手してもらうのはまた今度だね)」
ぺこりと一つ頭を下げ、お燐はそそくさと部屋から去っていってしまった。
もっとあの子を撫でていたかったな。そう思い、私はひとり自分の手のひらを見つめた。
翌日のお昼過ぎ。今日は特に出かける予定も来客もなく、私は現場視察という名目のひまつぶしにペットたちの作業場へ向かった。
私がいるとみな緊張してしまうので以前はほとんど顔を出さなかったが、あまり放し飼いにしすぎてまた面倒ごとを起こされても困る。
「おさいせーん、おさいせーん、お賽銭募集中で―す(思ったほど儲からないわね。これじゃあ神様に呆れられちゃうわ)」
「守矢の分社、建築費用にご協力お願いしまーす(ちっくしょう、予定が狂った)」
あまり一カ所に長居せずあちこちの様子を見ていたところ、妙な呼び声をあげながら歩く二人組に遭遇した。
「あ、さとり様だ。さとり様ー(上客ゲット!)」
呼び子の一人、地獄鴉のお空が嬉しそうに羽ばたいてこちらへ飛んでくる。
「さとり様も一口いかがですか。お代はお気持ちで結構。さっ!(じゃらじゃらっとやっちゃってください)」
お空が振り向いて手を差し伸べた先には、小さな木箱を持って駆けてくる兎妖怪の姿があった。私が顔をしかめると、少し目を逸らす。
「えと、ご協力お願いします(無理だよお空ちゃん。こんなインチキ商法が通じる相手じゃないっての)」
なにやら詐欺的行為に手を染めているらしいてゐの顔をじっと見つめると、彼女は笑みを浮かべて一歩下がった。そのまま視線を落としてみる。彼女が持っていた木箱は小型の賽銭箱で、中にはけっこうな量の小銭が入っていた。
「こんなお金、なんに使うつもり?」
「よくぞ聞いてくれました(さとり様のお墨付きがあれば鬼に金棒ね)」
私を一目見るなりすっかり観念してしまったてゐとは対照的に、お空の心は期待に満ちている。
「私、思ったんです。地霊殿のみんなにも神様の力を授けてもらうにはどうしたらいいかなって。そうしたら、地底にも神社があればいいんじゃないかって教えてもらって(あ、巫女も必要なのかな。でも分社だったら別にいいか)」
目を輝かせて語るお空。特に悪だくみしている様子はない。というかこの子にそんな器用な芸当は無理か。
「だけどほら、アルバイトだけじゃ建築費にはぜんぜん足りないからどうしようかって考えてたら、てゐがいいアイディア出してくれて。ね(使える後輩で助かるわ)」
「うん。これからお参りする予定の人たちに、お賽銭を先払いしてもらえばいいんじゃないかって思いまして(相棒がお空ちゃんならちょろまかし放題……のはずだったんだけどなあ。昨日からずっと変なのに見張られてるし、うかつに動けないよ)」
にこやかに笑いながらドス黒いことを考えている子兎のおでこを、ぴんと指で爪弾いてやる。
「はうっ(あんたなの? あんたの差し金でしょ、見張りなんて)」
てゐは涙ぐんで私を見る。あ、可愛い。いや違う、可愛らしくなんかないぞ、こんなやつ。
「あ、あの(てゐ、痛かった? さとり様、どうしてそんな。こいつをいじめてみたかったの? 気持ちはわかるけど)」
私はいちど自分の額をおさえて、お空に向きなおった。さてなにから尋ねるべきか。
「アルバイト、ですか」
「はい。地上の河童に頼まれて温泉沸かしたり、あと異物排除とか(もっとお給料が高くてもいいのにな)」
私の知らないところで何をしているのやら。別に副業禁止とは言わないけど、ひとことぐらい断ってほしいものだ。
「それでそのお仕事中にですね、私に力をくれた神様の……なんだっけ、巫女? みたいなのと知り合ったんですよ(人間のくせに強かったな、あの赤いやつ。あれ、青いほうだっけ。紛らわしいのよあのふたり)」
お空の心を読んでぞっとした。『赤い巫女』といえば以前ここに押し入ってきた非常識な人間のことだろうけど、地上にはもう一匹似たようなのがいるらしい。まったく最近の世の中はどうかしている。
(なるほど。お山のほうの巫女に、地下にも分社を建てろって吹き込まれたんだね。神様もわりとエグい商売するなあ、負けてらんないよ)
などと考えているてゐ。軽い懲罰ではまったく効果がないようだ。こいつを本気で反省させるにはどんな折檻が有効だろうか。昔話にちなむなら、全身の皮を剥いで塩水でも塗りたくるところだけど。
言葉少ない私にやきもきしてお空はてゐから賽銭箱を奪い取り、私の目の前でじゃらじゃらと振ってみせた。
「で、どうですさとり様。ご決断を(こいし様だって入れてくれたのよ。しかも銀貨だよ、銀貨)」
「こいしも? もう、なに考えてるのあの子」
そうぼやいてはみたものの、いつも無意識のささやきに従ってあちこちふらついている妹のことだ。本人に理由を聞いてみたところで、『なんとなく』という答えが関の山だろう。
それにしても、意外とお金が入っているものだ。ほとんどは一番安い銅貨だけど、目方だけならずっしりとした重量感がある。
「みんな少ないおこづかいの中から、ちょっとずつ寄付してくれてるんです(本当にちょっとずつなのよね。貰えるだけありがたいって思うべきなんだろうけど)」
「これもお空さんの人徳だね(ペット仲間じゃ最強のお空ちゃんに頭を下げられて、面と向かって断れるやつなんかいないっての。ぼろいビジネスだなあ。得するのがあの神様だけってのが癪だよ)」
満面の笑顔を浮かべながらも妙に腹黒い二人。ほかの者ならともかく、私にそんな作戦は通用しないとわからないんだろうか。
ああでも、お空は本気で私の力を忘れていそうな気がする。てゐの場合はぬぐい去りがたい本能がそうさせるのか。
「それで、なんのメリットがあるの」
(は?)
(……だよねえ)
「地上の神様の分社が建つことで、この地霊殿にどんな利益が約束されるの。私が納得できるように説明なさい」
問い詰められてお空が目を丸くする。てゐは横目で彼女の顔を見た。
(はい撤収撤収。とりあえず今まで集まった分は私のものに……ならないよなあ。みんなに返せって言われるよねこれ。めんどくさ)
「えっと、地底にも信仰が必要なんです(って巫女が言ってた)」
「そんな受け売りじゃなくて、あなたの意見が知りたいの」
お空は眉をつり上げ、はっきりと私をにらみつける。
「だから、ここのみんなにも神様の力を分けてもらおうって思って(どうしてわかってくれないの)」
「無理ね」
にべもなく断られ、お空の心中で不満と怒りが高まっていく。もう少し説明してあげたほうがいいか。
「灼熱地獄の火は怨霊でも灰にしてしまうけれど、天の炎はもっと熱いわ。そんな莫大な力を受け入れたら普通の妖怪は死んでしまう。あなたには元から実力があったから、八咫烏を宿すことができたのよ」
まったく、地上の神々もとんでもないことをしてくれる。もしお空が神の烏の力を扱えずに暴走させてしまったなら、この地霊殿ごと吹き飛んでいた可能性もあったというのに。
お空は拳をぐっと握って詰め寄ってくる。まだ引き下がるつもりはないようだ。
「だったら、依り代になっても大丈夫な程度までは自力で強くなればいいんです(頑張ればなんとかなる、はず。たぶん)」
陰では三歩歩けば忘れる鳥頭とまで評される能天気なお空が、今はいつになく真剣な表情だ。
「これ以上あつかいに悩む子を増やして、どうするつもり」
「もちろん、誰が地底で最強なのかきちんと決め直すんです。そして最強の私たちが地上制覇を!(うん、制覇、いい響き)」
(うわあ。妖怪地底戦争? 新聞屋が喜ぶぞ)
ああ、また頭痛がしてきた。
「外の世界には、保健所という施設が――」
「私、昔から何をしてもお燐に負けてばかりだったんです(早食い競争ぐらいかな、勝てたの)」
聞きなさいってば。自分語りなんて似合わないわよ。
「でも今の力を手に入れて、あいつでも力づくじゃ止められないようになって。自分は無敵だと思って――」
「人間に負けたんでしょう」
「(そうだけどっ、でも)その時は、そんなに悔しくなかったんです。むしろびっくりって感じで(あいつが偶然私より強かった、それだけだって思ってた)でも地上のやつら」
お空は興奮して、思ったことをぽんぽん口に出している。おかげで思考の流れが追いづらい。
「何があったの? 順を追って話してちょうだい」
「……あいつら、地上のやつらが、しょっちゅう私の仕事を邪魔しに来るんです(そんなに地底の妖怪が嫌いなの?)それで腹が立って、強そうなやつとかたっぱしから戦ってみたんだけど、勝ったり負けたりで(なんでどいつもこいつもあんなに喧嘩慣れしてるのよ)」
胃がきりきりと痛みだした。地上の連中の血の気が多いのは今に始まったことじゃないけど、私のペットとしてそんな仲間に混じるのはやめてもらいたい。
「私なんて(あの中じゃ『ちょっとやる』程度でしかなくて)、これじゃ(地上のやつらを見返してやるなんて無理よ)、だから(もっと強くならないと。私だけじゃなく)、みんなで(もっと強くならないと)」
お空の発言がつっかえつっかえになり、ついに涙ぐんで言葉に詰まってしまった。泣き顔を隠すこともなく歯を食いしばって肩を震わせている。この子のこんな顔は初めて見た。小さい頃はよく鳴いていたけど。文字通り。
お空はすぐ涙をぬぐい、ぶんぶんと首を横に振る。
「うう……(なにしてるの私。さとり様の前でみっともない)」
てゐはそっとお空の拳に手を添え、心配そうな顔で見上げる。
「元気出して、お空さん(よくまあ、あんなバケモノどもとやりあう気になれるね。さすが地底最強クラス)」
ああもう。やっぱりこいつの内言にはいらいらさせられる。そしらぬ顔で猫をかぶるような者にはどうしてもなじめない。
ところで、通路の真ん中で説教をかましている私の姿はいやがおうにも目立ってしまう。ほかのペットたちが私たちを注視している。
(やっぱり怒られたよあいつ……ってうわ、マジ泣きだ)
(あのお空が? さとり様、いったいどんなキツいお叱りを)
(てゐちゃんも災難ね。人が良すぎるのも考えものだわ)
なんだかまずい、この状況。
(やはり最近さとり様は不機嫌でいらっしゃる。地上のやつらとの一件以来か?)
(言わんこっちゃない。なにが神様だ、ご主人を怒らしてどうする)
(えーっ。神社は? お祭りは? せっかく金払ったのに)
お空への非難と私に対するおびえの念が、あたりの雰囲気をやんわりと支配している。
楽しくない。まるで楽しくない。こんな気分を味わうのなら来るんじゃなかった。
「今は持ちあわせがないわ。来なさい」
二人に背を向け、私は自分の部屋へ戻ることにした。
「あれ? いいんですか、本当に?(なんのかんのと言ってもやっぱり優しいなあ、さとり様)」
「ありがとうございまーす(屈したね。このいたたまれない空気に屈したね)」
つい振り向いててゐを睨みつけてしまう。彼女は軽く肩をすくめ、ぺろりと舌先を出してみせた。
(ありゃー、また考えが態度に出てたのかな。それにしても眼つき怖っ)
うるさい、私の眼つきが悪いことなんて知ってる、みんなそう思っている。ごくまれに『もっと蔑んだ目で見てください』とか考える痴れ者もいるけど。
私室へと続く長い縦穴を、心持ちゆっくりと昇っていく。てゐも並んでついてくる。お燐の操る怨霊妖精が遠くから私たちの様子をそっとうかがっていた。律義な子ね。
途中まではお空もいっしょに来たけれど、てゐに言われてアルバイトとやらのことを思い出し、彼女は地上へ続く洞穴の方へ去っていった。
「問題起こさないでほしいけど」
「ん?(なんか言った? ひとりごとかな)」
「独り言よ。いちいち返事しないで」
お空にはあまり調子に乗りすぎないようにとお小言を言っておいたけど、たぶんもう忘れてしまっているだろう。あまり期待はしていない。
彼女の口から『地上で暴れた』と聞いた時は冷や汗ものだったけれど、喧嘩する相手は彼女と同格の強者に限られているようなのでとりあえずは問題なし。
なにせ地上で腕の立つ連中ときたら、人にものを聞く時はまず弾幕をぶちかますのが礼儀だと心得ているような野蛮人ばかりだ。
「お空さんのこと? 大丈夫、仲良くできますよ(あの弾幕馬鹿どもとおんなじノリだからね。やつらも仲間が増えて喜ぶよ)」
「それが心配だと言っているの」
もしお空が、やんちゃなお友達をここに連れて来たりしたら即座につまみ出すのが得策だろう。それが可能かどうかは置いといて。
「ところであなた、いつまでここにいるつもり?」
思えばてゐと二人きりで会話するのは今が初めてだ。ここで彼女の本音を引き出しておきたい。
「えっと……どういう意味でしょうか(それってさっさと出ていけって遠回しに言ってる? 言ってそうだなあ。どうしたもんか)」
「あなたが思っている通りの意味よ。いつになったら私の目の前から消えてくれるの」
言いながら、心臓がどくんと高鳴るのを感じた。われながら卑劣な言いかただ。
(あーあ、完っ璧に嫌われてるよ。そんなに嫌がられるようなことしたかな、私)
言葉に詰まり、悩んでいるそぶりを見せるてゐ。
彼女にはここから出る自由がない。私には引き止めるつもりなんてさらさらないけど、こいしが納得しないだろう。今てゐが地上に帰っても、またこいしにさらわれてしまうのは目に見えている。
それがわかっていてなお、私は『出ていけ』と言った。ただ気に食わないからという理由で、自分に歯向かえないペットに無理難題を押し付けて、本人のいないところでは陰口を叩いて憂さを晴らす。私はそういう女だったらしい。また胸がちくちくと痛む。
「うー。こいし様が私を気にかけてくれる限りは、ここに置いてもらいたいなって思いますけど(あきらかに永遠亭より待遇がいいんだよね。仕事らしい仕事もないし。もう少し居座らせてもらおうか)」
どこまで面の皮が厚いんだこいつ。人の気も知らないで。
「そう。じゃああの子があなたに飽きた時が、あなたの消える時ね」
(はい?)
てゐの表情がこわばる。心にもない作り笑いじゃなく、本心からの顔を見せている。
「あなたの存在価値なんて、こいしがあなたを気に入っているという一点でしかないの。言っている意味がわかる?」
(ちょ、え、消す? 私を?)
「頑張ってね。すごく気まぐれなところがあるから、あの子」
こいしの真似をして、にこやかに笑いながらさらっと言ってのけようと思ったが……失敗した。自分の口元がひきつっているのがわかる。たぶん今の私はすごく珍妙な表情になっている。
「ひいっ(この女の目、養豚場の豚でも見るかのように冷たい目だ。兎鍋ですか? もしかして兎鍋ですかー!)」
なにやら私の変顔は別の方向に効き目があったようだ。さっきまで余裕しゃくしゃくだった彼女が、演技ではなく本当に怯えた目で私を見ている。あまりの態度の変わり様に思わず噴き出してしまった。
「く……ふふっ……冗談です。そんなにびっくりしないで」
(冗談にゃ見えないってば)
「お燐にも相談してみたのだけど、どうも兎鍋は苦手らしくて。命拾いしたわね」
てゐは私の顔をまじまじと見つめたあと、目を伏せて軽く嘆息する。
「はあ……(こんなでっかい屋敷の主人なんてろくなもんじゃないよ。こいつも同類か)」
私と目をあわせないようにしながら、てゐは少し膨れっ面になっている。女の子らしい可愛い感情表現だけど、それすら演技に見えてまたイラっときてしまう。そういう態度をとれば許してもらえると思っている所にまた腹が立つ。おそらく、たいがいの相手はこんな顔を見たら許してしまうのだろう。ここはもう勘弁してあげるのが度量の広さというものなんだろう。だけど。
「こんな大きな屋敷の主人は碌な者じゃない、ですか。まあ私に関しては否定しないけど」
「いえそんなつもりじゃ、って(今の聞こえてた? というかまだなにも言ってないぞ、でも、あれ?)」
あわてて謝罪しようとしてから目をぱちくりさせるてゐ。彼女の思考の端々から察するに、私の能力については誰からも知らされていないらしい。
「まだなにも言っていないわよ、あなたは。でもそう聞こえたの」
(どういう意味? なんなのこいつ)
「どういう意味も、言葉通りの意味よ。私がいかなる存在か、あなたならすぐにわかると思うけど」
(まただ。私の言おうとしたことを先に。おかしいのはこっちの耳? 頭? 違う。たぶん何かの力、こいつの)
てゐはなかばパニックに陥りながらも、なかば冷静に推論していく。やはり彼女は想定外の事態に対して判断が早い。
「その方向の推理であってるわ」
(ニヤニヤしやがって。えらく勘がいいひとだと思ってたけど、こりゃもう『勘がいい』で済むレベルじゃないな。ええと、こいしちゃんのパワーは無意識下の精神操作。姉のこっちも似た系統だとすれば。ありゃ、もしかして)
もう結論にたどりついてしまった。もっと悩んで疑ってくれたほうが楽しめるのだけど。自分の心が読まれているとわかったときに人や妖怪が感じる恐怖、それが私の餌。とんだゲテモノ食いだとは自分でも思うけど、そういう生まれなんだから仕方がない。
「んー、つまり、あいや(どうしようかな。こういうときは素数を数えれば落ち着くという噂が。素数、素数、ええと2・3・5・7そして9)」
「九は違うでしょう」
「うわっ(ほんとに読まれてる!)」
指摘されて目を丸くするてゐ。わざと妙なことを考えてみせるのはやめてほしい。
それはそうと、彼女の心の奥底からじわじわとひとつの感情が浮かび上がってくるのがわかる。
心を探られるのは心を丸裸にされるのと同じこと。家族の前でならともかく、赤の他人に裸を見られるなんて屈辱以外の何物でもない。その屈辱に抵抗する手段がないと理解してしまったとき、ひとは恐怖を感じる。だからさとり妖怪は嫌われる。これでいい。
そもそも私は彼女が大嫌いなのだ。その原因が一方的にわたしの心の狭さによるものだとしても、嫌なものは嫌なのだから仕方がない、これでおあいこ。やっと対等の関係、たがいに疎んじあう関係に修正できる。私が他人と結べる関係なんてそれしかないのだから、これでいい。
「なんだあ、そっか(単にそういう能力か。よかったー、ビビって損した)」
「はい?」
てゐは心の底から……安堵していた。
「ちょっと、なにその反応」
てゐは今、私の能力を理解した。そして自分の今までの思考が私に筒抜けであったことも理解した、間違いない。そして彼女は、その事実に心から安心している。なぜに。
彼女が私に対してずっと抱いていた、遠慮とか萎縮の感情はきれいに拭い去られていた。
「ん? あ、ごめんなさい(きっと私をおどかしたくて能力を明かしたんだよね、もっと怖がったほうがいいかな。でも演技で驚いてみせたって意味ないしなあ)」
しばらくの間、私はなにも口に出すことができなかった。ふたりきりでいるのがなぜか気恥ずかしくなってきて、やや飛行速度を上げる。
(なんかまた怒らせちゃったよ。このひとの基準がわかんないな、どう相手したらいいのやら。というかこの考えもバレバレなんだよねたぶん。おーい、さとりちゃーん)
無礼な呼びかけは無視。あいかわらず彼女は私を恐れても嫌ってもいない、それが不気味ですらあった。しばらく進むうちに目的地に到着、私は彼女を部屋へ招き入れた。
「失礼しまーす(意外と質素だな。もっとファンシーな物品であふれてるのかと。金目のものは……あんまりないか)」
きょろきょろとあたりを見回し、室内の調度品を値定めしている。
「本当に失礼よあなた」
言いながら執務机の引き出しから財布を取り出すと、彼女の視線はわたしの手元に向く。
(うわ、鍵もかけないでそんな無用心な)
「用心なんて要らないわ。ここで物取りをする馬鹿なんていないでしょうに。一匹を除いてね」
「いや、そんな目で見られても(絶対ばれるとわかってるのに悪さなんかできないってば……って、お?)」
財布から金貨を一枚出すとまたてゐの目の色が変わった、現金なやつめ。
「うさぎなべ」
とつぶやいてみると、彼女はさっと目をそらした。そして上目遣いでこちらを見ながら携帯賽銭箱を差し出す。
(無意味にいじるのやめてよ。いいからさっさとお支払いください)
「偉そうねあなた。感謝の気持ちがないわ」
「ううっ(無理言わないでよ。本当に払う気あるの? お空ちゃんの話も渋ってたし、まさか私をいじめたいだけとか)」
「払います。でもその前にひとつ教えて」
分社の建立については実のところどうでもいい。宗教施設のひとつやふたつあっても害にはならないし、最近勢力を伸ばしているらしい地上の神に恩を売っておくのも悪くはない、という程度。それよりも。
「私は、地底で一番の嫌われ者と呼ばれているわ」
「え、さとり様が?(自分がアレなひとだってのはわかってるんだ。でも一番ってのは被害妄想じゃない?)」
両手のふさがっているてゐにまたデコピンをしかけてみるも、軽く身を引いてかわされてしまった。思わず舌打ちする。
「人格の問題じゃなくて、私の能力ゆえよ」
「(人格も問題だよ)あー、それはしかたないことかと(たしかに心を読まれるのはあまりいい気分じゃないかもね。その程度で引く連中なんて放っとけばいいのに)」
簡単に言ってくれる。私を忌み嫌う者たちを放置できるものならそうしておきたい。だけど私には地霊殿守護の任がある。地底の鬼たちでは収拾がつかない揉め事がなにか起きたとき――そもそもやつらは喧嘩と大騒ぎが大好きだから――私が仲裁に入らなくてはならない。そのたびに乱暴な、あるいは卑猥な罵倒を心で聞かされる。それを歯牙にもかけず受け流せるほど私の感情は麻痺していない。
「でもあなたは、その」
なぜ私を嫌わないのか、なんて聞くのは抵抗があった。彼女に心のうちをさらしてしまうのが気恥ずかしく、つい口ごもってしまう。
(なにもじもじしてるんだか。どしたの、恥ずかしがんないでお姉さんに言ってみ)
「誰がお姉さんですか。どうしてあなたはそういう、私をみくびった考えが持てるんです」
てゐは一歩後ろへ退がり、困り顔を浮かべる。
「いや、そう言われましても(むちゃくちゃだよこいつ。心で思うことまで指図するなって)」
てゐの心に、私への反感と軽蔑の気持ちが少しだけ差し込んだ。それだけで心臓がずきりとなる。今の発言、彼女にとってなにか容認できないラインに踏み込んでしまったらしい。
「すみません。もちろん他人の考えに指図はできません。でもやはり、気になってしまって」
駄目だ。こうやって躊躇しているなんて私のがらではない。なにをこんなやつに遠慮しているのか。言おう、聞きたいことははっきりと聞こう。
「その……どうして私を嫌わないでいてくれるの」
鼓動が早まる、頬が熱くなる。こんなの誰かに質問したのは初めてだ。目をあわせていられなくなって思わず伏す。
(うお、可愛い、可愛いぞ。こりゃ売り物になる)
やっぱり言うんじゃなかった。私をどこに売り出そうというのか、何が悲しくてこんな子供に可愛がられなくてはいけないのか。猛烈に後悔の気持ちが湧いてくる。
「なんでもない、忘れて。はいこれっ」
いつのまにかぎゅっと握りしめていた硬貨を、叩きつけるようにして賽銭箱に投入する。しかし力の加減を間違えてしまった。箱はてゐの手から滑り落ち、じゃりんと派手な音を立てて床に叩きつけられた。蓋が外れて小銭があたりに撒き散らされている。
「あっ、ご、ごめんなさい」
やってしまった。動機はどうあれ彼女らが苦心して集めた賽銭を、力任せに叩き落してしまった。あわててしゃがみこみ散乱物を集めようとしたところで、てゐはこちらへ掌を向けて制止する、
「いいですいいです。一国一城の主がさ、落ちてるお金なんて拾うもんじゃないの(うわ、ドジっ子? こういうのドジっ子とかいうんだっけ。別の意味で只者じゃないな)」
てゐは手早く落ちたものを拾い集めていく。別にこの程度の労働を厭う私ではないけれど、いいと言われたものを無理に手伝うのも気が引ける。若干の罪悪感を抱きながらもその姿を眺めているしかなかった。
手持ち無沙汰で椅子に掛けていると、てゐはぽつぽつと語り始める。
「えーと、地上にですね、私がどうしてもかなわないなって思うひとがいるんです。そのひとのことを、お師匠様って呼んでるんだけど(けっこう散らばっちゃってるな……おっと、これビールの蓋だ、誰だ入れたの)」
かいがいしく働く彼女にまた疑念が湧いてくる。なぜこうまでされても怒らないのか、さっさと拾えと言ってくれればこっちも気が楽なのに。
「それがかぐや姫?」
「いえ、姫様の教育係です。いっしょに月から来た(教育係というか、お目付け役か乳母みたいなもんか)」
竹から生まれたわりにはちゃんと従者がいるらしい。月面人の社会は謎だ。
「どうしてそのかたの話を」
「ウチの師匠はですね、私がなにしても全部お見通しなんです。どんないたずらをしかけてもまるで裏がかけなくて、嘘ついてもすぐばれちゃって(やつの弱点が姫様だってのはわかってるんだけどな。そっち関係でへたにいじると命の保障がないし)」
「嘘がつけない……もしかしてそのかたにも読心の力が」
てゐの手が止まった。どう答えるか少し迷ったあと、彼女の中で結論が出る。
「いや、たぶん師匠は(心の中まで全部は読めてないよね。でもひとの行動はみんな読めてるから、つまり)単に頭がよすぎるだけ、かな」
悪知恵だけならいくらでも働くこのてゐが、絶対に勝てないほど頭脳明晰とはどんな人物だろうか。
「だからそばにいるとプレッシャーがすごくて。さとり様も同類かと思ってほんと怖かったんですけど(いま考えてることしかわからないんなら、顔を合わせてなけりゃ済む話だし。あっちはそうもいかないからなあ)」
「……私の能力程度、あなたには恐れるにあたいしないということね」
詰問するような口調になってしまった。てゐはちらりとこちらの顔を見て、また拾い集め始める。もう床はだいぶきれいになった。
「あいや、純粋にすごいなあっては思いますよ(思いますよなんて言うまでもないか。このひと自分の力を面倒に思ってるみたいだけど、ひとの心を言い当てて楽しんでる節もあるし、どっちなんだろ)」
「さあ、どちらでしょうね。あなたに憶測される筋じゃありません」
こんな力は欲しくなかった、そう思ったことは今までに数えきれない。ならば私もこいしのように第三の目を閉じればいいのか、そうすれば誰からも嫌われずに幸福になれるのかと問うなら、はなはだ疑問だ。
たとえ今から力を封じたとしても、私のこれまでの悪評がそう簡単になくなるわけがない。顔では笑っている相手が、もしかしたら自分を憎んでいるかもしれない、ひどく軽蔑しているかもしれない。なんらかの利益が目当てで、あるいは猥褻な下心があって近づいているのかもしれない。そんな疑念を振り払って生きていける自信なんかない。
「終わりましたよー(なんか難しい顔してる。変なこと言っちゃったかな)」
てゐは賽銭箱を掲げて軽く振ってみせた。ほとんどは価値の低い硬貨ばかりといえど、その重量と金属音が彼女にそれなりの満足感を与えているようだ。ところで、私事とは関係なく一つ気になることが。
「それで足りるの、建築費用」
「うーん、あとはみんなで頑張ればなんとか(労働力に関しては適当な子に声かければいいや、お手伝いもお賽銭といっしょだって言えば理屈はつく)」
ちょっと。
(材料費はごまかしがきかないから、この敷地の建物をどれか解体するしかないね。どうせ住むところは余ってるし)
「ちょっとちょっと」
「はい?(それしかないじゃん。あとは建築技能者の招聘かな。外部の者に頼るとなるとツテがいる。誰かいいカモを知ってないか聞きこんでみよう)」
「いったいなんの算段ですか。そのお金はなんに使うの」
てゐはにかっと笑い、悪びれもせずに言い放つ。
「総監督への正当な報酬、かな(お空ちゃんは喜ぶ、神様は信仰が増える、私は儲かる。これぞ三者一両得)」
あいた口がふさがらない。私の目の前でここまで堂々と悪巧みができるのは、後にも先にもこいつだけでは。
ああそうか。私はつまり、この子のこういうたくましさがうらやましいんだ。
――
その夜、この部屋を突然訪れた人物がいた。ノックの音に対して私はドアのむこうの思念を探る。
「夜分失礼します、火急の用件で(ああ、気が重い。怒られるかなあ、怒られるだろうなあ」
お燐? 何をやらかしたのか知らないけどさっさと来なさい。
「どうぞ。なんの用件」
少しよろけながら、伏し目がちで入室してきたお燐が顔をあげる。彼女の両目は真っ赤に染まっていた。単に充血しているとかではなく、瞳の部分まで色が変わっている。
「どうしたのその目。怪我でも」
「怪我はたいしたことないんですけど、実はちょっと(くっそう、こんなんじゃまともに戦えないよ)」
見ると、彼女の顔や手足にはいくつものアザと裂傷が見られた。まだほとんど治癒できていないことから見て、かなり新しい怪我なのだろう。
「なにがあったの、あなたがそこまでやられるなんて」
「えっと、うー。外で一戦交えてしまいまして(なんだか未熟そうなお姉さんだと思ったら、あんな凄腕の幻術師だったとは。地上の妖怪め)」
「はあっ?」
つい声を張り上げてしまった。お燐はまた目を伏せ、自分がここに来るまでの経緯を思い出しはじめる。
(地上のやつらの動向が気になって、旧都に来てる地上妖怪の動きを探らせてたんだけど。そしたら明らかにここの内情を嗅ぎ回ってるやつがいて)
「地上の妖怪が、地霊殿について探りを入れていたのね」
「はい。薬屋の見習いと名乗る、あー、兎の妖怪です(妹を探してるとか言ってたけど。あれがてゐの姉さん?)」
非常にまずい事態になった気がする。それで、と念押しするとお燐は身を縮こめる。
「それでですね、悪いけどそいつをさっさとのしてから、ここに連れてきて話を聞こうと思ったんですけど……このザマで(いきなり妙な幻術を食らったのが痛すぎるなあ。まだ頭がふらふらするよ)」
お燐はしゅんとして耳をたれる。いろいろと言いたいことはあるけど、ひどく落ち込んでいるようなのでこれ以上のお説教はやめておく。この子はこの子なりに、私たちにとっての最善を考えて動いてくれているわけで。
(正々堂々と弾幕勝負を挑んでおけば、むこうも弾幕技以外は使わなかったはずだよねえ。やっぱり裏通りで闇討ちしたのは失敗だったか)
前言撤回。
「まずいでしょうそれは」
スペルカードルールなどという面倒なものを、なんのために皆が守っているのかよく考えてもらいたい。敵を排除するために何をしてもいいとなれば、毒殺・呪殺・洗脳支配となんでもありだ。その気になれば実行できる者たちがこの地底にはそろっている。
実にやっかいなことになった。これからどうしよう。
迷っている暇はない。さっさとこちらからその妖怪の元に出向いて、てゐを突き返さないと。こいしにきちんとお説教しなかったのは私の怠慢だ。私たちの立場を心から説けば無茶を控えてくれるはず。そう信じるしかない。
でも本当にそれでいいのか、心の奥でなにかがひっかかる。納まりきらない気持ちを抱え、私もお燐もしばし押し黙っていると。
(敵襲! 敵襲! 敵襲!)
まだ言葉を発せない地獄鴉たちが、部屋の外をがあがあとわめきながら飛び回っているのが聞こえた。
(むこうは妖怪一匹だ、数で押せ)
(あんなの俺らじゃ無理だって。スペカ使いじゃないと)
(お燐さんもお空さんも見当たらないわよ)
(じゃあさとり様だ、おまえ呼んで来い)
(やだよ、おっかないよ、君が行けよ)
ペットたちが、怨霊たちが、てんでばらばらなことを言い合いながら集まってきた。統率も何もあったものじゃない。ただ自分たちの住処を守らねばという使命感に駆り立てられて、続々と縦穴を昇っていく。
「あ……あたいのせいだ(あたいがここの猫だってあいつにばれたんだ。ええい、こうなったら刺し違えてでも)」
決意を固めた表情でお燐は振り向き、この部屋を出ていこうとする。だがその足取りはおぼつかず、少しよろけて壁に手をつく。
「その状態で何ができるの。少し頭を冷やしなさい」
あちらから強硬に乗り込んできてくれたのは幸いだ。たがいに不可侵条約違反、こちらだけが悪いわけではない。と、苦しい言い訳だがそれで押し通すしかない。
「お燐は下層部を守って、あの子たちを落ち着かせてちょうだい。あまり被害を広げたくないわ」
「……はい(さとり様の言う通りが一番か、悔しいけど。てゐはどうしよう。連れてくる?)」
下層にはペット小屋があり、てゐもそこに住んでいる。むこうの目的が純粋に彼女の奪還だとするなら、本人さえ返してしまえば文句は言われまい。
それしか手はない。ないのだけど。
「てゐは通さないで。上は私が食い止める」
どうしてだろう、理由は説明できない。なぜかそう口走ってしまった。
「徹底抗戦ですね。了解っ(さすがさとり様! しびれる! あこがれる!)」
お燐は親指を立ててにっと笑い、すぐさま部屋を出て下へ飛び去っていく。小さくなった彼女の後ろ姿を見ながら、自分がいま下した決断の愚かしさを思い、しばし立ちつくした。
果敢にも単身で襲撃をしかけてきたその兎妖怪は、たしかに相当な手練だった。精密無比の射撃を繰り出して、迎撃にあたった妖獣・怨霊を瞬く間に撃ち落としていく。
「まったくもうっ、地底なんてろくな所じゃない(こっちの同業者はやけに冷たいし、いきなり変な猫に引っ掻かれるし。どこよ、てゐ!)」
さて、ここで私が出て行って本当に食い止められるものだろうか。
地霊殿を預かる者として、並の妖怪を蹴散らす程度の力は備えているつもりだが、あの子に太刀打ちするのはいかにも分が悪い。想起の力で相手の知っている弾幕を真似るのが私の得意技、ということにはなっているけど、それだって私自身の限界を超える技は精度が落ちるし。
真の強者たち――お燐のように努力を怠らぬ者、お空のように強大な力を得た者、あるいはこいしのように何をしても群を抜く才能を持つ者。それらにかなう実力なんて、私は持ち合わせていない。
やっぱりさっさと白旗を振ろう。てゐの引き渡しを拒むなんて一時の気の迷いだった。あの子の顔をもう見なくてすむと思うと、見られなくなると思うと……
(うわ、来た。やつが来た)
突然、兎妖怪の感情が緊張の色に染まった。
「下がってください、さとり様!(バイトの邪魔だけじゃ飽き足りないっての? 後悔させてあげる)」
お空が下から猛スピードで上昇してきた。一気に私を追い越して侵入者に迫る。
「地底って事は、やっぱりあんたが来ちゃうのね(こいつのパワーは脅威だけど、カタに嵌めればこっちのもの。まだやりやすい相手。うん、そう信じるしか)」
「勝負よ、うどん……(うどん? なんだっけこいつの名前。あ、そうだ)ウドンゲリオン!(って小さいほうの神様が呼んでた)」
妙な名で呼ばれた兎妖怪の体勢ががくりと崩れ、すぐに戻る。強敵かと思ったら意外に隙だらけね。いまあの瞬間に撃ち込めば決着がついていたような。
「鈴仙・優曇華院・イナバ。長い名前は覚えられないの? 地底の金烏!(やっぱり馬鹿だ。馬鹿だけど強いからタチが悪い)」
「この霊烏路空に勝てたら覚えてあげるわよ、竹林の玉兎!(さて、こいつどんな技を使うんだっけ。まあ戦ってるうちにわかるでしょ)」
宣戦布告のあいさつを交わしたのち、二人の間に激しく弾幕が飛び交う。なるほど、お空の喧嘩友達か。てゐがちらっと考えていた、本物の玉兎というのもあの鈴仙ナンタラのことらしい。こいしには聞かせられない話になってきた。
お空と鈴仙、両者の戦法は極めて対照的だった。
鈴仙が驟雨のような牽制の弾幕を放つと、お空の火球がそれを正面から打ち消す。
鈴仙が波打つような霍乱の弾幕を放つと、お空の火球がそれを正面から打ち砕く。
鈴仙が疾風のような奇襲の弾幕を放つと、お空の火球がそれを正面から打ち払う。
鈴仙が陽炎のような幻惑の弾幕を放つと、お空の火球がそれを正面から打ち破る。
――なんだか敵のほうがかわいそうになってきた。
「無駄、無駄、無駄ぁ!(あー、思い出した。こいつはやたらややこしい技をしかけてくるやつだった)」
知略の限りを尽くして投じられる鈴仙の攻撃は、策も何もないお空の力技の前にことごとく粉砕される。
「ひどい、ずるいっ(空戦ならまだしも分があると思ったのに、思ったのに。なんでこんなのを返せないの、というかだんだん押されてる)」
おそらくこの兎、お燐と同様に努力の者なのだろう。あらゆる局面に対応すべく多彩な技を習得し、戦いのセオリーをその身に刻み込むため死に物狂いで修練を重ねてきたのだろう。それがいま、ただひたすら大火力の正面突破に打ち負かされている。その胸中はいかほどのものか。
『実体弾ばかりで攻めるから防がれるのよ。幻覚弾で押して相殺を空撃ちさせなさい』
戦っているふたりのほうから、この場にいる誰のものでもない声が響いた。落ち着いた女性の声。お空が目を丸くし、鈴仙がはいっと答える。
「だったらこれで!(結局お師匠様に頼っちゃった。こりゃ帰ったらお仕置きかなあ)」
彼女の放った弾幕が空中で迷路のような図形を描く。そこへお空がすぐさま火球を応射するが。
「無駄っ――ありゃ?(そんなっ、私の炎で消せないなんて。まずい、やられ……ありゃりゃ?)」
弾幕の迷路は猛烈な火球にも打ち消されることなくお空に襲い掛かり、そのまま彼女の肉体をすり抜け、背後の壁面に吸い込まれるようにして消え去った。つまりは全部、実体のないただの幻覚らしい。
「あにゃあっ!(熱! 耳! 焼け!)うぐぐ……(だめだめ、この程度で戦意喪失なんてお師匠様に殺される)」
お空に目が行って見ていなかったけれど、どうも鈴仙は火球をよけそこなったようだ。ウサ耳の先端三分の一ほどが無残に焼け焦げている。彼女は瞳を赤く輝かせ、ふたたび弾幕迷路を放つ。
(馬鹿じゃないの。こんな無意味なニセモノ弾幕、二度もひっかからないわよ)
先ほどは被弾を覚悟してたじろいだお空だが、今度は余裕しゃくしゃくである。
ところで先ほど聞こえた謎の人物の声。まあ謎ってほどでもなく、あの声の主が『お師匠様』に違いない。以前ここに乗り込んできた人間たちと同様、声を遠くにつなげる道具を鈴仙も所持しているのだろう。
鈴仙の師は先ほど一度だけ助言をした。ならば私も、主として一度だけ助言を許してもらうのがフェアというものだ。
「よけなさい、お空!」
この声を聞くや、お空は踊るような機動で迷路の隙間を抜け去った。直後、その弾幕が後ろの壁面を削り壁石の破片を飛び散らせる。
「おっと、っと(まあいくら幻でも、体を貫通していくのは気分悪いし……って、うわあ、本物だった)」
鈴仙がちっと舌打ちすると、すかさず怒号が飛ぶ。
『ぬるい! 相手を休ませるな。虚実折り重ねて撃ちなさい』
「前を見て! 幻覚は無視して実体だけかわすの。あとは押せば勝てる」
再度の助言を受けて二人が激突する。鈴仙はめまぐるしく実弾と虚弾を打ち分けて、網目のような迷路でお空をとりかこむ。
お空は何度も道に迷い、そのたびに火球で敵弾を打ち払った。それも無限に続けられるものではないから、彼女が消耗しきった時が決着のつく時。
とはいえ鈴仙もすでにあちこち火傷を負っており、動きが鈍ってきている。お空の火球をまともに食らったらどのみち一撃で勝負が決まるわけで、むこうにとってはこの戦い、最初から最後まで背水の陣だ。
私も、相手の師匠も余計な口出しをせず二人の行方を見守っている。
「さっさと落ちてよ、お願いだからっ(もう無理、いや諦めるな。早く終わってよ、だめ、気を抜くな)」
半べそをかきながら鈴仙が気合を入れると、迷路の間隔がひときわ狭まった。攻撃に意識を集中して短期決戦を挑むつもりのようだが、そのぶん回避はおろそかになる。地上にいるセコンドは渋い顔をしていることだろう。
「うおっ、やっと本気出したわね(ええと、左・左・右の順番で、あれ、左・右・右だっけ? めんどくさい、ボムだ! まだあと一発残る)」
あまり考えなしに放たれたお空の大火球を、鈴仙がぎりぎりのところでかわす。惜しい。
「あひっ(やばい、いまのやばい、終わるとこだった。よくよけた、私)」
「ぬうっ(この間合いじゃ当たらない、もう一気に距離を詰めるしか。一か八かの勝負よ)」
あ、その判断はまずい。お空のイメージする間合いにたどりつくまでに、弾幕迷路の分岐点が四、五箇所はある。そのすべてで幻覚側の当たりくじを引く可能性なんて一割にも満たないのに。やっぱり、実体のほうだけよけろなんて彼女には厳しい注文だったか。
外野で観察している私の目からは正解ルートが見えているけど、それを口出しするのは気が引けた。助力を受けての勝利より、わずかな不注意による敗北のほうが得るものが多い気もするし。
(いくぞっ。まずは右、OK。で、たぶん左。よし、いけるじゃないの。この先は……右・右・左、なんかそんな気がする。よく覚えてないけどGO!)
なんとまあ、それで当たりだ。お空は一気に通路を突き進み、難なく目標地点に到達する。
「うそ、なんで、冗談(初見で見切られた? よりによってこいつに? ありえない)」
「言い訳は地獄で聞く(このセリフ一度言ってみたかったのよ)」
(すでに地獄で――)
鈴仙の思考を中断して容赦なく炸裂した閃光により、妖怪兎は焼き兎においしく調理されてしまった。
さすがに鈴仙を生きたまま旧地獄の底に叩き込むわけにもいかず、彼女は数百メートル落下したのちに待ち構えていたお燐に回収された。ほどなくして目を覚ます。
「……え? ちょっと、なにこれ(動けない。なんで縛られてるの。いや、しかたがないか。負けちゃったし)」
「あ、じっとしててよ(なんでいつもこうズタボロになっちゃうんだろうねこの子は。それにしても似合うなあ、緊縛)」
縛り上げられた格好で正座している鈴仙の後ろに立ち、耳の火傷跡に薬を塗ってあげている子兎。
「てゐ?(よかった、無事だった)あんた、なんで(本当にこいつらの仲間になったの? 実はムリヤリ脅されて……絶対そんなタマじゃないな。やっぱり自分から)」
鈴仙のまぶたに涙があふれ、すっと筋を引く。
「なんで出てったのよ! そんなにあの二人が嫌だった? 気持ちはわかるけどさあ(お師匠様も姫様も、いつだって無理難題しか言わないけど、でもそれでも私たち)」
てゐが顔をしかめる。らしくないわね、そんな素直に感情を表に出すなんて。私の前ではいつも表情を作っているくせに。
「あー、鈴仙ちゃん?(まいったな、こんなに早く追及の手が来るとは。帰りますってさとりちゃんに言えば帰れそうな気配ではあるけど、こいしちゃんに断りもなく消えるわけにも)」
鈴仙が鼻声ですすり上げる。
「ぐすっ……いっしょに帰ろうよ、てゐ(なに泣いてるの私、こんなやつのために)」
そばで聞いていたお空が、二人の間に割り込むように顔を近づけた。
「勝手に決めないで、てゐはもう私の仲間。大事な仕事があるんだから(敗者がほざくな。一人で帰りなさいよ)」
「やめな、お空(てゐは地上に戻りたがってるのかな。さとり様はどんなつもりなんだろ、なんだかすごくつらそうな顔してるけど)」
お空の肩を引くお燐が、私の表情をうかがう。つらそうな顔? そんなふうに見えてるのか。
てゐは意を決してすっと息を吸い込み。鈴仙の顔を横からのぞきこむ。
「先に戻っててよ。あとで行くから(ここのやつらに負い目は作りたくないな。帰るのはやることやってからじゃないと)」
この提案に、鈴仙は顔を真っ赤にして怒鳴る。
「ふざけないで、はっきりして!(あとで知らん顔で出てこられたって、もうあんたのこと信用できないわよ。疑いながら顔合わせたくないよ)」
再びお空が鈴仙に詰め寄ろうとして、お燐と揉みあいになる。「まだ言うか」「やめなって」「だってこいつ」といったやりとりが交わされる。
そしてほぼ同時に、またもや出所不明の声があたりに響き渡った。
『なにを黙っているの、さっさと帰れと言いなさい』
『まあ、まあまあ、私に任せてください』
『いいえ、もう我慢できない。聞こえているんでしょう、地底の者達』
『落ち着いてくださいって。私に、私に考えが』
この口論の声が、どうやら鈴仙の頭のあたりから聞こえてくる。彼女の耳飾りが通信機になっているのだろうか。
鈴仙は大口を開け、みるまに顔を青ざめさせていく。がたがたと震えだした彼女の肩に手を添え、てゐはその耳元へ向けて語りだす。
「えー、姫様、お師匠様、聞こえてます? いままで大変お世話になりました。勝手ながらお暇を頂きたいと思います(って言うしかないよね)」
『はあっ?』
(うそ、なに言ってるの、やめて)
「あともうひとつ、大変虫のいいお願いなんですけど……私がそっちに戻ることがありましたら、丁稚兎からやり直すのでまた使ってもらえませんかねえ(力関係上、ここは下手に出ておきますか)」
鈴仙はてゐと見つめあい、ぷいと視線を横にそらす。
(さんざん心配させといて勝手すぎるわよ。なにか事情があるなら教えてくれてもいいじゃない。戻ってきたら丁稚ね。いいわ、思いっきりこき使ってあげる)
通信先のほうではしばらくこそこそと密談が続いた。やがて姫らしき人物から『勝手になさい』と返答がくる。
よし、言質は取った。てゐがここにいるのは自分の意思だ、ということで話を収めることができる。まだしばらくは彼女が地霊殿にいてくれる。それで一安心してしまう自分が癪だけど。
『さて、ウドンゲ』
「はいっ(来たぁ!)」
びしりと背筋を伸ばして呼びかけに答える鈴仙。声が裏返っていた。
『無様ね』
鈴仙の耳がしおしおと萎びて地面を向く。彼女は心の中で、自分の近い将来の運命を呪い続けていた。どれだけ厳しいんだ、この師匠の躾は。
『――と言いたいところだけど、今回は仕方がないかしら。多勢に無勢でしたし』
「どういう意味です」
通信のむこうの言葉に、つい私が聞き返してしまった。多勢に無勢? お空と鈴仙の戦いは対等だったはず。その前に鈴仙が雑魚を蹴散らしていたことを言っているのなら、あんなの準備運動にしかなっていないと思うのだが。
『援護の手数でこちらが負けていました。おわかりですか、地底の主』
「あなた、私の勝負にケチつけるの(なによこいつ、そんなに子分が可愛いの)」
私ではなくお空が怒り出したので、片手を挙げて彼女を制する。
この師匠とやら、てゐですら『頭がよすぎる』と評するほどの人物だ。根拠のないでまかせは言わないだろう。さっきの戦いで、私以外にもお空を手助けをした人物がいたのだとしたら。そのおかげで彼女は勝てたのだとしたら。ああ、頭が痛い。
「こいし、あなたですね。隠れて見ているの? 出てきなさい」
私の目を欺く芸当ができる者なんて、妹しかいない。
「あららー、失敗失敗」
すぐ真後ろでいたずらめいた声がした。驚いて振り向く。
「いつからいたの」
「ずっと」
こいしは兎たちのほうへ歩みより、目を丸くする鈴仙の耳を無造作につかむ。
「ええと、お師匠様さん? どうしてわかったのかな、できれば教えてほしいな」
『あなたの隠れ身の力、きわめて遠隔からの監視には効果がないようですね。こちらでははっきり見えていましたよ。あなたが地獄鴉の耳元で、正解の道筋をささやいているのが』
こいしに少し怯えていた鈴仙が、顔を上げて何か言いたそうにする。
(じゃあ、私の技が見切られちゃったのって)
「こいし様、だったんですか。私の実力じゃなかったの?(さっき、一番最後だけなんとなく行けそうな道が見えて……『なんとなく』って完全にこいし様の得意分野か。本当ならこっちが負けてたはず。それも知らないで私、うどん兎に勝ち誇って――)」
勝利の酔いから覚め、プライドを打ち砕かれたお空が地面に膝をつく。
「てゐを地上に返したくなかったのね。それでお空を負けさせるわけにはいかなかった、そうでしょう」
「だってえ、せっかく仲良くなれたのに」
悪びれもせずこいしは微笑む。そもそも、悪びれるなんてネガティブな感情は精神の奥底に封印してしまった妹だ。聖者のように、あるいは白痴のように微笑むことしかできない。
疑念がどんどん膨らんでいく。この笑顔の裏に隠されている真実を知るのも恐ろしいが、これ以上この子を放任できない。
「あなた、今日はずっと私のそばにいたのよね、気配を隠して」
無言で首をかしげるこいし。そうやって無意味な仕草でごまかすのはやめて。
今日一日のできごとを思い返す。特に大したことはしていない。賽銭徴集部隊に出くわして、てゐを部屋に入れたぐらい。だけど私自身にとっては見過ごすせない変化があった。
「そのあいだずっと、私の無意識に干渉していたんでしょう」
こいしの微笑がだんだんと薄れ、無表情に近づいていく。核心をついてしまった証拠だ。
「私が、てゐに好感を持つように仕向けましたね。こいし!」
私が叫ぶと同時に、こいしは地面を蹴って高く舞い上がった。そのままどんどん上昇していく。
「待ちなさい!」
と命じたところで待つわけもなく、あっという間にその姿は見えなくなる。お空に並んで私も地に崩れ落ちる格好になった。
思えば単純なことだ。てゐをここに置いておく最大の障害は、私が彼女を忌み嫌っていたこと。ならば私があの子を好きになってしまえば全て解決する。そしてこいしのもくろみは成功した。私はもうてゐを追い出そうなんて思っていない。この問題児が今度はどんな策略で驚かせてくれるのか、楽しみにしてしまっている自分がいる。
胸の中を言い知れない不快感が駆け巡る。私は、自分の信じる好悪の基準をこいしにねじまげられた。あの子がその気になれば、私が何を好み、何を嫌うかを自由に操作できることが証明された。
ああ、そうだ、この感情には何度も見覚えがある。私を忌み嫌う者たちが私に出会ってしまったとき、そいつらの胸の中ではまさにこういった不快感が渦巻いていた。自分の心の中の大切な部分を誰かに踏みつけられてしまうのではないか、という本能的な恐怖でいっぱいだった。
『立ってください、古明地さとりさん』
優しい声で呼びかけられた。一瞬誰が言ったのかわからなかったが、通信機の発する声なのだと気がつく。
『すぐに妹さんを追いかけてください』
追いかけてどうなるというのか。あの子はいつでも姿を消せるのに。たとえ会ってくれたとしても、もう説得どころじゃない。あの子が怖い。
『さとりさん、ここにいる者たちの精神が読み取れなくなる距離まで上昇してください。きっとそこに妹さんがいます』
「なぜあなたにわかるんですか」
知ったようなことばかり言う、顔も知らない地上の女性に怒りが沸く。そこへてゐが私の手をぎゅっと握る。
「こいし様を信じてあげて(なあんて、こんな気休めしか私にゃ言えないんだけど。でもこういうときのお師匠様の指図には、従っといて損はないから)」
ほかの皆もこちらを見ている。考えていることはそれぞれだが、おおむね私がこいしを追いかけることを期待していた。しかたなく半信半疑で飛び上がる。
下の声が完全に聞こえなくなる距離というと、縦穴をかなり昇る必要がある。飛びながらも不安はまるで晴れなかった。むしろますます大きくなる。
こいしが第三の目を閉じたあの頃、私たちは地上を追われ二人きりで旧地獄へ逃げ込んだばかりだった。まだ地底に秩序はなく、誰が敵か味方かもわからない騙しあいの中でさとり妖怪の力は絶大だった。その武器を封じてしまった妹を守るために安住の地を求めて、あらゆる陰謀を張り巡らせ、あるいは叩き潰し、私は地霊殿の主の地位を獲得した――そう思っていたけれど。
もしかしてこいしこそ、私を支配して戦わせてきた主ではないのか。いくら否定しても疑いはぬぐいきれない。私が心を読めない相手はあの子ただひとりなのだから。
兎たちの師匠の予告通り、読心の有効範囲をやや超えた地点でこいしが待っていた。私の姿をみつけてもこれといって反応に変化はない。
「やっぱり怒ってる?」
静かに問いかけてくる。この子の心が読めないのが怖い。読んでしまうのも怖い。
「怒ってないわ。ただ」
言葉につまる私を、こいしはただじっと見つめ続ける。
「いつから私を操っていたの」
「いつからって?」
震える自分の肩をぐっと押さえる。聞くしかない。真実の返答がくるとはとても思えないけど、疑念を抱いていることだけは伝えておきたい。
「私が……」
さてなにを聞こうか。地上にいた頃――幼すぎて私も覚えていない。地底に来た頃――きっとこいしにとってナイーヴな質問になってしまう。なら今の立場に関する話で。
「私が動物好きなのって、いつからだっけ」
「さあ。ずっと前からでしょ」
ずきずき痛む心眼に手を沿え、言葉をしぼり出す。
「あなたが……私を動物好きにしたの? 妖怪にも人間にも嫌われるから、せめてペットが飼えるようにって。それであの子たちが生まれたの?」
すっかり固まった表情のこいしは目を閉じ、長く息を吐き出す。
「やっぱり馬鹿なこと考えてる」
そう言ってこいしは、堅く閉じられた自分の心眼に手をかけた。そのうわまぶたに爪を立て、強引に押し開けていく。
「んっ、痛っ(本当に、これ開けるの嫌なんだからね)」
薄く開かれた第三の目の、深水色の瞳が私を見すえる。こいしは顔をしかめて痛がっていた。
この瞳の色を見たのは何百年ぶりだろう。あのころは、そうだ、おたがいの心を読みあって秘密の雑談に花を咲かせていたんだっけ。
(いっしょにお絵かきもよくしたでしょ、犬とか猫とか。それでいつか古明地牧場を作ろうねって。本当に忘れてる?)
言われてみると、それに近い記憶がかすかにあるけど。
(どうして私のほうがよく覚えてるのよ)
私はいろいろあったから。しかしその目を開けられるというのは知らなかった。
(お姉ちゃんだって、閉じようと思えばちょっとは閉じれるでしょ)
そうだけど。じゃあこいしがこの場所まで上がってきたのって。
(知らない人の心は見たくないの。おくうもおりんも、ごめん、やだ。お姉ちゃんのも怖い。私を疑ってるんだもの)
疑いもするわよ。私の後ろに立って、一日中てゐを褒めるようなことを言っていたの?
(一日中? 私がお姉ちゃんの心を押したのって一回だけだよ)
いつ。
(おくうといっしょにいたとき。お姉ちゃんがおでこをピンってしたらてゐが泣きそうになってたから、可愛いよね、って)
それだけ? じゃあそのあと、あの子を引き渡すのに未練が出てきたのはどうして。
(知らないよ。お姉ちゃんの心が勝手に転がってったんでしょ)
嘘。いや、心の中まで嘘をつける者にはお目にかかったことがない。じゃああとはみんな私の本心? 認めたくないな。
(ほんとに意地っぱりだよね)
うるさい。いままでに何度そうやって私の心を押してきたの? 私が、私の意思だと思って決断してきたことは、みんなあなたが裏で操っていたの? あなたが目を閉じたのは私にそれを知られたくないからじゃないの?
(ちょっと、ひどいよそれ。なんで私がそんなことしてると思っちゃったの。お姉ちゃんはお姉ちゃんだよ、自信持ってよ)
でも疑い出したらきりがなくて。
(今回は特別なの。やっとお姉ちゃんがてゐと仲良くしてくれそうだったから、それで、ごめん。もう勝手に心を触ったりしないから)
どうしてそこまであの子にこだわるの。
(いままであっちこっち出歩いて、いろんなひとを見てきて、それで地上であの子をみつけたの。なんとなく、この子ならお姉ちゃんと仲良くなれそうだなって思って。はじめてなんだよ、そんな子)
じゃあ、最初から私に会わせたくてあの子をさらってきたの。
(うん。だってお姉ちゃんすっかりあきらめてるんだもの。『自分はペット以外には嫌われてあたりまえだ』って。だからきっと違うんだよってわかってもらいたくて)
それでこんな回りくどいことを。思ってるんなら言ってくれたらいいのに。
(言えないよ。そんな偉そうなこと、私には言えないよ)
あれ、ちょっとこいし。泣いてる? どうしたの。
(お姉ちゃんには、悪いなあって思ってるんだよ。いつもつらい目にあうのはお姉ちゃんばっかりで、私はずっと心を閉じたままで)
なんで謝るの。私があなたを追い込んだのよ。本当はいっしょに歩いていかなくちゃいけなかったのに、私ばかり勝手に汚い世界に飛び込んでいって。
(違う! お姉ちゃんはお城を作らなくちゃいけなかった。私たちが誰からも石を投げられないですむ、深い深い所にあるお城を。そのためになんでもしてきた。私が一番知ってる)
こいし。
(だけど私、お姉ちゃんみたいに強くも優しくもなれないから。この目を開いたままだと、きっと世界中のみんな、お姉ちゃんのことまでみんな大嫌いになっちゃいそうだったから)
……いまもまだ、それが怖いの? その目をずっと開いていてくれるつもりはないの?
(まだ怖い。ひとの心を知って、そのひとを嫌いになっちゃうのが怖い)
おたがいに言いたいことは言い尽くした。私はこいしに手を添えて、心眼に突き立てた爪をゆっくりとはずしてあげた。泣きじゃくる顔がだんだんと微笑みに戻っていく。
「じゃあ、約束しましょう」
こいしの涙跡を指で拭いてやると、はにかむような笑顔になった。なんだか表情のバリエーションが増えたような。
「私は、心から私の友と呼べる存在をきっと作ってみせるから。あなたがその心を知っても、嫌いにならずにすむ者たちを」
「うん。そのときは」
そのときは、また今みたいに秘密のお話をしましょう、こいし。
――
「えーそれでは、今回の発起人であります霊烏路空さんに乾杯の音頭をとってもらいましょう。どうぞ(終わってみるとあっという間だったね。ちょっと寂しい気も)」
「おほん。えー、今日は皆さん、守矢神社地霊殿分社の、えーと、完成披露祝賀会にお集まりいただき、まことにありがとうございます(よし、言い切った。次はなんだっけ。ここでいきなり乾杯は変よね)」
ペット小屋の宴会場にて、まさに今から宴が始まろうとしている。続きの言葉を言い出せなくてまごつくお空のもとへ、早くしろ、飲ませろと野次が飛ぶ。
「うるさい、呼ばれてもないやつが言うな(どいつもこいつもタダ酒目当てに押しかけてきて、どこまでずうずうしいのよ。特にそこの白黒)」
気持ちはわかるけど、主催が怒っちゃだめでしょう。一応はおめでたい席なんだから好きに騒がせておきなさい。
「もういいや、じゃあいくわよ。かんぱーい!(飲むぞ、今日は飲む)」
あちこちで乾杯の声が上がり、また会場内はざわめきに包まれる。お酒も料理も猛烈なペースでなくなっていくので、お燐の率いる配膳部隊が忙しく動き回って補充している。裏方を進んで引き受けるその気が知れないが、本人いわく、自分が飲むより酔っ払いを眺めているほうが楽しいのだとか。物好きかつ苦労性ね。
「へえ。あんたが宴会に顔出すとは珍しい。どんな風の吹き回しだい(お偉いお偉いさとり様が、なんでまた地上の連中をここに入れたのやら。なんか弱みでも握られてるのか?)」
こういう席にはやはりなじめず、ひとり隅のほうでグラスを傾けていた私に話しかけてくる酔っ払いがいた。一本角もたくましい、鬼たちの頭領。
「私に弱みなんてありません。少しやり方を変えようと思っただけです」
「ふうん。好きにしたら(あいかわらずつっけんどんなやつだ。でもちょっとはなじむ気になったのかね)」
彼女はぐいっと升酒をあおり、ぷはあと息を吐く。品がないわね。
「ま、なんにせよ私の建ててやった神社だ、大事に拝んでやってくれ(こいつと話してもやっぱりつまらんな。飲み比べと言っても乗ってこないだろうし)」
「うちの鴉が飲みたがっていましたよ。潰さない程度にかまってあげてください」
よしきた、と言って彼女は振り向き、軽く手を振って立ち去っていった。
心を読まれていると知りながら、気負いも物怖じもしないその態度はさすがというべきか。でもやはり、短絡で粗暴な鬼族とはそりがあわない。
「あのう、さとりさんですよね。はじめまして(この人なんでこんなすみっこにいるんでしょう……うわあ、可愛い子)」
呼びかけられて振り向き、一瞬だけ私はたじろいだ。以前ここを襲撃してきた人間とよく似たいでたちの、しかしあきらかな別人が軽く頭を下げている。
「あなたは?」
その珍妙な巫女装束からしておおむね察しはつくのだけど、いちおう聞いてみる。
「はい。守矢の風祝、東風谷早苗と申します。本日は守矢の二柱の代理としてお招きにあずかり、心からお礼申し上げます(ふう、言えた。こういう型通りのご挨拶って苦手です)」
やっぱり。あの困った神様たちのしもべか。
「型通りの挨拶が苦手なら、もっと楽にしたらいいのでは」
「あ、はい、そうですよね。これからよろしくお願いします(よかった、いい人っぽい)」
「こちらこそ」
彼女の頬はやや赤く染まっていた。まだ宴会はこれからだというのにもう酔ったのだろうか。
(この人やっぱり可愛いなあ。もっと笑ってくれたらステキなのに)
「私が笑えば素敵になる、ですか。あいにくと、そうするとかえって皆が怯えてしまうので」
「そんなことないですよ。『にっ』って。『にっ』てしてみてください(ノリがいいなあ。とんでもなく怖い人だって聞いてたけど、噂なんてあてになりませんね)」
この私に対してなれなれしい人間だ。酔った勢いで気が大きくなっているのだろうか。ここでこの早苗とやらを拒絶してしまうのは簡単だけど、それではいつまでたっても交友が広まらない気がする。とりあえずは提案どおりに、口元をにっとさせてみた。
「はうう、ダメですよそれじゃ(目が、目が笑ってません。なにかすごく邪悪な企みがありそうな笑みです)」
だから言ったでしょう。そもそも誰も私に笑顔なんか期待していない。
「あちらの妹さんを見習ってください(素材はいいんですから、あとは努力で)」
彼女が手を差し伸べた先には、いつものスマイルのこいしがいた。出席者たちの酔いに任せた会話を横で黙って聞いている。
「もとの造形は悪くないから、あとは努力すればいい、ですか」
「そうです、その意気です! いっしょにやってみましょう。さん、はい、『にっ』(今度はなかなかいい笑顔です。あとでいっしょにプリクラ……あるわけないか。あれも早く幻想入りしてくれませんかねえ)」
早苗があまりに楽しそうなので、ついつられて笑ってしまった。なにかに負けてしまった気がする。
(って、あんまりはしゃいでる場合じゃないですね、今回のお礼を正式に言わないと)
「かしこまったお礼は不要です。神社はペットたちが勝手に建てたものですし、私は参拝するつもりありませんから」
そう告げられて、早苗は驚いた顔になる。
「えっ、どうしてそんなもったいない(どこかよそに入信してるんでしょうか。それなら説得は難しいかなあ)」
「私がすでに、別の宗教を信仰しているのではないかと思っていますね。違います。特に信ずるべき神仏がないだけです」
「あら、そうだったんですか。ではこの機会に私たちの神を信仰してみませんか(チャンス到来です! この人を引き込めば地底の信仰拡大は約束されたも同然)」
なんだかイライラしてきた。早く気づいて。
「私を引き込んで信仰を拡大しようという算段ですか。無駄なことです。今まで神に助けられた覚えなどありませんから」
神や仏が本当に万人を救うというのなら、なぜ地底の者たちは地上を追われたのか、こいしは心を閉ざしてしまったのか。なぜ私は、この恐ろしいほど瞳を輝かせている巫女につきあわされなけらばならないのか。
「ああ、それはおかわいそうに。でも守矢の神々でしたら、迷える者への救いの手をとりこぼしたりはしません。まだ信者の少ない今がチャンスですよ。早めに信仰しておけば、のちのちの御利益も優遇されますから(今日は来てよかった。こういうかたくなな人こそ、一度真実に目覚めてしまえば神への感謝を忘れないはず)」
誰かこいつをなんとかして。そう思って周囲に視線を走らせてみるも、みな誰かとの雑談に興じているか、半笑いで私たちを見守っているかのどちらかだった。
ちょうど近くにいた、こちらを見ている顔見知りの心を探ってみる。
(あー、ご愁傷様。こうなってる早苗にからまれたのが運の尽きね。こっちはおいしくお酒が飲めるからいいけど)
(話し合いでどうにかなるやつだと思わないほうがいいぜ。さっさと入信しちまえば解放されるんじゃないか?)
謀られた。やつら、このやっかいさんを私に押し付ける気まんまんだ。しかたなく孤立無援で再び早苗に相対する。
「私のような頑固者こそ、一度入信してしまえばよき信者になると、そう言いたいのですね」
「はいっ。やっとわかってくれたんですね(神奈子様、諏訪子様。今日もまたひとり、心悩める者を幸福の道へいざなうことができそうです)」
「あなたはいま、神々に感謝を捧げましたね。その行為になんの意味があるんですか」
私の問いを受け、早苗は視線を斜め上に向けて考え込みだした。やっと黙ってくれたわね。
(祈りを捧げる意味、ですか。あたりまえのことだと思ってたけど、この真摯な疑問にはきちんとお答えしないと)
いや、だからそういう方向じゃなくて。
「日常の中のちょっとしたできごとでも、それを大いなるものに感謝することで幸せになれるんです。祈ることが幸福への扉です(うん、きっとこの人はこういう答えを待っていたのよ)」
この子相手にまわりくどい言い方はまったく効果がないらしい。ここはもうはっきりと教えるしか。
「私には、あなたの考えていることがわかります」
「はい、私にもわかります。さとりさんは、ご自分を救ってくれる存在にやっと今日気がついたんですよね。これからはいっしょに守矢神社を盛り立てていきましょう!(本当に、本当にいい人です。お友達になれてよかった)」
胸元で手を組んで、ぱっと花が咲くような笑顔でこちらを見つめる早苗。勝手に心の友に認定されてしまった。恐るべきポジティブシンキング。
早苗は私の両手をとり、ぶんぶんと上下に振る。その内心は歓喜に満ちていた。そして何度か名残を惜しむ言葉を述べたあと、また来ますと言って私の前から立ち去った。もう来なくていいから。
「お友達、もうできちゃったね」
突然耳元でささやかれ、軽く悲鳴をあげてしまった。あわてて周囲の思念に目を凝らす。よかった、誰にも聞かれていない。
「こいし、いきなり出てくるのはやめてちょうだい」
軽く舌を出して、すぐに引っ込めるこいし。それで謝罪の代わりのつもりか。
「あのお友達は、ちょっとあなたには早いわ」
この子が下手に彼女の心を読んで、あの宗教的熱狂に感化されてしまったら一大事だ。
「そっか。残念」
それだけ告げて、すぐにこいしは姿を消す。もしかして私をおどかしに来ただけ?
いつまでも同じ場所にいたらまた早苗に目をつけられてしまう気がして、急いで場所を移すことにした。ちょうどグラスが空になってしまったし、代えの葡萄酒をもらおうかと思って厨房出入口の近くに向かったところ。
「あっ。ええと、さとりさん(会っちゃったよ、どうしよう。いえ、何も怖がることはない。今日の私はれっきとした客、お客さんだから)」
忘れもしない兎妖怪――てゐではないほう――鈴仙とばったり出くわした。
「客? とてもお客様には見えませんが、その格好」
彼女は、このまえ初めて会った時と似たような服の上に割烹着を羽織っていた。その手に持ったお盆には空の酒徳利が満載されている。
「てゐにあいさつしに来ただけなんですけど、なぜか(あいつめ、れっきとした招待客にこんなことさせるか普通。『ここのペットにしか見えないから』ってどういう理屈よ)」
うん。まったく違和感がないのでつい素通りしそうになった。
「れっきとした招待客がそんなことしますか普通。ここのペットにしか見えませんよ」
「いや、だって(なんかあいつ今日は忙しく走り回ってたし。あんな顔で頭下げられたら断れないわよ。甘いなあ私)」
「忙しそうなてゐに懇願されて断れなかったんですね。甘いですよ、あなた」
私の『言い当て』は、ここのところ回避されてばかりだ。悪いけどこの子をおどかすことにしよう。
「うう、はい。あれ?(なにか変ね……って、そうだ、こいつの能力)」
「やっと私の力を思い出しましたね」
「あの、それで何の用でしょうか(考えを見透かされてるってなんか気味悪いなあ。お師匠様と話してる気分に)」
「考えを見透かしてしまう私と話すのは、あなたがたの師匠と話してるようなものだと思っていますね。てゐもそう言っていました」
鈴仙は微妙な表情になる。が、それだけ。思ったほど効果が上がらない。
(何が言いたいのよこいつ。ほんとになんの用?)
「あなたをおどかしたいんです。でもいまひとつびっくりしてくれてませんね、これでは消化不良です」
「いや、無理言わないで(こいつも無理難題系だなあ。驚けと言われて驚けるもんでもないでしょうが)」
「ええまったく。驚けと命じても、そうそう驚いてもらえるものじゃありませんね。困りました、あなたが頼りだったのに」
どこか気の弱そうな鈴仙には少し期待していたのだけど、これまた不発。彼女相手にいくら言い当てても、なんとなく気味悪い気分以上にはなってくれそうにない。
残る場内の顔ぶれをざっと見回してみる。ここのペットたちを餌にするわけにはいかない。せっかく私を嫌わないでいてくれる者たちなのに。そして外部からの客たちだが、さすが地霊殿主催の宴会に出席してくるだけあって、どこか肝のすわった、あるいは頭のネジの緩んだ者ばかりだ。考えてみたら、私と顔を合わせたくない者が今日ここに来るはずもないわけで。
(もう、どうしたらいいのこの人……あ、お師匠様、助けてくださいお師匠様)
鈴仙の視線を追いかけてみると、そこには落ち着いた雰囲気の女性がいた。これがあのときの声の……
「あらさとりさん。はじめまして、ってご挨拶でいいんでしょうか(ぬふあうえおやゆよわほへたていすかんなにらせちとしはきくまのりれけむつさそひこみもねるめろ)」
なに、なにっ?
彼女の心を見た瞬間、私はのけぞってあとずさってしまった。なんなの、本当に会話が通じる相手なの?
たしかにアレの口からは人の言葉らしき音が発せられている。しかしその内面は、まったく無意味な呪詛でびっしりと埋め尽くされていた。
「驚かせてすみません。あまり内心を知られたくありませんので、精神にノイズをかぶせています。じきに慣れるかとは思いますが(くぁwせdrftgyふじこlp)」
私は額に指を当てて何度か深呼吸した。どうやら本当にこういう精神構造の存在ではないらしい、助かった。そういえば以前にも、私に心を読まれまいとして必死で般若心経を唱える輩などがいたけど、原理はそれと同じなのだろう。
「……なるほど。確かにあなた、頭のよすぎるかたですね」
「お褒めの言葉と受け取っておきます。申し遅れましたが、わたくしヤゴコロエーリンと申します(… --- … … --- …)」
精神のノイズとやらはもう気にしない方向で。ところでその名はどんな字で書くんだろうか。会話の発音しか手がかりがないので、どうにもすっきりしない。ぽかんとした顔で私たちを見守っている鈴仙に聞いてみようか。
「やごころえーりん?」
(え、なに。八意永琳? お師匠様の名前がどうかしたの)
よし。もうあなたに用はない。
永琳はこのやり取りを少しにやけながら観察していた。私が鈴仙にいまの名を問うた理由についても、きっと理解できているのだろう。
「永琳さん、今日はお越しいただいてありがとうございます。たいしたおもてなしではありませんが、存分にお楽しみください」
ああ、むずがゆい。早苗じゃないけど、こういう形式ばった挨拶は好きではない。
とはいえ彼女相手にはできるだけ下手に出ておくのが得策だろう。以前の話を蒸し返されてはこちらが不利になる。
「いえいえ、こんな盛大な宴にお招きいただいて。このまえは私たちの間に多少の行き違いがありましたけれど、これからは友好を保っていきましょう」
私へ向かってにこりと微笑みかけてみせた永琳は、そのまま視線を鈴仙に向け、小声でささやく。
「なにか飲み物」
「あ、はいっ(やっばあ。なんか二人とも手ぶらだし、ぼーっと突っ立ってる場合じゃないわ)」
鈴仙は怯えた表情で厨房に駆け込んでいく。
「すみません、気の利かない弟子で」
「あいえ、こちらこそ手伝ってもらってしまって」
社交辞令以外に、特に彼女と話すようなこともない。あいかわらずまるで読み取れるような思考がないし、どうもこの沈黙は気まずい。何か話しかけたほうがいいか。
「そういえば、このあいだの件でいくつかお聞きしたいことが」
「はい。もしかして、どうして我々がてゐの行方を知っていたか、でしょうか」
鋭い。あともうひとつ、どうして……
「どうして私が妹さんの行方を知っていたか、というのも気になりますか?」
こいつ、ことごとく私の考えを。本当は私と同じ力があるんじゃないの? もういちど心を覗き込んでみようと意識を集中したところ、霧がさっと晴れるように雑念が消えて、彼女の思考が脳裏に流れ込んできた。
(私にも読心能力が備わっていると思われてしまったかしら。ただ事実を基にした推測の積み重ねなのだけど。あの時てゐの失踪の状況はあまりにも痕跡がなさすぎた。当時いっしょに遊んでいた妖怪たちにもまったく気取られずにてゐだけを連れ出すなんて、神隠しにあったとしか思えないほどに。でも神隠しの第一人者はこの件にまったく無関与のようなので、あと考えられるとしたら物理的ないし精神的な透明化によって抜け出したという可能性が。物理的透明化能力を有する技術者にもあたってみたのだけどそちらも心当たりがなかったから、残るは精神的透明化の線のみ。そして既知の妖怪でそのような力を際立って強力に発揮できるのが古明地こいし。てゐの居場所は地底界である可能性が高まった)
あ、え? ちょっと。
(そしてウドンゲが霊烏路空と戦ったあと、姿を現した彼女はさとりさんに問い詰められて上へと飛び去った。この行動は不自然。単に姿を隠したいのなら通信機を壊してから隠れ身の力を使えばいいのに、なぜ単純な移動によって逃げる必要があったのか。わざと追いかけられたがっていたとしか思えない。誰に? さとりさんに。なぜ? 二人きりで話したいことがあったから。どんな? この判断は難しかったけれど、さとりさんが自分の精神を操作された事について深く思い悩んでいたことを考えに入れるなら、これは古明地姉妹の生得の能力に関する話題である公算が高い。彼女が自ら封じてしまったという読心能力を一時的に解禁できる可能性を考慮するなら、その能力には一定の有効範囲があり、その範囲内にウドンゲたちを置きたくなかったための行動と考えられた)
ここまで一気に心で語り、また永琳の精神は雑念の靄に閉ざされる。
「……という根拠なんですけど」
「はあ。よくわからないけどわかりました」
おそらくは渋い表情で立ち尽くしているあろう私の顔を見て、永琳は優しげに微笑む。
「ふふっ。少しひとと違う力があると、誰かにそれを誇示してしまいたくなりますよね」
「ほーい、ワインは赤? それとも白?(なんか見えない火花が散ってるねえ。お師匠様とさとりちゃん、どっちに軍配が上がるんだろ)」
てゐがワイングラス満載のお盆を持ってやってきた。彼女は私たちを交互に見ながら、これからいったいどんな口論が始まるのかと期待している。
「勝ち目のない喧嘩はしません」
私が赤ワインを取ると、永琳は白を取る。彼女と視線が合ったので軽くグラスをあわせる。
「私ももらおうかしら(みつけたみつけた。あなたよ、この兎泥棒)」
長い黒髪の少女が、しずしずとこちらへ歩み寄ってくる。永琳が無言でグラスをひとつ取り、捧げるように彼女に手渡した。
「あなたがお姫様?」
「蓬莱山輝夜と申します(地底妖怪の分際でなれなれしいわ。敬う気もない者に姫なんて呼ばれたくないわね。輝夜様と呼ぶならまだ我慢できるかしら)」
くっ。これまた強烈なやつに出会ってしまった。
「あの高名なかぐや姫さんでしたよね。お会いできて光栄です」
「こちらこそお招きいただいて光栄です(やるわね。地底一の嫌われ者というのは本当みたいね)」
ほほほ、ふふふという空々しい笑い声が私たちの間を交錯する。永琳はやや呆れた目で、てゐはやや緊張した目でこちらを見守っている。
「うちのイナバがお世話になったみたいで。ご迷惑おかけしてませんか(よくもてゐをたぶらかして連れ出してくれたわね。どの面さげてこんな宴会が開けるのよ)」
彼女はぽんぽんと軽くてゐの頭を叩く。てゐは少し怯えた顔で輝夜を見た。
(うわあ、むっちゃ猫かぶってるよ。どうしたの、さとりちゃんの力を知らないのかな)
輝夜の心からは、私に文句を言いたくてしかたがないという感情が読み取れた。さてはこのあいだの騒ぎのときからずっと、私たちに不満をぶつける機会をうかがっていたのか。
「うちのために一生懸命働いてくれて、この子には感謝しています」
私も負けじとてゐの頭に手を置き、軽くなでてやる。
(ちょっとちょっと、なんなのさ。褒めてもなにも出ないよ)
しばらく二人がかりで頭をなで続けると、さすがのてゐも居心地悪そうな顔になった。その頭上で私と輝夜の視線がぶつかる。先に口を開いたのはむこう。
「よろしければ、もうしばらくお貸ししましょうか(ふざけないで、いつからそっちのものになったの。盗人猛々しいとはあなたのことよ)」
よくまあそんな、内心とは裏腹の朗らかな笑顔ができるものだ。
「それはこちらも願ったりですけど、本人に聞かないと。ねえ、てゐ」
「あ、いやあ。今日で帰りますよ(別れを惜しんでくれてるのかな。それにしては妙な感じ、というか気持ち悪いぞ二人とも)」
てゐの言葉を聞いて輝夜は手を離し、こちらへ勝ち誇った笑みを向けて来た。
(見なさい、ほら見なさい。その子は私の数百年来の家来で、大事な仲間なんだから。あなたなんかが横取りしていいものじゃないの、勝手に触らないで、地底の穢れがうつるわ)
この根性曲がりめ。思えば竹取物語の時点ですでにひどい女だった、こいつは。
私はてゐの肩に手を置き、こう告げることにした。
「短いあいだとはいえ、あなたもこの地霊殿の一員、つまりは私の家族でした。いつでも遊びに来てくださいね。あなたを慕っている者も多いのだから」
顔を近づけてみてわかったことがある。うっすらと、ほんのかすかにてゐの瞳が潤んでいる。
「あ……うん(なんで急にそんな優しいこと言うのさ。うおっと、まずい、ここで泣くなんで私のガラじゃないよ、不覚)」
最後の最後で珍しいものが見れた。次に会ったら今日の話でからかってやろうと心に決めた。
ところで先ほどから、すぐ背後ですさまじい怒気が渦巻いている。
(この泥棒猫、女狐、聞こえているんでしょう。永琳がどうしてもと止めるから我慢してあげていたのがわからないの? それは宣戦布告ね、こっちを向きなさい)
彼女を刺激してしまうのは覚悟の上だ。こちらも、永琳との和解が成立した直後だから、輝夜への言い当てを自重してあげていたのだ。
(腕に覚えはあるのでしょうね。手加減なんてできないわよ)
すでに微笑みの仮面がはがれ、引きつった笑みになっている輝夜が袖元へ手を差し入れる。なんらかのマジックアイテムでも取り出すつもりらしい。この期に及んで弾幕に自信がないなんて言っていられない。第三の目を大きく見開き、彼女のトラウマとなっている弾幕を想起するべく目を凝らす。
「はいはい姫様、あちらでお団子をふるまっていますよ。お団子、好きですよね」
突然、永琳は輝夜の襟元をつかんで引きずるように歩き出した。
「ちょっと永琳、止めないで(こうなったら永琳を先に始末……無理、とても余力が残らない。じゃあ説得……もっと無理、ああもう!)」
不承不承ながらも抵抗をあきらめた輝夜は、先ほどまでのお姫様らしい演技をかなぐり捨てて私をにらんだまま、永琳に引かれて人ごみの中に消えていった。
「あっ、さとりさん。こちらに移ってたんですね(ようし、今夜はとことん神様のお話をしましょう)」
うわあ、面倒なのが来た。今日はもう引き上げて、部屋で本でも読もうかと思っていた矢先に。
「うーっす、早苗。飲み比べしようぜ、飲み比べ(さすがにこれ以上は、さとりがかわいそうだよな)」
私のもとへと歩み寄ってきた早苗は、別の酔っ払いに後ろから抱きつかれた。
「えっ? 駄目ですよそんな飲みかた。体を壊します(どうしよう、お酒弱いのに。お酒は二十歳からって言っても聞いてくれる人たちじゃないし)」
「じゃあ団体戦でどうだ、魔法使いチーム対巫女チームってことで(こいつは私が相手してやるからさっさと逃げな。気が利くだろ私。な? な?)」
「ちょっと、勝手に決めないでよ(――精神防壁発動中・精神防壁発動中・精神防壁発動中――)」
「いいじゃないの、飲めればなんでもおんなじおんなじ(あ、さとり、タダ酒ありがと。今度は地上の宴会にも来なさいよ)」
なぜかわらわらと人が集まってきた。よりによって私のところへ。
「てーゐー、本当に出てっちゃうのぉ? 残ってちょうらいよぉ(回ってる、回ってる、地霊殿がぐるぐる回ってるわ)」
「あんた飲みすぎだって。どっかで横になってて、水持ってくるからさ(やっぱり馬鹿だよ。鬼と飲み比べなんて肝臓がいくつあっても足りないっての)」
それは私の責任かも。ごめん。
「はいはーい、ちょっとみんなこっち見て(忘れるとこだった。これを持って帰るわけにはいかないよね)」
てゐがお盆を卓に置いてぱんぱんと手を叩き、注目を呼びかける。視線が集まったところで、はいこれ、と言って早苗になにやら手渡した。折りたたまれた紙片だ。
早苗は首をかしげてそれを開いていく。集まった者たちも興味深げに、あるいは興味なさげに早苗の手元を見た。
「コイン……ですよね、昔の(五圓……五円玉? にしては妙に重量感が。もしかして本物の金貨とか。じゃあこっちは銀貨でしょうか)」
「あれ、これって私のお賽銭だよね、てゐ」
まえぶれもなくこいしが横から首を突っ込んできた。よし、今度は驚かずにすんだ。
「そそ。さとり様とこいし様が出してくれたお賽銭だよ(迷ったけど。迷ったんだけどねえ。これだけでほか全部の何十倍って価値だし)」
(うまいこと金ヅルを見つけたわね。早苗め、妬ましい、妬ましい……)
貧乏人という噂の巫女チームの片割れは無視。この詐欺兎らしからぬ行動をとったてゐに聞きたいことがある。
「お賽銭は全部、あなたの懐に入ったんでしょう。持っていけばいいのに」
「いんや。それはここの分社の御神体にしといてくれないかな、早苗ちゃん。それで横にでっかく『因幡てゐ様奉納』って書いといて(ここの連中とは長い付き合いになりそうだし、名前を売っとくほうがお得だよね、たぶん、きっと)」
「はい、すばらしい提案です!(さとりさん、やはりあなたの心には清く正しい信仰が根付いているのですね!)」
ああ。こうなってはもう神なんて信じてませんとは言えない。今後は継続的に早苗につきまとわれそうな予感が。
「おそろいだね、お姉ちゃん」
でもまあ、こいしがうれしそうだからよしとしますか。
「うっし、じゃあ御神体ゲットを祝って祝杯だ(早苗を酔わせてその隙に懐から……って、まずい、いまのさとりに聞かれたか)」
「お空、お空ってば、ほんと大丈夫?(ここでぶちまけられたら大惨事だね。手洗いに連れてこう)」
一時的に私のもとへ集まった皆がまた散らばっていく。その様子をじっと見ていたてゐに、私は耳打ちした。
「忘れてほしくないから、ですね。あんなことをしたのは」
ぎょっとした目で振り向くてゐ。
「私、まだ忙しいんでこれでっ(自分でもよくわかんないよ!)」
ぱたぱたと走り去る彼女の後ろ姿を、こいしと手をつないで見送った。この宴、まだまだ終わりそうにない。
いや本当に良いものを読ませて頂きました。
長文お疲れ様です。
さとり視点ですごくうまく書かれていました。
特に相手との会話の時、心の中で思っていることがうまく書かれていてとても面白かったです。
心を読みっぱなしのさとり様も可愛かったです。
そしてエーリンwwwww
話の流れもずっと続いた真面目な展開からラストは全部ひっくり返すような宴会モード。
とにかく理由も無く大声で笑い出したくなるような読後感で気持ち良く読ませていただきました。
すばらしい。
こころを読む、というさとりの能力を、読み物としてここまで面白く表象したSSは稀なんじゃないでしょうか。
どの人物とのやりとりも読み応えがあってまったく飽きなかったです。個人的に、姫様が最高w
さとりの能力を上手く使ってSSを書いているって感じで
永琳の素の思考が見てみたい気もww
最後の宴会では頬の筋肉が引きつるぐらいニヤニヤさせていただきました。
文句なしの大団円、いいですねえ。
あと永琳師匠が色々と凄かった!
楽しめました。
永琳もだけど、あと何人かジャミングかけれそうですよね。(パッチェさんとかゆかりんとか)
次のてゐも楽しみにしてます。(続けてゐッ!)
えっちぃこと考えたら恥ずかしがってくれるのかな?!
ぐらいニコって笑って胸張って言ってくれるはずだ!
お見事です
こういったありそうでなかった組み合わせの面白い話が見れるだけでも
ここに入り浸る甲斐があるという物。楽しい時間を過ごさせて頂きました
もうほんと面白かった。迷いなく100点だわ
さとりんの能力って文章で表現するのは難しいなぁと思ってたんですが、いやはやこういう方法がありましたか。
技巧としても趣向としても非常に面白かったです。
続きを想像してしまうくらいに
ありがとうございました。
こいしの第三の目についての話が良い感じにまとまっていて好きです。
楽しめました。
こんなに夢中になったのは久しぶりでした。
敬意を込め、もちろんこの点数
読後感、会話や地の文の言葉選び、作品内の設定・世界観、キャラの料理の仕方……
どれをとっても文句の付け所のない作品だと思います。
最後の宴会の部分については、むしろもっと続きが見たい!と思わせるような素晴らしい大団円と感じました。
確かに若干ではありますが誰の発言・内言かが分かりにくい部分がありましたが、仕方ないかと。
次作にも期待しています。
個人的には、輝夜が心の中ではちゃんとてゐと名前で呼んでいるところが印象的でした。
また次作に期待します。
愉快な面々での心温まる物語をありがとうございます。
さとりとこいしは大好きなので嬉しいですね
いいものを読ませてもらいました。
確かにw
全く違和感なく読めました。
永琳の心中がすごいw
さとりの読心を扱ったSSで一番面白かった
あたたかくて幸せな気持ちになります。
上手くさとりに感情移入できました。
それにしてもさすが師匠とてゐ。
特に終盤で誤解がとけててゐの態度が変わるところは、てゐのキャラクターとしての魅力が出ていました。
そしてそれに対するさとり様のまんざらでもない感じが読んでいて本当に楽しかったです。
こうして見てみるとこんな能力を持ってても幻想郷なら馴染めそうですねw
ところでさとり様に蔑まれた目で見られたいのですがどうすれば幻想郷に行けm(ry
てゐのたくましさ、永琳の掴み所の無さ、など非常に魅力的でした。
兎に角、楽しませていただきました。