騒がしい宴会からこっそりと抜け出して、ナズーリンは夜の中へと歩み出た。博麗神社境内の酒臭い空気とは打って変わって、幻想郷の夜気は涼やかに澄んでいる。頭上を見上げれば雲一つない夜空に宝石箱をひっくり返したような満天の星々が輝き、今夜は絶好の散歩日和らしい。
――やはり、わたしはこちらの方が落ち着くな。
細く息を吐きながら、ナズーリンはゆるりとした足取りで暗い街道を歩き出す。
ちらりと肩越しに振り返れば、小高い山の上に煌々と明かりが灯された神社が見えた。
最近、神社では三日置きぐらいのペースで宴会が催されていた。ナズーリンを始めとする命蓮寺の面々を迎え入れるための歓迎会的な意味合いが強いらしく、彼らに対しては毎回招待状が届けられている。
「折角皆さんがわたしたちのために開いてくださっているんですもの、ご好意には応えないと」
とは、命蓮寺の長たる聖白蓮の言である。白蓮がそう言う以上彼女に心酔している他の面々が従わないはずがなく、現在寅丸星の部下をやっているナズーリンも、当然立場上断るわけにはいかないのだった。
博麗神社の宴会は巫女である博麗霊夢の交友関係の広さ故に、大抵狭い境内がすし詰め状態になるほど人妖が集まる。ナズーリンが最近知り合った古道具屋の店主によれば、
「神社の宴会と言ったら、最近では幻想郷に存在する各勢力の社交場と化している印象があるね。紅魔館白玉楼永遠亭を始め、ときには彼岸の閻魔や死神、最近まで交流すらなかった地底の面々まで参加するんだ。疎遠なのは未だに閉鎖的な妖怪の山上層部ぐらいのものじゃないかな。もっとも、僕はこうして一人静かに本でも読んでいる方が好きだから、あまり参加する気はないんだけどね」
とのことだ。宴会の参加者が女ばかりだから気遅れしている、という印象が全くなかった辺りは、実にあの枯れ店主らしい。
ナズーリンとしては、店主の言葉に諸手を挙げて賛同したい気持ちだ。ネズミだからというわけではないが、彼女は静かにしている方が好きだった。騒がしいところが嫌いなのではない。静かな環境が好きなのである。
野鼠たちに命じたり自らダウジングロッドを握って何か探しているときも、やはり静かな方が集中できるし、あれこれと思索も進む。元々力の弱い種であるせいもあって、ナズーリンは物事を慎重に運ぶのを好むタイプだった。
そんな彼女にとって、ここ最近連日のように続いている宴会は少しだけ悩みの種となっている。博麗神社に集まる面々は大概陽気で酒好きな連中であり、その上鬼やら吸血鬼やらといった、ナズーリンにしてみれば雲の上の存在の如き力を誇る者も大勢いるのだ。「強い輩に出会ったときは、三十六計に逃げるに如かず。君子危うきに近寄らず、蛮勇を誇るのは愚か者のすること」が信条のナズーリンとしては、どうしても緊張を強いられてしまう環境なのである。
あの連中が嫌いというわけではない。むしろ付き合ってみれば案外気さくで楽しい奴ら、という印象だ。陰険な気質の者はほぼ皆無。いても無口とか内向的というレベルだ。みんなに恐れられている花の大妖怪ですら弱い者イジメは嫌っている節があり、前に誤ってぶつかってしまったときも「気をつけなさいね」と穏やかに微笑みかけられたものである。その微笑み自体がちょっと怖かったのも事実ではあるが。
それでも実質的な力の差を意識すると、どうしても緊張してしまうのがナズーリンという妖怪だった。今のところ突然声をかけられて悲鳴を上げるような醜態は晒さずに済んでいるが、気を抜けばどうなることやら。普段クールに振舞っているだけに余計心配である。
その一方で、ナズーリン以外の命蓮寺の面々はそういう宴会の空気にあっという間に馴染んだ様子だった。酔っ払った挙句に「昔荒海でブイブイ言わせてた頃の話」を語り散らす村紗などは言わずもがな、ぬえが得意とする幻術の類や雲山と一輪の演舞などは宴会芸として受けが良く、昔から人付き合いに慣れている星はむしろ積極的に命蓮寺の良さを売り込みにかかっているし、白蓮にしても菩薩の如き笑顔を絶やさず、酔っ払いたちの話にも愛想良く付き合っているようである。
仏門にある者が堂々と飲酒をしているのはどうなんだろう、というのは少し疑問だが、白蓮としては羽目を外し過ぎず、宴会のときに限るのならば目を瞑る方針のようだ。彼女自身が飲んでいるのかどうかは分からない。聞いたら「あら、これは般若湯と言ってね」とかいう答えが返ってきそうでちょっと嫌だな、と思うせいもあって、質問するつもりもあまりないのだが。
ともかくも、あまり馴染んでいないのはナズーリンだけである。そもそも彼女は毘沙門天の配下である上、昔の命蓮寺が戒律に厳しかったこともあって、飲酒自体にあまり慣れていないのだ。
人の輪から外れて静かにしていればいいというのならさほど悪くもないのだが、大抵酔っ払った一輪やら村紗に見つかって、
「こらネズミ、こんなところで何をしているの。皆さんにお酌して回りなさい」
だの、
「コラァネズミこの野郎! わたしの酒が飲めねぇってのかぁっ!」
だのと言って、輪の中心に連行される羽目になる。村紗などは馬鹿笑いしながら柄杓で酒をぶっかけてきたりするので、こっちはすっかり濡れ鼠である。それでも周囲の連中は「いいぞー!」「もっとやれーっ!」「脱げ―っ!」だのと騒ぎまくる辺り、ナズーリンとしてはやっぱりついていけないのだった。
酔っ払い相手にはいつものクールな振舞いが通じない。むしろ、普通に話していても脈絡のない答えが返って来て、目を白黒させることばかりだ。自分も酔っ払えばいい、と考えたこともあったが、緊張しているためかそれとも体質のためか、さっぱり酔うことが出来ないのだった。今まで仏門にあって酒などほとんど口にしたことがなかったから、そういう自分の性質を知らなかったのである。無論、素面のまま酔っ払いのテンションについていくのは非常に困難というか、元々落ち着いた気質のナズーリンにはまず不可能である。
本心を言えばこんなところには来たくないのだが、立場を考えるといつものように逃げることも出来ない。こっそり抜け出した挙句にバレて後でお小言喰らうのも勘弁だ。
そういったわけで最近のナズーリンは宴会のことを考えるたび憂鬱になるし、宴会の最中も愛想笑いを浮かべていろいろと我慢しているのである。袋の鼠という奴だ。
そんなナズーリンが何故今宴会から抜け出して夜の散歩を楽しんでいるのかと言うと、つい先ほど白蓮に呼び出されたためであった。
「ごめんなさいね」
宴会の輪から外れた鳥居の下にナズーリンを呼び出した白蓮は、まず申し訳なさそうな顔でそう詫びたものである。
もちろん、何事もクールに運ぶのを信条としているナズーリンにとって、所属する組織の長にそんな顔をさせるのは明らかな失態である。慌てて「いえそんな」「そんな顔をなさらずとも、わたしは大丈夫です」だのと言い繕ったのだが、白蓮にはナズーリンの悩みなどとうの昔にお見通しだったらしい。「無理をしなくてもいいのよ」と優しい微笑を向けられた挙句、
「あなたがこういった場を苦手としていることは、わたしにはもう分かっています。そもそも我々は仏門にある者ですから、本来であれば断るのが筋なのでしょうけれど。この郷におけるわたしたちの立場を考えると、なかなか断りづらくて」
その辺りの事情については、ナズーリンも大方理解しているつもりだった。
命蓮寺は現在人里の近くに居を構えて、人々に教えを説いたりあれこれと施しをしたりしているが、客観的に見てこれは立派な宗教活動だ。博麗神社や守矢神社といった面々からすれば人々からの信仰を取り合う競争相手とも言えるし、他の勢力からしても、急速に支持を得ている新興勢力としてなかなか油断ならない存在だろう。
そんな命蓮寺の面々が、今や各勢力の社交場と化している博麗神社の宴会の誘いを断ればどうなるか。たちまちの内に孤立して、命蓮寺包囲網が完成してしまうかもしれない、と危惧するのは当然のことである。
そうでなくとも人妖神問わずあらゆる者の平等を掲げて活動している白蓮のこと、和を乱す行為はあまりしたくないというのが本心だろう。だがそれでいて、仏教的な戒律を考えれば積極的に飲酒を勧めるのも考え物だ。
ナズーリン自身、今まで我慢してきたのは、そういった白蓮の葛藤がある程度理解できるからというのもあったのだ。
「大丈夫」
悩むナズーリンに、白蓮は柔らかく微笑みかけた。
「こうして宴会に参加することで、幻想郷の情勢や雰囲気というのもある程度つかめてきましたから。わたしたちが危惧していたほど刺々しい環境ではないようです。この宴会自体、強い勢力同士が互いの腹を探り合うような性質のものではないようですしね。本当に、単に気の合うお友達同士の飲み会に過ぎないみたい」
賑やかな宴会の方を振り返りながら可笑しそうに言ったあと、「だからね」と白蓮は続けた。
「もちろん神社の方々などとの関係は慎重に考えていかなければならないでしょうけれど、他の方々に対する警戒はほとんど解いてしまっても構わないと判断しました。だからあなたも、あれこれと気を遣う必要はもうないのよ」
気を張っている幼子に語り聞かせるような白蓮の声音が、ナズーリンには悔しいと同時に心地よくもあった。
宴会のことで少々ナーバスになっていたのは否定しようもない事実だ。これ以上無理をしては、かえって白蓮に気を遣わせてしまうだろう。命蓮寺の立場に関しても、「あのネズミはノリが悪い」と噂されでもしたら本末転倒だ。
そんな風に考えると、確かにこの場からは抜け出させてもらった方がいいような気もする。白蓮自身がそう勧めている以上、命蓮寺の面々に対しては上手いこと言い訳してくれるのだろうし。
だが同時に、素直に従いたくない気持ちもあった。未だ宴会が続く明るい境内の方からは、よく聞き知った声が聞こえてくる。村紗が錨もブン投げる怪力でもって鬼と力比べしている最中のようで、驚くべきことに結構いい勝負になっているらしい。その後ろでは雲山が拳を鳴らして自己主張中であり、場が大いに盛り上がっているようだ。
そんな風に、他の面々が命蓮寺のいいところを周囲に見せている中。
自分だけが個人的な感情を優先してしまっていいものなのだろうかと、つい悩んでしまうのだ。
「白蓮のばーちゃーん! どこ行ったんだー?」
不意に、境内の方からそんな声が聞こえてきた。あれは先の白蓮復活劇の際に遭遇した黒白魔法使いの声だ。最初は白蓮を「お前」呼ばわりする不届き者だと思っていたら、今や「白蓮のばあちゃん」呼ばわりでもっと不敬な小娘である。
もっともそれは先輩魔法使いに対する好意や甘えから出ているものらしく、白蓮本人が婆呼ばわりされることを全く気にしていないせいもあって、今のところ大して問題にはなっていない。むしろ最近では白蓮自身が「優しいおばあちゃん」として周囲に受け入れられつつある感すらあるぐらいだ。
「胡散臭いのやら訳分かんないのやら腹黒そうなのやら柱背負ってるのやら子供の振りしてるのやら。そういうのに比べれば随分まともで、今まで幻想郷にいなかったタイプのババァであることは確かね」
などというどこかの誰かの言葉にみんなが頷いていたし、命蓮寺の今後を考えれば一応悪い傾向ではないと言える。多少引っかかるところがあるのは事実だが。
まあそんなことは置いておくとして、どうやら今、あの魔法使いが白蓮を探しているらしい。これ以上ここで自分との話に付き合わせるのは不味いだろう。
そう考えて、ナズーリンは渋々ながら頭を下げた。
「分かりました。お気を煩わせてしまって申し訳ありません。今日のところはお言葉に甘えさせて頂きます。次の機会には必ず参加するようにしますから」
「ええ。でも、無理をしてはいけませんよ。それじゃあ、一人で申し訳ないけれど、気をつけて帰ってちょうだいね」
そう言った後も、白蓮は去ることなくその場に立っている。どうやらこちらを見送ってくれるつもりらしい。本当におばあちゃんみたいだなあ、とつい考えかけてから慌てて首を振り、ナズーリンは足音を立てないように注意しながら石段を下り始めた。
「ああばーちゃん、こんなとこにいたのか。なにやってたんだ?」
「少し夜風に当たっていただけよ。何か御用かしら」
「もちろん魔法の話だよ。わたしが使ってる星の魔法のことなんだけどさ、ばーちゃん的には」
背後から聞こえてくる会話が、闇の向こうに遠ざかっていった。
そういった経緯で、ナズーリンは今、どうにも馴染めない宴の場から遠く離れて、一人夜の散歩を楽しんでいるわけである。やはり一人きりというのはいいもので、さっきまでに比べれば随分気が楽になった。
とは言え、当然ながら心の隅に溜まっているものはある。
――こんなに上手くいかないものだとは、ね。
今まで割と仕事はきっちりこなしてきたと思っているし、先の復活劇の際も上司がうっかり失くした宝塔を見つけ出すという大役を成し遂げたのだ。無論そのことは星以外には秘密だから自慢したりは出来ないし、する気もないのだが、それでもナズーリンの自尊心は満足していたのである。
自尊心。そう、つまるところ、これは自尊心の問題だ。
命蓮寺の面々の中で自分だけが果たすべき役割を果たせていない、というのが、ナズーリンの自尊心をいたく傷つけているのである。
「……まさかね。こんなに真面目ではなかったつもりなんだがなあ」
一人、自嘲してみる。
狡賢くて要領が良く、危険なところからは逃れておいしいところだけは持っていく。
自分はそういう、クールな妖怪だと思っていたのだ。苦手な分野で他者と張り合うような馬鹿げた意地など全く持ち合わせていないつもりだったし、自分のそういう性質について悩むことなど今まで一度もなかったのだが。
「どうしてしまったんだろうなあ、本当に」
ぼんやり呟きながら、溜息を吐きだす。
折角一人きりになったというのに、心はどんどん沈んでいくようだった。
こんな様ではいけない、と思う。気を遣ってくれた白蓮の気持ちに報いるためにも、なんとかして平気で宴会に参加できるような、そして村紗や一輪たちのように陽気に振舞えるような、自分なりの動機を見つけ出さなければならない。
だが、そう考えるたびあの宴会の騒がしく野卑な雰囲気が全身に蘇ってきて、前向きに考えようとする気持ちが萎えてしまうのだった。
正直なことを言ってしまえば、あんな場所にはもう二度と行きたくない。いっそのこと適当な理由をつけて今後の誘いを全て断ってやろうか。
「ああ駄目だ駄目だ、そんなこと考えるんじゃない……!」
ぶんぶんと首を横に振るが、憂鬱な気分はちっとも消えてくれなかった。
本当に、よく分からない。
何故自分はこんな、客観的に見れば実に下らない問題について、これほどまでに思い悩んでいるのだろう。
自分では実力が及ばないと考えて断った任務など、今までにもいくつかあった。そのときだって、これ程自尊心は傷つかなったはずである。
それが、何故。
「分からないなあ」
そうして、ナズーリンが足取りも重くとぼとぼ歩いていたとき、ふと前方から何やら騒がしい声が聞こえてきた。
なんだろう、と思って目を凝らしてみると、少し先の方からこちらに向かって歩いてくる一団がある。
ほとんどが子供のような体型の者ばかりで構成された一団だ。その中で、少しだけ背の高い影が一つ。と言っても、せいぜいナズーリンよりやや背が高い程度であるが。
どうしようか、と少し悩む。だが結局は特に何もせずに歩いて行くことにした。幸い危険な感じはしないし、こちらは逃げ足の速さが自慢だ。いざとなったら逃げだせばいい。
そうやって相手の距離が徐々に近づいてくるにつれて、ナズーリンはほっとした。よく見てみれば、例の一団はほとんどが妖精ばかりのようだ。さすがにナズーリンも妖精ごときに遅れを取るほど弱くはない。これなら逃げる必要はなさそうだ。
そんな風に安堵しつつ、同時に少し疑問にも思った。
妖精と言うのは基本的に陽の気を好むはずである。それが、異変でもないのにこんな夜中に出歩いたりするものだろうか、と。
そんなことを考えながら、きゃいきゃいと騒いでいるその一団とすれ違おうとしたとき。
「あれ? あなた」
不意にそんな声がしたかと思うと、集団がピタリと足を止めた。妖精たちの不思議そうな視線が自分に集まってくるのを感じて、ナズーリンは身を強張らせる。逃げるべきか、という考えが頭の隅に浮かんだところで、
「ああ、やっぱりそうだ。ね、あなた、命蓮寺さんとこの鼠さんでしょ」
愛想良く言いながら、あの少し背の高い人影がこちらに歩み寄って来た。小さな妖精をおんぶしているその妖怪に、ナズーリンは見覚えがあった。
確か、何回か前の宴会に参加して、みんなの前で歌を披露していた鳥の妖怪だ。宴会らしくやかましい歌がメインのようだったが、一曲だけ粗野な雰囲気に似合わぬ静かで綺麗な歌を歌っていたのが印象に残っていて、ナズーリンもよく覚えている。その曲の間だけは全員が黙りこんで歌に耳を傾け、不思議なほどの静寂が境内に満ちたものだ。野卑な雰囲気に辟易していたナズーリンですら、「今回は参加して良かったなあ」と思ったぐらい、あの歌は素晴らしいものだった。
そんな鳥の妖怪が、にっこりとナズーリンに微笑みかけてきた。
「こんばんは。珍しいね、一人でいるなんて」
「ああ、こんばんは」
どうやら命蓮寺は一固まりになっているのが基本形の仲がいい集団だと認識されているらしい。頭の隅でそんなことを考えながら、ナズーリンは軽く目を伏せた。
「申し訳ない。失礼ながら、君の名前を失念してしまったようなのだが」
「ミスティア。ミスティア・ローレライよ」
「そうか。ああ、わたしはナズーリンという。先に名乗らせてしまうとは、重ね重ね失礼した」
そう言うと、ミスティアは可笑しそうに笑いながら、
「ふうん、礼儀正しいんだね。なんだかちょっと新鮮かも」
「そうかい? 人に名前を尋ねるときは自分から名乗るのが当然の礼儀だと思うがね」
「うん。でも、ここってあんまり礼儀正しい人いないからね。やっぱり新鮮かな」
そうやって、ある程度面識のあるナズーリンとミスティアが会話をしている間、周囲の妖精たちの反応は様々であった。人見知りするのか、ミスティアの背中に隠れてぎゅっとスカートにしがみつきながらこわごわこちらを見ている者、逆に好奇心を隠そうともせずに近寄って来る者や、中にはぺたぺたと物珍しげに服を触ってくる者もいる。
その中でも極めつけだったのが、氷のような羽根を持った青い髪の妖精で、
「ねーねー!」
と、夜に似合わぬ甲高い声を出して、こちらを指差してきたものだ。
「あんたが持ってるその変なの、なに?」
「これかい?」
指差したり変なの呼ばわりしたり失礼な娘だな、と思いはしたものの、相手は妖精だと思って敢えて指摘はしない。むしろそんな風に冷静に振舞える自分に若干自信を取り戻しながら、ナズーリンは手にした物をちょっと持ち上げた。
「これはダウジングロッドと言ってね。探し物をするときに使う、わたしの商売道具さ」
商売道具と言っても探し物に用いるのはどちらかと言えば野鼠たちがメインであり、ロッドの方はファッション的な意味合いが強いのだが、そこまでは説明しないでおく。
一方で、氷の妖精の方はナズーリンの言葉に興味を惹かれたようだった。
目を丸くしながらダウジングロッドを見上げ、
「探し物? 商売道具?」
「そう言ったが、何か」
「ああ、そっか」
ミスティアが何か思い出したような顔で言った。
「そう言えばあなた、ダウザーっていうお仕事してるんだっけ」
「うん。まあ、間違いではないが」
ナズーリンは小さく首を傾げた。彼女は自分の仕事のことを誰から聞いたのだろう。宴会で命蓮寺の面々が話したのだろうか。
そんなナズーリンの疑問を余所に、ミスティアは何か閃いたような顔で、
「そうだ。ねえみんな、このお姉さんに手伝ってもらおっか」
と、周囲の妖精たちに呼びかけた。「手伝う?」とナズーリンが眉をひそめるよりも早く、妖精たちがきゃいきゃいと騒ぎ出す。
「手伝ってもらうの―?」
「どうしてー?」
「このお姉さんはね、探し物の名人なんだよ。どんな物でも簡単に見つけちゃうんだから」
「ちょ」
ミスティアの説明にナズーリンが顔をしかめるよりも早く、妖精たちが「すごーい!」と声を発して彼女を取り囲んだ。そして、口々に騒ぎ出す。
「すごいすごい!」
「ねえ、どうやって探すの、どうやって探すの!?」
「この変な棒使うのー?」
「こ、こら、止めなさい、離しなさいってば。ああ、やめっ、尻尾はやめてっ!」
どうにも、こうやって囲まれるのは苦手である。ナズーリンが非難を込めてミスティアを見ると、鳥の妖怪は「ごめんごめん」と詫びてきた。
その口調があまりに軽かったため、ナズーリンはかすかな不快感を感じた。
「君は……ほぼ初対面に等しい相手に対して、ちょっと気安いんじゃないのかな」
「うん、そうかも。ごめんね。だけど、さ」
ミスティアはにっこりと笑いながら、
「悩み事があるときは、気晴らしも重要だと思うよ? 一度そこから頭を離せば、見えてくることもあると思うし」
何でもなさそうな口調で言ってきたので、ナズーリンはひどく驚いた。
悩みのことなど、自分は一度も話していない。もちろん、表情にだって気をつけていたはずだ。まさか心を読める妖怪というわけでもあるまいし。
妖精たちが尻尾を引っ張ったり背中をよじ登ったりするのも気にならないほど、ナズーリンは強い衝撃を受けていた。
そんな彼女の前で、ミスティアは小さく首を傾げる。
「どうかな。もちろん、断ってもらっても全然構わないんだけど」
その言葉で、ナズーリンはようやく現実に戻って来た。
気づけば、周囲の妖精たちも押し黙って、食い入るように自分の顔を見つめている。
もちろんミスティアの言葉通り断ることは出来るし、逃げるのも簡単だ。
だが今、頭の中でミスティアの言葉が駆け巡っているのも事実。
何よりも、ダウザーとしての勘のようなものが、この頼みを断るべきではないと告げている気がした。
まるで、自分が探している答えがこの提案を承諾した先にある、とでも言うかのように。
「分かった、手伝おう」
気づけば、ナズーリンはそう答えていた。
周囲の妖精たちが歓声を上げ、ますますべたべたと纏わりついてくる。それを丁寧に引き剥がしながら、ナズーリンはふと苦笑していた。
よくよく考えてみれば、何を探すのかすら聞いていない。慎重を良しとする自分には珍しいことだ。それほど深刻に悩んでいたのだなあ、と思うと少し恥ずかしくもある。
その照れを隠そうとする意図もあって、ナズーリンは咳払いしてから聞いた。
「それで、お嬢さん方の探し物というのは一体なんなのかな。まあ、なんであろうと探し出してみせるつもりだがね」
そう言ったのは半分リップサービスだったが、妖精たちは大いに湧いた。「あのねあのね」「あ、ずるい!」「あたいが説明するのよー!」と、てんで好き勝手に喋りまくって、少しも要領を得ない。
さてどうしたものかな、とナズーリンが首を傾げたとき、不意に誰かが小さくスカートを引っ張った。見下ろしてみると、いつの間に近づいたものやら、そこに一人の小さな妖精がいた。金の癖毛が特徴的な、おっとりした顔立ちの妖精だ。さっき、ミスティアの背中に隠れていた子である。
「あのね」
周囲の妖精たちがぎゃーぎゃーと喚いている中だと、その妖精の声は消え入りそうなほど小さい。ナズーリンが軽く屈み込んで耳を近づけてやると、うんと背伸びして囁いてきた。
「わたしたちね、おほしさまを探してるの」
「は」
思わず目を丸くしてミスティアを見ると、
「ろまんちっくでしょ」
と、またにっこり笑ってみせた。
ミスティアの説明によると、こうだ。
彼女は八目鰻の屋台を経営しているそうなのだが、今日はたまたま、早めに店仕舞いする予定だったらしい。それで、つい先刻最後の客を返して店仕舞いしている最中、この妖精たちが騒いでいる声を聞いたらしい。その中にチルノという知り合いの氷精がいたため、興味を惹かれて話を聞いてみたところ、
「さっきね、流れ星を見たのよ! だから落っこちた星を探して宝物にすんの!」
という、実に気合の入った答えが返って来たそうな。ちなみに、早い者勝ちだそうである。
これはちょっと面白いな、と思ったので、ミスティアも屋台を片付けた後付き合ってみることにした。それで、ここまで妖精たちと一緒におほしさまを探しながら歩いて来たのだとか。
「よくやるよ、まったく」
事情を聞いた後、ナズーリンはため息を吐きだした。
彼女は今一団の先頭に立って、ミスティアと並んで歩いている。あれだけ騒がしかった妖精たちは、真剣な表情のまま黙り込んで後をついてきていた。「騒がれると集中できないから、静かに後ろをついてきてくれ」と言ったところ、素直に従ってくれたのである。妖精は基本的に単純だから、静かにさせるのは思ったよりも簡単だった。
そういうわけで、ナズーリンは集中を乱されることも不快感を覚えることもなく、ダウジングロッドをかざして歩いているのだ。
もっとも、そんな行為に意味など全くないのだが。
「まさかとは思うが」
静かにしろと言った手前あまり大きな声も出せず、ナズーリンは小声でミスティアに話しかける。
「君まで本気で探しているわけではあるまいね」
「え、もちろん本気だけど? おほしさまってきれいかなあ」
目を輝かせながら手を組んでうっとりと言うので、ナズーリンはカクンと肩を落とした。
「あのねえ、君」
「あはは、ごめんごめん。もちろん冗談だよ。なずりんったら真面目さんなのね」
ミスティアはからかうように笑う。宴会での様子を見て鳥頭だと思っていたが、案外喰わせ者のようである。そもそもナズーリンがこうして意味もない戯れに付き合っていること自体ミスティアの策にかかったようなものだし、彼女はなかなか優秀な商売人のようだ。
ちなみに、なずりんというのは自分につけられたあだ名らしい。伸ばす部分をなくしただけのあだ名に何の意味があるのかと思ったが、妖精たちも気にいってなずりんなずりんと連呼している。なんとも、納得のいかない話だ。
「ねーねー、なずりんなずりん」
ふと気づくと、すぐ背後にチルノがいた。不満げに頬を膨らませて、
「まだ見つかんないのー?」
「ん。ああ、ええと」
ちらっとミスティアを見ると、彼女はチルノに見えないように小さく頷いた。
ナズーリンはダウジングロッドを下ろしながら、
「まだ、よく分からないがね。ひょっとしたら、この辺にあるかもしれないようなそうでもないような」
「ほんと!? よっしゃ、あたいが一番乗りーっ!」
チルノが歓声を上げて駆け出すと、他の妖精たちも「あーっ!」「チルノちゃんずるーい!」「わたしもさがすーっ!」と騒いで、そこら中に散っていった。
そうして、皆が街道沿いの草むらに入ってガサガサと探し物を始める。残ったのはナズーリンにミスティア、それにあの大人しそうな妖精だけだ。妖精の方は何故だかすっかりナズーリンに懐いたらしく、きゅっとスカートにしがみついて、はにかんだように微笑んでいる。皺になるんだけどなあ、と少し困りつつ、
「君は探さなくていいのかい?」
「わたしはね、こっちの方がいい」
ぽそぽそと喋りながら、妖精はナズーリンのスカートに頬を寄せてくる。「おやおやあ」と、ミスティアがにやにや笑った。
「なずりんったら、モテモテね」
「やれやれ。なんとも、複雑な気分だよ」
ちなみに、そう言うミスティアも出会ったときからずっと一人の妖精を背負ったままだ。どうも、一団の中でも一際幼い妖精らしく、星を探している内にむずがり始めたらしい。それでミスティアがおんぶしてやったら、すぐにすやすやと寝息を立ててしまったのだそうな。
「かわいいよねえ」
手近にあった岩にナズーリンと並んで腰かけながら、ミスティアが頬を綻ばせる。背負われた妖精は今もあどけない寝顔を浮かべて、ミスティアの背にしがみついていた。
「君は、あれか。子供が好きなのかい」
ナズーリンは何気なく問うた。ミスティアはこんな戯れに付き合っているし、歩いている最中もみんなの様子に気を配っていたようだった。
だからすぐに肯定が返って来ると思っていたのだが、意外にもミスティアは「んー」と、小さく首を傾げた。
「どーかな。ちょっと前までは、別にそんなでもなかったんだけど」
「へえ。それは意外だね。君のお姉さん振りはなかなか板についているように思えるが」
「あはは、ありがと。でもホント、ちょっと前まではそんなこと全然なかったのよ」
「ふむ。では、いつから?」
「やっぱり、屋台始めたころかなあ。正確には、屋台始めて少し経った辺り、かな」
元々は、詐欺まがいの商売だったらしい。夜道を歩いている人間やら妖怪やらに歌いかけて自分の能力で鳥目にしてやった後、それを治す効果がある八目鰻を喰わせる、といったような。
それがあるとき、とある妖怪が、
「いや、最初は腹立ったけどこりゃうめえな! たまには鳥目になるのも悪くねえや」
などと言って八目鰻を綺麗に平らげ、実に上機嫌な足取りで帰っていったときから、何かが変わった。
何となく、もう一度あんな風に誰かを喜ばせてみたい、と思うようになったのである。
「恐怖を糧とする妖怪にはあるまじき思考だね」
「だねー。でも本当、あれから屋台稼業に夢中になったんだよねえ」
ミスティアは懐かしそうに語る。
そうやって真面目に商売をするようになると、段々と常連の客も出来始めた。中には好んでミスティアの歌を聞きたがる者までおり、そういった客相手に歌いながら八目鰻を焼くのが常となった。もちろん、相手を鳥目になどしない普通の歌である。もっと楽しんでもらいたいなあ、と考えて、いろんな歌を覚え始めたのもこの頃だ。
そうしている内に、屋台に酒を持ち込む者が出始めて、それならいっそのこと、と店の商品に酒を追加した。そうすると屋台はますます飲み屋の様相を呈しはじめ、いつの間にやらカウンターに突っ伏してくだを巻く者まで現れ始めたのである。
「そんなことやってる内に、いろんな人からいろんな話を聞くようになってね。それで、妖怪やら人間やら一人一人に興味を持つようになったの。あ、なずりんのことも、お客さんから噂で聞いたのね」
「なるほどね。で、子供好きになった理由は?」
「うーんとね、酔っ払いの人たちのお世話をしてる内に、ああ、わたしって案外世話好きなんだなあって気付いた、のかな。相手になんかしてあげるのって楽しいよ。妖精の子たちは何してほしいのか分かりやすいし、話してて単純に和むっていうのもあるけど」
「それはなんとも。見上げた精神だね」
ご主人様が聞いたら褒めちぎりそうだな、とナズーリンが考えていると、不意にミスティアがじっとこちらを見つめてきた。
「なにかな」
「なずりんってさ、根っからの勤め人さんって感じだよね」
正直、ドキリとした。が、表情には出さないように気をつけながら、
「そうかな。自分では、割と自由人なつもりなんだけど。要領もいいつもりだし」
「その辺だって、基本的には仕事に役立てようとしてるでしょう? サボったり手を抜いたりとか、あんまりしたことないんじゃない?」
当たりである。だが、まだ驚くには当たらない。このぐらいなら誰でも分かりそうな気がするし。
「まあ、一応仕事にはプライドを持っているつもりだからね。でもそれは別に、上司を尊敬している故では」
「ふうん。本当かなあ?」
そう言ったあと、ミスティアはちょっと面白がるような表情で、
「ね。ところで、なずりんの上司さんってどんな人?」
「え、わたしの?」
真っ先に思い浮かぶのは、当然ながら星の顔である。基本的に下っ端なナズーリンだから、他にも毘沙門天や聖、一輪の顔などが浮かんだが、今現在の直接的な上司と言えばやはり星だろう。
「別に誰かに言ったりはしないから、正直に言ってみて?」
「本当かい」
「もちろん。屋台の秘密は永遠に守られるのよ」
何やら誇らしげに言うミスティアの言葉に従って、ナズーリンは少し考えてみた。無論、突っ込んだことを話すつもりは毛頭にない。ちょっとした人となりを話すぐらいなら、別に構わないだろう。
そういう観点で言えば、寅丸星とはどういう妖怪であるか。
「……まあ、優秀な人だと思うよ。威厳はあるし判断も冷静、言っていることも理路整然としているし、不正な真似はまずしない。ちょっと抜けているところはあるけれど、周囲が問題なくフォローできる範囲で収まっている。欠点とまでは言えないんじゃないかな」
こんなところかな、と思ったところで、ミスティアがクスクスと笑った。
「やっぱりね」
「何がだい」
問うと、ミスティアは若干得意げな口調で説明し始めた。
「なずりんは、やっぱり根っからの勤め人さんです。自分で部下を動かすよりも誰かの指示で動くのを好むタイプで、ついでに言えば今置かれている環境にはとても満足しています。上司さんのこと本当に尊敬してて、できる限り助けになってあげたいと思っているのね。えらいえらい」
「ずいぶん断言してくれてるけど」
何となく面白くなくなり、ナズーリンは唇を尖らせた。
「今わたしが言ったことだけでは、判断材料が不足しているんじゃないのかな」
「そんなことないよ」
「どうして」
「だってなずりん、上司さんのこと少しも悪く言わなかったじゃない。『抜けているところがある』って台詞は、その『抜けているところ』を日常的に見ていたり、そのせいで何度か迷惑を被ったことがないと出てこないよね? だけどそれを欠点だとは言わなかったし、それどころか『周囲が問題なくフォローできる範囲で収まっている』とまで言った。もしもその人のこと内心馬鹿にしてたり、自分が置かれてる境遇に不満を感じてたらね、もっと自分を持ち上げる言い方すると思う。あと」
「分かった、分かった」
聞いている途中で笑いがこみ上げて来て、ナズーリンは軽く両手を上げた。
「降参するよ。探偵顔負けだね君は」
「あらま。わたしはただの屋台の店主よ」
「そう。でも疑問だね。わたしが君の言葉を信用せず、誰かに漏れることを恐れて嘘をついたとは考えなかったのかい?」
「その類の嘘は大体分かるつもり。これでも、屋台で小さな飲み会する人たちの腹の探り合いをたくさん見てきてるからねえ。幻想郷の住人は基本的に大らかだけど、やっぱりたまにはそういうのもあるわけよ。特に妖怪の山の天狗さんたちが凄いのね。まあともかくそんなわけで、今のなずりんは嘘を吐いているようには全く見えませんでした。以上」
ミスティアは自信ありげに断言する。まあ確かに、出会いがしらに悩み事があると見抜いてみせたぐらいだから、嘘の中身まではともかく嘘を吐いているか否かぐらいは判断出来るのだろうとは思うが、よくぞここまで。
感心するナズーリンの隣で、ミスティアは「そうなると」と小さく首を傾げた。
「なずりんの悩み事は、上司さんや同僚の人に関することじゃないよね。となると、自分の力不足が原因になってること、かな」
またも当たりである。驚くよりもむしろ呆れて、ナズーリンは聞いた。
「どうしてそう思うんだい?」
「だって」
と、ミスティアは苦笑しながら、
「職場内の不満抱いてる人って、お酒飲むと凄いんだよ? 大抵ね、相手を貶す言葉と自分を持ち上げる言葉ばっかり。さっきも言ったけど、特に山で働いてる天狗さんたちは大概そういう話ばっかりしてるよ。どの上司が無能だのあの部下は使えないだの。もちろん、詳しくは言えないけど」
「まあ、あまり聞きたくもないがね。力不足が原因だと推察したのは?」
「自分の力不足が原因で悩んでる人の場合、逆に周囲の人を持ち上げる傾向があるの。自分が駄目だと思ってるから周りの人が優秀に見えるのか、それとも罪悪感による後ろめたさをちょっとでも解消しようとするのか。どちらかはわたしには分からないけど」
そう言ったあと、ミスティアはちらっとナズーリンを見て、
「その様子だと、当たってたみたいだね」
「ん。まあね。当たらずとも遠からず、とでも言おうかね」
「どう? 話してみない? もちろん、秘密は守るよ」
「そう、だね」
ナズーリンは苦笑して頬を掻いた。
ここまで言い当てられると、もう恥も何もないという感じである。
そもそも、よく考えてみれば別段隠さなければいけないほど恥ずかしい話ではないようにも思えてくる。ミスティアが話術でもってそういう雰囲気を作ってくれたのかもしれないが、今はそれに甘えさせてもらおうか、と素直に思えた。
「少々情けない話なんだが」
そう前置きして、ナズーリンは語り出した。
「……というわけさ」
あまり愚痴っぽくならないように気をつけながら語り終えた後、ふとミスティアを見ると、可笑しいほど真剣な顔をしていた。今更少しだけ気恥ずかしさが蘇ってきて、ナズーリンは目をそらす。
「みっともないかな。この程度のことで悩むだなんて」
「ううん。そんなことないと思うよ」
ミスティアは小さく首を振り、「って言うか」と付け加えた。
「結構、同じ悩み持ってる人多いよ」
「そうなのかい? 意外だな」
「ほら、幻想郷って基本的にお酒好きが多いから。下戸さんとかはちょっと肩身が狭い思いをしてるみたいだよ。『飲みたくないと思ってる奴を無理に誘うべからず』っていうのが暗黙の了解ではあるけど、それでも、ね」
「ああ、うん。分かるな」
ナズーリンは小さくため息を吐く。
「みんなが楽しそうにしてるから、尚更ね。そこに混じれない自分は駄目な奴なのではないかと思ってしまうんだなあ。その上、自分があんな風に底抜けに陽気に振舞えるとも思えないし、そういうのが似合うとも思えない。むしろ無理して空回りして、折角のいい空気を台無しにしてしまうのではないかと。そう考えると、ますますああいう場が嫌いになってしまう。我ながら後ろ向きではあるけれど」
淡々と語りながら、ナズーリンは眼前の草むらを見つめる。そこかしこで妖精の羽根が揺れているのを見る限り、彼女らはまだ諦めずにおほしさまを探すつもりのようだ。
見つかるはずがないのに。
ミスティアがそう言ってやらないのは、何故だろう。
「なずりんはさ」
ぽつりと、ミスティアが言う。
「失敗したくない人なんだね」
「ん」
一瞬理解できず、眉間に皺が寄った。
「……そりゃ、誰だって失敗はしたくないだろう」
「あ、ごめん。失敗したくないじゃなくて、自分の失敗を許せない人って言った方がいいのかな。違う?」
「……ああ。うん。そうかもしれない」
自分でも意外なほど自然に、ナズーリンはそう認めた。
失敗を許せない。確かにそうだ。
何故、許せないのか。
まず、命蓮寺の面々の中では、自分は一番の下っ端である。上司たる星は言うに及ばず、一輪や村紗にもあれこれと命令される立場だ。ネズミ呼ばわりで名前を呼んでもらえないことすら多い。
それでも別段、それを不満に思ったことはなかった。戦闘力や役割分担から考えても、自分の位置はそこが適正だと納得しているからだ。先の復活劇の際に宝塔を探し出したように、重大な役割を果たすことは確かにある。
だからと言って、自分は命蓮寺にとって重要な存在なのだと思い上がることは絶対にない。
何か大事な物を探し出したところで、奪われたらお終いだ。基本的に力が全ての妖怪の世界において、そういったことは普通に起こり得る事態である。そもそも自分は力が弱いから、強力な呪具などを探し当てたところで使いこなせるとは限らないし、それを使って何か大それたことができるとはとても思えない。
要するに、純粋に自分のためだけに使おうとしたら、せいぜい食料を探し出すぐらいしかできない能力なのだ。
しかし、何か大きなものの下で働いたとしたら、どうだろう。
自分のような小さなものでも、大きな目標に至るための力になれるかもしれない。たとえ微力に過ぎないとしても、その流れに加わることができるのだ。それはナズーリンにとって大きな喜びである。加えて、今所属する組織の長である白蓮は清廉潔白な人格者であり、あらゆる者の平等という理想を掲げる聖者でもある。直接の上司たる星も実直で優秀な妖怪だ。正直な話、下っ端妖怪としては最高の環境にいるとすら思っている。
だからナズーリンは、一輪から小言を喰らおうが星のうっかりのフォローに回る羽目になろうが、黙々と自分の役目を果たすのだ。
たとえそれが、客観的に見て大して重要な仕事でないとしても。
たとえそれが、誰か代わりになる者がすぐに見つかるような仕事だとしても。
自分のような者にも出来る仕事を精一杯こなそうと努力してきたし、それなりに結果も出してきたつもりだ。
だからこそ、自分の仕事にはプライドを持っている。
だからこそ、引き受けた仕事で失敗するのは何よりも許し難いのだ。
戦えだの斥候をしろだの、難しいことを要求されているわけではない。
ただ、物を探せというだけだ。
なのに、この程度の仕事もこなせなくてどうするのだ、と。
――ああ、そういうことか。
ナズーリンはようやく、自分があんな小さな問題であれほど気落ちした理由に思い至った。
むしろ、小さな問題だからこそ重要だったのだ。
飲み会に参加して普通にその場の空気に馴染むという、誰にでも出来そうなことだったからこそ。
どうしてもそういう風に振舞えない自分の失敗を、許すことが出来なかった。
この程度の役割もこなせないようでは、自分は命蓮寺の下っ端でいる資格すらないと。
そう思い込んでしまったわけだ。
「ありがとう、ミスティア」
ここに自分を導き、今も無言のまま思索に耽らせてくれたミスティアに、小さく礼を言う。
「どうやらわたしは、疑問の答えを見つけ出すことが出来たようだ」
「そうなんだ。良かったね」
「それが、あまり良くもないようでね」
ナズーリンは苦笑し、溜息を吐く。
「疑問の答えは見つかったが、現実は何一つ変わらないよ。むしろ、やはり自分はあの空気に馴染まねばならないと、より一層理解させられただけだ」
「そうなんだ」
「ああ。なのに、どうしてもそうしているビジョンが浮かんでこない。自分が他のみんなのように振舞えるとは思えないんだ」
ふと前方の草むらを見て、ナズーリンは自嘲気味に言った。
「わたしもあの子らと同じだな。見つかるはずもないおほしさまなんか探して、こんなところを彷徨っている。もっとも、あの子らと違って、わたしはそれが絶対に見つからないと分かっているのだけれど。全く、馬鹿げてる」
ナズーリンは吐き捨てたが、
「そうかな」
ぽつりと、ミスティアが言った。ナズーリンと同じように草むらの方を見つめながら、しかし彼女と違って穏やかな笑みを浮かべている。
「わたしは、そんなに馬鹿げてるとは思わないけど」
「どうしてさ」
「何も見つからなくてもさ。手に入るものって、あると思うよ」
「思い出とでも言うつもりかい」
ナズーリンは小さく鼻を鳴らした。
「乙女チックな考えに水を差すようで悪いけれどね、そんなんじゃあ何にもならない世界だってあるんだよ。頑張ったけど無理でした、じゃあ話にならないんだ。実際に結果を出して、役に立ってみせなければ」
さっき神社を出てくる直前に見た白蓮の微笑みが頭に浮かんで、ナズーリンはきつく自分の腕を握り締める。
「自分に出来る程度の仕事も満足にこなせないくせに、『頑張っても出来なかったのなら仕方がないね』なんて、頭撫でてもらって許してもらってさ。そんな施しや憐憫だけに縋る生き方なんて、絶対に嫌だ」
「うん、それは分かるよ」
意外なほどあっさりと、ミスティアは頷いた。目を丸くするナズーリンの隣で、屋台の店主は草むらの方を見つめたまま淡々と語る。
「わたしだって、屋台に来る天狗さんたちの愚痴なんかは毎日のように聞いてるからね。だからこそ、あの人たちが一生懸命仕事をしてるってことも、それが妖怪の山や幻想郷にとってとても大事なことなんだってことも、少しは分かるつもり。遊び半分にやっていいことじゃないっていうのも」
「だったら、わたしが言っていることも分かるだろう。結果を出さなけりゃ、仕事ってやつは」
「でも、今は仕事の話をしているんじゃあないよね?」
穏やかながらも鋭い問いかけに、ナズーリンは息を詰まらせた。
仕事の話ではない。それはそうだ。飲み会に参加するのは、少なくとも形式的には仕事ではない。
ならば自分は何故、あのことを仕事の問題のように捉えて、思い悩んでいたのか。
「怖かったんだよね」
あくまでも穏やかで、優しいとすら言えるほどの声。
だと言うのに、ナズーリンの体は滑稽なほど大きく震えた。
「今まで一緒に過ごしてきたみんながどんどん新しい環境に馴染んでいくのに、自分一人だけがそう出来なくて。このままだとみんなに置いていかれて、一人ぼっちになってしまうんじゃないかって。それが、怖くてたまらなかった」
「ちが」
口を開きかけて、閉じる。
今、自分は即座に、必死になってミスティアの言葉を否定しようとした。
それこそ、彼女が語っているようなことを自分が考えていて、なおかつ必死に隠そうとしていた証拠なのではないか。
――いや、きっとそうなんだな。
ナズーリンは、細く長く息を吐きだした。
どっと疲れを感じ、膝に体重を預けてまた大きく息を吐く。今までずっと傍らにいて、しかし口を挟まず大人しくしてくれていたあの妖精が、心配そうに顔を曇らせて「大丈夫?」と声をかけてきた。「大丈夫だよ」と無理に微笑み返したあと、ナズーリンはミスティアを見つめた。
「ミスティア」
「なに」
「君の言うとおりだ」
眉間に皺を寄せながら、声を絞り出す。
「わたしはきっと、怖くて……寂しかったんだ」
言葉にしたら、ほんの少しだけ胸が軽くなった。まるでつかえが取れたかのように、次々と言葉が流れ出して来る。
「わたしはみんなみたいに力が強いわけじゃないし、ほんの小さなことしかできない。だからこそ自分に出来る仕事は何だってやるつもりだったし、やらなければいけないと思っていた。そうしなければ、ほんのわずかな価値すら失ってしまうと。それは確かに、事実の一面ではあったのかもしれない。でも全部じゃなかった。なのにいつの間にか、あらゆることにそれを適用してしまっていたんだ。みんなに捨てられるのが、怖くて」
ナズーリンは自嘲の笑みを漏らした。
「なんて馬鹿な勘違い、酷い思い込みだろうね。たかが宴会に参加しなかったぐらいで、そんなことになるはずがないのに。これじゃ物の道理が分からない、小さな子供と同じじゃないか」
そんな風に勘違いしてしまったのは、やはり状況の変化が理由なのだろう。
幻想郷における命蓮寺の立場の不安定さや、周囲の妖怪たちが強力な者ばかりだという現実を目の当たりにして、果たして今後万が一にもこの連中をやり合うことになったとき、自分などが何の役に立つのだろうか、と怯えてしまった。
だから宴会で命蓮寺の面々が受け入れられるかどうか、などというほんの些細なことを、仕事と同じぐらいの重大事だと思い込んでしまったのだ。
「馬鹿か、わたしは……!」
「そうかもね」
さらりと放たれた言葉が、ぐさりと胸に突き刺さる。
俯いて唇を噛むナズーリンの隣で、ミスティアは「でもね」と穏やかに言った。
「こういう場合はさ、馬鹿でもいいんじゃないのかな」
ナズーリンは顔を上げる。ミスティアはまだ草むらを見つめたまま、小さく微笑んでいた。
「わたし、屋台なんてやってるけどさ。天狗の人たちやなずりんに比べれば、責任なんてないも同然なんだよね。そりゃ、急に閉めたら常連の人たちは残念がるかもしれないけど、せいぜいそのぐらい。その他は、誰にも迷惑なんてかからないんだ。だから仕事って言っても半分趣味みたいなもので、かなり気楽にやらせてもらってるんだと思う」
そう言って、照れたように笑う。
「むしろ、そうでなかったらきっとやってないと思うし。わたし、責任とかそういう重いのって苦手だから。屋台やる前は毎日気楽に、何も考えないでただただ歌って遊んで暮らしてたぐらいだからね。今もそういう生活のこと、別に間違ってるとは思わないし」
「……わたしには、ちょっと理解できないな」
「あはは、そうだろうね。でも、それがわたし。商売だって気楽にやってる、鳥頭のミスティア・ローレライなのよ」
「鳥頭って」
ナズーリンは苦笑した。
「随分と謙遜するじゃあないか。君はとても聡明な女性だと思うよ。わたしよりもずっと頭のいい妖怪に見える」
「あはは、まっさかあ」
ミスティアは明るく笑い飛ばして、
「だってわたし、今でも二桁以上の計算出来ないし、漢字どころかひらがなの読み書きだって怪しいぐらいだよ?」
「冗談だろう?」
ナズーリンは驚いたが、ミスティアはあっけらかんとした顔で「本当だよ」と答えた。嘘を吐いているようには見えない。
「だって、それじゃあ……メニューを読んだり、書いたりも出来ないじゃないか」
「お客さんに口で言ってもらえばいいだけよ。ちなみにメニュー自体は知り合いの先生に用意してもらいました」
「算数が出来ないんじゃ帳簿もつけられないし……いや、それ以前にお会計が出来ないじゃないか」
「んー、基本的にどんぶり勘定で、あんまり売り上げとか気にしてないし。お会計の計算はね、お客さんにやってもらってるよ」
「そんなバカな」
「それが本当なんだなー。びっくりしたでしょ?」
「それだと、騙されていても分からないじゃないか」
「うん。でも、大抵常連のお客さんが何人かいて、新規のお客さんがズルしないか目を光らせててくれるからね。まあちょっとぐらいズルしても、わたしは全然気にしないんだけど」
なんという適当さだろう。ナズーリンとしては呆れるしかない。
だがしかし。
「いや、それでもやはり君は頭がいいよ」
「そう?」
「ああ。少なくとも、人の気持ちを推し量る力はとても優れたものだと思う」
「あ、そうそう、それそれ。わたしが言いたかったのってね、そのことなのよ」
ようやく思い出した、とでも言うように、ミスティアはほっと一息吐きだしてから続けた。
「わたしもさ、たくさん失敗して、その辺のこと勉強したんだよ。最初の頃はね、お客さんの内緒話みたいなのを誰かれ構わずベラベラ喋って怒られたり、相手が落ち込んでるってのも分からないで五月蠅い歌歌っちゃったりしてね」
「それは、確かに客商売としては酷い失敗だな」
「だよねー。でも、そうやってちょっとずつちょっとずつ勉強していってね、それで、今はほんのちょっとだけマシになったつもり。おかげで、なずりんの気持ちもちょっとは理解できたんだと思うし。それに、さ」
ミスティアは照れたように笑う。
「そうやって、たくさん失敗したこともさ、今思い返せば楽しい思い出なんだよね。まだ、ちょっと恥ずかしいんだけど。一生懸命お客さんの気持ち考えて、どうしたら元気になってくれるのかなって無い頭捻って。そうしてる内にちょっとずつ言葉も覚えていってさ、そしたら新しい歌も思いついちゃったりして」
「つまり、失敗を恐れず挑戦してみろってことかい」
「あはは。一言で言っちゃうと、そういうことになるね。ありきたりでごめんだけど」
「いや、そんなことはないよ」
ナズーリンは小さく息を吐く。
「実際に、わたしは出来てなくて、君はやってきたんだ。ありきたりだろうがなんだろうが、わたしには否定したり馬鹿にしたりする権利はないよ」
そう言ったら、ミスティアはちょっと首を傾げた。
「んー。でもよく考えたら、なずりんみたいな人に、わたしがやってきたことをそのまま当てはめるのはちょっと難しいよね。わたしと違って、責任のある立場なわけだし」
「それは、そうだね。そこまで気楽にはやれないし、やっていい仕事でもないと思う」
「でもまあ、それはそれ、これはこれ、だよね。今は仕事の話をしているんじゃないし」
ミスティアは励ますように言った。小さな妖精を背負ったまま立ち上がり、まだ草むらで星を探している妖精たちを見回して、目を細める。
「こういうのはさ、きっと、歌とおんなじなんだよ」
「歌と?」
「そう」
緩やかな風に髪をなびかせ、気持ち良さそうに微笑んでみせる。
「歌った後で拍手もらえるかどうかばっかり気にしてたらさ。きっと、歌ってるその瞬間を全力で楽しむことはできないんだ。歌う前の緊張も、歌ってるときの高揚も、歌ったあとに拍手もらえる嬉しさも。きっと、全部含めて、歌うってことの喜びなんだ」
振り返って、にっこりと笑う。
「だからね、少なくとも今回の件に関しては、なずりんはもっと馬鹿になったらいいと思うよ」
「馬鹿に、ね」
ナズーリンは頬を掻いた。
「それはなんというか。難しいな」
「あはは、やっぱり真面目さんだ」
ミスティアは再びナズーリンの隣に腰掛け、気楽に言った。
「そんな、難しく考えなくても大丈夫だよ。ちょっとだけでいいからね、他の人に自分の弱さを見せてみればいいの」
「弱さを?」
「そう。なずりんの同僚の人たちだって、いつも格好良く気を張ってるわけじゃないでしょ?」
「それはまあ、そうだが」
「だったら、なずりんもそうしてみたらいいんじゃないかな。ほら、今回の場合だったらさ。どうにも宴会に馴染めないんだけどどうしたらいいかなー、って相談してみるとか」
「相談、か」
考えたこともなかったな、と思う。
ナズーリンはずっと一人で探し物や雑務ばかりやってきたし、それは大概、誰かに相談するほど難しいものではなかった。だからこそ他人に酷い失敗を見せずにやってこれたと思うし、それ故に誰かに打ち明け話などをするのが不慣れになってしまったのだと思う。
今更、そんなことをしても大丈夫なのだろうか。
呆れられたりしないか。
「大丈夫」
ミスティアは、ナズーリンの不安をすぐに見抜いたらしい。また励ますように笑って、
「なずりんはこんなに可愛くてこんなに頑張り屋さんな、みんなの妹分だもの。きっとみんな、一生懸命相談に乗ってくれると思うよ」
前向きな言葉に、ナズーリンは微苦笑する。
「まるでわたしの仲間を実際に見たかのように言うね、君は。ああ、宴会で多少は見知っているのか」
「ん。まあ、それもあるけどね。見なくても分かるよ」
「どうしてだい」
「当たり前じゃない」
ナズーリンの顔を愛おしげに見つめて、ミスティアは微笑む。
「だって、なずりんがこんなに一生懸命悩んだり、嫌われたくない、置いて行かれたくないって考える人たちだもの。素敵な人たちに決まってるよ」
「そういうものかな」
「そういうもんだよ。ある人をよく見ればね、その人の周囲にいる人たちのことも何となくわかるもんだよ」
事もなげに言ったあと、ミスティアは首を傾げる。
「それで、どう? 当たってる?」
「まあ、うん。その」
少々気恥ずかしかったが、ナズーリンはしっかりと頷いた。
「当たってるよ、うん。命蓮寺のみんなは、とても素敵だと思う」
口にしてみるとますます恥ずかしい。顔が熱くなってきた気がする。それを隠そうとする意図もあって、「さて」と殊更に大きな声を出しつつ、ナズーリンは立ち上がった。
「それじゃあ君の言うとおり、ちょっと馬鹿になってみるとするかな」
「あんまり真面目に考えちゃ駄目よ?」
「分かってるさ。おーい、みんなー!」
少し大きな声を出して、草むらの方に呼びかける。すると、目を丸くした妖精たちが、ぴょこんぴょこんと次々に顔を出した。吃驚したモグラみたいで、少し楽しくなってくる。
「なになにー」
「どしたのー、なずりん」
「おほしさまみつけたのー?」
「ああ、そのことなんだがね」
首筋を掻きつつ、ナズーリンは出来る限り申し訳なさそうに見えるように苦笑した。
「すまない、ちょっと勘違いしていたみたいでね。この辺りにはないみたいだ」
「えーっ!」
真っ先に抗議の声を上げたのはチルノである。「なによそれーっ!」と言いながら、両腕を振り回している。ナズーリンは素直に頭を下げた。
「いや、本当にすまない。弘法も筆の誤り、猿も木から落ちる、河童の川流れ。まあそんな感じで許してくれたまえよ」
「なによそれ、人の時間を無駄にさせておいてさー」
「えー」
「そんなことないよー」
意外なことに、チルノの文句には周囲の妖精たちから反論の声が起こった。
「む。なによ、あんたたち」
「おほしさまはなかったけどねー」
「いいものみつけたー」
口々にそう言いながら、妖精たちは手に持ったものを掲げてみせる。
「あたしビー玉ー」
「あたちお花―」
「わたしはねえ、こーんな大きな葉っぱだよー」
自分の見つけた宝物を誇らしげに見せる妖精たちに、ナズーリンは感心して頷いた。
「君たちはトレジャーハントの魅力をなかなか分かっているじゃあないか。そう、目的の物以外にも素晴らしいものが見つかることだってある。常に何か素晴らしいものがないかと、目を光らせる習慣を忘れてはいけないよ」
「はーい!」
妖精たちは元気に返事を返してくる。一人何も持っていないチルノだけが拗ねたように唇を尖らせて周囲を見回していたが、やがて何か思いついたように屈みこみ、足下の石ころを拾って掲げ上げ、
「あたいも! あたいも面白い形の石っころ見つけたもんね!」
鼻息荒く叫ぶチルノに、周囲の妖精たちが「えー」「なにそれー」「なんかずるーい」と可愛らしい非難の声を上げる。
「こらこら、君たち」
ナズーリンは苦笑して彼らをたしなめた。
「他者の宝に文句をつけてはいけないな。宝物というのはね、みんなそれぞれに違った価値を持っているものなんだ。宝石よりも石ころを大切に思う者がいたって、いいんだよ」
かすかに目を細め、小さく鼻を啜る。
「自分にとって本当に素敵な宝物なら、それでいいじゃないか。誰に何を言われても、大事に大事に抱えていくんだよ。いいね?」
妖精たちは神妙な顔つきで頷き、自分たちが見つけたそれぞれの宝物を、服のポケットや、肩にかけた小さな鞄などに大事そうに詰め込んだ。
そんな中、チルノは一人、何か複雑そうな顔をして手の中の石ころを見つめている。
「さて、君はどうするね」
「ん」
「他にも何か見つかるかもしれないし。それはここに捨てていくかい?」
「んー。んー……いや」
チルノはちょっと苦しげな顔をしつつも両手でしっかりと石を掲げ、
「これはこれであじがある」
「いいね。君はいいトレジャーハンターになれるよ」
ナズーリンはチルノの肩をポンポンと叩いたあと、周囲のみんなに呼び掛けた。
「よし、それでは探索を続けようか。みんなでおほしさまを探しに行こう」
「おー!」
妖精たちが拳を突き上げ、先を争うようにして街道に向かって走っていく。
全力で駆けることに何の躊躇いもない小さな背中たちを見つめていたとき、ナズーリンは隣にミスティアが立っていることに気がついた。
彼女の方は見ないまま、ちょっと照れながら呟く。
「他人のことでならいくらでも冷静になれるのにね。自分のこととなるとそうもいかない。不思議なものだな」
「誰だってそんなもんだよ。だからときには、他人に背中を押してもらうことも必要なんだと思う。お酒に頼ったりしてでもね」
「格好悪いな」
「でも、悪いことばっかりじゃないでしょ?」
「さて。それを認めるには、まだまだ修行が足りないかなあ」
誤魔化すように頬を掻いたとき、ナズーリンはふと気がついた。
今も自分のスカートにしがみついている妖精を見下ろし、そっと声をかける。
「君は、いいのかい。何か探さなくても」
「だいじょうぶ」
答えはすぐに返って来た。にっこり笑ってナズーリンのスカートに頬を寄せながら、
「もう見つけたから」
「あらあらまあまあ」
ミスティアがにやにやと笑う。
「ホントにモテモテね、なずりんったら」
「よしてくれ。なんというかその……照れるじゃあないかね」
「ねえ、なずりん」
妖精がちょっともじもじしながらナズーリンを見上げた。
「おててつないでもいい?」
「ああ。そうだね」
ナズーリンはふと思いついて、妖精をミスティアと自分との間に入れた。ダウジングロッドを右手に束ねて肩に担ぎ、左手を妖精に向かって差し出す。そして、そっとミスティアに微笑みかけた。
「ミスティア」
「うん」
ミスティアも微笑み返しながら、左手だけで背中の妖精を背負い直しつつ、隣にいる妖精に向かって優しく右手を差し出した。
妖精はちょっとびっくりしたように目を丸くした後、嬉しそうに両手を伸ばして、ナズーリンとミスティアの手をつかむ。
「よし。それじゃ、行こうか」
「うん。見つからないおほしさまを探して」
「しゅっぱーつ!」
妖精が今までにない元気な声を上げたので、二人は目を丸くして見つめあった後、お互いに軽く吹き出してから歩き始めた。
そうして一団は夜通し歩き続け、たまに草むらや雑木林に踏み入っては、きゃいきゃい騒ぎながらおほしさまを探した。
だが当然のことながらそんなものが見つかるはずもなく、もうじき、幻想郷は夜明けを迎える。
夜明けの空に目を細めるナズーリンの隣で、ミスティアが大きく欠伸をした。
「結局、徹夜になっちゃったねえ」
「まあね。でも意外だな。妖精たちは、夜明けまでには飽きると踏んでいたんだが」
小さく首を捻るナズーリンに、ミスティアが柔らかく微笑みかける。
「それだけ、楽しかったってことだよ」
「そうだね」
ナズーリンも素直に頷き返しながら、目の前の草むらに埋もれている一団を見つめた。
「もうだめー」
「くたくたー」
「おほしさまどこー?」
さすがの妖精たちも疲れ果ててしまったのか、背中合わせにぺたんと座り込んでいる者、大の字に寝そべっている者、果てはもう眠りこんでしまっている者まで見受けられる。
しっかり起きているのは、今もまだミスティアとナズーリンの間で幸せそうに二人の手を握っている妖精だけである。大人しそうに見えて、案外タフなようだ。
――送っていかなくちゃいけない子もいるかなあ。
ぼんやりと、そんなことを考える。
もちろん、人間の子供と違って親などいない妖精たちのこと、住処に帰らなくても誰かに心配をかけるということはないだろうが。
――でも、ここらでお開きにした方がいいだろうな。
何せ、最初から見つからないと分かっているものを探す旅だ。目的を果たせずに終わるとしても、それは仕方がない。と言うより、そうなって当然なのだ。
「ミスティア」
「うん」
ミスティアは、ちょっと残念そうに頷いた。
「仕方ないよね。いつまでもこうしているわけにはいかないし」
「無駄な時間、だったかな」
「またまた。分かってるくせに」
からかうように微笑むミスティアに、ナズーリンは小さく苦笑する。
草むらに埋もれている妖精たちの鞄やポケットは、どれも揃ってパンパンに膨らんでいる。もちろんその中におほしさまはないが、それぞれがそれぞれに価値を見出した宝物が一杯に詰まっているのだ。
それを見回し、ナズーリンは満たされた気持ちで頷いた。
「うん。無駄なんかじゃないね」
そう言ったあと、軽く首を振る。
「駄目だな。どうもわたしは、目的の物を探すっていう習慣に染まり切っているらしい。どうやっても、何となく釈然としないんだ」
「まあ仕方ないね。それがなずりんっていう妖怪なんだろうし」
ミスティアは小さく笑いながら、「でもね」と続ける。
「こういうものだと思うな」
「なにが」
「こうやって何か探そうとして、たくさん頑張っても結局見つけられなくて。でもその代わりに何か違うもの見つけたりして、またやる気出してさ。そうやってちょっとずつ、目的のものに近づいていくんじゃないかな」
「それだと、見当違いな方向に進んでいても気がつかないかもしれないね」
「そのときはそのとき。違う目的に変えたらいいよ」
「いい加減だなあ」
「そんなもんだって。それにね」
ミスティアは悪戯っぽく目を光らせる。
「そうやって進む方向すら分からないでもがいてる内に、予想もしなかった意外な解決策が見つかることもあるかもしれないよ?」
「とにかく頑張ってみろってこと?」
「そゆこと」
「ありきたりだね」
ナズーリンは小さく呟く。
「ま、しがないネズミのわたしにはお似合いかな。また、独楽鼠のごとく働くとしよう」
大きく息を吐き、「さて、と」と仕切り直すように言った。
「それじゃあ、今夜のトレジャーハントはここでお開きにするとしようか」
「うん」
「みんなの残念がる顔を見るのは、少し心苦しいけれど」
「大丈夫。『おほしさまは頑張って夜空に帰ったんだよ』とかそういういい話じみた感じにまとめるから」
「案外いい性格してるねえ、君」
「そうでなくちゃ、客商売なんてやってられません」
ミスティアは得意げに笑ったあと、ふとこちらに背を向ける。そこではまだ、小さな妖精が出会った当初と変わらず健やかな寝息を立てているのだった。
「ちょっとこの子お願いね。みんなを集めてくるから」
「ああ、分かったよ」
今までずっと手をつないでいた妖精から左手を離し、代わりにミスティアに背負われていた妖精を受け取る。妖精は軽かったので、力の弱いナズーリンでもなんとか片手で抱きかかえることが出来た。
――今度こそ本当に終わり、か。
草むらの妖精たちの方へ向かっていくミスティアの背中を見つめながら、ナズーリンはかすかな不安に囚われる。
本当に、大丈夫だろうか。
みんながっかりしてしまって、もう宝物を探すのを止めてしまったりしないだろうか。
自分には絶対に見つけられないのだと、勝手に決めつけてしまって。
「大丈夫だよ」
ふと、誰かがスカートの裾を引っ張った。
見降ろすとやっぱりあの大人しそうな妖精がいて、ナズーリンを見上げて淡く微笑んでいる。
「わたしね、ほんとは知ってたの」
「なにをだい」
「おほしさまが、ここには落ちてきてないってこと」
そのこと自体には、さほど驚きは感じなかった。
何となくそうではないかと思っていた。
だが、
「それじゃあ、どうしてみんなにそう言わなかったんだい?」
「みんなで一緒にお散歩したら、たのしいと思ったから」
妖精はにっこりと、それはそれは幸せそうに笑った。
「理由はね、それだけ」
「そうかい」
ナズーリンは深く頷いた。頭を撫でてやりたかったが、生憎と両手が塞がっていたので、代わりに精一杯微笑みかけた。
「それで、楽しかった?」
「うん。宝物も見つけたし」
妖精はナズーリンのスカートにぎゅっとしがみつくと、ちょっと遠慮がちに言った。
「ねえなずりん。今度、お寺に会いに行ってもいい?」
「ああ、もちろんだよ。仕事中は相手をしてあげられないかもしれないけど」
「大丈夫。でも、他の人の邪魔にならない?」
「まさか。白蓮様は万物の平等を唱えておられるからね。妖精だって拒みはしないよ。それに君はとても大人しくて礼儀正しいから、ご主人様にだって気に入って頂けると思うし」
「そうなんだ、良かった」
妖精がまた実に嬉しそうに笑ったので、ナズーリンもつられて笑う。
そのときふと、草むらの方が何やら騒がしいのに気がついた。
顔を上げると、こちらに駆けてくるミスティアが見える。
「あれ、どうしたんだい?」
「なずりんなずりん、ねえ、あれ見て、あれ!」
ミスティアがちょっと頬を上気させて指さしたのは、空だった。
明け始めた幻想郷の空。その濃い群青色の中に、何やら、キラキラと光っているものが見える。
――なんだろう?
目を細めて、
――星、か?
そう思ったとき、ナズーリンの耳に甲高い歓声が飛び込んできた。
驚いて前方に目を移すと、さっきまであれほど疲れ果てていた妖精たちが、皆揃って元気に駆け回り、両腕を一杯に広げたりスカートの裾を大きく広げたりして、一生懸命何かを受け止めようとしていた。
「一体」
何が、と呟こうとしたところで。
こつん、とナズーリンの頭に何かが当たって、地面に落ちていった。
小さな小さな、手の平にすっぽり収まりそうなほどに小さなそれは。
「おほしさまだ!」
ナズーリンのそばにいた妖精が、吃驚したように叫んだ。
そう、それは確かにおほしさまだった。
もちろん、本物の星ではない。何かの玩具のような、あるいはお菓子のような。
ちょっと大袈裟なほど明るい色で塗りたくられた、色とりどりのおほしさま。
鈴の音のように清らかな音を響かせながら、空からたくさん降ってくる。
まるで雨のように、いや、むしろ滝のように。
盛大に、賑やかに、楽しげに、祝福のように。
作り物のおほしさまが、優しく大地に降り注ぐ。
「うわぁ!」
「すごい、すごい!」
「おほしさまだーっ!」
妖精たちは無邪気にはしゃいでいる。何の疑問も持たずに辺りを駆け回っては、つかみとれる限りのおほしさまをつかもうと、精一杯に腕を伸ばす。その内、どういう発想だか知らないが、手にしたおほしさまを齧る者が現れた。一口口に含んで「あまーい!」と叫び、真似した他の者が「すっぱーい!」と唇をすぼめる。それから盛大に笑って、またみんなして馬鹿みたいに笑いながら駆け回り始める。
「これは、一体」
呆然と呟くナズーリンの隣で、ミスティアが明るい笑い声を響かせた。
「あっははは、チルノったら、こんな弾幕見慣れてるはずなのに、『スゲースゲー』なんて言ってるわ。もう、ホント馬鹿なんだから!」
「弾幕だって?」
驚いてミスティアの方を見ると、彼女は相変わらず楽しそうに笑いながら、
「そだよ。魔理沙の弾幕。スペルカードじゃないみたいだけど、こういう星の魔法得意だから、あの人」
「星の魔法」
頭の隅に引っかかるものがあった。空を見上げ、隅々まで目を走らせる。いた。群青色の一角に、何やら不格好な黒い影がフラフラとバランス悪く浮かんでいるのが見える。このおほしさまは、あの影から降り注いでいるようだった。
「いやー、どの辺から聞かれてたんだろうねえ。なんにしても、魔理沙にしては気が利いてるわ。当たっても全然痛くない上にとっても綺麗で、その上食べられる! 当たり判定なしのグレイズし放題だ。稼ぎ時だよー、なーずりーん!」
すっかり有頂天になって叫びながら、ミスティアが両腕を広げて子供のように走り始める。踊るようにクルクルと回りながら、その内歌まで歌い出した。
その歌に触発されたかのように、ナズーリンの左腕に収まっていた妖精が突然パチリと目を開けた。眼前で降り注ぐおほしさまを見るや否や、「あーっ!」と叫び声を上げ、
「おほしさま、おほしさまーっ! おろして、おろしてーっ!」
「ああ、はいはい、分かった分かった」
腕の中で暴れる妖精を離してやると、もたついて躓きながらも、みんなの方へ走って行った。
その背中を見て、ナズーリンは少し呆れながら笑う。
「最後の最後だけ美味しいとこ取りとはね。なかなか見所のある子だな」
だが、それもいいのではないかと思う。
そして、今もまだナズーリンのスカートにしがみついているあの大人しい妖精を見下ろし、囁くように声をかけた。
「君も行ってきたら?」
「でも」
「大丈夫。ちゃんとここで待っているよ」
「本当?」
「本当さ。ほら、約束しよう」
今度は左手が空いていたので、小指を差し出すことが出来た。
そうして笑顔で指きりを済ませると、彼女もまた、おほしさまの降り注ぐ中へと駆けこんでいく。
賑やかな一団を少しの間眺めたあと、ナズーリンは再び空の一角へと目を向けた。
そこにはまだあの不格好な影が浮かんでいて、相変わらずフラフラしながら危なっかしく星を撒き散らしているのだった。
――あの黒白の魔法使いが、星の魔法の話をしていたっけ。
だがまさか、一晩もかけずにマスターして、しかも自分流にアレンジしてみせるとは。
やはり白蓮様は凄いお方だな、と思う。
そうして遠目に不格好な影を見て、ナズーリンは不器用に笑う。
ずっと遠くの影のはずなのに、彼女にはあれの正体がはっきりと見えていた。
――馬鹿だな。ひょっとして全員で一本の箒に乗っているんじゃないか、あれ。みんな飛べるくせに、何やってるんだ。
中央にいるのはもちろん白蓮だろう。その後ろにいるのは星だろうか。やけに盛り上がっているのは一輪と雲山で、反対側に二人仲良く縦並びしているのはぬえと村紗だろう。
誰が言い出したことか知らないが、なんて無理矢理で無茶で無意味なことを。箱乗りもいいところだ。
そもそもあれではバランスが悪すぎるし、何よりも不格好すぎる。
――ご主人様の隣辺りに誰か乗ったら、もうちょっとバランスが良くなる気がするんだけど。
そんなことを考えたら、不意に視界が歪んだ。
慌てて腕で目元を擦り、小さく鼻を啜り上げながら、不意に思いつく。
よくよく考えてみたら、何も村紗や一輪のように陽気に振舞う必要なんかどこにもないじゃないか、と。
星の隣に控えているも良し、さり気なくゴミや食器の片付けをしてみるのも良し、輪から外れて退屈そうにしている者の話相手になるも良し、だ。
明るく野卑で猥雑な宴会の中でも、自分がやれることはたくさんある。むしろ皆が皆へべれけに酔っ払っている中だからこそ、自分のようなものが気を利かせることでもっと場を盛り上げられる可能性だってあるのではないか、と。
――なんだ。そうだったのか。
遠く不格好な影を見上げながら、ナズーリンは微笑んだ。
――要するに、今まで通りでいいってことじゃないか。
――今まで通りに頑張ればいいってことじゃないか。
――たった、それだけのことだったんだ。
唇を噛んでも次々視界が歪んでくるので、ナズーリンは何度も何度も目を擦った。
そうしていると、鼠の耳に賑やかな声がかすかに届いた。
――あ、あれやっぱりネズミですよ!
――ああナズーリン、なぜこんなところに!
――あれ、なんかあの子なんか泣いてません?
――よく見えるねあんた。
――迷子かしらねえ。
――あらあら、ナズーリンも星と同じぐらいのうっかりさんだったのね。
――わ、わたしのどこがうっかりさんですか!?
――いや、どう考えてもうっかりさんでしょー。
――変なとこで凡ミスするし。
――宝塔失くすしー。
――ちょ、なんでバレてるんですかー!? イヤーッ、恥ずかしーっ!
――うわわわわ、あ、危ない、揺らさないで、落ちるーっ!
――いや大丈夫でしょ、みんな飛べるし。
今度は腹の底から笑いが込み上げてきた。
愛用のダウジングロッドを放り出し、両腕を広げてナズーリンは笑う。
大口開けて笑うなんて自分には似合わないと思っていたが、どうしてなかなか楽しいものだ。
そうして、尽きることなく降り注ぐたくさんのおほしさまをその身に浴びながら、
――たまには、頭を撫でてもらうっていうのもいいもんだなあ。
ナズーリンは、割と自然にそんなことを考えたりした。
<了>
それはさておきいいお話でした。
勤め人の責任感とか、能力の限界を感じながらも全力を尽くすとかのシチュがとても楽しかったです。一生懸命がんばるって、いいですよね。
ミスティアとナズーリンの会話がいい感じですね。
>>仕事の話ではない。それはそうだ。飲み会に参加するのは、少なくとも形式的には仕事ではない。
>>ならば自分は何故、あのことを仕事の問題のように捉えて、思い悩んでいたのか。
これ酒が飲めないから飲み会嫌いなのに付き合いの一環だから嫌々参加してる自分の事だ、
うわあああああああああああああああああああああああああっ
とりあえず、自分は答えを見つけたなずりんより、最後まで出てこなかった通りすがりの2ボスに救われましたw
小傘「ひもじい」
なおかつ話のメインに絡んでくるという星は神主にとっても挑戦だったのかなーと思ってます。
ナズーリンの下っ端っぽさが素敵でした
小傘「ひもじい」
かなり好きです、このお話
あと以外にも名も無き妖精にときめいてしまった…
小傘「ひもじい」
同志はやっぱり真面目キャラですよね
小傘「ひもじい」
一人だけ仲間外れw
聖をばーちゃん呼びしていた魔理沙に萌えたのは俺だけじゃないはずw
「歌った後で拍手もらえるかどうかばっかり気にしてたらさ。きっと、歌ってるその瞬間を全力で楽しむことはできないんだ。歌う前の緊張も、歌ってるときの高揚も、歌ったあとに拍手もらえる嬉しさも。きっと、全部含めて、歌うってことの喜びなんだ」
自戒でもあるのかな。
それはともかく。
あいもかわらず、キャラクターの造形と配置がうまい。
みすちーは原作から見れば、かなり異なるが、時間の成せる業だと思える範囲ですね。
ついでに言えば、構成もなかなか。
ファンタジックなシーンで締めくくることで、テーマの象徴化に成功している気がします。読者としては、象徴化されることで突き放されているともいえますが、そこに考えるスペースが生まれているといった感じでしょうか。
なんとなく幸せを見つけた気分になれる作品でした。
この話は間違いなく社会人向け。
そして私はahoさんの星蓮船を待ち焦がれていた!
回想の中とは言え、霖之助さんにセリフがあったの。
でも、できれば小傘ちゃんにも愛の手をww
面白かったです。
下っ端勤め人なずりんと子供子供している妖精たちの触れ合いがよかった。
話全体としては非常に楽しめたのですが、最後まで自分の中のミスティア像との乖離があり
話に最後の一歩分入り込めなかったのが残念orz
ミスティアはあまり意識してこなかったキャラなのに勝手にイメージが固まってるものだと
再確認。
ただ相変わらずお話としての完成度は素晴らしいと思います。次回作も期待しています!
なずりんは良い上司と同僚に囲まれているが、
椛あたりは救いようが無いんじゃないか?w
ていうか現実は明らかに後者の人が多いんだろうなぁ…
くそう、羨ましいZEw
ありがとう。
みずちーの話の中身にじーんと来るものが。いい話をありがとう!
いいお話でした。
より人間的な悩みや知恵、臭さをもつようになっていくのですね。
なら、妖精はというと…。
面白かったです。やはり私は妖精を目指すしかないようです。
こんな聞き上手な女将のいる屋台で飲んでみたいな。
確かに原作のみすちーとはちょっと違うけど、もう数年前の話だからこんな変化もアリですね。
ただ、もし聞き相手がahoさんの霊夢だったら霊夢自身は特になんか喋ってなくでも、なずりんが自分も分からない内に本音を語らうイメージが。
そのあたりが自然に浮べてなんかちがう方面で楽しいでした。
聖マリはありだと思うんだ。
小傘「ひもじい」
屋台の設定もGJです。このミスチーで屋台オムニバスやってください!
なずりん見たら少し前の自分を思い出すぜw
ちょっとこのみすちーに人生相談してくる。
非常に読みやすかったです。
ムラサの酒豪ぶりが気になるw
でも小傘ちゃんにも愛の手をw
小傘「ひもじい」
>>たとえそれが、誰か代わりになる者がすぐに見つかるような仕事だとしても。
>>自分のような者にも出来る仕事を精一杯こなそうと努力してきたし、
>>それなりに結果も出してきたつもりだ。
>>だからこそ、自分の仕事にはプライドを持っている。
自分は社会人二年目になります。しかし、今の仕事の内容は新人の頃と変わらず
雑務ばかりで、誰でも出来る仕事や簡単な仕事ばかり…。
もっと大きな仕事を任して欲しいと普段から不満を持っていました。
ですが、今回のお話のナズーリンの仕事に対するストイックな姿勢に考えを改めさ
せられた様な気がします。私も新人の頃は与えられた仕事は何でも必死になって取
り組んでいたものです。
大切なことを思い出させていただきました。ありがとうございます。
もう少し、頑張ってみようと思います。
自分も下っ端で堅物なところがあるからなんかもういろいろ素敵な気分になりました……。強く生きます。自分も。
ナズーリンが私のイメージとピッタリ。
みすちーはけっこう変わってるけど、こういった解釈もいいですね。こんな風にあったかい女性と結婚したい。
あぁもう気持ちが溢れて言葉が出ません。幸せです
>「理由はね、それだけ」
この妖精かわいすぎるだろ……!
大変面白かったです
ahoさん描かれるナズーリンの口調が好きだな。
そして白蓮のババア加減が最高だ。
いつも楽しみにしてます
此れからも素敵な創想話作家たらんことを
珍しい組み合わせながら良いお話にまとまっている、さすがahoさんクオリティ!
自分もそうなので、飲み会で場になじめないナズに強く共感してしまいました^^
>魔理沙
>「白蓮ばーちゃん」
魔理沙…ちょっと屋上へ行こうか。
終始、空に広がる白い星と深青の夜の空気を感じる。
何回も読みなおしてしまうお話を有難う