Coolier - 新生・東方創想話

どうか夢のままで-fragment/4-【完】

2009/09/27 03:08:07
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このお話は
作品集79「私の名を呼びなさい-fragment-」
作品集80「冷たいキス-fragment/2-」
作品集85「抱きしめていて-fragment/3-」
の完結編となっております。
































 胸の痛みに足が止まる。

 今更――では、ある。

 苦しむと、悲しむと知った上で通っていた。

 嗜虐心で覆い隠して気付かぬふりを続けていたけれど……

 そんな演技は鬼の拳で打ち砕かれた。

 己をも騙そうとした演技はもう終わり。

 もう掛け値なしの本音で接するしかない――

「……それもまた、今更、ね」

 そう。今更、素直になるなど難しい。

「パルスィが悪いのよ。嗜虐心を煽ることばかり言って」

 ついいじめてしまいたくなる顔をして。

 それがまた可愛いのだから、始末に負えない。

「……ふぅ」

 本当に、今更である。手遅れとしか云いようがない。

 千年前なら兎も角、今では難しいを通り越して不可能だ。

 同列に並べることは不謹慎かもしれないが……

 彼女の決意がそうであるように、この捻じ曲がった性根も変えられないのだから。

 途方もない時間をかけて鋳鉄されてしまっている。

 鉄は冷え切って固まり切ってしまっている。

 余程の熱でもなければ形を変えることなど出来はしない。

 冷えて、固まっているから。

「はぁ……」

 ……立ち止まっているのに、息が切れている。

 やはりまだ出歩くには早かったかしら。

 見かけはもう傷一つ残っていないけれど、中はそうでもないらしい。

 胸の痛みとは別の、疼痛。

 胴を砕かれ敗北した傷跡。

 物理的に痛いだけの、傷。

 少し休んでから行こうかしらね。彼女に余計な心配をかけるのは――

「…………」

 心配。

 そう、彼女は心配をしてくれる。

 優しく……してくれる。

 私が弱っていれば、苦しんでいれば気にかけて、くれる。

 根本的に見ていないのは変わらなくても、私を見てくれる。

 それが誰に対しても同じものでも。

 病んでるとしか言えない自己犠牲の表れでも。

 私だからではなくても。

 優しくして、くれる。

 パルスィが、私を見てくれる。

 また――怪我をすれば優しくしてもらえるのかしら?

「――……独占できぬ優しさなどになんの価値があろうか」

 己の問いに冷や水をかけられる。冷静になってしまう。

 そうだ――偽ることに意味など無い。

 今更――だ。

 それでも、確かめるということなら。

 偽るのではなく、試すのなら。

 間近にある岩壁。ごつごつとして硬そうな……

「…………えい」

ごぎっ

 あら……意外と嫌な音が響くわね。












 ぽたりと血が橋に落ちた。

「こんにちはパルスィ」

「なによまた」

 繰り返された挨拶。しかしそれは止められる。

 見開かれた彼女の目は私の右手に向いていた。

「っ!? どうしたの、その手……?」

「ああ、ちょっと転んじゃって」

 軽く掲げればさらに滴る私の血。

 やり過ぎたかしら。まだ止まらないなんて。

「ちょっとじゃないわよ。止血もしないで」

「大したことないわよ、折れてはいないし」

「そういう問題じゃないでしょう」

 怪我をしていない手を引かれる。

 橋を下りて向かうは彼女の家。

 何か言う間もなく手当てされてしまう。

 予想通りではあったのだが、ある意味予想以上であり、予想以下だ。

「普通なら重傷よ」

「私を普通扱いされてもね」

「脂汗浮かべながらよく言うわ」

「あっつ……」

 きゅう、と包帯を強く結ばれ痛みが走る。

 ここまでも予想通りで予想以上で予想以下、である。

 彼女は何も――変わっていない。

「……屈辱だわ」

 飾らない本音を零す。

 向けられるのは訝しげな目。まぁ訝しがられてもしょうがない。

 ここ数日の私とは全く違うのだからしょうがない。

 ここ数日の私の笑みには余計なものが混じっていたのだからしょうがない。

「貴女如きにまた貸しを作ってしまったわ」

 冷然と微笑む。

 ずっと、彼女を、パルスィを気遣い過ぎていた。

 傲慢ではあったけれどそこに込められたのは情だった。情けだった。

 肝心の私の気持ちは――薄かったと言わざるを得ないだろう。

 最初、告白する前とは違う。全然、違う。

 要は……私らしく、なかった。

「……今更、でしょう」

 くすりと笑う。

 そう今更。今日はよく今更という言葉に出遭う。

「それ故に、とは考えないのかしらお姫様?」

 鬼から庇われ守られ丸一日看病され、どれだけの負担をかけたか。

 それがどれだけ……私に重荷となって圧し掛かっているか。

「私にだって貴女に負けず劣らず必ず勝るプライドがあるのよ」

「あの時のことを言っているのなら、プライドがどうのなんて言ってる場合じゃ」

「あら、貴女のプライドはその程度? 時と場合で曲げられるようなものをプライドと呼ぶなんて。

私の知らぬうちに価値観はどんと変わってしまったのね。死んでも貫き通すのがプライド。

それすら出来ぬのならプライドとは呼べない。精々子供の意地だわ」

「……随分長舌ね。ここ暫くの静けさが恋しいわ」

「お忘れかしら? これが私。これが風見幽香。忘れるほどおつむが弱かったのなら教えてあげる。

初めて出逢ったその時から、私は口舌の刃で貴女を弄んであげたのよ」

 お忘れかしら? 水橋パルスィ。悪口雑言毒舌暴言は私の専売特許。

 お忘れかしら? 嫉妬の橋姫。付け焼刃の悪意なんて私には通じない。

「お忘れかしら? 風見幽香は悪辣非道の極悪妖怪だったのよ」

 貴女の罵詈雑言なんて、あまりにありふれた物言いだけれど、児戯に等しいわ。

 恋に浮かれて浮足立って、私自身その立ち位置を見失っていたけれど。

 貴女が可愛くて大好きで愛してると歯の浮くようなことを平気で言えるけれど。

 真実そうだと思っているけれど。

 それでも私は私。風見幽香という個は失われていない。

 片思いにぶれた軸は――もう戻っている。

 叩き直されて、いる。

 それこそ屈辱だが……敢えて弱みを見せる必要はない。

 意地を張らねばプライドには育たない。

「本当に、ここ暫くの静けさが恋しいわ」

 苛立ったという口調で、パルスィは繰り返す。

「でもありがとう」

 笑顔で応じる。

 冷笑ではない優しい笑み。血の通った感情の籠ったあたたかい笑み。

 虚を突かれたのか、パルスィは再び目を丸くする。

 包帯の巻かれた右手をひらひらと振る。

 彼女に手当てされた右手を掲げて示す。

 意地は張っても、礼は別。意地を張るべき局面くらい弁えていてこそのプライド。

「……調子が狂うわ。さっさと帰って」

「家に招いておいて酷い物言い。襲うわよ」

「少しは歯に衣着せなさいよ」

「口に布を突っ込むなんて変態行為だと思うの」

「慣用句にそんな文句をつけるのはあなたくらいでしょうね」

 それに変態はあなた、と続ける。

 言いながら――ここ数日感じていた重さが薄れていくのが見て取れた。

「それで、どうしてまた鬱陶しい長舌が戻ったのかしら」

「無駄に気を張っていたのに疲れましたので。一度リセットを」

「器用なものね。見習いたくはない切り替えの早さだわ」

 彼女は意地っ張り。罵詈雑言が即ち本意とは限らない。

「それでも貴女が好きだという気持ちはそのままだけれどね」

 つまりは、二人揃ってツンデレだった、ということだ。

 好意など表せず偽りの悪意を振りまいて棘と成す。

 しかしそれはもう本質である。演技だ嘘だと一言で締め括れるものではなくなっている。

 心に体に染みついたモノ。意識せずに出てしまうモノ。

 無理をしなければ抑えることも出来ない習慣。

 つまりは、ツンデレ。

 随分遠回りしたがそれが結論。安穏と恋が発展する筈もない。

 だがそうとわかれば、そうと知っていれば――耐えられる。

 知らぬこと、わからぬことこそが恐怖だから。

 前に進めぬことが当然と知っていれば苦しむことも、無い。

「――さ、貴女に身の危険を感じられてもつまらないし、橋に戻りましょうか」

「なんで……あんたが仕切るのよ。帰ってと言ったのに」

 無視して彼女の手を取る。震えるそれを引いて歩き出す。

 これも変わらない内の一つ。私は貴女を恐れない。貴女の呪いなど恐れない。

 貴女に触れることは、怖くない。

「……前の怪我はもういいの」

 歩きながら問いかけられる。

「よくなきゃ気軽には散歩は出来ないわね」

「ふん、本当に心配するだけ損みたいね」

 心配――ね。

 誰にでも等しく向けられる心配。節操無く四方八方に向けられる慈悲。

 ありがたみが無いことこの上ない。恩を感じる気が萎える。

 下心もない八方美人など、気持ち悪いだけだ。

 嬉しくなど、ない。

「貴女の心配は受けるほどに空しくなるわ」

 つい、語調が強まる。

「大した毒舌だこと」

「これは毒舌じゃなくてお説教」

 ついつい、噛みついてしまう。

 手が振りほどかれる。

 立ち止まった彼女に振り返る。

 橋にはまだ辿り着いていない。

「……悪いことだとでも、言うの」

 睨まれる。藪睨み。

 彼女はまだ、私を睨んでくれない。私を見てくれない。

「そうね。悪いことだわ」

 肯定する。

「その気もないのに情けをかけるなんて悪女のすることよ」

 博愛は正しいだけじゃないと告げる。

 親切の押し売りを拒む者はいると告げる。

「わかっているなら」

 強く彼女は言う。

「わかっているなら、なんで」

 意味のない問いを。

「私を、見捨てないのよ」

 答えなど決まっている問いを。

 だから私は答える。

 決まった答えを。

 変わらぬ答えを。

 変わらぬ想いを。

「貴女が好きだから」

 近づく。

 俯く貴女にそっと触れる。

 髪を撫で――花を咲かす。

「――え?」

「木蓮の花。花言葉は――言わぬが花ね」

 くすりと笑い、髪に差す。

「……わ、私には……こんなの、似合わない」

「言うと思った。でもね、この純白の花は貴女によく似合う」

 本当は辺り一面を花畑に変えてもいいのだけれど、彼女には慎ましやかな方が似合う。

 それに、陽も当たらぬこの地底でただ枯れ行く花を無数に咲かすのは忍びなかった。

 彼女もそんなのは喜ばないだろう。

 だから、花一輪。

「――――」

 戸惑いの表情を浮かべていた彼女の顔が、苦々しく歪む。

「なんで」

 声にも、辛さが滲み出ている。

「なんでそんなに優しく出来るの」

 演技ではない、仮面を被ってはいないと察する。

「最初から、私はあなたを遠ざけたのに。ケンカを売って、怒らせようとして」

 掛け値なしの本音だと、察する。

「何度もあなたを傷つけようとして、何度もあなたを傷つけて」

 知っている。

「それなのに、なんでよ」

 でもわからない。

 近づくもの全てに噛みつかなければならないと思う貴女の気持ちなんて。

 罵詈雑言を撒き散らして誰も近寄れないように振舞う貴女の気持ちなんて。

 そんなに弱いくせに誰も巻き込みたくないと、誰も傷つけたくないと――

 ……たった独りで戦ってきた貴女の気持ちなんて。

 欠片も――ほんの一片すらも、理解出来ない。

「なんで、諦めないのよ」

 目でわかるほどに、触れずとも気付くほどに、彼女は震えていた。

「あなたほど強ければ……他の誰かを探せばいいじゃない」

 自分を抱き締めて、何かが崩れないようにと抑えていた。

「私なんかに拘らないで、もっと綺麗な人を探せばいいでしょう?」

 だけれど、私は優しい言葉などかけられない。

「何を言うかと思えば」

 苛立つ思いを隠せずに、荒い語気を治められぬままに口を開く。

「私は水橋パルスィに惚れたの」

 他の誰かを探せなど、最悪の侮辱だ。

「貴女より可愛いのなんていくらでも居るかもしれない。

貴女より強いのなんて掃いて捨てるほど居る。でもね」

 怯えるパルスィを捕まえる。

「私が選んだのは他の誰でもない水橋パルスィなのよ。代わりなんて居ない。

弱いくせに誰かを守り続けている貴女。どんな相手だろうと傷つけたくないと願う優しい貴女」

 辛くても怖くても関係ない。

 苦しくても悲しくても関係ない。

 私はもう自分に嘘など吐けない。

 素直になれなくても、無理矢理でも。

「――――そんな水橋パルスィが好きなのよ」

 この想いだけは、誤魔化さない。






 風が吹く。

 川の流れる音だけが聞こえる。

 パルスィの肩を掴んだまま、私に捕まったまま、互いに何も喋らない。

 無言のまま――時が過ぎていく。

 疼痛。己の、彼女を掴む手を見れば傷が開いたのか、血が滲んでいた。

 その手に、彼女の手が触れる。

 先に沈黙を破ったのは、パルスィだった。

「私には理解できない。女を好きなるとか、さっぱりよ」

 私の手を取って、

「だから逃げる。どこまでもどこまでも逃げて逃げて、逃げ切ってみせるわ」

がりっ

「いっっっだぁっ!!」

 おも、思い切り、噛まれた……!

 開いた傷口を容赦なく全力で噛まれた……っ!

 なんてことすんのよこのクソガキっ!!

「追ってくるのはあなたの勝手だけれど」

 初めて、真っ直ぐ――彼女は私を。

 捨て身ではなく。

 捨て鉢ではなく。

 私を見ている。

「勝手にしなさいよ――――幽香」

 血に濡れた唇が、ほんの、ほんの僅かに、吊り上がって、いた。

 ――……ああ、あれは、私がずっと望んでいたもの。

 手に入れようともがいて足掻いていた、宝物。

「――どこまでもどこまでも追いかけてみせるわ」



 夢なら覚めないで

 あと少しだけこの幸せに浸らせて

 目を覚ませば消えてしまう夢ならば――目覚めなんて望まない



「いつか貴女の心が折れて……私のものになる日まで」



 どうか――夢のままで――――



「絶対に貴女を逃がさない」



 ――貴女の笑顔を捕まえさせて、パルスィ




【flagment END】
三十二度目まして猫井です

幽香とパルスィの物語、完結です

ここまでお読みくださり本当にありがとうございました
猫井はかま
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コメント



0.2110簡易評価
4.100名前が無い程度の能力削除
デレた!パルスィがデレた!
とても面白かったです。貴方のSS大好きです。
9.100名前が無い程度の能力削除
いやもう最高
12.100名前が無い程度の能力削除
二人してツンデレww
やったね幽香!おめでとう幽香!作者さんのパルスィ受けは最高だ!!
14.100名前が無い程度の能力削除
ツンの先にはデレがある。
物語の終わりが始まりって感じですのう。
お疲れ様幽香。そしてがんばれ!
22.90名前が無い程度の能力削除
幽香が冷静に二人揃ってツンデレある、と分析してるのがシュール過ぎるw
勇儀涙目?
24.100名前が無い程度の能力削除
>「勝手にしなさいよーーーー幽香」

キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!!
この言葉を待ってました
27.100名前が無い程度の能力削除
はじめてみた組み合わせだったけど2人してツンツン面白かったです(^^パルスィの儚さは何ともいえませんね 先の展開が気になってしまう~
28.100名前が無い程度の能力削除
うん、これまでのがあるからなおさら……綺麗。
31.100名前が無い程度の能力削除
ツンデレ+ツンデレ=デレデレ。素晴らしい。
32.100名前が無い程度の能力削除
デレたデレたデレた!
最高だ!
47.100こーろぎ削除
こんな、神作品を見逃していたなんて!?
デレまで長かった、幽パル最高!
49.100あきはる削除
やばし!

なんてカワイイ子なんだ!

彼女たちのこの後が楽しみです!