※注意書き
貴方には、まず楽しむという権利が与えられている。それをどれほど自分の為に、またどのように生かすかは貴方次第なのだ。
常識と友情の他は無理に付き合う道理は無い。価値無しと思ったならば、喜び勇んで退散すべし。
なお、この作品の前は 彼女の黄昏とプラスチックダイアローグ【Ⅳ】であるので、初見の方は注意されたし。
彼女の黄昏とプラスチックダイアローグ【子供の情景】
――――――――それでは、君が幻想になる前に、一つ昔話をしてあげよう
【アリスに捧ぐ詩】
別の日、夏の日差し輝く頃
始まりし物語
ボートを漕ぐリズムに
あわせた簡単なチャイム
そのこだまがいまも記憶中に生きる
ねたむ月日が「忘れよ」と言おうとも
【眠りに入る子供】
とっても素敵なドレスをあげる
それは誕生日の七日前
優しい優しい父親は、一人娘に言いました
とっても素敵なお歌をあげる
それは誕生日の六日前
声が自慢の父親は、笑って娘に言いました
とっても素敵なお靴をあげる
それは誕生日の五日前
貧しい貧しい父親は、それでも娘に言いました
とっても素敵なリボンをあげる
それは誕生日の四日前
やつれた顔の父親は、白い娘に言いました
とっても素敵なご本をあげる
それは誕生日の一日前
ようやく笑った父親は、可愛い娘に言いました
すべてがキミに似合うから
きっととても似合うから
【見知らぬ国と人々】
[ギムレットが似合い過ぎる男]
確かにあんたの言うとおり、船の中で二人組の親子に会ったよ。とても仲が良さそうだった。ロンドンに向かってるんだってさ。クリスタル・パレスを見に行くと娘さんが自慢そうに言ってたよ。可愛かったな。まだ小さいんだ。ロンドンをランタンと言っていたよ。俺の聞き間違いじゃなければだけど(もちろん、聞き間違いに決まってる)。ウチの奴の小さい頃を思い出すね。あのぐらいの子どもは誰でも天使みたいだから。なのに今ときたら――――――いや、失礼話がそれた。え?その子が他に言っていたこと?さてね、そんなに長くは話していないからな。あの子、煙が嫌いみたいだったから。うん、吸っていたよ。体に悪い?放っておいてくれよ。これが楽しみで生きてるんだ。あんたも嫌いだって?知らんよそんなこと。ええとそれで、そうそうあの子のことだった。うーん、あんま覚えてないなぁ。ああそうだ、マダム・タッソーの人形を拝みに行くとも言っていたかな。言ったのは親父の方だけど。あとは本当に知らないよ。そこで葉巻が切れたんだ。本当にそれ以外は覚えていないったら。
あ、どうしてあんたがそれを飲むんだ。俺が注文したやつなのに!
――――――――ぼくたちが蝋人形だと思うんなら、見物料を払いなさいよ。蝋人形は無料で見るもんじゃない、如何様にも!
――――――――対照的に、ぼくたちが生きてると思うんなら、なんとか言いなさいよ
マダム・タッソーことマリー・タッソーが亡くなったのは、彼ら親子がロンドンを訪れるより数年前のことだった。人形師である父親は彼女のことを雲の上の存在か何かと思っていたようだが、私に言わせれば彼の技術だってなかなかのものだった。ただ、彼女の人形はほとんどが動かない鑑賞用(あれを部屋に飾るのは遠慮したいがね)だったのに対して、彼のは小さな舞台を駆けめぐるマリオネットだったんだ。当然、精巧性よりも機動性を重要視していた。だいたい、あんまりリアルな人形が動いたら、不気味で子どもは泣いてしまうのではないかね。それにしても彼女がエキスポを見ずに亡くなったのは惜しかった。あの頃は、また一つ時代が大きく変わるのを、あるいは終わっていくのを肌で感じずにいられなかったよ。私も歳をとるはずだ。充分若く見える?当たり前だとも。私は気分も見た目も君の半分程度のつもりだ。嗚呼まったく、誰もが私を置いて逝ってしまう。マダムは人間にしておくには惜しい女性だったよ。本人はそう思っていないようだったが。なにしろ私は、あの人に若返りの話を三度は持ちかけたんだからね。
もっとも、もしも彼が彼女と会うようなことがあったら大変だったろうな。あれが同じ空気を吸えないとか言って息を止め出しても私は驚かないよ。あの酒場で聞いた男の話からすれば、彼ら親子はマダム・タッソー館にも行ったらしい。彼女自信を象った人形に、彼が跪かなかったどうか心配だよ。あるいは緊張で卒倒したか。隣には娘さんもいるのに。いや、今となっては彼の事を冗談にはすまい。小さい頃から知る友人とはいえ敬意を払わねばね。死者にはその権利がある。
【Pussycat, pussycat】
Pussy cat, pussy cat, where have you been?
(猫ちゃん、猫ちゃん、どこいってたの?)
I've been to London to look at the queen.
(ロンドンまで、女王さまにお会いしに)
【不思議なお話】
[屋根裏部屋を貸し与える女主人とその息子]
ダメダメ!あの子は今本を読んでいるんだ。外に行くのはまた今度だよ。どこにいるのかって?もちろん父親の膝の上だよ。そうとも!昨夜は旦那さんのお帰りだったんだ。だから邪魔するもんじゃないよ。だいたい、今日は雨が降っているじゃないか。大したことがない小雨だろうとなんだろうと雨は雨。いいかい、あんたとわたしはいつでも遊べるかもしれない。だけどあの親子はそうじゃない。旦那さんの足音を聞きつけた時のあの子の顔ときたら!まったく、一日がもう少し長ければね!だけども結局は同じ事かもしれないねぇ。とにかく、今日はこの階段を上っちゃいけないよ。やれやれ、これで一安心。それにしても、あんまり久しぶりなんで、あの子が甘え方を忘れてなきゃいいけどさ。
ぼくの話をききたいの?アンタ、だれ?この家に何か用?あの人の友だち?へぇ、ずいぶんと歳が離れてるんだ。まあ、どうでもいいけどさ。なんだかエラそうだなぁ。ぼくとたいしてちがわないのに、大人みたいに話さないでよ。調子狂うんだ。母さんのオ客サマみたいでさ。ぼく、アイツらのこの好きじゃないんだ。だってアイツら、このアパートメントに住むヤツはみんなゴミかなにかだと思ってるんだ。本当さ、前にそう言っていたのを聞いたんだ。なんでもアイツらの飼っている犬や鳥の方が、ぼくらよりずっと上等なものを食べてるって話だよ。見たわけじゃないけどさ。………なんの話だったっけ?ああ、うん。フィー(あの子のことらしい)でしょ?わかってる。いい子だよ。女の子にしては、って意味だけど。母さんはぼくよりあの子のことが好きなのさ。――冗談だよ、わかるだろ。アンタ、友だちいなさそうだな。いる?ホントかなぁ。まぁ、どうでもいいけどさ。少なくともフィーの方がアンタより聞き上手だよ。それが他の女子よりマシなところさ。アイツらうるさいじゃん?そうでもない?やっぱ変なヤツだな。まあ、どうでもいいけどさ。とにかく、ぼくがどんな話をしても、あの子は一度だってバカにしないのさ。ほら、良い子だろう?カンタンって言うけどさ、これが出来ないヤツが多すぎる気がするけど。(中略)昨日?うん。本を読んであげようとしたんだ。そうしてあげなさいって母さんがうるさかったから。だけどさ、読めなかったんだよ。……ちがうったら、そうじゃない。絵本だよ。わるかったな、バカでさ。だって仕方がないだろう?ぼくの国の人はルーマニア語なんて知らないものだよ。まぁ、どうでもいけどさ。
――――――――ノックしたって無駄だよ
――――――――理由は2つある。1つは、ぼくが君と同じこっち側にいるから。
もう1つは、お屋敷の中が大変な騒ぎになっていて、君のノックなんか聞こえやしないからさ
張り出し窓に額を付けて、あの子はよく表通りを見ていたものだ。大抵小脇に絵本を抱えて、少女はそうして父親の帰りを待っていたのだ。よく、と言っても、私はその話を彼らと同じ屋根の下に住む家族からそう教えて貰っただけで、自分の目で確かめたわけではないのだが。しかい実際の所、それは正しいかったんだろうね。あの子の部屋には七冊の絵本の他は何一つとして幼い好奇心を満たす物は無かったし、その父親の部屋には十何体の人形がいたが、いずれも大切な商売道具。子供の触れてよい物じゃなかった。彼女はその言いつけをよく守った。これは私が直接人形達に聞いたのだから間違いない。おや?疑わしい顔になったな。近頃の魔術師はなっていない。大師匠の言うことは素直に聞くものだ。いいかい?愛情に饑えた子供とは二種類いる。親の気を引こうと我が儘に振る舞う子と、好かれようと奴隷のように従う子だ。あの子はどちらかというと後者で、その父親は指以外はまるで器用な男じゃなかったんだ。
【鬼ごっこ】
[上司に掛け合う新聞屋]
特ダネだ!これまったくすごい事件だよ!明日のロンドンは大騒ぎ。クリスタル・パレスの写真も明日ばかりはどこにも載らないだろうなぁ!とにかくたくさん死んだんだ。少なくとも二十人はね。違う違うテロじゃないですったら。もちろん火事でもストでもないさ。みんな部屋の中で仲良く殺されたんです。一部屋で二十!もちろん部屋は無事。誰にかって?俺が知りたいですよ、あんな死に方。そりゃ、一人一人の死に方は普通ですとも。ほとんどが刺殺って話だけど、凶器は見つかってない。だけど刺殺?!あれはそんなじゃなかった。俺は見たんだ。ありゃあ人間の仕業じゃありませんぜ。何か巨大なものがあばれでもしなきゃ、天井まで血だらけになんてなりゃしません。それに、あの部屋!変な文字やら道具やらがいっぱいで………。まったく、死んだ連中はあそこで何をやっていたのやら。
――――――――息子よ、ジャバーウォックに用心せい!
――――――――噛みつく顎に、つかむ爪!
――――――――呪侮呪撫(ジュブジュブ)鳥にも警戒を、して
――――――――おそかなき犯駄酢那智(ばんだすなっち)をも避けよ!
彼らが英国で仮の住み処を得て暫くしたあと、私は彼らを追いかけたんだ。一つ忠告したいことがあってね。もちろんエキスポを見るついでだったわけだが。どの辺りにいたのかは彼の手紙で知っていた。暫くは滞在するつもりとのことで、そんなに急いで訪ねる気はなかったんだ。仏蘭西で彼ら親子に会ったという男と話したこともあって、会いたいほどに懐かしさを覚えるには、まだまだ時間があった。どうして会ったとわかったかって?私の弟子は君に何を教えたんだろう。そんなの、視ればわかることじゃないか。嗚呼それにしても。私はあの時そうするべきじゃなかった。あの酒場を出てから行く場所は、家じゃなくて船着き場であるべきだったんだ。
【おねだり】
[書店で働く青年]
はいはい、それ全部で500ぴったしです。え?こちらの本もですか。いや、参りましたね。それは売れないんです。刷り間違えがあったとかで、明後日にも印刷所の方に送り返すことになっていて。駄目です駄目です。こんなものを売りつけたって知られたらオレ、首になっちゃいますよ。厳しい人なんです、ここの親父は。――――え、娘さん?そうですか、こっち来たばかりで。なるほど、英語のお勉強ってわけですか。うーん、でもなぁ。………よーし、こうしましょう。貴方、この前広場にいた人形師でしょう? ってことは、そのトランクには今人形がいる。どうです?今からうちの店先で、一つ人形芝居、なんてのは。貴方のは喋らない劇でしょう?本はうるさく客を呼び込むもんじゃないが、貴方のは曲が流れるだけだ。仕事の邪魔にならないし、人は呼べる。もしやってくれるってんなら、そのお礼にこの本を差し上げます。どうですか?名案だと思うんですけどね。
――――――――葡萄酒をどうぞ
――――――――ぶどう酒なんて、見えないけど
――――――――葡萄酒なんてないさ
――――――――ありもしないものをすすめるなんて、ずいぶん失礼じゃない
――――――――招かれてもないのに席に着くのも失礼じゃないか
彼は私を理解していなかったが、それも仕方のないことなのかも知れない。特にあの時のロンドンでは、私のような存在は時代遅れだったろうね。それでも、まだ私の錬金術は、あの親子を再び笑わせる手伝いぐらいはできたはずなんだ。ああそうとも。それぐらいわけなかった。感傷的だって?それはそうさ。これであの一族は完全に滅びたんだ。彼ら親子が最後の血統だった。なんのだって?最初に言ったじゃないか。あの家名に聞き覚えの一つはあるだろう? そう、その一族だよ。驚かさないでくれ、また一つ年寄りに近づいた気になったじゃないか。そうはいっても、あの親子そのものは至って普通の人間だったがね。―――やれやれ、こうやって私も君も、人々の記憶から忘れられていくんだろうね。
【十分に幸せ】
[夢想少女]
少女は極めて幸福だった。無口な父の優しさを、十二分に知っていたから。時々寂しいこともあったけれど、そんな時は絵本を取り出し、繰り返し繰り返し頁を捲る。あるいは本を閉じて部屋の暗がりを見る。そこに、と少女は夢想する。なにか自分以外がいるとしたら、と。それは得たいの知れないオソロシイ怪物かも知れないし、少女と遊びたいと思っている妖精かも知れない。想像は暗がりに留まらず、部屋一杯が少女によって、ホントウの姿を顕わにしていく。例えば少女は自分の座るベットを船に見立て、床を海と呼んだ。海には危険な生き物が沢山いた。けれど、月の綺麗な神秘的な晩には、少女の孤独を慰めに、美しい人魚達がやってくる。例えば毎朝父と食事を摂る机と椅子は、海底に沈んだ遺跡だった。衣装ケースには財宝が隠れており、手すりに掘られたライオンは少女の友であった。時には鏡に向かい、映し出される自分の姿に何時間も世間話をする。絵本を読み聞かせてあげたこともあった。少女が笑うと、それに答えるように鏡の中の少女もくすくすと笑うのだった。
少女の身の回りは、物語にあふれていた。
【重大な出来事 】
[引き籠もりがちな老紳士]
――――――――最近あの子供を見かけない
老人は少しだけ開けていたカーテンを閉め、椅子に深く座り直した。パイプを加え、緩慢な動きで火を探す。かかり付けの医者がみたら顔を青くするだろうが、かまうものかという心境だった。この老体で、あと何年も生きる気などさらさら無い。
――――――――では、義娘が言っていた話は本当なのだろうか
浮かんでくる煙を目で追って、老人は先日聞いた事故のことを思い出す。確かに、ここいらで来たばかりの異国の子供と言えば、あの少女以外は当て嵌ることはないように思われた。だからといって、しかしそんな馬鹿な、と大きく息を吐く。
――――――――あの父親は、その後も毎朝仕事に出かけているではないか!
事故の規模を聞けば、少女が無事であるはずがない。だというのに、果たしてその親が、いつもと変わりなく仕事に精など出せるだろうか?いいや、あるはずあるまい。少なくとも、と老紳士は誰に言うまでもなく断じた。ワシにはそのようなことは出来ない。そんな奴は人間ではない。鼻息荒く息巻いた拍子に、煙を悪いところに吸い込んでしまったらしい。ごほごと憐れっぽく咽せて、視界がうっすらと滲んだ。そう珍しいことではない。歳をとったと思う瞬間だ。痰を吐き出そうとボウルを探していると、咳を聞きつけた義娘が、足音を立ててやってきて扉を開けた。そうして部屋中に広がる紫煙に目付きを鋭くさせると、心配と怒りの混じった剣呑な視線を義父へと向けた。決まり悪そうに老人はあさっての方向へと顔を向ける。溜息を吐きながら、義娘はボウルを差し出した。
「何度も言ったと思うけど、お義父さん」
「何度も言われた気もするね」
「これ以上心配事を増やさないでほしいの。ただでさえ、最近は困り事が多いんだから。こうして家の中で椅子に座って、世を倦厭している分にはなんも変わりなくお思いかもしれませんけど」
「お前の言う困り事というのは、例の夜中に徘徊する集まりのことかね。もちろんあの集団なら知っているとも。人が眠りの淵に立っていると、こつこつと忙しなく靴をならして邪魔する忌々しい連中だ。まったく、昨今の若い者は」
「若いかどうかなんて、見てもいないんじゃわからないじゃありませんか」
「足音でわかるとも」
本当かしら。義娘は肩を竦め、義父の言葉を流す。またすぐ使えるようにと、震える老人の手からボウルを取り上げ、近くの机に置いた。と、横のチェストの上に、なにかあることに気づいた。近づき手に取ってみると、それは萎びた花冠だった。この部屋には全くそぐわない代物。
「なんです、これ」
「勝手に触るんじゃない。……なんだってよかろう」
「そうですか。じゃ、ここに置いておきます。この方が、例えロンドン橋が落っこちたってそう簡単には転げ落ちませんし、すぐに手に取れます」
「ふん」
したり顔で娘が言うと、その父親は鼻を鳴らした。
【暖炉のそばで】
[雨上がりを待つ少女]
火の入らない暖炉のそばで、少女は一人座ってる。寒いこの日はシーツを被り、雨の音を数えている。ボーンボンと時計が鳴って、少女に時間を教えると、ぱっと夢が散っていく。少女は立って伸びをした。窓辺によって外を見るてると、不意に誰かが扉を叩いた。びくりと小さな肩が震える。父親でないことは、外を見ていたから知っている。それに、こんな早くに帰ってくるはずもない。
どんどん
再び扉が鳴った。少女はしばし考えて、やがて音の鳴る方へと歩いていった。
【木馬の騎士】
「五体満足な少女」
一つのショーウィンドウ前で少女は立ち止まった。彼女の目線の先には、木馬に跨る騎士がいた。リアルなものではない。騎士ではあるが勇ましくもない。愛嬌のあるまんまる黒目と目があって、少女はにっこりと微笑んだ。パパに似ているわ。唇がそう動いたが、英国生まれの騎士には少女の言葉はわからなかった。
少女のすぐ後には、黒い大きな影が迫っていた。
【むきになって】
[茶を振る舞うクラウン]
休んだ方がいいよ。アンタ、もうずっと働きづめじゃないか。もちろん、その人形は良い出来だよ。知っているさ。だから何か食べるんだ。そりゃ、アンタの娘さんだって大変だけど、でも、アンタがいなくなったら誰があの子の面倒を見るんだ。そうだよ、そうさ。だから少し休もう。そうしたら、少しは事態が好転するよ。アンタの人形は良い出来だ。きっと良い値がつくよ。オレが保証する。お茶は飲むかい?とにかく体を温めなくっちゃ。冷えた体は声が出なくなるからね。アンタの芸は喋らないけど、娘さんには言うこともたくさんあるんだから。さあ、あともう一杯飲むんだ。この国ではそこが肝心だよ。そうだよ、そうさ、そうなんだ。アンタがどこの国から来たか知らないけどさ、まずは祈って信じてなよ。ほら、お客さんがやって来るぞ。なんだか身なりもいいじゃないか。
【怖がらせ】
―――――――― Who killed Cock Robin?
[ぼやく主婦]
嫌になるねぇ。今月でもう3回目だよ。不気味だねぇ。気持ち悪いねぇ。勘弁して欲しいね。何の話かって?嫌だね、だからこの前も言ったじゃないか。死骸さ、死骸。今日は猫が二匹。この前はカラスが五羽。それもワタリガラスだなんて。まったくねぇ。カラスだよ?おまけに猫!ああなんだか不気味だねぇ。きっとよくないことが起きるよ。間違いなし。アタシの勘はよくあたるんだから。それにしてもまったく、どんな顔した奴が殺したんだか。
【詩人は語る】
[錬金術師と絵描き魔術師]
私が英国に着いた時は、全ての話が終了していた。彼の手紙にあった部屋はとっくに引き払われていて、私が何を聞いても家主は沈黙を守っていた。唯一情報を得られたのは、少女と2、3口をきいたという老紳士の話だけで、それすら、全貌を知ることは到底不可能だったわけだけどね。そこで私は、他の事件のことを調べたんだ。ロンドンに着いたとたん、辺りが妙な気配で充満していたことには気づいていたからね。空気が悪いとか。そんなも問題ではないのは明らかだった。だけどこちらも難航した。何故かって?隠蔽があったのさ。とはいえ、はっきりとした工作は新聞沙汰にならなかったぐらいで、ほとんどが自主的に口を噤んでいたね。彼らは恐れていたんだ。なににって?さあ?そこまではわからないな。私が知っているのはね、君。私の友人が殺されたって事と、その娘が大けがを負ったことと、その後彼女が消えてしまったという、それだけのことなんだ。それだけの、ことなんだよ。
【ブクレシュティの人形師】
とっても素敵なドレスをあげる
それは誕生日の七日前
優しい優しい父親は、一人娘に言いました
とっても素敵なお歌をあげる
それは誕生日の六日前
声が自慢の父親は、笑って娘に言いました
とっても素敵なお靴をあげる
それは誕生日の五日前
貧しい貧しい父親は、それでも娘に言いました
とっても素敵なリボンをあげる
それは誕生日の四日前
やつれた顔の父親は、白い娘に言いました
とっても素敵な手足をあげる。
それは誕生日の三日前
人形師の父親は、眠る娘に言いました
とっても素敵な瞳をあげる
それは誕生日の二日前
汚れた服の父親は、ベットの娘に言いました
とっても素敵なご本をあげる
それは誕生日の一日前
ようやく笑った父親は、可愛い娘に言いました
すべてがキミに似合うから
きっととても似合うから
――――――――そうして、あとにはだれものこりませんでした
・
人間と人形の境界があやふやで、自分にはそれがなんなのか判別できません。
このお話がどう繋がってくるのか、続きを楽しみにしてます。
でも全てが同じではない辺り、歪な夜様の言うとおりはっきりしない東方世界の面白いところだと思いました。
あの街といえばここ30年ほどの事ばかりに目が行っていたので、まさかタッソーの時代が来るとは思わず、
しかし独特の雰囲気と冷たさ、歪な夜様の編み出す世界観にやはりいつも通り引き込まれてしまいました。
一族のことについて少し触れられている辺り、次回が楽しみで仕方ありません。
それと今更ですが【Ending No.31:Sabbath】の完全版を送っていただけないでしょうか。
よろしくお願いいたします。
題名に従いシューマンのピアノ組曲をBGMにこの回を読ませていただきましたが、
おかげでもうこの曲はこの話をイメージせずには聴けそうにありません。
ニヤリとしてしまいますね
今作で大分話が見えてきた、というより感じてきたのですが、
このシリーズの神綺様はまさに「魔界神」といった方じゃないかな思いました。
母親としての優しさを持っているのに神、または魔法使いの持つ畏れにぞくりとさせられます。
鍵を渡されるであろうアリスの今後を考えると次のお話が待ち遠しいです。楽しみに待っています
あと自分も今更で申し訳ないのですが、【Ending No.31:Sabbath】の完全版を送っていただけないでしょうか。よろしくお願い致します。