亀裂の先には―――何が見える?
あちこちにある、私だけの物。
それは空中に、或いは物体の表面に存在している歪な割目。
中を見れば赤紫や紺や黒が渦となってぐるぐると巻いてるようなそれは、懐中電灯を当てても混沌とした様子は変わらない。例えるならそれはブラックホール。まあ、実物なんて見た事は無いけれど。
「ねえ、あれってなあに?」子供の頃、何度か親にそう聞いたことがあった。
一度目、親は「何も見えないよ」と笑って答えた。
二度目は「前にも言ってきたけど、何が見えるの?」と言ってきたので「真っ黒な割れ目みたいな物が、空に浮かんでるの」と答えたら、親は気難しそうな顔をした。
三度目、親は物悲しげな表情をしながら「気のせいだから、気にしないようにしなさい」と言った。
それからも何回か聞いた記憶はあったが、その度に親は悲しそうな顔をしていた気がする。
風化し行く廃墟、小さな山に探検した時に見付けた祠、無縁仏を祀る墓標。そんな辺鄙なとこには在るけど、人気のある場所には殆ど無い。
『それ』がある場所は、一貫して人目に付かない場所だ。
少女、マエリベリー・ハーン――通称メリーは、一風変わった子供であった。
一重にそれは滅多に見掛けぬような容姿が為と言う訳では無い。しかし確かに、肩口まで掛かる金髪と紺碧の瞳は、彼女の特異さを一層際立ててはいた。
だが何よりも目立った特異点は、彼女の常人らしからぬ行動であった。
暇を見付けては家を出て、暗くなってから家に帰る。それは友人と遊んでいるのならば普通の子供の行動であろうが、メリーはまるで放浪癖の様に、一人で何処とも無く歩くのだ。警官や市民の見廻り隊に数回、それが原因で補導された事もあった。
その度に親は「何をしていたんだ」と彼女を叱り付けるが、メリーは「絶対に、言っても分からないもん」と返した。
近所や学校で気狂いの子と噂されると、彼女は段々と自分の殻に引き篭もり始めた。学校が終われば図書館へ行って難解な本を読み漁り、休日には一人でふらふらと何処へとも無く出掛けた。
マエリベリー・ハーンが小学校6年の、一月某日。その日は日曜日であった。
鈍色の雲はただ重々しく流れを止め、昼であるにも拘わらず仄暗い空からは、純白の粒がふわりふわりと降り注いでいた。
粒は溜まって塊となり、塊は互いに合わさって層を作り上げる。
無機質な人工物や活力ある緑の木々ら全てが白く着飾る様は新鮮であり、それは異郷情緒溢れる様相を呈していた。
メリーは子供心躍るその景色を、何度拭けども曇り行く硝子越しに見詰めていた。
車内は白色燈が一列に天井に設置されており、明るさは充分強かった。
分厚い衣類には暑過ぎるほどの暖房にまどろむ乗客が数人居るが、チェーンの付いたバスは普段より強く揺れ、眠れるものではない。いざ意識が途絶えそうになれども、突発的な振動で無理矢理引き戻された。
「次は、―――、―――」
エンジン音のみが木霊するバスの中に、次の停留所の名を伝える機械的な声が響くとメリーはそれに反応し、手を軽く伸ばして傍らにあるボタンを押した。
「次、止まります」
ボタン周囲のカバーに光が灯ると共に、機械的な声がスピーカーより再び放たれる。
運転席の左上にある画面に料金表示がされると、メリーは流し目にそれを確認し、膝上にある鞄から財布を取り出した。
揺らり揺れ、バスはいよいよ目的地に着く。幹線道路――といえども片側二車線の小さな物ではあるが、その傍らにある停留所にバスは止まり、空気の排出音と共にドアは開かれる。
白い光が漏れる出口から、少女が一人飛び出した。大地には地の面が見えぬほどに積雪しており、彼女の靴が沈むと同時にサクリと音を立てた。
エンジンが一鳴きするとバスは発進し、雪景色の通りには少女一人が残された。
人や車は一向に現れる気配はなく、灰色の沈黙をただただ街灯が照らしていた。
メリーは先程の車内とは打って変わっての、顔に突き刺さる寒さに震える。同時に、髪や袖、スカート等の身体を覆う物にも、冷気は容赦無く食い込み始める。
彼女は身体を大きく一震いさせてから一歩を踏み出し、何時であれ新鮮味のある雪踏みを片手間に楽しみながら路地に入っていった。
相も変わらず路地に人気は無かった。電信柱、ブロック塀、玄関燈の橙色、車庫にある、雪が無遠慮に降り積もった車。同じような情景が緩やかなカーブを描きながら続き、やがて物影に道は隠れている。
意気揚々に歩くメリーは、肩に掛けたベージュの鞄はおろか、衣服にさえ雪が付くのは厭わなかった。それどころか右手に持つ傘をささずに、自分が白に染まるのを楽しんでさえいた。
小さな自分を飾る金の髪や紺色のコート。それらが雪という現象に在るがままに浸食される事が、彼女にとっては堪らなく心地良かった。
メリーは空を仰いで、息を吐く。白く広く拡散した吐息は、鈍色の中空に一瞬で溶けた。
マエリベリー・ハーンは、長い階段の下に辿り着く。幹線道路脇の住宅街に入り、その奥深く、小山に面す場所にそれはあった。
左右に生える桜の枯れ枝に手広く覆われたその階段は、閑静な住宅街の雰囲気を断絶していた。薄暗い上に人気は無く、冷たさだけが渦巻いていた。
メリーはおもむろに階段を登り始める。
雪で足を滑らせぬように、一歩一歩、ゆっくりと。
彼女はただ足元を見て、雪を着飾る桜並木を見はせず、耳鳴りを誘うほどの静寂の中、一段、また一段と足を動かしていた。
長い階段を登る最中では、身を食らい尽くすような暗い冷たさが息を伝ってメリーの体内を侵す。身体から絞り取られる熱が、白い吐息となって大気に逃げている気さえした。
やがて服に積もった雪が融けた水が、じわりじわりと染み込み始める。メリーが余りの寒さに身震いした時、何処かの雪花が鈍い音を立てて落ちた。
その時、彼女はふいに面を上げた。果てまで残り十数段という所であり、視線の先には縦横共に大きな鳥居が目に付いた。
古くから置かれ、風雨に晒されていたのであろう。目に付く朱色の塗装から下地の灰色が垣間見えていた。その尊大な存在感とみずぼらしい様相が一目に滑稽であり、しかし見直せば厳かであった。
メリーは欲しいものを貰った子供のように顔を明るくし、階段を一段飛ばしで駆け出し、鳥居の下に辿り着いた。
果たしてそこから見えた光景は、忘却と衰退を体現しているかのように、余りにも虚しかった。
一面の雪には瓦解した幾つかの石灯篭が生え、鳥居の先には今にも崩れそうで儚げな建造物――人から放棄されたそれを神社たらしめている本殿が、雪の重みに潰されそうに、ひっそりと居を構えていた。
見れば賽銭箱が置かれており、その上には紅白螺旋の縄が垂れ、縄の根元には錆切った茶色の鈴が二玉掛けられている。
メリーは後ろを振り返る。
此処より遥か下には確かに住宅街があるが、それを雪の幕が霞ませて、消えさせた。彼女の視界には登ってきた階段と、斜面に広がる木々だけが仄暗い灰色の世界の中に浮かんでいた。
メリーは再び振り返る。
その時彼女は、今も尚刻々と滅び行く神社の中に一つの亀裂を見つけた。それは賽銭箱の奥にある、神殿の中にあった。
壁に生じた罅でもなく、かといって錯覚でもない。それは確かに存在し、今までのメリーの短い人生に大きく影響を与えた物だ。
しかし今現在彼女の目に映っている『亀裂』は今までに見たどれよりも大きく、縦幅は勿論、横幅までもが段違いであり、さも人を誘い込むように、混然たる色彩の渦が巻いていた。
メリーはいつの間にか、賽銭箱の側まで来ていた。彼女は無意識の内に興味に惹かれて、知らず知らずの間に足が動いていた。そこから眼前にある小さな階段を上がれば、直ぐに亀裂のある部屋であった。
近くから見る亀裂は気圧されるほどの存在感を――今にでもこの神社を飲み込みそうな気配を放っている。中空に浮かぶそれは周囲との明確な別け隔てはなく、人肌が鋭利な刃物で切り裂かれた時の傷口の様相に似ていた。
ふとメリーは思い立ったように鞄から財布を取り出し、更にその中から五円玉を手に取った。パチリ、と金具のボタンを留めてから財布を鞄へ仕舞い、その手に持つ銭を箱へと賽じる。
質素な木霊が響いた。互いに固い、木と金がぶつかり合う、不可思議な音であった。
メリーはそれから太い二色の縄を手に持ち、勢い良く前後に揺らす。鈴は鳴らず、代わりに木屑と得体の知れぬ何かの断片が落下した。
彼女はそれを気にも留めずに二回の拍手を鳴らし、合掌しながら静かに目を閉じた。
メリーが目を開けたとき、その意思は既に確固たるものであった。迷う事無しに階段を上がり、亀裂に近付いた。
そして彼女はいよいよ亀裂が待ち構える部屋に入る。暗い室内は整然としており何一つとして置かれている物はなく、木板の床の継ぎ目がいやに目立っていた。
そして無機質な部屋の中に浮かぶのは、赤紫、紫紺、そして黒洞々の先の見えぬ罅割れ。それは如何にして生まれ、如何なる場所へ繋がっているかも分からぬ、得体の知れぬ物であった。
亀裂と間近に相対した少女は、一度息を大きく吸い込むと、勢い良くそれに飛び込んだ。
あちこちにある、私だけの物。
それは空中に、或いは物体の表面に存在している歪な割目。
中を見れば赤紫や紺や黒が渦となってぐるぐると巻いてるようなそれは、懐中電灯を当てても混沌とした様子は変わらない。例えるならそれはブラックホール。まあ、実物なんて見た事は無いけれど。
「ねえ、あれってなあに?」子供の頃、何度か親にそう聞いたことがあった。
一度目、親は「何も見えないよ」と笑って答えた。
二度目は「前にも言ってきたけど、何が見えるの?」と言ってきたので「真っ黒な割れ目みたいな物が、空に浮かんでるの」と答えたら、親は気難しそうな顔をした。
三度目、親は物悲しげな表情をしながら「気のせいだから、気にしないようにしなさい」と言った。
それからも何回か聞いた記憶はあったが、その度に親は悲しそうな顔をしていた気がする。
風化し行く廃墟、小さな山に探検した時に見付けた祠、無縁仏を祀る墓標。そんな辺鄙なとこには在るけど、人気のある場所には殆ど無い。
『それ』がある場所は、一貫して人目に付かない場所だ。
少女、マエリベリー・ハーン――通称メリーは、一風変わった子供であった。
一重にそれは滅多に見掛けぬような容姿が為と言う訳では無い。しかし確かに、肩口まで掛かる金髪と紺碧の瞳は、彼女の特異さを一層際立ててはいた。
だが何よりも目立った特異点は、彼女の常人らしからぬ行動であった。
暇を見付けては家を出て、暗くなってから家に帰る。それは友人と遊んでいるのならば普通の子供の行動であろうが、メリーはまるで放浪癖の様に、一人で何処とも無く歩くのだ。警官や市民の見廻り隊に数回、それが原因で補導された事もあった。
その度に親は「何をしていたんだ」と彼女を叱り付けるが、メリーは「絶対に、言っても分からないもん」と返した。
近所や学校で気狂いの子と噂されると、彼女は段々と自分の殻に引き篭もり始めた。学校が終われば図書館へ行って難解な本を読み漁り、休日には一人でふらふらと何処へとも無く出掛けた。
マエリベリー・ハーンが小学校6年の、一月某日。その日は日曜日であった。
鈍色の雲はただ重々しく流れを止め、昼であるにも拘わらず仄暗い空からは、純白の粒がふわりふわりと降り注いでいた。
粒は溜まって塊となり、塊は互いに合わさって層を作り上げる。
無機質な人工物や活力ある緑の木々ら全てが白く着飾る様は新鮮であり、それは異郷情緒溢れる様相を呈していた。
メリーは子供心躍るその景色を、何度拭けども曇り行く硝子越しに見詰めていた。
車内は白色燈が一列に天井に設置されており、明るさは充分強かった。
分厚い衣類には暑過ぎるほどの暖房にまどろむ乗客が数人居るが、チェーンの付いたバスは普段より強く揺れ、眠れるものではない。いざ意識が途絶えそうになれども、突発的な振動で無理矢理引き戻された。
「次は、―――、―――」
エンジン音のみが木霊するバスの中に、次の停留所の名を伝える機械的な声が響くとメリーはそれに反応し、手を軽く伸ばして傍らにあるボタンを押した。
「次、止まります」
ボタン周囲のカバーに光が灯ると共に、機械的な声がスピーカーより再び放たれる。
運転席の左上にある画面に料金表示がされると、メリーは流し目にそれを確認し、膝上にある鞄から財布を取り出した。
揺らり揺れ、バスはいよいよ目的地に着く。幹線道路――といえども片側二車線の小さな物ではあるが、その傍らにある停留所にバスは止まり、空気の排出音と共にドアは開かれる。
白い光が漏れる出口から、少女が一人飛び出した。大地には地の面が見えぬほどに積雪しており、彼女の靴が沈むと同時にサクリと音を立てた。
エンジンが一鳴きするとバスは発進し、雪景色の通りには少女一人が残された。
人や車は一向に現れる気配はなく、灰色の沈黙をただただ街灯が照らしていた。
メリーは先程の車内とは打って変わっての、顔に突き刺さる寒さに震える。同時に、髪や袖、スカート等の身体を覆う物にも、冷気は容赦無く食い込み始める。
彼女は身体を大きく一震いさせてから一歩を踏み出し、何時であれ新鮮味のある雪踏みを片手間に楽しみながら路地に入っていった。
相も変わらず路地に人気は無かった。電信柱、ブロック塀、玄関燈の橙色、車庫にある、雪が無遠慮に降り積もった車。同じような情景が緩やかなカーブを描きながら続き、やがて物影に道は隠れている。
意気揚々に歩くメリーは、肩に掛けたベージュの鞄はおろか、衣服にさえ雪が付くのは厭わなかった。それどころか右手に持つ傘をささずに、自分が白に染まるのを楽しんでさえいた。
小さな自分を飾る金の髪や紺色のコート。それらが雪という現象に在るがままに浸食される事が、彼女にとっては堪らなく心地良かった。
メリーは空を仰いで、息を吐く。白く広く拡散した吐息は、鈍色の中空に一瞬で溶けた。
マエリベリー・ハーンは、長い階段の下に辿り着く。幹線道路脇の住宅街に入り、その奥深く、小山に面す場所にそれはあった。
左右に生える桜の枯れ枝に手広く覆われたその階段は、閑静な住宅街の雰囲気を断絶していた。薄暗い上に人気は無く、冷たさだけが渦巻いていた。
メリーはおもむろに階段を登り始める。
雪で足を滑らせぬように、一歩一歩、ゆっくりと。
彼女はただ足元を見て、雪を着飾る桜並木を見はせず、耳鳴りを誘うほどの静寂の中、一段、また一段と足を動かしていた。
長い階段を登る最中では、身を食らい尽くすような暗い冷たさが息を伝ってメリーの体内を侵す。身体から絞り取られる熱が、白い吐息となって大気に逃げている気さえした。
やがて服に積もった雪が融けた水が、じわりじわりと染み込み始める。メリーが余りの寒さに身震いした時、何処かの雪花が鈍い音を立てて落ちた。
その時、彼女はふいに面を上げた。果てまで残り十数段という所であり、視線の先には縦横共に大きな鳥居が目に付いた。
古くから置かれ、風雨に晒されていたのであろう。目に付く朱色の塗装から下地の灰色が垣間見えていた。その尊大な存在感とみずぼらしい様相が一目に滑稽であり、しかし見直せば厳かであった。
メリーは欲しいものを貰った子供のように顔を明るくし、階段を一段飛ばしで駆け出し、鳥居の下に辿り着いた。
果たしてそこから見えた光景は、忘却と衰退を体現しているかのように、余りにも虚しかった。
一面の雪には瓦解した幾つかの石灯篭が生え、鳥居の先には今にも崩れそうで儚げな建造物――人から放棄されたそれを神社たらしめている本殿が、雪の重みに潰されそうに、ひっそりと居を構えていた。
見れば賽銭箱が置かれており、その上には紅白螺旋の縄が垂れ、縄の根元には錆切った茶色の鈴が二玉掛けられている。
メリーは後ろを振り返る。
此処より遥か下には確かに住宅街があるが、それを雪の幕が霞ませて、消えさせた。彼女の視界には登ってきた階段と、斜面に広がる木々だけが仄暗い灰色の世界の中に浮かんでいた。
メリーは再び振り返る。
その時彼女は、今も尚刻々と滅び行く神社の中に一つの亀裂を見つけた。それは賽銭箱の奥にある、神殿の中にあった。
壁に生じた罅でもなく、かといって錯覚でもない。それは確かに存在し、今までのメリーの短い人生に大きく影響を与えた物だ。
しかし今現在彼女の目に映っている『亀裂』は今までに見たどれよりも大きく、縦幅は勿論、横幅までもが段違いであり、さも人を誘い込むように、混然たる色彩の渦が巻いていた。
メリーはいつの間にか、賽銭箱の側まで来ていた。彼女は無意識の内に興味に惹かれて、知らず知らずの間に足が動いていた。そこから眼前にある小さな階段を上がれば、直ぐに亀裂のある部屋であった。
近くから見る亀裂は気圧されるほどの存在感を――今にでもこの神社を飲み込みそうな気配を放っている。中空に浮かぶそれは周囲との明確な別け隔てはなく、人肌が鋭利な刃物で切り裂かれた時の傷口の様相に似ていた。
ふとメリーは思い立ったように鞄から財布を取り出し、更にその中から五円玉を手に取った。パチリ、と金具のボタンを留めてから財布を鞄へ仕舞い、その手に持つ銭を箱へと賽じる。
質素な木霊が響いた。互いに固い、木と金がぶつかり合う、不可思議な音であった。
メリーはそれから太い二色の縄を手に持ち、勢い良く前後に揺らす。鈴は鳴らず、代わりに木屑と得体の知れぬ何かの断片が落下した。
彼女はそれを気にも留めずに二回の拍手を鳴らし、合掌しながら静かに目を閉じた。
メリーが目を開けたとき、その意思は既に確固たるものであった。迷う事無しに階段を上がり、亀裂に近付いた。
そして彼女はいよいよ亀裂が待ち構える部屋に入る。暗い室内は整然としており何一つとして置かれている物はなく、木板の床の継ぎ目がいやに目立っていた。
そして無機質な部屋の中に浮かぶのは、赤紫、紫紺、そして黒洞々の先の見えぬ罅割れ。それは如何にして生まれ、如何なる場所へ繋がっているかも分からぬ、得体の知れぬ物であった。
亀裂と間近に相対した少女は、一度息を大きく吸い込むと、勢い良くそれに飛び込んだ。