Coolier - 新生・東方創想話

『創造』の孤独。

2009/09/26 11:27:18
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真っ黒なお手手を叩きましょう。
タンタンと、手拍子で躍らせるように。
ほうら、鬼さんこちらへどうぞ。





「これは?」

私の目の前には、幻想郷を模したディオラマがある。
おおよそ、目の前の男が作ったということだろう。

「あぁ、何となく作ってみたんだが、細部までは分からなかったんだ。
 それで、君に意見を聞こうと思ってね」

「確かに――私ならば細部まで答える事が出来ますわ」

そんなことは、実に容易い。
言ってしまえば、この幻想郷自体が、私のディオラマなのだから。

「何か変なところはあるかい?」

「そうね、ここに少し違和感があるわ」

私はディオラマの中心にある小屋を手に取る。
彼はそれを見ると、無言で手を伸ばしてきた。
当然、私はその手をひらりと避ける。
そうすれば、悲しいかな、彼の手は空を切るだけだ。

「紫、返してくれないか」

「あら、何故?」

「それがないと、僕は商売どころか、
 生活もままならなくなるからね」

その言葉で、私は香霖堂の模型を彼に返す。
ただ、それでも普通に返すのは面白くないので、
私は手を開いて待つだけで、彼に手を伸ばさせた。

すると、案の定、彼は私がまた避けるかと疑って、
手を出そうか出すまいかを悩んでいるような表情をする。
なぜか、それが楽しくて仕方がなかった。

「それで、どうして突然こんなものを作ったのかしら?」

私は扇子で口元を隠しながら言う。
これは、態度で彼を威圧するためだ。

「いや、さっきも言ったとおり何となく、だよ」

彼は口元だけで笑う。
目は笑っていないところを見ると、
どうやら聞かれたくないことがあるらしい。

「あら、嘘を吐くなんて珍しい」

「僕だって嘘ぐらい吐くよ」

「――あっさり、認めるわね」

この態度は意外だった。
彼のことだ、きっと白を切るつもりだろう、
と考えていたからか、私はそれ以上のことを言えなかった。

「とりあえず、これが完成したら説明するから、
 手伝ってもらってもいいかい?」

次は目も笑っている。
だが、それが彼を遠くしてしまう。

――霖之助さんは、どこへ行くの?

私はそんなことを聞くことも出来ない。
彼は、もうそこにはいないようだったから。








「紫?」

「あぁ、ごめんなさい」

思考は容易く途切れる。
彼が意図せずとも、話しかけてきたからだ。
私は、もう一度、ディオラマに目を通す。

「ここの、山の周囲があまり分からないんだ」

「それは、難しく考えずに――」

私はそう言って、ディオラマの配置を進める。
この作業がどのような意味を持っているかは、
彼しか分かっていないのだろう。

――だけど。

私には分かる。
このディオラマが彼にとっては、とても大切なのだ。
なら、これを『創造』することで、彼は変わってしまうのだろうか。
そこで、ふぅ、と彼がため息を吐いた。

「これで大分、完成に近づいたよ。ありがとう」

「どういたしまして」

「とりあえず、お茶でも淹れよう。日本茶で良いかい?」

「何でも構いませんわ」

私はディオラマにある、人形で遊びながら言う。

――この人形は誰かを意味しているのかしら。

そんなことを考えていると、
彼がお茶を手にして、戻って来ていた。
だから、私はそのまま彼に話しかける。

「ねぇ、霖之助さん?」

「なんだい?」

「ディオラマを作るのは楽しい?」

「どうだろう。楽しいというよりは、
 懐かしいと言っても良いかもしれない」

「懐かしいって?」

「そういうものじゃないかな。
 形に残しておきたいものを残すときは複雑だよ」

――残すって?つまり、彼は?

「さあ、あと少しだから仕上げたいんだが、大丈夫かい?」

「――大丈夫、ですわ」

「おや、もう疲れてしまったのか」

「ちょっと、そんな扱いはやめてくださる?」

「そうか、なら頼むよ」

「――ええ」

彼が何をしようとしているのかは、大体の見当がついている。
ただ、それを認めたくなかっただけだ。
私は、白々しいと自覚をしていながら、わざと話を逸らす。

「ねぇ、霖之助さん」

「なんだい」

「私は独裁者かしら?」

「それは、この世界において?」

「ええ、この幻想郷は私が管理しているのだから。
 文明の兆しについても、『検閲』していますし」

「それは、君が全てを制限していると?」

「そういう、ことですわ」

ふむ、と彼は少しだけうなる。
そして、お茶を啜る。

「そう思うなら、散歩でもしてくるといい」

「――え?」

「気晴らしにいいか。僕も一緒に行くよ」

そう言って彼は湯飲みを干した。
私はただ、間抜けのように呆けていた。





外は既に真っ暗だ。
空に張り付いているような星たちが爛々と輝いても、
私たちの歩く道が明るく照らされることはない。

「それで、なんで散歩ですの?」

私は彼に問いかける。
とはいえ、隣は暗くて見えない。
彼らしきものがいる、その方向に私は話しかけるのだ。

「なに、少しだけ幻想郷の住人たちの住処を見てもらおうかと思ってね」

右側にいるはずの彼は、そう答える。

「つまり?」

「君が独裁者として、恐怖の対象になっているか。
 それを君自身の目で確認するが良い」

「でも、こんな夜更けじゃ――」

「こんな夜更けだからだよ」

彼はそう言って人里の方に向かう。
私がそれにはぐれないように追いかけると、
夜の静けさに吐息が混ざり合った。

「まだ、かしら?」

「もう少しだよ」

「ねぇ、行き先を教えてくれたら私が連れて行きますわ」

「僕らがしているのは散『歩』だよ。無粋だね」

踏みしめる枯葉の音は、どこまでも乾いている。
凛とした空気の中、くしゃ、という音が響いた。

「でも、散歩なんかで分かるのかしら?」

「分かる、というよりは考える機会を作る程度だよ」

「どういうことなの?」

「考えるためにも、材料が必要だというだけさ」

そして、突然に立ち止まり、枯葉の音が止む。
彼は、さあここだよ、と言って私を手招いているようだ。
それに従い、私は仄かに見える彼の手を追った。

「先は崖になっているから気をつけた方が良い」

「もし崖から落ちたら助けてくれるのかしら?」

「やれやれ、君は自分で飛べるだろう」

そんなくだらないやり取りをしつつも、私は木々の間を抜けた。
その先は、崖だ。
底の見えない暗闇がぽっかりとあった。
だが――少しだけ明るいものがある。
まるで、星のように淡く光るものが。

「霖之助さん、あれは?」

「あぁ、あれは人里にある灯りだね」

「言われてみれば、そうでしょうね」

星のようにゆらゆらと光るのは、小さな火だ。
ここには電気が通っていないから、
夜は火を燈す他に、明かりを得る手段はない。

「君にはどう見える?」

「どうって――不便でしょうね」

「そうか、僕には幸せにも見えるがね」

「どうして?」

「火がもたらす明かりには、温もりがあるから、かな」

彼はそばにあった倒木に腰をかけて言う。
私は何も言わず、その隣に腰をかけた。









星の明かりは、あまりに弱い。
ささやかに主張する様は脆弱に見えた。

「ここの住人たちは幸せなのかしら?」

「さてね、だが、幸せだから良いという訳ではないだろう」

「それはそうでしょう。緩急がなければつまらないですもの」

「そうだね、だから、僕はこの景色を見て思うんだ」

「何を?」

「ここのヒトたちは無防備ではない。
 突然訪れる不幸にも備える事が出来る。
 それは妖怪も同じだがね」

「だから、幸せだって思うのかしら?」

「分からない、けど、どこか調和している気がしてね」

「調和?」

「君を疎ましく思うならば、ここの住人たちはこんなに笑わないよ」

そう言って彼は小さな明かりに目を向ける。
少しだけ、草と土の香りがする。

私はもう、聞いても良いかと思った。
――彼が何をしようとしているのかを。

「なぜ――そこまで思っているのに、ここから出ようとするの?」

「――分かっていたのか」

彼はそう言ったわりに表情を変えない。

「誰だって分かりますわ。あんなに切なげに景色を組み立てていれば」

「あぁ、僕はここが好きだから、ね」

「知っていますわ」

「紫、君に頼みたい事があるんだが」

「お断りですわ」

私は最後まで聞く事なく、そう言い放つ。
とはいえ、それが無駄なことだとも分かっている。
彼は私が断っても、いずれは『行く』のだろうから。

「お願いだ。聞いてくれ」

彼はそう言って、倒木から立ち上がった。
いつになく真剣な目を私は見ることが出来ない。

「ある、友人が死んだんだ」

「――えぇ、知っていますわ」

彼には昔から仲良くしていた友人が居たらしい。
その友人はれっきとした人間で、
天寿を全うしたということは聞こえていた。
確か、明日に葬儀があるという。

「それで?知り合いが死んでいくのに耐えられなくなったの?」

「それは違うよ。僕だってそれなりに生きてきた。
 死を見ることも多くある。だから、逃げたいわけじゃない」

「なら、どうして『外』に行きたいの?」

「――彼が、僕にあるものを託して逝ったんだ。
 そのとき、僕は何を遺せるかを考えた」

彼は目を伏せて言う。

「だけど、すぐには浮かばなくてね。
 だから、視野を広げて探してみたいんだ」

焦燥。
彼は目に見えない程度だが、焦っている。
自分の親しい人がいなくなって、自分の限界を見た。
それとも、周りの人が死ぬときに、
自分が何も出来ないことをさらに思い知らされたのか。

「それで、帰ってくるつもりはあるのかしら?」

私は嘘をつく。
本当は行かせたくなんてない。
弱弱しい彼は、きっとさらに辛い思いをするだろうから。

「いつかは帰ってきたい」

「なら、いいですわ。でも、後悔はしないでくださいな」

私はやはり、嘘つきだ。
どうしようもないぐらい、胡散臭い嘘をつく。
出来ることなら、腕を引いて留めたい。
だけど。

「いいのかい?」

「ただし、易々とは帰らさないけど」

「つまり?」

「期限を決めてもらうわ。50年。それ以内には帰ってもこさせないし、
 それ以上も外には居させてあげませんわ。時間は有限なので」

「――すまない、助かるよ」

彼はきっと、戻ってくるだろう。
あのディオラマがその証拠だ。
私がそうしているように、彼は『ここ』を愛している。

「それと、条件がありますわ」

「条件?」

「まず第一に、あのディオラマが完成したら私が貰うわ。
 そして、第二に――ゆっくりと散歩をしなさい」

「ディオラマについては構わないが――散歩とは?」

「出立は急がなくていいでしょう?
 ならば、この幻想郷の『いま』をディオラマにではなく、
 あなた自身の目に焼き付けてもらおうかと」

彼が戻ってくるまで、きっとここは変わるだろうから、
いずれにせよ、小さな別れを告げなければならない。
だから、さまざまな人と会って、その光景を焼き付けてほしい。

それが私の愛する幻想郷なのだから。
それを忘れてほしくはないから。

「分かった、じゃあ、色々な場所を見てくるよ」

「ええ、でも、色々な人とも話してくるのよ」

「ああ、分かった」

「なら、ディオラマを完成させましょうか」

私は倒木から立ち上がり、言う。
そして、しっかりと自らの足で枯葉を踏んだ。
くしゃ、という音と、水滴が地面に弾かれた音が私の耳に響く。



そう、私は嘘つきだ。







「ねぇ、霖之助さん」

「なんだい」

「私は独裁者かしら?」

「それはそうかもしれないね」

「でも、疎まれてはいない、って?」

「そうだね。少なからず、僕はここが好きだから」

私はディオラマを手に持っている。
出立は一週間後に、というのが彼の希望だった。
だから、私はこの一週間後、彼を外の世界に連れて行く。

「それじゃあ、おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」

さよならの言葉を口にして、私はドアを閉じた。
外では先ほどより星が多く見える。

――星は道を照らすほどのものじゃないけど。

その明かりはとても脆弱だが、私には見えている。
私と彼の歩く姿を、しっかりと見守っていただろう。

私は人里が見える崖まで歩き、
小さな隙間を切り取る。

――私は月のように、太陽のようにはなれないわ。

それは、私がこの世界の管理者でもあるから。
星のように、ちいさく見守ることしか出来ない。
それならば、せめて火のように温もりを与えたかった。

私は嘘つきだ。

でも、大切な景色は、しっかりと見えている。




――とても、綺麗。
嗚呼、まとまってない…すみません。

紫のあの胡散臭さは意図的に作った雰囲気か、と思ったので。
管理者としての役割が、遠い人にしてしまったような…。
管理者だから、人を遠ざけるような…イメージです。

あと、一応、これが今まで書いた『~の孤独』の第一話になっています。

もしよろしければ、私のブログにもまとめているので、
他のものも読んでいただけると幸いです。

えー、最後までお読みいただき、ありがとうございました!


追記。

誤字訂正しました!
ワタナベ
http://ameblo.jp/25ji/entrylist.html
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コメント



0.2190簡易評価
15.100名前が無い程度の能力削除
なんというか、言葉がありません。ですが、とても好い物語であると思いました。
18.100名前が無い程度の能力削除
紫は外に行かせない気がしますが…実際あったらこんな感じなんでしょうか。
22.100名前が無い程度の能力削除
とても良い雰囲気でした、感謝
24.70名前が無い程度の能力削除
う~んテーマがいいだけに惜しいな……
もう少しじっくり作り込めばかなり良くなったと思います
26.100名前が無い程度の能力削除
寂しい…けれども温かい
31.100名前が無い程度の能力削除
一話・・・ですと!?
いやはや、少し脱帽してしまいましたwそう考えると、余計に切ないですねえ。
32.100名前が無い程度の能力削除
切ないな。霖之助なら何時か自分で外に行く手段を見つけると思うけど
原作通りに外の世界に失望するだろうな。あれは夢として割り切ったけど
33.80名前が無い程度の能力削除
誤字があります。以外じゃなく意外ですよ。
36.100名前が無い程度の能力削除
面白かったb

贅沢言うと、話順を教えていただきたい

それと、まだ続きはあるのだろうか?
38.無評価ワタナベ削除
皆様、コメントありがとうございます!
あと、誤字訂正も時間を見てさせて頂きますので、ご指摘ありがとうございました。

話の順番ですが…

1.『創造』の孤独。
2.『回送』の孤独。
3.『言葉』の孤独。
4.『薄膜』の孤独。
(ブログにあります)
5.『抑圧』の孤独。
(同じくブログにて…)
6.『真実』の孤独。
7.『25時』の孤独。

となっています。

そして、続きは最終話として書いています。
もうほとんどの方にはバレているでしょうが、
『あの人』の孤独を書いて終わろうかなぁ、と。

というわけで、もしよろしければ、どうかお願い致します!

改めてありがとうございました!
50.100名前が無い程度の能力削除
うん、面白かったー!