Coolier - 新生・東方創想話

妖怪博士の憂鬱

2009/09/26 04:38:59
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(以下の文章は、実在の人物をモデルにしたフィクションです虚構です妄想です丸っきりの嘘八百です)
(ゆえに、人物および時代背景について細かい考証を持ち出されると泣いてしまいます。筆者が)
(ついでに言えば、東方キャラもあんまり出てきません。しかも主役キャラの語り口がやたら長ったらしいため、50kぐらい分量があります)
(そんな内容ですが、どうか暇つぶしのお供にでもなれば……)
















 京都駅に到着したヒロシゲに乗り込み、自由席のペアシートに腰掛けた瞬間。

「じゃーん!」

 などと大袈裟なオノマトペを自ら発しながら、蓮子はやたら厚みのある手帳を広げて見せた。
 かさばらない電子ノート全盛の時代に、今なお合成紙の束を愛用しているこいつは、とんでもないアナクロニズムを犯していると思う。
 まあ、そんな彼女の親友として行動を共にしているという時点で、私もまた同様の絶滅危惧種なのであるが。

「さあ慄きなさいメリー。これぞ我が綿密なる調査の成果。これさえあれば、我らの行き先にもはや退屈は皆無だと宣言するわ」
「何これ、全然読めない。もしや、いつか言ってたカンナヒフミってやつ?」
「失敬な! れっきとした現代日本語ですうっ!」
「……雑すぎる字。こういうのって、性格が如実に現われ出るのよね」
「ますますもって無礼千万! ったく、こういう時は心眼で読めばいいのよ、心眼で」

 相変わらず、唐突に無茶なことを要求する奴だ。

「残念ながら、俗人たる私にはそんな素敵な視座は備わってないのよ」
「ご謙遜。その代わりに、とんでもなく気色の悪い『眼』をお持ちでしょうに」
「ああら。それはお互い様でしょ?」

 にひひ、と蓮子が笑う。
 むふふ、と私は応える。

「で、猫型青色オートマトンが秘密道具を出す時よろしく堂々誇示している、この手帳はなんなのよ」
「そんなの決まってるでしょ、この度の東京旅行のスケジュールよ」
「はあ」

 よくよく見れば、折れ曲がった金釘っぽい文字列と並んで、時刻と思しき数字がびっしりと書き込まれている。
 ……今回の旅行も、若さに任せたかなりの強行軍となりそうだ。

「東京駅に到着次第、タクシー拾って……うん、そうそう! まずはここに行くわよ」

 蓮子が、とある行を指差す。
 もちろん、私には何が書いてあるのかサッパリ解読不能だ。

「どこ?」
「呆れたわ! 名誉ある秘封倶楽部の一員ともあろう者が、こんな定番スポットをご存知ないなんて!」
「いやいや。知る知らない以前に、読めないんだけど」
「いいことメリー。
 21世紀の初頭にひっそりオープンして以来! 
 我ら魔道に生きる者にとって!
 探求のヒントを与える場であると同時に、乗り越えるべき壁として聳え立つ智の殿堂!
 それこそが!」


 イノウエ・エンリョー記念博物館。

 蓮子が熱っぽく語る施設は、そんな名前らしい。

















 









 



「だから、何度も申し上げてるように」

 髪型は散切り、口元にはカイゼル髭。
 帝都を覆う暑気が日々往来に陽炎を立ち上らせているにも関わらず、着込んでいるのは鼠色のフロックコート。
 斯様に典型的な「開化」スタイルの紳士は、カフェのテーブル越しに相対している淑女に向かって、苛立たしげに言葉を継いだ。

「私の本業は、学者です。拝み屋だの憑き物落としだの、そういう怪しからん商売と一緒にされては困るのですよ」
「でも」

 乳白色のワンピースがよく似合う痩身の公爵婦人は、いかにも不服そうな視線を紳士に投げかける。

「世間の皆様は、口を揃えて噂していらっしゃってよ? 哲学館の『お化け博士』にかかれば、どんな魑魅とて魍魎とて退治できないものはない……って」
「いかにも、それは間違いではない。だが、貴女はどうも『退治』の意味を勘違いしているようだ」
「つまるところ、目に見えないお化けを白日のもとに曝し出して、やっつける。それが貴方様の生業でしょう? それ以外にどんな意味がありまして?」
「いや、まあ、ですから」

 渋い顔の紳士は、額に玉となって浮かんでいる汗をハンケチで拭った。
 それから、机の上に置かれた炒り麦茶のグラスを手に取ると、中身を一気にあおった。

「ふう……とりあえず、貴女の懸念する問題について、もう一度状況を整理しましょう」
「はい」
「最近、ご息女の様子がおかしい。夜中に意味もなく屋敷の中をウロウロ歩き回ったり、家族や使用人の面前で急に奇声をあげたりする」
「そうなんです」
「それどころか、昼夜問わず犬の吠える声がどこからか響いてきて、気味が悪い。貴女はそれらの現象を総合して、『イヌガミツキ』と呼んでらっしゃるが……」
「如何様! あたくしは、あれとそっくりな振る舞いを何度も見てるんです! 娘には、『イヌガミ』が『ツイテ』しまったに間違いありませんっ!」

 甲高い声がカフェー中に響き渡り、他の客の視線が、一斉に彼女たちの席へと集中する。
 紳士は慌てて、人差し指を唇に当てた。

「落ち着いて下さい。他人に聞かれて、名誉となる話でもありますまい」
「あらやだ。これは失礼」

 婦人は頬を紅葉の色に染め、うつむいた。

「取るに足らぬ仄聞であっても、針小棒大に書き立てる。今の帝都にゃ、そんな迷惑な新聞屋が跋扈しておりますからな。壁に耳あり、ですぞ」
「お恥ずかしい。せいぜい気をつけますわ」
「では、ここからは私も小声で話させていただきますが……ご息女に、他の症状は見受けられませんか?」
「はてな。他の、とおっしゃいますと?」
「例えば、体の節々が痛くてしかたがない……とか」
「そのような訴えは、今のところございません」
「ふむ。では、腹の出っ張り具合などは如何で」
「お腹……?」
「ええ。食べても食べても飽く事がないため、目に見えて太ってきているとか……」

 婦人は、微かな声で「あらま」と叫んだ。

「そ、それはもう……おっしゃる通りで」
「手首や二の腕に、歯の跡が残っていたりはしませんかな?」
「あ……ああ!」
「御婦人。貴女の生まれた地は、おそらく阿波なんでしょうなあ」

 両手で口元を覆い、婦人は絶句する。

「ご息女の症状は、かつて故郷で見た『イヌガミツキ』の娘たちと酷似している。ゆえに、貴女はご息女の健康が心配でしかたない。つまりは……そういうことですな」
「すごい……! まだお会いしてから半刻も経ってないのに、どうしてそんなことまでお分かりになってしまうのですか?」
「いや、なに」

 相変わらず汗を拭う手を止めてはいないが、それでも紳士は、涼しげな顔で言い放つ。

「これぞ、科学的智識を用いた哲学的思考というものですよ」
「カガク……テツガク……なるほど、西洋最新の憑き物落しを学ばれた方は、流石におっしゃることが違いますわね」

 いかにも「我、理解せり!」という面持ちで、婦人は深々とうなづく。
 対して紳士は、がっくりと肩を落とした。

「嗚呼もう。だから、そういうことじゃないんだが……まあいい、論より証拠です。身分違いの非礼を承知で申し上げますが、お帰りの際はどうぞご随伴の栄を賜りたく」
「ええ、それは勿論。この珈琲を干したら、すぐにでも娘の元へお連れいたしますわ」
「恐れ入ります……何、そんな暗い御顔をなされますな。燦々たる文明の曙光もて、貴女を悩まず不埒の闇を晴らしてみせましょうぞ」

 力強い断言に、カップを持つ婦人の表情は次第に和らぎ始める。

「よろしくお願いいたします、博士」
「うむ。万事、この井上円了にお任せあれ」














 およそ上記のようなやり取りがあったのが、二週間前のことである。
 季節も場所もお構いなしに洋装を好む紳士……すなわち井上博士は、本日早朝、公爵家から折り目正しい礼状を受け取った。
 いわく、貴方の学識のお陰で、娘は次第に健康を取り戻しつつある。
 ついては御礼をかね、ささやかな晩餐の席を設けたい。
 また謝礼については如何ほどの額を用意すれば良いか、遠慮も忌憚もなく申し出られたい……と。
 
 博士はすぐさま筆を執った。
 そして書き連ねることには……亜州第一の文明国家に籍を置く臣民として、当然の行いをしたまで。
 カフェでご馳走いただいた麦茶の一杯こそ、炎天下に有難き甘露なれば、これ以上の見返りを求めるのはむしろ強欲の罪に値しますゆえ、どうぞお気遣いは無用に願いたく、云々。


 
 返事をしたためた書状を逓信局に預けた後、博士は仕事の場へと足を向ける。
 博士はまだ不惑に届かぬ齢ながら、すでに「哲学館」という私塾を経営する身である。
 「哲学」とは、同時代人の西周が、洋語「フィロソフィー」の訳として造った言葉である。
 直訳すれば「知への愛」となるその学号には、「国家の未来を担う者、すべからく深い洞察と思考力を養うべし」という博士の理念が篭められている。
 事実、彼が面倒を見ている書生たちは皆、優秀に育ちつつあり、政府が掲げる富国策の軸として今後八面六臂の活躍が期待できるものと、博士は平素より自負をしていた。
 さらに、斯様教育熱心な博士自身の名声もまた、日を追うごとに高まりつつある。


 ただしその「名声」とは、本来博士が願っていたのとはいささか違った形であるのだが……


 今日の博士がまず最初に向かうのは、自らの理想の牙城たる哲学館ではなく、都内の外れに位置する、とある女学院である。
 その院長もまた、博士同様に洋学の素養を持ち、最新の文化と学問を若者に学んで欲しいと願う人間であった。
 彼は常々、女生徒たちが「辻占」をはじめとする「非文明」の蛮習に対し興味津々であること、さらには「幽霊」だの「死後の世界」だのと言った「迷信」に惑わされやすいことに、ほぼ怒りに近い感情を抱いていた。
 怪力乱神には近寄らぬよう、常々忠告をしてはいるのだが、若者らしい反発心と冒険心がそうさせるのか、生徒たちは表面上では従ったフリを見せても、放課後には相変わらず胡散臭いナマズ髭の易者に手相の鑑定を依頼したり、自殺者の霊魂が漂うなどと噂される古びた寺社まで物見遊山に出かけたりする始末。
 特に腹立たしいのが、最近になって大流行し始めた「コックリサン」なる愚劣の遊びだ。
 いくら叱り脅し、時には宥めすかそうとも、五十音や鳥居の記号を書いた文字盤を持ち込む生徒は、全く跡を絶たない。
 
 
(いずれ健全なる子を産む母となるべき身が、若くして不健全なる思想に染まるなど……実に遺憾である!)


 これからは科学の時代だ。
 正体不明の魔物とてや、何故に恐れる故やある。
 科学の光で照らしてみれば、正体見たり枯尾花。
 民草惑わす俗信・誤謬の類など、叡智の箒で掃き捨てるが良し。
 さもなくんば、本朝は未開・未発達の蛮地として、海外の先進国家群より侮られるは必定……

 そんな焦りを抱いていた院長の耳に、或る日、「妖怪博士」なる人物の風評が飛び込んできた。
 本名を井上円了と言うその人物は、なんでも世間にはびこる怪異の数々を「科学的」に解明し、その多くが単なる「勘違い」や「大袈裟な流言飛語」に起因することを証明して回っているという。
 また、その活動範囲は帝都の内だけに止まらず、妖しげな現象や怪物の噂が持ち込まれれば、全国津々浦々どこにでも飛んでいって解決するとの由。


(これぞ福音ならん!)


 院長はすぐさま博士の元を訪れ、互いに志を同じくすることを確認すると、その場で自校における出張講義を依頼したのだった。









 井上博士が教室に現れると、それまで騒がしかった教室内は水を打ったように静まり返った。
 代わって外で大合唱する蝉の声が、妙にざわついて聞こえるようになる。

「お早う、諸君」

 黒板と講壇の間に立った博士は、まず背筋を伸ばし、それから机を並べて座っている生徒たちに向けて軽く右手を振った。
 「お早うございます」の声と会釈が、めいめい、返ってくる。
 どの女子も、後頭に長く垂らした黒髪をリボンでまとめ、上半身をかすりの小袖、下半身を紫色の袴で包んでいる。
 女学生としては見事に平均的かつ標準的ないでたちばかりで、普段なら特に気に留めるべき点はない。


 だが、その日は違った。


「む?」

 教室の最後尾の最左端に、見慣れぬ顔。
 服装こそ周囲と変わらないものの、そのしなやかな髪を特異な色に染めた少女が居る。
 そう、大和民族らしく黒一色の空間に、ただひとり、西洋人以上に見事な金色が混じっているのである。
 眼を惹くのは、その輝かんばかりの金髪のみではない。
 顔立ちもまた、整いたることルネサンス期の名匠が描いた希臘女神のごとし。

 博士は、瞼を数回しばたたかせた。
 ここでは、今までに数回の講義を行ってきたが……こんな美少女は、見たことがない。

「君は……」

 何者だ、と問おうとした刹那に、少女はにっこりと、八分の清楚と二分の妖艶をもって微笑した。
 博士のこめかみに、軽い痛みが走る。
 次いで脳裏に、突如として彼女に関する「記憶」……と言うか「情報」が流れ込んできた。


 嗚呼そうだ、彼女は西洋人であると同時に日本人でもある存在だ。
 すなわち横浜に滞在する西洋の富商が、我が国のとある芸妓を見初めて結婚し、その結果生まれた混血児だ。
 やれやれ。
 まさに開化の申し子とも言うべき目立った生徒なのに、何故いきなり思い出せなくなってしまったのだろう。
 まだまだボケる年でもあるまいに……





「先生」

 最前列の中央に座る生徒が、おずおずと挙手した。

「如何なされました? 御気分でも優れませんか?」
「あ、いや」

 慌てて、教室全体を見渡す。
 博士に向けられているのは、訝しげな表情ばかり。
 挨拶を終えるや否や、凍ったように身動きしなくなってしまったのだから、当然だ。

「いささか、夏の陽射しに当てられたようだ。しかし、大事は無いさ」
「近頃は炎威ますます猛っております。どうぞお気をつけ下さいまし」
「有難う。それでは、講義を始めようか」

 暑いなら、その見るからに通気性に欠ける洋服を脱げばいいのに……
 と、どの生徒も思うが、口にはしない。
 この時代にあっては、紳士の正装について婦女子がさかしらに意見するなど、実にはしたないことなのだ。








「柳の下の幽霊。鬼が島の鬼。深山の天狗に、幽谷の河童。
 そう聞いて、諸君は一体どのような姿を思い浮かべるだろうか。
 諸君が子どもの頃から慣れ親しんでいるであろう、いわゆる『妖怪』や『不思議』の像は、ほとんどが過去の勝手な妄想によって形成されておる。
 昔話の主役たちは、皆、古い書画の中にのみ生きているのだよ。
 ……ちと、残念なことかもしれんがね」


 不意に、金髪少女が小首をかしげた。
 何が疑問なのか逆に問いかけてみたいと、一瞬だけ博士は思う。
 しかし講義できる時間は限られているし、この程度の反応を気にしていちいち立ち止まっていたのでは話が進まない。
 博士は、先を急ぐことにした。


「開化以前の日本は、それなりに文化水準の高い国で、文学・思想・工芸の分野においては決して他国にひけをとるものではなかった。
 されど惜しいかな、科学に関しては長じてはおらんかったのだ。
 正体の知れぬ現象については、ろくろく観察も考察もすることなく、名と姿を適当にでっち挙げて仮の解答としてしまう悪癖があった。
 例えば……今から百年以上の昔にゃ、鳥山石燕という絵師がいて、いわゆる『ヤマビコ』の正体を黒い犬のような生き物として描いた。
 彼は他にも、シナの黴臭い本の記述を真に受け、『シンキロウ』を巨大なハマグリの吐き出す幻だと決め付けてもいるな。
 いくら絵筆の技術に優れていても、智識も智恵も足りなければ、斯様の愚挙を後世に遺す羽目となる。
 そして悲嘆慷慨すべきことに、廿世紀が目の前に迫る現在に至ってなお、そういった恥ずべき視点・思考に囚われている人間が大勢いる。
 さあ諸君、今こそ己の住む帝都の景色を思い出したまえ。
 日が落ちてなお、ガス灯の光に高層ビルヂングの群々がくっきり浮かび上がる、この豪壮なる姿を!
 だのに、もし。
 その内部に住まい、近代文明の恩恵を十分に享受して生きながらも、オツムの中身はついぞサムライ幕府の頃で止まっているような輩が残存するとすれば……
 ……ふん、これを国家への裏切りと呼ばずしてなんと呼ぶのかね?

 帝国淑女の雛として日々勉学に勤しんでいる諸君にとっては、すでに既知のことであろうが、科学的・哲学的なる思考をもってすれば、如何なる怪異とて見破るに造作は無い。
 先述の例になぞらえれば……山彦とはすなわち、音波の反射に過ぎぬ。
 蜃気楼とはすなわち、光波の屈折だ。
 それらは、海外の先進的学究たちが精緻なる実験観察の末に証明した、歴然たる事実。
 自然界が偶発的に引き起こす悪戯以上のものではないのだから、これを『異変』だ何だと騒ぎたて、その下手人として訳の分からぬ『妖怪』を拵える必要など皆無なのだよ。

 もうひとつ、私自身が先日解決した案件を挙げておこうか。
 『イヌガミツキ』なる現象に苦しむ家から、相談を受けてね。
 まあ詳細については、本人の名誉のために秘するのだが……おっと、いきなり『イヌガミ』などと言われても判ぜぬ者もいるかな。
 うむ、つまりは……一種の、獣の霊だと考えればよろしい。
 『コックリサン』や『キツネツキ』なる語については、諸君も聞いたことがあるだろう?
 狐が人間様の体に乗り移って云々という、あれだ。
 今回の場合は、下手人を狐ではなく犬、ないし犬に似た風貌を持つ『妖怪』に仮託しているのだな。
 『キツネツキ』という迷信は全国的に分布しているが、『イヌガミ』を恐れる地域は、とりわけ西国に多いようだ。
 いわく『イヌガミツキ』となった者は、性獰悪となり、人の理解を絶した謎の言語を口走り、まるで犬のように野を駆け回るという。
 他にも、地域によっては種々多相の症状が散見される」



 立て板に水の勢いで喋り続けていた博士だが、ここで一旦言葉を切り、黒板に向かって白墨を走らせ始めた。
 そこに書かれた文字は、以下の通り。


 ・犬ノ吠ユル声ノ ケタタマシク響クコト

 ・イヌガミツキトナリタル者ノ身ニ 犬ニ噛マレタルガゴトキ傷 アラワルコト

 ・同者ノ食欲 異常ニ旺盛トナルコト



「件の家では、このような怪異があったと言う。
 解決を依頼してきた人は、私に『イヌガミ』を祓うことを要求していたが、いやなに、実在せぬモノを『退治』することなど到底不可能だよ。
 だから私は、代わって、これらの現象が不思議なことでもなんでもないことを説明して差し上げた。
 まず最初の問題だが……そもそも犬の鳴き声など、帝都においては珍しいものでも何でもない。
 俗に『稲荷・伊勢屋に犬の糞』なんて言い様があるように、ここにゃ何千匹という犬が住んでおり、そこかしこを我が物顔で闊歩しておる。
 ゆえにその声も、日常的に飽きるほど聞いているはずなのだ。
 しかし我々は、それがありふれたものであるがゆえに、普段ほとんど注意を向けることがない。
 耳に届いているのに、聞こえないのだ。
 ちょうど今、私の講義に傾注している諸君が、外でミンミンうるさい蝉の声を意識していないのと同様に、ね」



 再び、博士はしばし口をつぐんだ。
 誰かが小さく、「嗚呼なるほど」とつぶやく。
 それを合図に、他の皆も感嘆の息を漏らした。

 金髪少女だけが、またしてもつまらなそうに、首を捻る。


「こうして私が言及するまで、蝉の声が室内にも届いていることを、諸君は忘れていたのではないかな?
 つまりは、そういうことだ。
 『イヌガミツキ』を信じる人も、その問題が切実なものとして現実化してから、初めて犬の声を意識するようになったのだ。
 
 続く『傷』と『食欲』についてだが、これらも当然、科学的に説明がつく。
 諸君もまた、辛い事や哀しい事に直面した時には、気が動転して意味不明な行動をしでかすことがあろう。
 その失敗を悔やみ、こんな情けない自分は世に生きる価値が無いと悲嘆に暮れることもあろう。
 甘い菓子の山にバクバク食いつくことで身の憂さを忘れようとする者も、中にはいるやもしれん。

 いや、結構結構!
 西洋古来の諺にいわく、艱難は汝を珠にする。
 うら若き諸君よ、大いに悩め。
 その経験は、後に必ず知性の発育に資するものなのだよ。

 とは言え……我が国の先人のたまうに、病は気から……とも。
 あまりに過ぎた苦しみは、時たま人の精神に変調をもたらすものだ。
 例えば……自分の存在を許せぬあまり、ついつい自分の腕に噛み付いてみたり。
 最初はただの鬱憤晴らしにすぎなかったヤケ食いが、回を重ねる内に慣習として身に染み付いてしまったり。
 繰り返しになるが、それはあくまで人間の内側の問題であって、責任を狐や犬になすりつけるのは、お門違いも甚だしい。
 それらは精神的な疾患であり、本来なら脳神経学の分野に属する問題だ。
 『ツキモノ』程度の稚拙な妄説なら、その初歩の段階を学ぶだけで十分に打ち破れるのだよ。
 現に私は、持ち込まれたこの問題につき、巣鴨に在る癲狂院との密やかなる連携を以て、極めて穏便なる決着を得た。
 完治までは今しばしの静養が必要だが……とまれ、これは「文明」が「非文明」を征服した好例と称して差し支えはあるまい。
 
 しかしながら、世の中は広い。
 心の分野においても、他分野においても、現時点の科学では完全に解決を見ぬ問題もまた、多く存在するだろう。
 しかし、人類の美点たる進取の気概は、いかな不可能をも最終的には可能とするものと、私は信ずる。
 それこそ陰陽博士清明の祈祷が、天地一切の『異変』を平らげたように……

 私は、若き日の勉励の成果として、『妖怪』どもの真相を究明するに足るだけの智識・智能を得た。
 その私が断言する。
 もはや我が偉大なる帝国に、『不思議』なるものは存在し得ない!
 さあ諸君!
 今後の本邦の発展と幸福を真に願うなら、諸君もまた不断に科学を学び、そして哲学的に思考することだ。
 
 以上、本日の講義はこれまで」











 
 ひと仕事終え、講師控え室に戻った博士を、満面の笑みをたたえた院長が出迎える。

「有難いことです。博士にお出でいただいてからと言うもの、あれだけ猖獗を極めていた『コックリサン』の悪習が、ピタリやみました」

 その言葉に、博士は大いなる満足感を抱く。
 自分は正しい仕事をしているのだという自己肯定感で、胸が熱くなる。


 だが同時に、心のどこかで、魚の小骨がひっかかるようなチクチクした痛みもまた、覚えていた。

 こんな時、博士は必ず父親の顔を思い出す。
 越後の小さな寺で住職を務めていた父は、幼き日の自分に、地元に伝わる伝承を数多く教えてくれた。

 幽霊。
 鬼。
 天狗。
 河童。

 嗚呼、父の話はどれも怖くて、同時にとても面白かった。
 聞いていて、飽きるということがなかった。
 自分が生きている世界とは別の「カクリヨ」が、日常の翳に存在することを、当時の自分は信じて疑わなかった。


 ひいて現在の若者たちは、「コックリサン」に興じる時、一体どんな気分を味わっているのだろうか。
 異界と交わる経験を得たという錯覚に、一種の陶酔を覚えはいないか。
 だとしたら……愚かだ。
 幼稚すぎて、かつての自分と全く同じすぎて……呆れる他はない。

 だが同時に……ほんの少しの、うらやましさを覚える。
 「哲学博士」の大肩書きを持つ自分の胸裏に、あの種の興奮が蘇ることなど、もう二度とないのだから……


 いや、今さらそんなことを言っても、詮無き事か。

 私は、大人になった。
 誰だって、いつかは大人になる。
 ましてこれから富国の礎となるべき者たちに、いつまでも子どものままで居られては、困るのだ……


 
「博士」

 院長の呼びかけに、博士の愁思は打ち切られる。

「どうです? ご一緒に食事でも。うまいコロッケーを食わせる店が、近所にあるんですよ」
「折角ではありますが……これから、哲学館でも講義をやらにゃあなりませんでね」
「ほう、お忙しいのですな」
「ええ。講義に講演、加えて各地で起こる『異変』の調査および解決……毎日毎日、依頼の増えることはあっても減ることはありませんです」
「ははは、有能なる国士は、どうしても世が放っておかないものですよ」
「恐れ入ります」

 まったく、まだまだ働かねばならんな。
 そう意を新たにしたところで院長に別れを告げ、いざ女学院の門を出ようとした矢先……



「あの、もし」

 今度は鈴の転がるような声が、背中に投げかけられた。
 誰か、と思って振り向けば、そこには例の金髪少女が居る。
 追ってくる足音などは特に聞こえなかったはずだが、いつの間にここまで迫っていたのか。

「お忙しい折、失礼だとは思いますが……」

 博士は思う。
 女が美しく見える条件を、古人は「夜目・遠目・傘の内」だと設定したが、少なくともこの少女に関して、それは当てはまらない。
 何故なら……こうして真昼間に至近で見てこそ、眉も眼も鼻も唇も、とにかく容姿の細部に到るまで芸術的に造型されていることが理解できるからだ。
 それに、陽光が凝縮して出来上がったかと思わせるほどの麗しき髪から発せられる、この馥郁たる香りはどうだ。
 なんという種類の香水が染みているのか、化粧に興味を持たぬ博士には全く見当もつかないが、とにかく鼻腔をくすぐられるだけで、何かこう、ふわふわと浮き足立つような匂いである。
 
「暫時、お話させていただいてもよろしいでしょうか」
「それは構わんが……勝手に教室を抜け出して、良いのかね?」
「丁度お昼休みの時間ですので。この門さえ越えない限りは、お咎めはございませんわ」

 辺りを見渡す。
 彼女の他に、校舎の外に出ている生徒は存在しない。
 ここには、博士と少女しかいない。
 ふたりが何か喋らない限り、聞こえてくるのは蝉の声だけだ。

「本当に、ちょっとだけで構わないんです。講義のことで、もう少し詳しくお聞きしたいことがありまして」

 にこり。
 先ほどと同じく、処女と毒婦それぞれの魅力が絶妙な比率で入り混じる笑顔が、博士の官能を刺激する。
 ……千本の矢を受け切った弁慶とて、この視線に射られてが最後、足腰から力が抜けてしまい立ち往生など果たすべくもなかっただろう。
 まして、幾多の戦場を経巡った武人などではない博士なら、尚更だ。

 博士は、年甲斐もなく顔を赤らめながら、つい思う。
 ……思わずにはいられなかった。

(なんとも、『不思議』な色香を持つ少女だ)

 と。 



「それで」

 まるで初恋の相手に話しかけられているような、そんな軽い動悸に胸を弾ませながら、博士は問い返す。

「聞きたいこと、とは」
「ええ。前回の講義で、先生は確か『コックリサン』のもたらす害毒について主張されました」
「うむ、そうだったな」


 博士の本来の専門分野は、哲学である。
 そして、博士が世間に向けて真に訴えたい主題とは、「論理的な思考」の重要性である。
 しかし、いきなり孔子やソクラテスやカントや釈尊を持ち出しても、民衆は興味を示さない。
 彼ら古の賢人たちの言葉は、いささか晦渋に過ぎる。
 だから、聴衆を退屈させないまま本題に入るための、いわば話の枕として、博士はよく「妖怪」と「不思議」について語る。
 特に、ここ数年の間に流行りだした「コックリサン」の原理について解説することは、人々の好奇心を大いに惹いた。

 博士があみだした戦略は、実に効果抜群だった。
 あまりにも抜群すぎて……今や井上円了の名は、専門の「哲学博士」としてではなく、もっぱら「妖怪博士」としてばかり知られるようになってしまった。


「先生は断じられました。『コックリサン』の実行中に指が動く原因は、単なる自己催眠に他ならない……と」
「まさしく。狐の霊とかお告げとか、そんな程度の低い要因を仮定するのは、馬鹿のやることだ」
「そんな外道行為に血道を挙げていては、その内に精神の均衡が崩れ、癲狂院のお世話になるだろう……とも」
「嗚呼そうさ。若い者は、もっと有意義な時間の使い方をするべきなんであって……」
「貴方は」

 不意に、生ぬるい風が強く吹いた。

「狐が、お嫌いなのですか」
「はあ?」
「私の仲間たちが、皆、悲しんでおります」

 再び、少女が微笑む。

 だが、今度の表情に、清らかな印象はだいぶ減じている。
 目の端を、それこそ狐めいて高く吊り上げ、ただひたすら妖しく、笑っている。

「かつてのごとき信仰と親交が失われつつある時勢に、ようやく子供達が見出してくれた……無邪気なる交感の儀。貴方はそれすらも、破壊しようと言うのですか」

 時間が凍りつき、蝉の声が止まった。
 こんなにも太陽が眩しい日だというのに何故だろうか、急に背筋を寒気が走る。

「な、何を言っているんだ、君は」
「我は稲荷神の御使い也……なんて言ったら、ふふふ……ねえ先生? お信じになります?」



 無意識の内に、博士の右の手はフロックコートの内側に差し込まれていた。
 その指がまさぐろうとしているのは、裏地に縫い付けられている小さなポケット。
 しかし、その中に忍ばせてある物に指先が届く直前……


 りぃん。
 りぃん。


 昼休みの終了を告げる鈴の音が校舎から響いてきて、異界に迷う博士の意識を現世に引き戻した。


「あら、もうお終いですの? これからが面白いところでしたのに」

 少女は無念そうに、言った。
 形状秀麗な眉をひそめつつ、頬に手のひらを置くその動作は可憐の一言で、つい先ほど感じた奇妙な毒気は、綺麗さっぱりと抜け落ちている。

 どっと、博士の額に頬に首に、汗が噴き出して、鼓膜には蝉の歌が再び響き渡る。

「どうも、ごめんあそばせ。先生ったら、いつも難しい御顔をしていらっしゃるもので。ちょっと悪戯してみたくなりましたのよ」

 ころころ相を変わる少女の面皮に、今現在張り付いているのは……混じりっ気が零の、純然たるあどけなさ。

「如何? 少しは、お気晴らしになりましたかしら?」
「な、な、なんだと……」
「先生のお話はとても面白くて、ためになるのだけど……『妖怪』をこきおろす時、先生はいささか苦しそうな気色をお見せになる時があります。私は、それが気になるのです」

 少女の真意が分からず、口を開けて佇んでいる博士に、少女は恭しく頭を下げる

「差し出がましいことを申しまして、ごめんなさい。ノートと鉛筆の用意をしなくてはなりませんので、失礼をば」

 それだけ言うと、少女はくるりと踵を返し、校舎へと駆けていった。

「ま、待ちたまえ!」
 
 慌てて、呼び止める。

「はい?」

 十歩ほど隔てた距離で、少女が再びこちらに顔を向ける。
 きょとんとした表情もまた愛苦しく、怒りの矛先もつい鈍り勝ちになるが……

「下らん理由で、大人をからかうもんじゃない! 今度やったら承知せんぞ!」

 拳を振り上げる。
 然るべき時、叱る事ができなくては、教育者とは言えない。

「ええ! 帝国淑女にあるまじき振る舞い、深く反省しておりますわー!」

 とても反省しているとは思えない、快活な返事が帰ってきた。
 しかし、これ以上こいつに関わっていては、次の講義に間に合わなくなってしまう。
 苦々しく思いながら敷地の外へ出る博士に、とどめとばかりに、もう一声。

「あたくしの名前は、『ラン』と申しますのー! どうぞ、お見知りおき下さいませー!」

 言われずとも、忘れまい。
 次回教室で会った時には『女大学』の講釈でもしてやろうと、博士は心に決めた。
















 それから、数日後。
 岡山県領に位置する、とある山村にて。

「どんなもんじゃー、先生ぇ」

 切り立った崖の上に屈みこんだまま、先ほどから何やらブツブツ呟いている井上博士に向かい、赤ら顔の老農夫がやや強張った声で話しかける。
 その傍らでは、まだ14、5歳ほどの少年が、やはり緊張した面持ちで博士の一挙一動を見守っている。
 空は茜色に染まっており、いわゆる「逢魔が時」の到来が近いことを知らせていた。

「ふむ」

 開化の徒をもって自認する博士は、こんな山道を歩く時でさえ、重いフロックコートを着ていた。
 そして左手をコートの内側に突っ込んだまま、右手でしばし土を撫でていたが、やがて立ち上がると、背後に待つ現地人ふたりに向けて厳かに言い放った。

「よし。結論から言って、『スネコスリ』なんてものは有りゃあせんよ」
「聞いたか、こんアホウがっ!」

 老農夫は力いっぱい拳骨を固めた、それを少年の脳天めがけて振り下ろした。

「い、いてぇ……」
「ほぉれ! 帝都のえらーい先生も、俺とおんなじこと言うとる! おめー、やっぱ夢でも見とったんじゃろぉ」
「そねーなこたー、ねぇってばよ!」

 グリグリと頭頂をえぐる手をはねのけ、少年は歯をむき出しにして激高する。

「ありゃー、ぜってー、『スネコスリ』だった!」
「しぶてーぞっ! んな、『オトギバナシ』にすぎねーって言っとるじゃろーが!」

 再度殴りかかろうとした農夫を、博士は「まぁまぁ」と宥める。

「見間違い、勘違いは誰にでもあることですよ。そう怒りなさんな」
「だけっども……遠路はるばる来ていただいて、こんやっちもねーことに付き合わせちまって……村の面汚しじゃ……」
「いやなに、煉瓦造りの建物にばかり囲まれていては、息が詰まる。たまにゃ、山歩きもいいものですよ」

 博士は懐から手を抜くと、少年に向けてぎこちなく笑いかけた。

「旅行の良い機会を与えてくれたこと、感謝しとるよ」

 少年は何も言わず、ただ歯を食いしばって、地面を見つめている。

「送られた手紙は、眼光紙背に徹するほどしっかりと読ませていただいた。君が出会ったという『スネコスリ』なる妖怪について、つぶさなレポオトが書いてあったね。いやはや、微に入り細をうがつ力作で、なかなか面白かったよ。伝承学の分野において、珍重たる資料となるだろう」
「ありゃ、全部ほんまのことじゃ」

 少年が、挑むような目つきで博士を睨む。

「わしゃ、嘘つきなんぞじゃねぇ……ほんまに『スネコスリ』にたかられて、崖から落ちそうになったんじゃ! ありゃ、人の足に絡んで、すっ転ばせる『バケモノ』なんじゃ!」
「うむ。村人のうち半分はその言葉を信じ、君と共に『スネコスリ』の翳に怯えたそうだが……残る半数は、一笑に付して相手にしなかった。そこの祖父殿のようにね」
「……ちっ」

 苦虫を噛み潰した顔で、老農夫が舌打ちする。

「そこで君は考えた。世に名高き『お化け博士』の学術調査をもって、自らの正しさを証明しようと」
「あーもー! めんぼくね! ほんま、めんぼくねー!」

 ぺこぺこ、水飲み鳥の硝子玩具じみた動作で、老農夫は頭を何度も何度も下げ始めた。

「しょうがねー孫で、申し訳ねー! こんごうじょーもんめぇ、まさか帝都の博士様にまでつまらん手紙差し上げるたぁ……」
「で、博士さんよ」

 祖父とは対照的に、少年は変わらず不遜である。

「……『スネコスリ』がいねーって、どーゆー訳で決め付けとるんじゃ?」
「君、酒は嗜むか?」
「いんや。生まれてこっかた、飲んだこたね」
「生死の境を彷徨うほどの熱病を患ったことは?」
「ねー」
「そうか。ならば体は到って頑強。少なくとも譫妄、幻覚の症状を心配する必要はないな」
「ったりめー! だっから、わしゃー間違いなくこの両のマナコでしっかりと見たって……」
「ただし! 惜しいかなオツムの中身に関しては、もうひと磨き必要なようだな」
「あん?」
「もうひとつだけ聞きたい。雨は、どうだった?」
「あ、雨ぇ?」
「君の手紙には、『スネコスリ』と遭遇した日の天候については触れられていなかったのでね。さあ、思い出してみたまえ。その日……いや、あるいはその前日でもいい、天より雨は降ってなかったかね?」
「んむ……?」

 少年はしばし首を捻り、それから答えた。

「確かに……降ってたなー。朝へえ内だけ、蛙のしょんべんみてーな勢いで、ちろちろ」
「しかし昼には止んでた、と?」
「うん」
「よろしい。ならば、君が恐れる『スネコスリ』氏の正体を、これよりお目にかけよう」

 博士は道端に置いておいた旅行鞄を引き寄せると、中から木製の水筒を取り出した。
 そして、すでに温くなってしまった水を少量、地面に振りまく。

「よく見ているといい」

 湿気を吸った土を片手に盛り、軽くこねる。
 それを少年の鼻先に突きつけて……

「さあ、触ってごらん」

 恐る恐る、少年は指を伸ばす。
 その手触りは実に滑らかで、ぬるぬるとした触感で……少年は思わず息を飲む。

「こ……こんな……まさか」
「なーるほど! タネぇ分かっちまえば、やしー話じゃけん」
「そう。君たちが悩んでいたのは、畢竟、地質学の扱うべき問題だったのさ」

 目を白黒させる、少年と老人。

「先だって一高の地理学者に聞いてみたのだが……この辺りはもともと、火山地帯だったそうだな。
 ゆえに、村のところどころに、火山灰が堆積してできた地層がある。
 我々が踏んでいる土砂も、まさに飛んできた灰の成れの果てなのだよ。
 それで、だ。
 この種の地質には、少量の水分でもぬかるみ、泥化しやすいという特徴がある。
 さらに付け加えれば、此処は高台たるも周囲に草むらが多く、湿気が篭り易いようだ。
 そこから先は……言わずとも分かるな?」

 老農夫が小躍りする。

「へえっ! 日暮れ時につるんで、肝試しなんかやっとー悪餓鬼連中は、そりゃビクついて思い違いもするってもんじゃー!」
「でもっ!」

 少年は、なおも食い下がる。

「あんな、ぼっけぇ毛むくじゃらで、でーれー目ん玉ギラギラしとった『バケモノ』なんぞっ! わしゃ、今まで見たことが……」
「てーてーにしとけっ!」

 ついに、老農夫の第二撃が少年を襲った。
 たまらず、少年はその場にうずくまる。

「んなもん……ムジナかイタチでも飛び出して来たにちげぇねーっと、何度も何度も何度も教えてやったろーが……なぁ、先生?」
「うむ。それが正解だろうて」
「……うう……あれが……ただのケモノなんかであるもんかよ……」

 「妖怪博士」を呼び寄せたことで、まさかこんな、抱いていた希望と真逆の結末を迎えてしまうとは。
 屈辱にまみれる少年の声は、いまにも消え入りそうである。
 博士は幾許かの罪悪感に顔をしかめながらも、それでも張りのある声で、言葉を継ぐ。

「聞け、少年。
 我が国家は、今現在とても重要な局面に差し掛かっている。
 私ごとき凡骨の噂とて、こんな山奥に届いているんだ。
 まして、政府の偉い役人たちが、清国を相手に毎日むずかしい交渉を繰り広げていることだって、よく知っているだろう?
 このままでは、恐らく……いや、きっと、近々大陸にて戦に巻き込まれるだろう。
 もしかすると、その先には……虎視眈々と東亜に殖民を進める西洋諸国とも、干戈を交える折があるかもしれない。

 しかし、何者が相手だろうと、戦には勝たねばならん。
 さもなくんば、哀れな亡国として歴史の表舞台より姿を消すのみ。

 戦に勝つには、強く在らねばならん。
 強く在るには、賢くなければならん。
 そう、我々はこれから不断の進歩をもって、過去の因習や、間違ったものの考え方を捨てていかねばならん。
 全ては一日も早く列強諸国に追いつき、追い越すために。
 願わくば君も、哲学的な思考と科学的な智慧を学び、国家運営を輔車する大人材として健やかに育ちたまえ」


 腕を組み、感心ここに極まれりといった面持ちで「うんうん」と頷く老人。

 だが、少年は……

「あうう……うっ……うえっ……」

 嗚咽する。
 ぽた。
 ぽた。
 地が涙を吸う音が、山奥の静かな夕べに、やけに大きく響いて聞こえた。




















「とーちゃーん!」

 転げんばかりの勢いで、幼き日の円了は自宅の三和土(たたき)に駆け込む。

「とーちゃん、とーちゃん、どこだよー! うわーん!」
「騒ぐな。どした」

 奥の間から、見慣れた坊主頭がぬっと姿を現す。
 円了はその懐に顔をうずめると、ひとしきり泣き、それからようやく落ち着きを取り戻して、自分が先ほど出会った恐怖について語り始めた。

「なに、カマイタチ?」
「んだ。すぐそこで、猫ぉ死んでた。頭も腹も、スッパリ切られて、血、いっぱい、出て……」
「そうか。そりゃ、怖かったな」
「猫、しじょろもじょろにされて、かわいそーだ。あんなむげぇことすんの、カマイタチしかいね」

 傷跡の大きさを思い出し、再び小さな体躯に震えが走る。

「怖ぇよう。このあたりに、まだ、カマイタチいるかもしんねれ」
「だいじょぶだ。とーちゃん、いつも言ってっぞ? カマイタチにやられるのは、暦を大事にしねぇ奴だけだ。円坊は良い子だから、痛い目に遇うこともね」
「ほんと?」
「ほんとほんと」
「らろも……」

 円了が恐れるのは、カマイタチだけではない。
 山には天狗が居るし、河には河童が住む。
 遠い島からは鬼が来る。
 その他諸々の妖怪変化が、彼の住む村を包囲し、隙あらば子どもの柔肉を食らおうと手ぐすねを引いていることを、円了は知っている。

「ははっ、円坊は怖がりだな。そんなんだから、寝しょんべんの癖ぇ直らんのよ」

 静かに、赤面する。
 そんな彼の頭を、皺だらけの大きな手が、わしわしと力強く撫でさする。

「よしよし。毎日布団汚されちゃあ、たまんねぇれね。どんなバケモノ来ても大丈夫なぁお守り、こしょてやっか」
「お守り!」

 丸く大きな瞳が、爛々と輝く。
 父は、このあたりでは知らぬ者のいないほど智慧に優れた僧侶だ。
 村の中で起きるどんな厄介ごとも、父のもとに持ち込まれたならば、即時に解決を見る。
 
 特にバケモノ騒ぎを鎮める手腕に関しては、父の右に出る者はいない。
 バケモノが出たという場所に父が立ち、読経するだけで、村人は大いに安心する。
 かくしてその後、同じような怪異は一切封じ込まれてしまい、再発を見なくなるのである。

 そんな、敬愛してやまぬ妖怪退治師が作るお守りなのだ。
 これはもう、身の安全を絶対に保障してくれるに違いない。

「お守りって、どんげな?」
「ん、ソンショーダラニ……だ」

 ソンショーダラニ、と、口の中で小さく繰り返す。
 なんとまあ、その響きからして如何にも霊験あらたかではないか。

「京の都の百鬼夜行も、これをかざせば忽ち消える。これさえあれば、なぁ円坊、お前こと手ぇ出せるバケモノぁいねぇぞ……」



















 がたん。
 何の拍子にか、一等客車が大きく揺れ、博士はセピア色の夢から覚醒した。
 
 だが、どんな夢であったのか、その詳細を博士は覚えていない。

 ふと窓の外に目を配れば、海岸線沿いに赤煉瓦の建物が林立しているのが見える。
 岡山は最早はるか彼方、ここはすでに横浜だ。

(これぞ、過去に囚われぬ人間のみが起こせる奇跡。人に翼の汽車の恩……なんて、よくぞ歌ったものだ)

 帝都と西日本を、たった一週間程度で往復できるようになるとは。
 数十年前には、とうてい考えられなかった高速度である。
 改めて、文明の力の驚異を再確認する。

(しかし……)

 顔を地面におしつけ、泣きじゃくる少年の様が、どうしても瞼の奥から離れない。
 これまでの自分の発言に一点の間違いもなかったことを、博士は確信している。
 しかしながら、いつのまにか腹の奥に出来た大きなしこりが、こうして時々痛むことだけは、どうしようもなかった。


















 調査旅行から帰った翌日の、午後三時。
 ゆっくり体を休める暇もないまま、博士は再びあの女学院に向かっていた。
 数年前までは、いくら連日に渡って講義・講演の予定が入っていても、充実感こそ覚えれ疲労などとは無縁だった。
 それが最近、とみに倦怠で足の歩みが遅れ勝ちになってきたのは、果たして年齢のせいばかりだろうか。


 控えめながらも未だ蝉鳴く、道すがら。
 とある洋菓子店の入口に、


『東洋第一ノ絶好珍味! 宝露糖
       満腔の大喝采と共に販売中』


 そんな派手派手しいポスターの張ってあるのが、ふと目に付いた。

 疲れている肉体には、甘いものが効くという俗説がある。
 科学的に証明された論ではないが、とまれ、舌溶けよろしい甘味に人を喜ばせる作用があることだけは、間違いない。
 女学生たちへのお土産にもなろう、と考えて、博士は一箱を求めることにした。






 講義の間、博士はずっと違和感にさい悩まされていた。
 講壇の後ろから見渡す教室の風景は、いつもと全く変わりない。
 いつも通りの服装に華奢な身を包んだ、いつも通りの顔ぶれが、いつも通りに博士の言葉を謹聴している。
 みどりなす黒髪『だけ』が揺れる室内は、この国の学校としてはごくごく普通の在り様で、そこには何の疑問も生まれ得ないはずだ。

 それでも、博士は、何かを忘れているような気がしてならない。

 結局その日の講義は、平時のような爽やかな弁舌の調子が出ず、先の岡山体験を踏まえて得意の進歩論を語ろうとするも、いまいち論点が定まらず、博士には珍しくも精細を欠いたまま終わってしまった。
 
(どうにも、疲れが溜まっておるなぁ)

 失態の詫び代わりとばかり、買って来た洋菓子の箱を開けて生徒たちにふるまう。
 そして沸き起こる「ありがとうございます」の黄色い歓声を背に、博士は講師控え室へ戻る。
 一杯の冷茶を貰おう、と思っていた。
 新暦においても旧暦においても、季節はすでに秋に突入しているというのに、このしつこい暑さは実に耐え難い。

 がちゃり。
 控え室の扉を開ける。
 部屋の中央には、黒壇製の立派な洋机があり、さらにその上には、水出しの煎り麦茶をなみなみ蓄えた銀製の茶器が博士を待っている……



 はず、だった。



「あら、お帰りなさいまし」

 机の前には、ひとりの少女が座っており、博士に先んじてゆったりとくつろいでいた。
 そして、本来なら講師の労苦を労うためのものとして学院側が用意しておいた麦茶を、花柄の洋茶碗に注いでは飲み、注いでは飲み……

「な……!」

 何者だ、と問おうとした瞬間、洋語で言うところの「デジャブ」が博士に訪れた。
 すなわち「こういうことは、確か前にもあったぞ」という既視感である。
 ついで、それを上書きするように、目の前の少女についての様々な智識が、博士の脳細胞に入り込んでくる。

 純金よりもまばゆい髪。
 純銀よりも怜悧な美貌。
 その名は、確か……

「ラン、とか言ったか」

 また、忘れかけていた。
 我が脳髄の疲弊は、予断を許さない地点まで及んでいるのか。

「お見知りおきいただき、光栄ですわ」
「講義をサボタージュした上、こんなところで一時の憩いを貪るとは良いご身分だな」
「ふふ」

 怒気にあふれた博士の声にたじろぐことなく、ランは緩慢かつ優美な動作をもって立ち上がる。
 むわっ、と芳醇なるパフォームの香が広がり、博士の背骨をふにゃりと曲げる。

 だが、その一瞬後、博士は「いかんいかん」とばかりに激しく首を振り、ランをじっと睨みつけた。
 ついでに、銀茶器の取っ手を持って、軽く振ってみる。
 液体の揺れる音は、全く聞こえない。
 軽くうなだれる。

「前回、もう悪戯は止めると言っておったろうに」
「岡山へのご旅行、如何でしたか?」
「ほう……一応、講義に耳をそばだててはいたようだな。全体、どこに潜んでいたのかは知らんが」
「耳をそばだてる? 潜む? ふふ、ふっふっふ……何をおっしゃってますの?」

 要領を得ない会話。
 天真の笑顔を浮かべたままに、どこか小馬鹿にした口調で喋る小娘。
 室内の蒸し暑さとあいまって、博士の不快感は鰻登りとなる。

「私は己のことを、理知を弁えた帝国紳士だと自負しておる。だがね、その誇りを傷つけられた場合は、例え婦女子が相手だろうと、然るべき手段に訴えることもあるのだよ?」
「先生。今日の私は、貴方の話なんかこれっぽっちも聞いちゃあおりませんでしたわ」
「こんな不良行為、君の親御さんが知ったらどれだけ嘆き悲しむだろうな」
「私はね……ずっと前から、『見ていた』のですよ。先生のすぐ御傍に、佇みながら」
「その姦しい口を閉じたまえ。そして私の話を聞け」
「日本全国津々浦々、妖怪の翳ある所に馳せ参じ、その存在を抹殺して歩く……なんとも、残酷な生業ですわねえ」
「それが、年長の男子に対する口の利き方か。今までいったい、どんな教育を受けてきたんだ」
「私もこの地に生きて久しいですが、貴方ほど立派で、かつ貴方ほど憎悪の情を掻き立ててくれる殿方は他に在りませんわ」
「東洋にその名轟かす、我が帝国の小国民としてあるべき態度ではないぞ。恥ずかしくは、ないのか。」


 ランが、声をあげて笑う。
 これまで数度見せてきたような、どこかにまだ愛嬌を残した表情は、すでに消えた。
 それは、男を魅入り、取り殺そうとする、完全なる妖魔の微笑みであった。


「貴様ぁ!」

 博士の激情が、ついに沸点へと達する。

「ちょっと顔が綺麗だからって、何やっても許されると思うなっ! そこに直れ! この鉄拳もて矯正してやる!」
「あっははははははははははは!」

 ランが、スルリと博士の腕をすりぬけ、ふんぷんたる匂いを残しながら、廊下への扉に駆け寄る。
 博士は当然、それを追おうとする。




 追おうとして……




「んがっ?」

 いきなり足がもつれ、間抜けな声とともに、転ぶ。
 床の上に、爪先をひっかけるものなど皆無である。
 それにも関わらず……博士は、転んだのだ。

「あらあら、お気の毒。大事はございませんこと?」

 厳寒期の月光じみて寒々しい視線が、博士を見下す。

「お、おのれ……ふごっ!」

 博士は立ち上がろうとして……再び派手にひっくり返り、鼻を床に打ち付けた。

 おかしい、と思う。
 何かが変だ。


 そうとも。
 この現象は、何と言うか、実に……
 『不思議』、である。


 そう思った途端、博士は、自分の脛周りに濃黒色の毛玉がまとわりついているのを、視認した。

「はるか岡山から、先生のお靴にくっついたままの長旅。なかなか意気地のある子だと思いませんこと?」

 うっ、と小さく呻いた後、博士は言葉の一切合切を失った。
 足どころか全身から力という力が抜け落ち、立ち上がろうにも身を起こすことができない。
 ただひたすら、惚けたようにランの顔を見上げたまま、身を苛む震えに耐えるしかない。

「おう、開げねがー!」
 
 不意に、しわがれた大声が廊下から聞こえてきた。
 ランが黙って扉を開ければ、すさまじい憤怒の相に顔を歪めた老婆が踊りこんで来る。

「おめぇが? 『お化け博士』とか呼ばっちぇいい気になっとるもんは? いやいや、あやまっちまうない!」

 老婆は、垢と汗で汚れきった着物の袖から、その刃を血に染めた包丁を取り出すと……唇の端を、耳の付け根まで持ち上げて見せた。

(オニババア。奥州安達ヶ原の人喰い……)

 まさか、自分をも喰うつもりか。
 恐怖で奥歯がぶつかり合い、がちがち、嫌な音が口内に響く。
 すると、それに呼応するかのように、強い風がびょうびょうと吹いて、ガラスを激しく叩いた。
 その雑音に驚いて窓の方に視線を転じると、ガラスの表面にはびっしり、大量の目が張り付いていた。

 博士の脳内に蓄えられた妖怪の記録が、また1ページ、開かれる。

(モクモクレン。障子の無い洋館では、このような顕れ方をするのか)

 しげしげと博士を見つめた後、それらはフッと、一斉に瞼を閉じた。
 窓の外では、灰色の雲に覆われた空に、白い布が大量に待っている。
 あれはきっと、薩摩に伝わるイッタンモメンの怪だ。


 ひゃらひゃら。
 げひょげひょ。
 むぎゃむぎゃ。

 気が付けば、到底人間のものとは思えぬ邪悪な嗤い声ばかりが、控え室の中に満ち満ちていた。
 その声の主たちを列挙するなら……

 ヤマワラ。
 ウミザトウ。
 オンモラキ。
 ロクロクビ。
 カミキリ。
 オニビ。
 オショウガメ。
 スナフラシ。
 ベトベトサン。
 モンモンジイ。 

 それから、それから、それから……
 
 嗚呼。
 部屋を囲んでいた壁が脆く崩れ、ほの昏い空間が無限に広がる。
 それにつれて、闇から顕れる者たちの数も次々と増えていく。
 どれも、これも、禍々しい姿かたちをとっていて、しかもその一々を、博士は良く記憶している。
 全部が全部、かつて己自身の眼をもって古い記録の中に発見し、そして己自身の言葉と論理をもって存在を否定した者ばかりだ。


「数百年の刻を経て、新しき都に蘇りたる百鬼夜行」

 いつのまにか姿を消したランの、ただ声だけがどこからか響く。

「この者たちは、皆、先生を追って来たのよ。消滅寸前の体たらくであるところを、最後の力を振り絞って……ここまで、やっと」

 ランの放つ香りが、一段と強くなる。
 それは朝露に濡れる花のようでもあり、暖かい父の胸元のようでもあるという、あやふやながらも実に心惑う匂いだ。

「この者たちは、先生を憎んでおり、同時に愛してもおります。然して、それは先生も同じことではありませんか?」

 相変わらず舌は動かず、声が出ない。
 だから博士は、必死に、頭の中で考える。

 何を馬鹿な。
 こんな不思議など、信じられるものか。
 こいつらは、紛うことなき国家の敵だ。

「何をおっしゃいます。我らと対峙する前に、先生は必ず、心血注いでその生態を調べ上げて来られます。その労力を、我らは賞賛してやまぬものです」

 黙れ黙れふざけるな。
 お前たちと馴れ合うつもりなどない。
 お前たちはこの世に存在するべきモノではない。
 私の研究は、ただ、お前たちを殺すためにこそあるのだ。

「ふふふ……『好き』の反対は『無関心』でしてよ? そろそろ、強がるのはおやめなさいな」 

 違う違う違う。
 自分が妖怪を追う暮らしを続けているのは、全て天下国家の大儀のためであって……

「私、知っておりますのよ? 先生の、その重っ苦しいお洋服の裏側に、一体何が仕舞ってあるのかを」



 心臓が、高鳴る。
 恐怖と苦痛、それと裏腹の期待と愉悦が、博士の脊髄を締め付ける。



「しかめつらしい『哲学の士』の面構えなど、仮そめ。嗚呼偉大なる井上博士、貴方は『妖怪退治』に赴く際、いつも胸元に御手を置いてらっしゃいますよね? それは何故かと言えば、先生はいつも、『今度の怪異こそ、もしかしたら真実本当の怪異かもしれない』という密やかな希望をもっていらっしゃるからです。だから万一の僥倖として、正真正銘の妖怪が襲いかかってきた時に備え……先生は必殺の武器を常時手放すことができない。そうでしょう? そうに違いないのでしょう?」



 完全に心の内を見透かされていたことで、博士の意識は敗北感に支配される。
 だが、それを好ましく思う自分もまた生まれつつあることを、博士は奇妙に冷静な態度で、受け入れつつあった。



「さあ先生! すでに迷う理由など無いはずよ! 先生が長縷に渡って望んできた者たちは、ここに結集しております! 今こそ小賢しき弁理の一切を捨て去り、古来ゆかしき正当なる手続きをもって彼らを退治するのです!」



 言われるまま、博士はフロックコートの前ボタンを外す。
 幼い頃からずっと秘匿し続けてきた、最強の「お守り」を解き放つために。


 妖怪たちが、どよめく。
 彼らは皆、博士に向けて口々に「やめろ」「ちょこざいな」などと悪罵を浴びせかけているものの、その表情はどこか明るい。


 どこからかランが垂れ流している匂いは、もはやむせ返るほどに濃くなっていて、博士はもう、気持ちが良くて気持ちが良くて仕方が無い。
 羽化登仙の思いとは、まさに今の心境を言うのだろう。
 ……あれほど父に憧れていたはずなのに、いつのまにか全く正反対の道を進んでいた自分が、やっと、本来の姿に「成る」ことができるのだ。


「我らの絆を、今後も永続させるために! 我らの正体を消し去り、そして人の心中にて再び生じさせるために! さあさあ! いざいざ! お見せなさい!」

 言われずとも、忘れまい。

「お見せになってしまいなさい! 貴方だけの尊勝陀羅尼をっ!」

 そして博士は、内ポケットめがけて、勢い良く指を突っ込んだ。





(あ……?)




 まず最初に感じたのは、べっとりとまとわりつく粘着感。
 慌てて指を引き抜けば、その腹は茶色に汚れており、しかも甘ったるいアルコール臭が鼻をつく。

 博士は思い出す。

 そうだ、ここには……さっき、女学生に与えた洋菓子の余りを一粒、入れておいたのだった。
 折からの暑気と、博士自身の体温で溶け切ったそれには、「宝露糖」という洒落た和名が付けられている。
 が、本来の名を言うなら「リキュールボンボン」だ。

 舶来の酒を、斬新な技術をもって、珍しい糖の衣で包んだ高級菓子……
 これぞ「開化」精神の結晶とも言える、甘味の親玉……


 改めて、ポケットから本来の目的を取り出す。
 それは、小さな麻袋だった。
 その中には、父の遺した経文が、幼児期に味わった幸福な戦慄と共に、幾重にも折りたたんで封印されている。

 博士は、菓子の焦茶色が染み付いてしまったそれを、ついぞ口を開けることなく静かに床の上に置き……


 指を、ひと舐めする。
 美味なる糖分が、体内で熱きカロリーと変じて燃え立つ。
 そして、停滞寸前の淵にあった明晰なる頭脳が、大いなる推力を得て急回転を始める。






(歳月流るれば、どんな子どもだって大人に育つ)

(もうすぐ、第廿番目の世紀が明ける)

(自分は、こういう大人になった。それはもう、変えられない事実だ)

(そして。この国も、とうとう成人の時を迎えてしまったのだ)











 博士は背筋を伸ばして立ち上がると、今にも泣きそうな声で、叫んだ。
 いわく、

「分かったぞ! 全ては幻影に過ぎん!」

 と。


「まったく、つまらん手妻だ……この程度のタネ、わしが見破れぬとでも思ったか! 世には人の精神をもてあそび、健全なる大丈夫をも一時的に狂わせる化学薬品があると聞く! 嗚呼そうだそうだそうだとも、こないだ読んだ神経学の論文にも、そういう話が載っておった!」


 あれほど猛っていた妖怪たちが、一斉に溜め息を吐く。


「貴様が先ほどから得意げに漂わせている、下品な香水! ずばり、それに麻薬の成分が含まれているのだろう! それこそ最も合理的な説明だ! それ以外の要因は考えられん! どうだ見事に見切ってやったぞ! この慮外者のアバズレめ、一体どこでそんな危ない玩具を手に入れた! 如何な目的があろうが、貴様のやってることは犯罪だぞ! それが分からぬとほざくなら、今すぐ駐在を呼んで、そのまま……」
「何事ですかっ!」


 博士はそこで、おびただしく己を取り囲んでいたはずの『妖怪』たちが、全て霧のように消え去っていることに気付いた。
 金切り声と共に息せき切って登場したのは、よくよく見知った生身の人間……すなわち、この学院の長である。
 そして今、博士が立っている空間は、ごくごく平凡な八畳程度の洋室に過ぎない。


「如何なさいました博士、何をそんなに怒鳴っておいでなのです?」
「畜生め……洋酒の香りが気付けとならなければ、危うく誑かされていたところでしたわい」
「え? え?」

 状況を解せぬ院長は、だらしなく洋装を着崩し、滝のような汗を床に落とし続ける博士の狂態を見て、ただ怪訝に眉を歪ませるだけだ。

「一体どこに逃げやがったのか……なあ院長、あいつの行方に思い当たりはないか?」
「あいつ……とは?」
「まさか知らぬとは言わせませんぞ。あれだけの問題児だ、ランについては貴方もさぞや頭を痛めてらっしゃることでしょうよ」
「ラン?」
「そうとも、ランだ。苗字までは知らんがね」
「ちょちょちょ、ちょいとお待ち下さい」

 ますます慌てふためきながら、院長は告げる。

「ラン、ですって? そんな名前の学生は、当院に存在した試しが……」

 それを聞くや否や、博士は眩暈に倒れそうになる。


 なんてこった。
 どうも、自分は……
 深く深く、ツカレテいる、らしい……
 















 ひぐらしが弱々しく鳴動する、晩夏の並木道。
 巣鴨癲狂院の正門めがけて真っ直ぐ伸びているその道を、井上博士はよろめきながら歩いていた。
 いつもなら、他の誰かしらを患者として紹介する立場だが……
 今回、医者に相談するのは、他ならぬ自分自身の健康である。

 今年の残暑は、例年より厳しい。
 それに耐える博士が、上着として身に付けているのは、薄手の白シャツ一枚のみ。
 もう、暑苦しいフロックコートを羽織ってはいない。
 その必要を、博士は捨てることにしたのだ。



 ふらふらとおぼつかない博士の足取りを、路傍の茂みから窺う一匹の獣がある。

(我ながら、老いたものね)

 牝の狐だった。

(百般の幻術を極め、白面金剛の威名もて三国に妖異なしたこの私が。今や、文弱の学者ひとり満足に化かすことすら叶わぬ)

 ただの狐ではない。
 尻尾が九本あり、しかも、そのどれもが見事な金色の毛並みに輝いている。

(せいぜい、神経衰弱に苦しませるのが関の山か。でも、この程度の『タタリ』なんて……どうせすぐに破られてしまうのでしょうね。近代医学とやらの業で)

 癲狂院に辿り着いた博士は、辺りをキョロキョロ見渡し、人影がないことを確認してから、静かにその中へ姿を消した。

(大結界の完成が、近い。紫様の采配とあらば、私は従うだけだ。しかし……)

 博士の疲れ切った表情を見届けて、狐はほんの僅かに目を細める。

(私にも誇りがある。最低限の意趣返しだけは、しておきたかったのよ)

 ふと妖しい気配を感じ、狐は振り返る。
 すると、ちょうど狐の肩ぐらいの幅に、空間が黒く裂けているのが見えた。
 さらに、その中からは女の細い腕が飛び出していて、「おいでおいで」と言わんばかりに手招きを繰り返している。
 その腕に向かって、狐は深々と頭を垂れる。
 
(我侭をお聞き入れ下さり、有難うございました。良い休暇でありました)

 狐はもう一度だけ、清潔な印象を与える白亜の病院を見やると、

「さあて親愛なる妖怪博士! 本朝最後にして紛うことなく正味のキツネツキ、存分に愉しむがいいぞ!」

 はっきりとした人間の言葉をもってそれだけ呟き、スキマの中へ消えて行った。
 次いでそのスキマも、やがて音もなく失せ……


 日本という国を脅かす怪異は、これにて全てが潰えた。












 









 



 その博物館は、正直言って、かなり寂れていた。
 一応は大学のキャンパス内だというのに、ここに寄り付く学生なんて、もはや私たちみたいな外部の物好きしか存在しないのだ。
 小ぢんまりした建物の老朽化は目に見てて激しく、今のご時勢、こういう施設がいかに世間から必要とされていないか、ありありと思い知らされる。

 それでも。

「ほら見て見て! 江戸時代の幽霊絵だって! 凄い!」
「へえ、そんな代物が、まだ残っていたなんてねえ」

 収蔵品については、蓮子が前もって宣告していた通り、確かに今となっては貴重で見応えのあるものばかりだった。
 維新期という、日本人の在り方が急激に変化した時代。
 その流れの真っ只中に生きながら、これだけの熱意を持って「古き良き怪異」の遺物をコレクションし続けたイノウエ氏というのは、いったいどんな人だったんだろう。

 蓮子の説明によれば、この世に起こる現象の全てを科学で説明しようと目論見、生涯通じて頑固に頑張り続けた人らしいけど……
 この展示室の中に居ると、どうも単なる石頭ではなかったように思えてくる。
 むしろ、もし今の時代に生きていたなら、割かし私たちともウマが合ったんじゃないかという気がしてならない。


 狭いけど眩しい展示室の中でも、とりわけ私の興味を惹いたのは一幅の文字盤だ。
 ひらがな五十音と、鳥居の模様とが描かれているそれには、微量の……ほんとによく目を凝らさなければ見えないほど僅かだけど、確かに「裂け目」の跡がこびりついているのだ。
 今はもう完全に閉じきっている「裂け目」だけど、私にはなんとなく、これがかつて本物のマジナイモノであったことが分かる。

「ねえ、これ……何かしら?」
「ん? どれどれ」

 蓮子が、ガラスケース前の解説パネルを読む。


 その名を呼んで、コックリサン。
 狐など動物の霊を呼びつけ、一緒に遊ぶためのおまじない……らしい。


「ふーん、面白そうね」
「そう?」

 いかにも胡散臭いものを見る目つきで、蓮子は首をかしげる。
 ああもう。
 いつもいつも「不思議が欲しい、不思議に逢いたい」とやかましく喚いている癖に、ここぞ!と言う時にカンの鈍る奴である。

「まあ、そう言わずに……どうよ? 宿に着いたら一発、私たちもチャレンジしてみようじゃないの」
「えー、やだよ。そんな子どもっぽい真似ぇ」
「ふん!」

 私は不満を鼻息に変え、蓮子に吹きかけてやった。

「別にいいじゃん! だいたい、この国はちょっと大人になりすぎちゃってるのよ」

 そして私は、悪戯っぽく、むふふ、と笑う。
 そうなれば蓮子も、いつも通りに、にひひ、と応える他はない。
 
「こんな、灰色にアダルティーな社会なんだもの。たまには童心に返って……うんと子どもっぽい遊びに興じてみるのも、楽しいんじゃない?」


 反論は、なかった。




(了)
藍ちゃんは永遠の少女なので、いわゆる「馬車道コスプレ」だって似合うはず。


冒頭でも述べましたが、方言とか歴史の記述とかについては、あんまり突っ込まないでやっていただきたく……



(追記)
ただ今、あれこれ文章を手直し中。
数々の好意あふれるコメント、非才の身に染み渡ります。
趣味性の高い話にも関わらず最後まで読んで下さった皆様と、かつて日本の転換期を真摯に生きた一人の碩学に、心からの感謝を!
すこぶる
http://sukoburutuki.hp.infoseek.co.jp/index.html
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コメント



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2.100名前が無い程度の能力削除
円了先生は明治一の大ツンデレなんだよッ!

そんな演説を打っては友人に引かれてる私がきましたよっと。
井上円了いいですよね。妖怪が大好きすぎて散々に屁理屈こねた挙句、
「真怪」とか言い出してやっぱりごめんなさいしちゃうとことかw

しかし、彼なりの憂国の志から作中で描かれている様な道を進んだわけだけど、
やっぱり悲しいですねぇ。大好きな国を憂うがために、大好きな文化を壊してしまった。
本当はそんな事したくなったでしょうに……また哲学堂公園行ってくるか。

欲を言えば、同時代の某日本の面影が好きすぎて日本人になった元アイルランドの詩人が
モデルらしいメリーは、妖怪博士の業に何を思うか、もう少し詳しく聞きたかったかな。
でも素晴らしかったです。これからも期待しております。
4.100名前が無い程度の能力削除
5.100ねじ巻き式ウーパールーパー削除
井上円了×東方……先を越されたのぜ……。

迷信の打破とそれによる大衆の啓蒙を目指した彼の活動は、ともすれば東方の世界観と相反するものなのかもしれません。
それは科学という灯火によって、不可思議を論理で説明できる存在へと変える。幻想を、幻想でなくす。そういう行為であったからです。
しかし、彼の並々ならぬ活動への情熱は、幻想への憎悪から生まれたものではなく、むしろ大好きだったからだと思うのです。
妖怪の時代との決別を自らの手で行う事には、きっと心苦しいところもあったのではないかと、勝手に想像しています。

おもしろいお話でした。ノスタルジックな筆致大変おいしゅうございました。
11.100名前が無い程度の能力削除
素晴らしい
15.100名前が無い程度の能力削除
作中に漂う明治臭が何とも良い雰囲気でした。
彼も迷信を打破する一方で、本物に出会うことを望んでいたのかもしれませんね。

なぜかコロッケーを食べたくなりましたよ。
16.100名前が無い程度の能力削除
まず、誤字と思われる箇所の報告

>空間が避けている
「裂けている」かな?

恥ずかしながら「井上円了? なにそれ?」状態だったのでググってみましたが、とても面白い人だったみたいですね。
そんな人物の言動と東方の世界観をうまく噛み合わせた力作だと思います。
18.100名前が無い程度の能力削除
久しぶりにガツガツと読みました
いや、えがった、おいしかったといった感じです
最後幻想に打ち勝つ博士のシーンの物悲しさが一番キュンときました
21.100名前が無い程度の能力削除
まさしくツンデレ。
懐にウィスキーボンボンがなかったらどうなっていたのだろうか?
22.100名前が無い程度の能力削除
明治になって、日本は幸福も不幸も同時に手に入れてしまったのですね…
ちょっぴり物悲しい読後感が残るけど、素敵なお話でした。
25.100名前が無い程度の能力削除
円了先生のツンデレぶりに泣きそうになった。
最後の対決シーンではかなり熱くさせられたがゆえに、結末には寂しさを覚えました。
お見事です。
27.100名前が無い程度の能力削除
このすさまじいほど引き込まれる文章、すごいです
一気に読んでしまいました
28.100名前が無い程度の能力削除
ノスタルジック万歳!
29.100名前が無い程度の能力削除
女学生スタイルの藍とは狂気の沙汰だ
32.70Manchot削除
 井上円了とは中々面白い人間に焦点を当てて描かれてますね。
 円了氏もきちんとしたキャラクターを持っていて、碩学が碩学として生きる姿を思い起こすことができますし。
 妖怪へ常に思いを寄せながらも、日本の文明開化の為に妖怪を退治してゆく円了氏は、漱石をして"開化の上皮を滑って行くしかない"と言わしめた近代日本の悲劇を体現しているのかもしれない。
 そして、滑って行く円了を、藍との交流を通して極めて巧みに描いていると思いました。ストーリーが非常にまとまっていて、真っ直ぐでした。

 ただ、少し気になったのが、これに東方を絡める理由、というところ。
 「東方ssである必要がない」というのはしばしばコメントされる言葉であり、最大の侮辱とも成りうる言葉でもあります。そのことを承知で申すならば、やはりこれはちょっと東方的な部分が薄かったかな、と思います。
 このssで主眼が置かれたのは円了の妖怪観であり、彼が妖怪退治をすることに対する葛藤です。さらに言えば、明治の科学主義の浸透であるでしょう。そしてこれを描くのに東方が必要かと言えば、それは否ではないでしょうか。藍との関わりや、秘封組のやりとりも、いわばそれの装飾部分であって本筋とは少し離れている。
 円了が妖怪に取り囲まれる場面にしても、東方とは余り関係の無い妖怪ばかりでしたし。

 そう言う意味で、もう少し藍の心情や行動が描かれ、物語の本筋――則ち、科学主義の浸透に対する東方的解釈が穿たれていたとしたら、良かったように思います。やはり東方ssとしては、東方キャラが主人公であったり、東方的世界観が主題であるべきかな、と私は考えているので。
 もっとも、この「東方ss」に対する解釈は私個人のもの。他人に強制すべきものではないですし、ただこのような考えかたもある、ということだけをお伝えします。

 以上の理由から、評価としては余り高い物ではないのですが、物語としての完成度は非常に高いと思います。性格柄、マイナス面ばかりをあげつらってしまってますが、良い作品であることは間違いありません。私の指摘も屋上屋の嫌いがあります。

 ともあれ力作を読ませていただき、ありがとうございました。
38.100がらく削除
おもしろす
39.100図書屋he-suke削除
コレは視点がいいなあ・・・
こういった作品はもっと増えるべき
41.100名前が無い程度の能力削除
円了meets東方、堪能しました!!
創想話で井上円了が題材の物は、
これが初めてではないでしょうか。
題材の斬新さ、文章、凄くよかったです。
45.100名前が無い程度の能力削除
すごく面白かったです。
47.100名前が無い程度の能力削除
これこそが真の妖怪退治。
東方の世界観を考慮するとこういう文章も書けるのですね。
55.100名前が無い程度の能力削除
素晴らしい。本当に素晴らしい
円了の感じた寂しさがひしひしと伝わってくるようで、最後まで目が話せませんでした。
くそ、ちょっと泣いた
56.100名前が無い程度の能力削除
不可思議に面白い話ですね
グイグイ引き込まれる文章でした
円了は犠牲になったのだ……
61.100名前が無い程度の能力削除
凄く良いキャラ
エンリョー先生の話をもっと読みたいぐらいです
明治の時代口調がツボでした